コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

闇に溶け込む黒い影 6


「お前役者になれるぜ、神宮寺」北川組の事務所を出て、路上駐車したままのRX-8に戻りながらジョーが言った。「それも詐欺師役専門の」
「お褒めの言葉として貰っとくよ」
 助手席のドアを開け神宮寺が言った。
 彼らは北川に、ここ2日程新宿界隈で集めたノーマンに関する話を報告にきたのだがそのほとんどはガセネタだ。
 だがそれでいい。
 彼らは北川組が掴んでいる情報を引き出しに来たのだ。
 もっとも大した情報はなく、ただここ1ヶ月程天道会の羽振りが良くなったという話を聞いた。
 天道会は元々池袋をシマにしていたが、最近新宿にも事務所を出したそうだ。組員も増え、あちこちの組織と取引をしているという。
 北川はその資金源はノーマンの持ち逃げしたヘロインだと思っているようだ。
 だが相手は自分の組より大きな組なので容易には手出しできない。しかし、もし何かきっかけがあれば・・・。
「彼らはめったな事では闘争はしないが、物が60憶のヘロインとなれば─」
「おれならとっくに殴り込みをかけてるぜ」
 ジョーは口元をニッと歪めると、タイヤを鳴らして飛び出した。

「あ~あ、こう毎日朝方まで遊ぶっていうのもけっこう疲れるぜ」
 ダブルJ室のソファに体を投げ出しジョーが、“ん~”と伸びをした。毎日と言ってもまだ3日目だ。
「お前はよく毎晩あれだけ飲めるよな」寝っ転がったまま、デスクに付いている神宮寺に目を向ける。「そのうえ、まだ仕事しようというんだから感心するぜ」
「確かに〝従業員〝の数が増えているな。事務所も歌舞伎町に出しているし」
 神宮寺の前のモニタには天道会のデータが映し出されている。TEの事件の際に集められたものだ。JBのサーバによって常に更新されている。
「TEからも大量の武器を買収しようとしていたしな。北川の読みは当たっているかもしれない」
「だがよ、でかいとはいえ街内の暴力団だぜ。バーズカとか要るのかよ」
「・・・どこかの組織に転売しているのかもしれないな」
 虚しさを感じさせる神宮寺の口調に、“こいつ疲れているな”とジョーは思った。
 怪我を負っての入院とはいえ、ジョーは3日程病院で休んでいる。だがオフに事件に巻き込まれた神宮寺は─関やサントスもだが─あれからまとまった休みは取っていない。
 若さと体力には自信のある彼らだが、それを有効に使うには休みは大切なのだが今は無理だ。
「この事件(ヤマ)が片付いたらホテルのプールにでも行って、水着のかわい子ちゃんを目にのんびりと寝っ転がろーぜ」
「いいな、それ」
 今も寝っ転がっているジョーに苦笑し神宮寺が微笑んだ。
「でも、2人だけでホテルに行ったなんて知ったらサントスが牙剥くな」
「・・・ホテルのプール、と言え」
 神宮寺がいやそうにジョーを見る。と、

「ジングーとホテルへ行くだと!」
 バンッ!とドアが開き、大声が飛び込んで来た。
「サントス!」
 ジョーが驚いて上半身を起こした。同時に室内フォンが鳴る。
「ロッポンギのホテルか!なんでおれを誘わない!」
「まだ行ってねえぜ!あ、苦しい。どけ、サントス!」
 ソファに押し付けられたジョーがサントスの腹に足を掛け、思いっきり後ろに飛ばした。ドーン!と室内が揺れる。
「・・・ええ、もう来てますよ」
 1階の管理課から、サントスが入口を強行突破したという知らせだ。こちらのバタバタがフォンを通して聞こえるのか、相手はそれ以上何も言えず沈黙してしまった。
「サントスはこのまま引き取りますから」
「報告が遅いぞ、管理課!不法侵入で放っぽり出せ!」ジョーの怒りの声もしっかり聞こえているのだろう。プツンとフォンが切れた。「逃げるな!」
「いいかげんにしろ、ジョー。サントスもだ」
 う~、とジョーに牙を剥いていたサントスだが、神宮寺に言われては仕方がない。ちょっと気まずげに神宮寺に目を向ける。
「コーヒー飲むか?」
 差し出されたカップをオズオズと、だが嬉しそうに手に取る。ジョーがブスッと顔をしかめソファに腰を下ろした。

