コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Three days 完

「うわっ、ひでえな、こりゃ」
 目はもちろん口の中まで細かい埃が入ってくる。体を動かすと、ザーとコンクリート片がジョーの体を滑り落ちた。
「おばさん、大丈夫ですか?」
「ええ、私は─」目の前のジョーを見る。「ジョーさん、血が─」
「ああ・・」額を血が流れ落ちてきた。「大丈夫ですよ。おい、神宮寺、無事か?」
「なんとかな。だけど・・まずいぜ」
 落ちてきたコンクリート片は幸い細かい物ばかりだった。目や口に入ってくるのには閉口したが、当たっても大ケガをする事はないだろう。
「もしかしたら、この上の階で座屈が起きているかもしれない」
「ザクツって、なんです?」
 たまたまそばにいたマネージャーが訊いた。
 神宮寺は一瞬ジョーと顔を見合わせたが、ジョーが頷くとマネージャーに目を向けた。
「地震の揺れに建物の柱が耐え切れなくなって崩壊する事です。上の6階はおそらく─」
 その説明にマネージャーは真っ青になった。不安がらせるのは良くないが、彼はこの場の責任者だ。状況を確かめ冷静に判断する義務がある。
 その彼の目に2人の若者が頼りがいのあるように映ったのだろう。このような状況に慣れているような─。
「申し遅れました。マネージャーの坂井です。実は先ほど消防に電話を入れたのですが混線しているらしく繋がりません。エレベータも動きませんし、このフロアから出る事は─」
 たとえエレベータが動いても災害時に使用するのは厳禁だ。
「とにかく他の客が動揺しないように、付いていてあげてください」
「なにか暖かい物でもお出ししましょうか」
「なに言ってる。火は厳禁だ」
 ジョーが睨む。そ、そうでした、と坂井が身を竦ませた。
「チョコレートか、甘いものがあったら─」神宮寺の言葉に坂井は頷くと厨房に向かった。「ジョー、素人相手にあまり尖るな」
「わかってるけど、あまりに無防備だぜ。日本は地震国なのに」
「無理もない。今すぐ大地震が起こるなんて誰も考えてやしないさ」
「だがよ、責任者ならそこはキチンと─」
 ふいにジョーの目の前にキャンディが現れた。驚いて口を閉じる。見ると和美がにっこり笑っていた。
「甘いものは気分を落ちつかせるわ。はい、力さんも」
 ジョーと息子の手を取ると1粒づつキャンディを握らせた。
 神宮寺が苦笑して口に入れる。ジョーも決まり悪げに、だが袋をビッと破いて口に放り込んだ。が、顔をしかめる。
「母さん・・・」やはり顔をしかめた神宮寺が、「これ、すっぱい・・・甘くないよ」
「あら」
 和美が袋を見ると?甘酸っぱい梅干味?と書かれていた。困ったような目を向ける彼女に神宮寺とジョーの口元が綻ぶ。と、リンクが振動した。
「洸か」
 神宮寺がケータイを取り出し、それを使っているように装う。
『良かった、ミスター。無事だね』洸の声に神宮寺が大丈夫だと答えた。『大きな地震が起きたんだ。ミスター達のいるホテルがテレビに映ってる。上の階が傾いてるよ』
「完全に潰れてはいないんだな?」
『うん、だけど大きな余震が来たら危ないかも。上階の客は屋上からヘリで救出するらしい。それ以外は正面から出てきている。あれ?ミスター達どこにいるの?』
「5階だ。階段が瓦礫の山で埋まって使えない。おれ達を含めて20人ほどが閉じ込められている」洸が、えっと絶句した。「だが、救助隊が来ているんなら大丈夫だろう」
『あっ!わっ!』洸の声と共に天井に何かが当たる音がした。『ミスター!6階の壁が崩れ始めている。救助隊も一時避難した。内部もたぶん─』
「こりゃ、あまり時間がねえって事だな」ジョーが指で唇を撫ぜた。自分達だけだったら窓から脱出するのもそう難しくはないのだが。「もう一度、階段を見てくる」
「おれも─」
 神宮寺が立ち上がった。が、左足を床に着けると痛む。
「男を抱いていくのはご免だぜ。ここにいろ」
 ジョーが足早に出て行き、見送る神宮寺が舌を鳴らして再びイスに腰を下ろした。
 瓦礫の山の前に立ったジョーがためしに大きな塊を1つ2つ退けてみた。が、思ったより向こうまで埋まっているようだ。
「チェッ、しっかり組み合わさってやがる」たとえ手で取り除こうとしても、上の塊が落ちてくるだろう。「・・・仕方がねえな」
 ジョーはレストランの入口に立ち店内を見回した。恐怖で動けないのかもしれないが、客は皆騒がず落ちついている。
 神宮寺と和美の所に戻ると目で坂井を呼んだ。
「瓦礫はちょっとやそっとでは退かせそうもない。おそらく爆破でもしない限り無理だろう」“バ、バクハ!”と、坂井が声を上げそうになったが、あわてて自分の口を押さえた。「だがあまり大規模にやると6階ごと崩れちまう」
