コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

始まりの地にて 4

 翌日は朝食も摂らず、早目にチェックアウトする。
 フロントで、顔色が悪いが大丈夫か、と訊かれ驚いた。まったく自覚がなかった。
 13年ぶりに故郷に帰るんだ、と言うと、それは良かったと宿泊代をおまけしてくれた。おかみさんが朝食代わりのサンドイッチを手渡してくれた。小さな宿ならではの心遣いだ。お礼を言って受け取る。
 昨日、行程の約半分を1日で走破したディアブロは今日も調子が良かった。一般道から1号線に戻る。この西に15キロほど行った所がドルトムントの市街だ。
 サッカーワールドカップドイツ大会で日本代表は最終戦、対ブラジルをドルトムントで迎えた。あとのない、言わば背水の陣だった。先制点を挙げたものの“ドルトムントの奇跡”は起こらなかった。
 しばらくテレビはこのニュースばかりだったな、と思い出す。
 実はジョーは中学の時サッカー部に所属していた。
 彼が入学した東京の私立中学は、帰国子女を受け入れる設備が整っていた。ジョーは帰国子女ではないし、日本語での会話は一通りできたが、その学校には珍しくドイツ語に堪能な教師がいた。
 鷲尾とジョー、“親子共々”ドイツ語の方が話しやすい彼らにはありがたい事だった。その教師がサッカー部の顧問だったのだ。
 入学当時には175cm近かったジョーは、その身長だけでサッカー部に誘われゴールキーパーのポジションが与えられた。長身から繰り出されるゴールキックは相手の脅威だった。
 しかしゴールキーパーはあくまでも守りのポジションだ。相手のゴールに攻め入る事はできない。チームの後方でじっとゴールを守っているなんて、ジョーの性格には合わなかった。
 ではフォワードを─と言われたが、サッカーはチームでやるゲームだ。フォワード1人が勝手に攻撃できるわけではない。
 結局彼は、6ヶ月後にはサッカー部をやめた。
 ジョーは休み事なく車を走らせる。アウトバーンのサービスエリアの各施設は24時間営業なので、彼はそこで水や食料を仕入れる以外は車を飛ばし続けた。
 やがて車はヴェーザー川を渡りブレーメンに入った。ここからハンブルクまでは80キロくらいだろう。ジョーはチラッと時計を見る。洸が置いて行ったシャルルホーゲルだ。
 ソーでは時計などいらない生活をしていた。しかし長年左手首に収まっていたものがなくなり、物足りなさも感じていた。シャクだが使い易さもある。 
 ハンブルクには昼過ぎには入れるだろう。さすがにこの辺りまで来ると北海の冷たい空気を感じる。今日は11月にしてはよく晴れているのだが─。この空気の冷たさ、空の青さがジョーを一路故郷へと駆り立てる。
 実はドイツに入った頃から、ジョーは己の感情の変化に戸惑っていた。
 彼の心の中にはいろいろな思惑がある。鷲尾の考え、幸子のやさしさ、洸の言葉・・・。ではジョーは?彼の考えはどれなのか・・・わからなかった。
 彼は今どうしたいのか、これからどうするのかわからなかった。
 鷲尾に言えば、急いで決める事はない、と言われるだろう。ジョー自身ソーでの生活は珍しくそして楽しい。他人と関わるのが苦手なジョーだが、やはり鷲尾一家は違う。自然に溶け込んでいけた。しかしその一方で何か・・・何か足りないような気がする。
 先週幸子とパリ市街に出た時、事件に巻き込まれた。彼の中で固まっていたものが弾けた。自然に体が動き。気が付くと相手は地面に転がっていた。が、ふと見た幸子の表情に我に返る。自分はしてはいけない事をしてしまったのだ、と思った。
