コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

北海道の旅はいそがしく 4

 峠を下り北見市を抜け、網走市に入る頃には4時を過ぎていた。が、ここに来てすぐ目に入るのは冷たい響きを持つオホーツク海である。
 美しい。冷たいがその青々とした美しさはまさに北の海である。
 その海を左に、ワインレッドのコスモAPは走り続け4時半頃、網走近くの小さなドライブインで休む事にした。このドライブイン自体は小さいが、その少し奥は牧場になっていて数十頭の馬達が観光客の相手をしている。
 馬場内はけっこう広く川が横切っていた。その川は道路に掛かっている橋の下を通り反対側の海に流れ込んでいる。それを馬で飛び越すのもおもしろそうだ。
 いやたとえ馬に乗らなくても、その川や海の青さを見ているだけでも充分である。一瞬ここは日本なのだろうか、と思ってしまうほどだ。
 「北海道は贅沢だ。美しい山や谷ばかりではなく、海や川も持っているんだからな」
 「まったくだぜ」羨ましげに言う神宮寺に、ジョーが同意した「・・ハンブルクの海もちょうどこんな風だった・・。冷たいが青く美しい・・よく似ている・・」
 「そう言えばお前は北国生まれだったんだな。だから寒さに強いのか」
 「さあ・・、それはどうかね」その時、2人の後ろから洸の声が響いて来た。
 「ミスター!ジョー!おいでよー。馬に乗ろー!」
 「おいでよー、か。まるで小学生だな」ジョーが口をへの字に曲げた。
 「洸の奴、もう乗っているぞ。おれ達も行ってみよう」
 神宮寺もジョーも得意というわけではないが、一応乗馬も心得ている。今まではどちらかというと仕事中に乗る事が多かったが、今回はあくまでも遊びである。
 2人共こんなに気軽に馬に乗るのは久しぶりなので、年甲斐もなく声を上げてはしゃいでいる。が、この2人と違ってあまり馬に乗った事はなく、しかし乗ってみたいという気の方が強い洸は、馬に乗っているというより振り回されているようだ。が、さすが運動神経の塊のような洸だ。馬がある程度の速度を出しても、なんとか乗って─別名、しがみついている、とも言う─いる。
 そんな3人を柵越しに見ている者がいる。一平だ。彼は缶コーラを買い、今戻って来たのだ。すると3人は馬に乗っていた。一平は3本のコーラを置くと残り1本の封を開けた。
 (ここの馬はドサンコとか言われててスタイルはあまり良くないけど・・でもいい馬だな)一平の目の前に、彼の愛馬アイフルの姿が浮かび上がってきた(アイフルの奴、おれがいないから今頃ダダをこねてるんじゃないかなァ。また馬場のヤマさんに面倒掛けなければいいが・・)
 一平は、ごねるアイフル相手に悪戦苦闘しているヤマさんの姿を想像し、思わず苦笑した。そこへ馬に乗った神宮寺がやってきた。
 「どうだ一平、君も一緒に乗らないか」
 「い、いや」一平が口ごもる「ぼくは・・」
 「・・アイフルか」一平は黙ってしまった「アイフル以外の馬には乗らないというのか」
 「・・・・・」
 「君の気持はよくわかるし、当然だと思う。しかしなァ一平、もし任務中に馬に乗らなければならないとしたらどうする?おまけにそれが命に係わるとしたら・・、君はその馬に乗れるか?」一平はかすかに下を向いた「Sメンバーという身分は相当に優遇されてるが、時としてその優遇以上の残酷な行為に耐えなければならない・・」
 そう言った神宮寺が思わず唇を噛みしめた。これはSメンバーの命を受け2年になる彼自身が、一番よくわかっている事だからだ。
