コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

サンゴ礁は危険がいっぱい 1

「見えて来たぜ、神宮寺。あれがアトーレってやつだな」
 眼下を見てジョーが言った。
 アトーレとはモルディブ語で、?中央にラグーンを持つサンゴ礁の島?という意味の?アトルー?が語源になっている。
 その名の通り、そこは1190の島々と26に及ぶ自然の環礁で形成されている群島国家─モルディブ共和国だ。
 紺碧のインド洋に浮かぶ白いサンゴ礁が宝石のように美しい。
「それにしても、国際警察の保養所がモルディブのような観光地にあるとは思わなかった。おじさん達にしてはロマンチックだな」
「こんな観光地になる前に作られたらしい。もう30年くらい前だそうだ。─お、あの島だな」
 神宮寺が機を大きく旋回させた。フロートのついた水上飛行機の操縦経験は数える程しかないが、ムンバイからここまではとりあえずOKだ。後は─。
「降りるぞ」
 わざわざそう言ったのは、前の仕事で大怪我を負ったジョーのその傷がまだ完治していないからだ。しかしその気遣いは無用だった。
 神宮寺の操縦するフロート機はショックもなく着水し、海面を滑るように海上に設置されたフローティング・ステーション内にピタリと止まった。
「お見事」
 そう言うジョーに、神宮寺にしては珍しくちょっと自慢げな笑顔を向けて来た。

「あの島全部が保養所とはね」
 左肩を庇って、それでも飛行機からフロートに飛び降りたジョーが目の前の島に目を向けた。と言っても小さな島なので、20分も歩けば一周できるだろう。
 しかしそれはこの島に限った事ではなく、この国のほとんどの島が歩いて数分─大きくても40分もあれば一周できる。首都マーレでさえ1時間歩けば一周できてしまうのだ。
 そんな島々は1190を数えるがほとんどが無人島で、人が澄んでいるのは200足らず、リゾート島は90に過ぎない。
 26の自然の環礁を形成しているが行政的には19の環礁としてグループ分けされている。2人が降りたのはそのひとつ、アリ&ラスドウ環礁の東側にある島だ。
 海上フロートから50メートル程離れたその島には、レセプションやパブリックスペースらしい大きな建物と2階建てのゲストハウスが見える。
 他のリゾートのような水上コテージはないが、白い建物と青い海、遠浅のハウスリーフのコントラストが美しい。と、島の桟橋からドーニと呼ばれる地元の木造船が一隻こちらに向かってきた。
「いらっしゃい。無事に着いて良かった」ドーニから降りて来たのは40代後半の日に焼けた逞しい男だった。「管理人兼調理師の八木です」
 よろしくと右手を差し出す。
「日本の方ですか?」
 ちょっと驚き神宮寺が訊いた。
「ええ、あなた方と同じ所にいました。と言っても、もう20年も前だけど」
 八木はフロートに飛行機を固定させドーニへと2人を促す。島まではわずか1、2分だ。桟橋では八木と同年代の女性が2人を出迎えた。
「妻の麻子です。看護師の資格を持っています」
「よろしくお願します」
 あいさつを済ませ、ふと島の内側に目を向ける。
 サンゴ礁に守られた穏やかなラグーン。その外側に広がる紺碧の大海原─。
「ゆっくり休めそうだな。ジョー」
 神宮寺が相棒に目を向けた。彼らは前の仕事で怪我を負ったジョーの静養と残っている休暇の消化を兼ねてここへ来た。
 ムンバイでの事件のためにルウクの予定は大きく狂い、再度調節のために一度ナルドに帰国する事になったのだ。
 2人の休暇を聞いたルウクは、“ぜひ我が国に来てほしい、貧しい国ですがゆっくり休むための自然は豊かです。ライオンもいますが・・・”と、余計な事を言ってジョーに睨まれたものの2人を招待すると言ってきかなかった。
 行ってみたい気持ちもあるがインドから西アフリカでは遠すぎて、まだ傷が完治していないジョーの負担が大きくなる─。
 そう医師から説明されようやく納得したルウクは、“いつか必ずナルドに、豊かで安心して皆が暮らせる故国に来てほしい”と言い機上の人となった。
「今はあなた方しかいません。のんびり過ごしてください」
 八木が2人を部屋に案内する。2階のツインルームだがシングルユースで使わせてくれた。
 リゾートホテルのような豪華な造りではないが、南の島らしい開放的な大きな窓にモルディブの民家にあるウンドーリというブランコが涼しげに揺れている。
 2人の部屋は島の内側、つまりハウスリーフに面している。ベランダから外を見るとリーフに打ち寄せる波の混じり気のない白・・・その中を泳ぐ色とりどりの魚達・・・このまま海に飛び込んでしまいたい。
「スキューバダイビングの装備はありますか?」
 神宮寺の問いに、もちろんと八木が答えた。
「ただ外洋でのボートダイビングは2人1組でないとな。隣のリゾートと契約しているからダイビングツアーは受け付けてもらえるよ。ここのハウスリーフは・・ま、1人でもできるけど」
「そうか、おれ1人か・・」
 保養所の利用者は2人だけだ。だがシャワーでもまだ傷口が沁みるというジョーが海に入ったらバツゲームになる。
「隣のリゾートは大きいので1人で参加してもインストラクターやバディに困る事はないよ」
「今日のところはハウスリーフのお魚さん達と遊んでくるかな」
 神宮寺がベランダから海を覗き見る。ここならシュノーケリングで充分楽しめるだろう.
「チェッ、おれは波打ち際で水遊びか」子どものように唇を尖らせジョーが言った。「そうだ。ここから糸を垂らして釣りをしようかな。入れ食いだぜ、きっと」
「申し訳ないが島の桟橋や海岸、ハウスリーフ内での釣りは法律で禁止されている。だが少し沖に出れば大丈夫。ドーニか小型のクルーザーを貸すよ」
「釣りもいいけど、ジョー、少し休め。無理をしないというのがここへ来る条件だぜ」
「無理はしてねーよ」と言いそのままストンとソファに腰を落とした。「おれを休ませておいて、そのスキに水着の女の子をナントカしようと思ってんだろ」
「どこにいるんだよ」ヒョイと神宮寺が肩をすくめた。「とにかく休め。でないと本部に連絡して山の中の一軒家の保養所に移してもらうぞ。そこに閉じ籠って過ごすんだ」
「・・・お前と2人で?」
 じとっと目を向けてくるジョーに、神宮寺が身を震わせた。
「あーそうかー、そーいう事かあ!JBもずい分とオープンになったものだなあ」突然の八木の大声に2人が“え?”と顔を向けた。「イスラム法によりモルディブ人は容易に結婚離婚する事ができ、男性は4人まで妻を持てる。ま、色々な形がある。ここでは気を遣う事はない」
「は?」
「いえ、あの・・そういう事では・・」
「なんなら同じ部屋を使ってもいいよ。ダブルベッドの部屋もある」
 そう言われようやくジョーも気がついたらしい。が、何も言えず口をパクパクさせている。
「じゃあぼくは失礼するよ。どうぞごゆっくり」と、部屋を出て─だが振り返り「冗談だよ」
 と、笑って行ってしまった。
「ジョー・・・」
 神宮寺の細い目がさらに細くなりジョーに向けられた。
「おれのせいじゃねーや」
 ジョーはそのままソファに寝っ転がった。左肩がビリッと嘆(な)いた。

