コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

一緒に歩こう この道を 3


 JBの駐車場にハリアを停めエレベータで6階に着いたとたん、にっこりと笑って並ぶ石丸を始め医療部のメンバーに2人の脱走犯は確保された。
 ジョーは医療部の病室に強制収容され、共犯者の神宮寺もじっくりお説教をくった。

「それは災難だったな」
 クックッと笑いながら西崎が言った。
「笑い事じゃない。あいつの言う事を聞くとロクな事がない」
 休憩室のコーヒーの自販機のボタンを押しながら神宮寺が言った。今日はブラックの気分なのかそのままカップを取り出し口を付けた。苦さに顔をしかめる。
「ところで伊藤達の具合は?」
「3人共全治5日というところだ。ジョーじゃないが早く脱走したくてウズウズしている」
「そうか、よかった」
 中味の減っていないカップをテーブルに置く。
 夕方から降り始めた雨を窓から眺めながら、ジョーは今日はJBに泊りだろう。おれはいなくてもいいかな・・・。
「ジョーが心配していたぞ」
 西崎の言葉に神宮寺が振り向いた。一瞬眇めた目が、しかしすぐにいつもの穏やかな瞳に戻る。
「いつものお前じゃないって・・・。戸惑っていた」
「・・・帰りの車内でも言われたよ」ちょっと息をついて、〝いつもの〝神宮寺が薄っすらと微笑んだ。「そんなつもりないんだけど・・・。いや、違うな・・・。自分でもよくわからないんだ」
 西崎の向かい側に腰を降ろした。ふと、たばこを探す仕種をしたがすぐにやめた。西崎が差し出すのを1本抜く。火を貰ったが、
「あれ?やめたんじゃかなったっけ?」
「お守り代わりさ。時々効果をみているが」気まり悪そうに、だが自分は吸わなかった。「この前の仕事の後も同じことを言ってたぜ。“あいつが変だ。このまま消えてしまいそうだ”って」
「消えちまおうかな、本当に」たばこを灰皿にギュッと押し付けた。「そうすれば、奴が黙ってフランスに行っちまった時のおれ達の気持が少しはわかるだろう」
 神宮寺の心の中にはその時の傷が小さくなりつつもまだ残っているのだろう。彼がこんな言い方をするのを、捜査課の同僚だった時から西崎は聞いた事がない。
「なにかあったのか? 公安2課の堂本さんの事か?」
「いや・・・彼の事だけじゃなくて・・・。この頃、時々だが虚しさを感じるんだ。容疑者を捕まえても密輸品を押収しても奴ら後から後から出てくる。同じ事をする奴はいくらでもいるんだ。おれ達がいくら捕まえてもキリがない」
 それは神宮寺だけの思いではないだろう。西崎も立花や伊藤や森チーフも・・・皆思っている事だ。
「4年もこの仕事をしているのに今さら何を─ と思うんだけど・・・。気持ちがうまく切り替えられない」
「まあ、な・・」西崎が頷く。「4年間でおれ達が捕まえた奴らなんて全体のほんの一部だもんな。でもそれはきっとジョーも思っているぜ。話したのか?」
「あいつに言ったら首根っこ掴まれて、“なに女々しい事言ってンだ!”って怒鳴られそうだ」
 ありうるかもー と西崎が苦笑いした。と、

