コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

赤と青のワルツ 1

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「アポなしのお客?」
 手元の書類から顔を上げ、鷲尾は目の前に立つ秘書のルイスを見上げた。
 鷲尾との面談は緊急以外はアポイントを取る事になっている。確かに次の予定まであと2時間くらいあり時間の余裕はあるが・・・。
 それにしてもこの秘書がアポなしの客を介するのも珍しい。
「どなただね?」
「日本支部Sメンバーのジョージ・アサクラです」
「ジョージ?」
 鷲尾は驚いて、だが通すようにルイスに言った。
 ドアが開き、“どうぞ”とルイスに促され入ってきたのは確かにジョーだ。鷲尾は立ち上がり大きなデスクを回ってジョーの前に立った。
「パリに来ていたとは知らなかった。森君から連絡はなかったが」
「いえ、今回はプライベートなので」
「そうか。まあ、掛けなさい」鷲尾がソファを勧めた事で、この客に対応すると判断したルイスは部屋を出て行った。ジョーがぎこちなくソファに座った。「足、どうしたんだ?」
「前の仕事でチェインガン食らって─。直接じゃなかったので大した事ないです」
「・・・・・」
 相変わらずすごい事を事なげに言ってくれる。だがこれがこの男の日常なのだろうと、ジョーの前に腰を下ろしながら鷲尾は思った。

「お帰り~、神宮寺~!」6階のエレベータを降りたらバッタリと洸と鉢合わせした。「ずいぶんと長い事デイトナやラスベガスで遊んでいたね」
「その言い方には語弊があるぞ。おれは仕事で行ってたんだ。デイトナサーキットなんて2回しか走ってないし、カジノだって1回しか行っていない」
「でも水着の美人はた~~ぷり見たんだろ?ジョーからの写真が大容量で来たって一平が言ってたぜ。ぼくにもだけど・・・水着美人の写真はないんだよな~」そういえばジョーがカシャカシャ撮って2人にバンバン送っていた。「で、ジョーは?また重役出勤?」
「いや、パリに寄るって言うからラスベガスで別れた。長官に用事があるって言ってたけど」
「長官に?どーだろ。パリで遊ぶんじゃないの?モナコGPも近いし」
「あー、そーかもな」
 神宮寺は苦笑するとダブルJ室に入った。
 遊びに行ったかどうかは知らないが、病院でのジョーの様子はいつもと違っていた。目を覚ましたばかりの頃は騒いでいたが、1日2日と経つうちにおとなしくなり何かを考えているようだった。
 見舞いに来てくれた関やサントスに対してもいつのも悪舌はなく、口の悪いのも手術されたのか?と言われても何も言わなかった。
 夜もよく寝られないらしく、そして突然パリに行くと言い出したのだ。
 その後のジョーの行動は早かった。強引に退院の許可を取り病院を飛び出し森に連絡して5日間の休暇を取った。そしてチケットの予約もせず直接空港に向かったのだ。それほどの用事なのだろうか。
「いっそう遊びで行ってくれた方がいいけどな」
 溜まっている仕事の予定を組みながら神宮寺は思った。

