コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

Wanted dead or alive 2


 ゴチャゴチャと小さな町工場が並ぶその一角にシルバーの車体のハリアが停まっている。運転席には神宮寺、助手席にいるのはジョーだ。
「出てこねえな」目の前の工場に目標の男が入って1時間が経つ。「もうとっくにズラかったんじゃねえか?入ってみようぜ、神宮寺」
「西崎達からの連絡を待つんだ。奴が先方と接触した証拠がないと、捕まえてもすぐ釈放されるぞ」
 チェッとジョーが舌を打つ。相変わらず持久戦は苦手のようだ。
 最初の頃はジョーがイラつくのを見るとなんとなく自分までイラついてきたが、この頃ではすっかり自分をコントロールできるようになった。いい教師だと思い苦笑する神宮寺の顔をジョーが気味悪そうに見ている。さっきまで眇めていた青い瞳を丸く見開き─、
「そういえばトーニに連絡したのか?」自分を見ていた青い瞳がますます丸くなる。スッと外した。「してないのか」
 ジョーの目線が下がる。
「あれから2日経つぜ」
「・・・・・」
 だがジョーは答えなかった。無視しているのではない。色々と重なった胸の内をどう伝えればいいのかわからないのだろう。
 それがわかるのか神宮寺も口を閉じた。と、ジョーが携帯を取り出した。諳んじている番号を親指が押していく。
 神宮寺が怪訝な顔でジョーを見る。貼り込み中のこんな時に、いったいどこへ掛けようというのか。が、指が止まった。かすかに震えている。ジョーは押そうとしているようだが親指は動かない。
「く・・・」
 ジョーの顔が歪む。苦痛を感じさせる息が食いしばる口腔から漏れる。
「もういい、ジョー」神宮寺は気がつき、携帯を持つジョーの手を降ろさせた。「わかったから・・もういいよ」
 彼は、かすかに頬を赤くし今だ唇を震わせているジョーに目を向けた。
 他人に・・・神宮寺にさえ決して弱みを見せまいとするジョーの、これが精一杯の叫びだ。言葉では表せられない彼の想いを神宮寺はしっかりと受け止めた。と、目の前の通信機が鳴った。同時に工場の中から銃声が聞こえた。
「遅いぜ!」
 ジョーがハリアを飛び出した。工場に向かって走るジョーにもはや弱気な影はない。
 気持ちを切り替え神宮寺も後に続く。

「あ?あ、またハデに青アザ作って・・」
 目の前の、上半身裸の男を見て榊原がため息をついた。いつのも事とはいえ、どうしてこう怪我ばかりするのか。
「まさかアルミホイールに襲われるとは思わなかったぜ」
 口をへの字に曲げてジョーがクサる。
 西崎の合図で2人が飛び込んだ工場は、自動車のアルミホイールやそのカバーを製造している工場だった。
 麻薬取引に使われた倉庫には完品のホイールが所狭しと積み上げられていた。
 急に警察に飛び込んでこられた奴らはホイールの陰に隠れ銃撃戦が始まった。このアルミの塊は立派な盾となり弾丸を弾く。しかしその幸運がいつまでも持つはずがない。
 旗色の悪くなった奴らは自棄(ヤケ)になり、ホイールを転がしたりカバーを投げ付けてきたりし始めた。
 確保しようと奴らに近づくチーム1の伊藤は、転がりくるホイールに行く手を阻まれ、高浜は飛んできたカバーを腹に受けひっくり返った。
 奴らの1人と組み合って転がった神宮寺の上に積み上げてあったホイールがドドッと落ち、ジョーも投げられ回転しながら飛んできたカバーで向こう脛を強かに打った。
 まるでドタバタ劇のようだが10キロもあるホイールや飛び交うカバーは結構な脅威だ。
 やっと奴ら全員を押さえ警視庁に引き渡した時には、ダブルJはもちろんチーム1のメンバーも青あざと切り傷の大合奏になっていた。
「くそォ、もうあのメーカーのホイール使わないからな」
 完全に八つ当たりだ。
 そんなジョーを尻目に榊原がアザを1つ1つ診ていく。大規模な内出血はなさそうだ。が
「いてっ!」アザを強く押されジョーが声を上げた。そばで見ていた神宮寺が引きつる。「い、痛いですよ、ドクタ」
「それはよかった。少なくとも神経は無事だ」
 シレッとした顔でモクモクと傷の手当てをする榊原は怖い。ジョーは口を閉じ、神宮寺は自分の体のアザをちょっと押してみた。確かに西崎達に比べれば2人の方が軽傷かもしれない。
 怪我人を榊原病院に送り、気がつくと現場に残っていたのは神宮寺とジョーの2人だけだった。彼らは容疑者達が護送車に乗り込むのを見届け、1番最後にここ榊原病院の302号室に入ったのだ。
