コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
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闇に輝く光の下(もと)に 3


「これがあのアジトから押収された物だ」森がパソコンのモニタを2人に向けた。「書類やフロッピー、CD─ ROM もあったが割られていたり爆発で多くは破損していた」
 ジョーがちょっと気まずげにモニタに映る一覧表を見ている。もちろん報告はしていない。
「西崎達が確保した白衣の男はどうなりましたか?」
「山田さんと眉村さんが取り囲んでいる。落ちるのは時間の問題だ。関さんへの土産は彼だけだな」
 ジロリと2人に目を向けた。
 神宮寺は軽い火傷だけだが、足首を捻り右腕には銃創を負ったジョーはひどく憔悴しているように見える。
「MOX 燃料システムの試作品は運び出しに間に合わなかったから仕方がないが、データの収集はできたはずだ。MOX 燃料システムのデータも一部は残っていたが多くは持ち出された。君達らしくない仕事だな」
「申しわけありません」
 森の言葉に口を開きかけたジョーを制し、神宮寺が頭を下げた。そして再び顔を上げた神宮寺の眼が真っ直ぐに森に向けられた。その双瞳に捉えられた森はもはや何も言う事ができなかった。と、
「ジョー、大丈夫か?」見るとソファに座っていたジョーが辛そうに身を屈ませている。息使いも荒くそれを抑えようとしているが叶わないようだ。「医療部に連絡を─」
「─ いえ、下で休みます」ジョーが顔を上げソファの背を掴んだ。「もう、行ってもいいですか」
 森が頷くのを見るとジョーは神宮寺と共にチーフ室を出た。

 エレベータには向かわず階段を一歩一歩ゆっくり降りて行く。手摺りを掴む手がブルブルと震えていた。
「本当に大丈夫か? 医療部に行った方がいい」
「大丈夫だ。体が辛いわけじゃないんだ」階段を下り切りふと立ち止まった。「それより今回の件はおれのミスだ。おれが命令に反して余計な事を・・・すまない」
「お前のせいじゃない。まっ、おれ達にもこういう時はあるさ」普段キッチリしている神宮寺だが、たまにそれらをどこかへ投げてしまう。「だが次はないぞ。─ それより何があった」
「え」
 先にダブルJ 室に入ったジョーが振り向いた。神宮寺の穏やかな双瞳が、しかしジョーの心内を見抜いている。
 ジョーは口を閉じ目を背けたが、この相棒相手にウソをつき通す自信はない。
「─ お前と一緒になる娘(こ)は絶対浮気できねえな」
「お前と一緒になる気はないから安心しろ」苦笑し手早くコーヒーの用意をする。「第一、おれとお前じゃ赤ん坊はできないし─」
「だから、欲しかねえって!」
 時々とんでもない事を言う相棒にムキになり─ それでも大声を出してちょっとすっきりしたらしい。ジョーがソファに腰を降ろし、コーヒーを注ぐ神宮寺に目を向けた。
「逃げた男と対峙した時、おれの顔を見て、“ボルツァーノ” と・・・」
「─ まさか」
「そう聞こえたわけじゃない。だが口元はそう言っていた─」
 ボルツァーノはイタリアマフィア、ジェルマーノ・ファミリーのNo2で、グランディーテ一族の1人だ。もちろんジョーは会った事もないが。
「木梨が言っていたザーツに出入りしているマフィアというのは─」
「・・・・・」
 神宮寺はジョーの前にコーヒーを置くとその向かい側に座り、片手で自らの顔を覆うジョーに目を向けた。
 今のジョーには右腕の銃創も足首の痛みも感じないだろう。
 グランディーテ家を手に入れようとボルツァーノはアントニオに対抗するためにカテリーナの息子であるジョーを手中に収めようとした。それが叶わぬと知るとジョーを亡きものにしようとした。
 ボルツァーノに関する事ではジョーは被害者だ。しかしもしザーツに彼が関係しているとしたら・・・。国際警察のS メンバーとしてのジョーの立場は微妙なものになる。
 それを察する神宮寺も今回ばかりは迂闊に慰めの言葉も言えない。そんなものは何にもならないのだ。
 神宮寺はソッとカップに口をつけた。パーコレータがコポコポと音を立てている。
「まるで誰かがこの仕事をやめろ、と言っているようで・・・。ここから出て行け、と・・・」
「そんな事は─」
 “ない” と言おうとし・・だが、彼は口を閉じた。奥歯をギッと噛みしめる。苦しんでいる相棒に対して何も言ってやれない。
「すまん・・。おれは何もできない・・・」
「──」
 ジョーが顔を上げた。
 神宮寺を追い込むつもりはなかった。彼には関係のない事なのだから─。
「悪い、大丈夫だ。何があってもおれはおれだから」
 ジョーはひと口コーヒーを飲む。ブラックの苦さがかえって彼をしっかりと前に向けてくれた。

「それより奴ら、MOX 燃料システムの試作品なんか作って今度は何をするつもりだろう。また列車や車に乗せてどこかへぶつけるというのも考えにくいしよ」
「ん・・・。実はさっき佐々木さんとも話したんだが、ザーツの狙いは日本国内でテロを起こす事ではなく直接政府を脅す事だろう。MOX 燃料システムはその手段のひとつだ」
 MOX 燃料システムのエネルギー源はMOX だ。
 地球環境に配慮し核廃棄物のリサイクル利用を行える一挙両得の計画だが、原子力に関する国民の感情を考えるとスムーズに受け入れられるとは思えない。
 もし研究中に事故でも起こしたら─ その安全性は疑われ、国民に公表せず危険な研究を行っていたと非難されるだろう。政府は完璧な形にしてから発表したいのだ。
「そこをザーツに突かれたんだ。政府も公表して国民の理解を得られるようにキチンと説明すればいいんだ。ヘタに隠すから付け込まれる」
「その尻拭いがおれ達かよ」右手がまだ痛むので左手で持っていたカップをカタンとテーブルに置いた。「やだなァ。関に押し付けちまおうぜ。最高機密だからって公安が動けねえなんておかしいぜ。いくらおれ達が中立だからって─」
「・・・・・」
 それは神宮寺も同感だった。
 もしかしたら政府は、都合の悪い事が起こる前にこの計画を中断するかもしれない。その時のために計画を知る者は少ない方がいい。
 どの国とも中立な立場にある国際警察の守秘義務は厳しい。自国の警察を使うよりは─。
 そう考えても無理はないが、今回は科学者の誘拐事件が起こり、最初はザーツとの繋がりが不明だったので一般警察の扱いとなった。が、これが一連のMOX 燃料システム事件と関連があるとわかり、仕方なく公安を出したのだ。
「この件をこれからもおれ達が扱うか、それとも公安になるか─。どちらにしろMOX 燃料システムを奴らの手中に残しておくわけにはいかないからな。ジョー、ちゃんと傷の治療に行けよ。まったく・・おれ達が医者嫌いだと命取りになるな」
「ひとつ忘れてたぜ」右の手首から肘までキッチリと巻かれている包帯を摩りジョーが言った。「今回はおれのミスがでかいが、あの時お前は奴を追うべきだったぜ。そうすればデータファイルは取り戻せた。結局、奴は西崎達に見つからず逃げちまったんだからな。今までのお前ならそうしていた。それでうまく行っていたんだ。なのに今回はなぜ─」
「あの状況でお前を置いて行ったら、確実に爆発に巻き込まれていた」
「だが西崎達が近くまで来ていたんだ。おれの事は彼らに任せる事もできたはずだ」
「あの状況では無理だ。お、おれに・・相棒を見殺しにしろ、と言うのか」
「・・・・・」
 神宮寺の言葉にジョーが黙った。
 もしこれが反対の立場なら、ジョーは神宮寺をあの場に置いて行かれるだろうか。任務のために相棒を・・・。
 自分はそれを神宮寺にさせようとしている・・・。だが、
「・・・甘いぜ、神宮寺。そんな考えが通り程この仕事は─」
「取り戻せばいいんだろ。試作品もデータも。おれ達に手で」神宮寺の眼が真っ直ぐにジョーに向けられる。「さっきはこの件はおれ達か公安かわからないと言ったが、おそらくおれ達の扱いになる。その時は─」
 ジョーに言われるまでもなく、目の前にいたあの男を逃がした事は神宮寺とて悔しい。
 捜査の扱いが決まるまではチーム1が奴らの行方を追っているが、ぜひ自分達の手で捕らえたい。さらに、もしもザーツにボルツァーノが関係しているとしたら・・・公安にこの件を任せたくはない。
「だからちゃんと治療に行けよ。でなければここに置いて行くからな」
 ニッと口元を歪める神宮寺にジョーは渋い顔を向けた。