「で、急にどうしたんだ?パリに遊びに来たのかい?」
「・・・長官に訊きたい事があるんです。もう20年ぐらい前の事ですが」
「20年前?」
 鷲尾はちょっと戸惑い気味にジョーを見た。いつもの彼とは少し違うような気がする。怪我をしたと言うので辛いのか?いや・・・、
「どうした?変だよ、ジョージ」
「・・・・・」
 ジョーが言い淀むようにわずかに唇を動かした。と、ノックがしてルイスがコーヒーを持ってきてくれた。前に置かれジョーがちょっと頭を下げた。が、眼はコーヒーを見たまま顔を上げようとはしない。
 ルイスはちょっと首を傾げたが何も言わず出て行った。鷲尾はゆっくりとカップを取りジョーが話し出すのを待った。
「長官はジミー・マーキンスというアメリカ人を覚えていますか?それからファブリシオ・クロル─通称ファーという男も」
「マーキンスにファー?20年くらい前と言ったね?」
「はい。場所はハンブルクです」
 この頃はジュゼッペも鷲尾もSメンバーとしてコンビを組みハンブルク支部にいたはずだ。ジョーはファーが言っていた事を鷲尾に訊くためにパリに来たのだ。
 赤ん坊だったジョーを巻き込むような事があったら鷲尾が知らないはずはない。父は本当に自分に銃を向けたのか─本当の事が知りたかった。
「マーキンスというとアメリカの企業だね。確かハングルクにも支社があった─。しかしどういう事なんだ?何があったのかちゃんと話しなさい」
「・・・・・」何も言わず鷲尾から話が聞けるとは思わないが、やはりちょっと言いにくい。だが、「前の仕事でファーという男が─」
 ジョーはファーの言っていた事─父がファーと自分に銃を向けて撃とうとしたという話─をポツポツと鷲尾に話した。
 父が自分を殺そうとした、だなんて思っていない。ただ本当の事が知りたい。
 父との思い出はあまりにも短すぎた。ジョーの知らない人間がジョーの知らない父の姿を知っている。それがいやだった。
「なるほど」鷲尾がひとつ息をついた。「思い出したよ。マーキンスもファーも」
「おれは親父がファーを逮捕するためにおれを撃とうとしたなんて信じていないけど─」
「あたりまえだ。アサクラがそんな事をするはずはない」
 確信を込めた鷲尾の言葉にジョーは肩の力を抜いた。険しかった表情が少し和む。
「もう20年になるのか・・・。あれは君がまだ1才にならない頃だったか、マーキンス社のハンブルク支社を不正輸出の件で国際警察と地元の警察で捜査した事があった。家宅捜査を行い関係者を逮捕し事件は一応の方をみたんだが、当時の支社長というのがそのファーという男の恩のある人物だったらしく、なんとか支社長を助けようとしたんだ」

 当時マーキンス社の闇の部分を背負っていたファーは裏の情報を使い、時間は掛かったが捜査員の指揮をしていた男の事を調べ彼の家族や住んでいる場所まで調べ上げた。
「その相手がアサクラだった。実際は指揮官ではなかったんだがファーはそう思ったらしい。当時アサクラの家はローデンバウムにあった。ハルフェシュテフーダー通りのあの家のセキュリティを強化するまでの仮の家だったがファーはそこを突きとめた」
 ある日、買い物に行くために車を出し、当時まだ1才にならない息子をベビーシートに座らせたカテリーナはふと忘れ物に気づき一度家へ戻った。そして再び出て来た時には家の前に停めてあった車がなくなっていたのだ。もちろん幼い息子も共に─。
 車泥棒と誘拐の両方が考えられ、ましてや国際警察の関係者という事もあって報道はストップされた。
 カテリーナの憔悴はひどく、だがアサクラは妻に付いていてあげる事もできず、ただ息子の行方を追っていた。
 そして丸1日経った翌日の昼頃、ハンブルク市警にファーから連絡が入った。
「君を無事に戻してほしかったら支社長を釈放しろ、と言ってきたんだよ」
「よくある展開ですね。つまンねえドラマみたいだ」
「ドラマ以上のストーリーがそうあっては堪らないよ。それにアサクラ達の身にもなってみろ。もう子どもを産めないカテリーナにとって君は大事な一粒種で─」
「え?」
 今、なんて言ったんだ?もう子どもが産めない?
「い、いや、これはその・・・。まいったな・・」
 じっと見つめる青い瞳の前にシラを切る事もできず、鷲尾が思いっきり顔を歪めた。が、なかなか口を開かない。
「鷲尾さんっ」
「・・・・・」ここまで言って誤魔化すのは無理だ。それにカテリーナはジョーの母だ。知る権利がある。「カテリーナは本当は子どもを産むには無理な体だったらしい。だがやはりほしくて・・・1人だけという条件で君を産んだ。2人目は望めない」
「・・・・・」
 あの明るくて元気な母が?
 ジョーにはとても信じられなかったが鷲尾が彼にウソをつくはずがない。鷲尾とアサクラは家族ぐるみの付き合いだったのだ。
「そんな事情もあってアサクラはなんとしてでも君を取り戻したかった。だが支社長を釈放する事はできない。時間だけが過ぎて行った」
 その間にファーは市警宛てにジョージの着ていた小さなセーターや切り取られたひと房の髪の毛を送り付けた。
「それを見た時のアサクラの顔は、見た事もないくらい恐ろしいもので・・・。ファーに会ったら殺してしまうのではないかと思った程に・・・」
 この時アサクラには身寄りはなくカテリーナもイタリアには帰れない身だった。その2人がジョージを得てやっと築き始めた〝家族〝という血の繋がり─それが絶たれようとしていた。
「だがハンブルク支部や捜査課がファーの隠れている工事中の建物を突き止めてアサクラや私も急行したんだが」
 ファーはジョージを盾にアサクラの前に現れた。
 声ひとつ出さないジョージは、しかし暴力を加えられた様子は見られなかった。ファーの片腕に抱えられ、目の前に集まっている人々をただ見つめていた。
 明らかに父の顔はわかっているようだったが、それでもジョージは声ひとつ出さず泣く事もなかった。
 ファーはその小さな頭に拳銃を突きつけて支社長の釈放を要求した。
「だがこうなってはその要求は通らないし、自分も逃げられないと思ったんだね。君を撃って自分も死ぬ、と言い出したんだ。実は奴は我々が踏み込む前に工事現場で使われている小型のダイナマイトや火薬を集めて着火できる準備をしておいたんだ。そして自分はその前に立っている。これが爆発すれば辺り一面は火の海だ。工場地帯だったからね。引火するものはたくさんあった。そしてファーが言った。“息子も吹っ飛ぶぞ”と」
 するとアサクラが一歩前に出た。そして言ったのだ。
“お前がその子を盾に多くの人の命を危険に晒そうとするなら、私がその子を撃つ。私たちの家族は人質にはならない”
 そう言って銃口を2人に向けた─。
「・・・・・」
 確かに〝我々〝は人質にはならない。だが・・・。
─お前の親父はな、おれを撃とうとしたんだ。自分の子どもごとな─
 ファーが言っていたのを思い出した。
─お前を抱いているおれに銃口を向けたのさ。あれは本気だった。撃つつもりだった─
「う・・・」ジョーが手で口を押さえた。顔が真っ青になっていた。「ファーの言っていた事は・・本当だったんだ・・・」
「だがアサクラはもちろん君を撃つつもりはなかったよ。彼は勝負に出たんだ。ファーを挑発して自分に銃口を向けさせようとした。危険な賭けだったが後ろの爆薬にいつ火が点くかわからない。一か八かだった」

