コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

明日(あす)への一歩 3

 次の日、エレクトロニクス・ブレーンのメンバーのうち6人の学生が井出の家に集まっていた。その中にはジョーの顔も見える。
 町田にある井出の家は元地主らしく、純粋な日本家屋と広い庭を有する地元でも有名な一家だ。
 浩二はこの家の次男で、5才上の兄は父の後を継ぐ政治家を目指している。が、次男故の気軽さか、車や機械の好きな浩二は大学の工学部に入り、さらに裏庭には彼専用の機械いじりのできる小さなスペースが与えられている。彼らは月に2、3回ここに来て機械いじりを楽しむようだ。
(いい坊ちゃんだぜ)
 車のエンジンをいじりながらワイワイ騒ぐ浩二を見てジョーは思った。今時の学生で毒にも薬にもなりはしない。
 おとといの夜、コンピュータルームで対峙した男とは別の人間だ。やはりあの時は─。と、その小さな工場の入口から誰かが顔を出した。
「父さん」
 浩二が呼び、ジョーが顔を向ける。入ってきた男は政治家の井出登だった。
「よく飽きもせず車をいじっているなあ」
 言葉は悪いが羨ましそうだ。
 彼らもそれがわかっているので、“今度、電子頭脳を搭載した車を作るんです”“一緒にやりませんか?”と誘う。と、
「いや、引退した後の楽しみに取っておこう」
 と、嬉しそうに笑った。
 それを見てジョーは少々拍子抜けしてしまう。警察に文句を言って来る人物なのだから、もっと強引で鼻持ちならない相手だと思っていたのだ。
「─君は?初めて見る顔だね」
 ふと気がつくと井出がジョーに目を向けていた。プロジェクトに参加したばかりだから、と浩二が紹介してくれた。
 ジョーは少々たどたどしい日本語で名前だけ告げた。メンバーには緊張していると思われたかもしれない。が、これは井出に対して余計な質問をさせないためだった。
 案の定彼は、ジョーがまだ日本語に慣れていないと思ってくれたようだ。それ以上何も訊かなかったが、しばらくの間じっとジョーの顔を見つめていた。そして、
「いい目をしているね。何か巨大な組織を統率し仲間を従わせる事のできる目だ」ジョーがかすかに眉を寄せた。「政治家には不可欠な要素だ。卒業したら私の所にこないか」
「・・・・・」
 ジョーは困ったように井出を見た。
「父さん、そんな事言ったら兄さんや後継を狙っている奴らが怒るよ。さっ、もう行って。迎えの車が来てるよ」息子の言葉に井出は“わかった、わかったか”と苦笑しながら正門に向かう。「変な事言ってごめんよ、ジョー。でも親父あれでも結構目利きなんだぜ。どうだい?政治家も仕事は大変だけどおもしろそうだぜ」
「とんでもない。おれが政治家になったら日本の将来はないぜ」
「じゃあすぐクビになってもいいから、公用車はすべて?キット?にするって法案だけ通してよ。そうしたら、我々は日本をバックにキットの開発ができるぜ」
「あ、それはいいかも」
 ジョーが素直に頷いた。
 結局彼らが井出邸を辞したのは夜の8時近かった。が、ジョーが井出浩二と直接言葉を交わしたのはこれが最後になった。

「井出の事務所に誘われたって?」食後のりんごを一口齧り、神宮寺が目を見開く。「恐ろしい事を言う男だな。日本を潰す気か?」
「そこまで言うか、相棒に」
