コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
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怒りの44マグナム 完


「また銃声だ」ジョーの横でハンドルを握っている中根が言った。「これで3発・・かなり遠いが・・・」
「急いでくれ、中根。なにやらいやな予感がする」
「傷に響くぞ」
「これぐらい我慢できる。とにかく急いでくれ」
 中根は肩をすくめるとクラクションを高く鳴らした。と、前を行く北をはじめ3人の特別課の者を乗せたジープはわずかにスピードを上げた。山地のためこれが精一杯なのだ。
「ジョー!」ややして中根が叫んだ。「見ろ、煙だ!セスナだぞ、きっと!」
 2台の車はにわかにスピードを上げた。車体が激しく揺れる。
 その弾みでジョーは背中の傷口をもろにシートにぶつけた。それでも彼は唇を噛みじっと耐えていた。
 今は自分の体だけをかまっていられる時ではない。どんな状態でセスナが落ちたか知らないが、もし・・・もしコナゴナになっていたら・・・。そう思うとジョーの心は背中の傷以上に痛んだ。
 やがて前車がセスナから約20メートルの所に止まった。後車のジョーは車が止まるか止まらないかのうちに外へ飛び出した。そしてセスナに目をやった。
 思ったよりひどく壊れてはいない。大して炎上もしていない。この分なら・・・。と、彼は反対側に人の足を見つけた。
「神宮寺!」ジョーは思わず叫んだ。「しっかりしろ!おい!」
「・・ジョー・・・」彼に頬を打たれた神宮寺は静かに目を開けた。「お前、どうして・・・」
理由わけは後で話す。それより一緒に乗っていたあの男はどうした!」
「あの男・・・そ、そうだ!」神宮寺は弾かれたように跳ね起きた。「あいつ、おれを撃って逃げやがった。ジョー、奴が・・奴があの轢き逃げの犯人だったんだ」
「・・やっぱりそうか・・。で、どっちへ逃げたんだ」
 神宮寺は矢崎の走り去った方を指差した。ジョーは頷いて立ち上がる。と、その腕を神宮寺が掴んだ。
「神宮寺・・・」
「・・おれも・・いや、おれが行く・・・」
「しかし・・」ジョーは彼の横っ腹に目をやった。「その傷では・・・」
「大丈夫、慣れているさ─。それよりおれはこの手で奴を・・・」
「フン」ジョーは肩をすくめ神宮寺に手を貸すと彼を助手席に座らせた。「おれと同じ台詞を言われちゃ聞かねえわけにはいかないからな」
 そう言うとジョーはキーを入れハンドルを握った。
「よく掴まっていろよ。振り落とされたら置いていくからな!」
 ジョーはギアを入れアクセルを踏んだ。神宮寺はあわててドアに掴まった。
 バックミラーには今までセスナの内部を調べていた北や中根が何やらわめいている姿が映った。が、それもすぐに消えた。
 ジョーは左手で神宮寺に向かって何やら放った。マグナムだ。
 神宮寺はそれを受け取りしばしじっと見つめていたが、やがてぐっと握り締めた。その手は震えている。胸は激しく上下し体全体がぐーと熱くなってきた。
 この時、隣にいるジョーはもちろん神宮寺自身も気がついてはいないだろうが、彼は初めて犯人を、矢崎を自分の愛銃でズタズタにしてやろうと思った。今、銃に入っているありったけの弾丸を矢崎の体中にぶち込んでやろうと思った。
 無意識に神宮寺は体中を震わせていた。ジョーは神宮寺の様子がいつもと違うのには気がついた。だが彼は何も言わなかった。
 彼自身、今の神宮寺とまったく同じ怒りを味わった事があるからだ。だからその神宮寺の様子に少々驚いたがあたりまえだと思っていた。

 突然、遥か前方から女性の叫ぶ声が響いてきた。
 ジョーはハッとしスピードを上げた。と、24、5才ぐらいの女の人が、“車どろぼう!”と叫んでいる。
「奴だ」神宮寺が低く言った。「車を奪って逃げるつもりなんだ」
「へっ!おもしれェ!このおれとカーレースをやろォってーのかっ!」変なところでジョーは粋がった。「しっかり掴まってろよ!」
 ジョーはさらにスピードを上げると山道を見事なハンドリングで登っていく。ジープなので風がもろに顔に当たるが2人共文句は言わない。と、前方に白い車が見えてきた。
「ジョー、あれだ!」立ち上がらんばかりに神宮寺が叫んだ。「矢崎の車だ!」
「直線だ、神宮寺!」
 ジョーの言葉に神宮寺はハッとした。そして右手でマグナムをぐっと握り、再び前を見た。
 やれる!今ならこいつ・・・で奴の車のタイヤを、フロントを、そして奴さえも・・・。
 神宮寺の両手は銃を半ば無意識のうちにスーと目の前まで上がってきた。両車の距離は30メートル弱、決して不可能な距離ではない。
 神宮寺は片目を閉じ狙いを合わせた。銃口は少しも狂わず矢崎の背中にあった。が、すぐに横に外れた。矢崎が動いたのではない。神宮寺がわずかに銃を下ろしたのだ。
(なぜ撃たない!今ならできる。今なら奴を殺れるんだ!お前の腕なら雑作もない事なのに、なぜ・・なぜ撃たないんだ!)
 神宮寺は自分に向かって叫んだ。そして再びマグナムを上げようとした。
 と、突然彼の目の前がパッと開けた。道を上り詰め高原に出たのだ。
「こうなりゃこっちのものだ。レーサーの腕前を見せてやるぜ!」
 ジョーは思わず唇を舐めた。
 ここは草が膝の辺りまで伸びていておまけにそのあちこちに岩が転がっている。もしぶつけたらただでは済まない。
 前方に岩を見つけたら素早くカーブに入るのだ。と、車体は遠心力で傾き、乗っている彼らにはもろに重力が加わるがさすがにジョーである。そんな重力などなんともないように車を飛ばしている。見ると矢崎も同様だ。その見事なソーイングにはさすがのジョーも驚いた。
「やっこさん、やるでないの」
「奴はパイロットだ。横Gには慣れている」
「フン!パイロットだろうとなんだろうと、地上ではレーサーの勝ちだ!」
 2車の間は相変わらず30メートルほどだ。これはジョーと矢崎の腕がほぼ同格という事だが荒っぽさではジョーの方が上だった。
 彼は矢崎を追うコースからジープを外し、面と向かうコースを取った。つまり真っ向から体当たりしようというわけだ。
「ジョー、奴と心中なんてご免だぜ」
「任しとけ!ダテにレーサーやってるんじゃないぜ」
 ジョーは矢崎に車とぶつかるその少し前にハデにハンドルを切った。と、擦れ違い様矢崎がこちらに銃口を向けた。
「うっ!」
「ジョー!」
「大丈夫、掠っただけだ。それにしてもあいつ・・味な真似しやがって!」
 ジョーはすぐさま方向転換し矢崎を追った。
 距離はわずか10メートルに縮まっていた。だが今度は神宮寺は銃を上げようとはしなかった。彼は互いに車を降りてから勝負をつけようと思ったのだ。それにもうひとつ・・・彼の心にしっくりいかない何かがあった。
(おれは浩一君達の仇を討つ・・・そうじゃないか・・・)
 神宮寺は強くそう思い続けた。と、ジョーの声が響き彼はハッとし顔を上げた。
「この時を待っていたんだ。行くぞ、神宮寺!これで最後だ!」
 その言葉と同時にジープは急に左に曲った。一方前を行く矢崎は前方が崖っぷちになっているので左に曲らずにはいられなかった。
 ジョーは矢崎が左に曲るのを見ると思わず声をあげ、またもや急激にハンドルを回した。
 矢崎の車の正面がすぐ前に見える。こういう状況には慣れているジョーはともかく、矢崎は急に自分の前に車が出て来たので驚いてしまいハンドルをメチャクチャに回し始めた。
 と、車は右滑りに向かってくる。ジョーは左にハンドルを切った。
 次の瞬間、2台の車がぶつかる物凄い轟音がこの広い高原に響いた。
 矢崎の車は右横をぶつけられ横に傾いてひっくり返った。
 一方、ジョーと神宮寺はまともに正面からショックを受けたので、神宮寺は草の上に放り出されてしまった。ジョーはハンドルに俯している。と、2台の車が突然燃え上がった。
「ジョー!」
 神宮寺はジョーを助けようと車に近づいた。と、彼の視野の隅を誰かが走って行く。矢崎だった。
 神宮寺はハッとして反射的にその方に足を向けた。が、矢崎の車が轟音を上げて爆発するのを見ると彼はジープに飛び込みジョーの体を引き摺り、転がった。と、ジープは完全に炎に包まれた。
「ジョー!しっかりしろ!」
「・・じ・・神宮寺・・無事か・・・」
 神宮寺は頷いた。
「・・奴は・・奴はどうした・・・」ジョーは上半身を起こした。と、遥か前方を矢崎が走っていくのが見えた。「奴が逃げる!何をしているんだ、神宮寺!早く追え!」
「しかしお前をこのまま・・・」
「ばかやろう!おれは奴を逃がすために車をぶつけたんじゃないぞ!」
 その言葉に神宮寺はビクッとしジョーを見た。そして強く頷くと右手にマグナムを握り締め矢崎の後を追った。
「そうだ・・行け、神宮寺・・おれも後から行く・・そして・・・」
 ジョーはヨロッと立ち上がった。その後ろから車の音が聞こえてきた。

