コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

大地と海のプレリュード 5

ny081002.jpg  

 翌朝、ホテルのレストランでジョーは1人朝食を摂っていた。
 さっきまで向かい側に神宮寺がいたが、朝食を済ませるといい機会なのでニューヨーク支部のコンピュータシステムを見せてもらうんだ、と早々に出かけてしまった。
 ニューヨーク支部は建物や一部の設備は古いが、コンピュータシステムやセキュリティシステムはパリ本部に劣らない。建て替えたばかりのJBビルのシステムも最新だが、規模ではニューヨーク支部の方が遥かに上だ。
 こんな所にまで来てごくろーな事だとジョーは思った。彼は肩の他に頭まで痛くなっては困るので見学会はパスした。
 昨夜、11時前には神宮寺は無事ホテルに帰ってきたらしい。?らしい?というのはジョーはその時間シャワーを浴びた後飲んだブランディが効いたのか寝込んでしまい、相棒のご帰還に気が付かなかったのだ。
 上半身に何もつけないで寝てしまったらしく、朝起きたらミイラ男のようにシーツがグルグルと巻きつけられていた。“おれが敵なら死んでるぞ”と神宮寺に言われたが、不穏な輩が忍び込んで来たら目が覚めたさ、とやり返した。
(さて、今日1日どうしようかな)
 せっかくもらったオフだがニューヨークで遊ぶ気にもならず、これならデイトナで怪我をすればよかった、と思った。あそこなら1日中車を飛ばしていられる。
 彼は昨夜日本の洸に電話を入れた。と、デイトナに行くのが1日延びた事をもう知っていた。しかしその理由が、“大男と神宮寺を争って腕を捻られ負けたんだって?”というとんでもないものだった。思わず、“おれは負けてねえ、勝ったぜ!”と言うと、“ふ?ん”と意味深に納得されてしまった。
 ピッ!と電話を切ってやる。デイトナの砂を土産にするのはやめた─。
 食後のコ?ヒーを片手にジョーが辺りを見回した。
 コロンバン・アベニューから少し入ったこのホテルのレストランは静かだ。しかし人は多い。金髪、茶髪、ブルネット、青い瞳に黒、とび色、エメラルドのようなグリーンの瞳の者もいて見ていて飽きなかった。日本では目立つジョーの風貌もここでは彼らの中に溶け込む事ができる。
(肩もあまり痛くないし、少し体を動かしておこう)
 ジョーは伝票にサインをしレストランを出た。ホテルのロビーの専用ボックスから無料配布の新聞を一枚抜き取る。日本のコミュニティ紙に近く、ニュースより映画のタイムテーブルや芸能関係など若者向けの記事が多かった。さらにどこぞの企業のトップがカリブ海のクルーズ船を借り切り、自分のバースディクルーズを計画しているという景気の良い話も載っていた。
 さすがにデイトナのサーキットを国際警察が貸し切りにしている、という記事は載ってないな、と思う。
 ジョーは新聞を持ったまま5階の部屋に戻り、財布とパスポートだけ持って出た。ウッズマンは支部に預けてある。いくら犯罪の多いニューヨークとはいえ、どう見ても護身用の銃には見えないウッズマンを持ち歩くのはまずい気がした。
 ジョーはホテルを出ると辺りを見回した。見知っている顔も、自分を見ている奴もいない。ちょっと肩の力が抜けた。足を巨大な緑の塊に向ける。セントラル・パーク─摩天楼そびえるマンハッタンのど真ん中、緑と水、様々な人の集まる3、4k?もの広大な公園だ。
 この地がなかったらマンハッタンは味気のないただのコンクリートとアスファルトのジャングルだっただろう。もちろん人工的に作られた緑の地ではあるが、マンハッタンの自然をなるべく残し完成までに20年あまりの年月が掛かったという。
 園内には小さな動物園やボート遊びができる湖、グランド、劇場などがある。あのメトロポリタン美術館もこの公園内にある。
 また広大な芝生もあり、人々はそこに寝っ転がったりあるいは周りをジョギングやサイクリングをしたりで人が途切れる事はない。
