コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Way of life 3

「そうですか・・・」
 連絡を受け警察病院に駆けつけた神宮寺を関が廊下で呼び止めた。事の経過を説明する。
「ジョーを行かせるんじゃなかった。気づくべきだった」
「いったいどうしたんだ?検死と聞いて真っ青になっていたが」
 ジョーの様子に関は腑に落ちないものを感じていた。彼も警察組織の一員なら?検死?は当然知っているはずだ。
「・・・・・」神宮寺はちょっと躊躇っていたが関にじっと見つめられ仕方なく口を開いた。「ジョーは自分の両親の検死報告書を見ているんです。ついこの前ですが」
「な、なんだって。アサクラさんの─?」神宮寺が頷く。「どこでそんなものを─」
「JBの資料室です。今まで扱ってきた事件の記録が保管されています」
「どうしてそんなものをジョーが簡単に目にできるんだっ!」
「・・・・・」
 資料室には最新のセキュリティシステムが設置されている。しかしそれはあくまでも部外者に対してだ。内部の人間のシャットアウトまで考えられていない。それがミスだと言われればどうしようもない。現に一時期、ジョーは資料室に入り浸りになっていた。
「いや、その・・・すまん」
 神宮寺を責めるのはお門違いだと気づき、関が謝った。
「いえ・・・」
 神宮寺が首を振りドアに目をやる。
 ジョーが意識を失っていたのはほんのわずかな間だったらしい。すぐに気がついたものの、その表情に不安定さが見られたので空室を借りて休ませている。
「ジョーの事はおれが─。関さん、すみませんが三神が亡くなった状況と検死報告書をJBに送ってもらえますか?パリの鷲尾長官にも報告しなければならないので」
 “わかった”と頷き関はちょっと心残りそうに病室に目を向けたが、ここは神宮寺に任せた方がいいと判断したのかジョーに会わずに引き返した。
 その後姿を見送ると、神宮寺は小さくノックをしドアを開けた。
 狭い病室の、窓際のベッドの上でジョーは上半身を起こしぼんやりとしていた。入ってきた神宮寺に顔を向ける。少し決まり悪そうに、しかしなんとなくホッとしたようにも見えた。
「大丈夫か?」神宮寺の言葉にかすかに頷く。顔色はまだ悪いが思ったより元気そうだ。「報告書は関さんに頼んでおいた。どうする?もう少し休んでいくか?」
「いや・・・帰る」
 ベッドから出て廊下を気にするように目を向けた。
「関さん達は先に戻ったよ。まだ仕事が残っているらしい。公休なのにな」
「・・・そうか」
 肩から力が抜けた。足を床に着ける。少しふらついたがすぐに次を踏み出す。顔を上げ自らドアを開けた。
 世話になった医師にあいさつし駐車場へ出た。
 神宮寺はジョーから愛車のキーを受け取るとドライビングシートに体を滑り込ませた。ジョーも助手席に座る。と、
「神宮寺」かすかな・・・エンジン音に消されてしまいそうなくらいかすかな声が神宮寺を呼ぶ。「すまねえが、麻布に行ってくれないか・・・。今日はもう・・・」
「─わかった」
 神宮寺が静かに答え車を発進させた。
 ジョーは安心したようにシートに体を預けた。そのまま瞳を閉じ、ひどく疲れた顔を神宮寺から背けた。

 医師から渡された報告書を元に、関は一連の経過をまとめJBの神宮寺のパソコンに送った。
 昼を過ぎてからの呼び出しだったせいか時間の経つのが早く感じられた。もう6時を回っている。
 今日は久々に愛車を整備しようかと思っていたのだが。
(そういえばジョーの奴、どうしたかな)
 たばこを手に取り、ふと思い出す。
 ソファにぐったりしていたジョーを前に、関は名前を呼ぶ事しかできなかった。
 医師が間に入り、脈拍を診ているうちにジョーが目を開けた。その瞳に医師の姿が映ったとたん、彼の瞳は驚愕し怯え、医師に取られた手を跳ね、その手で関の袖を掴んできた。
 その表情はいつのも、何者にも動じないジョーのものではなく、まだ十(トウ)の子どものようだった。
(なんでそんなもの見ちまったのかな)
 JBの資料室だ。誰もが自由に出入りし資料を手に取れるようにはしていないだろう。なのになぜ─。
 関はあの時の─恐怖を映し、自分を見つめるブルーグレイの瞳が忘れられない。神宮寺は詳しい話をしてくれなかったが、ジョーがなんらかのトラウマを抱えている事はわかる。
(あんな仕事に就くべきではないのかもな・・・)
 関は禁煙中のたばこに火を点けた。

