コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

始まりの地にて 5

 ジョーはホテルの地下駐車場からゆっくりとディアブロを乗り出した。そのまま中心部に向かう。その先のハンブルク港へ行ってみようと思った。
 観光地巡りをするつもりはないが、行く先は限られてしまう。
 あまり長い休暇を取れなかった父と遠くへ旅行するのは、年に1回あるかないかだった。普段の休日は市内に留まる。急な呼び出しがあるかもしれないからだ。
 アルスター湖でヨットに乗ったり、日曜ならフィッシュマルクトへ行ったりしたがハンブルク港にもよく3人で行った。ザウクト・パラリ桟橋で、世界中からやってくる豪華客船を見るのが好きだった。
 ジョーは子どもの頃のように、桟橋のヘリに腰かけて海に目を向けた。
 夏ならもっと人出も多く店も出ているのだが、冬に入ろうとする今、エルベ川の冷たい風に晒されている人は少ない。それでも子どもを連れた家族などがやってきて、大きな船を指さしてはしゃいでいる。
 ジョーはそんな光景をじっと見ていた。と
 『ニッポンのみなさま、ようこそいらっしゃいました。こちらはみなさまのハンブルク港でございます─』
 突然の日本語と日本の国歌が聞こえてきた。
 ジョーは思わず腰を上げたが、これは入港するすべての外国船に対する歓迎のあいさつで、その国の言葉で伝えられ、国歌が流れる。今だ日本語に反応する自分をジョーはおかしく思った。
 ハンブルクに来れば、ハンブルクに帰ればジョーは自分自身の心がはっきりすると思っていた。誰の意見でもなくジョー自身の気持ちが確認できると。
 しかし実際に故郷の地を踏んでみると、そんな事はどうでも良くなってしまった。決して諦めているわけでも投げ出しているわけでもない。今はただ故郷の、ハンブルクの空気にこの身を任せていたい。この地で暮らした頃の、まだ何も知らなかった頃の記憶に浸っていたい、と思った。
 ハンブルクの空の青さ、海の広さはあの頃とちっとも変らずにジョーを迎えてくれるのだから。
 ジョーはエルベ川沿いを東に向かってブラブラ歩く。風は冷たいが、幸子の選んでくれたハーフコートは暖かかった。そのままダイヒ通りの裏側まで歩く。
 ここのニコライ運河周辺には6、7階建ての赤レンガの建物が軒を連ねている。これぞ北ドイツ、といった風景だ。やはり観光客も多い。
 彼らは見て、はしゃいで次々に通り過ぎて行くが、ジョーは気の向くままその場に立ち止まる。そしてまたゆっくりと車の置いてある駐車場まで戻った。時計を見ると昼を疾うに過ぎていた。ジョーは自分よりまずディアブロに食事をさせようと市街地へ戻った。
 ドイツのガソリンスタンドのほとんどはセルフサービスだ。慣れてしまえば簡単である。給油後スタンドショップに行き支払いを済ませる。
 ショップを出てディアブロに戻ろうとし、ふと足を止めた。ディアブロの周りに3人の若い男がいた。車体を見たり中を覗いて話している。ジョーは顔をしかめた。
 カウンタックに乗っていた時も時々あったが、目立つ車に乗っているとただそれだけで目をつけられ突っ掛かってこられる。ジョーは相手にしないが、向こうはそうはいかない。まあ、大方はジョーに地面に転がされるのだが。
 男達は同年配くらいで、向こうもジョーの存在に気がついた。
 「これ君の車かい?」気さくに話し掛けてくる「ランボルギーニだろ。すごいな」
 「雑誌では見た事あるけど。実物は初めてさ」別の男が言った。
 どうやら無理難題を言ってケンカを吹っかけてくるような類の男達ではなさそうだ。ジョーはホッとした。たとえケンカになっても負ける事はないだろうが、今はあまり派手な事はしたくない。
 「カウンタック・・じゃないよな」
 「ランボルギーニ・ディアブロ」ジョーが答える「カウンタックの次のモデルさ」
 「そーかあ!どっちにしてもすげえや!」
 単純に喜んでいる。ジョーも連られて口元を歪める。久々に聞く北ドイツなまりの言葉も懐かしい。─と、
 「ジョージ・・・、ジョージ・アサクラか?」
 今まで一言もしゃべらなかった黒髪の男が言った。ジョーは驚いて彼を見る。警戒モードが跳ね上がった。
 「その目・・やっぱりそうだ。ジョージだろ?おれだよ、ラルスだ。小学校で一緒だった・・・」
 「ラルス・・?」ジョーの目が見開く「Schwache(弱虫)larus・・」
 「相変わらず口が悪いなあ。Wildes(暴れん坊)George」
 「ヘッ!久々にそう呼ばれたぜ」
 「久しぶりだなァ。12、3年になるか。その目は変わらないな」
 ラルスが右手を差し出し、ジョーがその手を取った。
 ラルスはジョーの小学校時代の同級生だ。気が小さくてすぐ泣くくせに意地っ張り。自分より大きな相手に突っ掛かるくせにいつもやられてはジョーの後ろに逃げ込んでいた。ついたあだ名がヴェッヒェ・ラルス─弱虫ラルスだ。
