コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Way of life 4

 翌日はあいにく朝から小雨が降っていた。そのため参加人数が減るのではと懸念されたが、スタートの新宿都庁前には瞬く間に白い波─ランナー達は透明のレインコートを着ていたので─ができた。
 9時05分からは車イスや障害者ランナーが、10分にはフルマラソン及び10キロマラソンのランナーが都知事のスターターで出発した。
「うわっ、すげえや。なかなか途切れないぜ」
 すでに銀座中央通り沿いにスタンバイしている神宮寺とジョーは携帯でこの中継を見ていた。
 先頭集団は記録更新や世界陸上への出場を賭けたトップ選手達だが、その後ろに続く市民ランナーが後から後から湧いてくるように続いている。
 スタートから1番最後のランナーがスタート地点に辿り着くまで優に20分掛かっている。
「これ、タイムから20分引いてくれるのかな」
「のんきな事言ってる場合じゃないぞ。トップ集団は1時間ちょっとで銀座に着くだろう。その後は市民ランナーが延々と続く。少なくとも6時間はこの通りが人でいっぱいになるはずだ」
 雨のせいか歩道での応援者は思ったより少ない。しかしマラソンの進行によりこれから増えてくるだろう。
 彼らの任務は爆弾の発見と処置、そして人々を守る事だ。
「だけど手がかりもなく、これひとつじゃ心許無いぜ」
 ジョーの手にしている?これ?とは、小型の爆発物探知機だ。
 ここ1年の間、日本でテロ集団が使用した爆発物のデータが収められている。もしコースに爆発物が仕掛けられているとしたら、タイマーかリモートコントロールで爆発させるだろう。その時に飛ぶ電波や爆発物本体の微量な成分を探知できるのだが、これも50メートル以内でないと反応しないのだ。
 また、もしデータ以外の物で作られていたら・・・、これも探知はできない。
 それでも彼らは銀座周辺のマラソンコースを歩いて探すしかない。
 コースになっている大通りからひとつふたつ入った道には機動隊の大型車両も控えている。それらがマラソンの警備用ではない事を知っているのはわずかな人間だけだ。
「今からでも遅くない。中止すればいいんだ。市民に何かあったらどうするんだ」
 雨に濡れた前髪を掻き上げジョーがぼやく。彼らはウインドブレイカーとパンツ、スニーカーというスタイルで傘は持っていない。いざという時ランナーに紛れ込めるようにしている。
「探知機も反応しねえし」
「ぼやくな。それよりトップグループはもうすぐ新橋だぞ」携帯の画面を見ていた神宮寺が言った。「さすがに速いな。これは予定より進行が早まるかもしれない」と
『各移動!』指揮を執る眉村からの通信だ。『佃大橋で爆発物と思われる物を発見した。大きさは20センチ四方、黒の金属箱、探知機で探知可能だ』
「そりゃあ、助かるぜ」ジョーが探知機のアンテナを四方へ向ける。反応は無い。「この辺りにはないのかもしれねえな」
 もちろんそれはジョーの希望的推測だ。テロリスト達が爆弾の効果を見せ付けるのに銀座を欠かすとは思えない。おまけにここは1回通って終わり、ではない。浅草で折り返したランナーがまた戻ってくるのだ。
『神宮寺!』リンクが鳴った。新橋方面にいる樋口だ。『今、参加者ではない男がコースに入り込んでそちらに向った。警察が追っているけど─』
「おっ、あいつだな」
 ジョーの目が、新橋から中央通りをこちら向って走ってくる若い男の姿を捉えた。かなりのスピードだが、ゼッケンをつけていないので参加者ではないのだろう。
