コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Way of life 完

 翌日は朝からよく晴れていた。今日がマラソン当日だったら良かったのに、と思い神宮寺はダブルJ室に入った。相棒の姿はまだない。
 爆弾を処理するために、ショーウインドに突っ込むという荒業をやらかしたジョーは日比谷公園近くの対策本部で傷の手当てを受け、ガラスの破片に塗れた服を取り換え、そのまま最後まで任務に就いた。
 傷の数は多かったが、どれも小さく出血も多くはない。しかし当分の間はバンソウコウのお世話にならざるを得ない状態だった。
 ジョーは激しく嫌がったが、“では、顔と体を包帯でグルグル巻きにします”と言われては黙って言う通りにするしかなかった。
“医師はみんな食えねえぜ”とブツクサ言いながら、沁みる消毒液に顔をしかめていた。
 怪我には強いが手当ては大の苦手だ。特に消毒液は嫌で、沁みるなら手当てをしない方がいい、と言い切った事がある。
“まるでガキだな”と神宮寺が笑うと、“ガキの頃から毎日つけていたから苦手になったんだ”と変な弁解をしていた。
 バンソウコウだらけの顔のジョーと神宮寺は再び銀座に戻ったが、その後は爆発も大きなトラブルもなく、第一回東京マラソンは完走率97%という高水準で幕を下ろした。
 実際に爆発した2ヶ所の爆弾事件は、マラソン大会とは関係ない事件として処理されるという。
 それでいいのか、と神宮寺は思ったが、彼らが口出しできる事ではなかった。
 神宮寺を始め昨日1日雨に濡れながら任務を遂行したチーム1、チーム2のメンバーは休む事なくJBに出勤している。
 ただ1人を除いては─。

「関主任、ジョーが来ました」
「おお、ジョー。わざわざ呼び出してすま─。なんだ、その顔は!」
 振り返った関が上げた素っ頓狂な声にジョーは顔をしかめた。が、無理もない。顔に貼られたバンソウコウはジョーの肌を通らずバンソウコウの上だけを通りどこへも行ける状態だ。
「バンソウコウ版透明人間だな。君は本当にジョーか?」
「おれじゃねえって言うなら帰るぜ」
 ジョーがクルッと踵を返す。その動きに枯葉色の髪がサッと流れた。そのままドアへと向かう。
「あー、悪かった。すまん。あんまり見事なバンソウコウ群なもんで」言い重ねる関にジョーの眉が寄る。これだけでもちょっと痛いのだ。「すまない。君は昨日は大変だったんだな。話は部長から聞いた。ショーウインドに飛び込んだバカがいて後始末が大変だったそうだ」
 バンソウコウ越しでもジョーが不機嫌になっていくのがわかるのだろう。関は素直にジョーに詫び、さらに余計な事を言う。
「おれ、これから中野にも寄るんだ。あんたの独り言に付き合っちゃいられねえ」
「まあそう言うな。実は見せたい物があるんだ」そう言い関は自分のデスクの引き出しから1枚の手紙を取り出した。「三神の遺書だ」
「!」
 ジョーの眼が手紙に吸い寄せられた。それからゆっくりと関を見る。
「もっともコピーだがね。部外者に見せるのはマズい。これも君が見たら破棄する」
「どうして、おれに?」
「内容は詫びと今まで自供した事の繰り返しなんだが、最後に“Joe”で始まる文章があるのでおそらく君宛だろうと─」
「・・・・・」
 関に促されジョーは手紙を手に取るとゆっくり開いた。日本語で書かれた文章をひと通り読み便箋の1番下に目をやる。と、
 ─Joe, deine Schlußfolgerung ist von Löchern voll・・・(ジョー、君の推理は穴だらけだ)─
 たった1行、彼宛てにドイツ語で書かれていた。
 一瞬見開いた瞳が眇められジョーは唇を噛んだ。目の前の文字が震え叫びそうになった。だが
「Dann Komme direkt zu Meinung・・・(だったら、直接言いに来い)」
 そう呟くと一気に便箋を2つに引き裂いた。
「お、おい、ジョー」
 彼の手の中で細かく破かれていく便箋を見ながら、しかし関にはそれ以上止める事はできなかった。
 粉々になった紙の切れ端がヒラヒラと舞い落ちジョーの足元を埋める。そばで見ていた山本や木村がアッケにとられている。だがジョーは関も山本達にも一瞥もせず体を翻した。
 足元の紙がフワッと舞う。それを踏みジョーは公安3課から出て行った。
 関はもちろん山本達も他の公安官も、しばらくは誰も口を開かずジョーの出て行った後を見つめていた。だが
「あの時の言葉は、ドイツ語だったんだな・・・」
 木村がポツリと言った。
「─なんの話だ?」
「三神の検視の時、彼が病院で倒れてしばらく病室で休んでいて─主任はJBに連絡を入れに行っていた時ですが、ジョーがうなされてしきりに何か言っていたんです。日本語でも英語でもなくて・・・。ぼくには?サカキバラ?と?パパ、ママ、?しかわかりませんでした」
「・・・・・」
 ジョーは、普段は日本語を使っている。関自身、ジョーがドイツ語を使うのを聞いたのは数える程しかない。
 では、あの病室で・・・ジョーは?どこ?にいたのだろう。
 十(トウ)の子どものような眼を自分に向けて、彼はいったい・・・。

