コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Valentine panic 1

 カララン♪
 ドアに取り付けられているカウベルが軽やかに鳴った。
「おはようマスター。モーニングね」
 カウンターでコーヒーを淹れているヒゲのマスターにそう言うと、神宮寺は窓側の席に座り持って来た新聞を広げた。
 ここは彼のマンション近くにある喫茶店だ。彼は週に2、3回ここで朝食を摂る。
 10席程度の小さな店だが駅へ行くのとはちょうど反対方向になり住宅地の中にあるのでいつも空いている。
 やがてコーヒーの良い香りと共にマスターがモーニングのトレイを運んできた。神宮寺のテーブルに置き、すぐにカウンターに引き返すと今度は身幅くらいのダンボール箱を持ち、トンッとテーブルに置いた。怪訝な顔の神宮寺が箱を覗く。
「─あ」
「そう、毎年恒例のチョコレートの大群だ。バレンタインまでに君に渡せてよかった」
「・・・・・」神宮寺は困った顔で箱の中のチョコレートを見、マスターに視線を移す。「これ、店で使ってくれないかな・・・。とても食べきれない」
「冗談じゃない。そんな事が女の子達に知れてみろ。うちはお得意さんを大量に失う事になる」マスターの大声に近くの女性客が振り向いた。神宮寺を見て赤くなっている。贈り主の一人だろうか。「ちなみにうちは君のポストではない」
 う?んと神宮寺が唸った。

「うわあ、すごい香り!」伊藤が声を上げた。「今日の昼食はチョコ定食か?」
「もうこの時期か・・」食堂の入口に、?ご自由にどうぞ?と張り紙されているダンボールの中にひしめくチョコレート軍団に目をやり樋口が呟いた。「で、今年のトップは誰だい?」
「ダントツで神宮寺さ」ダンボールの中を掻き回しながら洸が言った。「実はもうひとダンボールあるんだ。今、杉本さんが活用しようと頑張っているけど。で、二番手がジョー。だけど僅差で西崎が猛追している。あ、もちろんぼくのもあるよ!」
「しばらくはデザートにチョコが出るな」
 ワクワクと高浜が顔を綻ばした。
 喫茶店でダンボール詰めされたチョコレートを持たされた神宮寺は、結局それらをJBに持ち込んだ。一人ではとても食べきれないし、かと言って捨てるわけにもいかない。
 確か去年もその前も同じ様な事をしていたな・・・と思っていると、JBの女性職員からの大量のチョコが彼の元に届き、ダンボールがもう1つ増えていた。
 そこにやはり甘い物が苦手なジョーや西崎達のチョコレートが加わり、食堂の一角でひしめき合う結果となった。
「神宮寺のマンションの近くに専門学校があって、そこの女の子達がサ店で彼を見かけて─っていうパターンらしいよ」
 本当に洸はどこからこーいう情報を集めてくるのだろう。
「なんだよ、このチョコレートの山は」ジョーだ。「チョコ会社が倒産したのか?」
「この書き入れ時に倒産するって・・・。どーいうチョコレート屋だ?」
「そう言うけどジョー、君が持って来た分も入ってるんだぜ」
「ヘンな事するよな、日本って」洸の言葉を無視しジョーがカウンターを覗き込む。「杉本さん、ハムサンドとコーヒー。サンドイッチにキュウリ入れないでよ」
「替わりにチョコレート挟んでやるか?」大量のチョコに囲まれ上機嫌で言う杉本調理師長に、“いりません!”とジョーが拒否した。「そうかい?君宛の中にちょっといいベルギーチョコがあってね。今、溶かしてトリュフチョコを作っているんだが」
「チョコからチョコ作ってどーすンですか」
「しかしチョコからシチューは作れまい?いや─できるかも・・・」
「や、やめてください!」
 サンドイッチとコーヒーを受け取り、ジョーはそそくさとその場を離れた。
 研究熱心な杉本の事だ。さっそくシチューにできそうなチョコ(?)を選んでいるだろう。早く食事を済ませて逃げ出さないと試食させられるかもしれない。
 気のせいか、周りの皆の食べるスピードが速くなったような気がする。