「MOX 燃料システムの件は引き続きうちが担当する事になった」2人にソファを勧め森が言った。ジョーが小さく唇を鳴らし神宮寺を見た。「だが手掛かりがない。鋸山のアジトで確保された男はどうやら相手がテロ集団とは知らず、研究員募集の広告で応募してまだ2日目だったようだ。したがってザーツの事は何も知らない」
「確かなんですか?」
「1日掛けて山田課長とチーム2が裏を取った。間違いないだろう。ところで捜査の担当だが─」
 森がジョーに目を向けた。
 実は森はダブルJ を呼び出す前に榊原に連絡を入れてジョーの怪我の具合を訊いた。 
 痛みはあるだろうが捻った足首は普通に歩くだけなら支障はない。問題は右手の銃創だった。
 角度が浅かったのか貫通せず、手首から肘にかけて弾丸が走ったような傷になっている。そのため傷も出血も広範囲に広がっている。かなりの痛みが伴うはずだ。
 当然、榊原はジョーの出動を許可しなかった。おまけに彼ら2人は鋸山の件では任務を全うしていない。普通に考えれば担当を変えるところだが─。

 森は昨日、自分に向けられた神宮寺の眼が忘れられなかった。
 森も捜査畑出身だ。どんな理由があろうと手の届く所にいた犯人を逃がすのは悔しい。
 無念と痛恨、そして決意・・・。自分を見つめる神宮寺の双瞳にそれは現われていた。   
 それに、自分の前で気を張っているのかもしれないがジョーの足取りに不安はないし右手を庇うようなしぐさもない。
 森は決心した。

「今まで通り、君達が当たってくれ。協力はチーム1」
 2人の表情が一瞬和んだ。
「佐藤ってセンセイはアジトを覚えていた。他の6人はどうなんです?」
「彼らは他の場所に行った事はないそうだ。あ、これが関さん達公安が取った彼らの供述書だ」
 と、2人に手渡す。手書きの綺麗な文字が並んでいる。が、
「たまには英語で書いてほしいよな」ジョーが舌を鳴らした。「漢字なんて誰が作ったんだ」
「文句は中国に言うんだな」
 神宮寺がサッと目を通す。
 各自の供述を木村が書き留め、最後に供述者のサインが入っている。2枚目を繰り、ふと神宮寺の手が止まった。
 双眼が一点を凝視し、自らの記憶を呼び起こそうとしている。
「どうした? お前にも読めない漢字があるのか?」
 ジョーが楽しそうに言ったが、
「チーフ、鋸山で押収された書類をもう一度見せてください」
 神宮寺がパソコンのモニタに駆け寄った。森がファイルをモニタに出す。
「手書きの書類が7、8枚ありましたが─。あ、これです」神宮寺はキーボードを受け取り1枚1枚見て行った。森もジョーも無言でその操作を見守る。「─ やっぱりだ」
「どうしたんだよ」
 ジョーがモニタを覗き込んだ。焼け焦げた書類が1枚映っている。
「この書類のサインを見てみろ」モニタを指差す。「そしてこっちの供述書─」
「kinashi─ あ? 同じじゃねえかっ」
 アジトから押収された書類は何かのデータを記録したものだ。その責任者の欄にあるサインと供述書のサインは間違いなく同一人物によるものだ。
「え? ってー事は、木梨はザーツのメンバー?」
「いや、誘拐された後にそのデータを取る仕事をさせられていたのかもしれないぞ」
「それはないですよ、チーフ。木梨は他の場所に行った事はないと供述しているでしょ。それだけでも明らかにウソをついている」
「だがよ、サインした書類だけが鋸山のアジトに運ばれた、って事も考えられるぜ」
「そうだが・・・」
 神宮寺の胸がざわつく。
 実は彼とは反対の意見を言ったジョーも何やら胸騒ぎを覚えていた。2人の不安が同調する。
「どちらにしろ一度会って話を訊きたい。彼らは今どこにいますか?」
「もう1日2日は公安の指定のホテルに保護されているはずだ。SP 付きで」
「赤坂ですね」
 森が頷く。
「行くぞ」
 神宮寺が足早に出て行った。ジョーはチラッと森を見たがすぐに相棒の後を追う。
 地下駐車場からハリアを乗り出した。

 公安指定の赤坂にあるホテルは防衛庁跡地のすぐそばに建つ部屋数は20程の小さなホテルだ。
 しかし警護するにはホテルの規模が小さい方がいい。だが、
「SP 付きか・・。面倒だな」
 珍しくもおとなしく助手席に収まったジョーが呟く。
 マル対の安全を何より優先するSP 相手では、仲間の警察官でさえそばに寄れない事もある。
 ましてや神宮寺とジョーは面識すらない。身分を明かしてもすんなり会わせてもらえるかどうか─。
「チーフから警備課に話を通してもらった方がいいんじゃねーの」
「時間が掛かりすぎる」だが先方で押し問答するのも面倒だ。「仕方がない。ジョー、関さんに来てもらってくれ。あの人なら双方に面識がある」
 え~、とジョーが不満の声を上げるが、
「頼むよ。─ いやな予感がするんだ」
 と、今まで口をへの字に曲げていたジョーがすぐさま携帯電話を取り出した。簡単に事情と神宮寺の決め台詞を伝えると、“すぐ行く” と関もあわてて言った。
「よかった。チーフから回してもらうよりお前が言った方が早く来てくれると思ったんだ」
「呑むからつき合え、と言ったら来なかったかもしれねえけどな」カツンと携帯を閉じて、「・・・なんでおれが言ったら早く来るんだ?」
「さあ・・・。お、関さんだ」

 大通りを1本入った細い道に建つホテルの前には1台のクレスタが停まっていた。霞が関にいた関達の方が早かった。
「急にすみません」
「木梨という若いのがザーツの仲間だって?」
 挨拶なしに関が意気込む。
「それをこれから確認します。SP をなんとかしてほしいんですが」
「わかってる」頷き、横の木村を指差す。「SP の1人が木村と同期だ。それでもツベコベ言ったらおれと木村でSP を押さえるからその間に突破しろ」
「主任・・・」
 眉をへの字に曲げ、木村が首を振った。


                 

                              4へつづく





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闇に輝く光の下(もと)に 2


「なんだ、ジョー、その顔は。いい男が台無しだな」
「関」
 チーフ室には1人関がいた。
「やっと寝付いたばかりだったんだ。そこを起こされたんだぜ」と、うるさそうに髪を掻き上げた。「おまけに男に寝顔をじっと見つめられてよ。その後どうなるかと思ったぜ」
「・・神宮寺君が?」
 関がチロッと神宮寺に目を向けた。が、知らないふりされた。
「あ、すまないな」
 続き部屋のドアが開き、森が入って来た。2人にソファを勧める。
「君達が保護した科学者の1人が奴らのアジトの場所を覚えていてね」
 大きなスクリーンに地図が映し出された。
「ここは千葉県の鋸山という観光地なのだが、この展望台から鋸山々頂までの間に奴らのアジト・・というほど大きな物ではないらしいが、研究施設を兼ねた建物があるそうだ。そこではMOX 燃料システムのデータを撮ったり試作品の製作も行っていたらしい。佐藤という科学者が2日程そこにいたそうだ」
「だとしても、もうそこには誰もいないかもしれないがね」
 関が言った。
 国際警察により、誘拐された科学者は取り戻されている。当然その情報は伝わっているだろう。
「だが人は動けても建物や機器はそう簡単には動かせないからな。奴らの組織に関する手掛かりのひとつでも見つかるかもしれん。なんでもいいんだ。情報がほしい」
 関の言葉から公安もザーツに関する情報が掴めていないのがわかる。
「奴らの情報・・・」
 ジョーが呟いた。一瞬顔ををしかめる。
「そこで君達への指令だ。そのアジトに潜入しデータの奪回と試作品を破壊してもらいたい。いつのもようにチーム1をつける」
「今回の件は政府の機密事項に関係しているので、我々が公に動く事ができないんだ」しかめっ面の関が言った。「政府と繋がっていない君達に頼むしかない」
「わかりました」
 神宮寺が立ち上がる。が、ジョーはソファに座ったまま動かない。
「ジョー?」
「どうした?」
 森と関が怪訝な目を向けた。
 と、ジョーが2人を見る。指令を受ければいつもは不敵に輝くブルーグレイの瞳がなぜか不安そうに揺れていた。
 森も関も驚いたようにジョーを見つめる。が、
「いえ─、行きます」
 立ち上がりスッと踵を返しチーフ室を出て行った。その後を神宮寺が続く。
 関が声を掛けようとしたが、ふと振り返った神宮寺の双瞳に止められ口を閉じた。
 ドアが閉まった。

「本当におれ達の仕事って昼も夜もないよな」
 今さらながら立花がグチる。彼がステアリングを握るハリアは、今アクアラインを川崎から木更津に向かっていた。
 昼間なら海の上を走る道路から輝く海や遠く木更津の町が見えるのだが、今は真っ黒な海面と遠くに瞬く町の明かりしか見えない。
「アクアラインは夜通るものじゃないな」
 後部席の2人に向かって言うが返事はない。立花はちょっと不思議そうにミラーで2人を見た。
 寝てるわけではない。
 神宮寺は関から受け取った報告書に目を落としたままだし、ジョーは窓ガラスに頭を預けたまま真っ暗な海を見ていた。
 それは現場に入る前のいつものダブルJ の姿だったが、緊張感はあるものの活気が感じられなかった。
 疲れているのかな、と思ったが口には出さなかった。チーフの指令を受けてしまったらもう前を向いて進むしかないのだ。