「東京マラソンの事は韓国のニュースでもやってたよ。でもテロ予告があったなんて言ってなかったな」
「それはそうだろう」神宮寺が並んで歩く洸に言った。「ほとんどの日本人が知らないんだ。国も都も公表していない。昨日の爆発事件はまったく別の事件になっている」
「ふうん・・・」
 洸が白けたように息をついた。
 彼と一平は韓国での任務を終え今朝帰国したばかりだ。その前はグアムに、もちろん仕事で行っていた。
 JB2の海外任務が続いたのはジョーのせいだ。彼はここ数ヶ月間に入退院を繰り返し大きな手術もした。怪我も絶えない。
 継続的な治療を必要とするジョーを海外へ送るわけにはいかなかった。
「で、ジョーがまたムチャしたんだって?西崎が言ってたよ。バンソウコウのオバケだって─」
 食堂に入り、と、足を止めた。窓際のいつもの席にジョーが1人座っている。だが窓の方を向いているのでその顔は見えなかった。
「奴に余計な事を言わない方がいいぞ」トレイを手に神宮寺が言う。「無事昼メシを食いたかったらな」
「ふ?ん・・」
 洸もトレイの上にグラタンやサラダを置いていく。チラッとジョーに目をやった。
 あの席は彼のお気に入りで、精鋭揃いのJBのメンバーでもよほどの勇気を持った者─それは同じSメンバーか捜査課の一部の連中なのだが─でなければ、あの席の近くには座らない。だから彼が1人でいるのはいつもの事で、ジョー自身その方がいいと思っているようだが・・・。
「なんか妙に元気がなくない?いつもの彼のオーラが見えないよ」
 洸の言葉に神宮寺もジョーに目をやる。そう言われればなんとなく・・・いつもの圧倒的な存在感は薄れ、なんだかぼんやりしているように見えた。
「ここに来る前に榊原病院に寄って怪我の手当てをしてもらったらしいから、また榊原さんに怒られたのかもしれないな」
「あのジョーが怒られたくらいでションボリとなると思う?」
「・・・・・」思わない。「じゃあ怪我したから学習したんだろ」
 それも無理な言い分だ。
「ジョーが元気なのも怖いけど、おとなしいのはもっと怖いな」と
「洸君、君はいくつになった?」カウンタの向こうから調理師長の杉本が顔を覗かせた。「もうすぐ節分だ。年の数だけ豆を食べると病気にならないぞ」
 そう言って洸と神宮寺のトレイに豆の入った枡を乗せた。
「杉本さん、ぼく達もう子どもじゃないんですよ。それにこれじゃあ多すぎて、チーフより年上になっちまう─そうだ!」洸の瞳はキラリと光る。「これでジョーを元気づけてやろう」
「え?」神宮寺がキョトンと洸を見た。が、「や、やめろ、洸。それはマズい─」
「ジョ?ォ!」思い立った洸の行動は素早い。「なにしょぼくれてンのさ。ジョーらしくないよ。多少のムチャは仕方ないさ。いつまでもグチグチ悩むなよ。ぼくがそんな悩み吹っ飛ばしてやるぜ!」
 え?、とジョーが振り向いた。目の前に丸い物が乱舞し自分に向かってくる。そして
「オニは?外!フクは?内!」
「──」
 眼を見開き、バンソウコウだらけの顔に豆がバラバラと当たる。
「あ・・あのバカ・・・」
 さすがの神宮寺も足を止めた。とても近づく気にはなれない。
「そして年の数だけ豆を食べるんだ。21コだよ。ほら手を出して─」
「て・・・てめえ?」目の前の、ガッチリとしたジョーの体が震えている。洸がアレ?と手を止めた。と、「このおれにこんな事しやがって!無事で済むと思うなよ!」
「え、だって─わあっ!」洸がトレイをテーブルに落とし両手で顔を庇った。ジョーが神宮寺のトレイの上に乗っていた豆の入った枡を掴み、思いっきり洸に投げつけてきたのだ。「イタッ!イタいってば、ジョー!本気でやるなよ!」
「うるせェ!何がオニは外!だっ。てめえが外へ行きやがれ!」
 わめき食堂中を逃げ回る洸をジョーが豆を投げ付けながら追いかけていく。
「・・・今年はハデだなあ」
 杉本が呟いた。と
「あれ、豆まきやってるぞ」
「それもジョーと洸だ」
 西崎や立花、チーム1のメンバーが入ってきた。
「おもしろそ。おれも仲間に入れろ」
「で、オニはどっちだ?」
「オニは洸だ!皆でぶつけてやれ!」
 ジョーが嬉しそうに叫ぶ。それを合図に男達がカウンタに置いてある枡を手に取り出した。
「違う!違う!オニはジョー!オニはジョート!
 ヘタなシャレも通じず、洸の周りは空飛ぶ豆で埋め尽くされた。
「やれやれ・・・」神宮寺がため息をついた。「だけど洸もけっこう余裕あるな」
 この状況でのダシャレに感心し、彼は被害が及ばない食堂の隅でサバのみそ煮を食べ始めた。