 ジョーは79chSTから園内に入った。無意識のうちにニューヨーク支部の建物とは反対方向に進んだのは、ホテルで休んでいるはずの自分がウロウロしているのを見られたらまずいと思ったからか。いや、少なくとも神宮寺にはお見通しだろう。お互いつき合い長いしな。それに支部の連中もこんな時間にこんな所で油を売ってはいまい、と思い気にしない事にした。
 そいうえばニューヨークには2、3回来ているのにここに入るのは初めてだった。広すぎてどこがどうなっているのかわからないが目的があるわけではないので気の向くままブラブラ歩いた。
 十字路を右へ行くと湖に出た。その周りを自転車やジョギングする人が多い。次々とジョーを追い越していく。このところニューヨークは暑い日が続くがこの公園内の空気はひんやりして気持ちが良かった。
 さらに進むと広大な芝生─ジョーは知らないが、シープメドウと呼ばれる所で以前羊を放牧していた事から名づけられた─に出た。ここでも大勢の人が寝っ転がったりサッカーやバトミントンをしていた。
 平日の昼間なのに皆ひまだなァと、その1人であるジョーが思った。─が、ゆっくり流れて行く空気の中に一抹の不穏さを感じ立ち止る。氷のように張り詰めた冷たい空気がジョーの体にビンビンと突き当たってくる。
 しかしこれは自分に向けられたものではない。ではいったい─。と、立ち止っているジョーの後ろからジョギングスタイルで走ってきた3人の男が彼の横を通り抜けようとして─先頭の男がジョーを見て?あっ?と口を開いた。
「ライト・・?」ジョーの目の前を長身のダークブロンドの男が走り抜けた。次にブラウンの髪の、50代くらいの男、そしてラストがグレンだった。「そうか・・仕事か」
 おそらく真ん中の男が2人の依頼主なのだろう。グレン達は仕事中であり、ジョーもあまりあちこちに顔を売りたくないのでお互い黙って見過ごした。
「ジュギングにもつき合うのか。大変だな」
 ジョーが呟きゆっくりと歩き出した。
 あれ、じゃあさっきのあの不穏な空気は?まさかグレン達の?
 そう思ったとたんグレンが中年の男に飛びつくが見えた。2人はそのまま地面に伏せる。ライトが胸元から黒い物を出し木々が生い茂る巨大な森へと向けた。それが拳銃だとわかったが銃声は聞こえなかった。
 どうやら中年男を狙う不審者は凶行には出なかったようだ。
 それでもグレンは男としばらく身を伏せライトもすぐそばに寄り、やはり男に体をつけるようにして周りに気を向けている。そんな3人に驚いた人達があわててその場を離れて行った。
 ジョーはその場に立ち止まり辺りを見る。かすかに・・あの不穏な空気がまだジョーの意識を刺激する。
 ライトがゆっくりと立ち上がり、続いてグレンと男が体を起こそうとした。木々の間で何かが光った。ライトは背中を向けている。
「左だ!」
 その声にライトの体が反転した。スレスレの所を銃弾が掠っていく。が、木々の中の相手を捉える事ができないのかライトは銃口を向けたままトリガーを引く事ができない。
「奴ら、2人だ!」
 少し離れていたジョーの所からはライト達を狙う2人の男の姿が確認できた。ザッ!と木々の中に飛び込む。
 2人の狙撃者のうちの1人が、突然予想外の方向から飛び込んできたジョーに向かって発砲した。ジョーのすぐ横の木に当たる。撃った男がジョーに近づいてきた。
 ジョーはすぐ頭上に伸びる大木の枝に飛びつき、体を思いっきり振って男の銃を蹴り飛ばした。ショックで男が尻もちをつく。と、ジョーの耳元でグキッと音がした。肩に激痛が走る。
「ぐっ!」手を離した。前に揺れていた勢いでジョーの体はポーンと飛び、やはり尻で地面に着地した。「わ、忘れてた」
 左肩を押さえジョーが体を丸めた。そこへ銃を飛ばされた男が伸し掛かってきた。腹を蹴り上げ自分の頭越しに後ろへすっ飛ばした。
「ジョイン!」ライトが駆けつけた。「大丈夫か」
「おれは大丈夫だ。奴は─」上体を起こして─しかしもう周りには誰もいなかった。「くそォ、逃げ足の早い奴らだ。肩さえ痛まなかったら捕まえてやったのに」
「でもミスターは護られた。助かったよ、ジョイン」