「で、何の用だ? ドウラも退院して明日にも帰国すると聞いていたが」
 だがサントスは答えない。じーと神宮寺を見る。そして、
「目の下にクマができてるぜ。寝てないのか、ジングー」
「ああ、これは夜通しジョーと新宿で─」
「シンジュクのホテルか!」キッとジョーに顔を向ける。と、ニッと白い歯を見せジョーが挑発する。「てめえ!セキに言うぞ! 公安委員会の呼び出し食って─」
 ふと神宮寺と目が合った。表情は先程と変わらないが明らかに怒っている。無言の圧力はかなり怖い。
「いや・・・、ファー達の移送はヤマモトが行く事になった」
「山本が?なんで?」口々に2人が訊いた。「日本に残りたくて脅したのか」
「違うよ。ガム3コで快く引き受けてくれたぜ」
 子どもじゃあるまいし、大方サントスに強引に迫られたのだろう。さすがの関も部下を守れなかったようだ。
「だから手伝いに来た。体力には自信がある。夜通しでも昼通しでも大丈夫だ」
「言ったろ。あんたにウロウロされるとかえって面倒だ。さっさとアメリカへ帰れっ」
「待て、ジョー」神宮寺がジョーを遮りちょっと考える。「ニューヨーク支部の許可は取ったのか?」
「い、いや、それはまだだが─」
「そうか。ではその件は森チーフに頼もう」神宮寺! と咎めるジョーを再び制し、神宮寺はこれまでの経過を簡単に説明した。そして、「おれ達も北川の親分同様ノーマンは天道会が匿っていると思う。そこでちょっと新宿を掻き回してくれるか?」
「OKだぜ、ジングージ! 夜通し♪夜通し♪」
 なぜか喜ぶサントスを尻目に、ジョーはムスッとした表情のまま自分のカップにコーヒーを注いだ。と、
「おれにもくれよ、ジョー。長い夜はまだ続きそうだしな」
 サントスに指示を与えながら神宮寺が片目を瞑ってみせた。

 新宿にノーマン出現! の情報は、その行方を追っている者達の間であっという間に広まった。
 それも朝は西新宿のビル街、昼は南口のデパート、夜は歌舞伎町と1ヶ所に留まらない。 
さすがに北川組はそのノーマンを例の外国人ではないかと疑っていたが、訊かれた神宮寺が、“友人(サントス)は今東京にいない”と答え一応それを信じたようだ。
 もちろんこれは神宮寺に頼まれたサントスの仕業である。
 さすがのダブルJも推理だけで天道会に手を出す事はできない。そこで天道会が押さえているであろう〝ノーマン〝を街内に出す事で様子を見る事にした。
 ヘロインを狙っているいくつかの組織が活気づき、今までより大人数の組員を街内に送り出している。昼間でもそいつらの顔をよく見るようになったと新宿署特別課の左近が報告してきた。
 が、そんななかでひとつだけ─そう、天道会だけは今までと変わらず静かに〝ノーマン〝を追い掛けている。ヘタに大騒ぎをするとマズイと思っているように。

「やっぱ怪しいよな、天道会」ウーロンハイのグラスを振りながらジョーが言った。隣に座る神宮寺が頷く。「自分の所で押さえているはずの〝ノーマン〝が動き回っているんだ。ヘタに動けないよな」
「だがこのままにもしておけないだろう。ヘタするとサントスがやられる」
 〝ノーマン出現!〝から2日目の夜だ。2人は西部新宿駅近くの雑居ビル上階の小さな居酒屋にいる。
 この店はいくつかの組の下っ端がよく利用する店だと聞いたのだ。
「サントスがうまく動いてくれて、今のところ北川組の連中にもノーマンではない事はバレていないが」
「あいつなら大丈夫さ。鉛弾だって跳ね返しちまうだろうぜ」グラスの中味を一気に飲み干した。「うわっ、氷が解けてウーロン茶になってる」
「お前にはちょうどいいな」神宮寺がロックグラスを口元に近づける。が、「・・・なんかキナ臭くないか?」
 キナ? とジョーが首を傾げたとたん、ジリリリ・・・と火災報知機の音が店内に響き渡った。が、店内にいる15、6人の男達はもう相当に酔っているのか反応が鈍い。
 だが店員がドアを開けると黒い煙がドッと入り込んで来た。やっと事の次第を知り騒然となる。
 何人かの男達が廊下に飛び出した。
 このフロアには小さな店が5軒入居している。そこの客達が狭い階段に集中する。エレベータのドアを開け、乗り込む者もいる。
「だめだ! エレベータは使うな!」
 神宮寺が叫んだが、それより早くドアが閉まった。
 やがて階段から大量の黒い煙が昇って来た。火元はすぐ下なのだろうか。
 その煙の中を強行突破する男達もいた。連鎖するように皆あとに続く。
 しかし廊下に煙が充満していれば、とても1階までは辿り着けないだろう。
「くそォ! 非常口が開かないぜ!」緑のランプの下のドアをガシャガシャしていたジョーが怒鳴った。「今開かなくていつ使うんだよ!」
 ジョーは胸のウッズマンに手を伸ばした。が、さすがにこれだけ人のいる所で取り出すのは躊躇った。
「上だ!」
「屋上へ出よう!」
 誰かが叫んだ。逃げ遅れていた20人程の男達が階段を駆け上がっていく。
 神宮寺もジョーもその勢いに巻き込まれるようにひとつ上のフロアへ昇る。が、
「ドアが開かない!」
「カギが掛かっているぞ!」
 屋上へのドアは通常カギを掛けているものだ。もちろん店員も合いカギを持ってはいない。
「どけっ」ジョーが男達を掻き分けドアの前に踞む。ベルトから針金を取り出し鍵穴に差し込むが、「だめだ。錆びついてて動かねえ」
「ビルの管理責任が問われるな」
「くそォ、出られたらおれが問い質してやる」
 ジョーがチラリと神宮寺に目を向けた。右手が胸を押さえている。と、神宮寺が頷き、男達を階段の方へ少し押し戻した。
 パニックになっている男達は考える間もなく、ジョーが死角になる所まで移動する。
 ジョーの右手がウッズマンを掴みドアノブに向けて続けて2発発砲した。
 ノブが折れた。バンッ! とジョーがドアを蹴る。冷たい風が流れ込んで来た。
「早く出るんだ!」
 神宮寺の言葉に男達が一斉に屋上へと走り出た。
 もうその頃には消防車の放水が始まっていた。眼下ではいくつもの赤いライトが点滅している。
 男達が声を上げてそんな光景を見降ろしている。
「ジョー」
 神宮寺が呼び、2人は男達の集団からソッと離れた。
 もうここにいれば安全だ。後は救助を待つだけだ。しかしそれまで2人がここにいるわけにはいかない。
 彼らは屋上の低い柵を乗り越えた。
「ここら辺はビルがくっついているから助かるな」
 バッと隣のビルの屋上へと飛び移った。ジョーもすぐ後ろに降りる。
 だが屋上から階段に通じるドアもカギが掛かっている。針金を差し込んだが、ここも錆びているのか開かなかった。
「ひでえなあ。ちゃんと管理しろよ」ジョーが舌を打つ。「ウッズマンでぶっ飛ばしてやるかっ」 
 が、さすがにそれはマズイだろう。
 仕方なく、もうひとつ向こうのビルに移動する。
 消防か報道機関のヘリが来る前にどこかへ入り込みたい。と、そのビルのドアは針金で簡単に開ける事ができた。
「物騒だなあ。もっとちゃんとしたカギにしておけよ」
 勝手な事を言いジョーがドアを開けた。

