コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

一緒に歩こう この道を 5


 トランザムは四谷を通り過ぎ新宿へ向かった。ゴチャゴチャしたこの街が、しかし居心地は良い。
 車を駐車場に預け、関の案内する店へと行く。ビルの2階の小さなスナックだ。 
 ジョーがちょっと躊躇する。関のお勧めの店ではいつもロクな事がない。が、今さら逃げるわけにもいかず、ジョーは関に引っ張られるように店に入った。
 入口は狭かったが中は思ったより広く明るい。スタッフも男女半々くらいだ。
 関は女の子が横に付いてくれる店は好きではないようだ。仲間内で気軽に飲める所がいいらしい。が、
「あ~ら、関さん、いらっしゃい」ママはやはり男だった。「まあ、今日はまた素敵な男(こ)を連れて! うちにもこんな男がほしいわ! で、この前の可愛い男達はどうしたの?」
「あれは部下だよ。手は出せない。本命はこっちだ」
 関の後頭部がパコン! と鳴った。“あ~ら、気が強い。関さん好みね~” ホホホ・・・と笑いながらママは行ってしまった。
「あんた安月給のくせに部下を連れてよくあちこち飲み歩くな」
「それがわかってておれにタカるのか」カチャカチャとマドラーを回し関が睨んだ。「ところで麹町で何かあったのか? 珍しくスーツなんか着て・・・。デートか?」
「相棒とデートしてどうすンだよ。神宮寺の所の茶会に行って来た」
茶会だァ? と首を傾げる関に、呼び出した手前ジョーが面倒くさそうに説明してやる。
「で、あいつキモノ着て半眼ですまして茶掻き回して、“どうぞ” とか言いやがるんだぜ。いつもおれには厳しい目を向けるくせに女の子には優しい目をしてさ。あいつ絶対詐欺師になれるぜ」
「神宮寺君はそーいう家の出なんだ」
 関が言うのをジョーが不思議そうに見た。
 ジョーの事はアサクラや鷲尾繋がりで知っている事も多いが、関と神宮寺の付き合いは仕事中心だ。一緒に飲みに行った事はあるが実家の話まではしない。
「なるほどな、確かに品がある。高貴な迫力って奴かな。武家の出ならそれもわかる」
「・・・・・」
 ジョーが水割りのグラスを手に取る。カラカラと氷の良い音がした。茶会の席で穏やかに微笑んでいた相棒の姿を思い出す。
 その笑顔はお客はもちろん母を、そして彼自身をも暖かく包み込む。きっと誰もがその頬笑みを愛するだろう。
 そして自分とは違い、彼には家も両親もいる。危ない今の仕事を続けていかなくてもいいのではないか・・・。
「あいつにはあーいう静かな暮らしの方が合っているのかもしれないな・・・」
 グラスを口元に持って行き、が、すぐにテーブルに置いた。
「全然飲んでいないな」
「神宮寺の所で茶を飲みすぎて腹いっぱいなんだ」何しに来たんだ? と呆れる関に、「あんた、この仕事20年やってるんだろ? いやになった事はないんか? やめようと思ったり─」
「な、なんだよ、急に」
「奴らいくら捕まえても後から後から出てくる。犯罪なんてなくなりゃしない。キリがないんだ。そんな奴らを捕まえても虚しいだけだ。明日にはまたどこかで奴らは復活する」
「なに女々しい事を言ってるんだ? 国際─」おっと、と声を落とし、「─ 警察の精鋭が」
「おれじゃない。神宮寺が言ったんだ」
「神宮寺君が? それは一大事だ」
「おれだと女々しくて、神宮寺だと一大事なのか」
「そう思ったからおれに話しているんだろ?」