「まったく、なんて事言ってくれるンだよ、ジョー」
 一平がぼやく。
「おれのせいじゃねえや。ベルギーチョコが─」
 ふと口を噤ぐ。
 ベルギーのチョコレートは高級とおいしさで有名だ。ジョーも子どもの頃にはよく食べていた。そして母親が作ってくれるのは─。
「皆、試食してくれ」
 杉本がジョーや洸達のテーブルに歩いてくる。
「えっ!シチューもうできたの!」
 洸が仰け反った。
「シチューがディナーだ。これはデザート」
 一瞬恐ろしい事を言われたが、皿の上には─。
「・・・Sachertorte」
「おお、さすがにすぐわかるな、ジョー。そうだよ、ウィーン生まれのザッハートルテ。ドイツでも有名なケーキの1つだ」持ち込まれたチョコレートで作ったのだろう。皿の上には三角形のチョコレートケーキが乗せられている。「このミット・ザーネという生クリームを添えて食べてくれ」
「・・・・・」
 ジョーが目の前のケーキを見つめる。だが手を出そうとはしなかった。
「うわっ、けっこう甘いね」
「だから生クリームと一緒に食べるのか」
 洸や一平が口々に言う。
「そうすると不思議と甘さが和らぐんだ。どうしたジョー?ザッハートルテは苦手か?」
「・・・いえ」
「チョコブラウニーの方がよかったかな。何か作って欲しい物があったら言ってくれ、ジョー」
「ママの─」
 え?と杉本が聞き返した。が、ジョーはかすかに首を振ると立ち上がった。そのまま食堂を出て行く。
 杉本も洸達もポカンと見送った。
「・・・まずかったかな」杉本が鼻をコリコリしながら言った。「喜ぶかな、と思ったんだが、かえってドイツを思い出させてしまったようだ」
「そんな事でメソメソするようなガキじゃないだろ、あのジョーが。ドイツより日本で暮らした年月の方が長いんだし、家は日本にあるんだから─」
「でもさ、一平」洸がフォークを置き一平を見る。「ぼくは日本で生まれて日本に家があって─。外国へ行ってもまた家に帰ってこられる。でもジョーはドイツに行っても、もう?家?はないんだ。いくら日本にいる方が長いといっても、ジョーが生まれたのはドイツだ。そのドイツに─故郷に帰れないって、彼言ってたよ」
 ハンブルクの家はもうジョーの家ではない。故郷には行かれるが帰る事はできない─。
「それってどんな気持ちだろう」
 洸の言葉に一同は黙り込んだ。
 JBのSメンバーとして神宮寺共々一目置かれているジョー。その圧倒的な存在感と、ふてぶてしいほどの態度と行動力で誰もがジョーを強い人間だと思っている。
 だが少なくともここにいる一部のメンバーには彼の本当の姿が見え始めていた。
 相手の銃口に向かっていく無謀なやり方も強引な態度も口調も、あの見る者を射抜く鋭い視線さえも、ジョーの強さから出ているものではない。むしろその反対なのでは・・・。
 おそらくジョーは気がついてはいないだろう。もし自覚してしまったら彼は前へ進む事ができなくなる。
(でもそれって・・皆そうなのかも・・)
 すっかり静かになってしまった面々をグルリと見回し洸は思った。そして最後の一片を口に入れた。ちょっと苦いような気がした。

 誰かと顔を合わせるのがいやでジョーは6階へ戻るのに階段を使って上がった。
 せっかく作ってくれたデザートに手もつけず急に出て行ってしまった自分を、杉本はどう思っただろう。悪い事をしたと思ったがあれ以上あそこにいたくなかった。
 杉本のせいではない。いやむしろ彼には感謝すべきだ。
 今まで忘れていた、母が手作りしてくれたケーキの事を思い出したのだから。
(なんでそんな事まで忘れているんだろう)
 ジョーには日本で暮らした幼い頃の記憶の一部が欠けている。それは辛い事を思い出したくないという本能のブレーキかもしれない。
 しかしドイツにいた頃は幸せだった。両親がいて、ごく普通に暮らしていた。その事まで封印する必要はない。なのになぜ─。
 ジョーは無意識のうちに階段の途中で立ち止まっている自分に気がついた。何かが引っかかっている。
