コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

我が手の下(もと)に 7

 
 “ジョー”
 誰かが呼んでいる。
 ふんわりと包んでくれるやさしい声─沈んでいた体が浮かび上がっていくようだ。
 “ジョー”
 ゆっくりと目を開ける。大きな茶色の瞳が─。
 「・・ルウ─」
 ふっと、手で口元を塞がれた。その手が頬に触れ、
 「アキラです。大丈夫ですか、ジョー」
 大きな茶色の瞳。やわらかい声─。
 「洸!?」思わず跳ね起きた。肩と足のキズがズキッと嘆(な)いたが、構ってはいられない。「な、なんでここに─」
 ジョーは自分がルウクのいる部屋に戻ったのかと思った。しかしここはあの広間だ。
 「部屋にいるように言ったはずです。それとも誰かに連れてこられたのか」
 「いえ、自分から・・・」ジョーが厳しい目を向けた。「だって何時間も経つのにあなたは帰って来ないし、銃声はやんでいるからもう大丈夫だと思って─」
 「許してやりなよ」おもしろそうに笑いながらカルナタが言った。「なかなか度胸のあるぼうやだな」
 「あんたは黙っててくれ」
 ジョーは枕代わりにしていた服を着た。床に寝ていたせいか体中がギシギシと鳴る。シャツを着ようと左腕を上げるのがちょっと辛かった。だが心配そうに目を向けてくるルウクを見ると弱気な貌は見せられない。
 「おれ達は部屋に戻る。それとも解放してくれるか?」
 「無理だな。他は治安部隊に制圧されて残ったのはここだけだろう。長くなるかもしれない」
 ほら、とカルナタがジョーにミネラルウォーターを差し出した。が、ジョーが手を出さないのでルウクに押し付ける。
 「我々の半数はケガをして動けない。上にいるよりここにいた方がいい」
 「ここは2階です」ルウクが小声で言った。
 上階より出口に近いからここにいろという事か。ジョーにはカルナタの本心がわからない。と、ルウクが手にしたエビアンを飲んでいいものかと目で問うていた。
 ジョーはキャップが開けられていない事を確認しキュッと回し、まず自分が口を付けた。ガス抜きの、いつものエビアンの味だ。頷いてルウクに渡す。
 「ボディガードというのは毒味も兼ねているのか?」カルナタが肩をすくめ、ルウクの手を取った。ジョーがその手を掴む。「あわてるな。脈を診るだけだ」
 気まずげにジョーが手を離した。
 「熱も下がったし、もう大丈夫だな。だが水分はちゃんと摂れよ」はい、とルウクが頷く。「で、こっちの青い眼のぼうやは」
 左肩の銃創を診ようとし、だが思いっきりその手を跳ねられた。
 「あ・・・」とっさの事とはいえ、さすがに悪いと思ったのか「すまない・・・大丈夫だから・・」
 だが左腕の震えが止まらない。それが全身に広がるのを辛うじて押し込める。カルナタがジョーの体に手を掛けようとしたが、
 「ドクタ、人質を解放してくれ。あんたの仲間だってケガをしている。こんな事をしてなんになるんだ。インド政府はあんた達の要求を突っぱねた。またすぐに突入部隊が入るだろう。その時はもう爆弾による脅しは効かない。だから─」
 「今さら引けない。誰かがやらなければ」
 「国の父に電話をさせてください」ルウクが言った。「人質の身代金を払います。全員の。父は力を持っています。あなた方の逃走用のヘリも出せるしインド政府とも交渉できます」
 「・・・金目当てでやっているんじゃないんだよ、ぼうや」
 ちょっと哀しそうな目を向け、しかし仲間に呼ばれたカルナタは、それ以上何も言わずに行ってしまった。ルウクがため息をついた。
 「テロリスト相手にあんな事を言うものじゃない。人質として最後まで残されるぞ」
 「交渉にははったりが必要だって─。でも慣れてないから効果なかったな」
 後悔したような目を大きな窓に向けた。外はすっかり明るくなっていた。襲撃から3日目の朝だ。
 (奴ら、思ったより少ないな)ジョーは窓際に寄った。眼下には町並みが見える。(そのほとんどが銃撃戦でケガをしている。万一の場合は─)
 ルウクを抱いて飛び降りようと思った。と、カルナタがトレイを持ち2人の所に来た。座っているルウクに渡す。
 乗っているのはタンドゥーリ・チキンと豆のスープだった。ホテルだけに食料には困らないようだ。これもまずジョーが最初に口をつけた。
 ルウクは食欲がないようだが、病み上がりの体に少しでも体力を付けてほしいとジョーに勧められ、少しづつ口にした。
 だがジョー本人は仕事中に腹をいっぱいにする事はしない。万一腹部に被弾した場合、ダメージが大きくなるからだ。それでもスープを一口飲んだ。豆の味にややクセがあるが喉の通りは良かった。
 2人が口をつけた事で安心したように口元を歪めたカルナタは、また仲間の所に戻っていった。
 彼を味方にできれば、あるいは─。
 「おいしいけど・・辛いなあ」
 チキンを口にしルウクが小さく咳き込んだ。
 ジョーは辛い物は大丈夫だが、それより自分以外の人質の身が気に掛かる。ルウクもそうなのか食はあまり進まない。と、そこへザビが来た。ラシッドがジョーを呼んでいるという。
