コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

記憶の底にひそむもの 9


 小国町は山間の小さな町だが自然豊かで、それを利用したワラビ採りや熊肉料理が名物だ。
 また小国町きっての景勝地である赤芝峡は、そそり立つ岩肌と深い谷、清流の白い水しぶきと見事な景観を織り成す。温泉施設も整っている。
 しかし残念ながら彼らがそれを楽しんでいる時間はない。
 天童会の青田はアジトの大方の場所しか知らなくて、そこは山の中なので途中までしか車で入る事ができない。
 関がまず町の駐在所を訪ねて情報を得た。
 駐在員は、観光客は多いがここ1週間外国人は見ていない、と答えた。ファー達は住人に見られる前に山に入ったのだろう。
 ただひとつ気になる事といったら、何日か続いた長雨で山の地盤が緩んでいる所がある。今、山に入るのは危険だ─と、年配の駐在員は心配して繰り返したがそういうわけにもいかない。それが本当ならファー達も危険だと言う事だ。立場上、奴らを放っておくわけにもいかない。
 また、場所によっては携帯電話はもちろん無線機も使えない。
 関は中継地点であるアルフォードに山本を残し、自分と木村、バートン、そして神宮寺、ジョー、サントスで組ませ、別々の方向から目的地を挟むように向かう事にした。
 トレッキングシューズを履いているとはいえ雨を含んだ山道は滑りやすく、所々小さな流れになっていて6人の足元を濡らす。
 国内有数のブナ林を有する朝日連峰の麓の町だけに大木が多い。その分見通しが効かない。
 また山道は多数あるがどれも狭く、もし土石流でも起これば逃げるのは難しい。長雨の後、山に入る人がいないのはもっともだ。
「青田の話では、この1キロ程先の谷のそばにアジトはあるらしいが」GPSを見ながら関が言った。「ここから2手に分かれよう。おれ達は左から、神宮寺君達は右側のこの道をまわって─」
 と、その時、遥か前方からゴーという音が響いて来た。
 関が言葉を切り一同が緊張する。だが音はすぐ止んだ。周りに変わりはない。
「あまりいい状態じゃねーな」今さらながらジョーが呟く。「早いとこ行こうぜ」
「気をつけて」
「はい」
 6人は3人づつに2手に分かれる。と、
「年なんだから無理するなよ、関!」
 ジョーの声が飛んだ。
「余計なお世話だ。無事戻ったら新宿は君の奢りだからな!」
「・・なんだよ、新宿って・・・」
 横を行く神宮寺に問うが、さあ、と目を逸らされた。その向こうではサントスがニッコニッコしている。
「お前ら、なんかおれに隠してねえ?」
「GPSが切れた」手元を見ていた神宮寺が言った。「ここら辺が限界か」
 後は地図に頼るしかない。3人はなるべく広い道を選んで進んで行く。
「大丈夫か、ジョー」
「おれの心配するより自分のGPSを出していい道を選んでくれよ」
「?」
 時々、この相棒の言う事がわからない。が、確かめているひまはなかった。