「だから銃を使わなかったのか!」バンッとドアが開いた。「そんな事を考えて現場に!」
「ジョー」
 神宮寺は、左足を少し引き摺りながら入ってくる相棒に目を向けた。
「お前が何を思おうと自由だが、現場で迷ってたら自分が危ないんだぜ!」
「・・・〝今〝こいつを撃ってもまた次の奴が出てくる。そんな奴らをおれは一生撃ち続けるのかと思ってしまって・・・」
 呟くように言う神宮寺にジョーの勢いが止まる。信じられない相棒の姿に戸惑うようにその顔を見つめた。
「お前だってそう思うだろ? 武器を押収しても死の商人はいなくならない。ヘロインもテロリストも世の中には何万といる。世界中を埋めてグルグル回っているんだ。おれ達がいくら追っても追いつかない・・・」
「だからって放っとくわけにはいかないだろ。誰かがやらなければ」
「わかってるさ。だけど虚しさと憤りを感じるのは仕方がない。銃を人に向けて撃つ事に慣れてしまうのもいやだ。あんなちっぽけな物が人の命を奪う。恐ろしい物だという事を現場に出るたびに思い知らされる。それはお前が1番よくわかっているはずだ」
「──」
 ジョーの体がピクンとかすかに震える。ゆっくりと2人に近づき、その前のテーブルにバンッと両手を付いた。
「おれは・・・少くなくとも現場に出たらそうは思わない。思いたくない」
「お前が思わないわけないだろう。現に─」
「おれは親を死なせた銃が憎いと言いながら、結局は銃を使う仕事を選んだ。虚しいだの恐ろしいだのと考えていたらおれは・・・」
 ジョーの顔が伏せられ、長めの前髪が彼の貌を隠す。小刻みの震えが全身に広がって行く。
「だけどおれは許せない・・・。銃で・・・一方的な力で他人を征しようとする奴らを・・・。そいつらを捕まえるためなら虚しさも恐ろしさも丸めて東京湾にでも捨ててやる」
「ジョー・・・」
 そう、彼が思わないわけはないのだ。
 神宮寺より長い月日を経て考え、そしてその想いを押し込めてきた。
 時折溢れるその想いに、どうしようもなく苦しむジョーを神宮寺は見て来たはずだ。なのに─。
「すまん・・・」
 神宮寺がジョーの腕に触れようとした。が、スッと身を躱し部屋を出て行こうとした。と、
「やっぱりここだったか」
「げっ! 石丸さん!」ドアのすぐ向こうに石丸の大きな体が立っていた。「どうしてここが」
「君の行きそうな所などすぐわかる。ウロチョロと何をしているんだ」
「リ、リハビリですよ。同じ4階だし、ちょうどいい」
「手術をした当日にリハビリする奴がいるか。それにしてもよく出られたな。電子ロックなのに」
「ああ、これけっこう使えますよ」
「あー、ロック外しの試作品じゃないか! いつの間に」
「返してください!処理班に貰ったんだ!」
「うるさい! さっさと病室に戻れ! あ、立花君と高浜君、手伝ってくれ。このバカを医療部へ─」
「おれは退屈なんだ!」
「君を追う私は忙しいんだ!」
 ジョーは抵抗したが、さすがに仲間を蹴り倒すわけにもいかず連行されていった。
「ジョーの奴、君の事が気になって脱走してきたんだな」
 そう言う西崎を、いつもの穏やかな表情でちょっと首を傾げたものの神宮寺は何も言わなかった。

 1人、病室に戻されたジョーはベッドに腰掛け神宮寺に言った言葉を思い出していた。 現場に出て容疑者を逮捕してもそれは何万人分の一だ。神宮寺が虚しさや憤りを感じるのもわかる。
 いや、偉そうな事を言ったジョーでさえ想いは神宮寺と一緒だ。
 だが2人はこの仕事を選んでしまった。泣きごとを言っているひまはない。ジョーは相棒のそんな気弱な姿をみるのがいやだった。
「く・・・」よくわからないが目元が熱い。視界がぼやける。「くそォ、おれ自身を東京湾に捨てちまいたいぜ」
 ふと浮かんできたそれをジョーはグッと拭き払った。

 1人、地下駐車場に降りた神宮寺はエレベータのすぐそばに停めてあるポルシェに乗り込んだ。隣にはジョーのセリカが見える。セリカも今日はJB泊まりだな、と思う。
 神宮寺はジョーを傷つけてしまった事を謝りたいと思った。が、今は彼のいる病室へ行く事ができない。
 本当の想いを押し隠し、強気に見せているジョーの姿を見るのはいやだ。だから今日は林の所に行く予定ではないが早めにJBを出た。
「虚しさも恐ろしさも東京湾に捨ててやる、か・・・」ポツリと呟く。「東京湾が溢れてしまいそうだ」
 バロロ・・・とエンジンを吹き上げ地上へと向かう。

