コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

一緒に歩こう この道を 1


「やっぱり変だ。何かあったんだよ」食堂のいつもの窓側の席を遠巻きにして男達がヒソヒソ話す。「あの4人がバテてるんだ。よほど大きな事件(ヤマ)だな」
「いや、彼らは今事件を担当していないはずだが」チームリーダーの西崎が言った。「それともおれ達に話せない極秘任務なのか・・・」
 窓側の4人に目を向けた。そこはいつもの彼らのお気に入りの場所だった。4人のSメンバーと彼らのバックアップを担当する事の多いチーム1(ワン)が集まり、雑談する場所だ。
 彼らは年令も近く仕事はもちろん遊びもいたずら(?)も一緒にする。独特な雰囲気が漂う場所で他のメンバーはあまり近寄らない。
 しかし今日ばかりは、そのチーム1の面々もなんとなく近寄りがたい空気が窓側を占めている。
 見るとそこにはJBのSメンバーの神宮寺、ジョー、一平、洸とこれまた独特な雰囲気を持つ奴らが、しかし固まってグッタリしている。
 目の前にあるコーヒーに手をつけているのは神宮寺ぐらいで、後の3人はただただテーブルに懐いていた。
「ヘタばってるSメンバーというのも・・・いやだな」
 西崎の言葉に周りの男達がウンウンと頷いた。

 昼時という事もありJBの食堂は混んでいた。
 JBには決まった昼休みの時間はなく個人に任されているが、やはり12時や夜は8時前後が1番利用者が多い。
 ここで食事を摂るのは事件を抱えていない者がほとんどだが、今日はいつもより多いようだ。
 が、混んでいる室内にポカンと空いている空間がある。例のSメンバー4人が占めている、新宿御苑が眼下に見える窓側の一角である。
 そこだけどんよりとした空気が流れ、西崎達でさえ近寄れないのだから他のメンバーがその近くで食事を摂ろうとは思わないだろう。と、
「食事、どうする?」神宮寺が訊いた。「何か持ってくるか?」
「パス」
「おれも」
「me too」
 3人が口々に言う。
「頭の中で中性子とプルトニウムがケンカしてる。メシ食ったらウランも仲間入りしそうだ」
「情けない事言うなよ、一平。それじゃあ核爆発しちまうぞ」
「そりゃお前は物理だの化学だの得意だからいいさ」目の下にクマを作っているジョーが言った。「おれ中学しか出てないんだぜ。そんなの知るかよ」
「自慢するな。それに今日のは中学生でもわかる内容だったぞ」
「悪かったなっ!」
 ドンッ! とジョーがテーブルを叩く。食堂にいた全員がビクンと跳ねた。気のせいか皆の食事スピードが上がる。ガタガタバタバタ・・・とあわてて出て行く者もいる。
「ま・・・、鉛のミクロサターンやニュートリノ爆弾の話はおもしろかったけど・・・」
「・・・・・」
 そんな話しただろうか、と神宮寺は思った。
「あ~あ、まさかこの年になって、また物理や化学で苦労するとは思わなかったよ!」
 わめく洸に他のメンバー3人もため息を吐き出した。

 Sメンバー4人に森から指令が下ったのは3日前だった。2階の小会議室に呼ばれ、そのまま物理学の講義を受けるはめになった。
 森いわく、“将来は今まで以上に科学の進歩に伴った事件が多くなるだろう。その基礎知識を持つ事は、これから世界を背負って立つ君達のような優秀な国際警察のメンバーには必要な事で─”
 要するに文句を言わず講義を受けろ、という事だ。
 チーフの命令である以上彼らに逆らう術はなく、それでも中・高校と科学部にいた神宮寺以外の3人には、銃撃戦よりきつい! と3日間文句が途切れる事はなかった。
 が、さすがに4日目ともなると文句を言う気力もなくなり、仲の良いチーム1の面々さえ近寄れないどんよりとした空気が4人を支配し始めた。