 一方、矢崎は神宮寺のすぐ目の前を走っていた。衝突の時、足を痛めたのか矢崎の走り方はぎこちない。神宮寺は肩の傷も忘れメチャクチャに体を動かしていた。
「止まれ、矢崎!止まらないと撃つぞ!」
 神宮寺は叫んだ。もちろん矢崎は止まらない。神宮寺はさらにスピードを上げた。と、前方の矢崎が石に足をとられよろけた。その矢崎目掛けて神宮寺は後ろから組み付いた。
 矢崎は上半身を激しく動かし右足で神宮寺の膝を蹴っ飛ばした。だが神宮寺は組み付いた手を離そうとはしなかった。
 彼は矢崎の首に手を回すとぐっと締めた。矢崎は声にならない声を上げ右手を後ろに回し神宮寺の首を掴むと前方に投げ飛ばした。そしてすぐさま銃を抜く。
 神宮寺は一回転して降りた所を右足を撃たれ再びひっくり返った。矢崎は一歩前進した。と、そのわずかな隙をついて神宮寺はベルトに挟んでいたマグナムを抜くと、矢崎に向かって発砲した。
 矢崎は右肩を撃ち抜かれ後ろに倒れた。続いて左足、右腕・・・神宮寺はゆっくりと立ち上がり、愛銃マグナムを改めて握り直すとその銃口を矢崎に向けた。
「・・決まったな」神宮寺は右足を引き摺るようにしてわずかに前に進んだ。「待っていたよ・・。この時を・・・おれはずっと待っていたんだよ・・・」
「た、助けてくれ・・おれが悪かった・・・だから・・・」
「今さら何を言っても無駄だ!」神宮寺は再び発砲した。弾は矢崎の少し前で跳ね返った。「なんの罪もないあの2人を撥ね、そして逃げておきながら!あの時のトラックにお前は何を積んでいた!あの銃も古川組と交える時に使うのか!そんな事をしたらまた関係ない人達が巻き添いを食う!そんな事がどうしてわからない!」
 弾が肩を掠り矢崎は思わず声を上げた。
「苦しいか・・痛いか・・だがあの子達はもっと苦しんで死んでいったんだぞ。お前にもその痛みを味合わせてやる!」
 残された弾はあと1発だ。神宮寺はその1発を奴の心臓に狙いをつけた。

 そこへジョーと、あとからようやく追いついた北らがやってきた。
 ジョーは2人から20メートルほど離れた所で足を止めた。どうやってもそれ以上先へ行く事ができなかった。
「い、いけない」北が叫んだ。「早く彼を止めないと!」
「手を出すな!」
「し、しかし・・」
「口も出すな!おれは・・あいつが次にどんな行動に出るか・・・見たいんだ・・」
 ジョーは神宮寺を見た。彼はもうとうに矢崎に狙いをつけている。だがいつまでたっても撃たない。
「・・・・・」
 ジョーは自分の体が硬くなってるのに気がついた。そして頭の中がゴチャゴチャしている。
 矢崎を追い詰める事を勧めたのは自分なのに、ともすれば自分の手が足が神宮寺の次の行動を止めようとしている。
「じ、神宮寺!」
 ジョーは耐え切れなくなって叫んだ。もちろんどういう意味で叫んだのかわからない。
 だが神宮寺は、そのジョーの声を聞くとこちらに振り向いた。
 2人の目が合った。互いに何かを言っている目だ。だがその内容ははっきりしない。
 2人共口元を震わせているのがよく見える。
「くそォ!」
 突然、神宮寺は引き金を引いた。弾は矢崎のすぐわきを飛んで行った。
 ジョーの合図で北達が矢崎を押さえた。それを見ると神宮寺はその場に崩れるように座り込んだ。
 ジョーが近づき膝をつく。神宮寺は彼を見上げた。
「・・ジョー・・・、お前があの時カルディを撃ち殺したかった気持ち、今さらながらよくわかる・・・。だが撃ってはいけないんだ・・。おれ達がダブルJである以上はな・・・」
(神宮寺・・・)2人の横を矢崎が引っ張られていった。(こいつは冷静沈着なんかじゃない・・。それよりかいざとなったらおれより燃え上がる・・・)
 ジョーは神宮寺に手を貸した。と、彼の頬を一筋の光るものが流れて行くのが目に入った。


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怒りの44マグナム 5

「と、まあ、そないなわけで大阪ではわてら東西会の方が幅利かせとる」村井は生まれが東京なので何やら混ぜくった大阪弁で言った。「東京も早くそうなるとええなァ」
 冗談じゃないと神宮寺は思った。
「ところで矢崎、その腕どないしたんや?」
「え、ああ・・これか・・・」矢崎は後ろを向いた。「ちょっと事故起こしちまってな。ご覧のとおり左腕ダメにしちまってよ。てなわけで急遽こいつが雇われたというわけよ」
 雇われたというより強引に引き受けさせられたんだ、と神宮寺は思った。
「なにせ東京の本部にはセスナを飛ばせる奴はおれしかいねェからな。しかし、まっ、ひっくり返らなかっただけでも儲けものさ。もしあんな住宅街でぶちまけたら・・・・・・大変だったぜ」
「きィつけなあ、あかんな」
 2人の話は続いた。
 神宮寺は今まで何の気もなくそれを聞いていたが、事故の話が出たとたん彼の頭の中を何かが走り抜けた。
(東京、事故・・ま、まさか!)
 神宮寺は矢崎の方に振り返った。と、突然物凄い轟音が響き、機が一段階エスカレートした。
 矢崎も村井も思わず声を上げた。と、再び轟音と激しい振動が機体を襲った。
(爆弾だ!)
 神宮寺はとっさにその正体を知った。が、それ以上どうしようもなかった。
 後部からは火の手が舞い上がり、やがてそれは燃料タンクへと広がっていった。
「このままでは爆発してしまう!矢崎が叫んだ。「ナントカしろ!」
「言われるまでもない!こっちだってお前らと心中はごめんだ!」
 久しぶりに逆らった神宮寺は胸がスーとした。しかしそう気持ちよさがってはいられない。セスナの高度は下がる一方だ。悲鳴交じりに村井が声を上げた。
「矢崎!銃が─!」
 その後は聞こえなくなった。
 機は失速を続け、やがて森林の陰に見えなくなった。