「──」
 ジョーが黙り込んだ。
 体も態度も関よりでかいが、こうなるとモロに年齢差が出る。
「で、20年であんたは何人の容疑者を捕まえたんだ?」
「さあね。もっとも最初は2課の調査室にいたから犯人確保には関わっていないが」
「・・・堂本がいた部署か」
 ああ、と関が答える。
 彼に対しての取り調べはまだ続いているだろう。それがどんな内容でどのような処分が下されるのかジョーは知らない。知りたくもない。
「くそォ。堂本の件も一枚噛んでやがる。奴のせいで神宮寺が・・・」が、関が辛そうな顔をしているので口を閉じた。だが、「堂本に怒りを感じないか? おれやあんたが一生懸命悪い奴らを追っているのに・・・危険を冒して捕まえているのに、よりによって仲間内でそんな奴がいて─ 憤りや虚しさを感じないのか?」
「ジョー」
「神宮寺が言っていた。そんな奴に銃を向けておれは撃ち続けるのかって。後からいくらでも出てくる奴らを・・・。恐ろしいって、あいつが言うんだ」
「落ち着け、ジョー」
「あんたは恐ろしくないのか? 虚しいなんて思わないのか?」
「思わないわけないだろ。毎日思ってるよ。もちろんおれだけじゃない。神宮寺君も森さんも君の仲間もおれの部下も・・・そして君も」
「・・・・・」ジョーが関の目をじっと見つめる。が、「・・・おれは・・思っていない・・・。そんな事を考えていたら動けなくなる・・・」
 ジョーの手がグラスを握る。
 この手はいつでも銃に触れる事ができる手だ。触れなければならない手だ。思わずグラスから手を離す。
「そうだ、動けなくなる。だから現場ではそんな事は考えないようにしている。だがな、ジョー。そう思ってしまうのは仕方がない。おれ達は人間なんだからな。数学のようにスパッとした答えなんて出せないさ」
 関の手が、ギュッと握られているジョーの左手を覆う。
「だがもし、現場でその想いに捉われたら・・・恐ろしさと虚しさで動けなくなったとしたら・・・。一線は退いた方がいい。自分はもちろん仲間も危機に落とす」
「・・・・・」
 ジョーが関から目を逸らした。
 彼の、あの圧倒的な存在感が失われていくようで関は辛かった。
「神宮寺がやめるなんて・・・ありえない・・・」
 本当にそうだろうか。ジョーは現場で動けなかった神宮寺を見ている。もしそれが続いたとしたら・・・。
「君達がこの仕事に就いてまだ4年だ。これからも続けようと思うならもっと強くならなければ─。神宮寺も─ 君もだ」
「・・・これ以上強くなれと言われても・・・」
 つい口にしジョーがハッと関を見た。
 青い双瞳が小さく揺れていた。小刻みに震えるジョーの手を覆う関の手にグッと力が入る。
 今、気がついたのかジョーがバッとその手を引いた。と、スピードマスターが振動した。盤面に文字が流れる。
「チッ、2日前の残りか」今まで迷っていた21才の青年の貌がSメンバーのそれになる。「関、車貸してくれ」
「トランザムをか? おれはどうなるんだ」
「酒が入っているから運転できないだろ。おれは飲んでねえ」
「ここに1人置いてきぼりか?」
「悪い、緊急なんだ。じゃあ借りるぜ!」
「─ って・・・あっ! いつの間にキーを!」
 キラリと光るトランザムのキーを手にジョーが店から飛び出していく。
「・・・おい」
 ヘタッとイスに腰を降ろす関に、“あ~ら、関さん。逃げられたの?” ホホホ・・・とママが笑った。

