コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

始まりの地にて 1

 「神宮寺君」結城自動車工業社長の結城武士が、自社名の入った小型のキャリアカー
から降りてきた「わざわざすまんね」
 「いえ、結城さんこそ」神宮寺が苦笑する「ご苦労の多い事で─」
 「まったくだ」結城は、社員がキャリアカーから車を降ろすのを見ながらため息をいてみせた「エンジンのパワーバンドを広げてピックアップを鋭くしたいだの、排気量を増やしてほしいだの、そーいう事はメーカーに言ってもらいたいね」
 真っ赤なセリカSS─?が地上に降り立つ。ウイングタイプのスポイラー付きだ。
 「それでもなんとか頑張って3週間弱で全部仕上げたのに、納車日に本人が出張とは」
 「・・・・・」神宮寺は無言でセリカに目を向ける。
 結城は鷲尾の旧知で、JBで使う車両の改造を引き受けている。ジョーのブルーコンドル(レース仕様車)もここで改造してもらった。当然、神宮寺やジョーとも親しいがJBの内部に関与しているわけではない。
 今日ジョーがいないのは、仕事での出張のためと思っている。
 「仕事から戻ってこいつを目にした時のジョーの顔が早く見たいね」
 「・・・本当に」神宮寺は再びセリカに目をやり呟いた。

             ×      ×      ×      ×      ×

 射撃場に銃声が響く。もう何時間撃ち続けているだろう、と神宮寺はふと思った。

 止まっている的は彼の射撃練習の相手にはならない。彼だってここにいたいわけはない。本当はこの時間は予定が入っていた。だが─
 「神宮寺」洸だ。
 一平や捜査課の伊藤、中根の姿も見える。時間が取れる限り、彼らは射撃練習に訪れる。
 「また一人潰したんだって?」
 「・・・潰したわけじゃない」ムスッと答える「あっちが勝手に潰れたんだ」
 「これじゃあコンビ候補がいなくなるぜ」一平だ。
 「おれのどこがメチャクチャだと言うんだ?」
 誰かにそう言われたらしい。神宮寺はこれまでに3人のコンビ候補と一緒に訓練を行っていた。彼はいつもの通りにやっていたのに、1、2日で3人共神宮寺について行かれなくなった。本当はこの時間だって候補生との訓練が入っていたのだが、体調不良とかでドタキャンされたのだ。
 「このくらいで潰れるような奴はいらん。おれ一人で充分だ」
 「あのジョーと組んでたんだもんなァ」伊藤が呟く「ムリないけど・・」
 「それにしてもジョーもひどいよな」中根が言った「なんにも言わないで、おれ達の前から消えちまうなんて。いやおれ達はいいよ。でもせめてミスターくらいには─」
 「よせ中根」一平が低く、しかし鋭く言う。
 「コンビだっていつかは別れる。一生この仕事をしていかれるわけじゃない」
 そう言うと神宮寺は再び射撃を始める。訓練用の銃ではなく、彼の44オートマグ、実弾だ。普通ならもうとっくに腕が痺れているところだ。
 「神宮寺も素直じゃないしなァ」誰ともへなく洸が言う。
 自分の気持ちをあまり表に出さない神宮寺だが、射撃の合間にふと、隣に相棒の姿を追っているのを洸達は知っていた。


