コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

絆 2

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 入って来たのはロレンツォとマルティーノだ。2人は室内の異質さに驚いたようだが、
「ジョージ、トリノには私の別荘がある。いい所だ。お前はそこでゆっくり傷を治せばいい」
「え?いや、おれはこれからフランスに─」
「ユキコ達の事は地元をよく知っている警察に任せた方がいい。ワシオも賛成している」
「シニョーレ・・、ママの事を知って・・」それから鷲尾に目を向けた。「おれがトリノに行く事を・・鷲尾さんが認めたんですか・・」
「・・・・・」
 認めたわけではないが、だがあの時の自分と同じ気持ちでいるロレンツォに何が言えるだろう。たとえ黙っている事が認めた事になってしまっても・・・。
 鷲尾が黙っているのでジョーは再びロッカーの中のバッグを取り出した。が、うっと小さく呻きバッグを落とすと自らも床に膝をついた。わき腹の傷を押さえる。
「大丈夫かね」すぐそばにいたロレンツォが屈んだ。「ユキコの事はワシオに任せれば確かだ。こんな傷を負っているのに現地に行ってもお前に出来る事など─」
「あんたにわかるもんか!」
 ジョーがロレンツォの手を振り払った。勢いで尻もちをつきそうになる彼をマルティーノが支えた。
「おれを育ててくれた人だ!親がいなくなって悲しくて不安で・・いや、それすらも感じなくなって・・・。そんな時おれを抱いて・・一緒に泣いてくれた人だ。おれにとってはカテリーナより・・・」
 マルティーノに体を預けたままロレンツォが目を見開いてジョーを見つめる。
「その時あんたは何をしていた?娘が死んだというのに・・あんたは何も・・・葬式にさえ来ないで・・」
「ジョージ」
 鷲尾の声が飛ぶ。
「おれの事だって十何年も放っておいたのに。トーニの親父さんが死ななかったら、おれの事なんて思い出しもしなかったんだろ?なのに・・・今さら親戚ヅラするな!」
 パンッ!とジョーの頬が鳴った。勢いでロッカーに体をぶつける。ジョーは頬を押さえ自分の前に立つ鷲尾を見上げた。
「知らない者が勝手な事を言ってはいけない」厳しい貌の、しかし哀しそうな目がジョーに注がれる。「ここに残るのもトリノに行くのも君の自由だ。君にとっては大した事ないのだろうが決して軽傷ではない。キチンと治しなさい」
「・・だったら、どこへ行くのもおれの自由だ」ゆっくりと立ち上がり手を伸ばすと鷲尾の腕をグッと掴んだ。「おれが鷲尾家の人間じゃないから・・・家族じゃないから心配して駆け付けなくても・・いい、と・・・」
「そんな事はない。私達は今でも君を息子だと思っている」
「だったらなぜ─!」
「いいかげんにしてください、ジョー!」ルイスが口を出した。「あなたがいつまでもダダをこねていると、それだけ長官がフランスに戻るのが遅くなるんですよ!」
「!」
 ハッと、ジョーが鷲尾の腕を離した。とたんに体の力が抜けて行くような感覚に襲われる。
 マルティーノがジョーの体に手を回しソファに座らせてくれた。
「いいんだ、ルイス。実際、私が行っても何もできない」鷲尾はジョーの髪をクシャッと丸めた。「幸子と健は大丈夫だよ。ちゃんと君にも連絡を入れるからね」
 そう言いロレンツォに目を向けた。かすかに頭を下げる鷲尾に彼が強く頷いた。
「ルイス・・」鷲尾に続いて病室を出ようとしたルイスをジョーが呼んだ。荒い息をつくジョーにルイスが近寄る。「鷲尾さんをフランスへ・・。頼む」
「─わかりました」
 ルイスは頷くと病室を出て行った。
「明日の午後に迎えのヘリが来るから、それでトリノへ─ジョージ!」
 ロレンツォが叫びマルティーノがソファに寄る。フラッと体を揺らしてジョーはそのままソファに倒れ込んだ。

