コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

一緒に歩こう この道を 4


 動かなくなったセリカを沢口に預け、JBに報告に戻るというチーム3のサブリーダー水野の車に同乗しジョーはJBに戻って来た。
 が、7階に上がる水野とは別れ、東館4階の医療部に向かう。無茶をしたつもりはないが左足の傷が痛みだした。
 怒鳴られるのを覚悟で痛み止めを貰いに行ったのだが、幸いな事にこの時間の担当医は南医師1人だった。
 南は包帯を替え、二言三言お説教をして痛み止めを処方し、だがそのまま解放してくれた。
 ジョーは早々に6階のダブルJ室に上がる。室内には誰もいなかった。
 ジョーはソファの足をゴンッと蹴り、自分のデスクを見た。
 パソコンと書類の山が乗っている。管理課に提出するはずの始末書が1番上にあった。 
 そしてその少し向こうの、大きな窓を背にしている神宮寺のデスクに目を向けた。
 パソコンと書類ケースがひとつ─ それ以外は何も置いていない。仕事中の、机上に溢れるあの書類群はどこに収まっているのだろう。
「おれも窓のそばがいいんだよな」
 すぐソファに逃げられるようにと自分のデスクをソファセットのそばに置いた事も忘れ、ジョーは神宮寺のデスクを少しずらした。自分のデスクを窓のそばに押していく。
 が、あまりくっつくのもマズイので相棒のデスクをさらに横に押した。そして再び自分のデスクをズーとずらすが─、
「おわっ!
「─ 何してるんだ」
 ジョーの叫び声とドアを開けたもう1人の部屋の主の声が重なる。
「いや、ちょっと模様替えを、と思って─」
「で、なんで床が書類だらけになってるんだ」
 ジョーのデスクから滑り落ちた物だ。
「始末書まだ出してないのか」神宮寺の足元にそれはあった。「早く出さないとマズイぞ」
「余計なお世話だ。人の事にかまってないで自分をなんとかしろ」
「・・・・・」
 珍しく神宮寺が黙り込んだ。ジョーも気まずげに床に踞む。が、
「つっ!」左足が痛み尻もちをついた。「わ、忘れてた・・・」
「侵入者相手にカーチェイスをやったそうだな」いつものように神宮寺が手を貸してくれた。「あまり無茶するとまた強制収容にすると南さんが言ってたぞ」
「チェッ、南さんはおれの味方だと思っていたのになァ」
「でもその足じゃ明日の招待は無理かな」
 え? とジョーが顔を向ける。
「麹町でちょっとしたパーティがあるんだ。今日はその準備に帰っていたんだけど。明日はオフだと言ったら母さんがぜひお前にも来てもらいたいと・・・ごちそうするからって」
「ごちそう? おばさんの手料理か?」もちろん、と神宮寺が頷いた。「おばさん、料理うまいもんな~。食いに行くだけならいいぜ」
「食事というよりは飲む方なんだけど─」
 は? とジョーがまた顔を向けて来た。
「ま、いいか。午後2時からだ」そう言いながら床に散らばっている書類を拾いジョーに手渡した。そして、「昨日はすまなかった。お前に言う言葉ではなかった」
「いいさ。おれだって・・・」と、後は言葉を濁し、「それより手伝え。デスクをこっちへ動かす」
「ここはおれのデスクがあった所だ」
「いいじゃねえかよ。おれの横に置けば」
「小学生じゃあるまいし、お前と机を並べるなんていやだ」
「・・・・・」
 やっといつもの神宮寺になった。
 ジョーは自分のデスクに腰掛けふと口元を歪めると神宮寺にその眼を向けた。

「そうか。六本木も小平も侵入者は取り逃がしたか」デスクの前に立つ佐々木を見上げ森が言った。「小平に残したゴルフは盗難車だったそうだね」
 はい、と返事をする佐々木が、しかし何か言いたそうにしている。
「わかっているよ」その佐々木の眼を森がやはり浮かない顔で見返す。「何者かはわからないがやり方があまりにも雑すぎる。これで成功する方が不思議だ。作戦も何もなく、ただ突っ込んで来たって感じだ」
「私も、結城さんに付いていた加藤君や沢口さんに付いていた水野君から直接話を聞いたのですが、やはりチーフと同じ印象を受けました」
「奴らの狙いが他に、たとえばスカイライン自体だとしても政府の研究機関にあるので大丈夫だとは思うが・・・。内閣府に今日の件を伝え、もう一度警備体制を見直す様に話をしてくれ」
 はい、と佐々木が出て行く。森は報告書を手に取った。

「あ~、疲れた!」行儀悪く畳の上に両足を放り出し、ジョーが大きく息をついた。「なにがパーティだ。茶会じゃねえか」
 くそっ、と畳を殴りつけ、思ったより硬いので眉をしかめた。