 ─ジョージ─ジョージ、どこ?─
 (誰かが呼んでる)ユラユラ揺れる眠りの中でジョーは思った(そういえばおれの母親もそうやってよくおれを呼んでいたっけ・・)
 再び眠りに落ちようとした。が、
 「やっぱりここだったのね」
 苦笑まじりの声に、ジョーは目を開け顔を向ける。そこには彼が思い出していたブラウンの髪に灰色がかった青い瞳の彼の母親ではなく、黒い髪と瞳の女性がジョーを見上げていた。
 「ハンモックがよほど気に入ったのね」
 「ママ」
 ジョーが“ママ”と呼ぶこの女性は、鷲尾長官の妻、幸子(ゆきこ)だ。彼は鷲尾家に引き取られた9才の頃から家を出る17才まで、この女性を母親代りに成長した。
 もちろん始めから“ママ”とは呼べなかったし、今も少し照れくさいのだが、“幸子さん”と呼ぶわけにもいかず、結局“ママ”に落ちついた。
 それに鷲尾の一人息子の健はジョーを本当の兄だと思っている。少なくとも彼の前ではジョーは幸子の息子でいなければならない。
 「健を迎えに行ってくるわ。戻ったら昼食にしましょう」
 「おれが行こうか?」ジョーが庭のハンモックから降りようとした。
 「いいえ、送迎者は決まっているから」幸子が微笑む。
 健はエコール・プリメールと呼ばれる地元の小学校に通っている。初等教育の11年生─日本でいうなら、小学校の1年生に入学したばかりだ。
 授業時間は午前8時半から11時半まで。このあとの午後の授業まで2時間の昼休みがある。自宅の近い子は家に帰って昼食を摂る事もできる。健はそうしているらしい。
 登下校の送迎は保護者の義務となっている。入学時に送迎者の名前を学校に提出しなければならない。
 「それに新しい車にも慣れなくちゃ」
 彼女は先日、普段使いの車を変えた。ルノーの新車、ルーテシアだ。
 日本女性にしては背が高いが、線の細い一見おとなしそうに見える女性だが芯は強い。でなければ外国で子どもを育てながら国際警察長官の妻なんてやっていられないだろう。
 ジョーは、手を振りながら庭を横切って行く幸子を見ながら再びハンモックの揺れに身を任せた。
 彼がいるのはパリ郊外オー・ド・セーヌ県のソーという街だ。ここに鷲尾の自宅がある。
 郊外といってもRER高速郊外線で2、30分でパリの中心部に出られる。
 華やかだがゴチャゴチャと狭い中心部に比べ、この辺りはパリのベッドタウンで高級住宅地でもある。門から玄関までけっこう距離のある家が多く、郊外では日本人が一番多く住んでいる地域だ。
 鷲尾の家もまるで森の中にあるように樹木に囲まれている。そこに吊るしてあるハンモックが目下ジョーのお気に入りというわけだ。
 まだ体調の戻らないジョーは、一日のほとんどをそこで過ごしている。
 ふと、フランスに来てどのくらい経つのだろうと思った。はっきりした日にちはわからない。
 あの日本での事件のあと、彼は鷲尾に言われるままに日本からこのフランスに来た。だが決して鷲尾の言いなりになったわけでも、鷲尾がジョーの意思を無視したわけでもない。ジョー自身、あの時は心も体も疲れ果てていて、何も考える気になれなかったのは事実だ。
 しかし一方では、もうこの世界にいたくないとも思っていた。JBに行き、森や神宮寺と会う事に苦痛を感じていた。何もかも放り出してしまいたかった。自分という存在さえも─。
 その危うさを感じ取った鷲尾は、急遽ジョーを日本から連れ出す事にした。
 フランス移住に向けての長期滞在を考えた渡仏なので、長期ビザを必要としたが、その申請や交付を受けるまでの数日間を鷲尾は惜しんだ。
 そこで仕事で使っている国際警察独自の共通ビザで彼を入仏させた。従ってジョーはまだ除隊手続きをとっていない。
 森に言った“細かい手続き”は、いずれジョーが落ちつき、完全にフランスに移住したあとに行えばいい、と思っている。
 森から鷲尾へは何度か連絡があったらしいが、ジョーは知らなかった。
 彼はあの事件で判明した事実は事実として受け止め、しかしもうひとつ明らかにしたい事があった。それはカルディが両親を撃った銃を思い出す事だった。
 もちろんそれはワルサーP38コマーシャルとわかっている。紛れもない事実だ。しかしクロードの言った“君は見ているはずだ”という言葉が頭から離れない。
 おれは本当に“見ている”のだろうか。男が両親に何かを向けていたのは覚えている。そのあとの銃声も聞いている。状況からいって拳銃に間違いないだろう。
 しかしジョーには、その“黒い物体”の形状を思い出す事はできなかった。
 もっとも思い出したところで、当時“父の銃”など知らなかったろう彼が、それを確認できるとは思えないのだが。
 それでも彼は思い出す事を望んだ。
 そこで鷲尾は、フランスに渡りまだ体調の戻らない彼を入院させていた病院の院長である精神科の医師と話ができるよう取り計らってくれた。医師の名はミシェル・ノワールといい、パリ本部の医療部長を兼任している人物だった。
 ジョーは何度もミシェルと話し合い、退行催眠や心理治療を受けたが記憶が甦る事はなかった。
 そして彼は退院し、今は鷲尾の家で暮らしている。
 左肩の弾丸(たま)キズ以外は軽傷だった事もあり、少しづつ体調も戻り午前は幸子の買物の手伝いをし午後は健と遊ぶのが日課になっている。
 今日も午後は健とプラモデルを作る約束をしている。ここ数年味わった事のない穏やかな日々だ。
 やがて幸子の運転するルーテシアが鷲尾家の広い庭に戻ってきた。


