コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

大地と海のプレリュード 7

デイトナ/サーキット 

「ジョージは?大丈夫なのか?」
 ベッドルームから一人出てきた神宮寺にジョアンが訊いた。
「ええ、ただちょっとぼおっとしていたいと言うので」
 神宮寺はジョアンの座るソファとは反対の窓に行くと大きなガラス越しに外へ目を向けた。
 デイトナから離れたこのホテルもまた海辺に建っているので眺めは抜群だ。おまけに静かでデイトナのあの喧騒もここまでは届かない。
「いったいどうしたんだ?あさってからのテストは大丈夫かい?」
「・・・・・」神宮寺が体をジョアンに向けた。「・・報告しなければいけませんか」
「いや・・今のは個人的に訊いたので・・・」
「昔の・・古傷です・・。数ヶ月、出なかったんですが。テストは大丈夫ですよ」
 おちついた神宮寺の言葉にジョアンは頷いた。
 こんな仕事をしていれば誰でも古傷のひとつやふたつはある。ジョアンにとっても他人事ではない。しかしそれは自分自身で克服するしかないのだ。
 だがまだ若いジョージにいったいどのくらいの古傷があるというのだろう。それよりこれから彼に押し寄せるかもしれない怒濤の方が気に掛かる。だから
「神宮寺君。これから先、彼に何があっても君だけは彼の味方でいてくれ」
「─どういう事ですか?」
 神宮寺が訊いたがそれ以上ジョアンの口は開かれなかった。彼はパリ本部の人事課に所属する。JBにはない課所だが、それ故ここまでがギリギリ彼の言える範囲なのだろう。そう理解し神宮寺もそれ以上は訊かなかった。
 1時間後、明日のテスト車両点検の手順や明後日のテスト当日のスケジュールの打ち合わせが行われた。もちろんジョーも同席したが口を開かずテスト車両のリストを見ていた。
 もともと愛想の良い方ではないが、サーキットで見せていたあの明るい表情はなくムスッと不機嫌そうに、ジョアンの視線を避けるように顔を逸らしていたが話だけはちゃんと聞いていた。
 神宮寺はなんでもない、と言ってくれたが、ジョーは自分に再びあの症状が現れたのではないかと不安だった。もし再びあのような状況に陥ったら・・・今度こそ鷲尾はジョーをやめさせるだろう。国際秘密警察スペシャルメンバー・ジョージ・アサクラから、ただの、21才のジョーシ・アサクラに戻る。
 以前はそれもいいなと思っていた。レースの世界に専念できる。21なら決して遅くはない。それは彼の願いだった。だが今は─。
 打ち合わせの後そのままレストランでの夕食となったが元々3人共多弁ではないせいかジョアンがパリの様子を話すのを後の2人が聞いている形に終始した。
 ジョアンと神宮寺はきちんと食事を摂ったがジョーは食欲がないのか─それでなくてもアメリカの料理は量が多いのだが─好物のビーフシチューでさえ持て余していた。
 店内はかなり混んでいて時折そばを通る女性が3人に秋波を送ってきたが、ジョアンがやんわりと断っていた。

