コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

震える心の熱き思いを 2

   翌日、ジョーは4日ぶりに外出した。
 パリに行く神宮寺を車でソーの駅まで送るのだ。
 ちょうど健の登校に重なったので、ジョーは鷲尾のBMWを借りる事にした。5シリーズのセダンで、あまり運転した事のないタイプだったがさすがに走りは良い。
 久々にステアリングを握ったジョーは機嫌が良い。このまま本部まで行こうか、という提案は神宮寺に断られたが、彼を駅で降ろしたあと素直に帰るとは思えない。神宮寺も幸子もそれはわかっている。その上で外出を許したのだ。
 と、いつもの公園の前を通ると、ヴィクトル達がいた。
 「まだ時間大丈夫だろ。紹介するぜ」
 ジョーは車を止め、彼らに声を掛けた。
 「あれ、ジョージ」皆、口々に集まってくる。「しばらく見なかったな」
 「ん・・。ちょっと遠出してた。あ、友人のジングウジだ。こいつバスケうまいぜ」
 「よろしく」神宮寺が右手を差し出す。
 “よろしく”“今度試合があるんだ”と口々に言われる。神宮寺はバスケだけではなく、大方のスポーツはOKだ。
 「で、ジョージ。今日はディアブロじゃないのか?」
 「うん・・壊した」“えー!”“なんで!?”と、声が上がる。「荷物積んで片輪で突っ走ったらぶつかってボンッ!って─」
 確かにその通りなのだが。
 「何やってるんだよ。勿体無い!で、今度はビーエムかい。金持ちだなあ」
 「これは養父(オヤジ)の車だ。おれはこれからディアブロの借金を返すために、命懸けで働かなきゃいけないんだぜ」
 これもその通りなのだが、ヴィクトル達は“大げさだなァ”と笑う。
 「ホントだって。なあ神宮寺、お互い命懸けだよな」
 「・・・おれはディアブロの借金とは関係ないけどな」
 「チェッ、冷てえ奴だ」
 ジョーがクサり皆が笑う。バスケに誘ってくれたのを、今日は用事があるから、と別れて再び駅に向かう。
 「ジョー、お前バスケなんてやったか?」神宮寺が訊いた。
 「いいや、だけど見に来いって言うから─」ジョーはちょっと口ごもる。
 神宮寺がヘェという顔でジョーを見た。こういう付き合いの苦手なジョーが、わざわざ自分からヴィクトル達を紹介した。よほどいい奴らなんだなあ、と思う。
 やがて車は駅へ続く道に出る。と、バックミラーにすごい勢いで追い上げてくる1台の車が映った。屋根の上にライトを付けているあの車両は─。
 「な、なんだ!?」
 激しくクラクションを鳴らされ、BMWは右側に車体を寄せる。その横を、後ろから来た車は一気に走り抜けた。
 「警察車両じゃないか」
 確かに車体の横には“POLICE”と書かれていた。
 「だけど、運転していたのは警察官じゃなかったぞ」神宮寺が言った。
 「それじゃあ・・・おっ!」
 バックミラーに目をやり、ジョーが声を上げた。後ろから2、3台のパトカーがやはりすごい勢いで迫ってくる。BMWの左右を囲み、走り抜けた。
 「へっ!警察がカーチェイスしてるぜ!こいつはいっちょう─」
 「やめろ、ジョー。いくら言っても、仲間には入れてもらえないぞ」
 「う・・・」見抜かれている。
 確かに相手が警察では参加しづらい。仕方なく駅へと向かう。RER高速郊外鉄道のソー駅だ。
 「だけどさっきの奴ら、パトカーをジャックしたのかな。ものすごい勢いで逃げてたし」
 「おそらくな」ドアを開け神宮寺が言う。「だが、ジョー。余計な事するなよ。第一ビーエムでカーチェイスなんてしたら借金が増えるだけだぜ」
 「う・・・」ジョーが詰まった。
 そんなジョーに苦笑すると神宮寺は駅へと入っていった。
 「誘われなくてもよ、巻き込まれるって事はあるよな」
 一人頷いて車を出す。もちろんこのまま真っ直ぐに帰るつもりはない。4日ぶりに解放されたのだ。少しくらいドライブをしてもバチは当たるまい。が、バチどころか、いたずらの神がジョーの願いを叶えてしまう。
 「お・・・」ジョーは目を見開いた。
 遥か前方から猛スピードで走ってくる1台のパトカーが見えた。道幅は充分にあるのでジョーが避けなくても擦れ違えるだろう。近づくにつれ、運転しているのは警察官ではないのがわかる。
 「あいつらがパトカー乗っ取り犯って事だな。よおし」
 ジョーはわずかにスピードを上げステアリングを左に切り前輪をロックした。BMWは後輪を滑らせ、車体は道路を塞ぐように止まる。が、パトカーは止まらずそのままの勢いで突っ込んできた。
 「うわっ!」
 後部バンバーを弾くように当てられ、前輪をロックしていたBMWはその勢いでスピンする。
 「くそォ!」
 ジョーはロックを外すがそれがかえってスピンを増した。普通のドライバーなら手の施しようがないが、レースに出ているジョーはこのような状況を何度も体験している。見事なソーイングで車のフロントを走り去るパトカーに向けた。すぐさま飛び出しをあとを追った。
 神宮寺の忠告は消えていた。

