コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

赤と青のワルツ 2

320PX-~1 

「今日はいつも迎えに来てくれる者が具合が悪いというので自分の車で来たのだが、かえって良かったよ」助手席の鷲尾がニコニコと言う。「でも足は大丈夫かね?」
「オートマですよ。足一本でも充分だ」ステアリングを握るジョーが言った。彼らが乗るのはBMWの5シリーズ。以前ジョーがカーチェイスであちこち壊した鷲尾の車だ。「でもきれいに修理されてますね。新車かと思った」
「君が乗るたびに新車にしていたら堪らん」
 まさか、とジョーが苦笑する。
 2人が向かっているのはパリ郊外にあるソーという街の鷲尾の家だ。パリからは車で1時間くらいだろうか。
 鷲尾は隣に座るジョーを見た。
 日本で会った時より少し痩せたようだ。その分シャープさが現われ、彼独特の凄みと存在感が増している。デイトナで仕事をしてきたらしく、オリーブ色に焼けた肌が健康そのものを歌っている。が、よく見ると小さな傷があちこちに見えた。
 チェインガンで吹っ飛ばされた破片を浴びたのだという。相変わらず危険な仕事をしているのだ。今も左腕に包帯が見える。
「傷はどうだね?」
「もう塞がってるんです。ただ傷跡が残っているので包帯で隠しているだけで─。こんなので飛行機に乗ったらやばいでしょ?」そんな事はないのだが、「それより、鷲尾さんこそ最近やばい事してないですか?女の子脅したとか無銭飲食とか」
「は?私がかね?」
「この車が狙いだとしたら、ですが」
 ジョーの眼はバックミラーに映る後続車を捉えていた。鷲尾が振り返る。白いアウディだ。帽子とサングラスの男が2人乗っている。
「誰だね、あれは」
「さあ」
「狙いは君じゃないのか?パリジェンヌを振ったのか?」
「そんなもったいない事はしません」
「私も振った覚えはないが・・」
「振られる方ですか?」
「私を振るようなパリジェンヌはいないよ」
「ママに言いますよ」
「お、おい─
 と、のんきに会話しているうちにアウディがスピードを上げてBMWに迫ってきた。
「振り切れるかね?」
 郊外の道とはいえ夕方のこの時間はけっこうな車の量だ。あまり暴れたくはない。
「パリジェンヌを振るよりは簡単かも」
 ジョーもスピードを上げた。
 普段はゆったりと走る鷲尾の愛車だが、元々は5000CCのエンジンを積んでいる大馬力マシンだ。それにドライバーが変われば走りも変わる。そう、数ヶ月前のあのカーチェイスのように。
「やっぱり狙いはこの車か。鷲尾さん、シートベルトをしっかり締めておいてください」
 ジョーが楽しそうに言った。
「やれやれ・・・。君が運転を代わったとたん、この騒ぎか」
 鷲尾がため息をついたがそう心配もしていないようだ。
 ジョーの腕は誰よりもよく知っている。彼のようにステアリングを自分の体の一部のように操れる者はパリ本部にさえいない。
 一応シートベルトは締めたものの鷲尾はゆったりとジョーのソーイングを見ている。
 その彼の期待に違わず、スピードを上げたBMWは前や横の車の間をまるで滑るように擦り抜けて行く。道は広くないが中央分離帯で別れているので対向車の心配をする必要がなくラクだ。
 だがアウディのドライバーもなかなかの腕でBMWの通った後をヒョイヒョイと抜けてくる。そのうちすぐ後ろに着かれた。BMWのリアにぶつけ路肩に落とそうとしている。
「くそォ、おとなしくしてればいい気になりやがって」自分の車ではないのでこれでも我慢していたのだが、「鷲尾さん、修理費いくらまで掛かっていいですか?」
「・・・できれば私のこづかい内で収めてほしいね」
 眉をハチの字にして鷲尾が言った。“こづかいっていくらだろう?ま、おれより多いだろうな”と思い、気にしない事にした。
「それじゃあ格安押し出しコースで」
 ジョーはBMWを追い越し車線に移した。後方を確認して一気にスピードを下げる。走行車線を走っていたアウディと並んだ。
 BMWはスピードを戻しステアリングが大きく右に切られた。フロントがアウディの横っ腹に迫る。が、今度はアウディのスピードが落ちた。BMWのフロント攻撃から逃れる。
「フン、やるな」
 同じ手は2度と通用しないだろう。アウディがBMWのリアを突っついて来る。ジョーもアウディのフロントにぶつけてやる。
 ガン!ボコ!と、車内にいやな音が響く。
 だが交通量のある道路でこれ以上やるのは無理だ。ヘタすると他の車を巻き込んでしまう。と
「ジョージ、もうすぐソーへ入るよ」
 フロントに美しい街並みが広がった。鷲尾の家まではあと10分くらいだ。こいつを引き連れて行くわけにはいかない。路肩も商店街や歩道に変わったのでそっちへ素っ飛ばすのも無理だ。
 もう一度郊外に出て─と考えていたら、後方からパーポーパーポーというカン高い音が追ってきた。白い車体に赤と青のラインが入ったパトカーだ。
「お、助けが来たかな」
 警察の手を借りるのは悔しいが場所が場所だけに仕方がない。
 パトカーがアウディの後ろに着いた。と、アウディが右折した。
「─え?」当然パトカーもアウディを追って右折すると思ったのだが、「なんでこっちに来るんだ?」
 パトカーはBMWの後ろのピッタリと付き停車するように指示を出して来た。