 ジョーがジロッと神宮寺を睨む。さらにその視界の中でウンウンと頷いている立花にも鋭い視線を向けた。慣れてはいるものの、ブルーグレイの瞳から突き出される刃のような鋭さに立花は一瞬身を竦ませた。
「・・・それのどこが政治家向きの目なんだか─」
「政治家にも色々あるし─」
 シャリシャリと良い音を立て2人が言う。
「こりねーな、お前ら」ガツガツと夕食を済ませ立ち上がった。文句を言いながらも自分の食器は自分で洗う。「今夜の見張りはお前らだよな。おれ、先にシャワー使っても─」
 フキンを取り皿を拭こうとして─
 ガッシャーン!と、ハデな音を立て皿がコナゴナになった。
「あ?あ、やっちまった」神宮寺がため息をつく。が、「─痛むのか?」
「・・・ん」かすかに頷き、ジョーは床に散らばった破片を拾い始めた。神宮寺も手伝い、立花はクリーナーを取りに行った。「─巨大な組織を統率するって、言ったんだ」
「え?」
「井出の親父だよ。巨大な組織を統率して仲間を従わせる─それっていったいなんの事なのかな・・・」
 神宮寺はすぐ横にあるジョーの横顔に目を向けた。
 下を向いているために、ジョーの心内を雄弁に語る双瞳が長い前髪に隠され彼の表情が見えない。辛うじて見える鼻梁と口元に繋がるラインが心許なく映る。
 こいつはまだ抜け出していない。どうしようもない現実に捕らわれたままだ。だから─
「今、お前がいる所の事じゃないのか?やがてJBのチーフになり行く行くは本部の長官に・・・。まてよ、政治家になられるよりこっちの方が恐ろしい・・・」
「・・・・・」
 ジョーがまじまじと見つめる。現れた瞳が、?なに言ってンだ、お前?と言っている。
 だがその瞳の色は決して暗くはない。めったにいない灰色がかった青い瞳─そう、ジョーの色に戻っていた。
 大丈夫だ。こいつは決して弱い奴じゃない。これから先、どのような事が彼に起ころうと簡単に潰れるような事はない。それを糧にして自分を強くしていくだろう。
 だがもしも─もしも潰れかけたら・・・その時はおれがひっぱ叩いてやる。反撃を食らっても捩じ伏せてやる─。
 食器のカケラを拾いながら神宮寺は思った。そしてそれは彼自身をも強くしていく─。

 友人達を自宅に招いた翌日から2日間、浩二は大学に出てこなかった。
 採択プロジェクトの活動報告書を大学に提出しなければならないので、エレクトロニクス・ブレーンのメンバーがリーダーである浩二の携帯電話に連絡を入れたが繋がらず、自宅に電話をしたら風邪で休んでいると言われたらしい。
 仕方なく彼抜きで報告書を制作したが、それを聞いたジョーは自らのミスを自覚した。
 いつの間にかジョーは井出浩二を、神宮寺は岩本と尾田に張り付くようになった。
 昨日、浩二は講義にもブレーンの集まりにも欠席した。だが自宅に電話をした友人が、風邪をひいて休んだと言っていたのでそれを信じてしまった。そしてその翌日も浩二は出てこなかった。
 風邪で2、3日休むのは珍しくない。しかしジョーの不安感は消えなかった。
 彼はセリカで町田に向かった。インターホン越しに見舞いを申し出たが母親らしい女性の声で、インフルエンザなので─と断られた。
 ジョーの不安感が増す。広い玄関前には黒い車が何台も止まっていた。と、玄関から男が出て来た。
(山本?)