 そのあとの幸子や鷲尾の態度に変わりはない。自分も変わらない─そう思ったのだが・・・。洸の訪問が再び彼の心を揺さぶる。そして気が付いた。ここはフランスだ。隣はドイツ・・。ハンブルクにも行かれるのだ、と。
 彼は仕事で何度かドイツに来た事はあったが、ハンブルクには1度も行った事がない。避けているわけではないのだが、なぜかその機会に恵まれなかった。
 ジョーは自分の心の中がわからないが、ハンブルクに行きたいという思いだけは日に日に高まっていった。
 そして彼は今ハンブルクに向かって車を走らせている。そこに行けばきっと何かがわかる。自分の心の整理がつくのでは・・・とジョーは思っていた。
 しかしドイツに入り故郷が近くになるにつれて彼の心が微妙に変化し始めた。ハンブルクにに行ったところで自分の帰る所があるわけではない。家がどうなっているのかわからない。そこはもうただの街でしかない。自分の居場所はないのだ、と。
 それでもジョーはハンブルクにに向かう。まるでその行動しか許されていないかのように。
「Ich freue mich(はじめまして)」目の前に立つ男が言った「ミュラーといいます。どうぞよろしく」
 フランクフルトからICEに乗りここベルリンのツォー駅に降り立った神宮寺と一平を迎えたのは、国際秘密警察ベルリン支部のカイザー・ミュラーと名乗る大柄なドイツ人だった。同じドイツ人でも日本やイタリアの血が入っているジョーに比べ、彼は生粋のドイツ人という風貌だ。31、2才くらいの真面目そうな男だ。
 「会話はドイツ語で?」
 「私達はドイツ語があまり得意ではありません。英語でお願いします」
 「では英語にしましょう」カイザーが言った。
 「助かります」神宮寺も英語で返す。
 一平はともかく、神宮寺は日常会話くらいのドイツ語ならできる。しかし今回は一平と一緒だし、細かい打ち合わせになるとドイツ語より英語の方がいい。
 「私は神宮寺力。彼は峰一平といいます」
 「よろしく」一平もあいさつする。彼の英語はアメリカ仕込みだ。
 3人はカイザーの運転する車でシュプレー川沿いのベルリン支部に向かった。
 「状況はどうですか?」助手席の神宮寺が訊いた。
 「ハルツ山地に奴らの施設があるのはわかっています。ただそこがミサイル発射施設を兼ねているのかどうかはわかっていません。今朝、そちらのヒビキとうちの3人が先行しました。我々も準備をして、明朝にはここを発ちたいと思います」
 「ハルツ、ですか・・・」
 「なにか?」
 「いえ、昔仕事で行きました。コンビを組んだばかりの・・・初めての仕事で」神宮寺の呟きに、後部席の一平がハッとする「あの時は吹雪で何日も足止めを食らいました」
 「今は雪はありませんよ。寒いですがね」
 「そうですか・・・」
 ふと外を見た神宮寺の目には、金色に輝く勝利の女神ヴィクトリアが頂を飾る戦勝記念塔ジーゲスゾレイが映った。
 「それにしてもヨーロッパのあちこちにミサイルを撃ち込む、と脅してくるなんて・・・いったいどーいう奴らなんだ。目的は何だ」一平が憤慨している。
 「恥ずかしながら、その両方もまだわかりません。そこで各国のSメンバーの方に協力をお願いしたのです」
 カイザーは悔しそうだ。本当は自分の所だけで解決したかったのだろう。その気持ちはわかる。しかしその気持ちを押し退けてまで、他国のSメンバーに応援を頼んで勇気と決断は評価したい。と、同時にそれは事態が軒並みならぬ状態に来ているという事を意味する。
 「このドイツを、ユーロを混乱に陥れようと企む奴らは許せない。ここで事を起こした事を後悔させてやります」カイザーの熱い心息が伝わってくる。
 彼は神宮寺の次なるコンビ候補でもあるのだ。