 やがてハリアと後続のエルグランドは国道127号から鋸山登山自動車道に入った。2.6キロの短いものだがクネクネと曲がり山頂近くまで行かれる。
 2車はもう観光客の車もない頂上駐車場に車を停めた。
「おれとジョーで行く。西崎達はここで待機していてくれ」
「おれと立花も行こう。待機は伊藤達に任せて─」
「いや、奴らはもうアジトにいない公算が高い。2人で充分だ」
 いつになく強い口調で言う神宮寺に西崎は口を閉じた。長い付き合いで、彼に何か考えがあるのだとわかる。
「行くぞ、ジョー」
 一瞬、黙ってしまった西崎に目を向け、だが神宮寺は彼らに背を向けた。その後を眉を立てたジョーが続く。
 鋸山の山頂まではヤブ道の尾根を歩いて40分。道標はなく明りもない。2人が手にしているのは小さなライトひとつだ。足元も不安定で歩きづらい。と、
「・・おい」今まで無言だったジョーが口を開いた。「ヘンな気を遣うな」
 だが神宮寺は目だけでチラッと後ろのジョーを見たが、そのまま進んで行く。
「・・チッ」
 ジョーが舌を打った。だがその貌は決して激しいものではなかった。
 と、ヤブ道に入って10分程で細い横道があった。佐藤博士から話を聞いた関がまとめた報告書に書かれていたアジトへの入口だ。
 先を行く神宮寺のライトが下を向く。ジョーはライトを消し相棒にすぐ後ろに着いた。
 やがて闇の中に小さな建物が沈んで見えた。驚いた事にいくつかの窓は明かりが点いていた。
 奴らはまだいるのだろうか。神宮寺がライトを消す。
「おれ達の任務はMOX 燃料システムの試作品の破壊とそのデータの奪回だ」なぜか神宮寺が念を押す。「それ以外の事は考えるな」
「──」
 ジョーは一瞬唇をキュッと結んだがとりあえず頷いた。

 2人は建物を一周する。2階しかないが面積はけっこう広い。裏口には鍵が掛かっていたが例の電子ロック外しで開けた。
「「奴らがまだここにいるって事は、データや関が欲しがっていた奴らの情報も取れるかもしれねえな」
 そしてジョーが確かめたい事もまた─。
 と、2人は建物内がざわめいている事に気がついた。声が聞こえるわけではないが、落ち着かない雰囲気が建物内を占めている。 
 奴らは移動するのかもしれない。
 2人がそう思った時、目の前に1人の男が飛び出して来た。両手でファイルを抱えた日本人だ。
 男は2人を見てハッとその足を止めた。すかさずジョーが男の口を押さえ、その体を近くの部屋に押し込んだ。
「ザーツに日本人がいるとはな」
 薄暗い室内でジョーの瞳が鋭く光る。男の手からファイルを取り上げザッと目を通すと神宮寺に押し付けた。
「MOX 燃料システムのデータファイルがあるはずだ。どこだっ」
 男の胸倉を掴みグッと締めあげた。ジョーより小柄の、どう見ても学者タイプのその男は抵抗もできずにいる。
「MOX 燃料システムの試作品があるだろう。言え!」
 ダンッ! と壁に男の体を押し付けた。神宮寺がジョーの腕を掴んだが、
「イ、イタリアのマフィアがザーツに出入りしているというのは本当かっ」
「ジョー」
「そのファミリーは─」
 ジョーが男の体を壁伝いにグーと持ち上げた。
「やめろ、ジョー」
 神宮寺が男の体からジョーの手を引き剥がそうとした。が、それより早くジョーが手を振り払った。男が床に尻もちをつく。
「落ち着け、ジョー。おれ達は─」
「わかってるさ!」
 腕に掛かる神宮寺の手を振り払い、ジョーは室内の棚やデスクの引き出しから次々と書類やファイルを出していく。
 読めるものは読み、フロッピーやディスクは叩き割った。引き出しをひっくり返す。ザーと床に書類やペンが広がった。
 関が欲しいと言っていたザーツに関する情報の収集など完全にどこかへ飛んでいた。
 だがそれを見ている神宮寺はジョーの暴挙を止める事はしなかった。明らかな命令違反だが、神宮寺はジョーの気の済むようにさせてやりたいと思った。
 今、自分に出来る事は黙ってジョーを見守る事だ。
 ─ と、ジョーの動きが緩やかになり─ やがて止まった。神宮寺に背中を向け、デスクに両手をついたその肩が震えていた。静かに歩み寄った神宮寺がソッと肩に手を掛けた。
「くそォ・・・」ギリッと歯が鳴った。「いざという時には試作品もデータも皆まとめてふっ飛ばしてやるっ」
「Stop it 」開いていたドアから大柄の外国人の男が入って来た。その手には銃が握られている。「研究には多額の費用が掛かっている。簡単にぶっ飛ばされても困る」
「まだいたのか」
 ジョーがゆっくりと男に顔を向けた。その瞳はいつもの猛禽類の鋭さだ。床に座り込んでいる白衣の男の前に立ち塞がる。
 そのジョーより一歩下がって、神宮寺は白衣の男の横についた。
「あんたの方が話ができそうだ。MOX 燃料システムの試作品はどこだ」
「とっくに運び出したよ。だがデータファイルを取りに来て侵入者に出会うとはな」
「お前達の中に─」
 言い掛けて、ジョーは口を閉じた。その一瞬の空白を男が突いて来た。
 銃声が響きジョーは横跳びでそれを避けた。と、男の銃口が白衣の男に向けられた。神宮寺が飛び掛かり、白衣の男共々床に転がり避けた。
「ヤロウ!」ジョーがウッズマンで応戦する。しかし男は廊下に飛び出した。「待て!」

 廊下に出たジョーが男の後を追う。と、足元が揺れた。爆発音が響き、ジョーは一瞬足を止めた。
「くそォ、吹っ飛ばすのはおれがやるって言ったのに」
 この爆発は明らかに奴らの仕業だ。混乱のうちにデータファイルを持ち出すつもりか。 
 ジョーは目につくドアを片っ端から開けて行ったが誰もいなかった。
 やがて他の部屋より少し広めの部屋に出た。室内にはいくつかの木箱が置かれている。だが人が隠れている様子はない。逃げた男の姿もなかった。
 またどこかで爆発音がした。やはりここを潰す気だ。
 ジョーは置いて来た神宮寺が気になり、スピードマスターの通信スイッチを入れた。そのとたんすぐ近くで爆発が起こった。
「うわっ!」
 壁が破壊され、積み重なっていた木箱がジョーの上に落ちて来た。
 とっさに床に伏せる。だがわずかに残った下半身が木箱の下敷きになった。
「うっ!」
 何が入っているのか木箱は重かった。それがいくつも両足の上に伸し掛かっている。
「くそォ・・・こいつっ」
 ジョーは木箱を押し退けようとしたが、体が床に転がっている状態では腕に力が入らない。いや、入ったところで1人でこれらの木箱を動かすのは無理だ。
「くっ! やっ!」
 床に転がったままジョーは片手で木箱を押す。爆発音が響きジョーの上に天井がパラパラと落ちて来た。細かいチリが容赦なく彼の目や口に入る。
 スピードマスターから神宮寺の声が聞こえた。だが木箱の下から抜け出すのが先だ。
「くっ、うっ!」
 満身の力を腕に込め木箱を押すと1番上に乗っていた箱が落ちて来た。
 バラバラ・・・と中味が広がる。機器の部品やフロッピー、CD─ ROMなど・・・。それから英語で書かれた何冊かのファイルがあった。
 どうやらMOX 燃料システムだけではなく、色々なデータが収められているらしい。
 ジョーがページを繰る。と、
「A son of a little while ago? (さっきの坊やか)」
 男の声にジョーが顔を上げた。逃げた男だった。手には銃と薄いファイルを2冊持っている。
 男はジョーが身動きできないと知るとニヤッと口元を歪ませた。が、用心してか近づいてはこない。
「そのファイルをこっちによこぜ。それからお前の名前と所属を教えてもらおう。おそらく国際警察だと思うが」
「・・・・・」
 向けられた銃口をジョーが睨めつける。
 ウッズマンは彼のすぐ横に置いてあるが、この状況ではジョーが銃に手を伸ばした瞬間に相手の銃が火を噴くだろう。
 奴の腕は先程の銃撃戦でわかっている。ましてやこの距離では外しようがない。
「早くしてくれよ。もうじきここは吹っ飛びからな」
 トリガーに掛かる男の指がクッと動いた。仕方なくジョーは手元のファイルを男の足元までスーと滑らせた。
 ファイルを取ろうと男がゆっくり腰を屈める。
 ジョーの手がウッズマンに伸びた。男が銃口を向ける。双方の銃が火を噴き銃声がひとつになった。
「うっ!」
 右手を撃たれ、ジョーはウッズマンを落とした。傷は浅いが表面を弾丸が走ったようで広範囲から出血している。
 ジョーの撃った弾はファイルに当たり、男の左肩を掠った。だが右手はしっかりと銃を握ったままだ。再び銃口をジョーに向ける。
 ジョーは床に落ちたウッズマンを掴もうとしたが右手が思うように動かなかった。
 ふと男と目が合う。一瞬、双方の動きが止まり─ 男の口がかすかに動いた。
「─ え」
「ジョー!」
 神宮寺が飛び込んで来た。
 男はとっさにジョーが渡したファイルを拾い上げ反対側のドアから走り出た。
「遅くなってすまん。西崎達に連絡していて」
 だがジョーは神宮寺に気づいていなかった。男の出て行った方を見つめている。
「ジョー」
「神宮寺─」ようやくジョーの目が神宮寺を見た。「なにしてる。今の男を追うんだ。あいつMOX燃料システムのデータファイルを持って行ったぞ」
 神宮寺はチラッとドアに目を向けたがリンクで西崎に男が1人逃げ出した事を伝え、自分はジョーに伸し掛かっている木箱を動かし始めた。
「おれは後でいい! それより奴を追え!」
「ここはもうすぐ爆破される。今、お前を置いて行く事はできない」
「なっ─」ジョーが絶句し思わず相棒を掴む。「なにバカな事言ってる! 早く行け!」
「いやだ!」
 神宮寺がジョーの右手を振り払った。パッと血が飛んだ。
「おれは今まで任務のために何度もお前を危険の中に置いて来た。もちろん生還を信じてだ。だが今回はだめだ。このままでは建物と一緒にお前も─」
「・・・・・」
 ジョーが目を見開き神宮寺を見た。
 現場に残る事は危険だ。ジョーも何度も怪我を負っている。しかし神宮寺は、相棒を現場に残し怪我を負わせたという苦しみを味わっていたのだ、と今気がついた。
「そんな事、お前が─」
 近くで爆発音がした。壁の一部が吹っ飛んできた。神宮寺がジョーを覆う。が、爆風のおかげで木箱が1個2人の頭上を越えて飛んで行った。
「よし、持ち上げるぞ。足を引けっ」
 神宮寺の合図と共にわずかに木箱が持ち上がり、空間ができた。素早く体を引く。
「折れてはいないようだが・・・立てるか?」
「大丈夫だ」
 ジョーはウッズマンを掴み神宮寺の肩を借りて立ち上がった。だが打ち身と足首を捻ったらしく、床に足を着くと痛かった。
 神宮寺がジョーの左腕を自分の肩に回し支えて歩き出そうとした。
「手を離せ。1人で歩ける」
「走るのは無理だろ。時間がないんだ」神宮寺の言葉を裏付けるようにどこかでまた爆発音がした。「行くぞ」