 隅田川に架かる勝鬨橋を渡り、続いて黎明橋に差し掛かる。左手にトリトンスクエアのビル群が見えた。オフィスやショッピング、住居を備えた総合施設だ。
 が、トランザムはその前を右に曲がる。場所は晴海の朝潮埠頭だ。
 セリカに乗っていればPCナビで現場に行くまでに情報が取れる。しかし今回はそれもできず、ジョーはスピードマスターから伝えられる森からの情報に耳を傾けた。
 それによると、例のフランスからの密輸船が今度はこの朝潮埠頭に着くという情報が入ったそうだ。
 2日前にチーム1やダブルJが密輸品の押収や乗組員の確保を行ったが、その情報が伝わっていないのだろう。飛んで火に入るナントヤラ、である。
 チーム1は密輸品の陸揚げを待って確保に入るという。

 やがて朝潮運河からは死角になる場所に何台かのJB車両が見えた。トランザムもライトを落として車外に出た。
「ジョー?」男が1人、降りて来た。「見慣れない車だから誰かと思ったよ」
「伊藤じゃないか。火傷は大丈夫なのか?」
「立花と白鳥はまだ入院してるけど、ぼくは軽傷だったから」伊藤は一度車内に戻りジョーのウッズマンを持ってきた。「でも留守役にさせられたけど」
 ジョーはウッズマンを受け取りワイシャツの上からホルスタをはめた。上着とネクタイは車内に置いて来た。
「珍しい格好だね。デートだったの?」
「だったら、こねえよ」ホルスタをギュッと締めた。「で、他の連中は?」
「裏口に2人、西崎達は正面入り口から倉庫内に突入した。2分前だ」
「神宮寺も一緒か?」
「ああ、正面組だけど・・・」ジョーを見てちょっと口籠る。「なんだかいつもの神宮寺じゃないみたいだ。気力がないというか・・・ぼんやり見えて・・・」
「──」
 ウッズマンの調節をしていたジョーの手がピタリと止まった。あいつまだ引き摺ってやがるのか。だが、
「麹町からの呼び出しだからな。ママに甘えている最中だったんじゃないのか」
 まさか・・・と伊藤が笑った。
「じゃあ」
 ウッズマンをホルスタに収めジョーが走り出した。

 倉庫内は所々に電気が点いているだけで薄暗かった。
 スピードマスターのトレーサーで神宮寺の位置を確かめようとしたが、彼のリンクのトレーサーはオフになっていた。その事自体はよくある事だが、なぜかジョーは気になった。
“ぼんやり見えて・・・” と伊藤が言っていた。おそらくそうなのだろう。いつのも彼に戻ったようにジョーには見えたが、そんなに簡単な事ではなかったのか。
 と、前方から銃声がした。人々のざわめきも聞こえる。
「いけねっ」ジョーがホルスタからウッズマンを抜いた。「ぼんやりしているのはおれの方だぜ」
 その様子を相手が見ていたのか、絶妙なタイミングでジョーの前に男が飛び出して来た。
 味方かどうか見極める0、1秒の差で男が発砲してきた。体を沈ませ避ける。尻が床に着かないうちに男に向かってウッズマンのトリガーを引いた。
 床に延びた男を飛び越えジョーが奥へと向かう。
 伊藤は倉庫と言ったが、長い廊下の片方に大きな部屋が並んでいる。1つ1つが学校の教室くらいの広さだ。荷物が積まれていて見通しが悪い。
 ジョーは無意識に左足を庇うように歩いている。痛み止めが切れたようだ。と、前方から足音がした。ウッズマンを向ける。が、
「─ 神宮寺」
「ジョーか」
 神宮寺と高浜だ。
「遅かったな。なんでワイシャツなんか着ているんだ?」
「デートだったんだよ。いい所で呼び出しやがって」
 ジョーの言葉に、ヘェェ・・・と高浜が声を挙げた。ジョーは相棒に目を向けた。ボケてはいないようだが、
「で、状況は?」
「8名程確保したが後3、4人がこの建物の中を逃走中だ。奴ら爆発物を持っていて、この中のどこかに仕掛けてあるかもしれない」
「あっちに1人転がしといたぜ。でも爆発物は持っていなかったな」
 ジョーの言葉に神宮寺がその位置を訊き、男達を確保している樋口達に知らせた。大丈夫、いつのも神宮寺だ。ジョーが息をつく。
「─ え?」
「聞いてないのか? なにをぼんやりしている」相棒が言った。「足、大丈夫か?」
「─ ああ・・大丈夫だ」
 お前に言われたくないぜ、とジョーは思った。
 神宮寺と高浜が歩き出す。後に続こうとして─、
「伏せろ!」
 ジョーが2人を押し倒した。
 バーン! とドアが飛んできて、2人の上になっているジョーの体に当たった。
「うっ!」
「ジョー!」神宮寺がジョーの体に手を掛け、高浜はドアが無くなった部屋内にブローニングの銃口を向けた。
「大丈夫か、ジョー」
「もちろんだ」
 顔を上げ神宮寺を見るジョーの目は言葉とは裏腹に戸惑いと不可解さを湛えていた。
 この危険を感知する能力─ Sメンバーには不可欠なものだ。神宮寺のそれはジョーより鋭い。なのに─。
「室内には誰もいない」チャッと銃口を上げ高浜が言った。「逃げる途中に仕掛けて行ったんだな。これは面倒だぜ」
「この倉庫の窓はすべて鉄格子がはまっている。外へ出るには正面と裏口しかない」先程の事をなんの疑問に思わないのか、〝いつもの〝神宮寺が言った。「ジョーと高浜は正面へ。おれは裏口へ行く」
「だけど─」
「だけど─ なんだ?」   
 神宮寺がジョーを睨む。
 いつもの厳しい目つきだが、その根底にあるものはいつもと違う。言葉では説明できない感覚的なもの─。だからジョーは黙ってしまった。
「─ 行くぞ」
 神宮寺に続き高浜が走り出す。仕方なくジョーも後につく。途中2手に分かれジョーは高浜と共に正面に向かった。