「お帰りなさい、ジョージ」
 幸子の柔らかい腕がジョーを抱きしめた。   
「急に来てごめん」
 幸子の髪がジョーの頬をくすぐる。彼女の香りがした。
「ほんと、あなたはいつもそうね」そう微笑み鷲尾に目を向けた。「大変だったようね。ソーの警察から連絡が来た時には驚いたわ。何をやったのかと思って」
「鷲尾さんはパリジェンヌを振らないんだって」え?、とジョーを見る幸子に鷲尾がブルブルと首を振りジョーを小突いた。「だけどパトカーが追っていたのはおれ達だったなんてな」
 パトカーに止められたBMWはスピード違反として警官に尋問されたのだが、さすがに地元の警察は鷲尾の事を知っていた。それで事情を話しすぐ帰宅できたのだ。
「だけどいったい何者なんだ。こんな事よくあるんですか?」
「いや、初めてだね」2人は居間を抜けて廊下に出た。「それにしても、よりによって君がドライバーの時に襲ってくるなんて・・・。昨日までならもっとラクにどうにかできただろうに。気の毒な・・・」
「奴らに同情してどーすンですか!」
 ジョーも鷲尾に続いて階段を上がろうとした。と
「ジョージ兄さん!」
 突然走り込んできた健がジョーに飛びついた。
「わっ!冷てェ!」ジョーが受け止めるが、「お前、なんで裸なんだ!」
「健!ちゃんと体を拭いて!」幸子の声が飛ぶ。「キャー!廊下が水浸しだわ!」
「ぼくが出るまで帰っちゃダメだよ!」
 バタバタとシャワールームに戻る健を幸子が追って行った。
「おれ、そんなに早く帰されるのか・・?」
「やれやれ、君が来ると車だけでなく家も騒がしくなるのか」
「おれのせいじゃありません!」
 濡れてしまったシャツを引っ張りジョーが唇を尖らせた。