「つっ!」またジョーが声を上げた。ホイールカバーが当たり腫れてしまった向こう脛に触られたのだ。「まずいな・・。レースは3日後なのに・・」
 久々のN2公式レースだ。国際Cライセンスは今は取るつもりはないのでポイントを稼ぐ必要はないが、出るからには1位を狙うのは当然だ。左足だからなんとかなるかな、と思う。
「落ちてきたホイールに打たれたのか」榊原は神宮寺の左肩を診た。彼と男との上に集団で崩れてきたホイールから神宮寺は自分と男の頭を護るだけで精一杯だった。「骨は大丈夫だが、当分痛みは残るな。なるべく動かさないようにしなさい」
「はあ・・・」
 無理な話だ、と思いながらとりあえず返事をする。
「やっぱ頭を1番に庇うよな。ハゲたらイヤだし」
「おれはハゲてるんじゃない。短くしているだけだ。お前こそ、この?長いの?をなんとかしろ」
「ひっぱるな!」
「いてっ!そこはアザだ!」
「1つ2つ増えても変わらねーだろ!」
「君達・・・」
 榊原が呆れてため息をつく。子どもがじゃれ合うのは可愛いが、この2人は勘弁してもらいたい。と、ドアの向こうでも何やら大きな声が響いている。
「何事だ?」
 榊原がドアをスライドさせた。と、そこには1人の男が立っていた。
「トーニ?」ジョーは思わず立ち上がった。「Why here?(なぜ、ここに?)」
「George」男─トーニがゆっくりと入ってくる。「ミスター・ワシオに訊いたんだ。君がなかなか連絡を寄こさないから、何かあったのかと仕事先に問い合わせてもらって」
 トーニに頼まれた鷲尾がJBに確認したのだろう。と、怪我をして病院に行ったという答えだった。鷲尾はそれをトーニに伝え、彼は病院の場所を訊いたのだ。
 仕事上の事は話せないが、怪我の見舞いに行きたいという願いを鷲尾が突っぱねる事はできない。ただ面会時間外なので病室に行こうとしたトーニと病院のスタッフが揉めて騒ぎになっていたのだ。
「急に来てすまない。だけど心配で・・・。怪我の具合はどうだ?ひどいアザだなあ」
「トーニ、おれは─」トーニに向けた眼がその向こうを見て凍りつく。背の高い、豊かな黒髪の紳士がゆっくりと病室に入ってきた。「・・・シニョーレ」
「I am after a long absence。Spirit?(久しぶりだな。元気か?)」低音の、少しクセのある英語の問いにジョーがかすかに頷く。榊原が廊下にいるスタッフを帰しドアを閉めた。「怪我をしたと聞いたが大した事はなさそうだな」
 が、アザや傷だらけの2人の体を見るとかすかに眉をしかめた。
 榊原がロレンツォにイスを勧める。余計な事を、とジョーは榊原を睨んだが、まさか立たせたままでおくわけにはいかない。ロレンツォは礼を言い腰かけた。そして顔を背けたままシャツのボタンをとめているジョーを見つめた。と、ジョーの瞳が動き、ロレンツォの後ろに立つ人物に移った。
「そうだ、紹介しておこう。マルティーノ・スティウム。私の秘書だ。トーニの右腕になる男だ」
「Nizza per incontrarti。Signoret Asakura─(はじめまして)」
「だめだよ、マルティーノ。彼はイタリア語はわからない」一瞬眇めた眼をジョーに向ける。「だから私も苦手な英語を使っている」
「これは失礼を。ミスター・アサクラ」
 スッと差し出されたマルティーノの右手を、ジョーは無言で握った。が、思わぬ力で握り返されジョーがサッと手を引く。自然と目つきが鋭くなる。そんなジョーをマルティーノはじっと見つめ、
「再び失礼を、ミスター。なるほど、シニョーレのおっしゃっていた通りの方ですね。あなたのような方がアントニオ様についてくださったら心強いのですが」
「・・・・・」
 ジョーは痛めている左足を少し浮かしたままマルティーノを正面から睨み返した。今、腰を下ろして彼の目線より下がるのがいやだった。その子どもっぽい、しかしとても初対面の相手─これはマルティーノもなのだが─に対しての態度とは思えないふてぶてしさに、マルティーノは眉をひそめるどころかニコニコと楽しそうにジョーを見ている。が、ジョーの青い瞳にさらに鋭利な刃の鋭さが加わるとその顔から笑みが消えていく。
「なるほど・・。Gli occhi di blu tinsero col grigio(灰色がかった青い瞳)・・・大きなものを動かす瞳、か」
