コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

Wanted dead or alive 3


「わざわざ来てもらってすまないね、ジョージ。コーヒーでいいかい?」
 ジョーが頷くとトーニは内線でコーヒーを注文した。
 彼が泊っているのはグランド・エグゼクティブ・スイートで、ダブルをシングル・ユースしているので広々としている。
「新しくていいホテルだね。遊ぶ所もたくさんあるし・・。ただその時間が取れない。今日も午後からは先方との打ち合わせなんだ」
「忙しいんだな」経営の事はよくわからないのだが、きっとJBでも行われている会議やミーティングのような面倒なものなんだろう、と思う。やはり自分には無理だ。「おれは今日、明日とレースの準備だ。サーキットを借りている。もっとも何人かと折半だからおれ1人が使えるのは2時間くらいだけど」
 1回レースに出場するのはかなりの出費となる。車両のメンテナンスは沢口に甘えるとしてもスポンサーを持たないジョーにはギリギリの金額だ。それでもロレンツォの申し出を受けようとは思わない。
「どうぞ」トーニがルームサービスのコーヒーを受け取りジョーの前に置いた。ちょっと居心地悪そうにしていたジョーがホッと息をつく。「マルティーノと会っただろ?」
 えっ、とジョーがカップから口を離した。
「グランディーテ家に来て、おれについてくれって話?」
「見てたのか?」
「いや、君から連絡が来た時、彼もそばにいたんだ」
「マルティーノもシニョーレもなんで同じ事を言うんだろう。グランディーテ家とは関係なく生きてきたおれが今さらあの家に入ってなんの役に立つ?混乱を招くだけだ」
「何もしなくてもその場にいるだけで周囲を明るくしたり元気にしたりする人がいるだろ?君がそうだよ」
 そう言われてもジョーにはわからない。元気はともかく明るくはしないと思う。自分の周りにいる奴らは妙に明るいが─。
「あんたはどう思っているんだ、トーニ。おれがいない方がグランディーテを独り占めできる」
「はっきり言うね」苦笑するトーニだがどこか嬉しそうだ。「君がいなければシニョーレの孫はおれ1人だからね。だけど・・・。前にも話したけど、おれは父の正妻の子ではないからグランディーテを名乗っていないし、父と暮らしたのは先妻が亡くなってからのほんの1、2年だけだったんだ。それまでは母と2人だけで。その母もおれが15の時に逝ってしまった。その後は学校の寮に入って、大学を出て、1人になった父と一緒に暮らし・・・だけど父も・・」
「・・・・・」
 ジョーはいつも明るいトーニの表情が辛そうに曇っていくのをただ見ていた。自分と同様、彼も肉親運には恵まれなかったようだ。それでも15までは母と暮らせたのだ。羨ましいと思ってはいけないだろうか。
「だからなのかな。父の代わりに後継者にと望まれ、じい様とばあ様と暮らして自分には肉親がいる事が嬉しくて、じい様の手助けができるように頑張った。そして君という肉親がいる事を知って─。1人でも多くの同じ血を引く者を自分の周りに置きたかった。財産よりおれにはその方が大事だ」
「すまない、トーニ。おれはあんたの希望を叶えさせられない」
「君が謝る事はないよ。誰だって夢はあるさ。おれの夢はじい様を助けてグランディーテを盛り立てる事。君は日本で暮らしレースに出る事。もちろんおれは今でも君と組みたいと思ってるけどね。初めて会った時からなんとなく気に入っている」
「うん」
 それはジョーも同様だ。人見知りの激しい彼がイタリアで初めてトーニに会った時に感じた暖かいもの・・・親近感というのとは違う、同じ血が引きあう何かが・・・。
「もっとも前途多難だよ。うるさい連中がウジャウジャいるからね。ジョー、もしおれが失敗して君の相続分がなくなったとしても恨まないでくれよ」
「ん?、せめてサーキットがを1日借りられるくらいの金は残しておいてくれ」
「欲がないね」トーニがクスッと顔を綻ばす。ジョーもつられて笑顔を見せた。笑うと2人共子どもっぽい表情になる。「あ、肝心な事を忘れていた」
「おれも、レースのチケットを渡すのを忘れてた。3枚でいいのか?」
「行くのはおれ1人になるかもしれないけど」
「かまわねーよ」と、テーブルの上に置かれたチケットの横に、トーニが宝石の填め込まれた綺麗な小箱を置いた。促されフタを開けた。中には1本のヒモ状の物が入っていた。「なんだ、これ?」