 ジョーはとっさに身を隠したが、出て来たのは公安3課で関の部下の山本とよく似ていた。彼は真っ直ぐに柵状になっている門に近づいてくる。
「ジョー、やっぱり君だったか」門を開けてくれた。「早く入って」
 ジョーはセリカと共に敷地内に入った。そして山本の後に続いて屋敷内に入る。
 玄関からすぐの広い応接室には井出の父、登と厳しい顔をした関と木村、そして2、3人の男達がいた。入ってきたジョーを見て井出が驚き咎めるように関を見た。
「彼は息子さんについていた我々の仲間です」
 かなり簡潔に関が言った。
「あなた方の?」井出は目を見開き再びジョーを見た。「そうでしたか・・・。いや、普通の学生ではないと思っていましたが」
 ちょっと苦々しそうに自分を見る井出にジョーは軽く頭を下げた。そして問うような目を関に向けた。
「浩二君が拉致された。おとといの晩、誰かに呼び出されたまま帰ってこない」
「おとといの晩?あの後に」
 ジョーが井出に目をやる。彼は唇を噛み下を向いた。
「そして2時間ほど前にゾンタークの名で手紙が来て、浩二君のやった事をバラされたくなかったら、?我々?を支援するようにと─」
 浩二のやった事というのは、大学のコンピュータからデータを取り出してテロ組織に送り渡した事だという。
 アメリカの同時多発テロ以後、世間のテロに対する目は一段と厳しくなった。そんなテロ組織に浩二が協力しているとわかったら・・・。
 おまけに彼は国会議員の息子だ。大騒ぎになるに違いない。
「奴ら初めからそのつもりであんな事を─」ジョーが片方の手の平を拳(こぶし)でバシンッ!と叩いた。やはりあの時確保すべきだった。「すまない、関。おれのミスだ」
「珍しく素直だな」関がニヤリと笑う。「そう思ったら協力しろ。神宮寺君は?」
「あとの2人の学生に張り付いている。だけどなんで公安が出て来たんだ?」
「井出氏はうちの部長と大学が同期でね」
 関の言葉にジョーはなるほどと頷いた。
 おそらく井出は事を伏せて進めようと大学時代の友人に相談したのだろう。だが浩二は例のゾンターク事件の当事者だ。それでも普通に暮らしていればそれもできたかもしれない。しかしタイミングが悪かった。
 今、井出の息子は国際警察のマークを受けている。データ流出事件はダブルJの担当だ。さすがの公安部長も国際警察を誤魔化すわけにはいかない。
 せめても彼らと繋がっている3課を潤滑油として差し向けてきたのだが、これは明らかに人選ミスだ。
「こんな事が世間に知れたら、私は議員をやめなくてはならなくなる」ソファに座ったまま井出が頭を抱えている。「なんとか秘密に捜査してもらえないだろうか」
「誘拐事件ですし、マスコミへの発表はしません。しかしいつかは知れますよ」
「困る。私はまだ議員でいたい」
「なに言ってるんだ、こんな時に!」ジョーは思わず声を上げた。「少しは子どもの事考えろよ!あんた父親だろ!」
 おととい井出は息子の友人と楽しそうに話していた。決して上っ面だけの会話ではなく本当に仲間に入りたそうに。
 いい父親だと思った。なのに─
「やめろ、ジョー」関が止めた。「心配していないわけないだろ」
 そう言われ、ジョーは不満そうに口元を曲げた。こういう感情はまだ若い彼にはわからない。だがさすがに言いすぎたと思ったのか、ジョーが井出に目を向ける。と、テーブルの上の手紙が目に入った。
「ゾンタークからの手紙って・・・ドイツ語なのか?」
「そうだ。幸い井出氏の秘書にドイツ語に堪能の若い人がいてな。助かったよ」
「・・・・・」
 ジョーは先ほどの暴言を井出に詫び、手紙を読む許可を貰った。なるほど。さっき関が説明してくれた事が簡潔に書かれている。これを訳した若い秘書の語学力は確かだ。が、ジョーは一抹の違和感をこの手紙に感じた。
 なんだろう、これは・・・。以前にどこかで感じた事のある・・・いや、つい最近だ。
「どうした?」
 関が怪訝そうな目を向けてくる。
「いや─。なんでもない」
 ジョーは手紙を封筒に入れ井出に返した。
「とにかく今から対策会議だ。君も出てくれ」
 関がジョーに言う。
「それからあのドイツ語のわかる秘書さん、彼も同席させてくれませんか」井出が怪訝な顔を向けてきた。「秘書はいつも井出さんのそばに付いているのでしょ。ゾンタークがあなたに直接連絡をしてくる事も考えられます。そのために、あの秘書さんにもある程度こちらの内情をわかってもらう方がいいと思いますが」