「気がついたか、ジョー」
「中根!?」目を開けたとたんJB機動捜査隊の中根の顔が飛び込みジョーは思わず跳ね起きた。「つっ!」
「無理するな、ジョー。たった今、弾の摘出手術を終えたばかりなんだぞ」
「摘出・・・そうか、おれは・・・」ジョーは周りを見回した。「ここは?」
「安心しろ。浪速署の特別課室だ。おれはあの写真・・・・を見つけた後どうも気になってな。チーフに頼んで特別にここに来たってわけさ。お土産にこれを持って─」
 そう言いながら中根はケースから2丁の銃を取り出した。ジョーのワルサーと神宮寺のマグナムだ。
 それを見るとジョーは思わず口元を歪めた。
「わざわざすまないな。君には〝ハイジャック〝の時にも世話になったし」
「名高いダブルJの手伝いができるんだ。こんな光栄な事はないね。あっ、そうだ、忘れてた」中根は再びケースからテープを取り出した。「チーフからの指令だ」
「チーフからの・・?」
 ジョーは体を半分起こした。中根はテープをデッキに掛けるとスイッチを入れた。
『ダブルJ、緊急指令だ』ややして森チーフの声が流れてきた。『東西会が大阪から大量の銃やダイナマイトを東京に輸送しようとしている。それを阻止してもらいたい』
「輸送・・?なんのために」
『これは東西会の幹部の1人を締め上げて得た情報だ。それによると東西会は近々古川組と一戦交えるらしい。その銃などはもちろんその時に使うものだ』
「あ、あの巨大な組織同士が争ったら東京は大変な事になる。もはや一般警察では手に負えないぐらいの・・・」
「だから君達ダブルJにこの仕事が回ってきたんだな」
「フン・・・。とかくおれ達はこういう運命なのさ・・」
『ああ、それからもうひとつ─』森は一度言葉を切り、続けた。『神宮寺君が追っている犯人はやはり東西会の1人だとわかった。犯人はその日荒川建設のトラックで何かを運んだんだ。その途中事故を起こしたらしい。奴も左腕に怪我を負って─』
「左腕だって!」ジョーは思わず叫んだ。「神宮寺と一緒にセスナに乗り込んだ男もやはり左腕に包帯を巻いていた・・・。も、もしや・・あいつが!」
 その時、突然ドアが開き男が飛び込んできた。浪速署特別課々長の北だ。
「中根さん!セスナの墜落地点がわかりました!」
「本当か!」中根の代わりにジョーが答えた。「よし、すぐに車の用意をしてくれ。おれもそこへ行く。さあ、早く!」
 ジョーの勢いに北はちょっと驚いたようだが、それでもすぐさま部屋を飛び出していった。
「しかし、ジョー。君はまだ・・・」
「大丈夫さ」ジョーはゆっくり立ち上がりながら言った。「これはチーフからの命令だ。受けたからにはのんびり寝ているわけにもいかない。それに・・・」
 ジョーはちょっと言葉を切り下を向いた。が、すぐに顔を上げ中根を見た。
「おれ達はSメンバーダブルJだ。こういう事には慣れている・・・」
 最後の方を呟くように言うと、ジョーは机の上に置いてある自分の愛銃ワルサーとマグナムを取り部屋を出て行った。
 そんな彼の後姿をじっと見ていた中根もやがてジョーの後を追い部屋を出た。
 誰もいなくなった部屋には、もはや声の出ないテープだけがかすかな音を立てて回っていた。

 辺りはとても静かだ・・・。自分が俯している所もとても柔らかい。が、足の方は時々何かが当たり冷たい─。
 神宮寺は手に触れている柔らかな物をグッと握った。草だった。彼は草の上に倒れているのだ。
 焦臭さが彼の鼻を突いた。神宮寺はゆっくりと上半身だけ起こすと振り向いた。と、最初に目に入ったのは、かすかだが黒煙を噴いているセスナ機だった。その尾翼は沼に浸かっている。さっきから彼の足に当たっていた冷たいものはその沼の水だったのだ。
(おれはどうして・・・。そ、そうだ・・機が火を噴いて失速し始めて・・おれは森林の向こうにこの沼を見つけ機首を向けた・・・)頭がだんだんハッキリしてきた。(そしてなんとか着水し・・・おれは機外に放り出されたんだ・・・)
 神宮寺は体のあちこちの具合を診ながらゆっくりと立ち上がった。どうやらそう強く痛めた所はなさそうだ。が、左肩にはしばらく忘れていたあの痛みが再び帰ってきた。
(・・着水したおかげで燃料タンクまで火が回らないうちに消え、爆発しないで済んだんだな・・・) 
 神宮寺は左肩を押さえホッと息をついた。と、どこからか呻くような声が聞こえた。
 神宮寺は反対側に回った。声の主は矢崎だった。
 着水時に放り出され、やはり傷を負っている所をさらに痛めたらしい。だが意識はある。
 神宮寺は村井を捜した。いくら悪人とはいえ怪我をしていたら助けないわけにはいかない。
 彼は傾いている機内を覗いた。そして思わず声を上げた。
 村井は機内に仰向けに倒れていた。その彼の体の上には、座席の後ろに積み込んだ木箱がいくつか乗っかっていた。
 そのうちのひとつはフタが開き、中味が四方八方に散らばっているのだ。
「ハンディショット!それにミニコルトがこんなに!」神宮寺はこの時初めて箱の中味と運送目的を知った。「そうか!これで古川組を襲うつもりなんだ!」
「その通りだ」ふいの声に神宮寺は振り返った。そこには銃をかまえた矢崎が立っていた。「知らない方がお前のためだったがな・・。まっ、知らなくとも結果は変わらんが」
「・・・やはりこのミニコルトは東西会の・・・」
「そうだ。香港から大阪、そして東京に運んでいるのだ。そのためにはトラックやセスナを動かせる者を1人でも多く欲しかった。お前はそれにはまったわけだ」
「トラック・・・。そ、それじゃやっぱり─」
 その時、どこからか子どもの声が聞こえてきた。神宮寺は反射的にその方を向いた。と、小学生らしい子どもが2人こちらに歩いてくる。おそらく沼へでも遊びに来たのだろう。
 2人の子どもはいつもの遊び場にセスナが入り込んでいるのに驚いた。そして銃を持った矢崎を見ると声を上げて逃げ出した。その背後から銃声がふたつ響いた。
「ああっ!」神宮寺は思わず声を上げた。彼の目には弾丸を受け転がる2人の姿が映った。「な、なんて事を・・・」
 神宮寺は半ば呆然として言った。その彼の耳を矢崎の言葉が突いた。
「フッ、いまさら2人ぐらい殺したからって変わりはしない。おれがすでにガキを2人殺しているんでね」
「!!」神宮寺は言葉にならない叫びを上げた。「それじゃやはり・・やはり貴様が浩一君達を・・・」
「こういち?なんの事だ」
「・・・忘れたのか・・。お前が轢き逃げした子ども達の事を・・・」
「お、お前は!?」神宮寺の言葉に矢崎はビクッとした。「い、いったい・・・」
「自分が轢き殺した子どもの名前も知らないのなら・・・ただ肩を当てただけのおれの顔など覚えてはいまい」
「そ、それじゃ!お前はあの時の!」
 矢崎は思わず一歩後退した。と、神宮寺が一歩前に出る。
「そうだ・・。おれはあの時あの子達と一緒にいた・・。目の前で弟のような2人を轢き殺され、おれは・・・今までお前を・・轢き殺した犯人を捜していたのだ・・」心なしか矢崎の顔は引きつって見える。「おれはあの時何もできなかった・・・。何もできないまま、ただあの子達が死んでいくのを見ていた・・。そして今もまたおれの目の前で・・・。このおれの怒りがお前にわかるか!」
 神宮寺はさらに前進した。
 もはやそこにはいつもの精彩な神宮寺の姿はなかった。彼は今、体中の怒りといった怒りを燃え上がらせ真っ赤な炎と化していろのだ。
 そんな彼に睨まれた矢崎はたまらない。が、彼は無意識に持っていた銃を神宮寺に向けると引き金を引いた。
 神宮寺はその反動で後ろへ跳ね飛ばされた。それを見ると矢崎はハッと気を取り直すと急いでその場を離れようと走り始めた。
 その彼の行動からワンテンポ遅れ神宮寺は体を起こした。
 ふと横っ腹を押さえていた手のひらを見ると、そこからは真っ赤なものが滴り落ちていた。



