コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

Wanted dead or alive 1

 街はそろそろ黄昏時を迎える。
 人々が帰宅の途に就くその頃、ジョーもまた自宅のある元麻布に向かってセリカを走らせていた。
 まだ暗くならないうちに家に帰れるのはめずらしい。今日は1日出動もなく、午前はスポーツジムで汗を流し午後は射撃場でウッズマンの調整を行った。前の事件で銃創を負った右腕もほぼ完治しジョーもウッズマンも調子がいい。
 セリカをマンションの地下駐車場に入れいつもならそのまま10階の自宅まで上がってしまうのだが、今日は1階のポストに寄ってみる。手紙などめったに来ないので1週間に1度寄るかどうかだが、今日はエアメールが1通投函されていた。
「鷲尾さん?」差出人はフランスの鷲尾だ。ちょっとクセのあるスペルが並んでいる。「なんで手紙なんか」
 ジョーが1人で暮らし始めてからも鷲尾から手紙など貰った事などない。ジョーは急いで部屋に戻りペーパーナイフを入れた。中には1枚の便箋とさらに封筒が入っていた。便箋には鷲尾の字が並んでいたが封筒の裏側に書かれた名前は─。
「トーニ?」
 それはイタリアにいるアントニオ・カルロスからの手紙だった。