 「マァマ、もういらないよォ」荷物持ちのジョーが声を上げる「これ以上買ったら鷲尾家が破産しちまうぜ」
 「仕方ないでしょ」車に荷物を入れながら、幸子も負けじと言う「あなたの服や下着がほとんどないんですもの。パパのを着るわけにもいかないし、健のお古にする?」
 「・・・・・」
 それは無理だ。しかしルーテシアの後部座席は荷物で埋まっている。
 ジョーがフランスに来る時、身のまわりのほんの少しの荷物しか持って来なかった。鷲尾もジョーも洋服の事まで気がまわらなかったのだ。まあ、こちらで買えばいいのだが。
 「もう少し。これからセーターもコートもいるわ。フランスは日本より寒いのよ」
 車にキーを掛け、幸子は再びパリ高島屋やプランタンなどのデパートが並んでいるオースマン大通りへと出た。ジョーもあとに続くしかない。
 ファッションにはまったく興味のないジョーなので“せっかくパリにいるのに”と幸子をガッカリさせながら─しかし一ヶ所で服や小物が揃うここデパート街に来ているのだ。
「ジョージはスラッとしているから見栄えがよくて、服の選びがいがあるわ」
 などと言いながらけっこう楽しそうだ。が、当のジョーは幸子に服を当てられボケッと突っ立っているだけだ。
 時々行きかうパリジェンヌに目を向ける。一平ならウインクのひとつでも贈るところだが、ジョーにそんな器用な事はできない。反対にウインクされて赤くなる。日本ではありえない事だった。
 185cmの大柄に髪や瞳の色も日本人と違う彼はとかく目立つ。日本語をしゃべると驚かれる。仕事上あまり目立ちたくないのだが、どうしようもない。
 しかしフランスではジョーのような外見の男はいくらでもいる。気がとてもラクになる。
 結局このあと幸子はジョーのコートを注文し、セーターとシャツを一着づつ買った。
 「高島屋の場所を覚えておいてね。1週間後にコートが入るそうだから」
 「おれが取りに来るの?」もちろん、と幸子に頷かれジョーが唸る。
 毎日時間はたっぷりあるのだが、あまり出歩きたいとは思わなかった。特にパリ市内のように人や車でゴチャゴチャした街は苦手だ。東京にいた時にはあまり感じなかったのだが、ソーでゆっくりと穏やかな日々を過ごしているせいかもしれない。
 現に東京でJBの仕事をしていた時の鋭さ、激しさが日に日に消えていき、今ではどこにでもいる21才の青年の顔になってきた。
 「言葉、イマイチわからないしなァ」
 「少しづつ覚えていけばいいわ。私もまだ完全じゃないし」
 鷲尾家では日常は日本語を使っている。もちろん外出すればフランス語だ。健など家では日本語、学校ではフランス語と見事に使い分けている。
 ジョーはといえば、日常のあいさつや“○○をください”くらいは話せるが、それ以上細かい会話になると文法を無視して単語を並べたて、あとは聞き手の直感力に期待するという他力本願型だ。
 「それでつい日本のデパートに来てしまうの。だから余計に覚えないのよね」
 高島屋や三越など日系の店なら日本語が通じる。ジョーはちょっとホッとした。
 「コーヒーでも飲んでいきましようか」
 「健は?」そろそろ11時を過ぎる。
 「今日はお友達の家に昼食によばれているの」
 それで今朝、健に手紙を渡していたのか、と思った。登録した送迎者以外に頼む場合は、その旨を書いた手紙を子どもに持たせ学校に出さなければならない。少々面倒ではあるが子どもに対する安全管理は日本より徹底している。