 「ばか者!」鷲尾に怒鳴られ、ジョーは思わず首をすくめた。「外出を許した日にパトカー相手にカーチェイスか!何を考えているんだ、お前は!」
 「でも、乗っ取り犯は捕まえたし─」
 「そのためにパトカー2台潰し、ガードレールを壊したのか!」
 「?????」
 ジョーはますます体を小さくする。鷲尾は言わないが、ジョーが運転していたBMWも後ろのバンパーが潰されている。
 「感謝状と注意書が同時に来てる。お前が子どもなら、尻をひっ叩いてやるところだ」
 子どもなら、車は運転しないと思うけど・・・。ジョーは思ったがもちろん口には出せない。
 「とにかく外出許可は取り消しだ。しばらく謹慎だ」
 「そ、そんな長官。元はと言えばパトカーを乗っ取られた警察が─」
 「うるさい!お前はいつまで私を?長官?と呼ぶつもりだ!」
 「え?」意味がわからない。
 「これ以上私のシワを増やすな。少なくとも今日のケガが治るまではおとなしくしていろ」
 「でも、長・・鷲尾さん、こんなのケガのうちに入らない─」
 「誰が?鷲尾さん?だ!」
 「??」
 “長官”と呼んでいないのに怒られた。途惑っているジョーを尻目に、鷲尾は居間から出て1階にある書斎に足を向けた。
 「鷲尾さん」廊下で待っていた神宮寺だ。「ジョーを許してやってください。危ないかな、と思いながら、あのまま帰したおれにも責任があります」
 「・・・入りたまえ」鷲尾は神宮寺を書斎に招き、ソファを勧めた。「実は、ジョージには話していないのだが、あのパトカー乗っ取り犯は君達が日本で確保した国際テロリストの仲間なんだ。彼らはル・マンで捕まりランスへ送られる途中だった」
 「そうだったんですか」
 「まだ逃げている者が3、4人いるらしい。私はできる事ならこの件にジョージを関わらせたくない。あの子に日本での事件を思い出させたくない」
 鷲尾の言葉に神宮寺が頷く。が、考えてみればおかしな話である。
 国際テロリストの件は各国の警察も扱うが、中心となっているのは国際警察だ。そのメンバーであり、ましてやSメンバーであるジョーに、事件に関わらせたくない、というのは鷲尾の勝手な言い分だ。
 もちろん鷲尾自身そんな事はよくわかっている。そして、指令を受けたらジョーは出動するだろう事も、また─。

