コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

よみがえれ 歩き出せ 1

『そうか・・・。生きていてくれたか・・』
「今朝、意識が戻ったと先ほど連絡がありました」森がモニタの中の鷲尾に言った。「まだ予断を許しませんが、ひとまずは安心だと─。今、神宮寺君が向かっています」
『私の連絡は間に合ったのだな』
 はい、と森が頷く。
 あの夜、ジョーからの電話に異常を感じた幸子が、パリ本部にいる鷲尾を介してJBに確認の連絡を入れたのだ。ジョーは羽田にいると思っていた森はすぐに神宮寺に連絡を入れ、ジョーが現場にいない事を確認した。
『もし・・私からの連絡が遅れていたら』
「あのままの状態であと30分遅かったら、結果は違うものになっていたと─。長官のおかげです。もっとも神宮寺君などは、フランスの前にこっちに連絡しろと憤慨していましたが」
『・・・・・』
 そのとおりだ。ソーに電話をする前にJBに連絡を入れていれば、彼の救助はもっと早く行われたはずだ。
 おそらくジョーは悟ったのだろう。自分のキズの深さを─。
 助からないかもしれない・・・。
 そう思った彼が最後に聞きたいと思ったのは幸子の声だった─。

 新年を3日過ぎたこの日、小田原厚木道路を1台の青いポルシェが一路伊勢原を目指し走っていた。もう都心への帰省ラッシュが始まっているのか上り線は混んでいたが、こちらの下りはスムーズだ。
 年末に発生した爆弾予告事件。その事件を解決し事後処理をしているうちに年が明けた。
 その後のジョーの事もあり、神宮寺が自宅マンションに戻ったのは2日の夜だった。そして翌朝、森から連絡を受けたのだ。
 やがてポルシェは厚木ICを降り246に入る。15分も走ると大学の付属病院の白い建物が見えてきた。神奈川県で唯一、ドクターヘリを所有する総合病院だ。
 神宮寺はエレベータで9階A病棟に上がった。受付で教えてもらった927の病室のドアをノックすると中から応答があった。ゆっくりとドアをスライドさせる。
 少し薄暗いその個室でまず目についたのは、白衣を着た3人の人物だった。一番背の高い男性が医師であとの2人の女性は看護師だとわかる。
 次に白いシーツに覆われたベッドが目に入り、見慣れた枯葉色の髪が見えた。
 医師が頷いたので神宮寺はベッドに近づき、そこに横たわるジョーに目を向けた。
 胸腔ドレーンをつけたままのジョーは目を開けているものの、まだまわりの状況を把握していないように見えた。が、近づいてくる男の気配を感じたのか、ふと神宮寺の方に顔を向けた。と、今までぼんやりしていた瞳が開かれ、口元にかすかな笑みを刷いた。
 ブルーグレイの、いつもの瞳が神宮寺を見つめ、よおっ、と唇が動いた。しかし神宮寺はその場に佇んだまま何も言わずジョーを見下ろしている。
「5分間ですよ。5分経ったら来ます」
 そう言い残し白衣の3人は病室を出て行った。しかし神宮寺はジョーに目を向けたまま動かない。眉を寄せ口元を締めている。
 不可解な目で彼を見ていたジョーの唇が、どうした、と動いた。
「どうした、だと?」神宮寺が一歩詰める。「連絡もせず勝手な行動をして─。おれがどんな気持ちでお前を見つけたか─。あの血の海の中のお前を─」
 羽田で森から連絡を受けた神宮寺は事後処理を洸やチーム5に任せ、ヘリで横浜に飛んだ。
 海岸通りに建つ神奈川県警察本部のヘリポートに降り、待っていた県警本部内特別課々長の水沼と共に車で150mほど離れたマリンタワーに向かった。
 ジョーのケータイからフランスのソーへの通話は繋がったままだったので、発信元はすぐにわかったらしい。
 しかし羽田に向かっていたはずのジョーがなぜこんな所に・・・。