 井出は少し考えていたが、やがてそばにいた男に若い秘書を呼びに行かせた。
 関や山本は井出の前に腰を下ろした。ジョーは関達の後ろの少し離れたイスを井出の姿が見える所に移動させた。
 イスを掴んだ左腕がズキッと痛んだ。打撲はもう治っているはずなのに・・・。と、ドアが開き25、6才の若い男が入ってきてペコッと頭を下げた。
「三神さん、でしたね。忙しいところすみませんが、同席願います」
「はい」
 三神は再び頭を下げ、井出の後ろに立った。その横にはもう1人の秘書がいる。
「浩二君を誘拐したと思われるゾンタークという組織は─」
 関が簡単に説明する。
 井出は以前の事件でその存在を知ったが2人の秘書は今回初めてその名を聞いたらしく、関の説明を真剣に聞いていた。
 ジョーはその三神の様子をじっと見ていた。と、視線を感じたのか三神もジョーを見る。
 外国人の、それもこんな若い男がなんでここにいるのだろう?と思っているようだったが、すぐに関に目を戻した。
 手紙には?支援しろ?と書かれてあったが、では具体的にどうすればよいのかは書かれていなかった。おそらくこれからまた連絡があるのだろう。それが自宅なのか、井出の事務所または携帯電話へなのかわからない。とにかく何かあったらすぐ自分に知らせるよう関が言い、確認は終わった。
 井出はとりあえず今日1日は自宅にいるという。自室で少し休みたいと言うので、?どうぞ?と関が答えた。と、テーブルの上の電話が鳴った。
 関は録音の用意をさせ、ちょっと考えてから三神に取るように指示を出した。三神は驚いたが井出にも促されおずおずと受話器を取った。
「はい。─え?」
『Ich sage einmal(言う事をよく聞け)』
 電話に繋がっているスピーカーからくぐもった声が聞こえてきた。
「え、あの─。Griise Gott(もしもし)」
 三神があせって口早に言う。それを聞いたジョーが眉を寄せた。
 あわてて何か言おうとしている三神を関が制した。
 電話の主は簡潔に、一方的にしゃべりすぐに切れた。
「す、すみません」
 三神が長い息をつく。
「とんでもない。急にこんな事お願いされれば誰だって─。で、これ訳してくれませんか?」
 関が穏やかに言うのに、?はい?と三神が頷いてテープから流れるドイツ語を訳し皆に伝えた。
 それによると、明日までに一千万円分のユーロを用意しろ、という内容らしい。
(一千万?たったの?)
 ジョーと関が同時に首を傾げた。
 ゾンタークの言う?支援?は一千万円でいいのだろうか?もちろん自分達にとっては大金だが、奴らにしてみればこずかい程度だろう。それとも何回かに分けて絞り取るつもりか、
「一千万で済むのなら」
 井出はホッと息をついている。
 詳細は追って知らせるというので、井出は自室に戻るため再び立ち上がる。2人の秘書も彼に続こうとした。と
「Entschuldigon Sie mich(失礼ですが)」ジョーが三神に声を掛けた。「Wo lerntest duDeutsch?(ドイツ語はどこで習ったのですか?)」
 その問いに三神はキョトンとした顔をジョーに向けた。が、
「Bei einer UUniversität und der Stelle─(大学と現地で─)」
「そうですか」ニコッと笑って、今度は日本語で言った。「大学は浩二君と同じ所?」
「え、あ、そうですが」
 三神が戸惑ったようにジョーを見た。が、井出が応接室を出て行ったのであわてて追っていった。その彼の後姿をジョーが見つめる。
「山本、念のために井出に張り付け。木村はここに待機。もし電話が掛かってきたらジョーに」
 関がふとジョーに目を向けた。彼は立ったまま何かを考えているようだ。
「おとなしいな。あの秘書が気になるのか?」だがジョーはチラッと関に目を向けただけで何も答えない。「怪しい目だな。何か善からぬ事を考えていそうだ」
「うるさいな。自らのミスを反省している真面目な青少年だぜ、おれ」
「まさかっ」
 関が鼻を鳴らし木村との打ち合わせに戻る。
 ジョーは彼らの会話を聞きながらしきりに指で唇を撫でていた。


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