 夜明けを待たずに鷲尾とルイスはフランスへと飛び立ったと教えてくれたのは、ベルギー支部長のカイザスだった。彼も他の支部長達も午前中にはモナコを出るという。
 結局支部長会議は完結せず、日を改めて行われる事になった。したがってモナコ支部も一時棚上げとなった。
 また逃亡中のマルケスとトニーニョの行方もわからないままだ─。
 これらの話をジョーは横になったまま聞いていた。
 昨日と違い体が言う事を利かなかった。朝食も昼食も摂れず、鷲尾が買ってきてくれたサブレでさえ口にできなかった。
 それでも午後になると体調も良くなり、ベッドから体を起こす事ができるようになった。マルティーノが用意してくれたオ・ミネラルを少しづつ飲む。
 やがてベッドにテーブルを出しノートパソコンを叩き出した。
 その様子にロレンツォもマルティーノもホツとしたが、担当医は今のジョーの様子を見てトリノまで動かす事に反対した。が、ロレンツォが強く望みジョーも承諾したという。
 病院は警察のように強制力はなく、またジョーの様子とは裏腹に術後の経過は良好のためとうとう医師も退院を許可せざるを得なくなった。
 それでも何日分かの薬と注意事項を書いたメモをマルティーノに渡す。

「ジョージ、支度はできたか?もうすぐヘリが着く」
 ロレンツォが病室まで迎えに来た。荷物をまとめたジョーがベッドに腰を下ろしていた。
 薄いオレンジ色のTシャツの上に茶色の半袖シャツを羽織っている。オリーブ色の肌とオレンジのコントラストがきれいだ。上品なトーニとはまた別な魅力がある。
 この男が自分のそばにいないのを残念に思った。
 3人はヘリポートになっている病院の屋上に上がった。ここからもコートダジュールが、地中海がよく見える。
 ジョーはその青い海に目を向けた。
 風で枯葉色の髪がサァと流れる。片手で押さえロレンツォに続いてヘリに乗り込んだ。
 外見は普通の5、6人用のヘリコプタだが、内部は装飾が施されシートも前を向いたものではなくL字型になっている。したがって左側からしか乗り降りできないが個人の物としては豪華なものだろう。
 マルティーノの指示でスターターボタンが押されエンジンが掛かった。スキッドがゆっくり上がって行く。ヘリコプタは北へその機首を向けた。
「トリノは知っているか?オリンピックのあった所だ。私の別荘も山の中だが緑のきれいなとても清々しい所だ」
 グランディーテ家の別荘は何軒かあるだろう。その中で〝山〝を選んだのは、海で怪我をしたジョーを気遣ってだろうか。しかしかえって山に入って今だ行方のわからない幸子達の事が思い起こされる。
 「モナコからだと150キロほどだから1時間ちょっとで着くな」
 ロレンツォの問いにパイロットが、はいと答えた。
「何か飲まれますか?」
 マルティーノの問いにジョーは首を振った。大きな窓から外を覗く。コートダジュールの海はもう見えなかった。
 それまでぼんやりとしていたジョーの瞳に光が差した。〝危険〝を感じ、マルティーノが緊張した。と、ジョーがスッと立ち上がりパイロットの後ろに立った。
「すまねえが、ここからは進路を北西にとってくれ。目的地はフランス、ブルゴーニュ」
「なんのつもりだ」
 ロレンツォが立ち上がろうとしたがマルティーノが止めた。
「すみません、シニョーレ。だけどおれはどうしてもヴェズレーに行きたい」
「これは事件ではない。お前が行っても何もできないぞ。ましてやその怪我で─」
「だめならパイロットを気絶させ、おれが操縦します」
 スッと右手をパイロットの頸動脈に当てた。ここを強く圧迫すれば人は気を失い、悪くすると死亡する。パイロットはジョーが主人の身内だと知っているし操縦桿を握っているので身動きができない。
「もっとも、ヘリの操縦はあまりした事ねえから無事目的地まで飛べるかどうかわからねえけど」
「ジョージ・・」
「おとなしく乗ったと思ったらこれですか・・」ロレンツォに続きマルティーノもため息をついた。「これをハイジャックって言うんですよ、ジョー」
「通報したければするがいいさ。その頃おれはフランスだ」
 ニッと口元を歪め、だがすぐに厳しい目をロレンツォに向ける。もちろんそんな脅しに屈するロレンツォではないが。
「─押さえますか?」
 スッと寄ってマルティーノが小声で訊いた。
「・・・いや」一瞬目を瞑り、しかしすぐに顔を上げた。「彼の言うとおりにしてやれ」
「─わかりました」
 マルティーノがパイロットに指示を出した。それを聞いてジョーがホッと息をつきパイロットから手を離した。しかし席には戻らず立ったままだ。
「座ってください、ジョー。シニョーレは一度決めた事を覆すような事はしません」
「・・・・・」
 ジョーはちょっとバツが悪そうに─それでもシートに腰を下ろす。と、傷が痛んだのかわき腹を手で押さえかすかに声を上げた。だがマルティーノが手を貸そうとすると睨み返した。
 マルティーノは武道の心得がある。押さえ込まれたら気絶させられるのはこっちだ。
「私もシニョーレの意志に背く事はしません」と、バッグからいくつかの紙袋を取り出しジョーに差し出した。「痛み止めや化膿どめだそうです。スーパーマンでもこういう物が必要な時もありますよ」
 ニコッと微笑む。しかい油断できないマルティーノにジョーは自ら手を出そうとはしない。
 マルティーノはため息をつき、ポンッとジョーの膝に紙袋を放ってやった。なんか猛獣にエサを放りやった気分だ。その猛獣が袋の中をチラッと見て小さなジムバックに入れた。しかしまだ警戒は解いていないらしい。
 こうやってこの男は今まで生き延びてきたのだろうな、と思いジョーの気の済むようにさせてやる事にした。