 2人は廊下へ出て裏口へと向かう。途中誰にも会わなかった。
「さっきの白衣の男を西崎達に頼んだんだ。もう着いているだろう」
 目の前を黒い煙が埋め尽くす。一気に走り抜けた。と、爆音と共にドアが飛んできて2人に当たった。床に転がる。
「大丈夫か」
 神宮寺がジョーを起こした。
「神宮寺、お前先に─」
「それ以上言うな」
 神宮寺が再びジョーに手を貸し2人は走り出した。
 体力には自信のある神宮寺だが、自分より大柄のジョーを支えて進むのはかなりきつい。しかしここで何を言おうと神宮寺は聞かないだろう。それを承知しているジョーは懸命に付いて行く。
 やがて2人は裏口から外へ出た。
「神宮寺!ジョー!」西崎だ。「やられたのか?」
「まさか。ちょっとコケただけだ」
 不敵に口元を歪めるジョーに西崎が肩をすくめた。



                              3へつづく


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闇に輝く光の下(もと)に 1


「神宮寺!」樋口が1人の白衣の男と共に神宮寺やジョー達の元に走って来た。「佐藤博士だ。3階にはもう誰もいない」
 50代のその男が小さく頭を下げる。
「これで6人全員保護だな」
 神宮寺が周りの男達を見回した。
 政府の研究機関から開発中のMOX 燃料システムのエンジンを奪った国際テロ組織ザーツは、そのシステムエンジンを搭載した列車を走らせ建設中の原子力研究所に激突させようとした。が、ダブルJ とJB 2の活躍で列車は止められシステムも回収された。
 しかしその一方でザーツはMOX や原子力に詳しい科学者の誘拐を行っていた。
 チーム4の内偵によりその科学者達の居場所がわかったのは能登の事件が解決して2日後だった。
 ダブルJ とチーム1が出動した。
「あの・・・」佐藤博士が口を開いた。「木梨君がいません。昨日連れて来られた若い男性です。確かもうひとつの建物の研究室に配属されたはずです」
 事前の調査では、誘拐されたのは6人と聞いていたが。
「追加って事か」ジョーが言った。「とにかく助けにいかねえと」
 と、どこかでボンッ! と大きな音が跳ね、建物が揺れた。

「奴ら、この建物を爆破させるつもりか」
 伊藤が言った。
 山の中のアジトなので周りに害が及ぶ事はないが、このままここでのんびりしているわけにもいかない。
「よし、樋口達は皆さんを連れて待ち合わせの地点まで行ってくれ。もうすぐ西崎のヘリが到着するはずだ。おれとジョーはその木梨さんとやらを連れに行く」
 佐藤博士から研究室の場所を訊き神宮寺が言った。
 男達は頷き左右に分かれた。6人の科学者を連れた樋口と伊藤は正面入口へ、神宮寺とジョーはその反対の奥へと走って行く。
 すぐに裏口のドアに突き当たる。オートマグが火を噴きドアが吹き飛んだ。一旦外へ出て、もうひとつの建物のドアもオートマグで開けた。
「最近過激だな、神宮寺」ウッズマンを出し掛けていたジョーが苦笑する。「また眠いとか言うんじゃねーだろうな」
「なんだ、それ」神宮寺が眉をひそめた。「赤ん坊じゃあるまいし、眠いくらいで銃をぶっ放すか」
 先に体を建物のドアから滑り込ませる。ジョーが肩をすくめた。が、
「おい、赤ん坊は眠いからといって銃をぶっ放したりしねえぜ」
「・・・・・」神宮寺がまじまじと相棒を見る。こいつなんでそんな事に拘るんだ?「欲しいのか? 赤ん坊・・・」
 はァ? とジョーが目を見開く。
「それなら女の子を捕まえるのが先だぜ」
「おれはそんな─!」
 ふと口を閉じた。神宮寺も前を向く。佐藤博士が言っていた研究室の入り口が見えた。 そのとたんドアがバンッ! と開き、バババ・・・という音と共に弾丸が2人目掛けて飛んできた。とっさに左右に分かれる。一旦廊下の曲がり角まで後退した。 銃声はまだ続いている。
「くそォ、数撃ちゃ当たる作戦かよ」
「この間に木梨を動かされたら面倒だな」
 研究室のドアは廊下の突き当たりだ。他にどこからも入る所はない。銃声から推測すると相手は2、3人だろう。
「久々の強行突破といくか」ジョーがウッズマンを握り直した。「援護を頼むぜ」
 そう言いバッと廊下に飛び出した。
 強行突破はダブルJ の、特にジョーの十八番だ。このように狭い廊下では逃げ場がないので危険なのだが─。
 案の定、弾丸がジョーに集中する。しかし同時にジョーからも相手が丸見えになった。 ジョーのウッズマンが正確に相手に向かって弾丸を送り出していく。
 彼が銃を持つ相手の前に身を晒せるのは神宮寺に対しての絶対的な信頼感があるからだ。
 その力強い44オートマグの援護も加わって、やがて辺りは静かになった。
 ジョーは研究室のドアの右につき、そっと室内を窺う。誰もいないようだが・・。
「あ」
「人が倒れているぞ」
 神宮寺が室内に飛び込み、床に伏している白衣を着た男を仰向けに起こした。と、かすかに呻き男が目を開けた。
「木梨さんですか」
 男は神宮寺に向かって頷き、その眼をジョーに移した。とたんに両目が見開かれる。思わず叫んでジョーから逃れるように手足をバタバタさせた。
「どうしたんですか。我々はあなたを救出に来た者です。佐藤博士や他の人はもう脱出しました。我々も急ぎましょう」
「ほ・・本当に─?」震える木梨に神宮寺が頷く。目を向けて来たのでジョーも頷いた。「す、すみません。ここの連中はみな外国人で・・・。なかにはイタリアのマフィアも出入りしていると聞きましたので─」
「なんだと!」ジョーの鋭い眼が木梨に向けられた。木梨はビクッと体を震わせ口を閉じた。「イタリアのマフィアだと? なんという名前のファミリーだっ」
 ジョーが神宮寺の手から木梨を奪い取った。木梨の手足がまたバタバタする。
「やめろ、ジョー。脱出が先だ」
 神宮寺が2人の間に割って入った時、部屋の奥からバンバンと銃声が響いて来た。佐藤博士は知らなかったようだが、この奥に他に出入りできるドアがあるようだ。
 神宮寺はジョーを押し退け木梨を立たせた。体に手を添え一緒に廊下へと走る。その後ろにジョーがついた。
 奥から4、5人の男達が走ってくるのが見えた。手には小型だが銃が握られている。
「つっ!」
 2人を庇うようにして後ろに付いたジョーの腕を弾丸が掠る。
「ジョー」
「大丈夫だ」
 振り向く神宮寺にいつもの不敵な笑みを掃いた。
「先に行け、神宮寺。ここはおれが食い止める」と、何か言おうとした相棒に、「任せておけ。いつものようにうまくやるさ」
 そう言いジョーは2人に背を向けドアの横に貼りついた。
「早く行け! 奴らは絶対にここから出さねえ!」
 廊下に出てしまった3人の姿が見えなくなったので、一瞬だが銃声が小さくなった。このチャンスを生かさなければ。
 神宮寺はちょっと躊躇ったものの、すぐに木梨と共に出口に向かって走り出した。

