コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

怒りの44マグナム 2


 病院に向かう途中神宮寺はおもちゃ屋に寄り、黒塗りのマグナムを2丁包んでもらうと愛車に乗り込んだ。
(・・・車、か・・・)キーを入れアクセルを踏んで神宮寺はふと思った。(一時・・この車がとてつもなく恐ろしく感じた時があった・・。智が死んで半年間ぐらいだったか・・・)
 たった1人の弟を目の前で轢き殺された力は、それから半年もの間車が恐ろしくてならなかった。と、同時に車というものをひどく憎んだ。
 機械が人間を殺す・・・そんな事があっていいものだろうか・・・。そしてこの世から車がなくなればいいとさえ思った。
 それはショックから抜けきらない彼の逃げる心が生み出した考えであった。そんな彼に父は手を上げた。
『神宮寺家の男子たるもの、姿ある物を恐れてどうする!弟を殺した車が憎ければ憎め!憎んで憎み抜いて、それを自分のものにしてしまうのだ!』
 その言葉にハッとして父の顔を見た力は父の目に薄っすらと涙が溜まっているのを見た。
 やがて月日が経つにつれ彼の車に対する考えが変わってきた。
 人を轢き殺したからといって悪いのは車ではない。それを運転している人間だ。車は、いや、機械はそれを動かす人によって良くも悪くもなるのだ、と・・・。
(それならおれはそれを良い方に持っていこう。弟を殺した車を良い方へ持っていくんだ。─そう考えおれは今ハンドルを握っている・・。その想いは今も変わっていないがやはり恐ろしい・・・。昨日だって一歩間違えば・・・)
 神宮寺は思わず身震いした。安全運転の見本みたいな彼がなぜか今ひとつしっくり・・・・来ない。
(なぜだろう・・・。おれは今まで自分の言動に確信を持ってきたのに・・・なぜ・・・)
 彼は再び考えた。それはおそらく彼の心のどこかに、〝弟を死なせたのは自分だ〝という考えがあるからではないだろうか。
 だが神宮寺はそれに気がつかない。それが幸か不幸かは誰にもわからない。
 8年間という歳月が彼の心の底にこびりついている弟の死の部分にだけ、神宮寺自身も気がつかないほど大きな壁を築き上げてしまったのだ。そこは他人はもちろん彼さえも手を触れる事はできない。
 彼の心でありながらそこだけはもはや彼の支配から外れているのだ。
 
 やがて神宮寺はスピードを落とした。目の前には病院の白い建物が見える。彼は車を少し離れた駐車場に停めると、紙包みを抱え門から入ろうとした。と、その時、向こうから2人の少年と母親らしい女の人が歩いてくるのが見えた。浩一達だ。
「浩一君」神宮寺は駆け寄り母親に頭を下げてから2人に言った。「昨日はごめんよ。痛い目遭わせちゃったね」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ」浩一が言った。神宮寺はドキッとした。智の幼い頃の言い方にそっくりだったからだ。「急に飛び出したぼく達がいけないんだもの」
「本当に・・・とんだご迷惑をお掛けしまして・・・」
「い、いえ、そんな・・・」
 頭を下げる母親に向かって神宮寺は言った。
「ぼく達ね、さっきママと約束したんだ。もう飛び出したりしません、って」
「そうか、えらいぞ」神宮寺は微笑んだ。「それじゃご褒美に・・・ほら」
「あっ、これ!」信一が声を上げた。「昨日の約束のピストルだね!]
「そうだよ。君達が約束したご褒美さ」
「わあっ!ありがとう、お兄ちゃん!」
 2人は大喜びで紙包みを受け取り、さっそくバンバンと撃ち合いを始めた。そんな2人の様子を神宮寺はなぜか胸の詰まる思いで見つめた。
「本当にすみません。おまけにあんな・・・」
「いいんですよ。男と男の約束ですから」
 2人は話しながら病院の門を出た。浩一達はまだ撃ち合いをしている。しかし約束を守り車道には出ていない。
「よかったらお送りします。そこの駐車場に─」
 神宮寺が口を開いた時だ。前方で急ブレーキの音がした。続いて子どもの叫び声が2つ。横にいた母親が声を挙げた。
「浩一君!信一君!」神宮寺は声のした方へ駆け出した。と、突然彼の目の前に大きな影が現れた。「わあっ!」
 そのとたん彼は左肩に激しいショックを受け転倒した。
 人々が集まってきた。みんな口々に何か言って騒いでいる。
 神宮寺は肩を押さえヨロヨロと立ち上がるとその方へと足を向けた。
「・・こ・・これは・・・」
 人だかりを掻き分け入り込んだ神宮寺は思わず立ち竦んだ。
 彼の目に映ったのは路上に倒れた2人の少年に、泣き叫ぶ母親の姿だった。
(なぜ・・なぜこの子達が・・・)
 神宮寺の頭の中を光が走って抜け、彼は気を失った。

