コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

我が手の下(もと)に 5

  「カルナタ」リーダーが横を歩く医者に声を掛けた。「どう思う?」
 「病人か?それとも青い目の方かい?病人は本当に風邪だよ」
 「わかってる。青い目の方だ」リーダーは立ち止まり振り返った。「あの若さであの威圧感はなんだ。ボディガードの過酷さから身につけたものか。一応下手に出ていたが、こっちがスキを見せれば飛び掛って狩る猛禽類のような印象だ」
 「それは君も同じだけどね、ラシッド」カルナタが大きな唇をニッと歪めた。「子どもだって何度も修羅場を潜れば強くなる。でなければ生き延びられないしな」
 「それとはちょっと違う気がするんだが・・」
 「君が初対面の人間をそんなに気にするなんて珍しいね。あのぼうやが気に入った?」ムッと瞳を眇め自分を睨むラシッドに、カルナタがまた笑った。「そうか、21才というと─」
 「その話はするな」
 と、廊下の向こうから仲間のザビが来た。
 「政府の返事は?」
 「まだだ。海軍部隊が突入するという噂がある。アメリカとイギリスの奴らは上の会議室に移した。それから─、FAXにあったパスポートのコピーだ。もう処分してもいいか?」
 「再発行の申請をすると言っていたな」
 ザビから手渡されたコピーをラシッドが一瞥する。モノクロなので髪や瞳の色はわからないが、確かにベッドにいたぼうやだ。パスポートの写真の方が髪が長いが─。
 「まてよ・・。このFAXの受信時間は1時間前じゃないか」
 「失くしたのに気がついたのは昨夜だったと言っていたな」カルナタも覗き見る。「別に不思議はないだろう。日本からの発信が遅かっただけで─ラシッド!」
 カルナタが声を掛けたが、ラシッドは今来た廊下を大股で引き返していく。
 「ドアを開けろ!」ドンドンと叩いた。だがなかなか開かない。「開けないと撃ち破るぞ!」
 と、キーと音がして、かすかにドアに隙間ができた。バンッ!と思いっきり押し開ける。
 旧館の客室には広いエントランスがあり、ドアを開けても廊下から室内が丸見えにならないようになっている。そのエントランスの中央に、ジョーが立っていた。
 その威圧感と存在感を隠そうともせず、入ってくるラシッドやカルナタをじっと見据えている。やはりただのボディガードではない、と思ったが
 「パスポートを失くしたのは昨日だと言ったな。だがコピーが届いたのは1時間前だ。時間が空きすぎている。なぜだ」
 「・・・あっちの都合だ。おれに訊かれても答えられない」
 確かにその通りだ。連絡を受けてもすぐには送れなかったのかもしれない。それはわかる、だが─。
 ラシッドはどうして自分がこんなにイラついているのか不思議だった。目の前のあの青い瞳を見ると、なぜか不安になる。心がイラつき落ちつかない。この男の放つ気がラシッドを締め上げていく。と
 「こいつが怪しいのか」
 ラシッドの横を抜け、ザビが銃でジョーを部屋の中に押し込んだ。
 「そいつを抑えていろ。ケガはさせるな」
 そう言い、ラシッドはクローゼットやジョーのバッグを開け中を点検し始めた。テーブルの上にあるノートパソコンも電源を入れ、しばらくキーを叩いていたがすぐにやめた。
 立ち上げて最初に出る画面はフェイクだ。メールもボディサービスに関するやり取りしか表示されない。と、いきなりパソコンを撃ち壊した。
 「なにをする!」ジョーが掴み掛かろうとするが
 「黙っていろ!」
 ガツン!とザビが銃でジョーを殴った。体が飛び、当たったテーブルの上に乗っていた物が派手な音をたて、ジョーと共に床に散らばった。
 「ジョー?」
 その音が聞こえたのか、寝室からルウクが顔を出した。ザビの後ろだった。とっさにザビが銃口をルウクに向けた。彼は驚いてその場に立ち竦んだ。
 「!」