              4 へ       ⇔       完 へ      
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怒りの44マグナム 4

 
 体に軽いショックを感じ神宮寺は目を開けた。と、自分は床に転がっている事がわかった。
 彼はわずかに手足を動かした。縛られてはいない。ふと彼の視線に人の足が映った。
 神宮寺は顔を上げバッと起き上がった。そして目の前に座っている1人の男を見た。
  50前後だろうか。でっぷりと太ったなんとなく動きづらそうな感じだが目だけはまるで鷹のように鋭い。
 男はその突き刺すような目を神宮寺に向けている。が、彼はその鋭さに一瞬驚いたもののそれ以上の恐怖は感じられなかった。と、さっき神宮寺が助けてやった男が進み出て、座っている男に何やら耳打ちしをした。男は頷きその鋭い眼を再び神宮寺に向けた。そしてゆっくりと口を開いた。
「あの銃はどこで手に入れた」低くドスのある声だ。神宮寺は黙っていた。男は繰り返した。「どこで手に入れたんだ」
「・・・拾ったんだ・・道端で・・・」
「拾った?それだけか」
「他に何があるというんだ。ここはいったいどこなんだ。おれをどうしようと─」
「ボス」さっきの男だ。「こいつの銃の腕はなかなかのものでしたぜ。もしかしたらサツの─」
「お、おれは趣味でエアライフルをやっているんだ。それがいったいなんだというんだ」
「神宮寺力─フリーのパイロットか・・」
「ど、どうしてそれを・・・!」
 これにはさすがの神宮寺も驚いた。が、理由わけはすぐにわかった。
 ボスと呼ばれた男の手には神宮寺の手帳が握られていたのだ。それにはパイロットとしての身分証明書が入っている。それを見ると彼はホッと息をついた。本名を知られたところで正体がバレるわけがないからだ。
「パイロットだと、どうだと言うんだ」
「頼みたい事があるのだ」
「・・頼みたい事?」
「そうだ。ある物をセスナで運んでもらいたい。それだけだ」
「ある物・・・。なんだそれは」
「余計な事は訊くな。イエスかノーか答えればいいのだ」その言葉に神宮寺は思わず肩をすくめた。「イエスならよし。ノーならここから生きては帰れぬ」
「それじゃどっちにしろイエスと言うしかないじゃないか」
「そういうわけだ。だが報酬は望みのままだ。うまくいけばだがな」男は低く笑いながら言った。神宮寺は思わず絶句してしまった。「おい、彼を部屋へ連れて行ってやれ」
 ボスの命令に横にいた男が神宮寺の背に銃を突きつけ軽く押した。彼は何も言わずそれに従った。
 2人が行ってしまうと先ほどの男がボスに走り寄った。
「いいんですか、ボス。いくらパイロットがいないからといって素性も調べずあんな─」
「かまわんさ」ボスはシガレットケースからたばこを1本取り出し銜えた。「今回だけだ。仕事が済んだら始末してしまえばいい。矢崎・・あんな事故・・・・・さえ起こさなければ、こんな事する必要はなかったんだがな。ま、どっちにしろ今はそんな小さな事を言ってはいられない。我々東西会の運命が掛かっているのだからな」
 その言葉に男は強く頷いた。

「失礼します、チーフ」突然ドアが開き佐々木が飛び込んできた。「実はこの写真をチーフに─あ・・・」
 勢い任せにそのまで言って彼は口籠った。それもそのはず女性に縁のないチーフ・・・いや、ここ・・に髪の長い美しい少女がいるではないか。「あ、あの・・」
「おお、佐々木君。ちょうどいい、紹介しよう。広川真琴君だ」少女は佐々木の方を向きニッコリと微笑んだ。佐々木は赤くなりあわてて頭を下げた。「ご苦労だったね、広川君。後は私達がやるからもう戻っていいよ。後の2人にもよろしく」
「はい、失礼いたします」
 少女は軽く頭を下げると部屋を出て行った。その後姿を佐々木がポカンとした面持ちで見ている。そんな彼に森が声を掛けた。
「佐々木君、私の何か用ではなかったのかね」
「え?あっ、そ、そうでした」佐々木はあわててポケットから1枚の写真を取り出した。「これは昨日ある新聞に載った写真なんですが・・・」
「写真?それがどうかしたのかね」
「この・・一番端に写っている男を見てください」
「・・これは・・・ジョー・・・ジョーじゃないか」
「そうです。そしてこれが引き伸ばしたものですが」佐々木が指を指した。それは明らかにジョーであった。「休暇中の中根が伯父の新聞社に遊びに行って偶然見つけた古川組と町のチンピラの殴り合いのシーンだそうです」
「・・確かにジョーだ。間違いない」
「これだけではよくわかりませんが、ジョーは巻き込まれたというより自分から進んで暴れているように見えるんですが」
「・・そのようだな。どうやら神宮寺君は東西会、ジョーは古川組と別れたようだ」
「ハア?」
「さっきのあのだよ。彼女に古川組をマークさせておいたんだ」
 森は先ほどの少女の話を佐々木に話した─。

 真琴は密かに古川組を張っていた。もちろんチーフの命令である。古川組の前にはカフェがあるので彼女はそこでバイトをしながら見張る事にしたのだ。
 2日ほどは別にこれといって変わった事がなかった。そして3日目の夕方─この日は神宮寺が東西会に連れさらわれた翌日であるが─彼女はバイトを終えカフェを出た。と、古川組から3、4人の男達が出て来た。その連中を見た真琴は驚いた。その中にはなんとSメンバーダブルJで名高いジョーの姿があったからだ。が、彼女はそれ以上あわてなかった。ある程度チーフから事情を聞いている彼女はジョーは古川組に潜入したのだろうと解釈したからだ。
 真琴は試しに胸のペンダントに手をやった。と、ジョーの動きが止まりこちらを見た。このペンダント型通信機はSメンバーしか持っておらず、声を出して通信するほか弱い電波を出して音を立てずに相手に自分の存在を知らせる事ができる。
 ジョーと真琴の目が合った。と、彼の後ろから古川組の1人が彼女を見て口笛を吹いた。
「見ろよ、すげェ美人だぜ」後の2人も彼女の方を向いた。「ホントだ。いかす~」
「誰かモノにする奴はいねェか」
「よーし、おれに任せろ」
 そう言うとジョーはハリキって真琴に近づき、その腕を取ると耳元に顔を近づけた。 真琴は最初驚いたが口早なジョーの言葉を聴くと頷いた。そして彼の頬を思いっきりひっぱたいた。
「なによ!やーらしいわね!」
 そう叫ぶと真琴はあわててその場を立ち去った。
 チラッと振り返るとそこには頬を押さえ顔をしかめるジョーとそんな彼をヤジる3人の男達の姿が目に入った─。

「その時ジョーが彼女に言った言葉は暗号だったので彼女はわからなかったがついさっき解読できた。それによると」森は引き出しから1枚の紙を出した。「T 東西会 我々は明日大阪へ行く と、まあこんな内容だった」
「どういう意味でしょうか」
「さあな・・。とにかく一応大阪の方にも連絡をしておこう。暴力団同士の争いは一般警察の仕事だが、あの2人が関わった以上大阪府警だけでは手に負えない事にもなりかねないからな。ええっと、大阪の特別課は浪速署か」
 そう言うと森は卓上電話を取った。

 ちょうどその頃、東京の私設飛行場から大阪に向かって飛び立った1機のセスナがあった。操縦桿を握っているのは他ならぬ神宮寺。その横に1人の男が座っている。
 男は左腕に包帯をしている。ある事故で痛めたそうだ。だが右手には銃が握られておりその銃口は神宮寺に向けられている。本当はこの男がセスナを操縦するはずだったのだ。
(奴らおれにいったい何を運ばせようというんだ)神宮寺はこの事について男にもう一度尋ねたが男は口を開かなかった。(こんな事している間に浩一君達を轢いた犯人が逃げてしまったら・・・)
 神宮寺は少々焦っていた。が、せっかく東西会に潜り込んだ今の立場を失いたくはなかった。
 やがて眼下に琵琶湖が見えてきた。