「体を低くして! 早く乗ってください!」
 ブレード音の中、西崎が叫ぶ。
 少し開いた山間の平地に降りたヘリに科学者達が次々と乗り込んで行く。
「神宮寺やジョーは?」
「もう来ると思うよ。─ ほら」伊藤が目を向けた方から神宮寺と白衣を着た若い男が駆けて来た。ヘリの中の男達が歓声を上げた。「ジョーは?」
「奴らを押さえてる」
 木梨をヘリに押し込み神宮寺が建物に目を向ける。何やらいやな予感が胸に湧き上がる。
「おれはもう一度建物に戻る。もし10分経っても戻らなかったら─」その時、建物が大きな音を立てて爆破された。「ジョー!」
「危ない!」
 伊藤の手を振り払い、神宮寺は今来た道を引き返して行った。

 保護された7人の科学者たちは一度地元の病院に収容され診察を受けた後、警察庁の施設に一時移された。
 MOX燃料システムとザーツが関わっている事件なので公安部長が直接事情を聞く事になり、国際警察との関係から3課の課長と主任の関も同席する事になった。
 ここで関達は初めてMOX 燃料システムに関する今までの事件の流れやJB の活躍を知ったのだ。

「だけどホントにジョーは悪運が強いよな」
 入ってくるなり西崎が言った。
「なんとでも言ってくれ。悪運だって運の内だ」
 捜査課の休憩室にはジョーと神宮寺、西崎と伊藤の4人がいる。ダブルJ はすっかりここに入り浸るようになった。
「奴ら自爆するつもりか爆発物を投げてきてよ。それを避けて飛んだら別のドアに当たり、そのまま部屋に転がり込んだんだ」
 おかげで爆発の直撃を受けずに済んだ。被害があるとしたらまだ2、3回しか着ていない薄茶色のアルマーニのジャケットが焦げ茶色になった事くらいだ。
「日本では売ってないからママに頼んで送ってもらったのによ」
 ため息をつくジョーを不可解な目で伊藤が見る。
 ジョーのような風貌の男が、〝ママ〝 と言うのはなんとなく合わないような気がする。
 が、自分が母親を、〝お母さん〝 と呼んで育ったのと同じようにジョーは〝ママ〝 と呼んでいたのだろう。合わないと思うのは伊藤の勝手な見方だ。
「結局あのアジトにいた奴らは逃げたか、捕まったとしても死体だけだな」
 西崎がコーヒーの自販機のスイッチを押した。型は一般の自販機と同じだが、コインを入れる必要はない。
「公安が博士達から話を聞いている。少しでも奴らの事がわかるといいけどな」
「それによってまたおれ達が出るってわけだ」う~んとのびをしてジョーが言った。「いつ出動になるかわからねえから少し寝ておこうかな。─ お前も寝る?」
「・・・・・」訊かれた神宮寺が顔をしかめた。「・・・なんでそんなにおれを寝かそうとする?」
「・・・いや、別に・・・」寝不足の神宮寺は機嫌が悪くて怖い、とは言えない。「じゃあおれひと眠りしてくるぜ」
 そそくさと休憩室から出て行った。
「時々わけわかんない事言うよな、ジョー」
 西崎と伊藤が顔を見合わせ笑う。
「だけどいつ出動になってもいいように準備しておかなくてはな」チラリとチーム1のリーダーの顔を見せカップを自動洗浄機の中に入れた。「夕飯食いに行こうぜ」
「おれは6階に戻るよ」神宮寺が言った。「調べたい事があるんだ」
「疲れてるのか? 顔色よくないぜ。足はもう大丈夫なんだろ?」
「2日前の怪我だぜ。とっくに治ってるよ」
 いつもの、神宮寺の笑顔だ。だがその隅に小さな陰りがある。
 しかし、“じゃあな” と手を上げそのまま休憩室を出て行った。
「・・・まだ続いているのかな、神宮寺・・」呟く伊藤に西崎が目を向けた。「一時期、この仕事に迷いがあるように見えたんだ。そりゃおれ達だっていつも迷いははあるさ。だけど神宮寺のあんな姿見るのは初めてだし、S メンバーなのにって思ってしまって・・・」
「・・・・・」
 その事は西崎も知っている。しかしそれとは違うような気がする。
 どちらにしろ神宮寺が自ら口に出さなければ西崎に何も言う事はできない、と思った。

 自分のデスクのパソコンを立ち上げた神宮寺は、しかし調べ物などなく、しばらくポーとモニタを見ていた。
 体は疲れているのだが妙に頭が冴えて眠れそうにない。
 気がつくとスクリーンセイバーになっていた。洸が作ってくれたもので神宮寺の愛機が上下左右にと飛びまわっている。
 その映像を解除し、ふと思いつき神宮寺は〝ゲーム・アキラ〝 のサイトに入ってみた。 
 このサイトは洸からゲームソフトを貰いインストールしたパソコンのみで使えるのだが、なぜかネット経由で最新版に更新できる。JB 内のみ流通しているもので、どう考えてもJB のサーバに入り込んでいると思われるのだが管理課からの苦情はない。息抜きのひとつとして黙認されているのか。 
 ちなみに森や佐々木がこのサイトを知っているかどうかは不明だ。
 神宮寺はゲームをする気はなかったが、〝国際秘密警察悪童軍団パート2〝 は迫力満点でおもしろい、と伊藤に聞いていたのでちょっと覗いてみようと思ったのだ。
 このゲームではJB のメンバーが実際のシフトで出ている。ゲーマーは自分が誰になるか決め、その人物中心でストーリーは進んで行く。
 1番人気のあるストーリーは、やはり敵地に突っ込み壊滅するというものだ。そんな事は実戦でいくらでもやっていてわざわざゲームでやる事もないのだが─。
 神宮寺はジョー中心のストーリーを進めてみた。と、いくつかのストーリーがあったが、どれも最後はジョー1人の強行突破になった。
(やはりな・・・)
 小さく息をついてゲームを終了した。
 洸だけではなく、おそらく皆のイメージがそうなのだろう。実戦でもそうなのだから仕方がないが。
 今回の救出作戦でもジョーはあたりまえのように自ら強行突破を行った。その後木梨を無事逃がすために神宮寺に託し、自分は残った。
 彼らは役割を決めてはいない。その場で1番有効な行動を起こすだけだ。が、今回のようにトップを神宮寺が切り、ラストをジョーが受け持つパターンが多い。それが今まで1番良い結果に繋がった。
(おれはジョー1人に危険なパートをさせているのか・・・)
 神宮寺は思った。が、強行突破を行ったからといって必ずしも危険とは限らない。指揮官が先にやられるケースもあるのだ。
 銃撃の現場に1人残るのは危険だが、要警護者を連れ先に脱出に向かう方が危険に落ち込む事もある。
 実戦の現場に安全なパートなどないのだ。
 それは彼自身よくわかっているはずだが─。
 
 ふと気がつくと室内フォンが呼んでいた。オートになっていなかった。
「はい、ダブルJ室です」
 珍しくあわてた声に、
『寝ていたのかね?』
 と、森が訊いた。いえ、と神宮寺が答えると、7階まで来るように森が言った。
 了解しフォンを切ると神宮寺はジョーに伝えるため仮眠室のドアを開けた。
 2台あるパイプベッドの奥の方にジョーは寝ていた。珍しく神宮寺が入ってきても起きなかった。よほど疲れているのか安心しているのだろう。声を掛けようとしその顔を見て口を閉じた。
 長い前髪が上に跳ね上がっているので、いつもは隠れている額が丸見えになっていた。その端に斜めに走る小さな傷痕があった。
 先日暴走する列車に跳び移り、神宮寺が車輪を外して列車を止めようとした時車内にいたジョーがどこかに当たって切ったらしい。救出されるまで本人も気がつかなかった。  確かこの事件の時もジョーは何度か1人で現場に残ったっけ・・・。そしておれは犯人を追いジョーをその場に残し─。
「神宮寺」ふいに呼ばれ神宮寺はハッと声のした方を向いた。上半身を起こしたジョーと目が合った。「なにしてるンだよ。男の寝顔を見るのがシュミか?」
「そんな気色の悪い趣味はない。チーフの呼び出しだ」
 そのまま踵を返す。
「ヘンな奴だ」
 ジョーは口をへの字に曲げ、それでも急いでシャツを着た。