 ジョーがザビの銃を蹴り上げた。天井近くまで上がった銃が回転しながら落ちてくる。パシッと片手でジョーが取り、銃口をザビに向けた。ヒッ!とザビの喉が鳴る。だが
 「こらこら、子どもがそんな物を持っちゃだめだぜ」ラシッドが言った。彼の銃はルウクに向けられている。「いい子だから、持ち主に返すんだ」
 「・・・・・」
 ジョーはちょっと口元を動かし、だがザビに銃を押し付けるとルウクとラシッドの銃の間に立った。物怖じせず、その青い瞳を真っ直ぐにラシッドに向けてくる。
 「このやろう!」
 ザビが殴り掛かろうとするのをラシッドが止めた。再びジョーを見る。
 「こういうシーンに慣れているな。銃の扱いもうまい。お前、本当は何者だ?」
 だがジョーは無言でルウクの元へ少し下がる。ルウクが彼の背中に触れた。と、ラシッドがポケットからナイフを出し、ジョーの胸に刃先を当てた。
 着替えたばかりの薄いオレンジ色のTシャツがスッと切れ、プツプツと血の玉が浮き出した。後ろでルウクが息を呑んだ。しかしジョーはそのまま動かず、じっとラシッドを見据えていた。
 ナイフの刃が下がっていく。ベルトを越えジーンズに達した時、ピクッとかすかに身じろぎしたものの─フッと体の力を抜き、耐えた。
 「や、やめろ」ルウクがナイフに手を伸ばした。その手をジョーが掴んだ。「ジ、ジョー」
 「下がっていろ」
 ジョーはルウクを再び自分の後ろに引き戻した。青く、底の見えない深い海のような瞳が、いつになく厳しくルウクへと向けられた。ルウクは黙るしかなかった。
 「ボディガードが要警護者に守られちゃ恰好がつかないな」パチンとナイフを収め、それでジョーのアゴを持ち上げた。「いい眼をしているな。人を従わせ大きな事をしでかす眼だ」
 「──!」
 顔を背けようともせず、ジョーはラシッドを呆然と見続けた。
 前にも誰かに同じ事を言われた。おれは人を動かすなんてできない。したくない。おれに何をさせたいんだ。おれは─。
 「部屋から出るな。廊下にいるのを見たら今度は撃つぞ」
 そう言い、まだ文句を言っているザビを引っ張ると、3人は出て行った。
 ストンとジョーがその場に座り込んだ。
 「大丈夫ですか?」ルウクが消毒薬を持ってくる。「キズは浅いようです」
 「ああ・・大丈夫・・。触るなルウク、血が─」
 だがルウクはナイフのキズを1つづつ消毒しバンソウコウを貼っていく。いつものように“消毒薬はいやだ!”とも言えずじっと我慢した。
 「・・・あいつ、元は警官かな」
 え?、とルウク。
 「“要警護者”と言っていた」
 だからといって必ずしもそうとは言えないが・・。
 それにしてもザビがルウクに銃を向けた時、彼を守るのではなくつい銃を取っちまった。ボディガード失格だな。
 「つっ・・う・・」
 「あ、ごめんなさい。痛かったですか?」
 いや、とジョーは首を振った、
 ナイフのキズが痛かったのではない。流血が止まっている脇腹のキズが疼く。掠っただけとはいえ、医療手当てもしていない銃創をいつまで持たせる事ができるか。
 「ジョー、もうあんな事しないでください。銃の前に立つなんて。おまけにナイフをそのまま受けて・・・手を出さずに・・・」
 「いや・・あれは・・」
 ルウクは自分を守るためにジョーが抵抗しなかったと思っているだろう。もちろんそれもある。しかし・・・、あれはつまらない自分の、お互いのプライドだ。いや、意地の突っ張り合いかな。ラシッドもあれ以上する気はなかっただろう。どっちにしろボディガード失格パート2だ。
 「今度あんな危ない事をしたら、ボディガードを解任します」
 「ルウク、そのためにおれがいるんだって」ジョーが苦笑する。しかしルウクが真剣な目を向けてきた。思わずため息をついて「わかりました、ルウク。今クビにされても帰れないしな」
 うやうやしく頭を下げるジョーに、ルウクがちょっと口元を尖らせた。