「おれにもよくわからないんだ」トーニが肩をすくめた。「先週タオルミーナの別荘に滞在中に使っていない部屋の風通しをしていて、その時にカテリーナの部屋で見つけたんだ。別荘には昔カテリーナについていたメイドがまだいて、彼女に訊くとこれはカテリーナが作った物らしい」
 ジョーは指でソッと摘まみ上げてみた。30センチくらいの長さで何か硬い物が中心に入っていてその周りを色とりどりの糸が何本も巻きつけられている。ブレスレットだろうか。
「中心に入っているのはカテリーナの金のネックレスで、どうやらジュゼッペにと作っていたようだ。カテリーナが何度かジュゼッペの手首に巻いて長さを確かめていたそうだ」
「やっぱりブレスレットなのかな」ジョーが自分の手首に巻いてみた。2回巻くともう余裕がない。しかし留め具はついていなかった。「だけどなんで別荘にあるんだ?母が父に渡さなかったのか?出て行く時になぜ持って行かなかったんだろう」
「わからない。時間的に余裕がなかったのかもしれない」ジュゼッペとカテリーナは駆け落ち同然でイタリアを出た。持ち出せなかった物はたくさんあっただろう。そのほとんどがあの別荘にある。「それは君が持っていてもいいと思うんだけど」
「・・・うん」
 ジョーが左手首に目をやる。
 カテリーナがタオルミーナにいる時に作った物なら、もう20年以上前の物だ。だが色あせもほつれもない。もしかしたら父は1回もつける事はなくこの箱の中に眠っていたのかもしれない。
「ありがとう、トーニ」
 カテリーナと同じブルーグレイの瞳がトーニに向けられた。もちろん彼はカテリーナに会った事はない。
 だが別荘の階段上を飾るカテリーナの大きな肖像画─。
 いつもその前で足が止まる。
 灰色がかった青い瞳でトーニを見つめる少女─その同じ色の瞳が今目の前にある。
「ジョー、君が女だったらよかったのに・・・。いとこ同士なら大丈夫だろう」
「は?大丈夫?」
「なんでもないさ。あ、もうひとつ─」トーニがバッグから1枚の金色のカードを出しジョーに差し出した。「じい様からだ。自由に使っていいって」
「・・・・・」
 ジョーはそのカードに目を落とし、が、静かに首を振った。
「おれ借金あるし、給料のほとんどはレースに使っちまうから貯金もない。でも自分で稼いだ金でやっていきたいだ。今も、これからも」それから少し声を落として、「それに、そんなに金を持っていてもしょうがないんだ。今、生きているうちに使いたい。明日はわからないし・・・」
「ジョー・・・」
 突然、トーニはジョーの仕事を思い出した。自分とは比べ物にならないほど危険な彼の仕事を。今、生きている時に精一杯好きな事したいと思う気持ちを。
「じい様、これを渡しながら、おそらく君は受け取らないだろう、って言っていた。おれもそう思ったよ。でもこれを渡したいじい様の気持ちもわかってくれ」
 ロレンツォは自分名義のカードを渡す事によってジョーと繋がっていたいのかもしれない。
 もし使われれば、彼の無事を確認できる。それがジョーの望むものではないという事を承知していながら─。
「あ、もうこんな時間だ。ジョー、一緒に昼食でもどうだい?」
「いや、練習に行く前にジャケットを1着買っていかなければならないんだ。昨日の仕事でボロボロにしちゃってさ。まったく金が溜まりゃしない」
「おれが選んでやるよ。昼食はそれからだ」
 そう言いトーニはジョーと共に部屋を出た。
 トーニとロレンツォは1人づつ部屋を取っておりトーニの右隣がロレンツォの部屋だ。在室しているはずだが・・・。
 ジョーはチラと目を向けたが、そのままトーニと共にエレベータに乗った。このまま2階で降りれば六本木ヒルズのウェストウォーク2階に出る事ができる。
 この階はメンズやレディスのファッション中心の店舗が多い。トーニの好きなイタリアの高級カジュアルウェアブランドの店やアルマーニジーンズのショップもある。
「君は背が高くてスラッとしているから何を着ても似合いそうだな。今着てるのもフランスのブランドだろ?」
「こんな高いのはだめだ。どうせすぐ汚しちまう」
「考えてみたら君に会うっていうのに土産ひとつ持ってこなかった。これが土産代わりだ」
「土産って・・ガキじゃねーぜ、おれ」
 ジョーは苦笑しつつ服を選ぶトーニの手元を見ていた。と
「あれー、ジョー?」
 高級店に似合わない素っ頓狂な声が上がる。
