コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

震える心の熱き思いを 4

 遠くにパトカーのサイレンの音を聞き、神宮寺は目を覚ました。
 ソファに座ったまま寝てしまったので、首と肩が痛い。立ち上がり体を伸ばす。
 あの後ジョーがソファで寝てしまったので、なんとなく神宮寺も居間に残りそのまま寝てしまったのだ。
 外はもう疾うに明るい。しかし神宮寺の心はジョーと同じ不安を秘めていた。
 世界最強のSメンバーと称される彼らだが、素顔は20才(はたち)ソコソコの青年だ。親しい人達が危険なめにあっていれば、心配で心が揺れるのはあたり前だ。
 暖房も切れた部屋の中で神宮寺はしばらくぼうっとしていたが、やがてコーヒーを淹れようとキッチンに行きケトルを火にかけた。
 ふと気がつきテレビのスイッチを入れた。ニュースの時間を外れているのか、チャンネルを変えてもCMばかりだ。
 “ポーン”玄関チャイムが鳴った。
 「Bonjour」シュベールだ。「これから本部に行くんだが─」
 「おはようございます。今コーヒーを淹れているんです」
 居間に通す。と、シュベールはソファで眠り込んでいるジョーに目をやった。
 「ここで寝たのか?」
 「ええ・・まあ」恥ずかしそうに神宮寺が答え、彼の前にコーヒーを置いた。ジョーを起こそうとしたがシュベールに止められた。「で、何か進展はありましたか?」
 「ああ、少しだが─。お、ちょうどニュースでやるぞ」
 テレビはニュースに切り替わっていた。
 大きなソファはジョーが体を伸ばしているので、左右の一人掛けのソファにそれぞれ座った。画面には小学校の別棟校舎が映っている。
 ニュースによると、監禁されている保護者の中に、Le Parisienというパリとその郊外で発行されている地方紙の記者がいて、犯人は彼を介して警察やマスコミに要求などを伝えてきたという。
 記者─エリクによると、監禁されている児童は20人、他に保護者23人と教諭が2人の計45人が音楽室に集められているという。ケガ人はなし。暖房は効いているので、今のところ体調不良を訴える者はいないそうだ。
 実は夜中と明け方の2回、この記者と2人の母親が校門まで食事を受け取りに出てきたのだそうだ。
 警察はなんとか情報を得ようとしたが、3人はすぐさま引き返したという。
 子どもが人質として残されているのだ。無理もない。保護者の中には何人かの若い父親もいるが、やはり子ども達の安全を考えればヘタに動けない。おそらく鷲尾もそうだろう。
 連絡は最初の1回だけだった。犯人は11人。銃が何丁かあるようだ。アナウンサーが続ける。
 『次に彼らの要求ですが、各国に捕らえられている国際テロリスト集団、“ザーツ”のメンバーの解放、及び身代金1000万ユーロを─』
 「ザーツだって!?」2人が同時に叫ぶ。「国際テロリストって、カーチェイスの─!」
 「カーチェイス?」シュベールが訊いた。
 「おととい、ジョーが捕まえた奴らが国際テロリストの仲間だって鷲尾さんが言っていました。ランスに収容されている奴らの─」ガタッと音が響いた。2人は音のした方に目を向ける。「ジョー」
 「・・・・・」
 体を起こしたジョーがテレビを凝視している。
 「あ、あいつらが国際テロリスト・・・」ハッと目を見開く。「おれが捕まえたから・・今回の事件が・・・」
 「それは違う」神宮寺が言った。「お前が捕まえなくても警察が確保したはずだ。お前は関係ない」
 「ザーツは数多い国際テロリストの中でも、もっとも規模が大きく狂暴だと言われている」真っ直ぐにジョーを見て、シュベールが言った。「君達が日本で捕らえた奴らもこのザーツの末端組織だ。勝手にそう名乗っている奴らもいるがね」
 再びニュースに目を向けるが、有力な情報はこれだけのようだ。
 「しかし面倒な事になった。ザーツが関係しているとなると警察はRAIDを出すかもしれない」
 「レイドって・・・ブラックパンサーと呼ばれる特殊部隊の─」神宮寺の問いにシュベールが頷く。 「確か日本のSATも手本にしている部隊だと聞いていますが・・、そんな部隊が出てきたら・・・」
 「・・・どうなるんだ?神宮寺」
 「レイドは対テロ干渉部隊だ。制圧率は高いが、ヘタをするとロシアの事件のようになる」
 神宮寺の言葉にジョーが息を呑んだ。
 何年か前、やはりロシアの小学校が武装集団に襲われ、生徒や保護者100人ほどが拘束される事件があった。これに出てきたのがロシアの特殊部隊だ。
 彼らは強行突破によりテロ集団を制圧したが、生徒や保護者にも多大な被害が出た。
 もし同じような事が行われたら─。
 「しかし、国際テロ組織が拘っている事件なら我々も介入できる」シュベールが立ち上がった。 「レイドが出てくる前に、我々が指揮権を取れば─」
 「レイドなんて奴らに介入されてたまるか」
 ジョーも立ち上がり神宮寺を見た。ブルーグレイの瞳が強い光を放っている。全身から湧き上がる意志が神宮寺を捕らえる。
 「ジョージ」シュベールが静かに、しかし鋭く言う。「待機命令を出しているはずだ」
 「おれ達はこの事件に出動しないんだろ」ジョーの瞳がシュベールをも捕らえる。「だったらあんたとおれ達は関係ない。ほっといてもらおう」
 「ところが、そうもいかないんだ」シュベールがかすかに微笑む。「私は君の後見人候補の一人だったのだからな」
 「え?」後見人って・・何の話だ?
 「君の後見人は鷲尾長官だった。だけどこういう仕事だ。先の事はわからない。長官はそう考えて自分に万一の事があった場合、次の後見人に私を指名していたのだよ」 ジョーは目を見開きシュベールを見つめた。そんな話は聞いていない。
 「もっとも君が21才になった時点で、長官も私もお役御免になったがね」
 「・・・・・」
 「長官は君の事を本当に大切に考えてるよ。そんな君が、自ら命を削るような事をしてはいけない」
 そう言うとシュベールは神宮寺に目を向け、居間を出て行った。
 「・・・・・」ジョーは彼の後姿に目をやった。そして小さくため息をつく。「今さらそんな事言われたって・・・」
 ジョーも神宮寺も国際警察に入隊した時から命を削ってきたのだ。今さら言われてもどうしようもない。
 ジョーはソファにドサッと腰を落とした。
 テレビの画面は別の番組になっていた。