 車も通らない銀座の真ん中をトップランナーと走りたいお調子者か。2人の警官が追っているがその差は開いていく。と、遥か後方にトップ集団が見えてきた。沿道の見物人はこのハプニングを喜んでいるようだ。
「へっ!追いつけねえのかよ。だらしない警官─」突然、ジョーの手にしている探知機がピーと鳴った。小さなモニタには右から左へ移動していく赤い点が映っている。「神宮寺!あいつ発火物を持ってるぜ!」
「なんだって!」
 神宮寺が男を追おうとコースに出ようとした。が、トップ集団に塞がれ出るのを躊躇った。そのすきに男は道路を斜めに横断し三越の方へと向う。
「西崎!」神宮寺がリンクで呼んだ。「黒いリュックを背負った男がそちら側へ行く。発火物を持っているようだ。確保してくれ!」
『了解!』
 西崎と立花の声が聞こえた。
 神宮寺達がいるのは進行方向左側の歩道だ。コースはたとえ横断歩道でも一般の通行は禁止になっているので向こう側に渡る事はできない。そこで右側には西崎と立花を置いたのだ。
「いかん、あの男─。西崎!男は三越前から地下道に入ったぞ!」
「銀座駅の地下は3層になっていて、出入り口もいっぱいあるぞ」
「よし、おれも降りて挟みうちにしよう。ジョーはここに残ってくれ」
 と、ジョーの返事も待たず神宮寺はA2と書かれた地下への入り口を駆け下りていった。
 雨の日は混む地下道だが今日は交通規制の周知が徹底されていたせいか、いつもより通行人が少ない。
 しかし銀座駅には東京メトロ3線が入っている。男が地下鉄に乗り、そこで爆発したら大変な事になる。だが、地上と違い地下は見通しが悪い。神宮寺は男が降りたA8の方へ走った。が、
「だめだ、見つからない─。西崎!男はどこへ行った!」
『日比谷線の銀座駅の方へ向っている』
 西崎の言葉が終わらないうちに、神宮寺より10メートル離れた所をリョックを背負った男が横切った。
「奴だ」
 神宮寺のピッチが上がる。地を蹴り男の後ろから飛びついた。2人絡まり床に転がった。
 男が足で蹴り上げてくるのをスッと体を引き、反対にその足を蹴り飛ばす。男の体が回った。神宮寺がリュックを掴んで引き剥がした。
 そこへ西崎が駆けつけてきて男を抑えた。道行く人は何事かと足を止めるが、今は構ってはいられない。
 神宮寺はリュックを開け、中から10センチ四方の小さな箱を取り出した。そこへ駅員と鉄道警察が到着した。
「タイマー式じゃない。スイッチを入れて爆発させるタイプだ」ホォと長い息をつく。追跡中や取り押さえる時にスイッチが入らなかったのはラッキーというしかない。「西崎、こいつを対策本部に連行して叩け。爆弾を仕掛けた場所を聞き出すんだ」
「わかった」
 西崎は鉄道警察に身分証明書を提示し協力を求めた。

「そいつが例のテロ予告の一味なのかな」
「できればそうであってほしいね。そう何組もテロ集団がいたら堪らない」神宮寺は再びジョーと合流し、中央通りを銀座一丁目方向に向かっていた。その先は他の者の担当区域になる。「しかし爆弾背負ってトップランナーを巻き込み自爆するつもりだったなんて・・・。ランナーが来る前に発見されたから良かったものの・・・」
「どうしてそんな事考えるんだ?おれ達といくつも変わらないのに。どうしてそう簡単に自分を殺す」
 ジョーがコースに目をやる。
 雨はほとんど上がっているものの、この季節に濡れた体のまま走るのはきつい。それでも参加者は白い息を吐き、次々と彼らの横を通過していく。そしてそんなランナー達を、やはり雨に濡れ白い息を吐きながら応援している人達がいる。
「おれは何回も死にかけた事があるが、自分から死のうと思った事はないぜ」
 いや、一度だけある。しかし神宮寺には話していない。
「奴が爆弾を仕掛けた場所を話してくれる事を祈ろう」