 いくつもの鐘桜が見える。赤レンガ作りの建物が並び、水と緑に溢れている。
 ベルリンに次ぐドイツ第2の都市、ハンブルクだ。
 北海に注ぐエルベ川の河口から110キロほど内陸に入った所に位置する世界有数の港町である。大都市ではあるが北ドイツ特有の赤レンガの建物が多い。しかしその中に現代的なビルもチラホラ見える。街の至る所で新旧の様々な建物が建ち並び、背の高い鐘桜が立っている─。
 ジョーが長い間、記憶の奥に仕舞い込んでいた風景が今目の前にある。
 彼はゆっくりとステアリングを繰る。愛用のトレーシング・グラブがキュッと鳴った。ステアリングを握る手に力が入っている。
 ディアブロはエルベ川を渡り、ハンブルクの市街地へと進む。やがて目に入ってくるのは、街のほぼ中心に横たわる人工湖─アルスター湖だ。並行する2本の橋、ケネディ橋とロンバルト橋によって、南側の小さな内アルスター湖と北側の大きな外アルスター湖に分けられている。
 夏はアルスター湖一面にヨットの花が咲くが、冬の入口の今は静かだ。
 ハンブルクの市庁舎や中央駅など中心となっているのは内アルスター湖周辺だが、ジョーの家はもう少し北上した外アルスター湖の高級住宅地ハルフェシュテフーダー通りにあった。
 ジョーはその外アルスター湖をゆっくりと一周する。
 幼い頃遊んだ公園があった。確かこの近くのはずだ。左折して住宅地へ入っていく。高級住宅地の名の通り、マインファミリエンハウスと呼ばれる一戸建ての大きな邸宅が並ぶ。そのほとんどが黒い屋根に赤レンガ作りの家だ。確か彼の家もそうだった。大きくはないが、2階建てのシンメトリで屋根裏部屋があったっけ─。そうだ、この道を曲がると・・・。
 ジョーはゆっくりと右折する。とたんに13年前に帰ったかのような錯覚に襲われた。
 彼が子どもの頃、両親と住んでいた家はなんの変りもなくそこに建っていた。
 ジョーは前を通り過ぎ、車を端に停めた。車内で振り返る。間違いない、あの家だ。黒い屋根に赤レンガ、そして屋根裏部屋の窓─。
 ジョーはディアブロを降りその家を見上げた。子どもの頃の記憶が一斉に甦る。ゆっくり歩いて正面に立ってみた。建物は変わらなかったが、昔は木々が塀代りをしていたのが今はレンガに変わっていた。あとはそのままだと思う。
 ふと、どういう人が住んでいるのだろう、と思う。明るい色のカーテンがかかっていて庭には自転車も見えるから、やはり家族で住んでいるのだろう。サッカーボールが転がっているのも見える。やはり国際警察の関係者なのだろうか・・・。
 ジョーはこの家が元々アサクラ家の物だったのか、それとも日本の家のように国際警察所有の物件なのか知らない。
 しかしどちらにしても今は彼の家ではないし、住んでいる人間も知らないのだから、訪ねて行くというわけにもいかない。
 彼はしばらくその場に佇んでいたが、やがてディアブロに戻った。それでも名残り惜しそうに振り返る。と、そこに10才くらいの男の子が走って来るのが見えた。少年は家の少し向こうにランボルギーニ・ディアブロが停まっているのに驚き、目を輝かせて見入っている。今ジョーが降りて話しかければ、その子と友達になれそうな、そんな雰囲気だ。
 しかしジョーはそのまま車内に留まる。少年はもっと近くで見たいのか2、3歩近づくが、家の方から誰かに呼べれたらしくそちらに顔を向けるとそのまま家に入ってしまった。
 ジョーは小さく息をつきディアブロのエンジンを掛ける。深緑色のレーシンググラブがをはめた手が静かにステアリングを繰った。
 もう後ろは振り向かなかった。