                                     2へつづく


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一緒に歩こう この道を 完


「行け、一平!」
 神宮寺の命令にラジャ! と半ばヤケになった一平の声が響いた。ヘリを列車に近づけ伴走させる。
 ジョーがヘリのドアを開けた。空気の流れにヘリがグラッと揺れる。が、一平の腕は確かだ。
 神宮寺がマグナムを構える。が、
「ストップ、ミスター! 1回上がるぞ!」
 ヘリが急上昇した。列車との間に小さな林が入ったのだ。列車が一瞬隠れてしまう。
「一平、あと20キロくらいで海岸線に出るよ。その方が障害物が少ないだろう」
「わかった」
 ヘリが一旦線路から離れた。
 パラパラと人家が見えた。小さな子どもが普段目にした事がない銀色に光る列車を見てしきりに手を振っている。
「くそォ・・、絶対止めてやるぜ」
 小さなジョーの呟きが全員の耳を突いた。
「出るぞ!」
 〝沖波〝と書かれた駅舎を抜け一平が声を上げた。
 神宮寺がオートマグのトリガーを引く。ガンガンと列車に当たるものの、なかなか壊す事はできない。爆薬の方が確実だが、内部のコンピュータをも壊す危険がある。
 が、残り弾が少なくなってきた時、列車のドアが吹き飛んだ。
「よし、一平! 近づいてくれ!」
 ジョーがスキッドに降りる。かなりのスピードで走る列車に伴走するヘリだ。風圧で体が吹き飛ばされてしまいそうだ。
「行けるか、ジョー」
「やるしかねえだろ。くそォ、おれはガッチャマンじゃねえって!」
「接近するぞ!」
 一平の声と共にヘリの機体がグッと左に滑る。
 躊躇う事なくジョーの体が空(くう)を飛んだ。壊されたドアの部分をガツッ! と掴んだ。右腕1本で車体に貼り付く。すぐ先の線路際に大木が見えた。ヘリが列車から離れた。
「ぐあああ・・!」
 全身の力を右腕に込める。筋肉が膨張し少しづつ体を、車体に開いた穴に引き寄せる。
 左手が掛かった。全身のバネを使い車内に跳び込む。その直後、大木の枝が車体をなめた。

「フウ─」神宮寺が安堵の息をつく。と、スキッドに降りた洸が目に入った。「何をするんだ」
「相手はコンピュータだよ。ジョー1人じゃ無理だ」
 確かにその通りだが、
「危険だぞ、洸。ヘタするとあの列車は─」
「そんなの百も承知さ。大丈夫、ミスターの足の分もジョーを補佐するよ」子どものような邪気のない瞳が神宮寺に笑いかける。「一平! 今度は列車の入口より少し前にヘリを出して!」
 洸はジョーより体重が軽い。風に流される距離が多くなる。それがどのくらいなのかなんて計算はできないが、
「とうっ!」
 洸の体が空(くう)を跳ぶ。ガツン! と、やはり右腕1本でマグナムが開けた穴に取りついた。
「・・・洸にもバレてたか」チッと神宮寺が舌を打ち、「ジョー! 洸を!」

「洸!?」車内のジョーが気がつき、洸の腕を掴むと車内に引き摺り込んだ。「無茶する奴だ。この列車は爆破されるかもしれないんだぜ」
「その前に止めればいいんだろ。それとも君1人で手に負える?」
 コンピュータを指差し洸がニッと口元を歪めた。グッと詰まるジョーに満足したのか、さっそくコンピュータに取り付く。
「MOX燃料システムに直結した爆弾は後ろの車両だ。そいつをなんとかするより起爆装置を解除した方がいい」
 洸はザーツのアジトのコンピュータから手に入れたデータを見ながら言った。
「うわ・・・すごいロックが掛かってる」
「いけるか、洸」
「・・・やってみる」
“任せておけ!”と即答しないのは珍しい。洸にしても難しいのだろう。
 そちらは洸に任せて、ジョーは列車を止めようとした。が、ブレーキを掛けても配線を何本か切断しても列車の勢いは止まらない。
 いっその事コンピュータをぶち壊してやろうかと思ったが、それを察した洸に止められた。
「起爆装置と連動してるんだから無茶しないでよね!」
「だったらさっさと解除しろ!」
「やってるよ!」
 洸はムーとコンピュータをUSBケーブルで繋げる。ロックを解く4つの数字の組み合わせをものすごい速さでムーからコンピュータへと叩き入れる。
「時間が掛かり過ぎる─。ジョー、誘導装置の解除も同時にやろう。プログラムから入って─」
 洸がムーを操作しながらジョーに指示を出す。ジョーもコンピュータが苦手なわけではないが、専門知識の豊富な洸にはとても及ばない。
「ロックは掛かってねぇけど、誘導装置のプログラムなんてねえぜ」
「えっ」洸の目が一瞬、ジョーの前のモニタに向けられた。「別のコンピュータか、それともそこだけは独立システムなのか・・・。あっ、解けた!」
 起爆装置のプログラムには入れたようだ。モニタには数字と記号とアルファベットが並ぶ。それらを洸がすごいスピードで書き替えて行く。

 列車のスピードが上がったような気がした。と、スピードマスターが鳴った。
『まだか、ジョー! もう3分の1まで来たぞ』
「今、洸が起爆装置を無効にしている。誘導装置はまだ解除できない」
『列車のスピードが上がっている。脱線の可能性がある。今JBに連絡して沿線の町や村に警官を出してもらっている』
 が、人間は避難出来ても原子力研究所は動かす事はできない。まだウランなどの燃料は入っていないが、列車が衝突すればMOX燃料が拡散しさらに被害を増やすだろう。いやその手前で脱線し列車が破壊されても─。
『脱線する前に脱出するんだ!』
「まだだ、神宮寺。もう少しで─」
「できた!」洸の声が上がった。エンターキーをひっぱたく。モニタに〝clear〝の文字が表示された。「起爆装置は解除したよ、ミスター。あとは列車を止めれば─」
 その時、ガシャーン! という音と共に、マグナムで吹き飛ばしたドアの部分や窓など外部に通じる空間を鉄のシャッターが下りて塞いでしまった。
「閉じ込められた!」
「くそォ!」
 ジョーがウッズマンを向ける。が、この距離では相手が鉄製なだけに跳弾の危険がある。
 それに神宮寺のマグナムでさえ、あれだけてこずったのだ。ウッズマンの22LR弾では穴を開けるのが精々だろう。
 ジョーは送電を切断しようと思った。─ が、この列車はMOX燃料システムで動いている。送電は受けていないのだ。それならば、
「洸、MOX燃料システムからのエネルギー供給を切れば列車も誘導装置も止まるんじゃないか」
「そうなんだけど、ここにあるコンピュータではシステムから誘導装置や動力への供給コントロールはできないんだ。まったく別のシステムで動いているらしい。この運転車両内には誘導装置は見当たらないし」
 本元がなければ、さすがの洸もムーも手が出せない。
「誘導装置の設置場所はわかるか?」
「待って」洸の指がキーの上を走る。ムーのモニタが列車の側面図を映し出した。「列車の先端だね。ほらここに突起物が見えるだろ。これが受信機─ アンテナだ」
「外かっ」
 ジョーが舌を打った。今この状況で彼らが外に出るのは難しい。と、スピードマスターが自分を呼んでいるのに気がついた。通信は切れていなかったのだ。
「悪い、神宮寺」
『先頭車両が鉄板で覆われちまったぞ。状況を説明しろ』
「ここのコンピュータからでは誘導装置を切る事はできない。装置は列車の先端についている。蛸島の先の原子力研究所までこのまま突き進むだろう」ちょっと言葉を切ったが、「おれ達は車外に出る事はできない。先端のアンテナを撃ち抜いてくれ」
『なんだと!? 飛んでいるヘリから走っている列車を撃てというのか!』
「そうだ。お前ならできる。誘導装置さえ壊せばあとは洸が制御できる」
『だ、だが万が一撃ち損ねたら─』
「そんな事考えるな!一平! 神宮寺をひっぱたけ!」えっ、と遠くから一平の声がした。「やるんだ、神宮寺。こいつを止めなければ大事故になる。お前ができないと言うのなら、おれが内部から爆破してでもこいつを止めてやるぞ!」
『・・・・・』ジョーは本気だ。本気で列車共々自爆するだろう。『・・わかった』
「ジョー・・・」
 洸がジョーを見上げた。
「すまねえ、洸。お前だけでも出してやりたいが」
「わかってるさ。Sメンバーになった時から覚悟はしているさ。ただ予想よりちょっと早かったけど」洸の口元がニコッと上がる。「それに神宮寺の腕も信じているし」
「うん」
 ジョーが頷き、見えぬ相棒に目を向けた。