 柔らかく冷たい物が額に触れ、ジョーは驚いて目を開けた。神宮寺の顔が見えた。
「─まだいたのか」
「ごあいさつだな」神宮寺は固く絞ったタオルをジョーの顔に放った。「部屋に入ったとたんソファに倒れ込み動かなくなったのは誰だ?」
 “そーだっけ?”とジョーがタオルで顔をゴシゴシ擦った。
「もう8時近いぞ。夕飯ごちそうしてくれ」神宮寺はリビングと一体になっているキッチンの手前に置かれている箱を覗き込んだ。「すごい量の差し入れだな。ソーからか?」
 だが返事はない。
「ジョー?」
「─ん」小さく頷き上半身を起こした。そして「あー、もう格好悪い。我れながら情けねえ。どこかへ潜り込んじまいてェ気分だ」
「そんなでかいのが潜り込んだら、引っ張り上げるのは大変だな」小さな箱を開けた。「手助けしてもいいが、上りきるのは自分の意思だぜ」
「・・・・・」ジョーは神宮寺に目を向け、だがすぐに逸らした。「そんなものも一緒に潜り込んじまったらラクだろうな・・・」
 その言葉に神宮寺は一瞬手を止める。が
「うわっ、この箱の中全部ワインじゃないか。それもいろんな種類が入ってる」言いながら次々とワインを取り出していく。「いったいどれだけ幸子ママにねだったんだ?」
「いや・・・お前がワイン好きだって言ったら本数が増えて─」
「じゃあ半分はおれのだな。─まてよ、おれが来なかったらお前独り占めにする気だったんだろう」
「バレたか」
 口元を歪め肩をすくめる。
「罰として夕飯はお前が作れ。おれはワインを選ぶ」
「チェッ、アミが」
 ジョーがぼやく。が、なんとでも言ってくれと神宮寺は思った。
 好きなワインが目の前にある。それになによりジョーが立ち上がった。キッチンに向かっている。
 今はそれだけでいい。

 三神を失い公安によるゾンタークの捜査は難しくなった。
 関達は海上の貨物船から確保した8人の男達から通訳を交え事情を聞いたが、彼らも三神同様組織に入って日も浅いせいか内部の事はほとんど知らなかった。
 あまりにも実態のわからない組織相手に、本当に実在するのかという懸念の声も上がっているが関がキッパリと拒否した。
 自分達の、そして国際警察の若いメンバーが命を懸けて戦ってきた相手が幻のはずはない。
 幻を相手に、彼らは傷つき苦悩するはずがないのだから。