 夕食のテーブルにはヴィシソワーズとカナール・ア・フランジュ、クリュディテが並んでいる。デザートは幸子お得意のアップルパイだ。
 日本、ドイツ、フランスで暮らした鷲尾家はその日によってドイツ料理が出たりフランスや日本料理、または数ヶ国が混ざった料理がテーブルに並ぶ。ちなみに鷲尾が好きなのはオムライスにカレー、ハンガーである。
「でもタイミングが悪いわ、ジョージ。私と健は明日から学校のキャンプで4、5日留守をするのよ。だから食材の買い置きもしてなくて」
 サラダを取り分けながら幸子が言った。
 昼間、本部でジョーと別れた鷲尾はその後会議や面会などでバタバタし、ジョーが一緒にソーに帰る事を幸子に伝えるのを忘れてしまっていた。連絡したのは2人が本部を出る間際だったらしい。
 5日も家を留守にするので食材は置いておけず買っていなかったが、ジョーが来るというので行きつけの肉屋に鴨肉だけ注文したのだ。
 もしかしたら今テーブルにあるのが鷲尾家の全食糧かもしれない。
「ジョージは私とモナコへ行くから大丈夫だ」
 まだ返事をしていないがそう決められたらしい。だがジョーは何も言わず甘めのオレンジソースがかかった鴨肉を口に入れた。
 体が大きい割には食べる量は多くないのだが、ずっと大味のアメリカ料理が続いたので手の込んだ食事は嬉しかった。
 パクパク食べるジョーを幸子が嬉しそうに見ている。
「兄さん、お腹すいてるの?ぼくの分もあげるね」
「だめだ、野菜はちゃんと食え。おれの分もやる」
 ジョーにあげたつもりがなぜか増えている自分の皿の上の野菜に、健は“エ~!”と声を上げた。
「どうせなら肉をくれ」
「やだ!」
「あげるって言ったじゃないか」
「だから野菜だけなの!」
「おれは肉がいい」
「野菜ちゃんと食べろって言ったのは兄さんだよ」
「それはお前みたいな子どもがだ」
「Même un plus vieux frère est un enfant。(にいさんだってこどもじゃないか)」
「フランス語で話すな!」
「ジョージ・・・」さすがの鷲尾と幸子も呆れ顔だ。「健と同じレベルになってどうする」
 だって・・・と口をへの字に曲げるジョーを尻目に健が最後の肉をほおばった。

─ジョージ!─
 誰かが呼んだ。男の声だ。ジョーはその声の方へ走り出そうとした。だが腕をガッシリと掴まれていて動けない。
─ジョージ!─
 ジョーが振り向く。目にかかる金色の髪がサァと流れた。腕を掴んでいた男が彼を引っ張ったのだ。
 ファー?いや違う。黒い髪の日本人?
 では呼んでいるのは・・・鷲尾さん・・?

「!」
 ジョーが目を開け、体をソファから起こした。薄暗いそこは鷲尾の家の居間だ。そこには彼しかいなかった。
 目の前のテーブルにはエビアンが1本置かれている。
(そうか、シャワーの後、水を飲んでいるうちに・・・)
 時差のせいで体がまだEU時間に慣れていないのか。ジョーには珍しい事だ。ボトルはまだ冷たいから長い時間寝ていたわけではなさそうだ。
 しかし今の夢はいったい・・・。昼間あんな話を聞いたからだろうか。だが誘拐されたおれは赤ん坊だったはずだ。今の夢はどうみても10才くらいの─。
「まだ起きていたのか」パッと明りが点き鷲尾が立っていた。彼も風呂から上がったばかりのようだ。「そんな格好してると風邪をひくよ」
「あ─」
 見ると上半身何も着ていなかった。ソファに置いてあったTシャツを手に取る。面倒なので腕や足の包帯は取ってしまった。
 鷲尾もキッチンからミネラル・ウォーター(オ・ミネラル)のボトルを手に居間に戻ってきた。
「鷲尾さん」ジョーの呼ぶ声に、ん?と顔を向ける。「訊きそびれてたけど、モナコに何しに行くんですか?GP観戦じゃないでしょ」
「まあ、な・・」なぜか気まずげな表情でジョーの目から顔を逸らした。が、「実は国際警察の支部長会議がモナコで行われるんだ。前回とは違う国だが─」
 ああ、それでか。それでなんとなく言いにくそうだったのか。
「前回あんな事があったからな。しかし今回は君は遊びで行っていいんだよ。私に付いている事はない。ゆっくりモナコとGPを楽しみなさい」
 前回、地中海クルーズ船で行われた会議にジョーと神宮寺が護衛で同行した。ジョーはその時初めてロレンツォと会った・・・いや、会わされたのだ。すべてが計画されていた事だった。
「本当にそれだけ?何かやばい話とかないんですか」
「ない事もないが、それはいつもの事なのでね。さっ、もう寝なさい。明朝は健達の方が早いが、きっと一緒に起こされるよ」
 鷲尾はいつものようにジョーの髪をクシャと掻き2階の部屋へと戻って行った。
 だがジョーは鷲尾が何かを隠しているような気がしてならなかった。


       
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