 フランスはどこを歩いてもカフェがある、と言われるくらい、あちこちにカフェがある。 
 10月のパリともなるとそろそろ寒くなってくるのだが、この日は暖かく2人はテラスに腰を下ろした。
 カフェは座る場所によって飲み物の料金が違う。一般にカウンターが一番安く次いで店内、テラス席は一番高い。
 幸子は注文を聞きに来たギャルソンにカフェ・オ・レを注文した。
 「パリに来たらまずカフェ・オ・レ。ここのは甘くなくておいしいわ」
 「─」ふと、ジョーの記憶が瞬く。
 以前このパリで同じ事を言った奴がいた。そうだ。神宮寺だ。ふだんカフェ・オ・レなんか飲まないくせに、あの時は今の幸子のようにおれの分まで勝手に注文して、そして─
 「どうしたの?気分が悪いの?」
 幸子に訊かれハッと我に返る。よほどひどい顔をしていたのか、幸子が心配そうに見つめている。
 「いや別に・・」ジョーがぎこちなく笑う「ちょっと疲れただけで・・」
 「そう?」幸子もかすかに笑う「まだ遠出は無理だったかしら。ごめんなさい」
 「そんな事ないって─」
 言葉が切れる。目が幸子を通り越し彼女の後方に向けられた。人が騒いでいる。悲鳴が聞こえた。何かが壊れる音が響く。
 「なに?」
 幸子も驚いて振り返る。破裂音がした。
 「危ない!」
 ジョーは向い側に座る彼女に覆いかぶさるよういにして地面に倒した。イスがひっくり返る。顔を上げると男がひとり、こちらに向かって走ってくるのが見えた。手には拳銃が見える。相手構わず狙いをつけている。地面に伏せているジョーや幸子にも向けられる。
 「ヤロウ!」ジョーが飛び出す。
 「ジョージ!だめ!」幸子が止めようと手を伸ばすが間に合わない。
 男は突然目の前に立ち塞がるジョーに驚いたが、すぐさま銃口を向けてきた。銃声が響き、幸子が息を呑む。弾丸はジョーの髪の一部を散らした。
 「であっ!」
 その銃を蹴り上げる。勢いついて男にも回し蹴りを食らわす。男はあっけなくひっくり返った。上着のポケットからネックレスや指輪が転がり出る。
 「フン、ケチな強盗かい」
 ジョーが男を見下ろす。青い瞳が鋭く光り、誰も・・幸子でさえ近寄りがたい雰囲気を体全体にまとわせる。
 遠くから聞こえるサイレンを耳に、幸子はただジョーを見つめていた。

 

 

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Comment

淳 says... "覚書き"
パリ編ストーリーができない。
書きたいシーンはいくつかはあるのだが、うまく繋げられない。
最後にフェラーリ(実際にはディアブロになったが)でボンッ!はやりたいのだが・・・と思ってたらGでそんなシーンがあったっけ。もちろん、ジョー。アハハ・・・。
が、神宮寺に新コンビを─と思った瞬間、パーとストーリーが流れ始めた。いけるかも。

ダブルJは現在の話なので、できるだけ実際の地や現状を書きたい。
だから今回はフランスの観光本ではなく日常の暮らしの本を借りてくる。
この本はそこで実際に暮らす人に参考になるように書かれているので、読んでいるとまるで自分までパリで暮らしているような気になる。

淳もジョーと共に〝その場に〝いるのだ。そこが楽しい。
2011.01.12 14:17 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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