 一方その頃ジョーもやはり大阪に向かう列車の中にいた。窓側に座っているジョーを含め全部で6人。しかしどうやら正式な組員ではないらしい。それが証拠に目的は誰1人として知らない。ただ大阪に向かって向こうの指示を仰げと命ぜられただけなのだ。
(どう考えてもおかしい。古川組は大阪にはシマはないはずだ。大阪の東西会に殴りこみをかけるにしてもどうも腑に落ちないし・・・)
 ジョーは目を瞑り今までの事を思い出していた─。

 神宮寺が東西会に連れていかれたのは3日前だた。その後残されたジョーの横に1台の車が止まった。そして降りてきた男を見たジョーは思わず声を上げた。
 50ぐらいの白髪混じりのその男はなんと古川組の組長だったのだ。
 ジョーは神宮寺と同様車に押し込められ組事務所に連れていかれた。そして組長は札束を彼に放り、組に入ってひと暴れする気はないかと持ちかけられた。
 ジョーはしめたと思ったものの、一応迷う振りをしてから首を縦に振った。
 こうして連れてこられたのはジョーだけではない。この日新たに組に入ったのは彼を含め8人だった。
 手にした札束で遊びながらジョーは思った。
(よく素性を調べず簡単に組に入れる理由は人手が欲しいからだ。とすれば答えはひとつ。どこかの組とけんかをおっ始める以外にない)
 もちろん相手は東西会だという事は言うまでもない。変な事になったなァ、と思いながらジョーはこのスリルをしばらく味わう事にしたのだ─。

(それにしても急に大阪に行けとは驚いたなァ。奴ら大阪で一戦交えるつもりなのかね)
 しかし列車に乗ってしまった今そんな事を考えても仕方がない。ジョーはこの偶然というにはあまりにも偶然過ぎる事の流れに身を任すしかなかった。
 もちろんそれは今空を飛んでいる神宮寺にも言える事だ。
 2人は互いに知らぬうちに大阪へと集まっていくのだった。

 翌日はとてもよい天気だ。
 昨夜、府内の安ホテルに泊まった神宮寺とセスナで同乗してきた矢崎という男は朝食もソコソコに郊外にある小さな飛行場に向かった。
 そこには昨日の夕方2人が着陸した所で、滑走路の隅の方に置かれているセスナには数人の男達がいくつかの箱を押し込めていた。どうやらこれが運んで欲しい荷物らしい。もちろん神宮寺はその中味は知らない。彼の仕事はただ運ぶだけなのだ。
(運ぶだけ運んだら後はズドンのアーメンか。これじゃ殺されに東京に帰るようなものだな)神宮寺は思わず苦笑した。(しかしあの中にはいったい何が入っているんだろう)
 矢崎に訊いても教えてくれるはずがない。神宮寺はただその光景を見ていた。
 やがて積み込みが終わると矢崎が神宮寺を呼んだ。そしてそ男達と話を始めた。 内容は輸送中の注意などだが、そんな事はフリーながら一流のパイロットである神宮寺には子守唄のように聞こえた。それでも彼は黙って聞いていた。
 と、そのわずかな隙をついてセスナに近づく数個の影があった。
 彼らは草むらの中を相手に悟られないよう進みセスナに近づくと、いくつかの小さな四角い物をその下部に設置した。そして再び草むらへと潜り込んだ。
 ほんの数秒の出来事だった。もちろん矢崎も神宮寺も気づいていない。それが証拠に2人はもう1人おまけを加えセスナに乗り込んだ。
こいつら・・・・が無事本部に着くまではワイの責任やからな」
 新たに同乗した─村井といったが─矢崎と顔を見合わせ口元を歪めた。矢崎も鼻を鳴らすと神宮寺の横っ腹に銃口を押し付けた。
 神宮寺は歯を強く噛み合せるとややしてエンジンを入れた。

 一方草むらに潜んでいる男達のうちの1人はこの光景をポカンとして見ていた。
(じ、神宮寺がなぜ大阪に・・。それもセスナなんかに・・・)
 それは古川組に潜入しやはり大阪に来ているジョーであった。その他は彼と一緒に東京から来た男達と大阪に潜む2人の正式な組員だった。その2人の会話がジョーの耳に入った。
「これで東西会もおしまいさ。あれ・・がみんなパーになるんだもんな」
「ああ、奴らも武器と同時にハッパを運ぶとは思うまい」
(ハッパ!?それじゃさっきのあれは!)
 あまりの事にジョーは周りを、自分の立場も忘れパッと飛び出した。
「戻れ、神宮寺!」ジョーは声の限り叫んだ。セスナはすでに滑走に入っている。「戻るんだ、神宮寺!そいつには爆弾がくっついているんだぞ!」
 そんな彼の行動に古川組の連中は驚いた。しかしもっと驚いたのは東西会の連中だ。
 彼らはジョーが古川組の者だと知るとてんで・・・に押さえつけようとした。ジョーはその男達を蹴っ飛ばした。古川組の奴らは何がなんだかわからず始めポカンとしていたが、東西会が彼らを見つけると大乱闘になった。
 その隙にジョーは駆け出そうとしたところを誰かが足に組み付いたので前のりに倒れ込んだ。
「くそォ、貴様ら!神宮寺に何を運ばせた!」
 ジョーは自分の足を取った男に膝蹴りを食らわした。男は声もなくひっくり返った。が、よく見るとそれは古川組の奴だった。
 ジョーはアレッと思い周りを見た。と、その時、彼は背中に強烈なショックを受けた。
 ゆっくり後ろを向くと男が自分に銃口を向けて立っていた。
 ジョーは再び空を見た。神宮寺を乗せたセスナはその機影を光の中に溶け込ませやがて見えなくなった。
 ジョーはガクンと膝をついた。そして遠くにサイレンの音を聞き彼は気を失った。



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怒りの44マグナム 3



 その夜、神宮寺はなかなか寝られずにいた。昼間のジョーの言葉が耳にこびりついているのか、目を瞑るとその事ばかり浮かび上がってくる。
 ジョーの怒鳴る姿、母の心配そうな顔、挙句の果てには浩一達の姿まで見えてくる。
 神宮寺はソッと起き上がると枕元の机に置いてあるラジオのスイッチを入れた。これはジョーが持ってきたスーツケースの中に服と一緒に入っていた物だ。
 ボリュームを最小限にしメチャクチャに局番のスイッチを回した。と、彼の手は止まりわずかにボリュームを上げた。どうやらニュースのようだ。
『─麹町で起きたこの事件を捜査していた麹町署では、この時やはり軽症を負った男の人の服に付いていた塗料から─』神宮寺はラジオを耳に押し当てた。『─荒川建設側では事件当日このトラックは盗まれた物だと言っておりますが、同社は裏で暴力団東西会と繋がっている疑いが強く、警察側では─』
(東西会・・・。大阪と東京に幅を利かせているというあの暴力団か・・・)
 2、3日前、この東西会とやはり関東で幅を利かせている古川組との小さな争いが新聞に載っていたので神宮寺の記憶も新しい。
(荒川建設はその仕事のためによく東西会の力を借りていると聞くが・・・今度の事はまさか・・・) 神宮寺の天才的なカンが騒ぎ出した。これは彼の持って生まれたカンの強さと、今までの仕事で作り出されたものである。彼のカンの強さはJBでも有名だ。
(もしこのふたつが繋がっているとすれば・・・)
 深い沈黙の後、神宮寺は傍らのスーツケースに目をやった。