「せ、関・・・」眉をひそめ振り向いたジョーの目に映ったのは公安3課の関だ。「なんでこんな所にいるんだ?すげえ場違いだぜ。それによくもまあおれの行く先々に現れるものだ」
「仕方ないだろ。東京に遊びに来た甥っ子姪っ子がここに連れてけって言うんだから。久々のオフなのに。それにおれから見れば、君がおれの行く先々に居るように見えるぜ」
 それも一理ある。と、関はジョーの横に立つ外国人に目を向けた。黒髪にジョーより少し薄いが綺麗な青い瞳の上品な好青年だ。2人並んで立つ姿はメンズ雑誌のグラビアのようで行き交う女性達がしきりに目を向けてくる。2人は気がついていないが、ファッショナブルなこの空間でもかなり目立っていた。
「ジョー、これってまさか・・・デートか?」
「なに言ってるんだよ。あんたもう老眼か?」
「Nice to meet you」ニッコリとトーニが右手を差し出す。「and I say Antonio」
「あ、I am Seki・・Joe is a・・えと・・very clos friend(とっても親しい友人だ))」ジョーの眉がビッと寄るのを見ながらにこやかにトーニの握手を受ける。「もう、Very、veryの─」
「So!I came is his relatives from Iialy(そうですか!私は彼の親戚でイタリアから来ました)」
「イタリア?と、いう事は・・・」
「関─」ジョーの表情が凍りつく。「あんた、まさか・・・」
「え?─ち、違う違う。おれは本当に甥っ子姪っ子と一緒にここに─」
「I will go. Antonio(行こう、アントニオ)」
 ジョーがトーニの腕を抱えるように引き、足早にその場から離れる。関は追おうとしたが、この場を離れる事ができないのを思い出し立ち止った。
「ど、どうしたんだ、ジョー?友人はいいのか?」
「あんな奴、友人じゃない!」
 ジョーは肩を震わせその場に立ち止った。怒りの表情で顔面を覆っているものの、トーニにはその反対に見えた。肩に手を置くとジョーの頭がトーニの肩を突いた。食いしばった唇から耐えるような荒い息遣いが漏れる。トーニはジョーの肩を抱いた。
 男2人、抱き合うような格好で立っているのはかなり目立つ。周りがチラチラと目を向けてくるがトーニは気にしなかった。
「─悪い。もう行く」
 ジョーが顔を上げてトーニを見た。辛そうな暗い眼の色だった。
「大丈夫かい?」
「うん─。じゃあな」
 ちょっとだけ笑顔を見せてジョーはトーニから離れた。
 1人残されたトーニは今来た道を引き返して先程の男を探した。男は通路の端で所在なさげに立っていた。が、トーニに気がつき、気まずげな顔になった。
「There is a talk. About Joe. Mistre Seki(話があります、ジョーの事で)」
「ああ─。本当に?ミスッた?よ」
 ため息をつき目の前に立つ男を見上げた。

 その頃ジョーは駐車場のフロアを歩いていた。関の言う事をちゃんと聞かずに来てしまった事を少し後悔していた。
 おそらく彼の言っている事は本当だろう。いくら一族にマフィアのファミリーがいても、トーニやロレンツォが直接かかわっているわけではない。そんな彼らを見張るほど公安もひまではない。
 だがジョーはあれ以上トーニを関の目に晒しておくにはいやだった。トーニに感情をぶつけた事も後悔した。彼はきっと何かを感じたに違いない。
 突然、ジョーは凄まじい殺気に包まれた。ビクッと体が跳ねとっさに周りを見回した。
 人影はない。だが殺気は消えるどころかあっという間にジョーを包み圧迫する。今までに感じた事のないくらい強烈な力で締め付けてくる。
 ジョーはセリカに走り込むとセイフティ・ボックスに入れておいたウッズマンを取り出した。
 だが車外に出てはいけないと、彼の本能が言っている。
 セリカの車体も窓ガラスも特殊防弾加工が施されているので、間近でマシンガンを連射されてもそう簡単には破れない。
 ジョーは息を詰め目だけで当たりを窺う。デジタル時計の最後の数字が2から3に変った。
 セリカごと包み込む殺気が─唐突に消えた。一瞬辺りが空白になり、それからゆっくりと周りの車が見えてきた。
 手にしたウッズマンのバレルの冷たさが頬に当たりビクッとする。
 ジョーは思い切ってセリカから出た。
 少し天井の低い薄暗い空間─しかしなんの変りもなかった。


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