コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

我が手の下(もと)に 4

 ジョーは一睡もせずその夜を過ごした。
 一度、夜中近くにドタドタとこのフロアを走り回る音がした。ジョーがウッズマンを取り出す。ドアを破って来たらその時は─と思ったが、ドアを叩かれただけで済んだ。
 スイートの客を狙わないのは金品目当てではないからか。かえって始末が悪い。
 ジョーはエビアンを一口飲んだ。レストランはもちろん、ルームサービスも頼めないので朝食は諦めるしかない。自分は構わないがルウクは─。
 「ルウク」
 寝室のドアをノックして中に入った。
 2つ並んだベッドの奥の方にルウクは寝ていた。
 自分も起きていると言い張るルウクを説き伏せベッドに押し込んだのは、夜中の2時過ぎだった。まだ寝かせておいてやりたいが、状況が急変した時のためにそろそろ起こそうと思いベッドに近寄った。が、
 「・・ルウク?」ふと異変を感じふとんの上に出されている右手に触れた。熱い。「ルウク、おい─ルウク!」
 「・・あ、ジョー・・なに?」目を開け、しかしその焦点は合っていない。「あれ?なんか熱い・・」
 「熱がある。気分は?風邪かな」
 まさかコレラや黄熱病・・・。現在、インドは予防接種を受けなくても入・出国できる。しかし病気がないというわけではない。特に気を付けたいのは、A型肝炎と狂犬病なのだが。
 「水を持ってくる。もう少し寝ているんだ」
 医療に関しての講義は受けているが、実際に病人を看護した事はない。テロリストがここに現れたという方がまだ対処できる。
 経験のない出来事にジョーは困惑していた。
 
 「神宮寺、一平とチーム3がムンバイに入ったって」
 「そうか。警察や軍、犯人の情報を送るよう伝えてくれ。一平達が参戦するのは無理だろうから」
 OK、と洸がキーボードを叩いた。2人がいるのはJB2室だ。洸専用のコンピュータがある。一晩中ムンバイ・テロの情報収集に追われた。神宮寺の言った通り、“寝かせてくれない”と言うより─“寝られない夜”になった。
 「ジョーが一平達と連絡が取れれば、脱出できるかもしれないね」
 「いや・・。奴らはインドの刑務所にいる仲間の釈放を要求している。それが通るまでは、むやみにホテルの宿泊客をキズつける事はしないと思うが・・・」
 それが本当の目的ならば事件としては単純だ。
 しかし何かしっくりいかないものを神宮寺は感じていた。