 翌朝、2人はジョアンが用意してくれた色違いのジャンプスーツ─ちなみに神宮寺は紺色、ジョーは深緑色だが─を着てホテルを出た。
 フランスに戻るジョアンをデイトナビーチ空港まで送り、その足で各車両の点検に入る予定だ。
 昨日のジョーの事もありジョアンはこのまま2人を残して帰国してもいいのかと思ったが彼にも仕事があり、おまけに予定変更のため1日多く滞在していたのでもう余裕がなかった。
 ジョーは復活していた。
 昨夜食事を摂らなかったせいか今朝は2食分しっかりと食べ、ジョアンにも真っ直ぐな目を向けてきた。多少無理をしているようにも見えたが彼が自ら頭を上げたのだ。そのまま受け取ろうと思った。
「では後は頼みます。書類は3日以内に本部へ送ってください」出国ゲートの前で握手を交わした。「ジョージ、長官に何か言伝はないかい?」
「ん・・」ちょっと考えて、「もう年なんだから、あまり無理しないようにって」
「そんな事、私の口からは言えないよ」
 八の字に眉を寄せるジョアンにジョーと神宮寺が笑った。この2人なら大丈夫だろうとジョアンは確信して機上の人となった。
 残った2人は明日使用するセスナの格納庫に向かった。2人はそれぞれ1機づつ外部と内部機器のチェックを行った。これからテスト空域の確認のために実際に飛ぶ予定だ。
「コ・パイに入るか?ジョー」
 と、神宮寺が自らを指差し訊いた。が
「大丈夫だ。許可は下りている」
 ジョーはパイロットシートに着きヘッドセットを手にした。
 以前受けた気胸の手術のためジョーは数週間飛行に必要な身体検査証明書の更新をする事ができなかった。幸いその間に自ら操縦桿を握るような事態は起こらなかったが今回の再テストが神宮寺の下にもたらされた時、ジョーは自分は手伝えないと一旦は諦めたのだ。しかし経過は良好でその後新たなトラブルもなく飛行に支障がないと判断され、1週間前にやっと更新の許可が下りたのだ。
 ちなみに飛行機だけでなく車や船舶の操縦ライセンスもそうなのだが、彼らが修得しているのは所属国の各ライセンスだ。だがこれらを外国で使うにはいちいち書き換えたり別に修得しなければならない。仕事によってはその時間が取れない。
 そこで国際警察独自のライセンスが支給されている。これも3年ごとの更新が必要となるが、ほとんどの国で使えるので世界を舞台にしている彼らにとっては必要不可欠なもののひとつだ。
 だがそのライセンスも基本は所属国のライセンスの上に成り立っているものなので、 まずそちらを修得する事が優先される。
『01α、cleared for take-off、Runway 7R 、 wind 140 at 3(01アルファ、ランウェイ7ライトからの離陸を許可します。風は140°方向から3ノット)』
「Cleared for take-off、01α(離陸許可、01アルファ)」
 神宮寺が操縦桿を握るセスナ152?01αに離陸許可が下りた。続いてジョーの乗る02β(ブラボ)が飛び立つ。神宮寺は早めに旋回しジョーのコースを空けてやる。
「ジョー、そのまま東へ100キロ、大西洋上へ」
『ラジャ!』
 低く快活な声がヘッドセットから響いた。日頃、こんな鉄の塊が飛ぶのはおかしい。地面を走るべきだ、と豪語しているがやはり自ら操縦桿を握り大空に飛ばすのは楽しいらしい。
 2機に指定されたのは、01αがデイトナより北東150キロ、02βが南に200キロの共に大西洋上空だった。ここなら空路にも海路にも当たらない。
(海が真っ青だ。キラキラして・・写真より綺麗だな)
 楽しみにしていたカリブ海上空というわけにはいかなかったが、やはり海と太陽の国フロリダだ。強い日差しは飛行機乗りには少々厄介だが今はそれさえも楽しめる。
 神宮寺は01αを大きく旋回させ訓練空域の風の流れを感じていた。
(明日のテストが終了したらセスナを借りてカリブ海に飛ぶのもいいかも)
 これじゃあジョーと同じだ、と苦笑した。