 マルティーノは再びに笑みを浮かべ、ジョーに深々と頭を下げるとロレンツォの後ろに戻った。
「座りなさい、ジョージ」
 静かに言うロレンツォにジョーはゆっくりと腰を下ろした。腫れた向こう脛がズキズキ痛むがおくびにも出さない。
「お前から連絡をしてくるとは思えなかったので会うつもりはなかったのだが、怪我をしたというので気になってな。ま、大した事なくてよかった」
 ロレンツォが少し表情を緩め、一瞬だが孫を見る眼になる。だがジョーは口を開こうとしない。祖父と同じブルーグレイの瞳をちょっと上目づかいにロレンツォに向けている。
 静かに見えるがそばにいる神宮寺にはジョーのイラつく息遣いや胸の内を怒涛のように流れる想いが感じられた。
「そうだ。今夜夕食を一緒にしよう。もうセッタイは飽きた。そちらの彼も一緒に。明日は時間が取れるからホテルに来てくれれば─」
「シニョーレ」ジョーがロレンツォの言葉を遮った。「おれ、まだ仕事の後始末があります。明日以降はレースの準備に入りますので」
「そのレースなんだが。うちでも近々レースやスポーツのスポンサー事業を始めるつもりだ。日本のチームもいくつか見たが─。お前が望めばお前のスポンサーに着く事もできる」
「おれのスポンサーになってもメリットはありません。年に何回も出場できないし」ジョーの瞳から鋭さが消えていく。「おれは今まで1人でやってきた。幸い良いスタッフに恵まれています。これからもおれは1人で・・この日本でレースを続けていきたい」
「・・・そうか」
 呟き立ち上がるとロレンツォはジョーに近づいた。ジョーも立ち上がる。が、とっさについた左足が痛み、体がガクンと下がった。ロレンツォが手を添えて支えてくれた。
 ジョーは顔を上げロレンツォを見た。自分と同じブルーグレイの瞳─その瞳が穏やかに、愛しそうにジョーを見ていた。
 手が頬に添えられる。ジョーは一瞬身を引いたが、ロレンツォの手が頬に触れると体の動きがピタリと止まった。
「ボルツァーノはまだお前を諦めてはいない。だが─大丈夫だな」ロレンツォの手の中でジョーが小さく、しかし力強く頷いた。ロレンツォは一瞬寂しそうな眼を向けたが、「帰るぞ」
 と、すぐに踵を返した。入口のそばに立つ榊原に頭を下げ出ていく。マルティーノが後に続いた。
「ごめんよ、ジョージ。じい様は君を喜ばせようとスポンサーの話をしたけど、先走りすぎた」
「うん」柔らかな光を瞳に燈しジョーが頷いた。「でも忙しいのは本当なんだ。3日後にレースが控えている。急な仕事が入らなければ久々のレースなんだ」
「そのレース、見に行ってもいいか?」
 一瞬、ジョーの表情が止まった。だが
「─ホテルのフロントにチケットを預けておくよ。だけど仕事が入ったらキャンセルだぜ」
「じゃあ届けがてら、おれの部屋に来てくれ。君に渡したい物があるんだ」
「え?」“きっとだぜ!”と言い残し、トーニは急いでロレンツォの後を追い病室を出て行った。「あいつ・・・人の返事を聞かないで。勝手な奴だ」
「お前と同じだな」
 神宮寺が言い、ジョーに睨まれた。
「彼がジョーのおじいさんか」肩の力を抜いたように榊原が言った。「ご老人にしては気丈夫な・・・なんて強い意志と迫力の持ち主なんだ」
「あれでもまだマシだ。イタリアで会った時なんか押し潰されそうな威圧感だった。疲れているのかな・・・」
 ちょっと気がかりそうにドアの向こうに目を向ける。先程までのイラついた感情はもうない。肉親としての、はっきりした気持ちはまだないが1人の人間として心配している事に気がつき、ジョーは戸惑った。
「レース、出られるといいな」
 神宮寺がジョーの心内を察して言った。
「そうだ、明日は練習も入ってるし─。榊原さん、この足明日までにナントカしてくれ」
「そうです、ドクター。念入りに手当てしてやってください」
「ヘェ、応援してくれるのか?じゃあおれ明日と明後日はオフという事で─」
「違う。これからJBに戻って報告書と始末書を仕上げてもらう」
「えー、なんでだよ!おれ2日間サーキット予約してるんだぜ。早く帰って─」
「さっきシニョーレに、仕事の後始末があるって言ったじゃないか。あれはうそか?」
「だ、だって・・あれは・・・」
「ドクター、とりあえずJBまで動ければいいですから」
「なんだよ・・それ・・・。いってぇ!」
「大の男がこれくらいで大きな声を出すな。付き添いにおじいさんを呼んでやるぞ」
 大きなシップをペタリと貼る榊原をジョーが恨めしそうに睨んだ。