 「そうか。王子解放は失敗したか」小声で神宮寺が言った。
 『うん。2人は部屋に閉じ籠っているそうだ』日本から飛び立ったばかりの全日空の機内電話は、思ったより明瞭に洸の声を運んでくる。『パソコンが壊されたって。インドからのケータイの電波状態が悪くて通じないから、一平経由でJBに伝えて来たんだ』
 「ケータイは取り上げられてないって事か」神宮寺も1回の交渉ですんなり人質を解放してくれるとは思っていないが「おれがムンバイに着くまでまだ11時間ある。一平からの情報はおれのパソコンに送るよう連絡してくれ」
 “ラジャ!”と洸が快諾した。

 ホテルの近くで待機している一平に状況を伝え、ジョーはケータイを閉じ窓から外を見た。
 海側の部屋なので、町の様子はよくわからない。一平やチーム3の車両も確認できないが、電話が通じるのはありがたかった。
 眼下は車も人もほとんど見えず─時々動くのはおそらく警察の車両や人だろう。
 一平からの情報ではホテルを占拠しているテロリストは10人前後。館内に取り残されている宿泊客は70人ほどだとわかった。
 ちなみにインド政府には奴らの要求を呑む意志はなく、まもなく海軍部隊を突入させるだろうという事だが、その時はルウクを守る事を優先させなければ─。
 ジョーは窓を離れ、ふとタバコに手を伸ばした─が、やめた。健康志向というほどの信念はないが、体のためには吸わない方が良い。今までルウクと一緒にいたので、指令を受けてからは1本も吸っていない。あの錠剤さえも─。
 (ルウク、薬飲んだかな)
 カルナタのおかげで少しはラクになったとはいえまだ熱はあるし、体を動かすのは辛いらしい。食欲はないと言うので、サービスで置いてあったフルーツを少し食べ再びベッドで休んでいる。
 ラシッドの言うとおり、このまますんなりと出て行ってくれればいいのだが─。
 (・・つっ)
 キズがシャツに擦れる。バンソウコウの上からだが響いた。ルウクより自分が持つかどうか─。と、ノックが聞こえた。慎重にドアに寄る。ウッズマンはまだ隠したままだ。
 「カルナタだ。ぼうやの様子はどうだ?」医者だ。「おれ1人だ。開けてくれ」
 他意はない、落ちついた声。だがジョーは迷った。
 「悪化していなければいい。このまま戻るよ」
 「─本当に1人か?」
 少しドアを開け、ジョーが訊いた。ああ、とカルナタが頷きゆっくりと部屋へ入ってきた。
 ジョーは廊下を見回した。離れた所に立っていた男がいたがこちらに来る様子はない。ジョーはキーを掛けた。
 「物騒な物を寝室に持ち込まないでくれ、ドクタ」
 カルナタが肩にかけているFN・P90の事だ。銃口は下を向いているが
 「悪いね。手放すわけにはいかない」カルナタがジッとジョーを見据える。
 彼はジョーがFN・P90をスムーズに扱うのを見ている。ヘタしたら立場が逆になるだろう。しかしそんな危険を冒してまで、彼はルウクを診に来てくれたのだ。
 「まだ少し熱があるが、このままおとなしくしていれば明日には元気になる」
 「元気になったって、あんた達が出て行かなければどうしようもない」
 「そうだな・・。奴ら、おれ達の要請はきかないかもしれないし─」ハッとジョーを見た。余計な事を言ってしまったようだ。「あ、これ食料だ。と言ってもビスケットだが」
 紙袋をジョーに押し付けた。
 「・・・なんで、おれ達に親切にするんだ?」
 「人質の中で、君達が一番若いからかな。それに─。ぼうやを守るために、銃を持った男と対等に交渉しようとした君に敬意を表して」本気なのか冗談なのかよくわからないが、「ラシッドの末弟がちょうど君くらいなんだ。もう10年も前に行方不明になった─」
 「おれは違うぜ」
 それはそーだろー、とカルナタが部屋を出て行こうとした時
 「カルナタだ」無線が彼を呼んだ。「今か?上階を見回っているが」
 『インド海軍が突入を開始するらしい。ロビーに来てくれ。客を1人連れてこい』
 「わかった」無線を切って「行くぞ」
 「は?」
 「無線を聞いただろう。君は海軍に対する人質だ。一緒に来い」
 「そ、それはだめだ。おれはル─洸のそばを離れられない」
 「それならぼうやも連れて行く。もし治安部隊が突入したら、そのぼうやも吹っ飛ぶぞ」え?と、ジョー。「ロビーに爆弾を仕掛けておいた。どのくらいの被害が出るかわからない」
 「なんだと!無責任な事するな!」
 ジョーは躊躇ったが、ルウクや他の客を矢面に立たせるわけにはいかない。寝室にいるルウクに絶対に部屋から出るなと言い、カルナタと共にエレベータでロビーに下りた。そこにはラシッドを中心に7、8人の男達がいた。全員がP90で武装している。カルナタとジョーに気がついた。と        