「風邪ひかないかな、おれ・・・」ポツリと一平が言う。「丈夫なおれってイヤ・・・」
「バイクで首都高からぶっ飛んで全治1ヶ月って言おうかな、ぼく・・・」
「せめて女性の講師にしてくれねえかな。男の声じゃ寝られねえ」
「お、お前ら・・・」
 眉を八の時にして神宮寺が苦笑する。と、
「ヘタばっているSメンバーというのも、なかなか見ものだね」
「佐々木さん」
 無謀にもその空間に入って来たのはサブチーフの佐々木だ。
「今、事件が起きても、ぼく達出動できませんからね~」
 そりゃ大変だ、と笑われた。
「昼食ですか?」トレイにはカレーセットが乗っている。「いつもより遅いですね」
「うん。会議が長引いてね。山田さんや富山さんももう来るだろう」
「えっ」
 と、ジョーがテーブルから体を起こし立ち上がった。妙にソワソワしている。
「何かやったのか?」ジロリと神宮寺が睨む。「〝警察〝が来ると聞いてビクつくとは」
「いや、別に」再び腰を下ろす。「それよりおれ達いつまであの講義受けるんですか?」
「さあね・・・。チーフがのってるからね。当分続くんじゃないかな」
「おれ達は国際警察で科学忍者隊じゃないんですよ」誰かにDVDでも借りたのか?「それともどこかの国がV2計画を実行しようとして─」
「とにかくマイナスになる事はないし、もう少し学生気分を味わうのもいいだろう」
「やだ! マグマの中でニュートリノを爆発させてやる!」
「ジョー!」
 ふいに呼ばれジョーが立ち上がる。小声でやばっと呟いた。声の主は管理課々長の富山だ。
「この前の始末書にチーフのサインが抜けていたぞ。見せていないのだろう」
「始末書?」
「なにやったんですか?」
「捜査車両を3台解体した」
 富山の言葉に、え~!? と声が上がった。
「だって講義ばかりでムシャクシャしてよ。だからちょっとエンジンでも診てやろうかな~って」
「好意はありがたいが、だったらちゃんと元に戻せるように解体してくれ」
「子どもか、お前は」
「ホントにレーサー?」
「戻せないなら解体じゃなくて─」
「あ~、もう、わかったよ! ちゃんと戻せるようにぶっ壊せばいいんだろ!」
 なんか・・・いや、絶対違う。が、ジョーはその気で食堂から出て行った。
「車両が全部解体されないうちに講義を終わらせた方がいいと思いますが」
 神宮寺の言葉に、う~んと佐々木が唸った。

「へえ~、ここが結城さんが手に入れたテストコースか」
 目の前に広がる緑の木々に映える白いテストコースを見て、ジョーがう~んと伸びをした。空には雲ひとつなく青い空が広がっている。
「小平市の市外にこんな所があるなんて知らなかったな」
「元は大手自動車メーカーのテストコースだ」JB車両のメンテナンスを担当している結城自動車工業の社長が言った。「これからまだ整備しなければレーシングカーは走れないがね」
「一周5キロもあれば立派にレースができますね」久々の外での任務に神宮寺の表情も明るい。「いいなァ。日本でエアレースをしている所はないしな」
 と、ジョーのレース時のピットクルーを務めてくれる結城の部下達が、まだカバーに包まれた車体をゴロゴロと押して来た。
 ジョーの眼が吸い寄せられる。神宮寺と佐々木も目を向けた。
「これがテスト走行をお願いする車両です」
 結城の部下ではないベージュの作業服を着た男がカバーを取る。真っ黒な車体が現われた。
「スカイライン?」
 ジョーが呟く。
 確かにフォルムはスカイライン250GTに似ている。しかしメーカーのマークもエンブレムもない。車内も運転席は確保されているが、その他の空間は機械でいっぱいだ。まるでGTマシンである。
 ジョーは癖で重量の計算をしていたが、
「問題は車体ではありません。燃料ですから」
 作業着の男がにこやかに言う。

 午後からの講義に出なければ、とうんざりしていたダブルJに森からの指令が下った。洸や一平の不満の声を背に、2人はすぐさま7階へと駆け付けた。
 森から2人への指令は、テスト走行をする車の警備とジョーにはその車のドライバーを務める事だった。
 ドライバーは嬉しいがなんで警備を? と訊くと、その車は実は結城自動車工業が政府からの要請を受け密かに開発していたもので、燃料にはMOXを使用するという。
 2人は驚いた。講義を受けていなくてもMOX燃料の事は知っている。

 ウランには核分裂しやすいウラン235と、しにくい238があり、ウラン燃料は235の割合を3~5パーセントに高めたものだが、この235の代わりに再処理工場で使用済みの燃料から取り出したプルトニウムを使うのがウラン・プルトニウム混合酸化物燃料─つまりMOXだ。
 これを通常の原子力発電所で利用する事をプルサーマルという。言わばプルトニウムのリサイクルだ。
 地球温暖化や大気汚染が大きな問題になっている現在、無公害エネルギーの開発は各国の最重要事項であり急務を要する。原子力はもちろん、電気そして水素と車の燃料の新規開発も行われている。
 しかしMOXは核物質だ。それを車の燃料にするというのか─。

 が、2人の感想はともかく政府の研究機関が開発、実験を行っているのは確かだ。もちろん最重要秘密事項である。
 この事は何年か前から森と佐々木にだけは話が行っていた。いざという時の協力を日本の警察ではない彼らに頼むためだ。
 そして彼らと繋がりのある結城自動車工業にも協力を依頼した。知っているのは結城と沢口、そしてメカニックに携わる一部の社員だけだ。そして今日その試作車1号のテスト走行となる。