            ×      ×       ×       ×       ×

「打てよ、神宮寺!」彼の周りで皆が叫ぶ。「文字通り、力いっぱい打て!これで勝負は決まるんだぜェ!」
「任しとけって!」
 バッターボックスに立った力は大声で答えた。
 ボールがピッチャーの手を離れた。ストレート、力の一番得意なコースだ。
 彼は思いっきりバットを振った。カキーンといういい音が響き、ボールは勢いよく飛んだ。
 歓声が上がった。ホームランだと誰もが思った。ボールは外野を軽く抜いた。
「いただきっ!」力はホームに向かった。と、その時鋭い叫び声が聞こえた。「智!」 力は弟の名を呼び道路に飛び出し驚いた。そこには血塗れで倒れたまま動かない弟の姿があったのだ。
「智!さとしィ!」
 力は弟を抱き起こし激しく揺さぶった。だが弟は目を開けない。
 ふと前方を見た力の目に1台の小型トラックが映った。が、その車影はすぐに消えてしまった。

            ×       ×       ×       ×       ×

 神宮寺はハッと目を開けた。息づきが荒く胸の上下も激しい。左肩がひどく痛み体を動かす事もできない。
 彼は気の落ち着くのを待ってゆっくりと周りを見回した。10畳ぐらいの部屋だ。四方は白い壁で囲まれている。彼は部屋の隅にあるベッドの上にいた。
(おれはいったい・・・どうしてこんな所にいるんだ・・)
 神宮寺は手を上げようとした。と、両肩に激しい痛みを感じて再び元の位置に戻された。
 しばらくして意識がだんだんハッキリしてくると、彼の耳にかすかな話し声が聞こえてきた。
(・・・母・・さん・・・)
 その声はまさしく母、和美のものだった。だがもう1人の声の主はわからなかった。どうやら男のようだ。
 神宮寺は痛む首をゆっくりとまわした。と、話し声はベッドの横に立っている衝立の向こうから聞こえてくる事がわかった。話は自然に神宮寺の耳に入ってきた。
「そ・・それではあの子達は2人共・・・」
「ええ」男が頷いた。「弟の方は即死に近くて、兄の方は今朝方・・・」
「そうですか・・・」母は声を震わせている。「あの子達が亡くなっただなんて・・・。もし・・力が聞いたら・・・」
 母の言葉に神宮寺は思わず飛び起きた。そのとたん体全体に激しい痛みが走った。
「か、母さん!」
 両肩を抱くように庇いながら神宮寺は叫んだ。その声に衝立の向こうにいた2人は驚いてベッドのそばに走り寄った。
「力さん!」まず母が声を挙げた。「あなた、起きて・・・」
「そ、それより母さん・・・あの2人は・・あの2人はどうしたの・・・」神宮寺の腕に掛けた母の細い手がピクッと震えた。「母さん!あの2人は─!」
「・・・亡くなられましたよ・・2人共・・・」
「し・・死んだ・・?」神宮寺は男の方に顔を向けた。男は白衣を着た医者だった。「・・あの子達が・・死んだ・・・」
 神宮寺の目は一瞬虚空に向けられた。そしてベッドから出ようと腕を伸ばした。だが再びあの激しい痛みがその動きを止めた。声を挙げ倒れ掛かった彼の体を母が抱き留めた。
「動いてはいけません。あなたも車にぶつけられて肩を痛めているのよ」
「肩?・・・それじゃあ、あの時の車が・・・」
「骨が折れている。まず2週間は絶対安静ですよ」
(2週間・・そんなに寝てはいられない・・)彼は今すぐにでも飛び出したい思いだった。だが母の心配そうな顔を見るとそれもできなかった。(せめてギブスが取れるまでは・・・。その間に力、思い出すんだ・・あの時の車を・・・)
 その時、彼は右腕にチクッとした痛みを感じた。神宮寺には見えなかったが医者が注射を打ったのだ。
(思い出すんだ、力・・・思い出せ・・・)
 やがて彼は空白名世界へと引き摺り込まれていった。

