コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

震える心の熱き思いを 5

 突入部隊は空からと地上からの二手に分かれた。
 空からはジェットヘリで別棟の上空まで上がり、屋上にワイヤーを打ち込み隊員が降下する作戦が説明された。3人のうち体格が良く体重もあるジョーとジャンがこれに加わる。神宮寺は地上部隊に入ったが、この方が都合が良かった。
 どちらか片方に3人が寄ってしまうと、もう一方の部隊が人質を見つけた時に面倒な事になる。彼らは鷲尾の顔を知らない。当然、救出を優先してくれるとも思えない。
 転機は突然訪れた。人質がいる音楽室の隣の教室が爆破されたのだ。幸い室内で収まる規模の爆発だったが、警察に作戦開始の切っ掛けを与えた。
 レイドのメンバーがヘルメットを被りバイザーを下ろした。神宮寺とジョーには慣れない装備だが、顔が見えないのは助かる。
 隊員を乗せたジェットヘリが舞い上がった。
 地上部隊は学校の敷地内に入り、別棟校舎を遠巻きに囲む。
 2階の教室から黒い煙が吹き出ていた。あの隣の部屋に人質が─鷲尾達がいる。今はカーテンも一部開いているが、中の様子はわからない。時々窓ガラスに人影が映るくらいだ.
  ジェットヘリが屋上の上空でホバリングしながらワイヤーを打ち込む。10名の隊員が左手1本でワイヤーを掴み、滑り降りてくる。
 地上から見上げている神宮寺の目にジョーの姿が映ったが、一瞬のうちに屋上に消えた。と同時に地上部隊にも突入の命令が下る。神宮寺はハンドガンを抱え直し走った。
 ジョーは屋上に着くギリギリの所で左手をワイヤーから離した。肩の骨が軋み悲鳴を上げている。トンッと着地するとハンドガンを抱え皆のあとに続いて走った。
 レイドの動きは素早い。彼らは屋上から校舎内に入るドアをハンドガンで壊し、まず半分の人数が階段を下りた。ジョーはそれに加わる。
 階段を下りきった所まで来ると辺りに怒号と悲鳴と銃声が響いていた。
 メンバーが、人質の集められている音楽室に飛び込む。ジョーも続こうとして、ふと教室の後ろのドアに目を向け、足を止めた。2、3人の男達が飛び出してきた。人質の保護者が逃げ出したのかと思ったが、そのうちの一人が黒髪の女性の手を引っ張っているのに目を止めた。
 (ママ!)
 黒髪の女性は幸子だった。いや、幸子だけではない。されに2人の女性が、飛び出してきた男に強引に引っ張られていく。 
 (ヤロウ!)
 ハンドガンを振り上げ、幸子を押さえている男をガンのブリップで打ちつけた。
 「ジョージ!?」
 マスクやヘルメットで目しか見えないはずだが、幸子にはそれが誰だかわかったのだろう。彼の方へ駆け寄る。と、その背中に銃口が─。
 「危ない!」ジョーはとっさに飛びつき幸子を自分の体で覆った。その背中を弾丸がなめる。「ぐうっ!」
 ジョーは幸子を抱えたまま床に転がった。
 「ジョージ、しっかりして、ジョージ」
 ジョーの体で床に押し付けられている幸子は見動きが出来ない。自由になる両手でジョーを抱きしめた。
 近くで銃声が響いた。幸子は目を瞑る。と、倒れている2人の傍らに誰かが立った。
 「・・ジンさん?」
 「良かった。無事で」
 神宮寺だった。彼は1階から階段を駆け上がりこの階に着くと、銃を持った男が倒れている黒い戦闘服の男に銃口を向けているのに出くわした。ハンドガンで撃ち取る。
 「ジョー、早く起きろ」
 神宮寺はジョーの体を突っついた。幸子が“えっ?”と目を向けた。
 「チェ・・もう少し抱かれていようと思ったのに、よ」ジョーが上半身を起こし目を見開いている幸子を見て、「防弾になっているのさ」
 「まあ、ジョージ!」幸子が抱きしめていた両手で背中を叩く。
 「ま、待って!痛いのは本当だから!」
 防弾服は弾丸は防いでくれるが被弾のショックまでは吸収してくれない。おそらくジョーの背中はアザだらけだろう。
 「長官はジャンが保護している」
 屋上に残った半分の隊員が窓から飛び込み制圧したそうだ。しかし確保した犯人は8人しかいなかった。今、全員で別棟内を捜索中だ。
 「で、健君は?」
 「え?鷲尾さんと一緒じゃないのか?」ジョーが幸子に訊く。幸子は真っ青になり、両手で顔を覆ってしまった。 「健はどうしたんだ!」