「しかし火薬なんてここには─」銃を持っていれば弾丸の火薬が使えるのだが、もちろん手元にはない。「まさか・・・粉塵爆発を・・・」
 神宮寺の言葉にジョーが頷く。
「ここはレストランだ。小麦粉も砂糖も捨てるほどあるだろ」ジョーが口元を歪めた。自信のある証拠だ。だが・・・。「大丈夫。瓦礫の中に密封性の高い空間がある。そこを内側から爆破できれば、人の1人や2人通れる隙間くらいできるだろう」
「で、ですが爆破なんて・・そんな─」
 坂井が渋る。
「グズグズしていたら上の階が崩れてここも潰されちまうぜ」そう言っている間にも、天井に何かが当たる音が店内に響く。「ここの責任者はあんただ。あんたが決めてくれ」
「お・・お客様に危険は・・・」
「100%ないとは言えねえ。だがここが崩れれば確実に死傷者が出る」言い切るジョーを恐ろしそうに見て、しかし坂井には頷くしかない。ジョーは集まっている客に向かって、「皆さん、聞いてくれ。今から階段の瓦礫を爆破する」
 “爆破!?”“なんだって!?”と、声が上がった。
「上の階が崩れ始めている。このままじゃここも潰される」
 客の何人かは外部と連絡を取っていたので、ジョーの言っている状況が正しいとわかる。しかし非日常的な?爆破?という言葉に、皆難色を示すのは当然だ。
「我々は非常時に対しての訓練を受けています」神宮寺が代わって言う。「爆破といっても?粉塵爆発?と呼ばれるもので、小麦粉や砂糖を瓦礫の隙間に入れ燃焼させるもので小さな穴しか開きません。任せてください」
 この説明で人々は2人を警察か消防関係者だと思ったのだろう。かなり広い範囲になるがうそではない。
 いやたとえうそだとしても、専門家がいるという事は人々を落ちつかせる。事実彼らは爆発物の取り扱いもひと通り勉強していた。
「坂井さん、小麦粉と砂糖を4、5キロ。後はライターを用意してくれ」
 はい、と坂井はスタッフを連れ厨房へ向かった。
 ジョーは白くなった上着を脱ぎネクタイを外す。そして神宮寺に向き直り、
「火はおれが点けに行く。ここは頼んだぜ」
「1人では粉塵の量と火と両方見なければならない。おれも行く」
「バカ言うな。その足で逃げられるもんか」
 ジョーが睨む。
 実はさっき神宮寺は1つうそをついたのだ。
 粉塵爆発は決して小規模の爆発ではない。いや、規模を抑えるのなら粉塵の量の微妙な調節が必要だ。しかしそれには火種を入れる直前まで現場で様子を見ていなければならない。ヘタすると爆発に巻き込まれる。
「足手まといだ。おれ1人の方が素早く動ける」
「逃げるのにお前の手を借りようとは思わない」神宮寺も譲らない。「手は使えるんだ。火種を投げ込むくらいはできる」
「ボール投げじゃねえんだぜ。大丈夫、任せろ。こんな事、いつもの事じゃ─」
 ふと神宮寺の横にいる和美と目が合った。哀しそうな瞳がジョーに向けられている。
 あの時と同じ目だ。
 自分の意気込みが和美に悲しい思いをさせている。波照間の二の舞になる。
「どうした」
 急に黙り込んでしまったジョーを神宮寺が怪訝そうに見た。
「─なんでもねえよ。お前はここにいておばさんを守れ」
「だが─」
「うるせえな!1人になっちまった子どもに万一の事があったらどうするんだ!」
「ジョーさん!?」和美が声を上げた。あっ、とジョーが口を閉ざす。「あの時言った事は忘れて。ごめんなさい。あなただって─、あなたにだって─」
「あの時?」神宮寺が和美に目を向ける。「なんの事です?」
「訊くな、神宮寺」ジョーのブルーグレイの瞳が光る。「おれとおばさんとの内緒事だ」
「・・・・・」
 神宮寺はジョーに目を向け再び和美に戻したが何も言えなかった。
「あ、あの・・・」坂井が恐る恐る声を掛けてきた。「言われた物が揃いましたが」
「Danke」ジョーが小麦粉と砂糖の袋をヒョイっと担ぐ。「入口からなるべく遠くにいてくれ。大きな音がしても、あんただけは冷静でいてくれよ」
 ジョーの、先ほどまでとは違う優しげな瞳に坂井は強く頷いた。
 ライターを手渡され、なんの迷いもなく確かな足取りでレストランを出て行くジョーに、和美が両手で顔を覆った。
「万一を考えて入口に向かってテーブルを積み上げてください」
 和美の事が気になるが、その前にやらなければならない事がある。あいつと一緒に行けないのなら、せめてこの人達を守らなければ。
「ただし入口は開けておいて。彼が飛び込んできます」
「はい」
 動ける男達が神宮寺の指示に従う。その様子を見、神宮寺は和美の肩に手を掛けた。