 日が高くなってもルウクの熱は下がらなかった。咳をし喉が痛いと言うので風邪だろう。手持ちの風邪薬を飲ませ休ませている。
 しかし水はともかく食事を摂れないこの状態では、ルウクの体力が心配だ。小さい子じゃないから大丈夫、と彼は言うが、幼い頃肺炎を患った事があると聞いてジョーの心は揺れた。
 電話は通じるので病人が出たと警察に伝えるのは簡単だ。しかし彼らが救急車で乗りつけたところで、テロリスト達がルウクを解放してくれるとは限らない。お互いに何らかの交渉が必要だ。が、その時ネックになるのがルウクの身分である。
 ただの観光客ならいい。奴らが欲しているアメリカ人でもイギリス人でもないのだから。
 しかしルウクがレアメタル産出国の王子で、その売買交渉のためにこの地に来たと知られたら─強力な人質として残される可能性が大だ。
 (こんな時、神宮寺だったら・・)
 が、ジョーは神宮寺ではないのでいくら考えても無駄だ。ただ今回は、ジョー得意の強行突破は使えないのはわかる。冷静に─落ちつこうと思った。
 だが苦しそうに熱い息を吐くルウクを見ると、もう一刻の猶予もないように思ってしまう。
 (ルウクだけでも外に・・・。しかしパスポートを見られたら・・)ジョーはドイツ国籍のパスポートを所持しているからいいが。(そうだ、パスポート─。こいつを逆手にとって─)
 ジョーはノートパソコンで日本の神宮寺に連絡を入れた。が、相棒は自分のパソコンの前にいなかった。
 (洸の所だな)
 ジョーは洸のノートパソコン─彼が名づけた─?ベー?のネット電話にアクセスした。
 『いいタイミングだよ、ジョー』ワンコールで洸が出た。『今、連絡しようと思ってたんだ。一平とチーム3がムンバイに入った。ホテルの近くで待機している。テロリスト達はインド政府に収監されている仲間の釈放を要求している。詳細が決まるまで飛び出さない方がいいと思うよ』
 「ところがそうも言っていられなくなった」ジョーはモニタの中の洸と神宮寺に、ルウクの事を話した。「洸、お前のパスポートのコピーをホテルのFAXに送ってくれ。ルウクを洸として出す」
 『え?ぼく?どうやって─』『それは難しいぞ、ジョー』
 「わかってる。しかし今朝に比べてルウクの容態が悪くなっている。肺炎を起こされたら、おれにはどうしようもない。パスポートは失くした事にして洸のパスポートを見せれば─」
 しかし神宮寺は首を縦に振らず考えている。
 「迷ってるひまはないんだ。ネットも電話もいつ繋がらなくなるかわからない。それに─」ジョーは一瞬口を閉じたが、「最初の襲撃で脇腹を負傷した。止血したから大丈夫だが、おれ自身いつまで持つか─」
 『な─!どうしてそれを早く言わないんだ!』
 「頼む、神宮寺。インド政府が奴らの要求を呑むとは思えない。今ならまだ─」
 『・・・わかった』神宮寺が頷き、洸に指示を出した。『でも、FAXの所まで行かれるのか?』 
 「なんとかする。大丈夫、任せておけ」いつものジョーの台詞だ。それを信じるしかない。「電話は当分できない。何かあったらスピードマスターにメールを入れてくれ」
 神宮寺が無言で頷く。そんな相棒にいつもの不適な笑顔を見せ、ジョーは通信を切った。それからルウクの所に行った。
 今朝と少しも変わらず・・・いや、継ぐ息は明らかに荒くなっている。
 「ルウク、話がある。わかるか?」と、ルウクが目を開けた。大きな茶色の瞳でしっかりとジョーを見た。「ホテルを出る。しかしルウクのままではだめだ。あなたには今から、日本人の“ひびき洸”になってもらう。昨夜モニタで見た、あなたにそっくりの青年だ」
 ルウクが頷いた。彼にも自分の立場がよくわかっている。
 「話す時は日本語で、しかし必要な事以外は何も言わなくていい。あとはおれに任せてくれ」
 ルウクが再び頷く。そして
 「・・無理はしないでください・・。あなたに万一の事があったら・・国際警察に申しわけが・・・」
「ルウク、おれはそのためにいるんだぜ」ふっと笑顔が浮かんだ。「大丈夫。きっとうまくいきます」
 ジョーは、熱を帯びたルウクの頬をスッと撫で彼を見る。
 暗い寝室でもはっきりと見える不思議な色合いのブルーグレイ・アイ。その鋭さを怖がる者も多いが、今のルウクには何者にも増して頼もしく見える。と、ジョーはポンッとルウクの腕を叩きクローゼットを開けた。
 ひと芝居打つのは準備がいる。
 ジョーはまずルウクのパスポートと自分の国際警察官としての身分証明書、そしてウッズマンと予備の弾丸を一袋にまとめ─本当はウッズマンは手放したくないのだが、これが見つかるとさすがにまずいので─使わなかったもう一台のベッドの下に潜り、クッションに切り込みを入れるとその中に押し込んだ。
 時折廊下を走る音がする。今も誰かが歩いている。
