コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   6 comments   0 trackback

Wanted dead or alive 完

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「う・・・」
 何か硬い物が頬に当たっている。薄っすらと目を開けた。目の前に丸い物と計器類が見えた。
 ステアリングとタコメーター・・?するとここは車の中・・。
 ジョーは自分がステアリングに俯しているのに気がついた。ギクシャクと頭を上げる。とたんに体中の痛みが跳ね返ってきた。
「つ・・う・・」それでもジョーは頭を起こしシートに体を寄り掛からせようとして─自分の両手がヒモでステアリングに縛り付けられている事に気がついた。「な、なんだこれはっ!」
 強く引っ張ったがもちろん千切れない。と、ていねいに右足までアクセルの上に固定されていた。
 ジョーはシートに固定されている左足と全身を使って暴れたが状況は変わらない。
「もう気がついたのか」ちょっと驚いた顔のハインツが窓から覗いた。「もう少し気を失っていれば怖い思いをしないであっという間に天国に行けたのに」
「き、貴様─」ジョーの鋭い双眼がハインツを射る。「なんのつもりだ」
「ある組織から君の抹殺を命令されてね。とても大きな組織だから言うとおりにするしかない」
「イタリアの・・組織か。六本木での事も昨夜の襲撃も貴様らか」
「それは言えない。とにかく事故に見せかけて殺せと言うので色々苦労した」
「事故?」
「事件にすると君のバックがうるさいだろ?」
「それで、これかよっ!」ジョーが両手をガタガタと動かした。「あんたが助けを呼んだ時点でこれはもう事件だ!今さら事故だと言って、通るもんか!」
「だが仕事中の不慮の事故で、って事もあるだろ?君は救出した?ハインツ博士?と共に逃げる途中運転を誤ってその崖から落ちる。車は大破する」
 プラドのフロントいっぱいに広がっているのは青い海─。プラドの先は崖という事か。
「そんな小細工が通用すると思ってるのか。事故を装った殺人だと、すぐバレるぞ」
「そのヒモの事か?」ジョーの手と足が縛られていた事がわかれば事故ではなくなる。「心配ない。それは熱には極端に弱い。車が発火すればすぐ溶ける」
「違う!おれがあいつを置いて逃げるわけないし、車で事故るなんて有り得ないからだ!」が、ハインツはジョーの言葉を無視しギアをニュートラルに入れると窓枠を掴んで車を押し出し始めた。「くそォ!」
 ジョーが手首のヒモに食いついた。が、噛み切れるわけはない。
 その口元をスピードマスターに移動してトレーサー装置をセットした。もちろん間に合わないが、ジョーの現在地は知らせる事ができる。キャッチした神宮寺がハインツを捕まえてくれるだろう。
 オンにした。
 顔を上げると冷たく青いオホーツクの海が輝いていた。
「Tschüs!(バイバイ)」
 ハインツが力いっぱい車体を押し出そうとし─なぜか姿が消えた。
「うわああ・・・!」
 目の前の空がガクンと下がった。ジョーは目を見開きシートに背中を押しつけた。
 ガッシャン!と音が響き車体に振動が走った。と
「ジョー!」
 窓から神宮寺の顔が覗いた。
「じ、神宮・・」その顔を見たとたん、どっと汗が出た。「どうして・・・」
 神宮寺がドアを開け、しかしステアリングに固定されているジョーの手に気がついた。結び目を解こうとするがビクともしない。
「普通には切れないらしい・・。熱に弱いとか・・・」
「わかった。ジョー、少し我慢しろ」
 神宮寺はライターを取り出し手を縛っているヒモを下から炙った。ジョーの手がビクンと跳ねる。だがヒモはすぐに溶けた。続いて右足も─。
「熱いじゃねえか!」
 神宮寺に車から引っ張り出されたジョーが大声を上げた。正直なところガクガクと体が小さく震えていた。
「他に方法がないだろ。それともこのままプラドと一生を共にするか?」口をへの字に曲げて言う神宮寺の足元にハインツが転がっていた。「高浜が体当たりしたんだ」
「高浜?」
 見るとプラドの後ろに高浜と立花がいた。
 プラドに取り付けられているヒッチメンバーのヒッチボールには牽引装置が掛けられ、その後ろのパジェロに繋がれていた。これがプラドが崖から落ちるのを防いだのだ。
「なんで2人がここにいるんだ。何を企んでいた」
「詳しい話をしなかったのは悪かったよ。中標津で?悪意?を感じた時、立花にもう1度ハインツを洗うよう頼んだんだ。おそらく警察庁が調べてると思ったけど。それから山に入るおれ達の後についてバックアップを頼んだ。どうも違和感があって・・・。それが確かになったのが昨夜の襲撃だ。あれは早すぎた。前もって準備していなければ、おれ達の行き先を掴めないだろう」
「おれが感じていたのは立花達の気配だったのか」その立花達がハインツをパジェロに運んで行く。「それじゃあ奴らはおれ達が東京を出た時から─」
「おそらく─。で、気が付いたんだ。この救出劇自体が奴らのワナではないかと」神宮寺はちょっと言葉を切ってジョーを見た。「お前を誘き出すための─」
「・・・・・」やはりそうか。ジョー自身も確かに遺和感は感じていた。「じゃあ、ハインツがおれを襲う事は─」
 急に顔をしかめわき腹を押さえた。シャツを捲ってみるとスタンガンを押し付けられた所が赤くなっていた。ごく軽度の火傷だ。
「あ?あ、スタンガンも場所によっては結構な威力になるんだな」
「わかってたんなら早く助けに来いよ!」
「お前達の下山スピードが早すぎたんだ。それにいくら足が辛いからって、ああも簡単にやられるとは思ってもいなかったぞ、ジョー」
「く・・・」
 それを言われるとどうしようもない。ジョーは悔しそうに唇を噛んだ。
「とにかくここから出よう。この一帯はヒグマの生息地だからな。できれば近くで会いたくない」
 そう言ってプラドの運転席に乗り込んだ。合図しパジェロがプラドを引っ張っていく。落ちていた前輪が上がり車体が真っ直ぐになった。
「くそォ!」
 ジョーがプラドを崖の方に向かって蹴っ飛ばした。つま先が悲鳴を上げた。

