コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

記憶の底にひそむもの 3

─ジョージ!─
 誰かが呼んでいる。男の声だ。
─ジョージ!─
 おれをジョージと呼ぶ人間は限られている。父か、あるいは鷲尾さん・・・
─ジョージ!─
 左手が痛い。誰かが掴んでいる。放せ!─鷲尾さん!?─目の前に金色の髪が流れた─      これは・・おれ?しかしおれは─痛い!放せ!
「!」
 何かを叫んで目が開いた。いや、実際には何も言ってはいないようだ。少なくとも自分の耳は聞いていない。
 ジョーはベッドに上半身を起こし肩で息をしていた。
 少し前からよく見るようになった夢─。金髪の少年が何かに捕らえられているような─。
 もしこれがジョーだとしたら中学生くらいの時の記憶か─。
 記憶?本当に自分の記憶なんだろうか。
 ジョーにははっきりそうだと言い切る自信がない。
 と、ドアをノックする音がした。なぜかビクッと体が跳ねた。
「ジョー」神宮寺だ。「もう7時だ。寝すぎだぞ。夕食食いに行こうぜ」
「・・ああ」いつもの彼の声にジョーはホッとした。「すぐ行く」
 ジョーは重い体をベッドから引き離した。仮眠室のドアを開ける。
 いつのも精悍な彼の貌に戻っていた。

 八王子の立て籠もり事件は夜の8時過ぎに解決した。
 警察側に3名の死傷者を出し、しかし人質は全員無事救出された。
 しかし確保された犯人の中にチーム1が追っていた手配中のテロリストはいなかった。人質の話からも犯人の人数が合わず、どうやら1人か2人がまんまと逃走したらしい。
 この事件でSATの事が世間に知れ渡り、また色々な問題も提議された。
 国際警察は日本の警察とはまったくの別組織だが互いに協力し合っているので、会議には森も出席する事となった。