 ライトの水色の瞳がニコッと輝く。日本で会った時はあまり話をしなかったが、少し高い声の、もしかしたらジョーといくつも変わらないかもしれない。とてもボディガードを生業にしているとは思えないくらい華奢に見える。
(いや、どこかの誰かのように、こーいう奴が一番怖いのかも・・)
「ライト、ジョイン」木々の間から元の道に戻ってきた2人にグレンが声をかけた。「2人共怪我はないか?」
 揃って頷く。と、グレンの後ろにいた男とジョーの目が合った。
「知り合いか?」男─ハワードが訊いた。「彼も同じボディガード・サービスか?」
「え・・まあ・・」グレンがゴモゴモと口籠る。「そのようなもので・・・」
 全然違うぞ!とジョーは思ったが黙っていた。彼らが護っているのなら、この男がテッドの父のハワード・ヒルトン、裏でアメリカンマフィアと繋がっている?死の商人?だ。ジョーの名前はもちろん仕事を気取らせるわけにはいかない。
「君もなかなか腕が立つね。グレン達共知り合いのようだし」
 ハワードがにこやかにジョーに近づく。
 ジョーがわずかに身を屈めた。それを見てグレンとライトもいつでもジョーに飛び掛かれる体勢を取った。
 お互いその必要がないとわかっているがまったくの反射的な動きだった。
「どうかね、君も私のボディガードとして雇いたいのだが」
「は?」緊張が解け、3人の体がカクッとコケた。「か、彼をですか?」
「明日から大きなイベントがあってね。私も結構悪い事をしてるもんで狙っている奴も多い。優秀なボディガードは何人いてもいい」ハハハ・・と笑うハワードに、悪い事して笑ってンじゃねー、とジョーが眉をしかめた。「どうだ?報酬だが─」
「せっかくですがミスター」声にかすかな剣を乗せてジョーがハワードの顔を見た。「今、他の仕事が入っています。あなたのボディガードには付けません」
「そ・・そうか・・」その鋭さにハワードはちょっと意外な顔をした。「それは残念だ」
「失礼します」
 ジョーは真っ直ぐにハワードに目を向け踵を返した。たとえ?死の商人?だとわかっていても今、手を出す事はできない。ならばこの場にいたくない。
「グレン」ジョーの後ろ姿にホッと息をついていたグレンを、ハワードが呼んだ。「あれは誰だ」
「えっ」
「ただのボディガードではあるまい。何者だ」
「さ、さあ。以前仕事上で顔を合わせただけで、詳しい事はわかりません」
「─そうか」
 ハワードがきつい眼を向けた。が、グレンにはこう答えるしかなかった。

「ボディガードにスカウトされた?」神宮寺が眉を寄せその鋭い瞳のまま目の前にいるジョーをじっと見た。「ホテルでおとなしくしていた奴が、なんでそんなものにスカウトされて、おまけに肩の怪我を悪化させているんだ?」
「う・・・」
 ジョーが口を閉じた。が、もう遅い。
「そーいうのを日本では?墓穴を掘る?って言うんだ」
「オケツ?」
「ボケツだ!」
 神宮寺は怒鳴ってから大きくため息をついた。
 早めに夕食を摂ろうと4時頃ホテルに戻ると、上半身に何も着ていないジョーがベッドで唸っていた。またシャワーを浴びたまま寝ちまったのかと思って見ると左肩が腫れていた。
 医者に行こうと引っ張る神宮寺に抵抗してベッドにかじり付くジョーに閉口し、せめて冷やそうと氷を貰ってきてイヤがるジョーの肩に押し当ててやった。
“殺す気か!”とわめくジョーに、“このくらいで死ぬようなカワイイ奴か、お前は!”と神宮寺が返し強引に彼の肩に氷を包んだタオルを巻き付けた。
「で、その男がグレン達の依頼主のハワードか?」
「ん・・・」あまりの痛さと冷たさでつい口走ってしまった事にジョーは後悔しつつ、「だけど今度は  ?Ja?とは言わず、はっきり断ったぜ」
「あたりまえだ。OKされてたまるか」以前にもこんな会話があったな、とチラッと思った。「グレンもライトもやばい事にならないといいけど─あっ、こら!タオル外すな!」
「つめてーよっ!」
「いいからもうちょっと当ててろ!それともずーと押さえつけててやろうかっ」
 素手でやり合ったらジョーは神宮寺の敵ではない。武道の心得のある彼は相手を動けなくしてしまう技を修得している。