 ジョーはドアの前のテーブルを退かし、ひとつ息を吸うとドアを開け廊下に出た。案の定そこには、ロビーでジョーが見たのと同じFN・P90を持った男が2人いた。振り向きざま、ジョーに銃口を向ける。
 「Thene is a talk(話がある)」ゆっくりと両手を上げ、ジョーが言った。「リーダーに会いたい」
 「・・・I leader is me(リーダーはおれだ)」男の一人が言った。落ちついた深みのある声だ。
 「おれの連れが高熱を出して動けない。救急車を呼んで彼を出してほしい」男達が顔を見合わせた。と、リーダーとは別の男がジョーを押し退け部屋に入った。「まて!なにをする!」
 「彼は医者だ。免許はないが腕は確かだ」あわてて部屋に戻ろうとするジョーに銃口を押し当て、“入れ”と命令した。「スイートか。子どものくせに贅沢だな」
 室内を見回し─だがその口調に悪意は感じられない。2人は寝室に入った。
 「風邪をこじらせたようだ」と医者が言い、ポケットから注射器とアンプルを出した。
 「やめろ!」ジョーが医者を止めようとしたが、リーダーに銃で壁に押し付けられた。
 「鎮痛剤と解熱剤だ。少しはラクになる」
 「それより彼を解放してくれ。肺炎の病歴がある。もしここで─」
 「お前達、国はどこだ」え、とジョーがリーダーを見た。「国籍はどこだと訊いている」
 「・・・ドイツだ。彼は日本─」Japan?と、リーダーが口を動かしたが、
 「パスポートを見せろ」リーダーの言葉にジョーはテーブルの上のバッグに目を向けた。リーダーが中を探り、ジョーのパスポートを取り出した。「風邪のぼうやのはどこだ」
 「・・失くした」なに?と、リーダーが目をむく。「本当だ。昨夜あんた達が押し入る前に失くした事に気がついて。大使館に申請しようとしたが、彼がパスポートのコピーを日本に置き忘れたというから、このホテル宛にFAXしてもらった。フロントが無事ならコピーがあるはずだ」
 「・・・フン」
 リーダーがケータイを取り出した。仲間に、フロントに行くよう言っている。すぐそばにいたのか返事はすぐに来た。
 「届いてるとよ。アキラ・ヒビキ、か」ジョーは頷き、その仲間がFAXの受信時間を見ないようにと祈った。「日本国籍なのはわかった。だが、まだ解放できない」
 「風邪薬は持っているか?」医者が訊いた。
 「それを飲んで寝ていれば大丈夫だ」が、ふとジョーの脇腹に目をやり「君もケガをしているのか。我々のせいかな」
 と、シャツに手を掛けた。
 予想外の出来事にジョーはとっさに身を引いた。その勢いでシャツのボタンがいくつか飛んだ。その下に現れたのはジョーの─無数のキズが走る体─。
 「これは─」
 「まるで兵士だな」チラッとリーダーがジョーのパスポートを見る。「何者だ、お前」
 「・・・・・」
 シャツをかき合わせジョーがリーダーに目を向けた。
 黒髪に黒い瞳のホリの深い顔つき。医者だというもう一人もだが、テロリストだという事は間違いないのに、なぜか荒々しさは感じなかった。だがその瞳は相手のウラを見透かす鋭さだ。ヘタな事は言えない。
 しかしそれは向こうも同じらしい。自分達より確実に若いこの男の、隠しきれない圧倒感、威圧感にただ者ではないと感じている。だが
 「まあいい。大方金持ちのぼうやとボディガードといったところか」
 「彼を解放してくれ。礼はする」と、“ジョー”とルウクの声がした。「ル─洸、大丈夫か」
 ルウクが頷いた。さっきより顔色が良くなっているように見える。
 「我々の薬は即効性があるからな」銃口を下げリーダーが言った。「ここにいつまでもいるつもりはない。悪いがもう1日、2日我慢してくれ。部屋から出るなよ」
 そう言い2人は出て行った。
 交渉は失敗した。
 しかしジョーも1回で相手が聞き入れてくれるとは思っていない。相手を知らなければ交渉は出来ないと思い─しかし思ったより乱暴な奴らではなさそうだ。ルウクさえ大丈夫なら、このまま奴らが去るのを待っていた方がいいかもしれない。
 (いや、騙されるな。ロビーで何も言わずにいきなり撃ってきた奴らだ)
 「ジョー」ルウクが呼んだ。「今の人もテロリスト?」
 医者の事だ。ジョーが頷いた。
 「あの人の手・・・とてもやさしかったよ」
 モグリでも医者なのだから、病人相手に手荒な事はしないだろう。
 「悪い人とは思えない。でも・・・」ちょっと言葉を切ったが「・・・血の臭いがした」
 「──」
 血の臭いなど、ジョーは気にならなかった。いや気がつかなかった。
 自分の手も同じ臭いがするのだろうか・・・。
 ジョーはルウクの体に掛けていた手をそっと引いた。


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