「おはよう、沢口さん。遅いですね」
「ジョー」仕事場に出たとたん、沢口の前に背の高い男が立ち塞がった。「また来たのか?こう頻繁にこっちに来ていたら向こうをクビになるぞ」
 言いながら目の前の男を上から下まで見回す。ジョーはちゃっかりと結城自動車工業の作業服を着て帽子まで被っている。
 深い緑色と枯葉色のジョーの髪とが妙にマッチして人々の目を引く。ちょっといたずらっ子のような笑みは、レース中の厳しい目つきとは裏腹に彼を年相応の青年にみせている。
「ま、君がひまだという事は世間的には良い事なんだろうけど」
「向こうをクビになったら、こっちで雇ってもらおうかな」
 ジョーは、これもちゃっかりと自分の愛車をリフトで持ち上げフロアを見ていたらしい。手にした工具を玩びながら笑った。
 ジョーは鷲尾や森との約束で、レース中は極力万人の前で素顔を晒さないようにいつもフルフェイスのヘルメットを付けている。
 もし彼がヘルメットを取り素顔で観客の声援に応える事ができたら、ジョーは一躍レース界の寵児となり多くのスポンサーを得て、F1に比べればまだまだ知名度の低いツーリング・カーレース界の活性化に役に立つに違いない。
 だからジョーの言葉に、沢口は一瞬心を動かされた。
「それに結城社長はいつでも来ていいって言ってたし」
 フロアをコンコンたたきながらジョーが言った。これは沢口も聞いていた。仕事の邪魔にならない限り、ジョーに場所を提供し好きにさせてやってほしい、と─。
 JBとは長い付き合いで仕事の内容も知っていたが、内部の細かい事までは結城も沢口も知らなかった。自分達はあくまでもJBの車両整備を行っているだけだ。それ以上知る必要はないし、知る事もできない。
 しかしジョーが頻繁にここに出入りする時は、世界や日本で大きな事件が起こった後が多い。
 最近ではさしずめ、日本人青年が貨物船で拉致されそうになった事件だろうか。それにジョーが関わっているかどうかはわからないが─。
 そういえば、つい何日か前までは彼は左足を痛めているようだったが
「─でしょ?」
「え?」
 沢口はハッとしてジョーに目をやった。
「やだなァ、朝からボォッとして」ジョーが帽子を取った。枯葉色の髪がバサッと現れる。前髪を上げて被り直した。「キットですよ。前にも言ったでしょ?できないかな」
「ああ、その話か」沢口がため息をつく。何日か前、散々ジョーに聞かされた。「私はメカニックでエンジニアじゃない。いやたとえエンジニアでも今の技術じゃ無理だね」
「やっぱりだめか・・・」顔を上げ工具を空中に放る。工具はクルクルと円を描き、再びジョーの手に戻ってきた。「セリカにキットを載せたら楽しいだろうなあ」
「キットもいいが、助手席に可愛い女の子を乗せた方が楽しいぞ」
 車好きもいいが、もう少し友人や女の子と遊んでもいい年頃なのに、と思う。ジョーがここに友人を連れてきた事はない。
「そういえば神奈川の大学のサークルか何かで、キットを研究している所があると聞いた事がある。そこに頼んだらどうだ?」
「・・・・・」
 それは知っている。しかしジョーは二度と彼らの前に顔を出せない。
「そう沈むな。こいつだって君の走りに応えてくれる立派な相棒だろ?」セリカをコンコン叩きながら沢口が言った。「もちろんブルーコンドルも、もう1台のカウンタックもだ」
「・・・そうですね」
 ジョーはちょっと決まり悪そうに、しかし愛しげにセリカの車体を撫でる。
 運転の荒っぽさ、気性の激しさからレース界でのジョーの評判は決して良いものではない。結城や沢口でさえ時々手を焼く事がある。
 しかし彼が車を愛しレースを愛している事は誰の目から見ても明らかだ。それゆえ他人に、そして自分に厳しくなる。だが性格や年齢的な事もあり、それらをうまくコントロールできないのだ。
 もしそれらを克服すればジョーは人間として、またレーサーとしても大きく飛躍するだろう。それにはもっと体験を・・・レースに出場する事が一番いいのだが。
「もっと乗ってやらなきゃいけないんだけど・・・」
 セリカやカウンタックは公道で乗れる。しかしレース用に改造されたブルーコンドルに乗るにはサーキットか私有地でないと無理だ。1回乗るのに大掛かりな準備がいる。ジョーにはその時間が取れない。
「社長が言ってたけど、将来自前のサーキット場を作り、このレース部門をそこへ移したいそうだ。そうすればいつでも乗れる。車庫から出したらそこはもうサーキットだ」
「いいなあ、それ」
 以前はブルーコンドルを郊外の小さなサーキット場に預けていた。しかしレース中に事故に巻き込まれブルーコンドルは大破し、ジョー自身のレーサー生命も危ぶまれた時ちょうど契約が切れた事もあってそのサーキット場を引き上げていた。
 その後結城が再びブルーコンドルを甦らせ、青い車はそのまま結城自動車工業の預かりになった。
「よーし、1日も早く実現するように結城さんをせっついてやるっ」
「やめてくれ。私が話したのがバレる。これはまだ内緒の話なんだ」
 沢口が言うのを、いい事を聞いたという顔でジョーがニマッと口元を曲げる。
 少し前にレース用の国際ライセンスを取得するのを諦め、しばらくの間元気がなかった彼だが気持ちが吹っ切れたのか最近はようやくこんな表情を見せるようになった。と、ピピ・・・とアラーム音が響いた。
「チッ」ジョーが舌を打ち腕時計に目をやる。しばらく文字盤に目をやっていたが、「急用です」
 と、一言いいリフトの降下ボタンを押した。おそらく?向こう?からの呼び出しだろう。
 今までの年相応の青年の貌が、厳しい・・・戦いを前にした男の貌に変わる。それを頼もしいと思うより悲痛な思いで沢口は見ていた。
 だがジョーはそんな沢口の思いにも気づかず、ちょっと頭を下げるとセリカに乗り込んだ。