 いや、?何か?ではない。その正体をジョーは知っている。その引っ掛かりを無くす術もまた─。
「何してるんだ、ジョー。榊原さんが待ってるぞ」ダブルJ室のドアを開けたとたん神宮寺に言われた。「今、連絡があって─。今日はドクタの診察日だろ?」
「あ・・・」
 先日の東京マラソンの警備中にショーウインドに突っ込み、体や顔に無数のキズを負った。今はもうほとんど目立たなくなり、体や顔を埋め尽くしていたバンソウコウも3、4ヶ所になった。
 このケガの治療は今日で終わるはずだ。今日は榊原がJBに来る日なので昼食の後に寄るつもりだったのだが。
「早く医療部へ行け」が、ふとジョーを見る。「お前・・・チュコレート臭いぞ」
「誰のせいだと思ってんだ。食堂はチョコレート工場になっていたぞ」そう言われると神宮寺は黙るしかない。「おまけにディナーはチョコレートシチューだ」
「シチュー?なんで・・・」が、杉本の顔が浮かび納得してしまった。「カレーじゃないだけマシか」
「どーマシなんだよ!」
「ツベコベ言ってないで早く行け。それともこの書類を仕上げるの手伝うか?」サッと、まさしく風のようにジョーは身を翻し出て行った。「冗談だ。おれ一人の方が早く済む」
 神宮寺はため息をつき、再びドアに目を向けた。
 三神利彦の自殺から今日まで、ジョーが一人ぼおっとしている姿をよく見るようになった。フラッと部屋を出て行き、長い時間戻らない事も増えた。
 どこへ行っていたのかと訊いても何も答えない。先日は第2資料室に無断で入って森から口頭注意を受けていた。
 それでも何か言えばいつもの悪舌が返って来る。マイペースも相変わらずだ。
 しかし何かの拍子に─どこか一本の糸が切れたらすべて崩れ落ちる危うさも感じられた。それは神宮寺だけではなく森や榊原も同様に察しているはずだ。しかし彼らは何もする事ができない。
 ジョーがもし手助けを求めたら・・・その時は手を差し伸べてくれるだろう。
 だが彼が自らそれを口にする事はないだろう、と神宮寺は思った。

「立花と伊藤、樋口・・は仕事か。西崎は?」
「樋口と中根に仕事が入っているからな。何もなければ参加できるってさ」
「一応、チーム1(ワン)のリーダーだもんね、西崎」ふと洸が一平に訊いた。「ジョーは?」
「訊いてないけど、神宮寺が誘えば来るだろ。ええっと、買い物はこれでいいな」一平が手帳を仕舞う。「なんか最近のジョーは声掛けづらくて。いつの間にかどこかへ行っちゃってて。さっき食堂で会ったのだって、ずいぶん久々の気がする」
「うん・・・」
 それは洸も感じてた。
 自分達が仕事で韓国に行っている間にダブルJが確保した男が拘留中に自殺したと聞いている。男を取り調べしていたのは公安だったが、自殺に追いやったのは自分だ、とジョーは長い間苦しんだ。まだ続いているのだろうか。
「そんなのジョーのせいじゃないのに・・・」
 そう思う。
 しかし自分が当事者だったら・・・そう思い、割り切る事ができるだろうか。
 神宮寺やジョー、一平に自分もSメンバーという名を与えられている。頭の回転の速さ、優れた判断力や行動力、並外れた体力が要求される。これだけ見れば捜査課のメンバーや森チーフより確実に上だろう。
 しかしメンタル的には彼らはまだ20才(ハタチ)そこそこの若者だ。こればかりは訓練で身に付くものではない。
「一気にチーフくらいの年齢にならないかな」
 洸が呟いた。

「顔も体の傷も、もうほとんど目立たなくなったな。さすがに治りが早い」榊原が目の前に座るジョーを診て言った。「もう痛くないだろ?」
 ジョーが頷く。
 1週間ほど前は顔と上半身のほとんどを覆っていたバンソウコウも今は1つ─右頬の下だけになった。
「もう服を着ていいよ」
 榊原は消毒薬やガーゼを仕舞いながら言った。しかしジョーは榊原に目を向けたまま動こうとしなかった。
 ブルーグレイの─氷原の中の湖のような瞳に迷いの色を映し、問いた気に榊原を見ている。その瞳を受けるように榊原も彼を見た。