 半信半疑だった神宮寺だがマリンタワーの前に放置されていたジョーのセリカを目にし、第二展望台で彼とそのすぐ横に転がっている小さな黒い箱を目にしたとたん一気にナゾが解けた。
 神宮寺は、口から胸まで真っ赤に染まっているジョーを呆然と見つめた。
 もう1人、やはり血を流し倒れている若い男の血と混じり合って一面血の海になっていた。
 壁に背を預け座っているジョーは、すでに呼吸(いき)をしていなかった。脈も今にも止まりそうなほど弱い。
 その彼の横に血に塗れた携帯電話が落ちていた。まだ通話は切れておらず、幸子のジョーを呼び続ける声が響いていた。
 神宮寺は幸子にジョーを発見した事、これから病院に送る事を告げた。
 緊急事態だという事は幸子にもわかった。彼女は、“お願いします”と一言言い電話を切った。
 神宮寺達より先行していた特別課のメンバーにより、県警を通じてすでにドクターヘリの要請が出されていた。
 そしてジョーは大学病院の高度救急救命センターに搬送され、外傷性気血胸の処置と弾丸の摘出手術を受けた。
 幸いな事に銃は改造モデルガンだったのか口径も小さく威力も弱かったらしい。弾(たま)は右肺の端を傷つけたまま止まっていた。
 もしこれが貫通していたら、急激な呼吸困難に襲われ1時間と持たなかったかもしれない。というのも、折れた肋骨の1本が右肺に突き刺さっていて肺の虚脱を引き起こしていたのだ。もしこれに銃弾での損傷が加われば─。
 もっとも、医師の所見だけではどちらが先だったかわからない。ラッキーと言うしかなかった。
「・・・すまなかった」かすかなジョーの声に神宮寺が彼を見る。ジョーは今までにない自重な顔つきで神宮寺を見ていた。「・・まさか、助かるなんて思わなかったし・・・」
「お前なァ─」神宮寺が大きく息を吐く。なおも困ったように自分を見ているジョーに少しは溜飲が下がったようだ。「ま・・。ママさんにいい報告ができて良かった」
 その言葉にジョーが眉をしかめる。幸子に心配をかけるために電話したのではないのだが─。
「あの男は─」
「生きてるよ。別の病院に収容された」
「・・・奴は自分に金を与えた・・別の人物がいると・・・」
 ふいに息苦しさを感じ眉をしかめる。破れた肺を塞いだ手術の麻酔も切れようとしていた。
「ジョー、今は余計な事を考えずおとなしくしていろ。わかった事はちゃんと教えてやるから」
 ちょうどそこへ医師達が戻ってきた。?井上?と名札のついた医師─神宮寺はやっとその名札を見る余裕ができたのだが─は、ジョーの様子を見ると看護師に何か指示を出した。
 神宮寺は退出しようとした。と、ジョーが彼を呼び止めた。
「・・・お前が黒いゾウニを選んだから・・・おれは助かったんだ・・・」
「・・・え?」
 なんの話だ?と聞き返そうとしたが、ジョーは口元をニッと歪めそのまま目を閉じてしまった。
 医師に促され仕方なく病室を出る。ここにいたかったがまだ手薄になっているJBも気に掛かる。
 とりあえず森に一報を入れようと思った。

「やれやれ。やっと日本に戻ってこられたと思ったら正月終わってンだもんな。杉本さんの雑煮食いそこねた」
 子どもみたいな事を言い、樋口がクサっている。西崎をチームリーダーとするチーム1は年末年始の1週間、香港に出向いていたのだ。
「しっ、樋口。あまり言うと杉本さんがまた張り切っちゃうからやめてくれ」
 声をひそめ神宮寺が言った。
「年末年始は雑煮攻め?」
「関東風バージョン6、関西風バージョン4。その進化系とアンコ系、おまけに豪華イクラ入り北海バージョンまで試食させられた」
「うわ・・・」
「なんの進化系だ?」
「ゲームみたいだ」
「で、正月にはどれを食べたんだ?」
 昨日からJBに出て来た一平だ。
「忙しくて食べそこねた」
 ダ??と男達がヘタる。と、会話が続かない。
