コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

我が手の下(もと)に 6

 「止まれ!上階に人質が!」
 ラシッドの言葉を無視して進行を続けるインド海軍の治安部隊に向かってジョーが叫んだ。だが彼らの足は止まらない。このまま強行突破を行うつもりだ。
 「引けえ!人質を死なせるつもりか!」
 「何をするんだ!」カルナタがジョーに奪われた銃を取り戻そうとする。体格的にはあまり変わらないのに力が強い。ジョーは銃ごと壁に押し付けられた。「ここを動くな」
 「放せ!」
 エレベータに向かおうとするジョーを、カルナタが引き止めた。
 「スキを見て治安部隊の方へ走れ」え?とジョーがカルナタを見た。「ぼうやはあとでなんとかするから、君は先に─」
 「何をしているカルナタ!」ラシッドだ。「銃戦に入るぞ!」
 「早く行け」
 ドンッと背中を押されたが─。ジョーは躊躇して立ち止まる。
 カルナタがどういうつもりなのかわからないが、ルウクを置いて逃げるわけにはいかない。とにかく上へ戻ってルウクを─。と、ラシッドを始めテロリスト側の銃戦が始まった。
 治安部隊に向かってFN・P90が火を噴く。と同時に部隊の応戦も開始された。
 「うわっ!」
 衝撃を受け、ジョーの体が跳んだ。

 「テロリストと治安部隊が銃撃戦に?」ムンバイのサハール国際空港に到着した神宮寺のケータイに、一平からの連絡が入った。「それでジョーやルウク王子は」
 『まだわからない。1階のロビーや上の階から爆発音がしている。だが大きな被害は出ていないようだ。1階はともかく、上の階の爆発はフェイクかも。パソコンに映像を送る』
 「頼む。今からそっちへ向かう」
 神宮寺はタクシーを使うため、空港内のカウンターへと急いだ。
 空港からのタクシーはカウンターで料金を支払うプリペイドタクシーなので料金の交渉をする必要はない。神宮寺は行き先をタージ・マハル・ホテルとしたが、そこは今、立ち入り禁止になっているというので、その近くで降ろしてもらう事で話はついた。
 シートに着き、パソコンを開ける。モニタに一平から送られてきたタージ・マハル・ホテルの1階の様子が映った。もちろん外からの映像だが、白や黒い煙が大量に流れ出ているのがわかる。
 しかし上の階で爆発があったようには見えない。一平の言うとおり、テロリスト側のはったりの可能性がある。ジョーの事だから心配はいらないと思うが・・・。
 「いや、案外銃撃戦に参戦していたりして─」
 まさかなァと苦笑するが、のちに自分のカンの鋭さに呆れる事になろうとは・・・この時は思ってもいない。
 市内までの1時間が、とてつもなく長く感じた。