 「・・・おれだってよくわかっているよ、そのくらい・・」一平は神宮寺が乗っている馬の顔を撫でながら言った「わかっているさ。だけど今は・・」
 「そうか・・。いや、わかっていればそれでいいんだ。今、君をムリヤリ馬に乗せるつもりは毛頭ないよ。それじゃ」手綱を引き、行こうとした神宮寺の耳に突然誰かの叫ぶ声が聞こえた「あ、洸!」
 声の主は洸だった。見ると彼の乗る馬が全速力で走り、洸はどうする事もできずにただしがみついているだけなのだ。
 「い、いけない!あのまま行ったら川に─」
 その瞬間、神宮寺は誰かに押され芝生の上にひっくり返った。
 「ダァッシュ!!」
 神宮寺の目の前を、何かがものすごい速さで走って行った。一平だ。いや正確に言えば馬に乗った一平である。彼は神宮寺を突き落とすとその肢体を馬上に躍らせた。あっという間の出来事である。
 「あ・・あいつ・・」神宮寺は思わず立ち上がった。
 一平の乗った馬は、たとえどんなに広い馬場でも出せないような速度で走っていた。もちろん場内には他にも人がいたが、一平はまるで神業の如くその間をぬって行く。みんな逃げるのも忘れ、ポカンと突っ立ったままだ。ジョーとて例外ではない。
 「あきらァ!!」10mに近づいた時、一平が叫んだ「手綱を右に引け!行く方向を変えるんだ!」
 前方の洸は一平の声が聞こえたのだろう。力いっぱい手綱を引いている。だが馬の方向は変わらない。川はもう向こう30mに近づいている。洸の腕ではとても飛び越せはしないだろう。
 「こうなったら仕方がない─それェ!」一平は馬の横腹を思いっきり蹴った。馬は声を上げ、ますます速度を上げる。川はもうすぐ前だ「目を瞑れ、洸!」
 そう叫んだ次の瞬間、一平の体が空(くう)を飛んだ。遠くで見ていた神宮寺もジョーも思わず声を上げた。
 一平の長身が太陽の光を浴びたかと思うと、その体は洸のすぐ後ろにストンと降りた。そして洸の手から手綱を掴み取った。
 「はいっ!」
 一平の掛け声と共に、馬の前足が上がり続いて後ろ足が地を蹴った。一平と洸を乗せた馬は見事な曲線を描いて青く美しい流れの上を、まるで翼をつけたペガサスのように飛び、やがて向岸に降りた。
 「・・・ああ・・・」一平は息をつくと洸を下ろした「大丈夫か、洸」
 「あ・・ああ、大丈夫・・なんともないよ・・」
 座り込んだ洸だが、しっかりした声で言った。
 「それにしても、いったいどうしたんだ。急に・・」
 「ぼくにもよくわからないよ。ホントに急だったんだもの」
 その時2人を呼ぶ声がした。神宮寺とジョーだ。彼らは橋を渡り2人の所にやってきた。
 「大丈夫か!」2人は同時に口を開いた「驚いたぜ、まったく」
 「驚いたのはこっちだよ。急に突っ走り始めたんだもの」
 「その原因がわかったよ」馬をなだめながら一平が言った「虫さ。馬の耳に虫が飛びこんだんだよ、だから─」
 「驚いて飛び跳ねたというわけか。と、なると一番驚いたのは馬自身ってところだな」苦笑まじりにジョーが言った。
 「チェッ!これがバイクならどうとでもなったのに!」
 洸の言葉に一平がゆっくり振り向き、真正面から洸を見た。
 「馬は生き物だ・・。意志がある・・。機械のバイクとは違うさ・・」そう言うと彼は馬を引き戻り始めた。そのあとを神宮寺が続いた「・・アイフル以外の馬に乗っちまったな・・」
 呟くように一平が言った。
 「見事だったぜ。思わず見惚れしまったよ」
 「アイフルが知ったら悲しむかな・・」
 「いや・・、むしろ褒めてくれるさ」その言葉に一平は神宮寺を見た「もし他の馬に乗る事を拒み洸を助けなかった事を知ったら・・その方が悲しむさ」