「実はドライバーをどうしようかと思いましてね。結城さんに相談したのです」作業服の─政府の研究機関の植田といったが─相変わらずにこやかな顔で結城を見る。「そうしたら警備を頼む国際警察の中にぴったりの人物がいると言われましてね。よろしくお願します」
 植田が目の前のジョーに握手を求めた。
「おれはただ、ここを走るだけでいいんですね?」
 はい、と植田が頷く。
 このテストコースは結城の夢─将来、自前のサーキット場を作りレース部門をそこへ移す─その第一歩だ。と、同時に結城にブルーコンドルを預けているジョーの夢でもある。
「それにしてもすごい事を考えましたね」沢口と打ち合わせを始めたジョーを見送り神宮寺が呆れと感心を半々に言った。「ひとつ間違えたら・・・」
「詳しくは言えないが、MOXが収納されている容器は核廃棄物輸送用の物と同等の強度を要し、決められた11の試験にも合格している。もちろん危険が皆無ではないが」
 ふと結城がコースに目を向けた。
「このまま温暖化が進み、その原因のひとつとしてカーレースが無くなるような事になったら・・・。私の我儘だがね」
「・・・・・」危険性は高い。だが結城の気持ちもわかる。「これがうまくいったらジェット機やロケットにも転用できますね。今回は飛行機の実験はないんですか?」
「この車両だけです」植田が言った。「地上の方がデータが取りやすいので」
「やっぱ地上を走る方が安全なのさ」
 愛用のレーサーグラブをキュッと鳴らしジョーが神宮寺に目を向け、が、すぐにスカイラインに向かう。
 MOX燃料の臨界力を利用してエンジンを動かす車に乗るなんて怖くないのかと神宮寺は思った。が、ジョーにそんな考えはないようだ。
 ある意味ジョーの方がMOXより怖い。乗れと言われ、それが地上を走る物ならジョーは躊躇わず乗り込むだろう。
 エンジンを掛けステアリングを握り、精悍な顔に強気の笑みを浮かべただ前へと─。

 突然、ブロロ・・・と上がるエンジン音に神宮寺がハッと顔を上げた。スカイラインの運転席に満面笑みのジョーが見えた。
「へっ、いい吹き上がりだぜ」
 左手がステアリングをギュッと掴む。いつものジョーのスタイルだ。
 近づいた植田が何か言っている。が、ジョーは飛び出したくてウズウズしている。
 植田が離れたとたんスカイラインがバッと飛び出した。
 レースの時によく見る走り出しだが、植田は驚いたようだ。インカムに向かって、
「もう少しスピードを落として」
 と言っている。
 気の毒に・・・と〝両方〝を思い、神宮寺は佐々木と並んでジョーの走りを見ていた。
 彼らのいる位置からわずかの間ジョーの車が見えなくなった。が、その走りはエンジン音を聞けばわかる。
 テスト車両もジョーも快調だ。植田とメカニックは送られてくるデータの集計に追われている。
 少し離れた所には、環境モニタリング・カーが万一に備え監視の目を光らせている。
 一周5キロのコースをジョーは3分も掛からず戻って来た。もちろん止まらず、彼らの目の前を走り抜ける。見ためは普通の車とまったく変わらない。
「ジョー、スピードを20キロ落とせ」インカムで沢口が伝える。「80キロを保ってくれ」
『えー、そんなスピードじゃMOXが泣くぜ!』スピーカーからジョーの声が響く。『解体のご褒美なんだから、もっと走らせてよ!』
 解体って? と首を傾げる沢口に、さあ、と神宮寺が恍けた。
 コース周りは木々や高い塀に囲まれているが吹き抜ける風は心地よく、やはりおれ達は外で仕事をするのが1番だと思った。
 目の前を喜んで走り抜けるスカイラインを見て、この分ではあの車からジョーを降ろすのは苦労するなと思った瞬間、神宮寺の体がビクンと跳ねた。
 全身をチリチリと痛いような感覚が押し包む。すぐさま走り出し、沢口のインカムをバッと取った。そして、
「戻れ、ジョー!ピットに入れ!」
 叫ぶ神宮寺に、いえ、まだと植田は戸惑っていたが佐々木や結城達の反応は早かった。
 すぐに機材をピット代わりにしているガレージに移しシャッターを降ろす。隣のガレージにスカイラインが入れるスペースを作った。
『ラジャ』
 神宮寺の言葉をジョーも疑わない。80キロに抑えていたスピードを上げてピットの戻って来た。そのままガレージに飛び込む。シャッターが降ろされた。
「結城さん」
 神宮寺に呼ばれ結城が彼の指差す方を見ると、何かがキラリと光っていた。
「カメラか?」
 おそらく、と神宮寺が頷く。彼らも建物の中に入った。
「なんだよ、産業スパイか?」
 フルフェイスのヘルメットを取りジョーが訊いた。
 枯葉色の髪がバサッと跳ね、楽しく走っていたのに、と不機嫌を顔面に貼り付けている。
「今日のテストの事は一部の人間しか知りません」植田も困惑を隠せない。「上の指示を仰ぎますので少しお待ちください」
 が、神宮寺が裏口から出て行くのを見ると、ポンと結城にヘルメットを放りジョーも後を追った。



                                 2へつづく
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