 「ジョー!」ドアの向こうで神宮寺が叫んだ。「人質の何人かが解放されたぞ!」
 「なんだって!」
 ジョーは満足に体も拭かず、首にバスタオルを引っ掛けたままシャワー室を飛び出した。
 居間のテレビを見る。神宮寺の言うとおり人質45人のうち、20人くらいが固まって校門を出てくるのが映った。
 「健達は─」
 ジョーは画面に見入る。
 地元の学校なので、児童はほとんどがフランス人だ。その中で黒い髪に瞳の健や幸子は目立つはずだ。しかしそれらしい姿はない。もちろん鷲尾の姿も確認できなかった。
 「健やママさんが残るなら、鷲尾さんが出てくるはずないな・・・」
 「くそォ!」ジョーがタオルを床に叩きつける。「わ、鷲尾さんは自分より・・自分の家族より他人を優先したんだ。だから─」
 まだ濡れている髪が顔に貼り付き、より凄まじい形相に見せている。左肩が一部盛り上がっているのは、銃創と度重なるケガのせいだろうか。
 「落ちつけ、ジョー。早くシャツを着ろ。肩、テーピングしてやろうか」
 「─いや、いい。いざという時、動かしにくくなる」
 ジョーはッシャワー室に置いてきたシャツを取りに廊下に出た。と、いきなり、ピピピ・・・という音が鳴り響いた。
 廊下に出た2人は動きを止める。聞いた事がない音だ。
 「書斎からか?」神宮寺の言葉に、ジョーはハッと書斎に顔を向けた。音をたててドアを開け走り込む。「ジョー」
 「ホットラインだ!本部からの呼び出し音だ!」
 マホガニー製の大きなデスクを回り込む。一番下の大きな引き出しの中に設置されていると聞いた事がある。
 「くそっ、カギが掛かってる」
 ガタガタと引っ張るが開かない。カギの場所まで聞いてはいない。
 呼び出し音はまだ続いている。
 「どけ、ジョー」
 どこからか針金を持ってきた神宮寺が引き出しの前に座る。ものの10秒も掛からなかった。
 引き出しを開けると音が大きく響いた。
 「Allo─あ、シュベール─はい、神宮寺です。─はい、なんですって!」
 左手で受話器を持ち、神宮寺はジョーにメモを求める。ジョーがペンを渡しスタンドメモを置く。
 「はい─はい─」
 神宮寺は相槌を入れながらペンを走らせた。ジョーが覗いたが、フランス語で書かれているのでところどころしかわからない。
 「神宮寺、日本語で書け!読めねえよ!」
 「うるさい!黙ってろ!」
 神宮寺は怒鳴り、再び電話に集中する。ジョーは唸ったがとりあえず今は口を閉じた。
 「わかりました。30分後に。ジョー、10時に迎えの車が来る。それまでに─」ふと、スネたようなジョーの表情に気づく。「怒鳴ったのは悪かったよ。向こうもバタバタしてて聞き取りづらかったんだ。奴らが動き出して状況がどんどん変わっているらしい」
 「変わってるって─、は、はっくしょん!」
 「だから服着ろよ。作戦中にくしゃみなんかするなよ」
 “作戦”と聞いてジョーの顔が輝く。やはり自分達に出動の要請があったのだ。神宮寺は正しかった。
 2人は各自の部屋へ行き服を着替えた。神宮寺は元々仕事で来ているのでマグナムや耐火服などの用意があるが、ジョーは何もなかった。
 自分達に要請が来たという事はヘタをすると強行突破もあるかもしれないと思ったが、今回はそれはしたくない。銃も耐火服も使わない方法を取りたいとジョーは思った。
 やがて本部からの迎えの車が着いた。2人は後部席のドアを開けた。
 ふと振り返り、ジョーは無人になる鷲尾邸を見た。が、すぐに乗り込みドアを閉めた。