 前方から銃声が聞こえ山肌に響き広がる。神宮寺が走り出しジョーとサントスも続く。
 木々の間から飛び出して来たのはロブだった。後ろから1人の男が追い掛けてくる。
 男がロブに発砲した。ロブは避けたが足を滑らせ地面に転がった。
 神宮寺が素早く男とロブの間に入った。男が驚いて銃口を神宮寺に向けた。いつの間に取り出していたのか、神宮寺のマグナムが快音を上げた。肩を撃ち抜かれた男がひっくり返る、と、そのスキにロブが逃げようと立ち上がった。が、
「逃がすかよっ!」
 ジョーが飛び付いた。彼を見たとたんロブが彼らの正体を悟った。
「生きていたのか!」
 ロブが叫びジョーのわき腹を蹴ろうとした。が、それより早くジョーの右パンチがロブの腹に入った。続いてアゴに蹴りが入りロブの体が吹っ飛んだ。
「こらあ!おれの分も残しておけ!」
 サントスが叫んだその時、ゴゴゴ・・・という地鳴りと震動が彼らを襲った。遥か前方でパキパキと木が倒れる音もする。
「まずい!山崩れだ!」
 ジョーが叫んだ。
 今、彼らがいる所は両側を山肌に挟まれた広めの山道だ。そこへ土砂が流れ落ちてくれば逃げ場はない。が、
「ジョー!横道がある!」サントスが指差す。車1台くらいの幅の道だ。「早くここへ!」
 気絶したロブを肩に担ぎ上げたサントスが叫んだ。だが、
「神宮寺!」
 ジョーは自分より前方にいる神宮寺に目を向けた。
 彼はひっくり返っている男を担ごうとしていた。その向こうに流れ落ちてくる土石が見えた。
「そんな奴、放っておけ!」ジョーが向かおうとして、だがその腕をサントスに掴まれた。「放せ!」
「逃げるんだ、ジョー!」
 すごい力で引っ張られ、横道に入る寸前にジョーは再び神宮寺に目を向けた。しかしそこにはもう彼らの姿はなく、さらに土石が目の前に迫っていた。
 ジョーもロブを背負ったサントスも滑り落ちるように横道を下っていく。しかし土石はそこにも流れ込んで来た。
「うわァ・・!」
 足元を取られ3人は転がった。

「な、なんだ、あの音は」振り向き関が言った。「ジョー達が向かった方からだが、まさか・・・。サントス!応答しろ!」
 関が通信機に怒鳴る。しかしガーというノイズしか聞こえない。
「くそォ、役立たずめっ」
 悪舌をつき通信機を切る。と、
「セキ」
 バートンが呼んだ。
 前方から見知らぬ男が2人、何かを捜すように下りて来た。天道会の組員だと直感した。

IMG_26371.jpg 

「う・・」
 何か硬い物の上に寝ているようで体が痛かった。そっと目を開ける。
「気が付いたかい、ぼうや」
 黒い瞳の男が自分を見降ろしニヤリと笑う。
「ファー!?」
 飛び起き、が、胸にグキッと痛みを感じジョーは体を丸めた。
「君も胸を打ったようだな。だがよく助かったよ、3人共」
「サントス・・・」
 なぜこの2人が一緒にいる?
 ジョーは辺りを見回した。山小屋風の部屋で自分は木のベンチに寝ていた。
「ここは・・、いったい何があったんだ」
「おれ達のアジトだよ」ファーはチラリとサントスを見た。彼の手には銃が握られ、ファーに向けられている。「天道会の奴ら、ここを確認したとたんおれ達を殺ろうとしやがった。別れて逃げたんだがロブが見つかり、ギィとコルツの行方はわからねえ」
「この小屋はあの横道のずーと奥にあるんだ。土石は途中で止まってる。だがよ、この裏手は谷で周りも山に囲まれている。つまりあの横道しか出る所はなく─」
「土石・・・神宮寺・・・神宮寺は!」
 ジョーの目の前でサントスが頭を振った。
「バカな!─神宮寺、応答しろ!何か言え!」スピードマスターに向かって叫ぶが応答はない。 ジョーがベンチから飛び出した。が、「─あ」
「無茶するな」床に膝をついたジョーをサントスがベンチに戻した。「ジングーの事はわからないんだ。見に行きたくとも横道が土石で埋まって通れねえ」
「神宮寺・・まさか・・・あいつが・・」
 ガチガチと歯を鳴らしジョーが呟く。
「くそォ、ジングーに何かあったら─」
 カチッとサントスの銃が鳴った。銃口を再びファーに向けた。
 その音にジョーがサントスを見た。サントスの目が赤い。おそらくジョー同様に神宮寺の身を案じているのだろう。今すぐここを飛び出したいくらいに。
「─やめろ、サントス」ブルーグレイの瞳を真っ直ぐにサントスに向けジョーが静かに言った。「あいつは大丈夫だ。こんな事ぐらいで参るような奴じゃない」
「・・・・・」
 唇を噛みしめサントスが銃を下ろす。巨体の割に小さな目をジョーに向けた。オリーブ色に焼けたジョーの顔が、だがそれとわかるくらい青ざめて見えた。
「大丈夫だ」だがジョーは言い切る。自分にも言い聞かせるように─。「ところでロブは?」
「隣の部屋だ。奴が1番重症だ。ヘタすると肋骨の2、3本折れてるぞ」
「とにかく、関か山本と連絡を取らないと」だが山の中のせいかスピードマスターもサントスの持っている公安の通信機も通じなかった。「ここに通信設備はないのか?」
「あるが壊れている」ファーが答えた。「直せるが時間が掛かるぞ」
「直してくれ。おれ達が向かった所で山崩れが起きたのは関にもすぐわかるだろう。助けは来るだろうが、少しでも早くロブを病院に連れて行きたいだろう」
「そうだな」ファーが立ち上がった。サントスもついていく。「逃げやしないさ。いや、逃げたくても無理だ。あの土石の山をロブを背負っては越えられねえし」
「うるせー。ゴタゴタ言ってないでさっさと行け」サントスが銃を突き付ける。「おれは機嫌が悪いんだ。シンジュクやロッポンギがパーになったらどうしてくれるっ」
「六本木?」
 新宿と六本木で何があるんだ?
 ジョーが訝しげにサントスを見たが彼はファーと共にドアの向こうに消えていた。
 ふと窓を見ると外は真っ暗だ。その窓ガラスに何かがポツンと当たりスーと流れた。雨だ。
「神宮寺・・」
 何も見えない窓から外へ目を向けた。ツキンと胸が痛む。無事だと信じているが暗い空間が気持ちを落ち込ませる。状況が許されるのなら今すぐ駆け付けたい。だが─。
 ジョーは窓から離れ、もう1度スピードマスターで呼びかけた。応答はなかった。