 麹町の古い屋敷町にある神宮寺の家は、先祖から受け継いだ広大な敷地と純日本家屋の荘厳な空間が広がる。
 その長屋門をくぐった時、いやな予感がした。
 広い、純日本庭園のあちこちに赤い毛氈が敷かれ、和服を着た女性が何人も見えた。
 そういえばおばさんはお茶のセンセイだったな、と思い出し、回れ右をしようとしたがその当の和美に見つかってしまった。
 ジョーの来訪に喜ぶ和美に、“帰ります”とは言えなくなり、ジョーはそのまま緋毛氈の上に座らされた。
 目の前には上品に和服を着こなした神宮寺が茶碗の中で何かを掻き回していた。
 ジョーは思い切り睨みつけてやったが、端整な笑顔を乗せてジョーの前に大振りの茶碗を置いた。
 緑色の液体が入っている。確か以前に一度だけ飲んだ事がある。
 すごい味だった・・・。
 このような席なので女性のお客が多く、スーツを着た外国人のジョーは目立つ。何人もの目がジョーに集中していた。
 作法はわからないのでとりあえず両手で茶碗を持ち上げゆっくりと口にする。が、外国人という事で作法に関しては大目に見てもらえた。
 後で神宮寺が、“日本に12年もいて日本人と変わらないのにな”と言っていたが知った事ではない。
 ジョーは口元を大きくへの字に曲げ、茶碗を神宮寺の前に置いた。
「Es ist schrecklicher Geschmack(ひどい味だぜ)」
 ひと言呟くと神宮寺が苦笑した。
 ジョーは早々にその場から逃げ出し、少し離れた縁台に座り相棒の様子を見ていた。 

 母親が日舞や茶道の師匠という事もあり、神宮寺自身幼い頃から母親の手解きを受けたという。
 しかしジョーは彼が舞っている姿も花を活けている姿も見た事はない。茶碗の中を掻き回しているのも今日初めて見た。
 和服姿の神宮寺はとても穏やかな優しい好青年に見えた。大型銃片手に弾丸が降り注ぐ中を走り、その銃口を相手に向ける─ とてもそうは見えない。
 端整な顔に柔らかい頬笑みで女性達と如才なく話す相棒に、やっぱ詐欺師役専門の役者になれるな、と思った。そして─

「お茶持って来たぞ」
 障子が開きお盆を持った神宮寺が顔を出した。
「お前、どんだけおれに茶(チャー)飲ませれば気が済むんだ?」
「おれが勧めたのは最初に一服だけだ。後は和服の女の子にデレデレして付いて行ったお前が悪い」
 テーブルに湯呑みを置きながら神宮寺が言った。

 そう、一人縁台に座っていたジョーを気の毒に思ったのか何人もの女の子が声を掛けてくれた。
 なんとなく断りずらくて黙っていると、彼女達はジョーの腕を取り緋毛氈へと招いてくれた─。
 ジョーはいくつかの席で一生分の抹茶を飲んだ。

「これは普通の緑茶だぜ」
「でも、緑だ・・・」
 ジョーが顔をしかめ添えられている菓子を1つ口に入れた。
「お茶会の片付けも終わったし、少し早いが座敷に夕食の用意をしている。行こう」が、少し躊躇っているジョーを見ると、「大丈夫。母さんとおれだけだ」
 そう言い先に立ってジョーを案内した。
 この家の部屋は和室がほとんどで、洋室は後で増築した神宮寺の部屋だけだ。したがって食事をする部屋も畳である。ジョーはペコッと和美の頭を下げた。
「足、崩してね、ジョーさん」和美が目を細め微笑み─が、「足、どうかしたの?」
「あ、階段から転がっちまって・・・」
 そんな嘘はすぐばれる。が、和美はそう、と言っただけだった。
 食事は和食だがジョーの食べ慣れた料理ばかりだ。
「ところで親父さんは?」
「大学の教授会で名古屋に行っている。お前に会えないのを残念がっていたよ」
「おれも残念だな。またひとつ合気道の技を教えてもらいたかったのに」
「おれが教えてやるよ」
「お前は乱暴だからいやだ」
「・・・お前にだけは言われたくない」
「これなんだ?」
 と、小鉢を覗き込むジョーに、
「人の話をちゃんと聞け!だいたいお前は─」
「話といえば力さん」それまでニコニコと2人の会話を聞いていた和美だったが、「さっきお話したお嬢さんどうかしら? ほら、牡丹の振り袖を着ていらした細身の─」
「か、母さん、今その話は─
「お友達の石井さんがおっしゃるにはね─」
「母さんってば  」
 あわてる神宮寺とにこやかに、幸せそうな頬笑みを浮かべ話す和美にジョーは小鉢を置き目を向けた。
 ふと、自分の母も生きていたら和美のように息子の交際相手を気にするのだろうか、と思った。カテリーナの中にいる9才のジョーではなく、21才になったジョーの・・・。
「どうしたんだ、ジョー?」
 目を上げると神宮寺と和美が自分を見ていた。
「いや・・・、もてていいなァ、神宮寺!」
「あら、ジョーさんを紹介してほしい、という方もいたのよ」えっ!! と後の2人が声を挙げた。「私のお弟子さんなんだけど、21才と22才と25才と─」
「何人いるんですか・・・」神宮寺が呆れる。「絶対紹介しないでください。相手の迷惑になる」
「悪かったな」
 ジョーは和美の差し出した湯呑みを手に取り・・・しかし中味の緑色を見て、ウッと手を止めた。
 その横で神宮寺が静かにお茶を啜った。