 翌朝一番の飛行機で神宮寺達4人は根室中標津空港を東京に向かって飛び立った。
 結局カニもイクラも熊の肉も味わうひまもなく─ホテルの朝食に出た新鮮なミルクだけが北海道の味だった。
「せめてサーモンか十勝牛のステーキでも食いたかったなァ」
 機内サービスのコーヒーについていたピーナツを口に放り込みジョーが言った。どうも機嫌が悪そうだ。
「なにブツブツ言ってるんだ。そんなもの東京でも食べられるだろう」
「おれ、気になってンだけど─」ジロリと神宮寺を睨む。「お前、ハインツのスタンガンを取り上げ、で、また返しただろ。あれがおれに使われる事は考えなかったのか」
「ん?、まあ少しは─」ヤロウ!と飛んできたジョーの裏拳をあっさりと左手で受け止めて、「怒るなよ。絶対助けるって自信はあったし、現にそうなっただろ?」
「なった、じゃねえよ。久々に・・ちょっと怖い思いをした・・」
「これからはスタンガンに気をつける事だな。いい体験して良かったじゃないか」
「良くねえ!もう少しで落ちるとこだったんだぞ!」
「飛行機の中で縁起でもない事を言うな。周りに迷惑だ」
 朝一番の便だが乗客はけっこういる。大半は眠っているが、ジョーの声に驚いて目を覚ました者もいた。
「ひでえ相棒だぜ」こんな奴を頼もしく思ったり、崖の上で助けられ一瞬でも感謝した事をジョーは後悔した。「今度反対の立場になったらスタンガンどころかマシンガンのフル装備を相手に渡してやるぜ」
「それでも─、お前は助けてくれるんだろ?」
 神宮寺の、眼下の太平洋のような青く暖かい笑顔がジョーに向けられた。フン!とジョーが顔を逸らす。
「まったく、気が合うのか合わないのかわからないコンビだな」
 前席を窺い立花が言った。
「でもジョーの気持ちもわかるな」真剣な目の高浜だ。「北海道まで来てカニもサーモンも食べられないなんて悔しいよ。土産に買ったビンウニ、一口だけあげようかな」
「そっちか・・」
 もう1人、わからない奴がいた、と立花がため息をついた。