「ジョーか」セリカのエンジン音に沢口が顔を出した。が、「足、どうしたんだ?」
「仕事でドジっちゃって」
 バタンとドアを閉め、まだ少し左足を引き摺りジョーが言った。
「その足でここまで運転してきたのか。無茶をする」
「折れた脚で高速を飛ばした事もある。大丈夫ですよ」
 そーかな、と沢口は首を傾げた。 が、2日前に走ったテストコースに目を向けるジョーに、この男だったらそうかもしれないな、と思う。
 そう、ジョーは小平市郊外の結城自動車工業のテストコースに来ていた。
 午前中は榊原も石丸もいなかったので抜け出すのは簡単だった。
 ジョーはガレージに目を向けた。
 作業服を着たチーム3のメンバーの姿が何人か見えた。沢口に付いているのだろう。残りのメンバーは六本木本社の結城に付いているはずだ。
 コースの整備はまだ行われていないが、ガレージは解体を始めている。
「あのスカイラインならここにはないよ」何かを探すようにガレージを見ているジョーに、口元を綻ばせ沢口が言った。「MOXの力の三分の二しかエンジンに伝わっていないとデータに出てね。今は政府の研究機関の研究所に行っている」
「なんだ・・・」
 ちょっとガッカリしたようにジョーが呟く。あのエンジンの吹き上がりをもう一度味わってみたかったのだが。
「じゃあ、代わりにセリカで走っていいですか」
 何が代わりなのかよくわからないが、沢口が許してくれたのでジョーはセリカに乗り込んだ。
「あ、ジョー! 足は大丈夫なのか!」
「折れてないし、他に車がいないから大丈夫!」
 ジョーはギアを思いっきりひっ叩きコースに飛び出した。

 ジョーの愛車セリカSS-Ⅱは1800CCの小型車なのだが、彼が走らせるとカウンタック並みのスーパーカーの走りに見える。
 このテストコースはほとんどがノーマルコースだが、一部にS字カーブと15°のバンクがある。
 レース用のコースではないのでワンメイクタイヤのレーシングマシンを走らせるには専用の整備が必要だが、市販車のセリカを走れせるのに支障はない。
「麻布からちょっと距離があるけど、今度カウンタックも」
 2日前に走ったのでコースはわかっている。
 ジョーはセリカのスピードをさらに上げバンクを回った。
 彼がJBから出て来た時、神宮寺のポルシェは地下駐車場になかった。彼らは今事件を抱えていないのでJBに出勤する必要はない。林の所に行っているのだろう、と思った。 本当は自宅に帰るつもりだったが小平に来てしまった。
 こんなイラついた気分を鎮めるためにこのコースを使わせてもらうのは悪いと思ったが、今はどうしようもなく車を飛ばしたかった。
 そのイラつきが走りに出る。
 スピードにのってはいるがその走りは荒々しく、見ていた沢口が眉をしかめたぐらいセリカの状態は不安定だった。
 沢口がピットボードに〝IN〝 と書いて出したがジョーは無視した。
 だが走れば走る程、気持ちは落ち着くどころか反対にイラつきが積もっていく。
「うっ!?」
 車体がボコッと沈んだ。S字カーブのインにあった小さな穴にタイヤが落ちた。
 普通なら通らない場所だ。だから穴があった事は知っていたが気にしていなかった。
 が、セリカは停まる事なくS字を抜ける。
 左足がズキンと痛み、ジョーは仕方なくスピードを落としガレージ前に戻って来た。