 耳元で連続音がした。
 ジョーは寝返りを打つと毛布を頭からひっ被った。そんな事をしても止まるわけがない。音はしつこく続いている。
「うるせェ!おれは今日休みなんだ!」
 ジョーは電話に向かって怒鳴った。と、頭がズキッとする。彼は思わず頭を押さえた。
 電話はまだ鳴り続けている。ジョーは舌打ちをすると乱暴に受話器を取った。
「はい・・・えっ、なんだ、チーフですか」彼はチラリと時計を見た。まだ8時だ。「おれ今日は休みですよ。それに昨日飲みすぎて目の前に星が・・・えっ、神宮寺がいなくなったア!?」
『朝の回診の時にはもうベッドは冷たかったそうだ』
「そうか・・・。くそ、あいつナンダカンダ言って結局やりやがった」
『なんの事かね?』
「えっ、い、いや別になんにも・・・」
『・・どうも怪しいな・・。いつもと反対なだけに・・・』
「チーフ!自分の部下が信じられないンですか!
『・・まあいい。休日のところ悪いが彼を捜してみてくれ。もし1人で手を出すつもりならやめさせてほしい。わかったか』
「はい、わかりません。おやすみなさい」
『ジョー!』
 受話器は音を立てて元の位置に置かれた。ジョーはフッと息をつくと再びベッドに寝っ転がった。
「やりたい者はやらせておけばいい。それを勧めたのはおれだもんな・・・。まっ、あいつの事だ。今日中にでも犯人をとっ捕まえて・・・が、まてよ・・」ジョーは再び体を起こした。「指名手配中ってのはあまりハデに動けないんだよなァ・・うん・・・」
 実感を込めて頷くとジョーはベッドから飛び出しロッカーを開けた。

 その頃、神宮寺は浩一兄弟がひき逃げされた麹町の現場に立っていた。
 彼は自分の記憶プラス目撃者の話を聞こうと、あの時現場にいた人達の顔を必死に思い出し数人を尋ねた。が、誰も彼もが口をごもす。
 神宮寺は4人目を当たった後、もうこれ以上まわっても無駄だと思い事故現場に足を向けたのだ。
 もちろん彼の心は晴れない。警察にも証言した彼らがなぜ急に口を閉じたのだろう。まして神宮寺はいわば被害者であり近所である。どちらかというと警察より顔なじみの彼に協力する方が常ではないだろうか。
(もしかしたらおれが寝ている間に荒川建設の者が手を・・・)が、彼はすぐに思い直した。(・・いや・・奴らは犯行を否認しているんだ。もしそんな事をすれば自ら白状するようなものだからな・・・)
 神宮寺は当てもなく歩き始めた。
 この道は彼が学校に行くのに近道した所なのでよくわかる。
 車の往来も比較的少ないこの道は、よく子ども達の遊び場にもなる。そこで浩一兄弟は轢き逃げされたのだ。それもちゃんと歩道線内を歩いていたのに・・・。
 神宮寺は唇を噛みしめ、やがてハッとしたように顔を上げた。
(そうだ。荒川建設が手を出さなくてもそのバックの東西会の奴らが乗り出せば当然・・・)
 と、彼の目の前を2人の男の子がピストルを片手に走っていく。神宮寺は複雑な気分でそれを見ていたが、1人の男の子が彼のすぐ横を銃を振り回し走り抜けた時思わずドキッ!とした。
「ち、ちょっと待って!」神宮寺は2人を呼び止めた。「君、そのピストルをちょっと見せてくれないか」
 言われた少年は銃を後ろに隠した。
「少しでいいんだ。頼むよ」
 神宮寺は少年を怖がらせないようにやさしく、必死に頼んだ。
 ややして少年は後ろに隠した銃を渋々と出して見せた。神宮寺は丁寧にそれを受け取るとじっと見つめた。
(ミニコルト・・・間違いない、本物・・ だ)
 彼はすごさま少年に尋ねた。
「これ、どこで手に入れたの?」
「・・ぼくンだよ・・・」少年は小声で言った。「ぼくが拾ったんだもの。ぼくンだよ」
「拾った?どこで」少年は黙ってしまった。「お願いだから教えてくれ。別に君をどうこうしようってわけじゃないんだから、ねっ」
「・・・この少し先・・コーちゃん達が轢かれた日に草むらで見つけたんだィ・・・」
「コーちゃん・・・浩一君達の・・あの日、あの場所で・・・」
 神宮寺はそう呟くとしばらくの間銃を見つめたまま黙ってしまった。少年2人は互いに顔を見合わせている。
「ねっ、君」ふいに神宮寺が言った。「このピストルお兄ちゃんに譲ってくれないかい。もちろん代わりのピストルを買ってあげるよ」
 少年はやはり互いに見合わせたまま黙っている。そこで神宮寺は2人の手を取り半ば強引に近くのおもちゃ屋に連れて行くと、そこで1番大きくて格好いい銃を2人に与えた。
 2人は驚いた。が、やはり子どもである。もうあの小さなピストルの事などどうでもよくなってしまったようだ。
 2人は神宮寺に礼を言うと銃を抱えて行ってしまった。
 後に残された神宮寺はポケットから例のミニコルトを取り出すとあちこち調べ始めた。
(普通のミニコルトじゃない。少し手が加えられている。特にセーフティロックなどはかなり改造されていて、ちょっとやそっとでは解除されないようになっている。だからあの子達が乱暴に扱っても外れなかったんだ・・・。と、いう事はかなり遠くから運ばれてきたという事か。しかし誰が・・いったいなんのために・・・)
 またもや彼の考えながら歩く癖が始まった。車が来ないのが幸いである。
 が、ここが道である以上その考えは甘かった。
 突然、真っ赤な車が神宮寺の背後に迫り、凄まじいエンジン音を上げたのだ。神宮寺はハッとして素早く端に避けた。車は彼のすぐ横を通り止まった。そして中から1人の男が出て来た。
「ジョー!」赤い車はカウンタック、降りてきた男はまさしくジョーだった。「どうしてここへ・・」
「お前の事が心配だったからさ。そしたら案の定、道の真ン中を歩いて・・・。おれじゃなかったら完全に轢いていたぜ」
「・・手助けだったら断る。これだけはおれ1人でやりたいんだ」
「まあ、そう言うなって」ジョーはあわてて神宮寺を引き止めた。「実を言うとチーフに頼まれたんだ。お前を捜して連れ戻せって」
「・・それで・・おれを連れ戻すつもりなのか」
「まっさかァ!おれはそんなにヤボじゃねェぜ!」その言葉に神宮寺は足を止めた。「だがお前は指名手配中なんだ。1人では動きずらいし情報も入りずらいだろう。だからおれが来たんだ」
「チーフの命令を破るつもりか」
「おれは今日休みでね。ま、朝にちょっと変な電話が掛かってきたが何を言っているのか全然わからなかったしおれは暇だからね。ちょっとお前に付き合うだけさ」
 そう言うとジョーは口元を歪めた。神宮寺も苦笑したがそれ以上何も言わなかった。
 ふとジョーは神宮寺の手に握られている見慣れない銃に気がついた。神宮寺は先ほどの経緯を簡単に説明した。
「・・・というわけで手に入れたんだが、おれはこの銃はどうもこの事件ヤマと関係があるような気がしてならないんだ」
「2人を轢いたのは荒川建設のトラック・・・荒川建設は裏で東西会と繋がっている。その東西会は近々古川組とハデに交えるらしい。そして現場に落ちていた銃・・か・・・」
「え、な、なんだって?」神宮寺が訊き返した。「東西会と古川組がどうしたって」
「3日ぐらい前の騒ぎを知っているだろ。お互いわずかな縄張りを求めて争っている。それがその前の争いで火が点いて近々本格的に相手を叩き潰すそうだ」
「なぜお前がそんな事を知っているんだ」
「な、なンだよ、ヘンな目で見るなィ」ジョーは頬を膨らませた。「金だよ。金でいくらでも情報を提供してくれる奴はいるさ。あんまり気持ちのいいやり方じゃねえが相手が相手だからな─。あっ、後で請求書を送るぜ」
 神宮寺は絶句した。と、ふと気がついて着ている服に目をやった。
「もちろんそいつもだ。締めて3万2千円。内訳は─」
 神宮寺は諦めて息をついた。その時だった。少し先の横道から銃声が聞こえてきたのだ。
 2人は揃って走り出した。角の所で一度止まり、スッと覗いてみた。と、6、7人の男達が殴り合いをしている。そのうちの1人が銃を手にしてなかなか着かぬ狙いを定めている。
「神宮寺、あの男をみろ!」男とはその銃を手にしている男の事だ。「あいつは東西会の奴だ。新聞に載っていた─」
「とすると相手は古川組の奴らか」
 神宮寺の台詞が終わるか否か2人はバッと走り出しその殴り合いに加わった。
 別に相談をしたわけではない。だが2人はこの争いが事件解決への入り口だと感じたのである。
 銃を持っている男以外は誰が東西会の者か古川組の者かわからない。2人は手当たり次第殴り飛ばした。
 男の銃が神宮寺の背中を狙った。それに気がついたジョーは男の手から銃を蹴り飛ばした。男はひっくり返った。と、銃はそばにいた長髪の男の手に渡った。長髪男はまだひっくり返っている男に銃口を向けた。それを見ると神宮寺はさっき手に入れたミニコルトを抜き銃を撃ち落した。
「そ、その銃は!」
 ひっくり返った男が叫んだ。神宮寺はあわてて銃を隠した。男が手を大きく振った。と、突然神宮寺は肩に激しいショックを感じた。右肩はともかく左はまだ傷が治っていないからたまらない。彼は声もなく倒れた。
「神宮寺!」
 ジョーは最後の1人を殴り倒すと男に向かった。と、再び銃声が響き彼は電柱に叩きつけられた。
 男はようやく立ち上がり始めた2、3人の仲間に合図すると、車を持って来させ神宮寺を後席に押し込むとその場を走り去った。
 一瞬辺りがシーンとした。と、ゆっくりと体を動かしジョーが目を開けた。
いてえなァ・・・」彼は胸を押さえてからジャケットを開いた。「いくらなんでもあんな小さな銃じゃこの特殊ショルダーは突き抜けないよな」
 ジョーは先端がショルダーに食い込んでいる弾丸をグイッと抜くとハンカチに包みポケットにねじり込んだ。そして車が走り去った方を見るとフッと息をついた。
(お前じゃないが、おれもあの銃は東西会の物だと思う。偶然にもうまく奴らに誘拐されたがそれをよく持っていくか悪い方へ持っていくかは・・お前次第だぜ)
 その時彼の横に1台の車が止まった。