 「─つあっ!いてえ!」
 「起きたか」手に光る物を持ちカルナタが言った。「寝ているうちにやっちまおうと思ったが」
 「や、やるって何を─!」

 体を起こし、自分がボクサーブリーフ1枚なのに気がついた。とっさに立ち上がろうとし─だが、ズキッと左足に痛みを感じその場に転倒した。
 「動くな。左肩と左足に1発づつ食らっている」光る物は手術用のメスだった。「何かに当たって威力が弱まったらしく貫通していない。麻酔がないから、気を失っているうちにと思って─」
 「ち、ちょっと待て!このままやるつもりかよっ」
 「こんな立派な体をした男が、なんだ」ピンッと銃創を指で弾かれ、ジョーは顔をしかめた。「鍛えられたいい体をしているな。だが少し軽すぎる。それでもここまで運ぶのは大変だったがな」
 「だからロビーにでも放っておけば良かったんだ」その声に振り向くと、眉を立てたラシッドがジョーを見下ろしていた。「治安部隊に銃撃されたにしては軽症だ。悪運が強いな」
 「銃撃─」
 ジョーが回りを見回す。会議室かレセプションルームか・・・一般客室ではない。そこにラシッドとカルナタを入れ5、6人の男達がいた。皆どこかしらケガを負っている。
 「治安部隊の救出作戦は失敗したのか」
 ジョーの問いにカルナタが頷いた。そういえばこの男は、あの時ジョーに逃げろと言った。ルウクを置いて行く事はできないので、結局ジョーはその場に残ったが。と、自分を見ているカルナタに気がついた。その目に、この場でその事を問うのはやめた。
 「そうだ、ル─」
 うっ、と口を閉じ立ち上がろうとするが、左足が痛んで力が入らない。見ると食い込んでいる弾丸(たま)の底が見えていた。これなら自分でも取れる。今はルウクの所へ
 「おれを上へ戻せ。もう用はないだろう」
 「自分の立場わかってるのか?」さすがにラシッドも苦笑した。「お前に命令される覚えはない。さっさと弾丸を抜いてもらって部屋へ戻れ」
 「麻酔がないからなあ・・。他の連中はこれでナンとかなったが」
 出されたのはウイスキーだ。
 「いらない。手当ては自分でするから」立ち上がろうとするジョーをカルナタが引っ張った。ドシン!と尻餅をつく。キズに響いた。「ケガ人に乱暴するな!医者だろ!」
 「手当てはその医者に任せるものだよ。後々のためにも」
 最後の言葉をゆっくりと言い聞かせるように言うカルナタに、ジョーは口を閉じた。あの言葉はやはり本気だったのか・・・。
 「君がいらないのなら、おれが」
 と、ボトルに残ったウイスキーを一気に呷った。
 「おい、酔っ払いに切られるのはごめんだぜ」
 「麻酔もしていない奴に、素面でメスが入れられるか」
 と、言われ妙に納得してしまった。
 幸い銃創はどちらも深いものではない。少しメスを入れ弾丸を取り出すだけだ。ジョーは声を出さないようにと歯を食いしばる。
 「声を出した方がラクだぞ。意地っ張りだな」
 「余計な事を言わないで、さっさとやってくれ」
 「どっちが人質かわからんな」
 軽口を叩きながら、しかし確実にメスが動いていく。が、一瞬止まった。左肩の小さな肉の盛り上がり。以前負った銃創の痕だ。よく見ればあちこちにその痕がある。メスが止まった理由を察っし、ジョーが息を呑んだ。が、
 「なぜ撃った?」
 「─え?」思っていた事とは違う事を訊かれ途惑う。
 「おれの銃を奪って、治安部隊を撃っただろう。なぜだ」
 「彼らを止めなければ爆発は続いていた。おれは洸を守らなければならない」
 「あのぼうやは無事だよ。上の階の爆発は偽物だ。音だけだからな」
 「な、なんだって!あっ、つっ・・う」気を削がれ、思わず声を上げてしまった。「あ、あれはフェイクか・・・」
 爆発音はするのに、建物の崩れる音や人々の声が聞こえないのでおかしいとは思ったが─。
 「じゃあ、洸はもちろん、アメリカ人やイギリス人の人質は無事なんだな」
 「─なぜアメリカ人やイギリス人がいると思ったんだ」
 カルナタの鋭い視線がジョーに向けられた。この情報は神宮寺からのものだ。もちろんそれを言う事はできない。
 「─テレビのニュースであんた達が両国の国籍の者を捜していると─うっ!」
 「よし、取れたぞ」カランと床に弾丸が転がる。術跡に化膿止めを塗り包帯を巻いた。「縫合はできないからな。右手でしばらく押さえていてくれ」
 「・・・それは助かる」
 この上、麻酔なしで縫われてたまるか。
 「素直になったところで次は左足だ。横になれ」そう言われたが、この無防備な状態で体を倒すのは不安だ。それを察したのか、「大丈夫。逞しい男は趣味じゃない」
 「おれだってヒゲづらの男は真っ平だ。─いてえよっ!」
 「うるさい奴だなあ」ブツブツ言いながらもカルナタの手は正確に素早く動いていく。先程の半分の時間で弾丸が取り出せた。「よく我慢したな。おれ達より強い─」
 ふと見ると、青白い顔のジョーが目を閉じていた。少ないとはいえ一気に出血したので一時的な貧血状態なのだろう。だが輸血などできない。このまま寝かせておくしかない。
 しかしこの男は大丈夫だろうと、カルナタはジョーのシャツを手に取り裸の胸に放った。