 以前試しに技を掛けてもらったら、力も体格も勝るジョーが本当に動けなくなり、おまけに痛いのだ。
「まったく・・手当てしてやってる奴と、なんで格闘しなければならないんだ?」
 神宮寺が大げさにため息をつきジョーを睨んだ。が、おとなしくなったので、とりあえず技を掛けるのはやめた。
「あのハワードって奴のバックは」ちょっと言葉を切ったが、「アメリカのマフィアだそうだ」
「ん・・」神宮寺が頷く。「サントスに聞いた」
「なんだ、そうか」
 ジョーがベッドを降りソファに移動した。
 日本はまだ夏ではないのにジョーの体は日に焼けていた。冬の長いハンブルクで生まれ育った彼は太陽の輝きが好きだ。今は紫外線の問題で日焼けはあまり良くないとされているがちっとも気にしていない。暑がりのせいもあるが、JBの地上駐車場で車を整備していてもすぐ上着を脱いで裸のまま仕事をしている。女性職員の黄色い声にも無関心だ。
「あの親父、自分の命が狙われているかもしれねえのに笑ってやがった。グレン達が必ず護ってくれると信頼しているのかな。そのためにグレン達が危ない目に─」
「ジョー、それはグレン達の仕事だ。おれ達がどうこう言えるものではないだろ」
「そうだけど・・・」
「今は自分達の任務の事を考えろ。他の事に気を向けてる場合じゃないだろ。得にお前は」ジロリとジョーの肩に目をやる。「デイトナへの出発は明日の午前だ。その後もスケジュール通り動く」
 神宮寺がノートパソコンのキーボードを叩いた。モニタにデイトナへのフライトスケジュールが出た。明日飛ぶのはこの2人だけで、アレンとリックは明後日にデイトナへ入る。現地での準備は現Sメンバーが行うのだ。
「明日の出発までに腫れが引かなかったらサントスに見張りを頼むか医療部の医師の所に置いていくぞ」
「・・・・・」
 どっちもいやだ。でも確かにこのままではカーチェイスのテストはできないし、飛行テストのコ・パイに就くのも難しいかもしれない。珍しくジョーが黙りこんでしまう。
「まっ、まだ時間あるし・・」そんなジョーの様子にさすがに可愛そうだと思ったのか神宮寺がやさしく言った。「その腕じゃ夕食に出るのも面倒だろう。ルームサービスにしようか」
 と、メニューをジョーの所に持ってきた。
「・・ヤロウと2人で部屋に籠ってディナーか」
「・・誰のせいだと思ってるんだ」神宮寺の目つきがまた怖くなった。ジョーがあわててメニューを広げる。無難にパスタのセットメニューを選ぶ。「ワインは?」
「いや、おれ買ってきたんだ。本場のイタリアワイン」ジョーが備え付けのクーラーボックスからワインを取り出した。「これがアマローネ・デッラ・ヴァルポリチュラ・クラシコ・スペリオ。で、こっちがアルセロ・カベルネ・フラン。どっちもワイン作りの名門、クインタレッリ家のジュゼッペというじーさんが作ったんだってさ」
「・・買ってきた?」神宮寺の瞳がキラリと光る。「どこで?」
「リトルイタリーさ。昨日通っただろ。種類がたくさんあって─」
「どこまで行ってるんだ!お前は!
 雷が落ちた。また墓穴を掘ったようだ。

 その夜、ジョーは久々に子どもの頃の夢を見た。
 明るい太陽の下、父と母がいて子どものジョーが海辺で波と遊んでいた。まるで絵具を溶かし込んだ碧い海、白い砂─夢の中のジョーが気がついた。
 ここはドイツではない。ハンブルクの海の色ではない。と、戸惑い父と母を見たが─2人は笑っていた。キラキラ光る太陽の光を背に2人は笑ってジョーを見つめていた。それを見るとジョーは安心してまた逃げて行く波を追った。
 キラキラとジョーの金髪が輝き、伸びやかな肢体が砂の上を跳ねる。
 振り返ると─父と母はいなかった。ジョー1人だけが砂浜に残されていた。
 だが彼は驚かなかった。
 そうか…いなくなっちゃったのか。2人でどこかへ行ってしまったんだ・・・。
 波間に輝く太陽の光がジョーの顔を照らした。


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