「1人いないだけなのに、なんかしっくりしないね」
 洸の言葉に男達は空いている窓際の席を見た。皆で話をしていても、ジョーは口数の多い方ではない。少し間を置き、皆の話を聞いている方が多い。
 しかしあの圧倒的な存在感は、彼がその場にいなくても皆の意識の中からは消えないのだ。が、ふと気がつくと姿のない違和感が彼らを襲う。
「ジョーの経過はいいらしいね。午後から行くんだろ、神宮寺」
「うん。やっと面会謝絶の札がとれたから─」
 と、食堂の入口から1人の女性が入ってきた。40半ばでスラッと背が高く細身のスーツがよく似合っている。
「誰、あれ?」
「美人
「ママさん!?」
 神宮寺が立ち上がり、他の男達は思わず仰け反る。
「マ、ママって・・・」
「神宮寺の・・ママ?」
「ち、違うよ。ジョーの・・・あ、いや、鷲尾さんの─」
 “鷲尾さんのママ?”“違うってばー!”と、掛け合い漫才のような会話を女性─幸子が聞きつけた。
「こんにちは、神宮寺さん」
 幸子は微笑み皆に頭を下げた。
「ご無沙汰しています」神宮寺があいさつしているうちに一平がサッとイスを引いた。さすがである。「ジョーに会いに来たのですか?」
「ええ。あなたが午後に病院に行くと森さんから聞いて。連れて行ってくださる?」
「昼食は?」もう済ませた、と幸子が答えた。「じゃあ、行きましょう」
「ありがとう。じゃあまたね、一平さん、洸さんも」
 幸子が神宮寺に続いて食堂を出ようとした。と、背後で“なんで2人だけ名前呼ばれるンだー!”と叫んでいる男達に、一平と洸がボコボコにされていた。
「・・・どうしたの?」
「大丈夫、いつもの運動です」
 ニッコリ笑い、エレベータのボタンを押した。
 
 フワッとした柔らかい暖かさを感じ、ジョーは目を開けた。目の前に幸子の顔が見えた。夢か?と思い、再び目を瞑ろうとした。が、
「ママ!?」コンフォターの上に出ていた手にフワッとした柔らかさを感じ再び目を開けた。「な、なんでここに─!?」
 思わず体を起こしかけ、あッ!と胸を押さえる。
「あら大変、ドクタに怒られてしまうわ」大きく開いた襟元から白い包帯が見える。しかしもうドレーンは外されていた。「3日間だけ時間を貰ったの。健も一緒に来たがったんだけど」
 ジョーの両頬に手を添えやさしくキスをする。
「1人で・・ここまで?」
「神宮寺さんと一緒よ。お見舞いを忘れたから、お花を買ってくるって」
「・・・・・」
 今までそんな物を持って来た事などない。彼なりに気を遣ったのだろう。
「お正月は病院で過ごしてしまったわね。気分だけでも─はい、」幸子の差し出した小さな袋を、ジョーはキョトンとした顔で見る。その目をゆっくりと幸子に移した。「お年玉よ。あなたが欲しがっていたと神宮寺さんが」
「あのヤロウ?。ぶちのめしてやる」ベッドに伏しているくせに強気に唸る。と、その体を暖かく柔らかいものが覆った。「・・・ママ」
「よかったわ、ジョージ・・・生きていてくれて・・・」
 全身を包む懐かしい香りと暖かいぬくもり・・・。抱擁する幸子にジョーは腕を伸ばし彼女の肩を抱いた。
「心配かけて・・・ごめん・・」
 ううん、と胸の上で幸子が首を振った。彼女の髪がジョーの頬をくすぐる。このぬくもりは彼が子どもの頃と変わらない。
「─で、ママ」
「なあに?」
「胸、痛いんだけど」
 キャッ!と幸子が飛び退いた。その反動も返って来た。
「大変だわ。本当に出入り禁止になってしまう」
 胸を押さえて痛がるジョーにオロオロと幸子が腕をさする。これも昔と変わらない彼女の仕草だ。
「お年玉倍増で、医師には黙っててあげるけど─いてっ!」
 後ろからペチンと頭をはたかれた。
「おい、ジョー」振り向くといつの間にか神宮寺がいた。「正月早々ママさんに迷惑かけてるのか」