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怒りの44マグナム 2


 病院に向かう途中神宮寺はおもちゃ屋に寄り、黒塗りのマグナムを2丁包んでもらうと愛車に乗り込んだ。
(・・・車、か・・・)キーを入れアクセルを踏んで神宮寺はふと思った。(一時・・この車がとてつもなく恐ろしく感じた時があった・・。智が死んで半年間ぐらいだったか・・・)
 たった1人の弟を目の前で轢き殺された力は、それから半年もの間車が恐ろしくてならなかった。と、同時に車というものをひどく憎んだ。
 機械が人間を殺す・・・そんな事があっていいものだろうか・・・。そしてこの世から車がなくなればいいとさえ思った。
 それはショックから抜けきらない彼の逃げる心が生み出した考えであった。そんな彼に父は手を上げた。
『神宮寺家の男子たるもの、姿ある物を恐れてどうする!弟を殺した車が憎ければ憎め!憎んで憎み抜いて、それを自分のものにしてしまうのだ!』
 その言葉にハッとして父の顔を見た力は父の目に薄っすらと涙が溜まっているのを見た。
 やがて月日が経つにつれ彼の車に対する考えが変わってきた。
 人を轢き殺したからといって悪いのは車ではない。それを運転している人間だ。車は、いや、機械はそれを動かす人によって良くも悪くもなるのだ、と・・・。
(それならおれはそれを良い方に持っていこう。弟を殺した車を良い方へ持っていくんだ。─そう考えおれは今ハンドルを握っている・・。その想いは今も変わっていないがやはり恐ろしい・・・。昨日だって一歩間違えば・・・)
 神宮寺は思わず身震いした。安全運転の見本みたいな彼がなぜか今ひとつしっくり・・・・来ない。
(なぜだろう・・・。おれは今まで自分の言動に確信を持ってきたのに・・・なぜ・・・)
 彼は再び考えた。それはおそらく彼の心のどこかに、〝弟を死なせたのは自分だ〝という考えがあるからではないだろうか。
 だが神宮寺はそれに気がつかない。それが幸か不幸かは誰にもわからない。
 8年間という歳月が彼の心の底にこびりついている弟の死の部分にだけ、神宮寺自身も気がつかないほど大きな壁を築き上げてしまったのだ。そこは他人はもちろん彼さえも手を触れる事はできない。
 彼の心でありながらそこだけはもはや彼の支配から外れているのだ。
 
 やがて神宮寺はスピードを落とした。目の前には病院の白い建物が見える。彼は車を少し離れた駐車場に停めると、紙包みを抱え門から入ろうとした。と、その時、向こうから2人の少年と母親らしい女の人が歩いてくるのが見えた。浩一達だ。
「浩一君」神宮寺は駆け寄り母親に頭を下げてから2人に言った。「昨日はごめんよ。痛い目遭わせちゃったね」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ」浩一が言った。神宮寺はドキッとした。智の幼い頃の言い方にそっくりだったからだ。「急に飛び出したぼく達がいけないんだもの」
「本当に・・・とんだご迷惑をお掛けしまして・・・」
「い、いえ、そんな・・・」
 頭を下げる母親に向かって神宮寺は言った。
「ぼく達ね、さっきママと約束したんだ。もう飛び出したりしません、って」
「そうか、えらいぞ」神宮寺は微笑んだ。「それじゃご褒美に・・・ほら」
「あっ、これ!」信一が声を上げた。「昨日の約束のピストルだね!]
「そうだよ。君達が約束したご褒美さ」
「わあっ!ありがとう、お兄ちゃん!」
 2人は大喜びで紙包みを受け取り、さっそくバンバンと撃ち合いを始めた。そんな2人の様子を神宮寺はなぜか胸の詰まる思いで見つめた。
「本当にすみません。おまけにあんな・・・」
「いいんですよ。男と男の約束ですから」
 2人は話しながら病院の門を出た。浩一達はまだ撃ち合いをしている。しかし約束を守り車道には出ていない。
「よかったらお送りします。そこの駐車場に─」
 神宮寺が口を開いた時だ。前方で急ブレーキの音がした。続いて子どもの叫び声が2つ。横にいた母親が声を挙げた。
「浩一君!信一君!」神宮寺は声のした方へ駆け出した。と、突然彼の目の前に大きな影が現れた。「わあっ!」
 そのとたん彼は左肩に激しいショックを受け転倒した。
 人々が集まってきた。みんな口々に何か言って騒いでいる。
 神宮寺は肩を押さえヨロヨロと立ち上がるとその方へと足を向けた。
「・・こ・・これは・・・」
 人だかりを掻き分け入り込んだ神宮寺は思わず立ち竦んだ。
 彼の目に映ったのは路上に倒れた2人の少年に、泣き叫ぶ母親の姿だった。
(なぜ・・なぜこの子達が・・・)
 神宮寺の頭の中を光が走って抜け、彼は気を失った。

            ×      ×       ×       ×       ×

「打てよ、神宮寺!」彼の周りで皆が叫ぶ。「文字通り、力いっぱい打て!これで勝負は決まるんだぜェ!」
「任しとけって!」
 バッターボックスに立った力は大声で答えた。
 ボールがピッチャーの手を離れた。ストレート、力の一番得意なコースだ。
 彼は思いっきりバットを振った。カキーンといういい音が響き、ボールは勢いよく飛んだ。
 歓声が上がった。ホームランだと誰もが思った。ボールは外野を軽く抜いた。
「いただきっ!」力はホームに向かった。と、その時鋭い叫び声が聞こえた。「智!」 力は弟の名を呼び道路に飛び出し驚いた。そこには血塗れで倒れたまま動かない弟の姿があったのだ。
「智!さとしィ!」
 力は弟を抱き起こし激しく揺さぶった。だが弟は目を開けない。
 ふと前方を見た力の目に1台の小型トラックが映った。が、その車影はすぐに消えてしまった。