 デイトナには神宮寺の方が早く帰ってきた。駐機場にセスナを収めしばらくしてやっとジョーが帰ってきた。
「遅かったな。何か不具合でもあったか?」
「いや、機体は完璧だ。不具合だとしたらおれの腕かな」機を降りジョーが苦笑する。「ランディング・ストールをやったら本当に失速しやがった。海面スレスレで持ち直したが」
「おい・・・、なんでそんなものをやるんだ。メニューにはないぞ」
「ちょっとリックを驚かしてやろーかなーって」
「絶対にやるな」
 ジョーは明日リックと組む予定だ。リックの腕はかなり良いようだから小細工されても大丈夫だと思うが。むしろ彼の一番の障害はコ・パイに入るジョーかもしれない。
「リックの腕はレニールから聞いている。何か仕掛けないとミスりそうもねーしよ」
「おれはリックの心配をしてるんじゃない。お前の心配をしているんだ」
「・・・?」
 意味がよくわからない。が、神宮寺が 事務所に向かい歩き出したのでその後に続いた。
 記録用紙を整備士に渡し、明日の時間を確認してサーキットに向かう。
 コース見学が中止されているサーキット前はあまり人影もないが、併設されているデイトナUSAは混んでいた。このミュージアムには実際のレースで使われているレーシング・カーが展示されている。
 ジョーは入り口前にディスプレイされている1台のレーシングカーのそばに寄った。スッと手を触れる。デイトナの太陽の日を浴びて車体は熱かった。走り終えたレーシングカーを思い出させる。と、“あの人レーサー?”と、観光客らしい数人がカメラを向けてきたので早々に退散した。
 レーサーというよりもピットクルーのようなスタイルなのだが、やはり雰囲気でわかるのだろうか。
 2人は昨日と同じパドックに入った。今日は工事車両もなくオーバルコースがよく見える。目の前には明日使用するテスト用の車両が並んでいる。ベンツのCLS500スポーツパッケージ、ゴルフとボルボのセダンタイプ、そしてマツダキャロルG?。さらにその後ろにはバカでかいコンボイタイプのトラックがデンッとその巨体を誇っていた。
 ジョーがそのコンボイを見上げた。コースに目をやり再びコンボイを見る。キラキラといたずらっ子のような目が輝く。
「こいつで31度バンクを試すなよ」
 神宮寺の言葉に、えっとジョーがあせる。図星のようだ。
「だけどハイウェイでコンボイを追いかける事だってあるだろ」
「ハイウェイに31度バンクはない」
「???
 ま、確かにそうだ。が、そんな理由ではジョーは収まらない。
「じゃあコンボイは諦めるからちょっとあいつで走らせてくれよ」と、CLS500を指差す。「走行状態とか見るんだろ。だったらおれが見てやる。チマチマ整備するよりそっちの方が早いぜ。だからさ─」
「・・・・・」なんか目の前でおもちゃをねだられている気分になった。この分では走らせるまでずーと言っているだろう。これでは仕事にならない。「わかったよ。ただし3周だけだ」
「Danke!神宮寺!」
 ジョーがさっそくCLS500に乗り込んだ。
 実は神宮寺はジョーがビーチドライブや車を見て昨日のようにまた沈み込んでしまったら・・・と心配していたのだ。だが若い心をいつまでも沈み込ませておくにはここは明るく陽気すぎる。青い海やサーキットを目の前にしたジョーに暗い顔は似合わない。─と、ベンツのエンジンが掛かった。今回はオーバルコース、つまりDの部分だけ使用する。ジョーがチラッと神宮寺を見て─飛び出した。
 スピードの限界に挑むために作られたコースだ。おまけに今はジョー1人しかコースにはいないので思いっきりアクセルを踏む事が出来る。
 問題の31度バンクをスピードを落とさず突入し大きく回った。
「くっ!」
 予想以上の傾斜にステアリングがわずかにブレた。両手でしっかりと押さえ込む。バンクを飛び出したとたん放り出されるような感覚に襲われた。
「すごいぜ、神宮寺!バンクから出たら飛んでいっちまうかと思った!」3周走り終え神宮寺の前にベンツを着けジョーが言った。「お前も走れよ。コース見ておかなくちゃいけねーだろ」
 それもそうだな、と神宮寺がセダンタイプのゴルフに乗り込んだ。
「おれが先導してやるぜ」
 3周の約束を無視してジョーのベンツが走り出した。
「こーなると思った」
 神宮寺が苦笑してベンツの後に続く。先導などいらないが、彼をあのベンツから引きずり降ろすのも大変なのでやめた。
 サーキットによくあるS字カーブやスプーンカーブがない分スピードを出しやすい。そのスピードを落とさずバンクに突っ込めるので早くカーブを通過できるのだ。
 前方を行くジョーは高くバンクを回ったが、さすがの神宮寺もそこまでは上がれない。それでもスピードは落とさなかった。
「本当にきついな、あの傾斜」3周を走り終えゴルフから出てきた神宮寺が1つ息をついた。「お前よくあのバンクをすっ飛ばしていけるな」
「すっ飛ばさない方が怖いぜ。一種の遠心力なんだから。スピード緩めたらズリ落ちるような感覚になる。それに地面に足が着いているだけマシさ」
「それもそうだが。あ、そうだ、お前明日はベンツに乗るなよ」
「えー?なんでだよ?これ乗りやすいぜ。こいつで思いっきり走って─」
「お前がそいつで逃げたら、誰が追いつくんだ」
「・・・・・」
 明日はカーチェイスのテストだ。当然2人は逃げる役である。ジョーがスポーツタイプの車で思いっきり走ったらいつまで経ってもテストは終わらないだろう。いや、周回遅れとなった追い手が追われ、抜かされるかも・・・。
「じゃあおれは・・コンパクトカー?」
「キャロルG?・・いい名前だ。お前にちょうどいい」
 ニッコリ笑って神宮寺が可愛いフォルムのキャロルのボディに手を掛けた。ジョーが激しく抵抗したが─無駄だった。