 食堂で騒いでいたら佐々木の手入れに遭った。
 枡を放り出し食堂から逃げ出し─気が付いたら資料室の前に立っていた。
 誰かの声が聞こえたので、とっさにトレイに左手を押し付けコードナンバーを入力した。ピピピ・・・と軽い金属音が響きドアが開いた。
 黒いファイルが収められている棚の前に立つ。
 もうここへは来ないつもりだった。一時期は入り浸り・・・でもある日それをやめた。
 このファイルの中身はもうすぐメインコンピュータに移される。その後のこのファイル本体はどうなるのだろう。このまま保存されるのか、それとも廃棄されるのか─。
 両親の最後の記録─。機械で書かれたものではなく、人の手で直接書かれたもの─。これを書いたのは先代の榊原医療部長だ。
 JBに来る前に中野の榊原病院に寄ってきた。怪我の手当てのためだが、ジョーは今の榊原医療部長に言った。記憶の穴を埋めたい─と。
 あの夜、庭で見たはずのクロードの事を今まで忘れていた。以前の事件でそれを思い出し・・・でもそこまでだ。それから後の事をジョーは所々しか覚えていない。
 ─白い壁とベッド、低い声でやさしく話す年配の医師。どこかへ連れて行かれた。誰かが寝ていた─。
 ─気がつくとジョージはまたベッドの上にいた。黒髪の男女がジョージを抱き、両親は消えていた─。
 思い出したい・・・記憶を繋げたい、と榊原に詰め寄ると彼は今まで見た事もないくらい辛い表情になった。そして、
“私は当時はまだJBにいたから、病院での君の事はよく知らない。だが父や姉なら知っているだろう。君は本当に知りたいのかい?”その問いにジョーは即答できなかった。“君が本当に知りたいのなら話してあげられるよ。しかし迷っているうちはだめだ。まず怪我を治して、落ち着いてもう一度考えてからだ”
 ジョーは黒いファイルに手をやると、そっと撫でた。

                               完

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