「こちらJ(ジュリエット)26号機、神宮寺です」眼下の小さな飛行場を確認し神宮寺が無線機のスイッチを入れた。「エンジン良好。さすが林さんの整備は完璧ですね」
『テスト飛行中に余計な事は言うな』苦笑する林の声が聞こえた。『上空を2、3回旋回してOKだったらビジュアル・リーディング・ポイントに入ってくれ。その後指示する』
「ラジャ」
 神宮寺は操縦桿を引き、飛行場の上空を大きく旋回する。外滑りもなくスムーズだ。
 本当はもっと飛んでいたいのだが、テスト飛行を待っているセスナ機が地上に待機している。次のパイロットは藤木さんかな、と思う神宮寺の目に、飛行場のフェンス沿いに立つ男の姿が映った。
「ジョー?」
 一瞬だったが背格好やあの枯葉色の髪は確かにジョーだ。彼はフェンス越しに空を、いや、神宮寺の乗るセスナを見上げていた。
 長い髪が風に流れその風はハーフコートをも翻し、ただ立っているだけのその姿をまるで1枚の絵のように見せていた。
 今日はフライトの日かな?と思い、神宮寺はビジュアル・リーディング・ポイントからファイナルレッグに向かう。タワーからの着陸許可が下りた。何の問題もなくフライト機を滑走路に降 ろしコロコロと駐機場まで持っていく。
 ここ東京郊外の小さな飛行場を使用する「林航空サービス」は、JB所有のセスナやヘリコプターのメンテナンスを担当している会社だ。本社はJBの航空機が置かれている羽田空港近くにあるが、一般から受ける修理部門はこちらにある。
 フリーパイロットの神宮寺はそのテスト飛行を依頼される事が多く、操縦教育証明を習得したスタッフもいるのでJBのメンバーはここで飛行ライセンスを取っている。したがって、結城自動車工業と同様にJBの事も承知している。
 神宮寺はテストの報告を済ませるとそのままの格好で飛行場端のフェンス沿いに立つジョーの所まで歩いてきた。
「そんな所からどうしたんだ?今日はフライトか?」ジョーも事業用ライセンスを取るためにここに通っている。「だったら中に入ればいいのに」
「いや・・・。おれ、当分乗れないんだ」
 かすかに口元を歪め答えるジョーに神宮寺は首を傾げたがすぐに思いついた。
 航空身体検査基準の項目の中に、【肺に穴が開くか、気胸になった事のない者】という条件がある。が、ジョーは以前この気胸の手術を受けている。
 もっともこの基準は自家用操縦士のもので、ジョーはすでにこのライセンスは習得している。ただ身体検査証明書の有効期間は1年で、更新が必要になってくる。おそらく引っかかったのだろう。
 こうなると経過を見るために航空機の操縦は榊原医師によってドクター・ストップが掛かる。
「それより神宮寺、時間取れないか?聞いてほしい事があるんだ。JBでは話しづらくて」
「・・・・・」
 ちょっと視線を逸らしてボソボソ言うジョーを神宮寺は驚いて見つめた。彼がこんな事を言うのは初めてだ。天変地異の始まりか?─真剣な表情のジョーには悪いがそう思ってしまった。 
 そんな彼の思いがわかったのか、ジョーはさらに彼から視線を外し唇をキュッと締め踵を返した。目の前を枯葉色の髪が流れる。
「まてよ」神宮寺がフェンスを掴んだ。「次のフライトまでの1時間だったら大丈夫だ。ただしここから離れられないが」
 そう言い、少し離れた所にある扉を開けてくれた。身を屈めジョーがくぐると2人は芝生の部分に並んで腰を下ろした。
 ジョーの服は明らかに外国のブランド物だとわかる─おそらく幸子が送ってきたのだろう─物で、しかし服には無頓着なジョーはそのままフェンスに寄りかかった。
 一方神宮寺はフライト中と同じワイシャツにネクタイ姿だ。まだフライトがあるが少しネクタイを緩めジョーが話し出すのを待つ。彼を急かすと口が重くなる事を知っている。さらに今は、神宮寺に声を掛けたもののジョー自身まだ迷っているように見えたからだ。
 だがそれも一瞬の事で、ジョーはすぐにコートの内ポケットから1通のエアメールを出して神宮寺に渡した。
「読んでいいのか?」
 ジョーが頷く。
 神宮寺はまず鷲尾の手紙を読み、次にもう1通の封筒の差出人を見るとちょっと驚いて目を見開いた。中の便箋を開くと、“Dear George”から始まる英文がトーニらしい大きな字で綴られていた。
 内容は簡潔で、“日本の企業との貿易取引を結ぶため、自分とロレンツォが来日する事” そして最後に、“滞在中に1度でいいから会いたい。都合の良い日を連絡してほしい”とあった。
 トーニはこの事をジョーに伝えるために、鷲尾に日本でのジョーの連絡先を訊いたのだ。
 鷲尾はジョーに確認を入れ─しかしジョーが拒否したためにトーニに教える事はしなかった。
 ロレンツォと国際警察ローマ支部長のレッカとは旧知の仲だが、さすがに日本支部やSメンバーであるジョーの連絡先をロレンツォに教えるわけにはいかない。それでもグランディーテ家の繋がりを使えば、どこかからか割り出す事は可能だろう。
 しかしトーニは自分の手紙を鷲尾に託した。内容を見て、良いと判断したら日本のジョーに送ってほしい、と。
 さすがの鷲尾もこれを拒否する事はできない。良いも悪いも彼らはジョーの祖父といとこだ。もはや後見人でもなくなった鷲尾はジョーに対する権利を何1つ持たない。ただ8年間一緒に暮らしたというだけだ。