『これが昨夜のビル火災の現場検証の調査書だ』
 パソコンのモニタに映る左近の横にポンとフォルダがひとつ現われた。中のファイルを開ける。
「ええ、確かに」モニタは書面でいっぱいになり左近が消えたので、神宮寺がインカムに向かって言った。「お手数かけてすみません」
『それを読むと、どうも放火らしい。まったくどこかの問題児が問題児を放して新宿を掻き回しているし・・。苦労が絶えない』左近の言葉に眉を八の字にして神宮寺が笑った。『その問題児はそろそろ回収した方がいいよ』
「わかりました」通信を切り書面に目を通す。横からジョーもモニタを覗いたが漢字が多くて早々に諦めた。「ジョー、漢字をちゃんと読めないとまずいぜ」
「お前が読んで説明してくれればいいさ」
「子どもに漢字の名前を付けて、それが書けない親っていうのも格好悪いぜ」
「アルファベットにするからいいよ」
 彼自身、日本で名前を書く時はアルファベットだ。別にそれで困った事はない。
「漢字って、なんであんなにゴチャゴチャしてるのかな。お前がおれのレース用に付けてくれた〝譲二〝の〝譲〝なんて、いつまで書いてれば終わるんだ! ってくらい書くぜ」

 レースで上位に入ると公式ホームページなどで名前が発表される。
 本名を名乗れないジョーのために神宮寺が付けてくれた〝浅倉譲二〝。
 確かに〝譲〝の画数はやたら多い。自分の名前なのにカンニングペーパーがいる。

「漢字を覚えてもらうための親心さ」2枚目の調査書に移る神宮寺を横目に、いや絶対いやがらせだ、とジョーは思った。「それよりこれを見ろ。絵だから大丈夫だろう」
 指差す先はビルの見取り図だ。
 10階建ての細長いビルの8階が出火現場だった。火の勢いより煙突現象であっという間に神宮寺達がいた10階まで煙が昇ってきたらしい。
 幸い死傷者は0だったが、屋上に出られなければこの数字は増えていただろう。
「放火の疑いがある、と書かれているが」
「お前が調べてるって事は、これはおれ達を狙っての放火だと思っているのか?」
「いや、狙われたとしたらおれ達2人だけではなく、あそこにいた各組の下っ端達・・・」
 2人がいた店も、その他の店も下っ端達がよく利用していた店だ。当然ノーマンに関するやり取りもあっただろう。それがうるさかったのだろうか?
「それでまとめて片付けちまえってか?」ジョーの眉がギュッと寄る。「お前の考えすぎだといいな」
 だが神宮寺は返事もせず、ジョーも本当にそう思っているわけではない。こういう時の神宮寺のカンは外れた事がないのだ。
 そしてその日の夕方、火災に遭ったビル内の防犯カメラの映像から1人の男が放火の容疑で全国に指名手配された。


                                7 へ

スポンサーサイト