神宮寺が再び目を覚ましたのはそれから10時間ほど経ってからであった。壁時計を見ると4時を少し過ぎていた。
 また話し声が聞こえる。一方は母だ。もう一方は─
「よおっ!起きたか、神宮寺!」
「ジョー・・・」もう一方の声の主はジョーであった。その服装を見ると、どうやら彼はパリから帰って来て家に戻らず直接ここへ来たらしい。「・・お前・・・」
「もっと長く向こうにいると思ったか?そうしたかったけど、あんまりいるとママさんが放してくれなくなりそうだからな。早々と戻ってきたよ。健の奴、未だにおれの事を本当の兄だと思っているようだぜ。どうして一緒に暮らさないのかと訊かれ困ったよ」
 そんな2人の様子をそばで見ていた神宮寺の母は何も言わず静かに部屋を出て行った。
「・・・オフクロさんから聞いたよ」彼女の後姿を見送りながらジョーは声を落として言った。「大変だったな・・・」
 神宮寺は枕に深く頭を沈めたまま何も言わない。と、ジョーがニヤリと笑った。
「わかってるよ。お前の気持ちを察してな。ほら」
 ジョーはイスの上に置いてあった小型のスーツケースを持ってきて神宮寺の前で開いて見せた。中には白いサマーブレザにオレンジ色のカッターシャツ、スカイブルーのスラックスなどが入っている。
「どうせすぐには退院できないんだろ。それならばおれと同じ手を使うしかないからな。かといって、まさかそのままでの格好で飛び出すわけにはいかないし・・・フフ、おれも気が利くだろ。これがお前だったらこんな心遣いは、まっ、無理だな」
 ジョーは自慢げに鼻を擦った。だが当の神宮寺は相変わらず口を閉ざしたままだ。
 彼の目はジョーが取り出した衣服の遥か向こうの方に向けられている。
「聞いているのか!おい!」
「・・ああ・・・」
「それならなんとか言ったらどうだい!せっかく脱走の用意をしてきたのに!」
 神宮寺は黙って下を向いた。
「彼らを轢いた車はわかっているんだ!中型のトラックだそうじゃないか。お前の肩の所に車の塗料が付いていたから割れる・・・のはすぐだ。なのにお前はベッドに寝たまま他人任せにしとくつもりなのか!」
「・・そうだ・・・」
「な・・なにィ・・」神宮寺の返事にジョーは自分の耳を疑った。「お前・・いまなんて・・・」
「おれは手を出さない・・。警察に任せておくと言ったんだ」
「神宮寺」
「おれはもう・・たくさんなんだ」
 それだけ言うと彼は両手をガシッと組み額に当てた。それを見てジョーが怒鳴った。
「み、見損なったぜ、神宮寺!お前がそんなに弱虫だったとは思わなかった!」その言葉に神宮寺の肩がピクッと動いた。「おれは、おれは今までこんな奴とコンビを組んでいたのか!」
 ジョーはスーツケースをひっくり返すとベッドの上に服をぶちまけた。
「どうしてお前はいつもそう沈着冷静としていられるのかおれにはわからねェぜ」
 それだけ言うとジョーは音を立てて部屋を出て行った。
「お前にはわからないさ・・・」ジョーが出て行ってしまうと神宮寺は小声で呟いた。「目の前であの子達は轢き殺されたんだ・・。目の前でだぞ・・。智の時と同じだ。おれはまた・・・なにもできなかった・・・」
 悲痛な声を押し殺し、彼は思わず唇を噛みしめた。

 一方、病室を飛び出したジョーはまだ何やらブツブツ言いながら廊下の真ん中を歩いていた。と、向こうからさっき出て行った神宮寺の母が歩いてくるのが見えた。
 ジョーは思わず立ち止った。母はジョーに気がくとニッコリとして言った。
「お話はもうお済みになりましたか?」
「お話なんて・・そんな可愛いものじゃ─」
「えっ?」
「い、いえ・・・ええ、す、済みました」ジョーはあわてて言い直した。まさか母親の前で病院を脱走する手伝いに来た、だなんて言えない。「それより彼・・だいぶ・・・」
「ええ・・。2回目ですからね・・・」
「2回目・・」
「10年前の智の時と同じですからね・・。あの子は自分で自分を責めているんですよ」
(・・そうか・・・)ジョーは、頭を下げて病室に戻る時母の後姿を見ながら思った。(だから手を出したくないというのか・・・。だがやはりおれにはわからない。もしこれがおれだったらどんな理由があろうとすぐさま飛び出すのに・・・。それともあいつはおれと違って生まれつき何事も落ち着いて考える事のできる人間なのか・・・)
 ジョーは階段を降り出口に向かって歩き始めた。



                 1 へ       ⇔       3 へ

 
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://junstory.blog63.fc2.com/tb.php/246-a21401f6