 瓦礫に埋まった階段の前に立ったジョーは、隙間から少し体を入れ内部の空間を確かめた。
 50センチくらいの密封に近い空間が手の届く範囲にあった。まわりの瓦礫は結構しっかり組み合っている。
 ジョーはその空間に砂糖を流し込んでいく。さらにその上に小麦粉を重ねるように入れた。
 爆発の規模が小さければ穴は開かないし、大きければ6階ごと崩壊する。
 ジョーは以前に1回だけ実験で見た事のある粉塵の量を思い出しながら慎重に入れていった。
「うっ?」
 余震だ。ジョーはとっさに周りの瓦礫を押さえた。彼の頭に、肩に、細かいコンクリート片が降り注ぐ。
「崩れるなよ」
 ジョーは思わず呟いた。
 余震は小さくすぐに収まった。ホッと息をつく。見ると空間を小麦粉が舞っていた。
 瓦礫から体を引き出す。が、余震で不安定になっていた瓦礫の一部が崩れ、ジョーの体を床に倒した。彼はとっさに両手で頭を覆い体を丸めた。瓦礫は容赦なくジョーの体に降り注ぎ埋めていく。
「ジョー!」
 一瞬遠のきかけた意識を誰かが呼び戻した。瓦礫が退かされていく。
「バカ・・・。来るなと言ったのに・・・」
 瓦礫から体を起こすと神宮寺がいた。
「命令違反はお前だけの専売特許じゃない。おれもSメンバーだ」埃で白くなった顔が微笑む。黒い瞳だけは黒曜石のように輝いていた。「立てるか?」
「大丈夫だ。だが空間へのアプローチが埋まっちまった」ジョーが瓦礫を少し動かしてみる。だが、「これを完全に退けると崩れるな・・・。神宮寺、足元の小さい瓦礫を取ってくれ」
 その瓦礫を大きな瓦礫と取り替えると少し隙間ができた。だが小さい分、上を支える力は弱い。ちょっと迷って神宮寺を見る。天井や壁がミシミシといやな音をたてている。
「仕方がねえ。つき合え、神宮寺」神宮寺がフッと微笑み頷く。「ここを支えててくれ。おれがライターを投げ込んだらそっちの死角に逃げ込む。直撃は避けられるだろう」
「ラジャ」神宮寺が立ち上がり隙間から空間を覗く。「いい具合に粉が舞ってるな」
 ジョーと交替し小さな瓦礫を手で支える。すぐ上の天井がバキッと鳴った。
「いくぜっ」
 ジョーがライターに火をつけ、神宮寺の支えている瓦礫をさらに押し退けできた隙間からライターを投げ入れた。と、すぐさま神宮寺の体に腕を回し死角に飛び込んだ。 
 ボンッ!!と音が響き、瓦礫の山が2人を襲う。ジョーは神宮寺を庇うようにその身を覆った。
 頭に衝撃を受けた。気が遠くなっていく─。