 一平はしばらく神宮寺を見ていたが、やがて頷いてみせた。
 彼らはドライブインを後にし市内の中心に入っていった。市といっても、そう大きくはなく、ちょうど川崎市のような感じだ。
 「網走って、いろんな方で有名だから、てっきり北国の寂しい町かと思っていたのになァ」洸がつまらなそうに言った。
 「数少ない平野だぜ。寂しいはずねえだろ」ジョーが呆れたように言う。
 「ほら、あれが有名な網走刑務所だよ」
 「えっ、どこどこ!」神宮寺の指さす方に洸は手をかざしてみた「どこさ、家ばかりだよ」
 「あそこだよ、ほら、川のむこうに赤レンガの壁が見えるだろ」
 「えっ!?あれが!?」
 洸は思わず声を上げた。それも無理はない。
 網走刑務所といえば彼の言う通りかなり有名だ。当然それなりの想像をする。が、今彼らの目の前にある刑務所は、まさしく住宅の真っただ中に家々と肩寄せ合い建っているのだ。初めて見る人はその想像とあまりに違うので驚いてしまう。
 「ヘェ、これがかの有名な網走刑務所ねェ。刑務所と一般住宅との境は川ひとつじゃないか」
 ジョーも同意した。彼らもまた洸と同じように想像していたのだ。
 「人の想像なんて、時にはまったく無責任なもんさ」
 「それじゃ一平はどういう風に思ってたんだい?」
 「そ・・そりゃつまり・・」彼の口調が急に変わった「おれもごく一般的な人間であり・・その・・無責任でありますから・・」
 洸はやっぱりというように肩をすくめ、前席の2人はクスクス笑い出した。
 それから約1時間後─彼らは網走湖畔温泉の小さなホテルに落ちついた。まさに湖がすぐ前にある。大きな窓から真っ赤な夕日が青い湖に影を落としながら沈んでいくのがよく見える。その風景は美しいとしか言いようがない。
 「ねえ!このホテル小さいけどサウナやディスコ・ステージまであるよ!行こうよ!」
 着いて10分も経たないうちに洸が騒ぎ出した。彼は新しいホテルに着くたびにその隅々まで見て回り、おもしろい物があると3人を引っ張り出すのだ。
 「それにいかす娘(こ)もいたし・・。ぼく急にオフロに入りたくなっちゃった。グフフ」
 洸はいそいそと愛用のライディーン・オフロセットをスーツケースから取り出し始めた。
 「アホかあいつ。ここのフロはコンヨクだと思ってやがるぜ」
 「フン、ジョーは欠陥人間だから女の子なんかに興味ないんだもんな!」
 「えっ!!」一平が素っ頓狂な声を上げた「欠陥って・・それじゃ、ジョー・・」
 「バカ!おれは正常だ!」ジョーは一平の鼓膜を破る勢いで怒鳴った「作者は女なのにとんでもない事言わせようとするぜ、まったく」
 「なんでもいいからサウナ行こうよ、サウナ?!」またもや洸が騒ぎ始めた。
 ジョーと一平は互いに顔を見合わせた。が、洸はどうでもいいがサウナは悪くない。2人もさっそく用意を始めた。
 「ミスターは行かないの?」
 「ああ」神宮寺はケースからたばこを出しながら言った「もう少し休んでからにするよ。今日はいささか疲れた」
 「確かに今日はハードだったぜ。北海道を横断しちゃたんだからな。少なくとも400キロは走ったよ」ドアを開けながらジョーが言った「あ、車の整備は今日中に終わるから、明日からまた突っ走れるぜ」
 「それではご老体はゆっくり休んでもらって、我々若者はいざサウナへ??!」
 洸は右手を振り上げ、まるで行進の時の隊長さんのように先頭の風を切り歩き出した。ジョーと一平はそんな彼から2m空けるように気をつけあとを追った。
 「ご老体か・・。4人共年齢は繋がっているのに・・」神宮寺はため息と同時に煙を吐き出した 「ま、いいや。たまに1人にならないと、これからあととても持たん」