「じい様」携帯電話を切りトーニが言った。「ペスカーラ・ファミリーがジェルマーノから追放になったそうです。そのペスカーラに国際警察の手が入った、と─。容疑は殺人教唆」
「フン、ボルツァーノめ、トカゲのしっぽ切りをしおったか」
 待合室のイスに掛けたロレンツォが苛立ちだしげに言った。
 グランディーテとは血族関係にあるジェルマーノ・ファミリー。その巨大なファミリーにさすがのロレンツォも容易に手を出す事はできない。
 ボルツァーノというのはそこのナンバー2だ。
「シニョーレ、やはりジョーをイタリアに呼んだ方がよいのでは」そばに立つマルティーノが言った。「我々の目の届く所にいてくれれば護れます」
「いや、あれはイタリアには来ない。それに自分の身は自分で守る事のできる男だ。大丈夫だ」
 ロレンツォはマルティーノに、そして自分に向かって言った。
「そうだね」
 トーニが頷く。
 彼の脳裏には若く理知的な神宮寺の顔と、一見どこにでもいるような中年だが万一ジョーに何かあった時は一番に駆けつけ力になってくれるだろう関の顔が浮かんでいた。
「いい仲間もいるみたいだし」
 やがて搭乗手続きのアナウンスが流れた。周りの客も腰を上げる。
「ジョーに会えなくて残念ですね、シニョーレ」
「まあいい。また来よう」
 立ち上がりロレンツォがかすかに微笑む。他の乗客と共に3人は指定されたゲートに向かった。

「イタリアのペスカーラというファミリーにローマ支部の手が入った」デスクの前に立つ神宮寺とジョーに森が言った。「容疑は殺人教唆。日本のテロ組織に殺人を依頼した」
「そのペスカーラというのが・・つまり・・・」
 ちょっと口籠る。
「余計な気を遣うな、神宮寺」口元を歪めジョーが言う。「そのペスカーラがつまりジェルマーノ・ファミリーの一端で、本当の命令者(バック)というのが─」
「ペスカーラは自分達の一存でやったと言っているそうだ。ジェルマーノの名前は出てきていない。ローマ支部も証拠はまだ押さえていない」
 森がパソコンのキーボードを叩いた。その横で佐々木が書類をまとめている。森に差し出した。
「例のハインツは本名で、でも博士などではなくドイツで拉致された事実もない。ただ日本のテロ組織で爆発物の担当だったのは本当らしい。本当は六本木や山小屋で君を片付けたかったがうまくいかず、彼は最後の手段として自ら君と行動を共にする事を選んだそうだ」
「フン、そう簡単に片付けられてたまるか」ジョーが鼻を鳴らした。「しかし事故に見せかけるにしても、なんでトレーラーを銃撃するなんてハデな事をしたんだ?」
「あれは同じ組織内でもハインツとは違うグループの仕業だそうだ。そいつらは事故に見せかけて片付けろという命令を無視して君を捕らえ、ペスカーラからさらに金を引き出そうとしたらしい。ところが君達は手強かった」
「どっちにしてもバカな奴らだ」
 自分の命のやり取りの話をしているのにまるで他人事のようにジョーが言った。だがふいに口を閉じる。そんな奴らのために・・・。
「本当のバックを捕らえる事はできないんですか?もしまた同じような事があったら」
「この事件はローマ支部の担当となる。警察庁を始め我々はただ資料と報告書を送るだけだ」
 珍しく森が苛立つ口調で吐き出すように言った。
「今さら相手が1つ2つ増えても同じ事だ。おれが叩き潰してやる」
「だけど、ジョー」
「それより、チーフ、佐々木さんも。今回はおれのプライベートな事で余計な手間を掛けさせてすみませんでした。警察庁からも文句を言われたでしょ?」
「ひとつのテロ組織とひとつのマフィアのファミリーを押さえられたんだ。まあいい」森が薄っすらと微笑んだ。「それより今日はもう戻って休みたまえ。いつ出動になるかわからないからな」
 はい、と頭を下げ出て行こうとする2人へ、
「ジョー、君はJBには必要な人間だ。自分に自信を持って、今まで通りここにいてくれ」
「・・・・・」
 ジョーは立ち止り、しかし振り返る事はなかった。そのままちょっと頷いたように見えたが、すぐにドアの向こうに消えた。
 今回の件で、いわゆるジョーの?親戚?の事がJBの他のメンバーにも知られる事となった。
 だが彼らは誰一人として─ジョーにあまり良い感情を持っていないあの島内さえ─彼の国際警察Sメンバーとしての資格を疑問視する者はいなかった。
 ただ一人、当のジョーを除いては─。
「いいのですか、チーフ」ドアが閉まり、しばらくして佐々木が口を開いた。「ジョーに伝えなくて」
「彼には関係ない。国際警察内部の問題だ」
「しかし国際警察の上層部の一部で、彼の事が問題になっているのも事実です。今は鷲尾長官が盾になっていますが。ジョーにも伝えておいた方が─」
「ジョーは私の部下だ。鷲尾長官から預かっているアサクラ氏の息子だ。大丈夫、私が護る」
 森の強い目の光に佐々木は口を閉じた。