「あの小さなアンテナをか」
 ベルトで体を固定された神宮寺が、大きく開いたヘリのドアから腰を降ろし眉をしかめた。が、それは一瞬の事だった。
「行け!一平!」
 合図と共にヘリが列車に急接近する。神宮寺がオートマグの銃口を列車の先端に向けた。
 実際の長さはわからないが、神宮寺には2、3センチにしか見えなかった。
 もし失敗し車体を撃ち抜いてしまったら。その場所にMOX燃料システムが設置されていたら─。さすがの神宮寺の手も震えた。
 と、ヘリと列車の速度がピタリと合った。恐れと不安を断ち切るようにオートマグが火を噴いた。
 チュイーンと長い余韻を残し、アンテナが吹き飛ぶのが見えた。うわ~お~! と一平が声を上げた。
「ジョー!アンテナは壊したぞ!列車を止めるんだ!」

『洸!』
『だめだ! 動力システムにロックが掛かってしまった!』

「な、なんだと・・・」
 リンクから響き出る2人の叫びに神宮寺が茫然と呟く。と、
「ミスター!」一平だ。「まずいよ。この先に急カーブがある。その先は大きな町だ」
 グンッとヘリが上昇する。と、大きく曲がる線路が見えた。スピードを落とせばなんという事のないカーブだが、あの列車のスピードのまま突っ込んだら─。

『仕方がねえな、神宮寺』リンクからジョーの声が静かに響く。『車輪を撃って列車を脱線させろ。カーブに差し掛かる前にやるんだ』
「じ、冗談じゃない! そんな事をしたら─!」
『このスピードじゃあのカーブは曲がりきれない。脱線してヘタすりゃ町中に突っ込むぞ』ジョーと洸はムーで線路の映像を見ているのだろう。『カーブの手前には人家はなさそうだ。完璧な条件じゃないが町中で爆発するよりはいい。やるんだ!』

「──」フラリと神宮寺が立ち上がる。武器箱から小型のバズーカと取り出した。「一平、列車の正面に出るんだ。ギリギリまで地上近くに降りられる地点を探してくれ」
「ミ、ミスター・・・」
 一平の瞳が揺れ言葉が震える。ジョーは仲間だし洸は大事な相棒だ。それを・・・。
 しかし神宮寺の顔には決心とある確信とが現われていた。凛とした静かな落ち着き─。一平はそんな神宮寺に賭けた。
「ラジャ!」

「ジョー、洸、よく聞け。今からバズーカで1両目の前輪だけ脱輪させる」
『脱輪?』
『そんな事出来るの?』
「角度さえ合えばな。うまくすれば横転せずに済む。確率は低いが」
『発射角度の計算がいるね。しようか?』
「その時間はない。おれのカンでいく」
 え~、と洸の声が上がるが、
『ま、いいや。やってくれ、神宮寺』
「ラージャ!」
 まるでどこで待ち合わせるか決めるような軽さだ。

「最後まで諦めるなよ。必ず止めて外へ出してやるからな。─ まだか、一平!」
「見つけたぜ! 人家もないし平坦地だ」ヘリがホバリングを始めた。ゆっくりと降下していく。「ただしカーブがすぐ後ろだ。チャンスは1回しかないぜ」
「失敗する時は何回やっても失敗するものさ」バズーカを担ぎ、神宮寺が再びドアを開けその端に腰を降ろした。「成功する時は1回でもする。今回のように─」
 神宮寺が言葉を切り顔を上げた。遥か前方から列車が迫る。
 肩に担いだバズーカの砲口を列車の左前輪合わせる。車輪の外側に当て線路内に脱輪させるつもりだ。
 バズーカを押さえる手の平が汗ばんだ。指が太いトリガーに掛かる。

 バムッ!

 その反動で神宮寺の上半身が後ろに倒れた。
 ヘリが急上昇する。その下を列車が通り過ぎた。ガガガ・・・と金属音が響き、砂利が巻き上がる。
 車体を傾けた列車が線路の幅だけ左右にガンゴンと揺れながら進んで行く。

「ジョー!洸!」ヘリで追う2人が叫ぶ。「頼む!止まってくれ!」
 と、その声が届いたのか列車がキーと鳴った。ブレーキが掛かったのだ。
 キキキ・・・とさらに鳴き、左に傾いた列車はカーブのわずか20メートル前で砂煙と共にその巨体を止めた。

「ミスターが脱輪させたのと同時に、動力システムのロックを解除したんだ」洸が自慢げにムーを目の前に掲げた。「それでブレーキを掛けたんだよ」
「そうか。それがなかったら危なかったかもしれないな」神宮寺が苦笑いし、いたずらっ子のような目を向けた。「実は全然自信がなかったんだ」
「ひでえ相棒だぜ」
 眉をひそめジョーが睨む。が、その目は笑っていた。
 列車が止まったのは良いが、鉄板で覆われた車両からジョーと洸が助け出されたのはそれから2時間も経ってからの事だった。
 早めに森に報告を入れていたのですぐに事故処理班が東京を出たのだが、長野県の上空で豪雨に巻き込まれ現場到着が遅れてしまった。しかしその後の救助活動は早かった。
 と、同時に車体の解体に入る。MOX燃料システムを取り出すためだ。
「2人共、掠り傷程度でよかった」医療部の手当てを受けているジョーと洸に目を向け佐々木が言った。「どうだい?講義は少しは役に立ったかい?」
「ぜ~んぜん!」
 洸が首を振る。
「あんな講義を受けても、結局おれ達肉体労働じゃん」
 ムスッと言うジョーがふと横に立つ神宮寺に目を向ける。
 いつもと・・今までと変わらぬ端整な静かな面持ちでしっかりと前を見つめていた。
 これから先、不安や躊躇いに捕われる事もあるだろう。だがこいつなら大丈夫だ。しっかり歩いて行かれる。そしておれも─。
 ジョーは神宮寺が見つめている方へとその目を向けた。


                                            完



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一緒に歩こう この道を 9


     AS355


 JBの屋上ヘリポートからAS355が飛び立つ。6人乗りの双発タービンヘリコプターだ。
 操縦桿を握るのは一平。コ・パイに神宮寺が入っている。巡航速度220キロメートル。穴水まで1時間30分のフライトだ。
 後部席のジョーと洸は機器の整備をしている。
 ジョーの右手の甲と胸部の包帯はまだ取ってもらえなかった。だが部屋で燻っているより外へ出た方がいい。いざという時は包帯なんて自分でも取れる。
「なんだ、それ?」
 ふと見ると、洸が見慣れない機器を持っていた。
「最新型のモバイルさ。軽いだろ? こんなに小さいのにパソコン並みの働きをするんだ。JBに置いて来たぼくのノートパソコンとも繋がってるし」
「またヘンなソフト入ってンじゃねえだろうな」
 ジョーが露骨に顔をしかめる。
「太陽神からとって、〝ムー〝って名前をつけたんだ」
「ヌー?」
「ムー! ラ・ムーのムー!」
「ブー?」
「・・・遊んでない?」
 睨む洸にジョーがニッと口元を歪めた。

 やがて機は石川県警穴水署のヘリポートに着陸した。署長直々に出迎えてくれた。
 彼はヘリから降りて来た4人の男達があまりにも若いので驚いた。だが4人はあいさつを済ますと穴水署が用意してくれた車両に機器類を運び始めた。
 車はランドクルーザーのプラドだった。以前に使用した事のある力(リキ)のいい車だ。 ただオートマなのと、ちょっとイヤな思い出があるのでジョーの眉が寄りっぱなしだったが。
「ではお借りします。今後我々との連絡はとれませんがご心配無用です。車両の返却はこちらから連絡しますので」
 若いのに物怖じせずテキパキと事を勧める神宮寺に署長は無言で頷いた。きっと余計な事は訊くな、と言われているのだろう。こちらとしてはありがたい。
 神宮寺がプラドの助手席に体を入れる。運転席ではいつものレーサーグラブをつけたジョーがステアリングを握っていた。相棒の姿をチラと見た神宮寺は、やはりこいつにはこの場所が1番だと思った。
 その2人の目に、北へ向かうAS355が見えた。JB2はヘリコプターで捜査に入る。双方に電波探知機を乗せている。
「さっきの線路の映像が気になる。─ ああ、やはりJBのパソコンのように細かい所までは映らないな」グーグル映像から地図表示に替えた。「穴水から蛸島までは海岸線を行く単線だったんだな。これといった重要な施設はないようだが─」
 モニタの地図が段々と北上していく。珠洲市に入り、終点だった蛸島に着いた。もう少し上がる。と、
「これは─」
「掛かったぜ!」ピーと響き渡る音と共にジョーが声を上げた。ザーツが江古田の研究所に連絡を入れたのだ。「できるだけ会話を伸ばしてくれよォ」
 ジョーがナビのスイッチをバチバチ押した。地図が消えトレーサーになる。
「洸! 捕まえたか!」
『もちろんさ!こんなに早くキャッチできるなんてラッキーだね』
「だがワナの可能性もある。油断するな」
 ラジャ! と快活な洸の返事を聞き神宮寺は再びトレーサーに目を向けた。
 発信元は249号線を走るプラドより北を示している。
 国道から一般道に入り北上する。ゴルフ場が見えた。緑が多く仕事でなければのんびりしたい所だ。
 と、遥か前方でAS355がホバリングしているのが見えた。あの下が発信元という事か。
 と、クルッと方向を変えAS355が移動する。着陸可能地点を見つけたのだ。