 そう呟くと、彼は体をベッドの上に抛り出した。


 「網走湖荘か─わかった、さっそく網走署に応援を頼もう」
 辻は忙しく受話器を置いた。そこへ先ほどの男が入って来た。
 「課長、どうやら例の2人を巡って松前組も動く始めたようです」
 「2人じゃなく4人だ。くそ、いったい何者なんだ・・」辻は思わず唇を噛んだ「が、これが切っ掛けで松前組も一網打尽にできるかもしれん」
 彼の目が輝き始めた。
 「よし田中君、私も行こう網走へ!─君も来てくれたまえ」
 「はい」
 2人はさっそく書類を片づけ始めた。


 「♪ピ?リカピリカ?、イ?ンナクルピリカ?♪」ある種の美声が響く「♪サウナよいとこ?、なンかいでもおいで?よいよい?♪」
 「♪お湯はないけェど?アホがァいいる?♪・・ってとこだな」
 「まったく洸の奴、機嫌がいいと決まってあの美声が出るんだからな」JBの養成所時代から知っている一平も、さすがに呆れたように言った「時間が早いから他に人がいないのがせめてもの救いだよ」
 「同感」ジョーは深く頷いた。が、チラッと一平の胸を見ると少し遠慮がちに、しかしズバリと尋ねた「そのキズ、どうしたんだ?」
 「えっ・・」
 一平はとっさにそのキズに手をやった。それは右胸の少し下にある20?くらいのものであった。何か鋭い物でザッと切られたようだ。
 ジョーがこのキズを初めて見たのは少し前、訓練生として養成所に入れられ、そこで初めて一平に会い、言い合いをしたあとだった。
 「これはおれが15の時、バッファローにやられた時のものさ・・」
 「バッファロー・・・アメリカ水牛か・・」
 「ああ・・」一平は頷きふと遠い目をした「うちの牧場にどういうわけかバッファローが入り込んだんだ。その時、家にはおれとママしかいなくて・・。ママは銃を撃ったんだけど外れてしまって・・、バッファローはそのままママに向かって来た」
 全身を流れる汗がだんだん熱くなってきた。
 「おれは必死だった。必死にバッファローに立ち向かった。が、所詮おれは奴の相手ではなかった・・。ママは突き飛ばされ、おれはこのキズを負った・・」
 「もう─いいよ・・」押し殺すようにジョーが言った。
 「そこへパパが帰ってきてバッファローは倒したが、ママはその時のキズが元で─」
 「もういい!よせ!」
 ジョーは思わず叫び、一平はハッとし口を閉じた。洸も驚いてこっちを見ている。一瞬辺りは蒸気の音だけになった。
 「・・あ・・」ややしてジョーが口を開いた「・・悪かった・・おれから訊いておいて・・」
 「・・いや・・、いいさ別に・・。それよりそろそろ出ようぜ。おれ蒸しパンになりそうだ」
 一平は腰を上げると先にサウナから出て行った。その後姿をジョーが見つめる。
 (なぜだ・・)ジョーは思った(なぜおれ達は揃いも揃って、そんな過去ばかり持っているんだ。おれも神宮寺も・・そして一平も・・)
 「ぼく達も出ようよ、ジョー。ホントにムシパンになっちゃう」
 「あ、ああ」洸の声にジョーは振り向いた「・・なあ、洸・・」
 「えっ?」洸がジョーを見た。
 ジョーは口を開けたが、言葉は詰まって出なかった。
 「・・い、いや・・いいんだ・・・なんでもないよ」
 「??」ジョーらしからぬ態度に洸は首を傾げた。
 (洸に・・あの洸にそんな過去があるはずはないさ・・)
 そう思ったものの、ジョーは洸に訊く事はできなかった・・・。

 

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