 夕食後、ゆっくりしていけと言う申し出を断ってジョーは早めに神宮寺邸を出た。
 この後の予定などないが、〝あそこ〝は居心地が良い。ジョーが育ったハンブルクの家や鷲尾邸とはまったく違う雰囲気なのに、まるで自分の家のように優しく暖かくジョーを包んでくれる。抹茶さえ出なければすっと居てもいいくらいだ。
 だがその暖かさにジョーは慣れていない。
 彼はブラブラと地下鉄の駅に向かって歩き出した。が、駅の前で足を止める。携帯電話を取り出しアドレス帳を開けた。
 しばらく眺めていたが、やがて親指が動いた。

「ん~、こんなに早く庁舎を出られるなんて久しぶりだなあ」
 階段を降りながら関は思いっきり伸びをした。早いと言ってももう日は暮れている。終電までまだ時間があるという事だ。
 関は愛車トランザムの運転席に体を滑り込ませた。そのとたん携帯電話が鳴った。
「おい、戻れとか言うんじゃないだろうな」このまま発進してやろうかと思ったが、とりあえず相手を確かめた。と、「ジョー?」
 一瞬、画面に映し出された名前に首を傾げたが、
「関だ。何かあったのか?」
『今、麹町にいる』確かにジョーの声だ。緊急事態というわけではなさそうだ。『暇だったら飲みに行くのに付き合って欲しいんだけど』
「おれとか? おい、本当に何かあったのか?」
 お誘いは嬉しいがいつものジョーの言い方ではない。だが電話の向こうの相手からの返事はない。
「まあいい。今日はもう上がりなんだ。麹町にいるって? 車じゃないのか? だったら新宿通りに出て─」
と、待ち合わせの場所をテキパキと指示する。
「待ってろ。5分で行ってやる」
 携帯を切りトランザムのエンジンを掛けた。

 霞が関から麹町までは2キロくらいだ。トランザムがぶっ飛べば5分で行ける。 
 車は半蔵門の前で左折して新宿通りに入った。と、関が指定した場所にジョーの姿が見えた。
 日が落ち、車はもちろん人通りも多い新宿通りだが関にはジョーの立っている姿が浮き上がって見えた。
 スラリとした長身にライトの光で金色に輝く髪、ただ立っているだけなのに1枚の絵を見るようだ。
 だがジョーは1人ではなかった。40代くらいの男が2人、彼に何か言っている。しかしトランザムがジョーの横に停まった時、2人はあわてて離れて行った。
 歩道の柵をヒラリと越え、ジョーが助手席に体を滑り込ませた。ムスッとした貌をしているので、
「どうしたんだ? 知り合いと一緒じゃないのか?」
「知り合いじゃねえ。ただの酔っ払いだ」顔をしかめジョーが言う。「あそこに立っていたら、“いくらだ” と訊いてきやがった。あんたらの命全部だと言ったらビビッて行っちまったが」
 それは逃げたくもなるだろう。一般人相手に何してんだか。
 しかしこの男を手に入れるには本当に命がけで向かって行かなくてはならないな、とも思う。
「案外、寂しそうな顔をしていたんじゃないのか? だから親切なおじさんが声を─」
「そんな顔はしていない。あそこに立たせたあんたが悪いんだ。今夜はあんたの奢りだぜ」
「なんでだよ!」
 相変わらず自分勝手なジョーに、関はちょっとホッとした。が、ふざけた口調で言った、“寂しそう” というのは本心だ。関にはライトに照らされて立つジョーがそう見えた。
「いい車だな、これ」
 ジョーは本当に羨ましげに言う。
 アメリカの人気番組、〝ナイトライダー〝 仕様のトランザムだ。いい車はいい男を釣れる。
「日本の道路にもあんたにももったいないぜ。おれによこさない?」
 まったく口数の減らない奴だ。
 こんな奴は座席ごと外へ放っぽり出して─ いや、この車にはその仕掛けはなかったな。
 だが黙り込まれるよりはマシだ。
 関は大人の顔をしてジョーの悪舌を聞いていた。



                                        5へつづく


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