            ×       ×       ×       ×       ×

 神宮寺はハッと目を開けた。息づきが荒く胸の上下も激しい。左肩がひどく痛み体を動かす事もできない。
 彼は気の落ち着くのを待ってゆっくりと周りを見回した。10畳ぐらいの部屋だ。四方は白い壁で囲まれている。彼は部屋の隅にあるベッドの上にいた。
(おれはいったい・・・どうしてこんな所にいるんだ・・)
 神宮寺は手を上げようとした。と、両肩に激しい痛みを感じて再び元の位置に戻された。
 しばらくして意識がだんだんハッキリしてくると、彼の耳にかすかな話し声が聞こえてきた。
(・・・母・・さん・・・)
 その声はまさしく母、和美のものだった。だがもう1人の声の主はわからなかった。どうやら男のようだ。
 神宮寺は痛む首をゆっくりとまわした。と、話し声はベッドの横に立っている衝立の向こうから聞こえてくる事がわかった。話は自然に神宮寺の耳に入ってきた。
「そ・・それではあの子達は2人共・・・」
「ええ」男が頷いた。「弟の方は即死に近くて、兄の方は今朝方・・・」
「そうですか・・・」母は声を震わせている。「あの子達が亡くなっただなんて・・・。もし・・力が聞いたら・・・」
 母の言葉に神宮寺は思わず飛び起きた。そのとたん体全体に激しい痛みが走った。
「か、母さん!」
 両肩を抱くように庇いながら神宮寺は叫んだ。その声に衝立の向こうにいた2人は驚いてベッドのそばに走り寄った。
「力さん!」まず母が声を挙げた。「あなた、起きて・・・」
「そ、それより母さん・・・あの2人は・・あの2人はどうしたの・・・」神宮寺の腕に掛けた母の細い手がピクッと震えた。「母さん!あの2人は─!」
「・・・亡くなられましたよ・・2人共・・・」
「し・・死んだ・・?」神宮寺は男の方に顔を向けた。男は白衣を着た医者だった。「・・あの子達が・・死んだ・・・」
 神宮寺の目は一瞬虚空に向けられた。そしてベッドから出ようと腕を伸ばした。だが再びあの激しい痛みがその動きを止めた。声を挙げ倒れ掛かった彼の体を母が抱き留めた。
「動いてはいけません。あなたも車にぶつけられて肩を痛めているのよ」
「肩?・・・それじゃあ、あの時の車が・・・」
「骨が折れている。まず2週間は絶対安静ですよ」
(2週間・・そんなに寝てはいられない・・)彼は今すぐにでも飛び出したい思いだった。だが母の心配そうな顔を見るとそれもできなかった。(せめてギブスが取れるまでは・・・。その間に力、思い出すんだ・・あの時の車を・・・)
 その時、彼は右腕にチクッとした痛みを感じた。神宮寺には見えなかったが医者が注射を打ったのだ。
(思い出すんだ、力・・・思い出せ・・・)
 やがて彼は空白名世界へと引き摺り込まれていった。

神宮寺が再び目を覚ましたのはそれから10時間ほど経ってからであった。壁時計を見ると4時を少し過ぎていた。
 また話し声が聞こえる。一方は母だ。もう一方は─
「よおっ!起きたか、神宮寺!」
「ジョー・・・」もう一方の声の主はジョーであった。その服装を見ると、どうやら彼はパリから帰って来て家に戻らず直接ここへ来たらしい。「・・お前・・・」
「もっと長く向こうにいると思ったか?そうしたかったけど、あんまりいるとママさんが放してくれなくなりそうだからな。早々と戻ってきたよ。健の奴、未だにおれの事を本当の兄だと思っているようだぜ。どうして一緒に暮らさないのかと訊かれ困ったよ」
 そんな2人の様子をそばで見ていた神宮寺の母は何も言わず静かに部屋を出て行った。
「・・・オフクロさんから聞いたよ」彼女の後姿を見送りながらジョーは声を落として言った。「大変だったな・・・」
 神宮寺は枕に深く頭を沈めたまま何も言わない。と、ジョーがニヤリと笑った。
「わかってるよ。お前の気持ちを察してな。ほら」
 ジョーはイスの上に置いてあった小型のスーツケースを持ってきて神宮寺の前で開いて見せた。中には白いサマーブレザにオレンジ色のカッターシャツ、スカイブルーのスラックスなどが入っている。
「どうせすぐには退院できないんだろ。それならばおれと同じ手を使うしかないからな。かといって、まさかそのままでの格好で飛び出すわけにはいかないし・・・フフ、おれも気が利くだろ。これがお前だったらこんな心遣いは、まっ、無理だな」
 ジョーは自慢げに鼻を擦った。だが当の神宮寺は相変わらず口を閉ざしたままだ。
 彼の目はジョーが取り出した衣服の遥か向こうの方に向けられている。
「聞いているのか!おい!」
「・・ああ・・・」
「それならなんとか言ったらどうだい!せっかく脱走の用意をしてきたのに!」
 神宮寺は黙って下を向いた。
「彼らを轢いた車はわかっているんだ!中型のトラックだそうじゃないか。お前の肩の所に車の塗料が付いていたから割れる・・・のはすぐだ。なのにお前はベッドに寝たまま他人任せにしとくつもりなのか!」
「・・そうだ・・・」
「な・・なにィ・・」神宮寺の返事にジョーは自分の耳を疑った。「お前・・いまなんて・・・」
「おれは手を出さない・・。警察に任せておくと言ったんだ」
「神宮寺」
「おれはもう・・たくさんなんだ」
 それだけ言うと彼は両手をガシッと組み額に当てた。それを見てジョーが怒鳴った。
「み、見損なったぜ、神宮寺!お前がそんなに弱虫だったとは思わなかった!」その言葉に神宮寺の肩がピクッと動いた。「おれは、おれは今までこんな奴とコンビを組んでいたのか!」
 ジョーはスーツケースをひっくり返すとベッドの上に服をぶちまけた。
「どうしてお前はいつもそう沈着冷静としていられるのかおれにはわからねェぜ」
 それだけ言うとジョーは音を立てて部屋を出て行った。
「お前にはわからないさ・・・」ジョーが出て行ってしまうと神宮寺は小声で呟いた。「目の前であの子達は轢き殺されたんだ・・。目の前でだぞ・・。智の時と同じだ。おれはまた・・・なにもできなかった・・・」
 悲痛な声を押し殺し、彼は思わず唇を噛みしめた。

 一方、病室を飛び出したジョーはまだ何やらブツブツ言いながら廊下の真ん中を歩いていた。と、向こうからさっき出て行った神宮寺の母が歩いてくるのが見えた。
 ジョーは思わず立ち止った。母はジョーに気がくとニッコリとして言った。
「お話はもうお済みになりましたか?」
「お話なんて・・そんな可愛いものじゃ─」
「えっ?」
「い、いえ・・・ええ、す、済みました」ジョーはあわてて言い直した。まさか母親の前で病院を脱走する手伝いに来た、だなんて言えない。「それより彼・・だいぶ・・・」
「ええ・・。2回目ですからね・・・」
「2回目・・」
「10年前の智の時と同じですからね・・。あの子は自分で自分を責めているんですよ」
(・・そうか・・・)ジョーは、頭を下げて病室に戻る時母の後姿を見ながら思った。(だから手を出したくないというのか・・・。だがやはりおれにはわからない。もしこれがおれだったらどんな理由があろうとすぐさま飛び出すのに・・・。それともあいつはおれと違って生まれつき何事も落ち着いて考える事のできる人間なのか・・・)
 ジョーは階段を降り出口に向かって歩き始めた。



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