コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

始まりの地にて 2

 「私・・あの子が怖いわ・・」
 夕食後、夫婦の寝室続きになっている小さな居間でセーターを編んでいた幸子がポツリと言った。
 「え?」新聞から眼を離し、鷲尾が問う。
 「今日の事よ。あの子はなんの躊躇いも恐れもなく、拳銃の前に身を晒したわ。もちろん私を守ってくれようとしたのだけれど」
 真昼のカフェで起こった騒動は、その大きさとは反対にあまり話題にならなかった。幸子が鷲尾に連絡を取って、犯人を捕まえたジョーを表に出さないように手を打ってもらったのだ。
 普通なら恰好のニュースだ。真昼パリのカフェを拳銃を持った男が走り、それを一人の青年が見事に取り押さえる─当然マスコミも取材に殺到したが、プライバシーを理由に警察は青年に関しての公表を一切しなかった。
 2人は文句を言うマスコミを尻目にソーに戻ってきた。
 「その無鉄砲さで、いつか大ケガをするんじゃないかと・・」
 「・・・・・」鷲尾は新聞をたたみテーブルの上に置いた。そして静かに言う「それが今まで彼がいた世界だ。彼にとっては特別な事ではなく、ごく日常だった」
 「でもこれからは違うわ。彼はここで静かに暮らすのよ」
 「もちろんそれが一番だが・・・」鷲尾はコーヒーを一口飲む「私はほとんど強引に彼をパリに連れてきたが・・・これでよかったのだろうか・・」
 幸子が、え?と顔を向ける。
 「実は・・これは私と榊原君しか知らない事なのだが、日本での事件後に彼が入院していた時、ちょっとした事故があってね。軽い火傷だったが範囲が広かったので念のためにと点滴を行っていたのだが、なぜかそのチュ?ブが抜けてしまい、かなり長い時間点滴がなされなかった事があった。まあ、だからと言って命に係わるほどの事ではないし、たまたま私が見舞いに行って見つけ、影響はなかったのだが・・・。その時のジョージの表情が忘れられなくて・・」
 鷲尾はちょっと言葉を切り、やがて決心したように話し出した。
 「彼の目が私に言っていたよ。“なぜ、放っておいてくれないんだ”と─」
 「─ま、まさか」
 「ああ・・」鷲尾が頷く「チューブは自然に外れてしまったのか、それがわかっていながらそのままにしておいたのか・・・私にはわからない。しかしジョージはあの時・・・。その目を見て、この子を一人日本に残しておいてはいけないと思ったんだ」幸子は黙って鷲尾を見つめている「榊原君もそう思ったのか、私が申し出ると黙ってカルテを渡してくれた。“ソーは静かな良い所です。そこで暮らすのはジョーのためになるでしょう”と言ってくれた。あの子は人生を急ぎすぎている。この町で母や弟に囲まれゆったり暮らすのがいいと思う。しかし本当にそれであの子は─」
 鷲尾は両手を強く握り合せた。そこに幸子の手が静かに重なる。
 「それを決めるのは・・彼自身なのでしょうね」
 フワッと微笑んだ。

 「ドゥービエ シィル ラ ブレ」
 「違うよ兄さん。Deux billets,sil vous plait」
 「・・・・・」同じ様に言ってるつもりなのだが・・「いーよ別に・・切符買わないから」
 「パリ市内に行くのに電車に乗って行くんでしょ。このままじゃje me suis egareになっちゃうよ」
 健が紙にひらがなで“まいご”と書いた。
 「チェ、漢字も書けない子どもにフランス語を教わるとは思わなかったぜ」
 「ぼくってすごい!天才!」
 「こいつ」
 ジョーがこぶしでコツンと健の頭を突っつく。健もヘヘッと嬉しそうだ。
 「ぼくが一緒に行ってあげられればいいんだけど。そうだ、行くのは日曜日にしない?」
 「子どもの通訳付きでか?カンベンしてくれ!」
 ジョーは本気でそう思った。