 自分の子どもを人質に取られているというのに落ち着いたアサクラの態度と威圧感に、ファーはついにアサクラに銃口を向けた。
「後はわかるだろ?アサクラは冷静にファーの銃を撃ち落とし、我々がファーを押さえ君を引き離した。抱き取ったのは私だ。君は大きな目をキョトンと開いて私や現場を見ていたが、アサクラに抱きかかえられたとたんすごい勢いで泣き出したよ」
「・・・おれ、親父の事苦手だったんですかね」
 少し頬を染めジョーが言った。さあね、と鷲尾が笑う。しかしこの時、父はどんな気持だったんだろうと考えた。まだ自分には子どもはいないので完全にその気持ちにはなれないが、想像するだけでも少し辛かった。
「それから1年ちょっとして私はJBの副支部長に、アサクラにはパリ本部の副長官にという話が持ち上がった。今までよりもリスクが大きくなるという事だ。また家族が巻き込まれたらと─」
「だからおれ達をハンブルクに残して・・?」
「あの事件の後アサクラは言っていた。“ジョージを危険な目に遭わせてしまいカテリーナに不安と苦しみを与え、私は怖気づいてしまった”と・・・」
「・・・・・」
 あの大きく強い父が・・・。怖気づいておれ達をパリに呼ばなかった・・・?
「ハルフェシュテフーダー通りのあの家は、当時最高のセキュリティを備えられていた。隣もハンブルク支部の家だ。パリで自分のそばにいるよりこちらの方が安全だと思ったんだ」 確かにそうかもしれない。しかし父のいない生活はそれだけ母に負担を掛ける。あの陽気で明るい母だからこそできたのかもしれないが、ジョーにしてみれば父の身勝手以外の何ものでもない。
 だが、彼(ジョー)が背負っているのは自分一人の人生だ。父親と考えが違っても当然だろう。