 ファーは夜遅くまで掛かって通信機を修理したが、天道会の組員と撃ち合った時銃弾を食らったそれは、チューニングを合わせてもガガーとノイズが響くばかりだった。
 仕方なく3人は居間でひと晩明かす事になった。
 それは見る者が見ればおかしな面々だった。国際警察とテロリストのボス─追う者と追われる者がひと部屋で仲良く夜明けを待っている。
 幸いコーヒーを出せる設備はある。ジョーが淹れて2人の前に置いた。
「またぼうやに捕まるとは思ってなかったよ」
 カップを持ちファーが言った。
 見るとコーヒーを飲み終えたサントスはコクリコクリと船を漕ぎ始めている。彼も来日以来休みがなかった。
 彼の銃はいまジョーが持っている。ファーに向けてはいないが、何かあればすぐさま銃口が向けられるだろう事はファーもわかっている。
「あんたが逃げ出したりしなきゃ、もう2度と合わなくて済んだんだ」ボソッと言うが、「あんたが成田で逃げ出すのを手引きした奴がいるだろ。それは誰だ?」
 だがファーは答えずじっとジョーを見ている。
「話を聞いただけだが、こちらの動きがわかっていないと人目につかないように空港から出たり非常線から逃れるのは難しい。こちらの情報を流した奴がいるはずだ。あの青田という男か?」
「それは答えられないよ、ジョー。我々の命綱だ」
「・・・・・」
 ジョーもそれ以上は訊かなかった。
 ここで無理に吐かせる事はない。ジョーにしろファーにしろ人力でここから元の山道に戻るのは難しい。ましてや大怪我を負っているロブがいる。ファーがロブを見捨てて行く事はない、とジョーもサントスも思っている。
 結局2人は一睡もせず、もちろん楽しくおしゃべりする事もなく朝を迎えた。
「すまんなあ、ジョー」大きな伸びをしサントスが言った。「つい寝ちまった」
「かまわないさ。おれは昨日まで病院でのんびりしていたんだし」朝食は小屋にあったレトルトのシチューを出した。「ロブにも持って行くよ」
「よーし、これを食ったらもう1度通信機と格闘だぞ、ファー」
 サントスはジョーから返された銃をタウンパーカーの内ポケットに収った。ファーに向ける必要はないと判断したのだ。