「裏口には誰が行っているんだ?」
「中根と市原だ。樋口と黒田が奴らを確保している。西崎と兵道は上階に行った」
 と、少し前を行く高浜が止まった。廊下の先の曲がり角を見つめる。男が1人、飛び出して来た。彼らとは反対方向─ つまり正面の出入り口に向かって走る。
「待て!」
 ふくよかなわりに高浜は足が早い。あっという間に追いつき、男の後ろから飛び付いた。デーン! と男共々前乗りに倒れる。男が向き直ろうとしたがゴン! と殴られのびた。
「やるじゃないの、高浜さん。おれ、出番ねえじゃん」
「おれ、射撃があまり得意じゃないから、体を使う方がいいんだ」ポンッと腹を叩く。「それに君、足辛そうだから─。銃を使う以外はおれに任せてくれ」
「・・・・・」
 そんなに辛いという自覚はないのだが。しかし高浜に見抜かれるという事は当然神宮寺にも・・・。だから高浜を付けてくれたのだ。
「チッ、人の事より自分をなんとかしろよ」
 小さな呟きに高浜が、え? と振り向いた。が、
『各メンバーへ!』スピードマスターと高浜の腕時計が鳴った。車内で待機中の伊藤だ。『今、水上警察からJBに情報が入った。それによると、朝潮運河を上流に向かって進む不審な貨物船があるそうだ。入港の届けはないのでもしかしたら─』
「この倉庫の裏が運河に面している。仲間か?」
「おれは裏口に向かう。お前は正面へ行ってくれ。伊藤! 高浜と正面を固めろ!」
 口早に言いジョーは踵を返した。一瞬、裏口はどこだ? と思ったが、時を置かずに銃声が聞こえて来た。
 長い廊下をひたすら走る。足の傷の痛みなど忘れた。
 と、広いホールに出た。裏の搬入出場だ。その外に通じるドアのそばに中根、市原、そして神宮寺の姿が見えた。が、外から銃撃を受けている。
 さらに倉庫内を逃走した奴らだろう。ホールに置かれた木箱の陰から2人の男が神宮寺達を狙っていた。挟み撃ちだ。3人はドアのそばの小さな鉄製のコンテナの陰から応戦しているが、かなり分が悪い。
 ジョーは手前にいる2人の男の銃に向かってトリガーを引いた。
 パンッ! と銃が弾き飛ぶ。
 ふいに後ろから襲われ驚いた2人はジョーの方へと向き直った。もう1人の銃も撃ち落とそうと両手でウッズマンを構えた。と、黒い物が飛んできた。とっさに転がり、少し前にある木箱の影に入った。
 今までジョーがいた場所がバンッ! と跳ねた。
「仕方ねえやっ」
 ジョーは飛び出し、男達にその姿を晒した。が、奴らが攻撃に出る前にウッズマンが火を吹いた。2人は肩を撃ち抜かれ倒れた。
「神宮寺!」外から広い裏口へと撃ち込まれる弾丸を避け、ジョーは3人の元へと辿り着いた。「無事かっ」
「2人は腕をやられた。西崎達はこっちに向かっている」
 裏口に銃口を向けたまま神宮寺が言った。見ると中根は軽傷だが市原はかなり出血していた。
 と、相手の攻撃が弱くなった。怪訝に思い窓から外を見ると、
「巡視船・・・水上警察だ」
 JBから協力依頼が行ったのだろうか。貨物船は小型の巡視船に取り囲まれていた。
「ヤロウ!」
 ジョーが叫び飛び出した。彼が倒した2人の男が、銃撃の弱くなった裏口から外へ走り出ようとしていた。その1人にジョーが飛び付く。共に床に転がった。が、男に顔を蹴られジョーの手が離れた。黒い物を持った男の手が振り上がる。
「ジョー!」
 神宮寺が飛び出しオートマグを向けた。
 一瞬の沈黙が生じた。神宮寺の指は動かない。男の手が振り下ろされた。、と同時にジョーが床を転がる。
 バンッ! と音が弾け、床の破片が飛び上がった。一瞬、煙で視界が遮られた。
「ジョー!」
 煙の合間から見えたジョーは床に転がったまま動かなかった。


                  
                                  6へつづく



                  
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