 「健、ヘディングは頭だけ使ってちゃだめだ。体全体のバネを使ってボールを受けて飛ばす」
 鷲尾邸の広い裏庭では、神宮寺が健にサッカーを教えていた。
 およそスポーツと名の付くものは人並み以上の実力を持つ神宮寺だ。しかし人に教えるという事はまた違うのだが、彼は小さな子どもに接するのもうまい。
 「そうだ!うまいぞ!」
 「わあい!できたあ!」
 神宮寺が放ったボールを健はヘディングで小さなゴールに入れる。さしずめコーナーキックからヘディングで決めた、というところか。
 「もう一回!もう一回やる!ジン兄さん」健がせがむ。
 神宮寺は自分を“兄さん”と呼び懐いてくれる健を可愛い、と思った。
 彼は5才下の弟を交通事故で亡くしている。2人きりの兄弟で、もう“兄さん”と呼ばれる事などないと思っていたので、健にそう呼ばれると懐かしさと嬉しさと、ちょっと悲しい気持ちにもなる。
 「ジョージ兄さ?ん!」健が手を振る。見上げると2階の自室の窓からジョーが見下ろしていた。「一緒にサッカーしようよ?!」
 「残念ながら、外へ出ちゃいけないって言われてるんでね」ちょっと不機嫌そうに言う。「それより健、学校はどうしたんだ?今日は金曜日だろ」
 「明日と取り替えっこだよ。パパとママが来るの」
 ああ、そうか、とジョーが頷く。
 明日は小学校の参観日だ。午後から幸子と、久々に休みを取った鷲尾も健の学校に行くと言ってたっけ。
 「ねえ、庭にも出ちゃいけないの?」
 「そっ!おれは哀れな捕らわれ者さ。だ?れも助けてくれないんだ」
 「姫君なら助けに行ってもいいけどな」神宮寺が言う。
 「ぼく、お姫様を助けるゲーム持ってるよ!ジョージ兄さんがお姫様なら、ジン兄さんが王子様?」
 「やめてくれ!」2人が叫ぶ。
 ジョーは窓から離れCDスイッチを入れるとベッドに転がった。“マイスター・シンガー”が流れる。
 クラッシックなどガラではないが、この曲は気に入っていた。
 左肩に少しでも体重が掛かると痛みが走る。鷲尾にはケガのうちに入らない、と言ったが、実際はわずかだがヒビが入っていた。もっともテーピングだけの固定で済んでいるので大したケガではない。しかしジョーは落ち込んでいた。
 このケガは昨日のカーチェイスの時に負ったものだ。
 乗っ取られたパトカーを追いかけ交差点を曲がったら、目の前で相手がスピンしていた。とっさにステアリングを切り避けようとしたのだが、テールが残りスピンに巻き込まれた。その時車内のどこかにぶつけたらしい。
 ジョーにとっては、あの程度のカーチェイスはなんでもない事だった。したがってケガをした事もない。なのにあの程度のスピンが避けられないなんて・・・。
 「やっぱ、鈍っちまったのかな・・。くそォ・・」
 考えてみればJBの仕事を離れて1ヶ月が経つ。若いジョーには大きなブランクだ。早く日本に、仕事に戻りたい反面、今の自分では神宮寺に迷惑が掛かるかもしれない、と思い悩む。
 「そうだ─」ふと窓を見る。「神宮寺王子様に助けてもらうかな」
 妙案を思いつき、ちょっと気分が明るくなった。
 もしこの時神宮寺がジョーの顔を見ていたら、“またやばい事を考え付いたな・・”と呟くかもしれない。