 その日の夕方、2人は空港に着くアレンとリックを迎えに行った。神宮寺よりふたまわりは大きな体の、しかし普段なら笑顔を絶やさない2人が難しい顔をして到着ロビーに出てきた。
「何かあったのか?」
 神宮寺が車まで案内しながら訊いた。
「まだはっきりしないが、どうも裏組織のスナイパー達が動きまわっているそうだ」大きなバッグを肩に担いだリックが言った。「ターゲットはわからない。うちの捜査課も動き出した。おれ達は一応外されているが込み入ってきたら呼び出しがあるかもしれない。通信機を持たされたよ」
「悪天候でなければ明日1日で終わるさ」
 出てすぐの所にエクスプローラーが停められていた。その横にジョーが立っている。
 車と一緒にいるのが本当に似合う奴だなァ、と改めて2人は思ったが、当のジョーは2人を見てもムスッとしたままで─しかしハッチバックは開けてくれた。
「ジョー、どうしたんだ?」
「なんだか機嫌が悪そうだが」
「ああ、ほしかったおもちゃが手に入らなかったんだ。気にしないでくれ」
 神宮寺の言葉にアレンとリックが顔を見合わせた。おもちゃって・・・?と思ったが、もの凄い目で睨んでいるジョーに気づき、これ以上訊くのはやめた。荷物を積み、
「よし、いい─」
「どうした?」
 助手席に乗り込み、そのまま固まってしまった神宮寺にジョーが声を掛けた。
「いや・・・なんか悪寒が・・・」
「は?風邪か?この暑いのに」ん?と頭を傾げる相棒を尻目に、「おれにいじわるするからバチが当たったんだ。ジゴージトクって奴だな」
 フンッと鼻を鳴らしたがちょっと機嫌の良くなったジョーはハデにバックし、タイヤを鳴らして一気に飛び出した。

「あんた達、なんでSメンバーになんかなりたいと思ったんだ?」神宮寺達の部屋で明日のスケジュールの確認をし、自室に戻るため立ち上がったアレンとリックにジョーが訊いた。「あんた達は自ら希望したんだって?1番危険なポジションだぜ。なんでだ?」
「なんでって・・・」アレンが一瞬口籠るが、「危険は捜査課にいたって一緒だ。だがSメンバーには捜査課のメンバーよりより大きな事件を扱うチャンスがある。特権もあるしな」
「先に死ぬかもしれないって特権だぜ」
「ジョー」
 神宮寺が止めようとした。が
「君達は自ら希望しなかったのか?」リックに訊かれジョーが首を振った。「最初のうちは本部によるピックアップだったというのは本当なんだな。でもおれは自分から名乗り出た。国際警察に入ったからにはより大きな事件を扱いたいし、自分の愛する者を守りたい。それだけだ」
 そしてジョーの顔をじっと見た。
「君にはまだ守りたい人がいないのか?」
「・・・・・」
 幸子と健の顔が浮かんだ。だがリックが言いたいのはそういう事ではないだろう。答えに窮するジョーの頬をペチンと叩き、ニッと笑ってリックとアレンは出て行った。
「チェ・・・」大きく息をつきジョーがソファに腰を下ろした。「今だったらおれは絶対名乗り出ないな・・・」
「・・・・・」
 その想いは神宮寺も同じだ。だが彼は口にはしなかった。


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Comment

淳 says... "覚書き"
再びダブルJを書き始めて1年経つ(平成19年現在)。
その間になんと17話、24冊を書き上げた。23日(5月)現在、18話目の2巻(プレリュード)を書いている。

正直言って1年でこれだけ書けるとは思っていなかった。
昔、1番書いていた時だって年12冊が最高だったのに。使える時間が今のほうが多いけど。

だが果たしてこの先このペースで書けるだろうか。ネタがなくて苦しむだろうな。
今、完全に持っているストーリーは1本。例のイタリア、フィレンツェ編だけ。
でも書きたい。ずーと書いていたい。楽しみたい。

でも半分は題名がないのよね~。昔はすぐに思いついたのに。難しく考え過ぎ?

もう1、2冊書いたらまたノートを頼まないと(通販でしか買えない)。
それにしてもジョーの好物がビーフシチューとは知らなかったわ。ォィォィe-330
2011.02.23 14:21 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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