 日本人のシェフなので日本料理か─と思ったが、パスタとフルーツという昼食を摂りジョーは白砂のビーチに置かれているサンチェアに体を伸ばしエメラルドグリーンに輝くハウスリーフを眺めていた。
 今は雨季に当たるのだが、かと言って毎日雨が降り続くわけではない。1日に1、2回スコールに見舞われる程度で、それ以外は晴れている事が多いそうだ。だがあまり長い時間太陽の下にいないようにと麻子に言われている。
 日に焼けても肌は黒くならずオリーブ色になるが、日差しは強いので肌へのダメージは大きい。怪我をしていれば尚の事だ。
 ジョーは薄いイエローのTシャツにハーフパンツというスタイルだ。その彼から少し離れた所では神宮寺が八木からハウスリーフシュノーケリングのレクチャーを受けていた。といっても技術的な事ではなく、このリーフの特徴についての説明だ。
 外洋ではないので危険はないが、プカプカ浮いているだけならまだしも潜行するならやはり注意は必要だ。それにリーフエッジの外側は回遊魚が群れる外洋だ。神宮寺ならそこまで行ってしまうだろう。
「お魚の写真撮ってきてやるからな。おとなしく待ってろよ」
「お魚より美人の人魚を捕まえてきてくれ」
 ヒラヒラと手を振るジョーに、神宮寺も片手を上げ答えるとマスクをしゆっくりと海へ入って行った。
 そこはただひたすらに一面青い世界だった。
 学生の頃よく潜った沖縄の海も青く美しかったが、こちらとでは文字通り青さが違った。と彼の目の前をシマハギが横切った。リーフ内の浅瀬によく見られる魚で人間を恐れる様子はない。
 エダサンゴの群落を住処としているミズジリュウキュウスズメダイやウミズキチョウチョウウオにも遭遇した。
 休暇などいらないと思っていた神宮寺だが、ここへ来てよかったと素直に思った。