 「大陸間弾道ミサイル?」神宮寺が振り返る「まだそんな事を言っているのか、北は」
 「いや北じゃなくてドイツらしいよ。ベルリン支部が担当している」100キロのベンチプレスをしながら一平が答える。相変わらず腕の力は強い「そんなものどこかに射ち込んで戦争になったって、一組織に勝ち目はないのに」
 「一組織って?」江川が訊いた。
 「正体がわからないから“一組織”。ベルリン支部が探りを入れているようだ」
 「洸は今スイスなんだろ。精密機器の講習を受けに行ったんだって?」大柄の高浜は汗っかきだ。タオルが欠かせない「Sメンバーも大変だなァ、色々やって─」
 「機器や機械類に関しては洸が一番だからな」
 神宮寺はチェックシートに印を入れていく。最近現場に出ていないせいか、体が重く感じるのを気にしていた。
 「スイスってドイツの隣だよな」江川が言う「洸、駆り出されたりしてな」
 「そーいえばフランスもドイツの隣なんだよな・・」
 高浜がポツリと言い、一平に突っつかれる。高浜はソッと神宮寺を見た。彼はチェックシートに目を落としたままだった。

 「アップルパイを作るのに、なんでりんごを買い忘れるかなあ」
 ジョーはぼやきながら自転車のペダルを踏む。
 今日のおやつはアップルパイがいい、と言う健のリクエストに買い物に出た幸子だが、肝心のりんごを買い忘れてきたのだ。
 “・・パイだけじゃ、だめよね・・?”幸子がジョーと健にお伺いを立てる。
 “それって、皮だけって事じゃん”
 その通りだ。が、この一言でジョーが買い物に出されたのだ。
 文句は言えない。幸子の作るパイは絶品だからだ。
 果物は近くのマルシェで買う。
 日本では乗った事のない自転車だが、ここでは必需品だ。風を切って走るには少し寒い気候だが、ジョーはあまり気にしない。スピードの出るものならなんでも楽しいのだ。
 健のありがたい特訓のおかげでりんごは無事手に入る。ただ“キャトル(4)”と言ったのに“セットウ(7)”渡されたが。
 「ただいまァ」りんごを抱えキッチンに入る「ママ、りんご。なぜか七つだけど─」
 しかしそこには誰もいなかった。と、キッチンのドア向こうから声がする。そこからも庭に出られるのだ。
 りんごを置きドアを開ける。幸子と健、それに今朝仕事に出たはずの鷲尾がいた。が、ジョーの目はすぐさま別の物に吸い寄せられた。目の前に赤い大きなものが横たわっている。
 「ディアブロ!?」
 「ほお、さすがにすぐわかるね」鷲尾が微笑む。
 「そりゃあ、カウンタックの次に出たモデルだし・・で、どうしたんだ、これ」
 「うむ、私の友人の車なんだが、もし君が気に入れば安く譲ってもよいと─」
 「ほんとに!?」
 ジョーは目を輝かせ、真っ赤なランボルギーニ・ディアブロに触れてみる。ジョーのカウンタックと同じホップアップドア仕様で排気量5700CCの怪物マシンだ。最高時速323キロをマークした事もある。
 「すごいなあ、フランスでディアブロに出会えるとは思わなかったぜ」
 まるで子供が欲しかったラジコンを手に入れたようなはしゃぎようだ。
 「気に入ったかね。では友人に話してみよう」
 「でも・・」
 安く、と言っても元々日本円で2000万円以上する車だ。今のジョーにはとても手が出ない。
 「いいよ。足は必要だからね」
 鷲尾の言葉にジョーの表情がパッと明るくなる。
 「鷲尾さん」ディアブロの存在を確かめるように手を掛けながら、照れくさそうに鷲尾を見る「子どもを甘やかすとロクな人間にならないぜ」
 「痛感してるよ」苦笑して返す。ジョーもつられて笑顔を見せる。
 「すごい車ね、ジョージ」幸子も車内を覗き込んでいる「買い物がラクになるわ」
 「この車でりんごを買いに行くのはごめんだぜ」
 「りんご?」鷲尾が首を傾げる「なぜ、りんご?」
 「なんでもないのよ」幸子がジョーを突っつきながら笑ってごまかした。
 「いいなーいいなー」健だ「ぼくも乗せてよ、兄さん」
 「6才児にディアブロなんて20年早いぜ」
 「フランス語も話せないのに車で出かけて迷子になったらどーするの!?」
 「迷子?」再び鷲尾が首を傾げる「ジョージが迷子?」
 「気にしないでくれ、鷲尾さん。健は通訳になりたいそうだ」
 「??」
 と、さらに首を傾げまくる鷲尾と、“乗せて?”と食い下がる健の声がしばらくの間鷲尾家の庭に響き渡っていた。