「この辺でいいだろう」神宮寺の言葉にジョーが車を停めた。「・・・ジョー」
「あ?」隣に目を向けたジョーは、相棒の思い詰めたような貌に驚いた。「─ なんだよ」
「もしもおれがこの前のような状態になったら・・・おれに構わずJB2と任務を続行するんだ」
 ジョーに向けられた神宮寺の目は真剣で、しかしおちついていた。
 普通に暮らしている人達の平和を乱すのは許せない。それでもまだ不安や割り切れない思いはある。
 しかしその瞳に躊躇いはなかった。自分の進むべき道は確信している。
「わかったよ」レーサーグラブを外し包帯をシュッと取った。「もしそうなったら、おれがひっぱたいて正気に戻してやるよ」
 スッとジョーが車外へ立つ。助手席の神宮寺もプラドの横に立った。互いの存在が頼もしく感じる。

 細い道を進む2人の前に大きな建物が現われた。元はペンションかプチホテルだったようだ。直感でここが発信元だと思った。
「─ にしては静かだな。もうズラかっちまったのかな」
「研究所に連絡が入ったのは20分前だぜ」
 移動したにしては早い。と、
「ミスター、ジョー」一平と洸が追いついて来た。「発信は間違いなくこの中からだ」
「行こう」神宮寺の合図と共に4人が建物のドアに取りついた。が、「伏せろ!」
 神宮寺が横に飛ぶ。考える間もなく3人も従った。
 ドガンッ! とドアが吹っ飛んできた。
「うわっ!」
 伏せた神宮寺の上に落ちて来た。
「神宮寺!」ジョーが駆け寄る。「大丈夫かっ」
「足に当たっただけだ。大した事はない」
 その言葉通りすぐに立ち上がる。
「やっぱりワナかな」
 洸が呟く。
「たとえそうでも行かなければならない」
 自分に言い聞かせるように神宮寺が言った。
「せっかく入口を開けてくれたんだしな」
 ジョーがひと足先に建物に入る。小さなフロントがあった。グルリと見回し右の廊下へと進む。その先の突き当たりをまた右に曲がった。
「ヘェ、ジョーの当てずっぽうも大したものだね」ふいに洸が言った。手には例の超小型モバイル ─ 洸が名づけたムーを持っている。「ムーも発信元はこっちだと言ってるよ」
「─ お前、そーいう便利な物は早く出せ」
 ピコピコと点滅を繰り返すムーにジョーが眉をしかめた。はいはいと洸が先頭に立つ。と、行きついたのは、〝食堂〝とプレートの貼られた大きなドアの前だった。
 4人は2人づつドアの左右に分かれる。人の気配はなかった。
 バンッ! とドアを押し開け、ジョーと一平が飛び込んだ。室内に銃口を向ける。が、
「うっ!?」
「な、なんだ、ここ─」
 2人に続き室内に入った神宮寺と洸も一瞬動きを止める。
 広い空間にはコンピュータと大きなスクリーンが置かれていた。
 スクリーンにはいくつもの四角が表示されていて、それぞれ〝塵波〝〝白丸〝と書かれている。1番端は〝蛸島〝だ。その四角を線が結んでいる。まるで鉄道会社のコントロールルームのようだ。
「これって─」
「のと鉄道の、廃線になった路線図だ」神宮寺が言った。だがなぜこんな物が。と、リンクが鳴った。「はい、神宮寺です」
 相手は森だ。
『先程ザーツから連絡が入った。政府が奴らの要求を突っぱねた事で強行手段を取って来た。あと1時間以内に要求を呑まなければ重要施設を爆破すると─』
「チーフ、実はこちらも気になる物を見つけまして─」
 神宮寺が説明する。そばで洸がコンピュータを起動させていた。
 スクリーンが明るくなり〝穴水〝と書かれた四角─ おそらく駅だろう─ が点滅し始めた。
「─ はい、ただ何に使われるのかは─」
「列車だ! 廃線に列車が走る!」別のモニタを見ていた洸が叫んだ。「この列車、例のMOX燃料システムで動いているんだ!」
 なんだって! と3人が洸の周りに集まって来た。
 モニタには列車の車体図が表示されている。エンジン部にはMOXの文字が見える。
「だけど、こんな所に列車を走らせてどうするんだ?」
「洸!」神宮寺だ。「モバイルに蛸島から北の地図を出してくれ」
「ラジャ」洸の指がキーボードの上を走る。「別にこれといった重要施設は─ あ? なにこれ?」
 ポインタを合わせて検索する。
「建設中の実験用原子力研究所だっ」
「これだな」神宮寺が路線図が表示されているスクリーンを見上げた。「建設資材を運ぶのに廃線が利用されているのだろう。奴らそこにMOXの列車を走らせ研究所に衝突させるつもりだ」
 全員が息を呑む。
「奴ら、その事をおれ達に教えるためにわざと電波をキャッチさせここに導き入れたんだ」
「なぜだ。そんな事しねえでいきなり爆破しちまえばいいじゃねえか!」
「事前に政府に知らせる事によって爆発が起こった時の対応のミスを世間に知ら示すためだろう。そして・・・奴らも成功させる自信があるのだろう」
「きったねえ奴らだぜ!」
 バンッ! とジョーがコンピュータを叩いた。今までの事件でもザーツはその姿を見せなかった。今回もまた─。
 と、今まで点滅していた〝穴水〝から、その点滅が線の方へ移動した。
「止めろ、こいつ!」
 ジョーがコンピュータを蹴った。と、ピピピ・・・とコンピュータが鳴り出した。背後から黒い煙が上がる。
「あ、あら・・」
「出るんだ!」
 神宮寺が叫び、そのとたんジョーに腕を掴まれた。そのまま引っ張られていく。
 4人が建物から飛び出したとたん、ドーン! と音が響き建物の一部が破壊された。
「無茶するなよ、ジョー!」
「いや、始めからセットされていたんだろう」神宮寺がジョーの手を振り払い言った。「それより列車だ。おれ達もヘリで飛ぼう」
 ラジャと一平と洸が先に立ちヘリへと向かう。と、
「─ 気がついていたのか」神宮寺が小声でジョーに言った。まーね、と肩をすくめる。「そうか─。だが余計な気遣いは無用だぜ」
 と、左足を庇いながら2人の後を追う。
「気の強い相棒だぜ」
 ジョーは再び肩をすくめ、その相棒に後を追った。

 やがて、一平が操縦桿を握るAS355が大空に飛び上がった。
「この列車は完全誘導だ。コンピュータが壊れても動いているところを見ると、誘導装置は車内か列車の終着地にセットされているね」
 洸はあのわずかな時間にコンピュータから自分のモバイル─ ムーにできる限りのデータを移していた。
「穴水から蛸島まで61キロ。1時間あれば到着するよ」
 奴らの言っていた〝1時間以内〝というのはこの事か。
「車内にはコンピュータ制御の起爆装置がセットされていて─ ああ、だめだ。ここからじゃ解除できない。直接車内のコンピュータを叩かなきゃ」
「列車を止める事はできないのか?線路を爆破して通れなくする、とか」
「バカな事を言うな。万一脱線して爆発でもしたらどうする。MOX燃料を積んでいるんだぞ」
 海岸線や山間を走る路線だが、もちろん街もある。ヘタをすると大勢の人が巻き添えを食う事になる。
 神宮寺は森に連絡を入れ、原子力研究所の建設作業員達の退避を要請した。
「ポイントを切り替えて予備線に入れちまったらどうだ?」
 ジョーにしてはまともな意見だが、
「今検索してるんだけど、予備線は線路が外されてもう使えないんだ」
 と、
「北上する列車を発見!」一平の声が響く。「な、なんてスピードだ。あれでは終点まで1時間も掛からないぞ」
 列車はのどかな能登半島を走るローカル線ではなかった。鼻づらの長い金属製の─ 山形新幹線に似たフォルムをしている。
 2両編成だがスピードが尋常ではなかった。もし線路上で整備の悪い箇所があったら脱線していまうかもしれない。
 一平はヘリを列車の横に並び飛ばせた。
「神宮寺、マグナムで運転席の側面を壊してくれ」
「どうするつもりだ」
「おれが飛び移る。中に入ってコンピュータを止めてやる」
「無茶だ!」
「あのスピードだよ。弾き返されたらどうするの!」
「うるせぇな! それしか方法はねえだろ! おれに任せておけ。絶対に止めてやるっ」
 神宮寺を見るジョーの瞳がいつにも増して青く輝いている。今までこの瞳の輝きに何回も賭けてきた。そしてその賭けの結果は─。
「一平、できるだけ列車に近づけてくれ」
 胸のホルスタからオートマグを抜く。
「ミスター!?」
「ムチャだよ~」
「うるさい! 言うとおりにしろ!」
 怒鳴られ一平と洸が首をすくめた。
「怖いコンビ・・・」
 洸が呟き、ジョーがニッと口元を歪めた。


                                     完へつづく