 カニにイクラにサーモン、ホッケ、鹿の肉─と、洸のマンションのキッチンには北海道の幸が溢れていた。
 北海道に行って名物を食べられなかったダブルJのために、当地出身の立花が実家から送られてきた海や山の幸を持ち込んでパーティをする事になった。場所は皆が知っている洸のマンション。
 ただ残念な事にまたも高浜が、そして今回は中根と樋口が任務のため参加できなかった。それを聞いた時の高浜の顔は、まさにこの世の終わりといった形相だったという。
「ついてないね、高浜も」
 カニ相手に楽しく格闘しながら洸が言った。
「セコイ事言うからだぜ」ジョーの言葉に皆が“なにが?”と訊いた。「おれにウニの味見をさせてくれるって言ったのに、一口だけだって言うからさ、その一口だけ残して後は全部貰ってやった」
 と、自慢げに瓶詰めのウニを出す。むごい・・と皆思った。
「鹿の肉ってバター焼きするとクセもなくうまいな」
 気を取り直し西崎が言った。ジョーの持ってきたフランスワインとよく合う。
「これ、チンチン焼きっていうんだろ」
「ち、違うよ!チャンチャン焼き!」ホットプレートの上でサケや野菜を炒めていた立花が言った。「えらい事になっちまうぜ、ジョー」
「大して変わんねーよ」
 と、勝手な事を言って、ふと上着の内ポケットに入れておいた手紙を思い出した。鷲尾からのエアメールだったが、厚さからみてそれだけではないだろう。
 ジョーは1人テーブルを離れ窓際に身を寄せる。彼のマイペースはいつもの事なので誰も気にしない。今のうちに食ってしまえ!と、やたら箸が出てくる。
「おれの分、食うなよ!」
 怒鳴ってから封を開けた。鷲尾からは簡単な近状と最後に、“私はいつでも君達のEin Postlote(郵便屋)になるよ”と書かれていた。
 同封された封筒はやはりトニーのからの物だった。日本での事とペスカーラの事が少し書かれていた。そして最後に明らかに彼の筆跡とは違うイタリア語の文が─。
「チェッ、こんな長い文章、読めねえぜ」
 家に帰ってから辞書を引こうとジョーは手紙を内ポケットに仕舞った。


                               完



 Io ancora spero che tu e Tony ereditiate una casa.
 Io ti guarderò anche se non si avvera come lontano come io vivo.
  Poi, Tony erediterà la mia intenzione.

                              L



 私は今でも君とトーニが家を継いでくれることを願っている。
 たとえそれが叶わなくても私は生きている限り君を見守ろう。
 そのあとはトーニが私の意思を継いでくれるだろう。


                             ロレンツォ




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