 「ここがハルツ地方でベルリンから約200キロ西に行きます」テーブルいっぱいに広げた地図を神宮寺達に示し、カイザーが言う「私を含めこちらから20名の隊員とお2人で明朝4WDで向かいます。先行している者達との合流地点はゴスラーで─」
 ああ、やはりあのハルツだ、と神宮寺は思った。
 今から2年前、まだコンビを組んだばかりのダブルJ初仕事がハルツ山地の敵地に忍び込み機密書類を奪い返してくる事だった。19になったばかりのジョーとなかなか息が合わず、おまけにドイツは冬の真っ直中で、冬山経験のない彼を引っ張ってのきつい任務だった。
 しかし一週間生死を共にし、無事任務を完了した時、2人の関係は以前とは違うものになっていた。
 そして2人のダブルJとしての付き合いが始まった。
 (ジョー、おれはもう少しお前と組んでいたかった・・・)
 心の中で素直に呟いた。

 ジョーは再びアルスター湖沿いの道を中心部の方に向い、市街に入る手前に立つホテル・インターコンチネンタルにチャックインした。湖西岸ベーゼルドルフ地区にある高級ホテルだ。
 ジョー1人なら小さな安いホテルで充分だった。しかし高級ホテルの方が駐車場の管理がしっかりしている。彼はディアブロのために、高級ホテルに部屋を取ったのだ。
 ジョーはボーイに頼まず、自ら地下の駐車場に車を入れてからフロントに向かった。フロントはジョーを見て英語で話しかけていたので、“Bitte Deutsch”と答える。正直言ってどちらでもよかったのだが、今はドイツ語を使いたい気分だった。
 ハンブルクは港町であり観光都市でもあるので、1年中様々な国の人が出入りする。気のきいたレストランでは数ヵ国の言葉で書かれたメニューが用意されていて、日本語のメニューがある店も珍しくない。
 7階の端の部屋に案内されたジョーはベッドに腰を下ろし、疲れたように長い息をつく。そのまま寝っ転がって少しウトウトした。
 目の前にさっき見てきたあの家が浮かび上がる。赤レンガの美しい外見、大きな窓、その窓が開き誰かがジョーを呼んだ。
 “ジョージ、もう夕食の時間よ。早く家に入りなさい”
 (・・・ママ)
 “今日のルラーデンは上手くできたわ。味見してみる?”
 (ママ・・・)
 何気ない、いつもの会話だ。ジョーは横を向き体を丸める。もう、どうしたって自分の手には入らないものだと思い知らされる。
 できる事ならあの家に入り、両親の足跡(そくせき)を見つけたい。母がロッキングチェアに座り、編み物をしていた居間の大きな暖炉はまだあるのだろうか。父の休日に、ルアーを作るために1日中2人で籠っていた裏庭の物置小屋は・・・。ジョーが蹴り飛ばして壊した裏木戸・・・は、さすがにもう修理されているだろう─。
 とりとめのない記憶がジョーの頭の中を流れて行く。と
 (そう言えば、鷲尾の家に全然連絡していなかったっけ)ジョーはだるい体を起こしバッグからケータイを出した(やば・・。電源切ったまんまだ)
 とにかく鷲尾宅をコールする。
 「Allo」
 『ジョージ?』すぐに幸子が出た『ジョージね。今どこにいるの?ケータイが繋がらなくて心配したわ。連絡もよこさないなんて悪い子ね』
 「マ、ママ・・・」
 立て続けに言われた。心配っておれは健じゃないんだぜ、と言おうとしてやめた。幸子にとっては健もジョーも同じようなものかもしれない。
 「ごめんよ、ママ。実はハンブルグにいるんだ」
 『ハンブルク?1人で?』
 「もちろんさ」2人だと思われてたのか?「2、3日いるつもりだ。鷲尾さんにそう伝えてくれ」
 『・・・1人で大丈夫?』
 「大丈夫だよ。何を心配しているの?ここはおれが生まれ育った街だぜ」務めて明るく言う「今度はケータイ繋がるようにしておくから。じゃあ─」
 幸子が何か言う前に切った。ケータイを抛り出し再びベッドに寝っ転がる。
 「そう・・おれが育った街だ。たとえ帰る所がなくても・・・」
 ジョーは目を瞑り、やがてそのまま寝入ってしまった。

 翌朝、寒さで目を覚ました。と、昨日の服のまま寝てしまった事に気が付く。夕食も食いっぱぐれていた。
 とにかく熱いシャワーを浴び体を温める。
 ジョーは頭からタオルを被ったまま窓から外を見た。緑に囲まれた住宅地の一角に建つホテルなのでとても清々しい。外アルスター湖もすぐ目の前だ。朝早いせいか、空気がピンと冷たく張り詰めている。もうあと1ヶ月も経てば、朝の空気はさらに冷たく冴え、街全体が青いフィルタをかけたように見える。
 (さて、今日はどうしようか・・・)
 幸子には2、3日滞在すると言ったが、観光客というわけでもないので観光名所に行く気にはならない。
 (ま、いいか。ブラブラと街中を歩いてみよう)
 とたんに腹が減ってきた。朝食のサービスを頼んでいないのでホテル内のレストランへ行く。ボーイがジョーを見て英語のメニューを持ってきた。ドイツ人には見てくれないらしい、と苦笑する。     
 英語で注文した。

 「ベンツの4WDにベンツのトラックなんて、さすがはドイツだ」
 一平は変な感心をしている。確かにフロントにベンツのエンブレムを付けたトラックなんて日本では見られない。それも軍用かと思うほど無骨なトラックだ。
 「ベンツは元々軍用車両だから」
 カイザーがちょっと複雑な表情をした。ハルツは平坦な地ではないので、どうしても機動力の大きな車が必要になる。
 「そうだなあ、ここをカウンタックで飛ばすのはきついかも」
 なんでカウンタックなんだ?と思ったものの、神宮寺は何も訊かなかった。
 ゴスラーの町までまだ50キロはあった。



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Comment

淳 says... "覚書き"
ちょっと迷い始める。
パリ編は1冊にしたかったがページが足りるだろうか、と・・・。
考えた挙句、別に1冊にまとめなくてもよいのでは、と思う。自由に書きたいように書けばいい。2冊目でページが余ったら外伝でもなんでも入れればいいのだし。
なんの制約もないのだから書きたいように書けばいい。

いよいよ神宮寺達もドイツへ。
新コンビ候補のカイザーって・・・。
この日のW杯の会場はカイザー・スラウテルン。アハハ・・・。
ちなみにフランスがトーナメント戦を「G組2位」で上がって来た。
2011.01.27 15:59 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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