 ジョーと神宮寺の意識が幸子に集中した。と、神宮寺が倒した男がピクリと動く。手元に落ちていた銃を拾い、神宮寺の背後を狙う。
 「神宮寺!」
 ジョーが気づきハンドガンを向けた。神宮寺越しに男に銃口を合わせる。が、一瞬神宮寺に銃を向けているような錯覚に襲われた。そのわずかな躊躇いが明暗を分けた。
 「!」
 連続音が響き神宮寺の体が跳んだ。ジョーの横を過ぎ床に転がる。
 「うわああー!」
 ジョーはトリガーに掛けた指を引いた。ガガガ・・・と連発音が男に向かう。幸子の悲鳴も消された。
 男が倒れて誰もいなくなった空間にまだ撃ち続けている。指が固まったようにトリガーから離れない。ジョーの目が血走る。
 「ジョージ!」
 突然ハンドガンを押さえつけられた。トリガーから指が離れる。
 「鷲尾さん・・・」ジョーの目が鷲尾を捉えた。彼は無事だ。ジャンと共にそこに立っている。大丈夫─。ジョーの瞳が揺れた。が、「神宮寺!」
 「・・・大丈夫だ」上半身を起こそうとしていた神宮寺の体をジョーが支えた。「防弾服が防いでくれた・・。かなり痛いけど・・・」
 「す、すまない。おれが・・・」
 「それより、健は・・・」
 神宮寺の言葉にジョーは鷲尾を振り返る。ジャンが保護しているのは鷲尾一人だ。
 「健は?健と一緒じゃないんですか?」
 「Directeur(長官)」鷲尾の後ろに立つジャンが脱出を促す。「Depechez vous(急いでください)」
 「Halt den mund!(黙れ!)」ジョーが声を荒げた。ドイツ語なのでジャンにはわからないようだが、その勢いに口を閉じた。「鷲尾さん」
 「健は・・・」鷲尾は、走り寄ってきた幸子を抱きしめた。「奴らに連れていかれた・・・」
 全員が息を呑む。ジョーも神宮寺も立ち上がり、鷲尾の前に詰めた。
 「奴らは、君達が突入してくる事を読んでいたようだ。直前になって主犯の3人が子ども3人を連れ脱出した。二番手が出ようとした時、君達が入って来た」
 レイドが突入する前、もしくは突入時の混乱に乗じて抜け出したという事か。
 「あんたはそれを・・・健が連れて行かれるのを黙って見ていたというのか・・」ジョーが鷲尾に詰め寄る。「自分の子どもだから!他の子よりはいいと思って、健が連れて行かれるのを、あんたは─!」
 「や、やめろ、ジョー」神宮寺が鷲尾からジョーを引き離す。左手首を掴まれジョーが呻く。なおも抵抗する。「やめるんだ。一番辛いのは鷲尾さん自身なんだぞ」
 「!」
 ジョーは動きを止め鷲尾を見た。幸子を抱いた鷲尾は真っ青に顔をしたまま、ただ突っ立っていた。いつもどんな困難にも前を向き、自信に満ちた彼の姿はそこにはない。ジョーにはもう何も言えない。
 やがて大きな歓声が聞こえてきた。脱出した3人以外の8人全員を確保。児童や保護者にも掠りキズ程度で事件を解決したレイドを称賛する声だった。
 その声をジョー達はボンヤリと聞いていた。─と、彼の横で何かがドサッと床に倒れた。ジョーがゆっくりそちらを見る。
 「・・神宮寺?」ジョーの足元には神宮寺が倒れていた。あわてて屈みこむ。「ど、どうしたんだ、おい」
 彼を抱き起こそうとして、ジョーはドキッと手を止めた。唇の端から血が一筋スーと流れ出て行く。
 目を見開きジョーは固まった。

 その日は夕方から雨になった。
 ジョーは病室の窓から外を見る。11月ももう中旬に入るパリはすっかり冬だ。雨でパリの街が薄暗く煙っているように見える。
 ジョーは室内に視線を戻した。ベッドの幸子が目を覚ましたのだ。
 「気分どう?」
 ジョーが静かに訊く。幸子はかすかに微笑むと“大丈夫”と頷いた。ジョーは安堵しベッドの横のイスに腰を下ろした。そんな彼こそ目は落ち窪み頬もこけ、体を起こしているのがやっとのように見える。
 ジョーは事件現場の後片付けや報告などを済ませ、今来たばかりだった。
 幸子が口を開く。が、
 「神宮寺なら大丈夫だよ。さっき手術が終わってさ。あいつ鈍いよなァ。弾丸が1発貫通していたのに気がつかなかったなんて─」言葉が途切れる。「・・おれがあの時、ちゃんと対応していたら・・・」
 両手で顔を覆い、幸子の視線から逃れるようにうなだれた。