「どうしたんだ、ジョー。いくら他に車がいないからってあの走りは─」
 セリカを降りて来たジョーに声を掛けた沢口だが、先程までとは打って変わった暗い表情のジョーに口を閉じた。
 と、まだ解体していないもうひとつのガレージからピーという音が響いた。
 ジョーがハッと顔を向ける。チーム3のリーダー柏木が持っている通信機の呼び出し音だ。
『20分程前に六本木の本社に何者かが侵入し、結城社長を拉致しようとした事件が発生した』佐々木だ。『幸い結城社長は無事だ。そちらも気を付けてくれ』
「で、犯人は!」通信機に向かってジョーが言った。「逃げられたんですか!」
『ジョーか!? そこで何をしているっ』しまった、と思ったがお互いそれどころではない。『侵入者は逃走中だ。今チーム3が追って─』
 “リーダー!”と誰かの声が上がった。見ると入口からものすごいスピードで車が走り込んで来た。フォルクスワーゲンのゴルフだ。
「沢口さん」
 ジョーが素早く沢口に寄った。工事車両の出入りのために開けておいた門が敵の侵入を許してしまった。
 ゴルフは真っ直ぐに、ガレージの前に固まっているジョーや沢口達の元へ向かってくる。狙いはもちろん沢口だ。
「中へ入れ!」
 ジョーは沢口を柏木に押しやり、自分はゴルフの前に立ちはだかった。胸元からウッズマンを抜きゴルフに向けた。
 と、ゴルフはジョーギリギリに右に曲がり、停めてあったセリカのリアにガツン! とぶつかりその勢いでテストコースに飛び出した。
「あのヤロウ~」
 ジョーがセリカに飛び乗った。
 ガガ・・・と変な音がしたが、かまわずコースへ飛び出す。
 ドアミラーでJBの捜査車両のレガシィがコースを反対周りに走って行くのが見えた。
 
 最初のコーナーで前を行くゴルフを捕まえた。このくらいの差なら追いつける。ジョーは思ったが・・・。
「くそォ、なんでスピードが上がらねえんだよ!」
 お互いの車体がへこむほど強くぶち当たっている。どこか潰れたのかセリカのスピードがいつも通り上がらない。ゴルフとの差が開く。
 と、遥か前方からレガシィがこちらに向かってくるのが見えた。挟み撃ちにできる。
 が、何を思ったのかゴルフがレガシィの真正面へと突っ込んで行った。
 踏ん張っていたレガシィだが、衝突ギリギリでハンドルを切った。キーとタイヤを鳴らし、ゴルフの後方に付いていたセリカに向かって滑ってくる。
「どけ!」
 叫んだもののレガシィの動きは止まらない。
 ジョーはステアリングを左に切りレガシィを避ける。フェンスに当たりそうになり、あわてて元の位置にセリカを戻す。
 ゴルフはジョーの50メートル先を走って行く。
 だがここは一般道ではない。コースから出ない限りどこにも逃げられない。正面の出入り口はチーム3の車両で閉ざされている。そこを強引に突破するしかなのだが─。
「あっ!」
 ジョーが声を挙げた。
 なんとゴルフは15°バンクを大きく高く回ると、そのままバンクの向こうへと飛び出したのだ。
 確かこの向こうは斜面になっているはずだ。車が下れない事はないが。
「よおし」
 ジョーもスピードをつけてバンクに入ろうとした。が、セリカのスピードが上がらない。
 この勢いではバンクを飛び出すどころか、タイヤがコース面を離れたとたんに落下するだろう。
「ちくしょう」ジョーがセリカを停めた。「柏木、聞こえるか! ゴルフがバンクの向こうに逃げた。外から回ってくれ!」
 ガシャーンと大きな音が聞こえたので、ゴルフはかなりのダメージを受けているはずだ。侵入者を確保できるかもしれない。
 ジョーは再び発車しようとしたが、ガタンと音がしてセリカが止まってしまう。
「くそォ!」
 バン! とジョーはコンソールをぶっ叩いた。


 
                                4へつづく
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