 「コールナンバー・ダブルJ、神宮寺力、ジョージ・アサクラ。2人にエコール・フランセス監禁事件への正式出動を要請する」
 車が着いた先は小学校に近い町の公会堂だった。ここが作戦本部になっていてシュベールが待っていた。
 SメンバーはダブルJの他に、パリ本部所属のジャンとレニールも参戦する。
 「ダブルJとジャンはレイドの指揮下に入り、小学校への突入組みになる。レニールは本部に残る」
 「突入?」ジョーが訊いた。
 「状況が動いた。今朝解放された保護者の一人が、犯人の要求を伝えてきた」シュベールは先ほどホットラインで神宮寺に伝えた事を、自ら確認しながら4人に伝える。「午後3時までにザーツのメンバーの解放をテレビで流さないと、人質諸共別棟を爆破する、と─」
 「な、なんだって」「くそォ」4人が思わず口走る。「そんな事になったら─」
 「国家警察がレイドの出動を決めた。私は長官が現場にいる事を話したが、指揮権は取れなかった。代わりに君達3人をレイドに参戦させる」指名された3人は無言で頷いた。「国際警察としての君達への指令だ。我々の第一目的は鷲尾長官の救出。これがすべてにおいて優先される。他の事はレイドに任せておけばいい」
 ジョーが何か言おうと口を開いた。が、シュベールの言葉が遮る。
 「レイドの連中は長官の顔を知らない。君達は突入したら、すぐ長官の安全を確保しろ。─以上だ」
 ジャンが動いた。これからレイドの本部に向かうのだ。神宮寺が続く。
 ジョーはシュベールに目を向けた。一瞬唇を開いたがすぐに閉じ、神宮寺の後に続いた。
 長官がいない今、国際警察の最高責任者はシュベールだ。彼に課せられた使命は長官の無事救出だ。3人にそう命令するしかない。
 レイドの移動本部は公会堂の講堂に設置されていた。
 何日か前に、幸子の参加するバザールを手伝った場所だ。あの時は人々の話し声や笑い声が響き色々な商品が置かれていたが、今は黒色の戦闘服を着た屈強なレイドの隊員達20名ほどが出動の指令を待っている。
 神宮寺達は名前だけの簡単な紹介をされ、早速支給された戦闘服に着替える。上下一体の黒いジャンプスーツのような型をしている。左腕にはブラックパンサーの絵が描かれたエンブレムが見える。
 実際に現場に向かう時は目だけを出した黒いマスクを被り、さらに大きなバイザーの付いたヘルメットを被る。そしてハンドガンを携える。
 神宮寺は手にしたハンドガンを見て、ジョーに目を向けた。人に銃口を向けるのが怖い、とジョーは言っていた。このまま参戦させていいのだろうか。─と
 「神宮寺」いつの間にか傍らにジョーがいた。「長官を頼む。おれはママと健を─」
 「ジョー」
 「わかってるよ。だけどママや健が助かるなら、おれは─」
 ジョーのブルーグレイの瞳が神宮寺に向けられる。その強い輝きを誰が止められるだろう。
 「─わかった。バスチーユでも北極でも付きあってやるさ」
 神宮寺が口元をかすかに歪めた。それを見るとジョーも安心したように小さく笑う。
 神宮寺は先ほどまでの心配を改めた。あの2人を救うためなら、ジョーは迷う事なく銃口を向けトリガーを引くだろう。
 たとえ自分の心が壊れようとも・・・。


                   3 へ     ⇔       5 へ
スポンサーサイト