 幸子は上半身を静かに起こし、ギブスで固定されているため動かないジョーの左肩に目をやり背中を撫でてくれた。
 子どもの頃と同じように慰めてくれる。
 保護された20人あまりの人達は皆病院に収容された。そのうち7、8人が大事をとって入院した。幸子もその一人だ。
 息子の健を連れて行かれた彼女の憔悴はひどく、先ほどまで薬で眠っていたのだ。
 鷲尾は病院には行かず本部に戻った。ジョーはそんな彼に反感を覚えたが、鷲尾の立場では仕方がない。
 神宮寺は防弾服をうまく擦り抜けた1発が胸部を貫通していた。運良く内臓などに致命的なダメージはなかったが今は絶対安静だ。 
 そして健の行方はまだわからない。
 ケガを理由にジョーは捜査を外された。だがおとなしくしているつもりはない。1人でも出来る事はやる─それがジョーだ。
 「おれがきっと健を捜し出し助けるから」ジョーが幸子に言う。だが幸子は顔を覆いかすかに首を振る。「大丈夫。おれが必ず─」
 幸子の嗚咽が聞こえる。ジョーの怒りが全身を走る。
 「くそォ、あいつら─。健に何かあったら、ザーツの奴ら皆ぶっ殺してやるっ」
 「やめて、ジョージ」強い口調で幸子が言った。「あなたの口から、そんな言葉聞きたくない」
 涙が揺れる幸子の瞳に見つめられジョーは途惑う。ジョーの強い意志の表れの言葉が、幸子をさらにキズ付けたのだと気がつく。
 「・・・ごめん」
 頬が熱い。大きな体を縮ませる。幸子はそんなジョーを胸に抱きしめた。自分より大きくなってしまった体をまるで幼子のように。
 (ママが抱くのはおれじゃない。─健だ)
 幸子の暖かさと悲しさを全身に感じながら、ジョーの意志はさらに燃え上がる。

 翌日の昼過ぎには、神宮寺はICUを出て個室に移った。驚異的な回復力だと医師も舌を巻いていた。この仕事に就いているうちに体がケガに慣れてしまったわけではないが、神宮寺もジョーもケガの治りは早かった。
 ジョーは渋る医者を半ば脅すようにして話をつけ、神宮寺の病室に入れてもらった。神宮寺は目を覚ましており、ジョーを見ると苦笑いした。
 「お前、医者になに言ったんだ」
 彼にはすべてお見通しのようだ。だがジョーはその問いに答えず、ベッドの横に立ったまま彼を見ている。
 「すまん、神宮寺。おれがヘマしたばっかりに」
 「なんだ、そんな事を気にしていたのか。お前らしくない」神宮寺は再び苦笑する。「それを言うなら、おれだって油断していた。おれが避ければ済んだ事だ」
 「だけど・・」ジョーらしくなく口ごもる。自分の行動に納得できないのだろう。
 「それより健の行方はわかったのか?」ジョーが首を振る。「そうか・・・」
 「鷲尾さんは本部に行ったきりだ。ママは何も言わないけれど、きっとそばにいてほしいと思ってる」ジョーがやっとイスに座た。「せめて捜査状況を知らせてくれても─」
 ジョーが言葉を切る。鷲尾の立場上、本部を離れられないのは彼もよくわかっている。
 国際警察が中心となって追っているテロリスト集団ザーツが起こした小学校襲撃事件。主犯の3人は逃げ、おまけに自分の息子が人質となっているのだ。幸子には気の毒だが、鷲尾が今彼女のそばにいる事は無理だろう。
 ふとジョーは、自分の母親も同じ思いをしていたのではないかと思った。
 Sメンバーだったハンブルク時代はもちろん、パリ本部の副長官を務めた6年間、アサクラはハンブルクに妻子を置いての単身赴任だったのだ。幼かった自分にはわからない苦労を、母はしてきたのだろう。それなのに自分は心配を掛けるような事ばかり─。
 「ジョー」ふいに呼ばれ、ハッとした。「どうした」
 「いや・・なんでもない・・」
 「お前。おれより顔色悪いんじゃないか」
 「ンなわけないだろ。お前の方が立派なケガ人だ」
 ジョーが口元を歪め言いきる。と、ノックがした。2人は顔を見合わせた。神宮寺は面会謝絶だ。回診はさっき終わっている。
 「さてはあのドクタ、おれを追い出しに来たのかな。そうならもう二度とここへは来れないようにしてやる」
 ジョーがドアを勢いよく開けた。
 「やっぱりこっちだったね、ジョージ」
 「シュベール・・」ジョーがあわてて言い直す。「・・副長官。あの・・一応面会謝絶で」