「チェッ、かけられてるのはこっちだぜ。お前、ママのご機嫌とっても、お前の分のお年玉は─え?」
 ジョーと神宮寺の目が幸子の手元を捉えた。小さな袋が見える。
「だって、ジョージだけだとケンカになると思って・・・」
「・・・・・」
 お年玉の取り合いでケンカするSメンバーというのもあまり・・いや、絶対いない。と、神宮寺がクッと吹き出す。笑わせないでくれ?と、ジョーがわめく。幸子が微笑んだ。
 その日からさっそく、病院の近くのホテルに泊まり込んだ幸子は時間の許す限りジョーのそばにいた。といってもこの病院は完全看護だ。ジョーだけ例外を認めるわけにはいかないので、幸子が病室にいられるのは面会時間の午後1時から6時までだった。
 入院し手術を受けた後の5、6日はさすがに体の自由の利かず意識も朦朧としていたが、持ち前の体力と適切な治療、そして悪運の強さとで7日目頃からは医師との意思の疎通もでき、ドレーンを外すまでに回復した。
 さらに面会謝絶も解けたが、まだ体を起こす事はできなかった。
 それでも時々襲ってくる胸の痛みを少し強い鎮痛剤で抑えている時は、1、2時間ほど寝ているのか起きているのかわからない状態になる。
 そんな時も幸子はジョーの傍らに付いていてくれた。
 荒い息をつき時々目を開けまたすぐ閉じる事を繰り返すジョーを見て、幸子は12年前の事を思い出していた。
 あの事件から5日ほど経って、幸子は榊原病院を訪れた。
 案内された病室のベッドの上には、まだ小さな男の子がいた。寝ているのか、あるいは起きているのかわからない眼でぼんやりと天井を見つめていた。
 ふと幸子に気がつき目を向けてきた。
 期待の込もった眼差しが、しかし一瞬のうちに失望へ変わった。
 青い瞳がかすかに揺れ、しかし彼は何も言わずまた天井に目を戻した。
 その日から幸子はたびたび病室を訪れ彼のそばに付いていた。
 悪夢にうなされ、何かを求めるように空(くう)に差し出される手を自らの手で包み、跳ね起きる体を抱いた。
 ある時は声もたてず泣いていた彼を抱き上げ、頬を摺り寄せ一緒に泣いた事もある。
 今はもう抱き上げる事もできないほど成長した彼は、ある意味実子の健よりも強力な存在感と思い出を幸子に残した。
 彼女は目の前で眠る今のジョーに目を移した。鎮痛剤が効いてきたのか穏やかな息遣いに変わっていた。
 あの鋭い瞳が閉じられるとジョーの印象がガラリと変わる。そこにいるのは、あの日幸子が榊原病院で会った小さい男の子となんら変わりがなかった。と、ジョーの左手がピクリと動き持ち上がった。幸子はとっさにその手を両手で包んだ。
「──」
 その感触にジョーが目を覚ました。と、ちょっと気まずげに微笑む幸子がいた。よくわからないが、ジョーもなんとなく気恥ずかしくなった。だから、
「早くソーに戻った方がいい。健が待っている」
 と言った。が、幸子は静かに首を振った。
 その後ジョーは二度とこの言葉を言わなかった。幸子が意図的に健を残してきたのだと悟ったからだ。健に気遣いせず、今はジョーだけの母親だと思って欲しい─。
 ジョーはその好意に甘えた。
 そしてジョーは凄まじい回復力を見せた。つい2週間ほど前は生死を彷徨っていた彼が、わずかの日数の間にベッドに体を起こし歩けるようになった。
 気胸も再発する事なく、食事も少しづつだが固形物が摂れるようになった。
 いったいどういう体の構造なんだ?と、医師が本気で彼を研究体に欲しいと思わせたほどだ。ジョーのカルテなどはすべて中野の榊原病院に送るよう指示されている。やはり何かのサンプル(?)なのか、と思った医師もいたらしい。
 そして幸子が来て3日が過ぎようとしていた。


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