警察庁2 

 霞が関の官庁街を1台の真っ赤なセリカが制限速度ギリギリで走って行く。そのスピードのまま合同庁舎二号館の駐車場に乗り入れた。
 車から降り立ったのはブルーのシャツの上に茶色の薄手のジャケットを着たジョーだ。
 スラリとした長身が入口への階段を上がる。警備員が厳しい目を向けて来た。その前に特別入館証を突き出す。
 森のお供で何回も来ているのだ。いいかげん覚えてくれ、と思うが彼らも仕事なので仕方がない。公安3課はこの5階にある。と
「ジョー」
 連絡がいったのかエレベータを降りると関が出迎えてくれた。
「すまんな、こっちだ」先に立って案内する。「ファーから聞き出して欲しい内容は森チーフに伝えてあるが、聞いているか?」
 ジョーが頷いた。
「ファーは君になら話すと言っている。どこまで本当かわからないが今はどんな小さな手掛かりでもほしい。だから頼む」
「・・・・・」
 ジョーはちょっと唇を噛み、だが小さく頷いた。
 2人は3課の前を通り過ぎ、その奥の取調室へと向かう。ドアの前には木村が立っていてかすかに頭を下げた。
「ジョーと2人だけでいい。記録はおれがとる」
 関がドアを開け先に入った。ジョーも続く。と、部屋の真ん中に置かれている机の向こうにファーがいた。ジョーに目をやりニヤリと笑う。
「After all I lived(やはり生きていたな)」ジョーは一瞬足を止めたがすぐにガタンとイスを乱暴に引き腰を下ろした。「おれもお前に胸を撃たれたが、幸いな事に急所は外れ─」
「思い出話をするつもりはない。日本におけるTEの拠点、及び目的を言え」
「早速かい?あまりせっかちだと女に嫌われるぜ」ヘラヘラ笑うファーにジョーの眉がピクッと動いた。スッと無言で立ち上がり踵を返す。「どうした?」
「あんたがしゃべらないのなら、おれがここにいる理由はない」
 そのままドアへと向かう。
「まあ待て。しゃべらないとは言っていない」
 ファーがジョーの座っていたイスをクイッと指差す。しばらくファーを見ていたジョーだが、やがて元の場所に腰を下ろした。
「もっとも、おれはベガスから直接日本に送られたから仲間と連絡はとっていない。今どこにいるのかもわからない」
「日本にアジトはあるのか?」
「ああ、いや、あったと言うべきだな。おれ達が日本を引き上げる時にぶち壊した」
「あんたの仲間が日本に入国したという情報がある。目的はわかるか?」
「さあ・・・。それは予定にはない。お前の英語はわかりやすい。あの日本人はクセが強くて何語かわからん」
 ファーがチラリと関を見た。関の眼が吊り上がった。
「アジトがないとしたら、入国した奴らはどこへ潜る?」
「やれやれ、余計なおしゃべりはなしってわけか」ファーがわざとらしいため息をつき、じっとジョーに目を向ける。そして、「Ich starb in Vater, der Wahrheit(親父さん、本当に死んだんだな)」
「─え」
 驚いてジョーが目を見開いた。今までの鉄仮面のような表情が消え戸惑いをみせる。が、
「Ich glaubte nicht, daß du Deutsch sprechen könntest (あんたがドイツ語を話せるとは思わなかった)
「Es ist 30 Jahre seit dann(30年ぶりだな)」
 突然、2人がドイツ語で話し始めたので関が戸惑っている。が、それに構わず、
「お前は日本の警察ではないだろ。何者だ?」
「そんな事、あんたに言う必要はない。今はおれの質問に答えろ」
「お前の親父もハンブルク市警ではなかった。お前と同じ仕事か?」
「おれの質問に答えろ。仲間はどこへ潜る。日本に来た目的は」
「お前も親父と同じ仕事をしているなら、いつかおれと─」
「親父の話はするな!」突然ジョーが机上にこぶしを振り下ろした。バンッ!と部屋中が震える。「それでおれを動揺させようったってそうはいかない。おれはあの時の真相を知っている。お前が何を言おうと、もう惑わされるものか」
「・・・・・」
 動揺しないと言いながら荒い息をついて自分に向かってくる男をファーはじっと見つめた。そして、
「何をそんなにイラついているんだ?おれの事が好きじゃないのはわかるがこれも仕事なんだろ?話を聞くだけなのに・・・まるでこれからミサイルにでも乗って敵地に突っ込むような殺気だ。あの事だってもう20年も前の話だぜ」
「──」
 言葉が継げずジョーの瞳が揺れた。
 そうだ、なぜおれはこんなにイラついている?ファーに会いたくない。しかし・・奴はおれの知らない親父を知っている。クロードや関のように・・。おれはそんな事にイラついているのか・・・。
「・・違う・・おれは・・・」
「どうした、ジョー?」気がつくと関が横に立っていた。「何を言ったんだ、ファー!」
「公安のおじさんが怒ってる。ドイツ語はやめよう」
 自分から話し出したくせに、とジョーが睨んだ。彼はなんとか自分を立て直そうとした。しかし一度崩れた想いを再び元の位置まで持って行くのは難しい。動揺も戸惑いも、明らかに彼の眼に現われている。ファーは見抜いているだろう。
 だが彼は、“おじさんと約束したから”とTEの日本でのアジトの場所─もっとももう誰もいないらしいが─2年前の山荘での事件、そして現在日本でTEに協力しているいくつかの組織をジョーに告げた。
 それらを表向き冷静に訊きながら、ジョーはファーの前に居続ける事ができた。

「早くからすまなかったな」取調室を出てそのまま廊下を進むジョーに追いつき関が言った。「だがTEに協力している組織がわかった。そこから残党等の居場所を探り出してやる」
 意気揚々の関に、しかしジョーは歩調を緩めず3課の前を通り過ぎる。
「なあ、ジョー。20年前の・・・君とファーの事は昨夜遅くに森チーフから聞いた。君がファーと会いたくないというのもわかった。だが今回はこれしか手がなかったんだ。すまん、ジョー」
 ジョーは驚いて足を止めた。自分がその事を気にして機嫌が悪いと思われているようだ。だが、そうではないとも言い切れない。ジョーは再び歩き出した。
「なあ、ファーとドイツ語で何を話していたんだ?」
「・・親父の事だ。今回の事とは関係ない」
「この埋め合わせはする。君の好きなものを奢るぜ」
「ホントに?」ジョーが足を止めた。「じゃあ女の子のいる店に連れてけよ。前に約束したじゃないか。ピカピカの色っぽい所に連れてってやるって」
「いいとも。ピチピチの女の子や男の子のいる店にな」
「・・男はいらねーよ」いやそうに眉をしかめるが、「今までの利子だ。神宮寺も誘っていいか?」 ああ、と関が頷いた。
「それじゃあ西崎や立花も。食い放題じゃないから高浜はいいか。あ、チーフや佐々木さんも一人身だし、いーかも」
「・・やめてくれ。破産する・・」
 情けない関の声に、アハハ・・・と笑いジョーはエレベータに乗ってしまった。光の表示が5から4へと移動していく。
「・・やっぱ無理させちまったかな・・」
 呟き、関はその光る数字を見つめていた。