 「お手数を掛けてすみません。シュベール」見事なフランス語で神宮寺が言う。
 「いや、構わないよ。射撃は日々の練習が大切だからね」
 シュベールが感心したように答える。明るい金髪の持ち主でパリ本部の現副長官だ。なかなかの男前で鷲尾の片腕でもある。
 「しかし長官に内緒で、というのはどうして・・?」
 「あ、それは、つまり・・」一瞬、口ごもるが、「実はジョーの奴、まだハルツでのケガが完治していないんです。だから射撃訓練なんてしたら長官が心配すると思って」
 まさか昨日カーチェイスをして、パトカー2台とガードレールを壊して鷲尾から謹慎処分を食らってます、とは言えない。
 それに真実を知らない方が、もし事が露見した時にシュベールまで鷲尾のカミナリを受ける事はないだろう、と思った。
 「そうか。ま、若いうちは無茶をするもんだがね」
 帰る時は管理人に声を掛けるように、と言いシュベールは本部へ戻っていった。神宮寺はホッと息を付く。
 「相変わらず口がうまいなァ」ジョーだ。「おかげで本部の射撃場を借りられた」
 「冗談じゃない。長官にバレたら始末書じゃ済まないぜ」
 「あーいいよ。一緒にバスチーユでもどこでも付き合ってやるさ」
 「他人事みたいに言うな。主犯はお前だぜ」神宮寺は銃を手にしたジョーを睨んだ。
 ここはパリ本部ビルとは少し離れている所にあるスポーツジムの地下だ。本部専用の射撃訓練場になっている。
 家でじっとしている事に不安を覚えたジョーが、例の通信機の事で本部に出入りしている神宮寺に頼み射撃場の使用許可を取ったのだ。
 ケガも完治していないうちに、また無茶をする、と神宮寺は反対したのだが、話を聞いてみるといつもの無謀とはちょっと違うようだ。
 ジョーは決して弱音は吐かないが、話している彼の表情からは不安とあせりが感じられる。その気持ちは神宮寺にもわかる。
 ドイツでの事や昨日のケガで、ジョーは自分に自身が持てなくなっている。なのに家でじっとしていろというのは酷かもしれない。
 それなら鷲尾さんに話して使用許可を貰えばいいと言ったが、彼には話したくないと言う。これもわかる。で、結局神宮寺はジョーの共犯となって、ここ射撃訓練場にいるというわけだ。
 「動かない的を撃っても仕方ねえ。動体射撃を頼む」
 ジョーが射撃用のブローニングを手に射撃位置に立つ。ワルサーより大きく重い。だが口径はそう変わらない。左肩はテープで固定しているのであまり自由にはならない。右手一本で持つ。
 「Fire!」ジョーの声と共に神宮寺がスイッチを入れた。
 最新型を揃えていたJBの訓練施設に比べ、ここは古いタイプの訓練機だ。標的の動きも左右と速さが選べるだけだ。神宮寺は最高速度にセットする。
 標的が右から左へと次々と流れていく。トリガーを引くと思ったより反動がきつい。痛めている左肩にまで衝撃が走る。銃の動きをうまくコントロールできない。
 「・・・・・」
 ジョーは自分が撃った標的を呆然と見つめた。
 12本のうち当たっているのは11本。しかしすべてが中心から外れていた。特に人型の標的となると、当たっているのは腕や足の端ギリギリの所だ。これはもう外れていると言っていい。
 これには神宮寺も驚きを隠せない。何も言えず、口を閉じる。が
 「もう一度、いくか?」
 「あ・・・ああ」
 今度は左手を添えて両手で握る。左肩が痛んだが、それより気持ちが痛んでいる。
 「─Fire!」標的が流れる。今度のパターンはすべて人型だった。「─うっ!」
 トリガーを引こうとして─だが目を瞑り体がストンと床に崩れ落ちた。
 「ジョー!」神宮寺が機械を止めて駆け寄る。「どうした」
 「う・・・」
 上体を起こしジョーがブローニングに目をやる。両手はまだブリップを握ったままだ。いや、固まったように離れない。懸命に手を開こうとする。
 「落ちつけ、ジョー。力を抜け」神宮寺はブリップを握り締めるジョーの両手を自分の手で覆い、ゆっくりと引き剥がしていく。「よし、立てるか?」
 「─ああ」
 神宮寺の肩を借りジョーが立ち上がる。近くのソファに再び腰を下ろした。両手で顔を覆い前屈みになったまましばらく動かない。
 神宮寺は持ってきたエビアンのボトルをジョーの手に当てた。“Danke”と小さく言って受け取る。が、頬に当てたまま、また動かなくなった。
 神宮寺はジョーの横に座りエビアンを飲んだ。日本でもお馴染みの味なので他のミネラル・ウォーターより飲みやすい。半分くらい飲んでジョーに目をやる。
 「─いんだ」
 「え?」
 「人に銃を向けるのが・・怖いんだ」
 ジョーの呟きに、“やはり、そうか”と神宮寺は思った。あの射撃の結果を見れば一目瞭然だ。
 ジョーがハルツで銃が撃てたのは相手が機関銃だったからだろう。もし人間だったら・・・。
 ジョーも神宮寺も今まで何十回となく人間に銃口を向けてきた。実際に撃った事もある。
 特に凶悪犯を相手にするSメンバーとしては当然の事だが、普通の人間なら躊躇して当たり前だ。
 だがSメンバーではその迷いは命取りになる。それは2人共よくわかっている。わかっているから、今まで生き延びてこられたのだが─。
 神宮寺は隣で苦しんでいるジョーに何か言ってやりたかった。が、できない。
 彼もまた自分の身を、心を削るようにして相手に銃口を向けているのだから。


                   1 へ     ⇔     3 へ
 



スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://junstory.blog63.fc2.com/tb.php/46-aed107e3