 しかしトーニはそんな鷲尾に判断を任せてくれた。ジョーにとって鷲尾は、ただ一緒に暮らした他人ではない事を知っているからだ。
 グランディーテ家とロレンツォには一抹の反感を持つ鷲尾とジョーだが、トーニに関しては違っていた。
 ジョーより4、5才上のトーニ─アントニオはカテリーナの弟の子でロレンツォが後継者にと育てている男だ。豊かな黒髪とジョーより少し薄めのブルーグレイの瞳を持つ、明るく大らかな典型的なイタリア人だ。今はロレンツォについて経営学の実施勉強中らしい。
 その大らかな性格と細やかさでロレンツォとジョーの間の緩衝材の役割を果たしている。彼がいなければ2人の再開はあり得ない。
 神宮寺は手紙を封筒に入れジョーに返した。
「で、会いに行くのか?」
「わからない─。だからお前に訊きに来たんだ」
「おれに訊かれても困る。会いに行くのはお前だぜ」
「だよなー」体をズーと下に降ろしてそのまま芝生に寝っ転がる。芝生の青さの中に枯葉色の髪が広がった。「トーニには会ってもいいけど」
 空の青さに目をしかめ呟く。
 両親を亡くしてからの12年間、自分に肉親がいるのかどうかもわからなかったジョーが母の生地のイタリアで突然祖父に引き会わされた。そして彼の話から、結婚を反対された両親が駆け落ち同然でドイツに渡った事を知った。
 ロレンツォは娘を奪ったジュゼッペを憎み、それが日本で1人になった自分に連絡も寄こさなかった原因だという事も。
 だが鷲尾家で愛情いっぱいに育ち、すでに1人立ちしたジョーにとって今さら肉親がいようがいまいが関係なかった。グランディーテ家もジョーに対して関心を持たなかった。
 それが後継人であったカテリーナの弟が急死した事から、ロレンツォの2人の孫の周辺がにわかに慌ただしくなった。
 グランディーテ家の利権を巡りいくつもの手が伸びてくる。それがイタリアでの一件だ。そしてロレンツォも、すでに手元に置いていたトーニと共にジョーも一緒にグランディーテ家を継ぐ事を望んだ。
 その勝手な言い分に反発したジョーは、彼らの申し出をキッパリ断っている。
 ロレンツォがジョーの父を憎んでいる事、自分の中にイタリアのマフィアの血が流れている事知ったジョーは一時期かなりの混乱状態にあった。それを支えてくれたのが鷲尾と相棒の神宮寺だ。彼らのいる世界が自分の生きる場所だと改めて思った。
 もうロレンツォに会う必要はない。そう思ったのだが─。
「シニョーレはもうお前を後継ぎにするのは諦めたんだろ?」
「たぶん・・・。日本に帰ってからは何も言ってこないし」ジョーが体を起こした。髪にくっついてきた芝を無造作に払う。「トーニがいれば充分さ。シニョーレだっておれが商売に向かない事はわかっているだろう。あっという間に倒産しちまうぜ」
「だったら会いに行けばいいさ。この手紙はトーニが書いたものだけど、お前に会いたいと思っているのはシニョーレだと思うよ」
「だけどおれは親父にそっくりだって・・・」
 ─カテリーナには似てないな。瞳の色だけか。あとはあのジュゼッペという男にそっくりだ─
 ロレンツォがジョーに言った言葉だ。
 もちろんジョーは父に似ている事をいやがっているわけではない。しかし祖父と名乗る人に面と向かって言われ大きな怒りと同時に哀しみも味わった。そんな思いはもうしたくなかった。
 神宮寺にはそんなジョーの心内がよくわかる。ジョーは決してもう2度とロレンツォに会いたくない、とは思っていない。
 もしそう決めていたら、こんなに迷って神宮寺に相談するような事はしない。
 人一倍意地っ張りのジョーは自分では気がついていないのだろうが、誰かに背中を押してもらいたいのかもしれない。そしてこんな事を頼めるのは1人しかいない。
「会ってこいよ」文字通り背中をぶっ叩いてやる。「そしてフェラーリの1台や2台ぶン取ってこい。ディアブロの借金がきれいになくなるぜ」
「お前なあ・・・」
 ジョーが呆れた顔を向ける。ふと手元にある鷲尾の手紙を広げた。その1番最後の言葉─。“ロレンツォは君の祖父だ。大事にしなさい”─という文をゆっくり読んだ。
「そうだな・・。フェラーリも魅力的だし・・・」
「あれ?ところで、ジョー。その手紙いつ来たんだ?彼らはもう日本にいるんじゃ」
「・・・5日前」
「えー、そんなに放っておいたのか?呆れた奴だ」
 5日間もウジウジと考えていたジョーの姿を思い、呆れるよりなんだかおかしくなった。つい声をたてて笑ってしまう。
「うるせえや」ジョーが再び芝生に寝っ転がる。「もう1時間経つぜ。さっさと行っちまえ」
「へいへい」神宮寺はパタパタとズボンをはたき、「何ならお供についてってやろーか?ジョージちゃんが1人で来るのはイヤだと言ったので一緒に来ましたって─」
「大きなお世話だ!早く行け!」
 相談しておいて大きなお世話はないが、神宮寺はジョーの前でしか見せないような大きな口を開け笑って行ってしまった。
「チェッ!人で遊びやがって」
 文句を言いながらジョーも立ち上がる。だが先程までとは打って変わった明るい瞳をハンガーに向かって走る神宮寺の後ろ姿に向けた。