 ジョーがJBの第1会議室に着いた時、室内には20人ほどのメンバーがそれぞれ席に着いていた。スクリーンの前には森と佐々木、そして眉村が立っていた。
 ジョーはグルリと室内を見回し、空いている神宮寺の横に座った。それまで何ともなかった室内の雰囲気が、ジョーの圧倒的な存在感でガラリと変わった。
「揃ったな」森が男達を見回す。「ダブルJ、並びチーム1、チーム2は明日行われる東京マラソンの警備に出る」
「東京マラソン?」
「ああ、そういえば明日だ」
 口々に男達が言う。と、スクリーンに東京都心の地図が、そしてその上にマラソンのコースが重なって映し出された。
「見てのとおり新宿の都庁前を9時10分にスタートして都心を十字に走りゴールはビックサイトだ。約3万人が参加して、そのうちの2万6千人がフルマラソンを走る」
「それはいいけど、なんでおれ達が警備に出るんです?」ジョーが口を挟んだ。「警視庁から5千人の警官が出るって聞いてるぜ。新しいデザインのパトカーもな」
「実は2時間ほど前に都庁に爆弾予告の電話が入った。標的は東京マラソンだ」
“え?、またですかァ”“最近、ワンパターンだな”と文句の声が上がる。
「気持ちは私も皆と一緒だが、かと言って放っとくわけにもいくまい。都知事から警視庁を通じて爆発物の発見、処理を要請してきた」
「それならマラソンなんて中止すればいいんだ」ジョーが言う。「その方が安全だ」
「そういうわけにもいかないから、我々に協力を申し入れてきたわけだ。この都心マラソンを成功させ2016年の東京オリンピック招致の試金石にしたいのだろう」
「フン、テロリストの試金石にならなきゃいいけどな」時々サラリと怖い事を言う。ジョーは不満そうに手元の地図に目を落とした。「本当に都心の真ん中だな」
「しかしこの人数でコースを全部見て回るのは無理です」
 チーム1の高浜だ。
「もちろん警視庁の機動隊や公安からも出る。警視庁の警備とは別に、我々の目的は爆発物の発見と処理だ。ダブルJで一組、チーム1と2でそれぞれ2名ずつ組んでくれ」
 捜査隊員が2名ずつ組み、打ち合わせが始まった。
「爆弾を仕掛けるとしたらどこかな」
「やっぱ銀座じゃないか。一番目立つぜ」
「折り返しの品川や浅草も無視できないな」
「ゴールと同時にドカン!もありうるな」
「いやそれより、スタート早々ボンッ!の方がインパクトがあるぜ」
「あ、それ効果的かも」
「やれやれ」神宮寺が苦笑して息をつく。「この会話だけ聞いていると、おれ達がテロリストみたいだな。ジョー、おれ達の受け持ちは銀座の一丁目から七丁目だが」
「なんだよこれ。晴海通りも中央通りも6時間も通行止めじゃないか」資料をガサガサさせジョーがぼやく。「おれ達も走れって事か?」
「歩道も応援の人で溢れるだろうから自転車も難しいかな」渡された資料にはコースはもちろんボランティアの人数やトイレの位置なども書かれている。「お前・・・大丈夫か」
「何がだ」ジョーが神宮寺を睨めつける。彼の口が開く前に、「足も腕も頭も大丈夫だ。余計な心配しないでくれ」
 そのまま神宮寺から顔を背けてしまう。
 アレコレ言われるのをジョーが嫌うのは良く知っている。しかし昨夜夕食を済ませてジョーのマンションから辞する時、彼はまだぼおっとして神宮寺の言う事をうわの空で聞いていた。
 そして今日はJBに来ていなかったので─。
「・・・中目黒(結城自動車工業)に寄ってきた」神宮寺の思いがわかったのかジョーがボソッと言った。そして神宮寺が頷くのを見ると、「西崎!お前も銀座だろ。神宮寺がボオとしてて話にならねえ」
 手元のプリントをガサッとまとめて西崎や立花の間に割り込んだ。突然のジョーの乱入にそこにいた男達が跳び上がる。
「あ?あ」
 仕方なく神宮寺も資料をまとめ、仲間の邪魔をしている相棒の元に向かった。


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