 「なに、君と同じ手を使った」ウインクして室内に入る。
 「・・ここの医者は気の毒に・・・」神宮寺がため息をついた。
 「思ったより元気で安心した。長官が心配しているので、マダムと君の様子を見に来たのだが」
 パリ本部とこの病院はセーヌ河を挟んで向かい合うように建っている。橋を渡ればすぐだ。もっとも幸子と神宮寺の病室から本部のビルは見えないが。
 それからシュベールは、まだドアのそばに立っているジョーに目を向けた。
 「食事はちゃんと摂っているか」
 「は?」なんでこんな所でおれのメシの話になるんだ?「そんな事より健の─逃げた奴らの行方はわかったんですか」
 「ん・・・」口ごもるシュベールに、神宮寺がイスを勧める。ジョーはベッドを回り込み、窓際に立った。「実は健君は、長官のタイピンを持っているんだ」
 「タイピン?あの超小型通信機を仕込んだ試作品の?」
 「そうだ。連れて行かれる時、長官がとっさに持たせたそうだ。その時はスイッチが切れていた。健君がオンにしてくれればトレースできる」
 「それまで手を拱いてるんですか!もうすぐ1日が終わろうとしているのに」
 「もちろん我々もあらゆる手を尽くしている。だが一番確実なのは健君からの連絡だ」
 シュベールの言葉にジョーが歯がゆそうに唇を噛む。それは神宮寺も同じ思いだろう。
 2人は“同じ目”をシュベールに向ける。ほんの数日前まではごく普通の、20代の青年の表情をしていた2人が、今Sメンバーの顔になり彼に訴える。“おれ達を使え”と。
 特にジョーはどこにもぶつける所のない怒りを自分自身の中に押し込めている。触れれば火花が散りそうだ。いつ爆発するかわからない。
 実はシュベールが長官に頼まれて様子を見に来たのはジョーなのだ。長官にはジョーの今の状態が容易に想像できるのだろう。だからこそジョーを使う事はできない。
 もちろん2人も、本部が必死になって健達を─ザーツを追っている事はわかっているのだが。
 「ところで副長官」とりあえず苛立ちを押さえ神宮寺が口を開いた。「今回の事件でのザーツの目的は、いったいなんだったんでしょう」
 「目的って─、ザーツのメンバーの解放だろ」
 「それにしては計画が稚拙すぎる。奴らは別に追い詰められていたわけではない。なのに小学校を襲撃するなんてハデな事をして、奴らが指定した時間前に逃げ出した。メンバーが解放されたかどうかも確認していない」
 「それって、まるで─」
 「そう。警察の目をソーに向けておきたかったとしか思えない」シュベールが同意する。「その陰で何か企んでいるのかも─」
 「シュベール!おれを捜査隊に─!」
 「今はだめだ、ジョージ。まずケガを治せ」チラッと時計を見てシュベールがドアに向かう。「我々も全力を上げて奴らの行方を追う。君達は自分の体を第一に考えるんだ。すべてはそれからだ」
 そう言うと病室を出て行った。
 2人は無言でシュベールを見送る。1人は手術を終えたばかり、もう1人は肩のケガを悪化させギブスをはめられている。
 こんな彼らが何を言っても聞き入れられるはずがない。
 「くそォ!」
 体中を満たす怒りが爆発しそうだ。ジョーは自由になる右手の拳を壁に打ちつけた。1回2回・・・。
 「やめろ、ジョー」神宮寺がため息をつく。「右手もギブスの世話にあるつもりか」
 ふと見ると、ジョーが自分を見ている。いやな予感がした。
 「神宮寺」静かに、が鋭いジョーの声。「持ってるんだろ。出せよ」
 「・・・やれやれ」神宮寺は今度は大げさにため息をつく。「誤魔化せなかったか」
 「あたり前だ」
 ジョーは神宮寺が指差したロッカーを開けた。タグホイヤー・リンクを手にする。この時計に健が持っているタイピンと同波長の超小型通信機が仕込まれている。健がスイッチを入れればトレースできるはずだ。
 「お前にはおれのシャルルホーゲルをやるよ」ジョーが時計を外し神宮寺に抛った。「もっともそいつは洸が改造した奴だから、いつ爆発するかわからねえけどよ」
 「・・・・・」
 神宮寺が眉をしかめてジョーを見た。
 リンクを手にしたジョーが彼を見て不敵に頬を歪める。


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