 翌日─。午後から小さなサーキット場を予約しておいたジョーだが、昨日のトーニの言葉が気になり彼を訪ねる事にした。この3日間はレースモードに突入するのでもうこの時しか時間が取れない。トーニに電話して都合を聞くと午前中は空いているという。
 ジョーは彼の泊っているグランド・ハイアットホテルに向かった。ジョーのマンションからだと1キロも離れていないまだ新しいホテルだ。駐車場にセリカを入れホテルに入る。
 ロビーホールは天井も高くオブジェや絵画が大胆に配置されていた。エレベータに向かう。と
「Mister Asakura」
 呼ばれてジョーが振り返る。
「マルティーノ」
 長身にダークブラウンの髪の男が立っていた。
「アントニオ様に会いにこられたのでしょ?少しだけあなたと話がしたいのですが」
「・・・・・」ジョーはかすかに眉をしかめ目の前の男を見た。185センチのジョーよりわずかに背が高く、しかし理知的な顔をフワリとした笑みで覆っている。スキがない。「・・・5分だけなら」
「わかりました。こちらで」マルティーノはロビーの端のソファをジョーに勧めた。自分は向かい側に座る。「足の具合はいかがですか?ずいぶん腫れていたようですが」
「・・・話と言うのは、それか?」
「いえ・・」ちょっと苦笑して、しかし真剣な目をジョーに向けた。「グランディーテ家に戻ってきていただけませんか。アントニオ様を支えてほしいのです」
「シニョーレがそう言ったのか?」いいえ、と首を振るマルティーノに、「じゃあ問題ないな」 と、立ち上がろうとした。が、ふいに腕を掴まれた。筋肉が緊張し反射的に相手の手を弾いた。ジョーの青い眼光がマルティーノを射る。
「すみません。でもまだ5分経っていませんよ」
「・・・・・」仕方なくジョーは再び腰を下ろした。5分後には張り飛ばしてでもこいつの前から去ってやると思いながら。「トーニを支えるのはあんただろ。シニョーレが言っていた」
「確かにそう言われています。私にも異存はない。しかしアントニオ様にはあなたのような方の存在とあなたの瞳が必要なのです」
 ジョーは怪訝そうに目を向ける。
「私は祖父の代からグランディーテ家に世話になっている。あの家には言い伝えがありましてね。ブルーグレイの瞳を持つ者が家を継ぐと大きな富や権力が手に入ると。シニョーレはもちろんその先代のヴィットーリオ様も、急逝されたアントニオ様の父親もあなたと同じブルーグレイの瞳を持っていた。しかしアントニオ様は─」
「バカバカしい。親が青い目なら子どもも青いのはあたりまえだ。アントニオには商才がある、とシニョーレが言っていた。それで充分だろう。瞳の色なんか関係ない」
「アントニオ様の周りは敵だらけです。ですからミスター─」
「ミスターはやめてくれ。落ち着かない。ジョーでいい」
「しかしあなたはグランディーテ家の方ですから。本当ならヴィットーリオ様と─」
「おれはグランディーテ家の人間じゃない。おれの名はジョージ・アサクラ。それ以外の名前で呼ぶなっ」
 今度こそ立ち上がりエレベータホールに向かう。マルティーノの視界から、あのブルーグレイの瞳が消え枯葉色の髪が流れる。これはグランディーテ家にはない色だ、と思った。
 それにしても不遜なまでのあの態度はどうだ。あの年で相手に有無を言わせないあの圧倒的な威圧感─。見る者を従わせるブルーグレイの瞳と相まって、気持ちのいいまでの尊大さ─。
 そう、マルティーノが子どもの頃に見た若き日のロレンツォのように。しかし─
(無理をしている。まだ子どもだ)だがあの瞳の威力は本物だ。それゆえ一度口に出したらその意志を貫くだろう。(惜しいな・・・)
 マルティーノはもうとうにいなくなったジョーの姿を追うようにエレベータホールに目を向けた。

  
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淳 says... "覚書き"
ホイールカバー攻撃でジョーの向こう脛がv-356
そしたら息子のGが右足の向こう脛をサッカーの練習中に蹴られ、腫れて帰って来た。
 
た、たたりだ・・・。
2010.12.15 11:30 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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