 サントスとファーがシチューを食べ始め、ジョーは隣の部屋へ向かった。
「起きてるか、ロブ」ノックもなしにドアを開ける。「メシ、食えるか?」
 見るとロブはベッドの上で上半身を起こしていた。ジョーの言葉に笑っている。
「─なんだよ」
「お前に起こされてメシまで持ってきてもらうとは思わなかったぜ、ジョー」
「こっちだって好きでやってンじゃねーや」ジョーがシチューの入ったカップをロブに押し付けた。そのまま横のイスに座る。「サントスはファーに付いている。おれはあんたの見張り役だ」
「フン」
 ロブがズズ・・・と音をたててシチューを啜った。
 土石流に巻き込まれ大怪我を負ったロブだが幸い肋骨は折れていなかった。だが2、3本ヒビが入っているようだ。体を起こしているだけでもけっこう苦痛なのだろう。
「ギィやコルツはどうした?」
「おれ達は見ていない。残りの天道会の連中もだ」
 ふいに神宮寺の事が思い起こされた。自分達ようにうまく逃れているはずだ。心配する事はない。だけどもしも・・・。
「おれの仲間もどうなったかわからない。大丈夫だと思うが万が一の時は─」
 ロブに向けられているブルーグレイの瞳に刃が走る。
「お前達がおれ達を追ってくるからだ。自業自得だ」
「なんだとっ!」
 勢いづきジョーが立ち上がった。そのとたん胸がズキッと痛んだ。うっ、と両手で押さえる。細かい息を継ぐたびにズキズキと振動する。
「お前も怪我をしているのか。油断してるとおれは逃げるぜ」うそぶくロブをジョーが睨みつけた。胸の痛みは収まって来た。「そいうえばお前、あの時の赤ん坊だってな」
「え─」
「20年前、おれはまだ10代だったがファーと一緒に行動していたんだ。お前の世話もしたんだぜ。寝かしつけるのに子守唄も歌ってやったんだ。そいつに捕まるなんてな」
「・・・・・」
 ジョーは驚いてロブを見つめた。納めたはずの感情がまた立ち上がる。
「車ごとお前をさらったのもおれだ。お前の母親は美人だな」
「・・・やめろ」
「お前は父親似だってファーが言っていた。美人の母親に似てれば今頃─」
「やめろ!」
 ジョーがロブの胸倉をガシッと掴んだ。その時、
「ジョー、今度は君が休んで─」ドアが開きサントスの声がした。「─どうした」
 ジョーはロブから手を離しサントスの脇を通り抜け部屋から出て行った。ロブは胸を押さえ唸っている。
「ど、どうしたんだ、ロブ。何か言ったのか」
「別に─。それよりあいつも胸に怪我を負っているようだな。けっこう無理してるぜ」
「・・・・・」
 気が付かなかった。
 土石流に巻き込まれた3人はどこかしら怪我を負っている。だが自分とジョーは掠り傷程度だと思っていた。
 確かめようと後を追うとしたが、ふとロブに目をやる。
「すまねえな、ロブ。ちっと我慢してくれ」シーツでロブの両手をベッドのヘッドに結びつけた。「逃げられると困るんでな」
「教えてやったのに、この仕打ちかっ!」
 もっともな言い分だがサントスは無視してジョーの後を追った。

 彼は廊下の途中で壁に肩を預け寄り掛かっていた。
「ジョー!」
 ドスドスと響く音にジョーが振り向いた。その肩を壁に押さえつけシャツの裾をバッと捲り上げた。逞しい胸部に、だが大きなアザが広がっていた。
「な、なにを─!」
 ジョーがサントスの腕を掴む。が、力では敵わない。
「なんで言わないんだ、ジョー。ヘタすると君も肋骨をやられているかも」
「・・・大丈夫、折れてはいない。それにここを出られなければどうしようもねえだろ」
 サントスにバレて気が緩んだのか、ジョーは体が沈んでいくのを感じた。力が抜け膝を付きそうになる。サントスがあわてて支えた。と、
「サントス!通信機が直った─」ファーだ。が、「おっ、取り込み中か」
「ち、違う!おれはこーいう逞しいのが好みじゃない。もっとたおやかでしなやかで─」
「なんでもいい。助かってからやってくれ」
 ファーが来た道を引き返していく。
「休んでいるか」
 ちょっと赤くなったサントスがジョーに訊いた。
「いや、おれも行く」
 サントスの腕を押し退けジョーもファーの後に続いた。


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