「こんな所で寝てはだめだよ、アサクラ君」
 頬に冷たい物を当てられジョーは目を開けた。色鮮やかなジュースの入ったグラスを持つ八木が彼を見降ろしていた。
「Danke」
 礼を言ってグラスを受け取る。いつの間にかウトウトしていたらしい。
 ライオンに裂かれた肩の傷は的確な手当のおかげで順調に回復している。ただムンバイの病院ではRHマイナスO型の血液が不足していて充分な輸血が行われなかった。そのためジョーは3日間ベッドから体を起こす事ができなかったのだ。
 そのせいかどうか、今でも時々だるさを感じる。あの薬が手元にないという不安も─。
「八木さんはJBにいたんですか?」
「もう20年も前にね。鑑識課にいたんだが休暇でここに来てすっかり気に入ってしまい、結婚したばかりの妻を引っ張ってここの管理人になったんだ」
 焼けた体を胸から上だけのTシャツが覆う。腹筋は見事に割れ、鑑識というより捜査課のメンバーのようだ。彼の年齢ではJB各課長部長より上だろう。
「アサクラ君はJBは長いのか?」
「4年です。あの・・おれの事はジョーでいいです。皆そう呼ぶので」
「4年?」ジョーの年齢からすると首を傾げるのもわかる。だが八木はそれ以上何も訊かなかった。その代わりに「アサクラ君はもしかしてジュゼッペ・アサクラ氏の─」
「親父を知ってるんですか?」
 グラスをカラにしジョーが訊いた。
「直接会った事はないが名前はよく─。そうかアサクラ氏の」
 八木の目が一瞬遠くを見るようにリーフに向けられた。
 国際警察においてのアサクラの名声は高い。その息子であるジョーは、父と同じ道を選んだ事でいつも?ジュゼッペ・アサクラの息子?として見られる。比べられているようで居心地が悪い時もあるが、父の話が聞けるのは嬉しかった。
(もっとも親父の昔の知り合いとやらに会うとロクな事ないけど)
 八木は面識がないというから大丈夫だと思うが─。と、左肩の傷が熱を帯びているのに気がついた。
「顔色が良くないね。ホテルに戻った方がいい。JBのチーフに?くれぐれも?と頼まれているんだ」
「大丈夫ですよ。─神宮寺」
 見るとリーフから神宮寺が上がってきた。
「すごいですね。短時間であれだけの魚を見られるとは思わなかった」
「ヘェ、そりゃ楽しみだな」
 体を起こすジョーに、あっと神宮寺が声を上げた。
「・・・見るのに夢中で、海中の写真を撮るの忘れてた・・・」
「えー!なんだよー、それー!」
 子どものような声を上げるジョーと、すまんすまんと平謝りする神宮寺を八木は微笑ましそうに見ていた。

「無理したつもりはないんだけど・・・」
 左肩を冷やしてもらいながらボソボソとジョーが呟いた。
「モルディブの太陽を甘く見ないで。化膿はしていないけど」
 看護師の麻子は夕食時のジョーの不自然な様子を見て傷の悪化を見抜いた。
 このくらいジョーにはなんでもない事だったが、八木夫妻はただの管理人ではない。この地に静養に来る彼らの生活から体調などすべてを管理している。この地に来て傷を悪化させて帰すわけにはいかない。
「神宮寺さんもだけど外に出る時は必ず上は着て。海に中でもTシャツを着ていた方がいいわ」
「・・Ja」珍しくジョーが素直に頷いた。榊原看護師長と同年代の女性は苦手だ。中野の病院にいる気分になる。「・・・お前、なんでおれの部屋にいるんだよ」
「だからさァ」自分より小さな相手にしどろもどろになっている相棒にクスクス笑いながら神宮寺が言った。「明日スキューバーダイビングをしようかなと思ったんだけど・・・お前は無理だな」
 笑ってはいるが神宮寺なりに気を遣っているのだ。いや、困っているジョーの顔を見に来たのかもしれないが。
「いいさ。お前は海中で綺麗なお魚さんと、おれは地上で綺麗な女の子とデートだ」
「あら、でも・・」
 と言いかけて、しかし口を閉じた麻子は気の毒そうにジョーを見た。


                  →
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://junstory.blog63.fc2.com/tb.php/133-a4162303