「で、どうだ?この説明で納得できたかね?」
「は、はい。あの・・・忙しいのにすみませんでした」立ち上がった。「帰ります」
「帰るって日本にか?」
 はい、とジョーが頷いた。
「待ちたまえ。相変わらず即決即行の男だな」鷲尾が呆れた。「ここまで来てママや健に会って行かなかったら後が怖いよ」
「・・・・・」確かにちょっと怖いかも。「鷲尾さんが言わなければわかりませんよ」
 と、ドアがノックされた。
 入ってきたのはルイスで、会議の時間だと知らせに来たのだ。
「おお、もうそんな時間か」鷲尾はデスクの上の書類を掻き集めながら言った。「休暇は5日あるんだろ?私は明日からモナコに行くんだ。ルイス、この書類の続きを捜してくれ。青いペンで修正が入っているやつだ」
 バタバタと暴れている(?)鷲尾をジョーがキョトンと見ている。
「一緒にモナコに行こう。モナコGPが見られるよ。あ、今夜は君が帰る事をママに知らせないと。夕食の準備があるし、あ、あったよ、ルイス。これで全部だな?」枚数を数えるイスが頷く。「今日は6時には上がるから一緒にソーに帰ろう。ママや健が喜ぶぞ。それまでカフェにでもいてくれ。こづかいはあるか?」
「・・・中学生じゃないですよ、おれ」
「お、そうだったな。じゃあ後でな、ジョージ。行こう、ルイス」
 と、長官室を出て行った。
「どっちが即決即行の男だか」ジョーがため息をついた。「鷲尾さんはいつからあんなに早くしゃべれるようになったんだ?」
「でもご自分が一番嬉しそうでしたね」ルイスがクスッと笑う。「モナコに行きますか?」
「どうしようかな・・」
 ジョーはルイスと部屋を出た。でないとセキュリティが反応し長官室に閉じ込められてしまう。
「時間があるならつき合ってあげてください」なぜかルイスがクスクスと笑っている。ジョーが怪しげな目を向けると、「では私も・・。また明日会いましょう」
 と、行ってしまった。
「なんか怪しいよな・・・」
 Sメンバーとしてのカンが騒ぐ。だがモナコGPは魅力的だ。とにかくこのまま長官室の前に突っ立っているわけにもいかないので6時まで時間を潰そうと1階に下りた。と、廊下の向こうから2人の男が歩いて来た。その1人は─
「ジョアン」
「ジョージじゃないか」デイトナで世話になったジョアン・マルセだ。「パリに来ていたのか」
「鷲・・長官に用があって─」
 ジョアンと一緒の男は同じ人事課の先輩だそうだ。
「デイトナでは大変だったな。書類はとてもよくまとめられていたよ」
「書いたのは神宮寺だからな。でももう奴に試験官を頼まない方がいいぜ。絶対何かに巻き込まれる」
 自分のせいではないと言いたいようだ。
 じゃあ、とジョーが手を振った。

「あれがジョージ・アサクラか」年配の男が言った。「ジュゼッペ・アサクラにそっくりだな」
「いい奴ですよ。時々命令違反をしたり無謀な行動をとったりするらしいですが」
「それはまずいだろう」ハハ・・と笑いながら言った。「彼自身に大した問題はないんだけどね・・・」
「・・・・・」
 だったらこのままでいいのではないか。
 彼は世界で初めてSメンバーになった男の息子─多少荒っぽいが事件の解決率は高い日本支部のSメンバー。
 ─それだけで・・・。


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Comment

淳 says... "覚書き"
わ~、またまた見切り発車の「モナコ編」。資料が少ない。
すぐ尽きるだろうな、と思ったが、2日間で20ページも書いた。

前回の「ラスベガス」の最後で書いたジョーとファーの繋がりがこのまま途切れるのはもったいないと思い、ちょうどこの年(平成19年)のモナコGPが終わったばかりだったので、
「フランスの鷲尾に訊きに行こう。ついでにモナコGPにも関わろう(もちろん物騒な事で)」
と思いついてモナコまで来たわけだ。

と、ここまでは良いペースで来たが、3日目からはモナコの章に入るのでちょっときつくなってきた。まだストーリーの詳細を練っていないのだ。

それにしてもジョーが赤ちゃんの時にそんな事があったなんてなぁ・・・知らなかった(おいおい)

TVでグランドキャニオンの特集が(案内人はジョーさんとか)どーして書き終わってからやるの~。
2011.06.06 16:43 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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