 翌日、ジョーはさっそくディアブロでソーの街を走ってみた。
 こちらは当然右側通行だが、国際免許を持ち仕事上多くの国で運転しているので問題はない。それに“右側優先”ならず“自分優先”と考えるパリっ子に比べ、ソーの人々は運転も穏やかである。交通ルールは一応守られているのだ。
 「うん、やはり君は運転がうまいね」助手席の鷲尾が言った「車高の低い車は怖いのだが、安心して乗っていられる」
 毎日、パリ本部から長官である彼を送迎するのは、シトロエンC5V6エクスクルーシブという高級車だ。ディアブロのように地を這って走るような感覚はなく、ゆったりと乗っていられる。が、休みの日くらい“息子”の運転する車に乗るのもいいだろう。
 鷲尾は隣でステアリングを握るジョーを見ている。
 彼の運転スタイルは独特だ。普通両手はステアリングの左右に置くものだが、ジョーは左手を大きくステアリングの上に伸ばし、反対の右側を握る。右手は添えている程度だ。ともすれば、左手一本でステアリングを握る。一番最初に左ハンドルの車に乗ったからかもしれない。ミッションは右側に付いているからだ。日本製の車ではこれでは運転しづらいだろうに、彼はこのスタイルを変えていない。
 やがて車はソー公園に入る。
 週末ともなると、パリから多くの人が訪れる大きな公園だ。春には桜も咲くらしいが、冬の入り口の今はひっそりしている。ヴェルサイユの庭園と同じル・ノートルの設計というだけあって、広い芝生が幾何学的模様の美しい公園だ。
 2人は車外に出て体を伸ばす。ジョーはディアブロのそばから離れたがらない。
 鷲尾の友人は、しばらく乗ってみて慣れてから譲る、と言ってくれた。支払いもしていないのでまだジョーの車ではないのだが。
 カウンタックに乗っていたジョーにとって、ディアブロも似たようなものだった。車高などわずかだがこちらの方が高い。
 「ソーで乗るには、この車は少し目立ちすぎるかもしれないな、鷲尾さん」ジョーの言葉通り、今日は道行く何人の人に振り返られただろう「おれは気にしないけどな」
 「・・・・・」
 鷲尾は、車に手を掛け、嬉しそうに言うジョーを見た。彼は気づいているのだろうか。幸子は“ママ”と呼んでいるのに、自分の事は“鷲尾さん”と呼ぶ事を─。
 おそらく意識的にそう呼んでいるのではあるまい。幸子を見ると自然に“ママ”という言葉が浮かぶように、彼にとって鷲尾はまだ彼の上司だった頃のままなのかもしれない。
 一緒に暮らしていた頃は“パパ”と呼んでいた。しかしJBに入隊してからは“鷲尾さん”もしくは“長官”に変わっている。今さらもう他の呼び方はできない。
 「どうしたんですか?」怪訝そうに、ジョーが問う。
 「いや、なんでもないよ」ちょっと寂しそうな笑みになる「ところでジョージ、これからの事なんだが・・・。学校に行く気はないかね」
 「学校・・?」
 「うむ、もちろん正式な滞在ビザを取ってからになるが」
 「でもおれ・・フランス語あまりできないし・・勉強は・・・」
 「大学へ行け、と言っているわけではないよ。君がこれからやりたい事のために、その道に進むための勉強をする学校だ」
 (・・・・・)ジョーは鷲尾を凝視する。鷲尾がジョーのために、本気でそう言っているのがわかる (・・鷲尾さんは、おれをJBに戻す気はないんだ・・)
 ふっと体から力が抜けたように感じた。ディアブロに体をぶつける。そのまま動けない。
 「どうした」鷲尾があわてたようにジョーの腕を取る。ジョーは彼の手からスッと自分の腕を抜いた「ジョージ?」
 「大丈夫、なんでもありません」固い口調になってしまう「わかりました。学校の事、考えてみます」
 もう、戻りましょうとドアを上げた。
 それから家に戻るまで、ジョーは一言も口をきかなかった。
                     


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Comment

淳 says... "覚書き"
ジョーにハンブルクへ行かせようかと新しいドイツの本を借りてくる。
フランスからベルギーを経てケルンへ・・・アウトバーン1本でハンブルクまで行ける。と、思ってたら今夜のW杯の場所はケルン。
ナハハ・・・
2011.01.20 14:25 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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