 当時から体が大きく気も荒かったジョーは、そんなラルスの性格にいつもイラついて彼を邪険に扱っていたが、なぜかラルスはいつもジョーの横にいた。
 「話をする時間はあるのか?」
 ジョーが頷く。ラルスは連れの人に何か言って
 「じゃあな」と、手を振る。2人も手を上げ行ってしまった「昼メシでも食おうぜ」
 「いいのか?」
 ジョーは行ってしまった2人を気にしている。
 「いいんだ。ひまだからブラついていただけだから」
 外アルスター湖の北にいい店があるとラルスが言うので2人は車に乗り込み、外アルスター湖に向かう。そこはホビーライヒというカフェレストランだった。遊覧船乗り場の近くにあり昼時は観光客でいっぱいになるが、昼を過ぎている今はそうでもない。
 2人はハンブルク名物のジャガイモとコンビーフを混ぜて目玉焼きを乗せたラブスカウスを注文した。
 「本当に久しぶりだよな。君がいなくなって学校が静かになったよ」
 ラルスの言葉にジョーが苦笑する。あの頃は毎日のようにケンカをしていた。
 「日本に行ったのは聞いていたが、帰ってきたのか?」
 「いや、今はフランスにいる。ここには2、3日滞在する予定だ」
 「オフクロさん元気か?あのマルツィバーン(アーモンド入りケーキ)はうまかったなァ」
 「・・両親は日本で死んだ。今は養父一家と住んでいるんだ」
 軽く言うジョーにラルスは驚いたように彼を見た。ジョーは簡単に日本へ行ってからこれまでの事を話した。もっとも両親が殺された事や仕事の事は省いたので、ごく簡単なストーリーになってしまったが。
 「そうか・・・。でも今は幸せなんだろ。なにせあんなにいい車に乗っているんだから」
 「・・まあ、な」
 ラブスカウスが来た。これも懐かしい味だ。
 ドイツ料理は全体的に量が多い。カツレツを頼むとカツも大きいが、それと同じくらいの量のフライドポテトが付いてくる。
 「ところで君は今、何をしているんだ?」
 「さっきの2人と自動車修理工場で働いてるよ。今日は休みなんだ」
 「大学には行かなかったのか?」
 「おれがギムナジウムに入れるわけないだろ。さっさと降りたよ」大きな口を開けてラブスカウスをパクつく「車は好きだし、毎日楽しく過ごしているさ」
 「・・そうか」ジョーが羨ましげに呟く。
 ラルスは昔の気の小さいところがなくなったのか、それとも今の仕事に満足しているのか、とても堂々としている。
 「ジョージは、仕事は?」
 「目下、失業中さ」
 「失業中なのに、あんないい車に乗れるなんて羨ましいね。よほどいいパトロンがいるんじゃないのか?美人かい?」
 「あの車は養父(オヤジ)のだよ」
 「男かい!?」わざと驚いてみせる「まっ、君だったら男でも惚れちまうかも」
 「殴るぜ」
 ジョーが目を眇める。昔よく見た迫力がまた目の前に現れた。
 「君の眼力は健在だな」笑うラルスにジョーが舌を打った「そうだ。夕方からハンブルガー・ドームに行かないか?」
 「ハンブルガー・ドーム?」
 「忘れたのかい。ハイリゲンカイストフェルトに移動式遊園地や屋台が並ぶ─」
 「ああ・・」
 思い出した。かつての歳の市が転じて祭りになったのだ。年に3回─春、夏、冬に開催される。そう言えば11月始めの今頃だ。
 「フリッツやイルゼもくるぜ。覚えてるか?」
 「・・ああ」
 おそらく同級生なのだろう。はっきりとは思い出せないが。
 「オリバーもくるかなあ。7時にパウリ駅で待ち合わせてるんだ。君も来いよ」
 「・・・・・」
 ジョーははっきりと返事をしなかった。ラルスもあまりしつこくは言わない。来たかったら来るだろうと思った。と、ラルスが立ち上がる。
 「もう行かなくちゃ。夕方までにバイトが1つ入ってるんだ」
 「バイト?仕事してるのに?」
 「自分の工場を持ちたいからね。金を貯めなきゃ」
 そう言ってボーイを呼びその場で支払う。ジョーも出そうとしたら“仕事してないんだから、奢ってやるよ”と言われた。奢られるのは好きではないが今日は甘える事にした。
 「仕事先まで送ろうか?」
 「いや、実はこの近くなんだ」それからじっとジョーを見る「なんだか君らしくないなァ。年を取って丸くなったのかい?」
 「・・そうかな」
 「そうさ!昔のあの迫力のある、ビシッとしたジョージが好きだったぜ」
 「・・・・・」
 「ま、この年になるまでつっぱり続けるのも疲れるかもな」ラルスはニッと歯をみせる「あ、そうだ。どこに泊まってるんだ?」
 「インターコンチネンタルだが」
 「高級ホテルじゃないか!何人パトロンがいるんだい!」
 「・・・あのなあ」
 「ほらほら、その眼だよ。ちっとも変わってない。好きだぜ、その眼つき」そう言い駆け出す。“待ってるからなァ”と手を振り、やがて視界から消えた。
 ジョーはカフェレストランを出た所でしばらくその場に佇んでいた。
 彼は旧友にあった懐かしさより、なぜか自分自身に対する虚しさを感じていた。