「・・・いえ」
 しかしジョーは目を背けた。
 まだ、だめだ。まだ決心がつかない。榊原はそれを見抜いている。だから─。
 ジョーは掛けてあったシャツを取ろうと左手を伸ばした。と、ズキッと痛みが走りシャツを落としそうになった。あわてて掴む。─と
「左腕の・・・あの傷はまだ痛むのか?」
「え?」
 ボタンを掛ける手を止めジョーが驚いて榊原を見た。
 前の仕事で坂下の言葉に一瞬自分を見失い、ジョーは坂下に銃を向けそうになった。その衝動を自分の体で押さえ込んだのだ。
 自分の体に流れるマフィアの血─。全部流れ出てしまえばいい、と願いながら─。
 この銃創は疾うに完治している。しかし時々思い出したように痛み、その時の苦しみをジョーに思い出させる。
 だがその事を榊原に話した覚えはない。なのにどうして─。
 榊原がジョーの左腕を取った。彼は腕を引きそうになり、が、辛うじて押さえる。
 ジョーは他人に触れられると一瞬拒否反応を示す。医師である榊原や彼のマッサージを担当する秋山に対してもだ。
 もっとも多少なら神宮寺やJB2にもある。他人に触れられる─押さえられるという事は任務中なら自らの危険を意味する。後ろに立たれる事をいやがるスナイパーと同じだ。
 しかし神宮寺達とは違い、ジョーは幼い頃からその傾向があったらしい。それは鷲尾から榊原は聞いていた。
 シャツの袖を少し捲り、よく診ないとわからないほどかすかな傷痕を榊原はスッ、スッと摩った。
 グッと筋肉が緊張した。ジョーが顔を歪める。
 だが何度か摩られているうちにその緊張は解け、ジョーの表情も穏やかになっていく。榊原が静かに言った。
「ジョー、君はこんなに強い体をご両親から貰い、鷲尾さんの愛情も加わって立派に大きくなった。その体を粗末に扱ってはいけないよ」
 だがジョーは答えず自分の腕を摩る榊原の手を見ていた。
 彼は気がついていないが、この傷痕はジョーのトラウマの出口だ。
 幼い頃に受けた衝撃で、彼は無意識下に記憶の一部を封印してしまった。この?抑圧された記憶?と後の事件で思い出した?回復記憶?とが彼の中でうまく折り合いがつかない時、この痛みが現れる。
 それがひどくなるとフラッシュバックの再発となる。
 大人になってから現れるフラッシュバックは時間が経っているにも関わらず、源記憶より鮮明さを増す傾向が強いと言われている。おそらく以前ジョーに現れたものより、はっきりとした強力な?記憶の復活?になるだろう。
 だからこそ、今この傷痕を塞いではならない。
「榊原さん、おれ・・・」フッと伸ばされたジョーの右手が榊原の手を止める。「公安がおれの事を抑えていると知って・・・国際警察をやめさせられるかもしれないと思って、どうしていいのかわからなくて」
 右手が榊原の手を掴む。
「事件をたくさん解決すれば、チーフもおれの事をやめさせようなんて思わないだろうと─」
 だからか。だから大怪我を負って手術したばかりなのに敵の懐に飛び込んでいったり、ショーウィンドに体当たりしたり─。
 自分の存在価値を相手に認めさせるために、無謀とも言える事を繰り返してきたのか。
「ジョー」榊原が辛そうに彼を見る。「君はもっと自分に自信を持つべきだ。誰も君をやめさせようなんて思っていない。森さんはもちろん神宮寺君も君を必要としている」
「・・・・・」
 ジョーが榊原から目を逸らした。彼の言う事を信じられないのではない。だが・・・。と、スピードマスターが鳴った。チーフ室への呼び出しだ。
 ジョーが立ち上がる。今までの気弱な表情が、Sメンバーの貌に変わる。榊原に頭を下げ足早に診察室を出て行った。
「少し休ませた方がいいのかもしれないが・・・」
 手元の、大学病院からのカルテを見ながら思った。
 しかし今の彼にはかえって逆効果になるだろう・・・。
 そう思うと決断できなかった。


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