 ジョー、ジョー、
 ─誰かの声がする。やけに埃っぽい。目が痛いし口の中がジャリジャリだ。
 ジョー、
 ─また呼んでいる。
 ジョーはゆっくり目を開けた。
「ジョー、良かった」すぐ前に神宮寺の顔が見えた。あわてて体を起こす。後頭部がズキンと痛み呻いた。「頭の後ろが少し切れている。今、応急処置をしてもらったばかりだ」
「応急処置?」そういえば包帯が巻かれていた。「救助隊が・・・」
「ああ、見ろ」神宮寺の言う方を見ると、爆発によって開いた穴から救助隊によって人々が助け出されていくのが見えた。「爆発が起きた時、彼らは3階まで来ていたんだ」
「おばさんは?」
「救助は女性優先だ。残りたがったが先に出てもらったよ」
「そうか・・・良かった・・・」
 ジョーが立ち上がろうとしたその時、神宮寺が彼の胸倉を掴みグイッと引き寄せた。ジョーは驚いて、近くなった神宮寺の顔を凝視した。
「母さんから聞いた。だがこれから先そんな理由でお前に庇われていくのはイヤだ。もしそうするのなら、これからはお前が動く前におれが突っ込んでやる。─覚えておけ」
「・・・わかったよ」
 かすかに言って立ち上がろうとしたジョーに、神宮寺が右手を差し出した。さっきまでの鋭い眼差しは消え、かすかに目元を綻ばせている。
 ジョーもふと口元に笑みを浮かべると神宮寺の手を取り引っ張りあげた。その手を自分の肩に回す。
「あれ?抱っこしていってくれるんじゃないのか?」
「ぬかしてろっ」
 ジョーは鼻を鳴らすと大きく一歩踏み出した。

?千葉県南部地震?と名づけられた今回の地震は、規模は大きかったものの被害を受けたのは東京湾周辺に限られていた。
 幸い工業地帯はほとんど無傷で済み、一番被害が大きかったのは銀座と佃島辺りだった。
 ホテルや店舗など何軒かが半壊したが死者は出なかった。
 レストランの客が閉じ込められた銀座ホテルは客が全員外へ出た後、6階の半分が崩れ落ちた。ケガ人が出たが軽症だというニュースが流れた。

「なんだァ、タカコって関の女じゃないのか」
 ジョーは前髪を掻き上げようとし、ふと手を止めた。頭にはまだ包帯が巻かれている。その処置のため髪も短く切られていた。
「まさか奴の車の名前だとは思わなかったぜ。チェッ!人騒がせな奴だ!」
 舌を打ちソファにふんぞり返る。しかし勝手に決めつけたのはジョーだ。人騒がせなのは関ではなく・・・。洸はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。
「しかし関の奴、車に、それも女の名前を付けるなんて・・・。いい事聞いたぜ」
 いたずらっ子の目がキラリと光る。
「ぼくの苦労も少しは労ってよ。聞き出すの大変だったんだから!」
「あ?、お前はすごいよな。誰とでもすぐ友達になれるし、色々な事聞き出せるし─尋問官になったらJBは一万人力だ」
「・・・ほんとーにほめてンの、それ」
 もちろん!とジョーが笑う。どう見てもその表情は信用できず、洸がじと目で彼を見る。と、
「一平からだ」ジョーのケータイが鳴った。「なんだよ、珍しい─」
『ジョー!ごめん!』
「は?」いきなりの一平の言葉にジョーは目をパチクリさせた。「急にどうし─あ?関!?」
『こらァ!この悪童共!何をコソコソ嗅ぎまわってるんだ!』
「は?な、なにって─」
『洸がうちの木村にモーション掛けて、おれの事を聞き出しただろう!』
「あ・・・」ジョーが洸に目を向けた。「バレた」
 ヒェッ!と、洸が飛び上がる。
『今からJBに逮捕状持って行くからな!おとなしく待ってろ!』
『関さん!ケータイ返して!』一平だ。『ジョー!洸!逃げろ!』
『こらァ!護衛が廊下で騒ぐんじゃない!』
 今度は森の声だ。そういえば今日の警察庁への護衛役は一平だった。
『森さん、お宅の悪童共をスパイ容疑で引き渡していただきます』
『ス、スパイ?いったいなんの事で─。電話?相手は誰です?』
「やべっ!」
 ジョーがあわてて電話を切った。室内にすでに洸の姿はなかった。


                          完


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