 「長官」シュベールが言う「イギリスの2人とわが国の2人、日本の3人のSメンバーが先程ゴスラーで合流した、と連絡がありました。これから手分けしてハルツ山地に点在する奴らの施設に対応するそうです」
 「“ユーロ反対団体”かね。今さら言われてもねえ」渋い顔の鷲尾だ。
 「本当ですよ。それならユーロになる前に言ってほしいものです」シュベールは書類を鷲尾に渡した「元はどこかの小さな政治反対団体だったらしいのですが」
 「恐ろしいのはそんな小さな団体が、ユーロ全体に飛ばせるだけのミサイルを所持しているという事だよ」
 鷲尾はシュベールを真っ直ぐに見た。
 シュベールは現パリ副長官でフランス人らしい明るい金髪の、背の高い男だ。年は鷲尾より2才ほど下でなかなかの男前である。
 「バックに大きな組織が関わっているかもしれないが、いずれにしてもそんな脅しに乗るわけにはいかないし、ましてやミサイルが発射されるなんて事はあってはならない。パリ本部も全面的にベルリン支部のバックアップをするように」
 「はい」シュベールは強く頷く。
 (期せずして日本の“4人”のSメンバーがドイツに集まってしまった・・・。これも運命か・・・)
 鷲尾は長官室の大きな窓から外を見る。遠くにエッフェル塔が見えた。
 パリは今日もよく晴れていた。

 青い空が広がっている。青い海が冷たく輝いている。ジョーには見慣れた光景だが・・・なぜおれは1人でここに立っているんだ?なぜ誰もいない・・?ここは1人でいた所ではないのに・・・。声を出して誰かを呼ぼうとした。
 眼が覚めた。自分の声で起きたらしい。体を起こすとそこはホテルのベッドの上だった。
 ラルスと別れ一度ホテルに戻った。休んでいるうちに眠ってしまったようだ。夢からまだ覚めていないようにぼんやりしている。冷たい汗をかいていた。身震いする。
 ジョーは自分自身の体を両手で抱いて、再びベッドに横になった。ハンブルクに来てから体調が悪い。いや、悪いのは体なのかどうなのかもわからない。
 ハンブルクに来れば・・・故郷に来ればジョーは自分自身の本当の気持ちがわかり、これからの事を考える事が出来ると思っていた。一時はそんな事どうでもいいと思ったが、いつまでもこの地にいるわけにはいかない。
 しかし故郷が彼に与えてくれたのは、懐かしさと途惑いと強い孤独感だった。ジョーはこれらをうまく整理できないでいた。その違和感が体調に現れているのかもしれない。
 ふと時計を見ると5時を過ぎていた。ラルスは7時にザンクト・パウリで皆と待ち合わせをしていると言っていた。
 この時期の会場近くは混んでいるから車では行かない方がいい。会場は地下鉄の駅を出たすぐ目の前なので、ほとんどの人がUバーン(ウーバーン)と呼ばれる地下鉄を使う。
 ホテルから一番近い地下鉄の駅まで1キロ弱あるから、行くのならそろそろ仕度をした方がいい。
 だがジョーは迷っていた。ラルスとはまた会ってもいいと思うが、彼が言ったフリッツとイルゼの顔がまったく思い浮かばない。名前はなんとなく記憶にあるのだが・・・。オリバーに至っては名前さえ記憶にないのだ。
 おそらくラルスにしても、向こうが声を掛けてくれなければ知らずに通り過ぎていただろう。そんな連中と顔を合わせるのは気が重い。しかし・・・。
 ジョーはベッドから離れ服を着た。顔を洗いフロントに電話を入れ会場のハイリゲンカイストフェルトの行き方を確認する。ここへは子どもの頃に親に連れられて行ったので、行き方の記憶はない。
 ハラーシュトラーゼ駅でU1に乗り、途中U3に乗り換えればいいらしい。
 ジョーはナイトテーブルに置かれていたシャルルホーゲルを左手首にはめ、部屋を出た。



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