 ルウクはドアを開け階下に様子を見に行こうと何度思った事か。
 ジョーが医者と出て行ってかなりの時間が経つ。治安部隊がロビーに突入した事、しかし抵抗に遭い撤退した事はテレビのニュースで見た。なのにジョーは戻ってこない。何回か爆発音が聞こえたが、まさか巻き込まれて─。
 ルウクはドアに目を向けた。出て行きたい。しかしジョーからは絶対に出てはいけないと言われている。守られる側の彼にはその言葉が重く伸し掛かる。自分が無茶な行動に出ればその煽りを食うのはジョーだ。ルウクを守るためなら、ジョーは躊躇う事なく銃前にもその身を晒すだろう。今までの行動でわかっている。そんな光景は見たくない。だが─。
 「あと1時間─。1時間待って戻ってこなければ─」
 ルウクは再びドアに目を向けた。

 「神宮寺」
 建物から水野が出てきて、警備の隊員に声を掛けた。ゲートが開く。
 「助かったよ、水野。身分証明書を提示しているのに、信用してくれないんだ」
 「タージ・マハル・ホテルへの突入が失敗して状況がクルクル変わっている。こちらの情報が漏れているという噂もある」
 長い廊下を水野が先に立って案内してくれた。
 ここはムンバイ・テロの対策本部─治安部隊の本部でもある。
 タージ・マハル・ホテルへの突入が決まったとJBから連絡を受けた一平とチーム3は、この本部を訪れルウクの事を話した。応対してくれた副司令官のダリ中佐は、ここに入る前にナドルのアマド大臣に会っているので話が早かった。
 一平は突入部隊への参戦を希望したが、これは聞き入れられなかった。
 「ちょうどいい、神宮寺」
 学校の教室ほどの大きな部屋に一平やチーム3のメンバーがいた。立派な口髭を蓄えたダリ中佐に紹介される。
 「タージ・マハル・ホテルのロビーの防犯カメラの映像が手に入った。巻のお手柄だ」
 一平が言うと、パソコンの前に座る巻がニッと口元を歪めた。
 「?入った?のか」さすがに苦笑するが、「ま、この場合仕方がない。見せてくれ」
 巻がキーを叩く。襲撃のあった夜のものだ。ロビーを行き来する人の流れの中に、突然十数人の男達がなだれ込んで来た。四方に発砲する。
 「─ジョーだ」画面の端─すぐ見切れてしまったが、何かに飛びつくように素早く移動するのは間違いなくジョーだった。エレベータのドアが閉まる。
 「次は治安部隊が突入した時の映像だ。ただ煙でかなり見づらいけど」
 巻の指がキーの上を滑る。モニタに白い煙が広がった。催涙弾だろう。十数人の男がガスマスクを付けている。やがて銃撃戦になった。
 「─あ」
 「え?」「これって─」巻を始め男達が声を上げた。「まさか─」
 「ジョー」
 神宮寺が自らキーを叩き、巻き戻す。
 画面の半分を白煙が覆っているものの、その中に銃を構えるジョーの姿が映っていた。銃口は治安部隊に向けられている。
 「I remembere this man(その男の事は覚えています)」一番後ろで見ていたダリ中佐が言った。彼も突入組みの一人だ。「私の隣とその後ろにいた隊員がその男に撃たれました。しかし胸部だったので防弾チョッキに当たり無事です。たった1発で当てていますから、いい腕です」
「・・・・・」
 神宮寺達は顔を見合わせた。
 奴らの使用している銃はFN・P90─最多装填段数は50発だ。本気で相手を倒そうと思ったら、この混乱の中で1発きりとは考えにくい。突入部隊が防弾チョッキを着用している事は知っているだろう。狙うとしたら胸部ではなく頭部だ。
 「この男は何か叫んでいるようですが」
 「ええ。ですが英語でもヒンディー語でもないのでわかりませんでした。ただ様子からすると、“止まれ”と言っていたようですが」
 おそらく人質がいる上階にも爆発物が仕掛けられていると聞いたのだろう。ジョーには相手に銃を向けるしか手がなかったのだ。と、そこへダリの部下が、占拠されているもう一軒のホテルの解放に成功した、と伝えてきた。
 「これであとはタージ・マハル・ホテルだけだ」
 一平が呟き、神宮寺に目を向けた。


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