 ジョーはエレベータの中に誰もいない事を確認して壁に肩をつけてホッと息をついた。
 ファーの顔を見て、彼に悪感情を持っていない自分に驚いた。ずっと顔を合わせていたい相手ではないが、もし親父の事を話してくれるのなら聞きたいと思った。だが今はその状況ではない。
 もう2度と彼に会う事はないだろう。その方がいい、とジョーは思い1階のフロアに出た。出口で警備員がジロリと目を向けて来たが無視した。
 コードレスキーでセリカのドアを開け、ふと5階に目をやる。もちろん壁と窓しか見えないがしばらくぼんやりと眺めセリカに乗り込んだ。
 そんな彼を見つめるいくつかの眼がある事に珍しくもジョーは気がつかなかった。
「ベガスでサントスと一緒にいた男だ」いくつかの眼の中の1人が言った。ドウラだ。ラスベガスで会った元アメリカン・マフェアの男で、今は便利屋をしている。「間違いない。奴がここにいるって事はやはりファーは」
 と、目の前の建物を見上げた。その間にセリカが駐車場を出て内堀通りへと左折した。これからJBへと向かう。
「それならあいつに訊いてみようぜ」
 黒髪の男が車を発進させた。三宅坂を過ぎ新宿通りへと入って行くセリカの後を追う。平日の午前だがかなりの車通りだ。
「だが、あいつがサントスの仲間なら警察か特殊部隊だ。ひと筋なわではいかないぞ。それに・・」ドウラがちょっと言葉を切った。が、「あいつ、若いくせにすごい迫力だ。サントス以上の威圧感を持つ奴を始めて見た。できれば関わりたくない」
「だがファーを取り返さなければならない」
 ステアリングを握りしめ、黒髪の男は3、4台先を行く赤いセリカに目を向けた。

「Oh!Mister!I wanted to meet!(おう、ミスター!会いたかったぞお!)」
 突如、JBの広い食堂にクセのある英語が響き渡った。入口から1番遠い窓際にいた4、5人の男が振り返る。
「サントス!」神宮寺は、ドスドスと自分に迫ってくるサントスの広げた両腕をヒョイと避けた。「驚いたな。いつ日本に来たんだ?TEの件か?」
「2時間前に着いた。TEの残党が日本に渡ったと情報が入ったんでな。アメリカで全員を捕まえられなかった。だから日本行きを志願した。これから公安へ行く」
「これからって・・、そっちが先じゃないのか?」
「日本に来たのにジングージの顔を見ないで仕事ができるかい!」
 ガハガハと笑うサントスに神宮寺は苦笑し、周りの洸や西崎達はポカンと彼を見上げている。
「でかいなあ・・」洸が呟いた。「彼が例のサンドイッチの大男?」
 サンドイッチ?と神宮寺が首を傾げた。サントスの相棒のバートンと共に2人を皆に紹介する。
「ジョーは今公安に行っている。君とは入れ違いになるな」
「セキの所か?日本の警察は職務中でもデートOKなのか?」
「そんな事ジョーの前で言ってみろ。当分アメリカの土は踏めなくなるぞ」
「いいぜー。ジングージに看病してもらえるなら」
 ムフムフと嬉しそうに微笑むサントスに神宮寺以外の男達はちょっと身を引いた。
「さあ、もういいだろ、サントス。迎えの車が待ちくたびれてるぜ」バートンの言葉に皆怪訝そうな目を向ける。「公安が成田まで迎えを寄こしてくれたのにサントスが、“先にJBに、とにかくJBに、まずはJBに”と脅しこっちに来たんだ。公安車両を下に待たせてる」
 ヒェェ~~と男達が声を上げる。
「じゃあまたな、ジングー」
 バートンがサントスの腕を掴み、その巨体を引っ張って行く。
「ジングージ!仕事が終わったらロッポンギやシンジュクの可愛いのいる所に遊びに行こうな~」
 サントスの声がだんだんフェード・アウトしていきやがて消えた。皆ホ~と息をつく。
「なるほど・・。大男とミスターはやはりそーいう関係で・・」
 洸の頭がパカンと鳴った。
「見掛けほど怖くないし、口で言う程無茶はしないぜ。ニッと笑って無茶苦茶な事をするジョーに比べれば可愛い方で─」
「でも公安車両を待たせた事でチーフに文句が入ったらどうするの・・」
「・・・・・」
 どうすると言われても神宮寺のせいではない。
「それよりジョーとサントスが公安で鉢合わせにならない事を祈ろう」立花だ。彼はラスベガスでサントスと一緒に仕事をしている。「庁舎で国際警察のでかいのが2人、“神宮寺に手を出すな!”って言い争っていたなんてチーフに報告が入ったりしたら─」
「・・・・・」
 これも神宮寺のせいではないが・・・。なんとなく眩暈がした。



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