「悪魔にか?」ジョーが嫌そうに顔を背ける。「こんな状態が早く終わるなら、悪魔にだってオニにだって祈ってやるけどよ」
「ついでにモモタロウにもな」
 口を動かしながらも爆発物の探知は続いている。しかしコースに面した通り近くにはとりあえずないようだ。敢えて目のつきやすい銀座は避けたのか。
「トップがゴールしたぞ」
 手元の携帯には金メダルをかけられた選手のアップが映っていた。25キロ過ぎから独走状態だった外国人選手だ。日本の選手も2位に入っている。と
『各移動!』
 緊張した眉村の声がリンクとスピードマスターから響いた。
『銀座で確保された男が爆弾の位置を自供し始めた。各担当者はただちに現場に向かってくれ。場所は─』3ヶ所の地名が挙がったが銀座や新橋は入っていなかった。『─他の移動はそのまま担当地区の捜査を続けてくれ』
「チェッ!まだお役御免にはならねーか」
「奴が全部自供するとは限らないからな。少なくとも最後のランナーがゴールするまでは気が抜けないさ」
 トップ集団が1時間以上も前に走り抜けた中央通りだが、市民ランナーの波は依然続いている。
 彼らは記録より走る事自体を楽しんでいるのであくまでもマイペースだ。コースの所々に用意されているバナナや人形焼きで腹ごしらえをし、またコースに戻っていく。
 コース沿いを逆に歩く2人はちょうどランナーと向き合う格好になった。要所要所に警備の警官が立っているが、あれ以来大きなトラブルはないようだ。
「なあ、裏通りに入った方がいいんじゃねえか?中央通りはもう見たし」
「そうだな・・・」神宮寺がちょっと迷っていると、ドンッ!と空気の振動と、新橋方面で黒煙が上がっているのが見えた。「樋口!伊藤!」
『やられた、くそォ』伊藤だ。『だけどコースのそばじゃない。ひとつ横に入った別の通りだ』
「やっぱり奴は全部自供していなかったな─。そっちは大丈夫か?」
『本部に応援を頼むから大丈夫だ』
 通信が切れた。
「やはり裏通りも調べた方がいいようだな」
 手元の携帯にはマラソンの中継車による新橋の爆発現場付近の映像が映し出されている。しかし現場そのものではなくカメラはコースを走るランナーの驚く姿を映し、やがてパーンして少し離れた所から立ち上る黒煙を映し出している。爆発の規模はそれほど大きくはなさそうだ。
『新橋で爆発が起こった』再び眉村の声だ。『公衆電話と隣接した店の一部が被害を受けたが人的被害はないようだ。コースから30メートル離れている』
 サイレンの音が聞こえてきた。中央通りにはまだ多くのランナーがいる。緊急車両のサイレンがいくつかに分かれて聞こえた。
『それから、先程伝えた3ヶ所で爆発物は確認されていない。偽の自供の可能性は高いのだが─』
 それでも、男の口から出た地名を眉村は伝えてきた。今頃担当地区の仲間達が走っているだろう。
「銀座の裏通りってけっこうゴチャゴチャしているんだな」
 辺りを見回しジョーが言った。
 華やかな中央通りに比べれば確かに小さい店が多い。しかし隠れた名店も多く、テレビでよく紹介されている店もこの辺りに軒を並べている。
「腹へったなァ。おれ、朝も食ってねえし」
「腹を鳴らすなよ。探知機が反応するぞ」
「おれの腹は爆弾かっ」とジョーが神宮寺の方を向いた途端、探知機のアラームが鳴り響いた。「─お前か?」
「バカ言うな。近くに爆発物があるんだ」2人は道の左右に分かれて慎重に見ていく。アラームの音がかすかに大きくなった。「ジョー!」
 神宮寺が指差すのは、ビルの1階の大きなショーウインドだ。ブランド物らしいバッグや靴の隅に赤いリボンのついた小さな箱が置かれている。しかし上部にカウンターがついていて、その数字がどんどん減っていくのだ。