「幸子ママと健が?」神宮寺は驚いてデスクの向こうの森を見た。「で、ジョーは?」
「長官はフランスに戻ったそうだが、ジョーは治療のためモナコに残ったらしいが・・」と、森が言葉を濁す。「おそらく今頃は病室には誰もいないだろうな」
「そうですね」あのジョーが幸子や健が行方不明と聞いておとなしくしているわけがない。神宮寺だって飛んでいきたいくらいだ。「ところでTEのファーの事ですが」
「おお、日本に護送される日が決まったそうだ」
 森が手元の書類を神宮寺に渡した。

 眼下には一面の緑とあちこちに小高い丘が見えて来た。そこには小さな村がある。ヴェズレーだ。
 確かに緑が多くこんもりと木々が生い茂る丘も多いが、とても遭難しそうな地には見えない。方向を間違えて、まったく反対の方へ行ってしまったのか─。
 そう思いながらジョーは着陸出来そうな所を探していた。しかし村の周りは大きな木に囲まれ斜面が多い。少し離れるとますます高い木に阻まれヘリが着陸するのは難しいだろう。
 だがのんびりと回っているひまはない。この後ヘリはトリノまで飛ばなくてはならないのだ。おそらく燃料はギリギリだろう。
 ジョーは決心した。
「マルティーノ、パイロットにあっちの森の方へ行くように言ってくれ」
 信用していないくせに使う時は使う。だが不思議と違和感はないし反発する気も起きない。
「ですが、森では余計着陸できませんよ」
 一応ジョーの言葉をイタリア語でパイロットに伝え、マルティーノが言った。その反面この男ならなんとかするかも、と思った。
 案の定、ジョーはまったく困った顔を見せずバッグからウッズマンを取り出しジムバックに入れるとヒョイと担いだ。
 スーツもブランドの服ももういらない。この銃だけで充分だ。
 スラッとした長身が立ち上がる。ロレンツォもマルティーノも何も言えず彼を見上げた。と
「あの大きく枝を張っている大木の上でホバリングしてくれ。おれが機体から離れたら戻ってくれ」
「なにをするつもりだ」
「すみません、シニョーレ。おれは親父の血を多く継いでいるようです。こういう奴なんで諦めてください」
 やがて機体が大木の上で停止する。ジョーがドアに手を掛けた。
「ジョージ!」
 ロレンツォが手を伸ばした。その指先をスルリと躱す。
「お元気で。トーニによろしく。マルティーノ、後は頼む」
「お前がなんと思おうと父親似であろうと、お前は私の孫だ。大事な肉親の一人だ。死ぬまでそう思っているので覚悟しておけ!」
 その言葉にジョーは驚いたように目を見開き、が、すぐにその瞳が和んだように細くなり口元に極上の笑みが浮かんだ。
 それは神宮寺にも、いや鷲尾にさえも見せた事がないような、子どものような素直な心を─今の彼の心内をそのまま曝け出した笑顔だった。
 が、次の瞬間、ジョーはヘリのドアをスッとスライドさせスキッドに降りた。そして眼下の大枝に飛びついた。
「ジョージ!」
 ロレンツォが動き、だがすぐマルティーノに抱えられドアが閉められた。

 最初に手にかけた大枝は掴めずズーと落ちたが、すぐに他の枝を掴んで体の落下が止まった。片手でぶら下がったまま遠ざかるヘリに目をやった。
 ブルーグレイの瞳に一瞬虚空を映し、が、その想いを振り切るように幹を伝い降りて行った。
 が、地面に降り立ったジョーを待ち受けていたのは揃いの服を着て銃を持った男達だった。


       
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