 「なんで?こいつ?なんだ!」ラシッドが声を上げた。ジョーの事だ。
 「爆弾が仕掛けられているというのは本当か!」構わずラシッドに詰め寄った。「すぐに解除しろ!こんな所で爆発したら─」
 ガンッ!と首筋に衝撃を受けた。
 「人質はおとなしくしているもんだぜ」
 ザビだ。ジョーが睨み返したがカルナタに押さえられた。
 「爆弾を解除してくれ、ドクタ、ここで爆発したらあんた達だって死ぬかもしれないぜ」
 「我々は元よりその覚悟だよ。同志を助けるためには我々の命など─」
 「あんたの命もそいつらの命も同じだろうが!」ジョーがカルナタの胸倉を掴む。「あんた医者だろ。死んでいい人間なんて1人もいないんだよ。たとえどんな極悪人でも─」
 いや、違う─。自分はある男の死を願った事がある。いや、自らその男の息の根を止めようとした。あの雪深い大雪で─。だが、あいつだけは、許せない・・・。
 「う・・・」
 「大丈夫か?」カルナタは男達の一団からジョーを引き離し、壁に押し付けた。「ここから動くな」
 その時、ボムッ!と音が響き辺りが真っ白になった。催涙弾だ。だが奴らは予想していた。簡易のガスマスクを被る。白い煙の向こうに治安部隊の姿が見えた。
 「Stop!」ラシッドが声を上げた。「それ以上近づくと、ホテル内に仕掛けた爆弾のスイッチを入れるぞ!」
 だが四方に分散した治安部隊の動きは止まらない。このまま強行突破に出るつもりだろう。ジョーがそう思った時、ドカン!と右側の壁が弾けた。2、3人が倒れる。続いてそのすぐ後ろも─。治安部隊の動きが一瞬止まった。
 「これでわかっただろう!今はここだけだが、次は各階に仕掛けてある爆弾を爆発させるぞ!」   

 「ロビーだけじゃないのか!」
 ジョーが叫んだ。カルナタもちょっと驚いたようにラシッドを見た。
 「そういえばレドやマーシーの姿が見えないが」カルナタが呟いた。「上に残っているのか」
 アメリカ人とイギリス人を人質として、どこかに監禁している可能性があると神宮寺が言っていた。その2人は人質のそばにいるのだろうか。もし爆発物を持っていたら─。と、上階で小さな爆発音がした。
 「ルウク!」ジョーがエレベータに走り込もうとしたが、カルナタに引き戻された。 「放せ!」
 2人が揉み合いになる。その間にも治安部隊は前進を続けている。
 彼らはラシッドの言う事がわかるはずだ。それでも進んで来るという事は─。
 「奴ら、リスク覚悟の強行突破だ!」
 インド政府としては、テロリストの要求を呑むわけにはいかない。しかしこれ以上事件が長引くのも世論が煩い。ここら辺りで決着をつけなければ─。
 「止まれ!上階には人質が!」
 日本語で叫んでいる自分を、ジョーは気がつかない。国際警察を名乗れば前進を止める事もできるだろうが─。
 また上階で爆発音がした。
 「仕方ねえ!」
 ジョーはカルナタの銃をもぎ取り、白煙の間を進んでくる治安部隊に向けた。相手の胸を狙ってトリガーを引いた。ボムッ!と鈍い音がして隊員が倒れた。続いてもう1人─。
 「引けえ!人質を死なせるつもりか!」
 ジョーの声を掻き消すように、ロビーのあちこちで爆発音が響いた。


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