「フウ・・」ペコペコと頭を下げる男達と別れエレベータに乗ったとたん、ロレンツォの口からはため息が漏れた。「日本人はパーティが好きだ。確かに料理はうまいし女性は美しいが、こう連日ではさすがに疲れるな」
「これを日本では?セッタイ?といって、皆大好きらしいですよ」
 クスッとトーニが微笑む。
「タフな民族だ」だから東の端のこんな小さな島国が世界でも有数の経済大国と呼ばれるようになったのだろう。「これでアジアにも足掛りができたな」
 2人が泊っているホテルは六本木にある。元麻布のジョーのマンションとは目と鼻の先だ。
「ところでマルティーノはどうした?まだ先方に捕まっているのか?」
「ええ、シニョーレが来日したと知った日本の企業が次々と面会を求めています。その対応に追われていますよ。きっとどこかでセッタイです」
「あれもタフだな」ロレンツォが口元を歪める。「あの男は今は私の秘書をしているが、やがてはお前の右腕になる男だ。頼りになる」
「─はい」
 エレベータが20階に着いた。夜景を売りにしているだけあって眼下は光の宝石を散りばめたような見事な眺めだ。トーニが目を向ける。と
「ジョージからは連絡があったか?」
「えっ」思わず振り返る。「知ってたんですか、じい様」
「あたりまえだ。私に隠れてコソコソするのは10年早い」
「あ?あ、絶対バレてないと思ってたのに」どうやら鷲尾に手紙を出したりジョーと連絡を取ろうとした事はロレンツォには内緒だったらしい。「連絡はまだですが、もし来たら今度は我々でジョーをセッタイしましょう」
 企みがバレてもオドオドしないのがトーニの良い所でロレンツォも気に入っている。しかし
「いや・・・あれは連絡してこないだろう」ロレンツォはカードキーでドアを開けた。トーニは隣に部屋を取っているが祖父と一緒に入る。「だがその方がいい。へたをするとまた巻き込まれる」
「ボルツァーノは、まだジョーを諦めてはいないんですか?」
「表向きは静かだ。以前の事があるからな。だが裏で手を回しているかもしれない」上着を脱ぎソファに腰を下ろす。「もちろん私は今でもジョージとお前とが一緒にグランディーテを護る事を望んでいる。あれは商売には向かないが、あの押しの強さと圧倒感、相手に与える威圧感─それもまた商売には必要だ。それに・・・あの子のあの瞳・・・カテリーナと同じあの瞳を、私はいつでも見ていたい・・・」
「・・・・・」
 トーニがちょっと寂しそうに微笑んだ。
 グランディーテの本流に現れる灰色がかった、それでいて深く輝くような青い瞳。ロレンツォ、カテリーナ、ジョージ・・・。
 だがトーニだけは灰色の濃い、水色の瞳だった。


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Comment

淳 says... "覚書き"
つい、ほんとについさっきまで「書くものがない!」って思っていたのに、あっという間に2冊分くらいのストーリーが出来てしまった。
ロレンツォやトーニが日本に。そう、イタリア編の前哨戦ともいえる話。
ロレンツォとの関わりがあまりないのもジョーが可愛そうだと思って。
ただ後のイタリア編もあるから、どのネタをどっちに入れるか・・・。カテリーナのフィアンセの(元だけど)話も出てくるが、これらはやっぱりイタリア編の方がいいかな。

セスナの本に自家用ライセンスを取る条件として「気胸になった事のない者」とあった。
ゲッ!と思った。
もっともこれは自家用なのでジョーはもう取ってあるが・・・あれ?じゃあ今取ってる(訓練を受けている)のは事業用?自家用より厳しいんじゃない?
これも1年ごとの更新みたいだし・・・え、えーと・・・。
2010.12.10 16:42 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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