「ドアが開かねえっ」入口の自動ドアをジョーが叩いた。「この店、休みだ」
 6時間の交通規制で客足の影響を考え休みにしたのだろう。
 2人が見て回る途中にも?Close?と書かれた札の下がった店が何軒かあった。
「ここのオーナーに連絡して・・・いや、いっそ爆処に頼んでぶち抜いてもらうか」
「だめだ、ジョー。見ろ」ショーウインドを覗き込んでいた神宮寺が言った。「残り時間は1分台だ。とてもそんな時間はない」
 ジョーが神宮寺のもとに走り寄った。
 角度が悪いのでカウンターの数字を全部見る事はできないが、1番左の数字は?0?、その次は?1?だ。秒数は見えない。
「ドアを抉じ開けるか、ぶち割るしかない」
 神宮寺が辺りを見回す。しかし裏通りといっても銀座である。凶器に使えそうな大きな石など落ちていない。
「仕方がねえ」
 ジョーが後ろに下がりながらウインドブレイカーを頭から被った。そのまま地を蹴り、ショーウインドに向かってダッシュした。
「ジョー!」
 神宮寺の叫ぶ声が、ガラスの割れる高い音で消された。とっさに両腕で顔を庇い、だがすぐに顔を上げた。
 ショーウインドは人が2人通れるくらいの穴が開いていた。
「ジョー」
 神宮寺が覗くと体を丸めたジョーが床に転がっていた。
「・・・大丈夫だ」
 ジャリジャリと音をたてジョーが起き上がる。近くの住民や店の人が何人か駆けつけてきたが、あまりの光景に息を呑み突っ立っている。
 ジョーが両手でリボンのついた箱を持ち上げ、割れた隙間からゆっくりと出てきた。顔や手など露出している所は細かい傷が走り血が滲んでいる。
「1分を切っている。ここで解体するしかない」
「皆さん、離れてください!」神宮寺が叫んだ。その彼の目に機動隊の特別警備車が小さく映った。「DV─2型だ。うまくすれば─。ジョー、待ってろ!」
 神宮寺は箱のフタを外そうとするジョーをその場に残し、機動隊が待機している所へと走った。
「くそォ、線が5本もある。五分の一の確率かよ」
 額から落ちてきた血が瞳に流れ込む。痛みはまったく感じないのに視界がぼやけた。と、大きな影がジョーを覆った。振り返るとそこには機動隊の大型車両が止まっていた。
「ジョー、爆弾を貸せ!あなたも降りてください!」
 神宮寺が運転席に向かって叫ぶ。ジョーの手から箱を取り上げた。重い後部ドアを開け箱を中に置き、ガシャン!とドアを閉めた。
「離れるぞ」
 神宮寺はジョーを抱えるようにし走った。野次馬達はとうに離れている。
 2人が角を曲がったとたん、ドカン!と爆発音が響いた。
 DV─2型の後部から黒い煙が吹き出ている。それでもこの装甲車のような車両は破壊される事なく、後部の一部に穴が開いただけで済んだ。
「良かった、間に合って─」ホッと息をつき、神宮寺はジョーと共に座り込んだ。「DV─2型の一部の車両は爆処の爆発物処理筒車と同じくらいの強度を持っていて、中で爆発しても耐えられるように作られているんだ。それがこの車両で良かったよ。爆弾自体そう強力ではなかったし・・・。おっと、そっちは大丈夫か?」
「・・・お前なァ」当分バンソウコウのお化け確実のジョーが、恨めしそうに神宮寺を睨み上げた。「そーいう物は、人が飛び込む前に見つけてくれ」
「お前こそ、突っ走る前に周りを良く見ろ。どのくらい怪我すれば学習するんだ?」もちろん神宮寺も負けてはいない。「ま、素顔が隠れた方が女性にモテていいかもな」
「お前の髪と一緒にするなっ」
「髪となんの関係があるんだよっ」
 強引に警備車を動かした男と血まみれの男との言い争いを、尻もちをついたままの機動隊員がポカンと見ていた。


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