 「用があるならそっちから来い」
 カランとトレイを置き、ザビを睨め上げる。
 「自分の立場がわかってないな」ニヤと口元を曲げ、ザビがルウクに銃口を向ける。ジョーは素早くその間に体を入れた。こんな奴ぶっ倒すのはわけないのだが。「早くしろ。おれは気が短いんだ」
 「ぼくは大丈夫です、ジョー」と、離れた所に固まっている男達に目を向けた。「ドクターもいるし」
 ルウクにとっても、カルナタはテロリストの中でも唯一信頼できる相手のようだ。
 「─ここを動かないように」
 ルウクが頷きジョーが立ち上がった。
 左足の銃創はまだ痛むが歩けない事はない。本当はルウクから離れたくないのだが、ラシッドの話というのも気になるし、どっちにしろこのまま座して状況が変わるのを待っているわけにもいかない。
 ジョーはザビに続き広間を出た。1階のロビーとは違い、この辺りに爆発の跡はない。カルナタの言うとおり、やはり音だけのフェイクだったのだ。と、ザビが向かい側の部屋をノックしてドアを開け─室内からカチッと音がした。
 ジョーが左腕をザビの首に巻きつけ引き寄せる。肩から提げていたFN・P90を奪い、銃口をドアに向けバンッ!と蹴り開ける。
 「子どもがそんな物を持ってはだめだと言ったはずだが」
 やはり銃口を向けているラシッドがいた。
 「その子ども相手に、あんたは何をしているんだ」
 盾代わりのザビが暴れる。左肩が痛いので放っぽった。掴み掛かろうとするザビをラシッドが一喝する。ザビは渋々と部屋を出て行った。
 「どこで訓練を受けたんだ?」
 ラシッドが訊いたがジョーは無言で彼を見据える。相手は1人だがお互い気を抜いてはいない。猛禽類同士の睨み合いだ。
 「突入部隊の進入は阻めたがこっちも多数のケガ人が出た。無事なのは俺とカルナタ、ザビぐらいだ」
 「早く病院に行った方がいいな」
 「そうだな。だがもう少し時間がいるんだ」
 その言葉にジョーは怪訝の目を向けた。
 「ジョージ・・いや、ジョーといったな。おれ達に協力しろ」え?とジョーが目を見開いた。「こうケガ人が多くては今度攻撃を受けたらどうなるかわからない。お前は銃の扱いがうまい」
 「何を言ってるんだ。おれがあんたらの仲間になんかなるはずが─」
 「あのぼうやは解放してやる」ジョーが口を閉じた。「お前が協力すればあのぼうやは助かる」
 「・・・彼が解放されたら、もうあんたの言う事なんか聞かないぜ」
 「残されている宿泊客がどうなってもいいのか?」
 「洸さえ助かれば、あとはどうでもいい」
 「そんなに大切なぼうやを助けるチャンスを潰すつもりか?」ラシッドがジョーに近寄る。不思議と危険は感じない。「風邪は治ったようだが、この状態が続くとヤバイんじゃないかな」
 「・・・・・」
 ジョーは迷った。彼の任務はあくまでもルウクの護衛だ。彼の安全を確保し無事交渉の席へと送り出す事が何事に措いても優先される。
 しかしこのような状況になってしまい、国際警察としては他の人質も見捨てる事はできない。今はルウクだけでも外へ─。
 「・・頼みがある」なんだ、とラシッドが言った。「近くにいるおれの仲間に連絡をさせてくれ。洸を確実に彼らに渡したい。おれにも契約があるんだ」
 「─いいだろう。だが余計な事は言うな。ぼうやを正面玄関から出す、という事だけだ」
 「わかってる」ジョーはケータイのアドレスから一平の番号を選んだ。ワンコールで繋がった。「ジョーだ。今から洸を出す。正面玄関まで迎えに来てくれ」
 『ルウクだけか?君は?他の宿泊客はどうするんだ』
 「洸だけだ。他には手を出すな。おれの言うとおりにしてくれ」
 『お前が残る事が、ルウクを解放する条件か』
 「じん─。来たのか」昨日聞いたばかりの相棒の声がひどく懐かしい。と、ラシッドが銃口を向け、早く切るように促す。「とにかく今は洸の安全を第一にしてくれ。頼む」
 『─わかった。10分後には到着している。お前も無茶はするな。おれ達がいる』
 「─ああ」
 ジョーがケータイを耳から離したとたん、バンッ!と手の中から弾け飛んだ。床に落ち粉々に撃ち壊された。息を呑み、ジョーがラシッドを睨めつけた。
 「これはもういらないな」
 白い煙の中でラシッドがニヤッと口元を歪めた。
 「どうしたんだ!」
 銃声が聞こえたのだろう。カルナタが飛び込んできた。
 「ちょうどいい。あのぼうやを連れてきてくれ。解放する」
 え?、と驚いたカルナタがジョーに目を向けた。が、厳しい顔のジョーを見ると引き返しすぐにルウクを連れてきた。彼はジョーに走り寄ろうとしたが、ピンと張り詰めたその場の空気に2、3歩進んだだけで止まった。
 「あと10分でおれの仲間が迎えに来る。うまいそば屋を教えてくれた相棒だ」静かにジョーが言った。ルウクの目が丸くなる。「先に出てください」
 「ぼくだけ?ジョーは?他の人達は?」
 「今回はあなただけだ。大丈夫。あとの事はおれの仲間達が引き継いでくれます」
 「そんな─。ぼくだけなんていやだ」
 ジョーが自分を守ろうとしている事はわかる。それに彼は警察官なので、上で人質になっている人達をも助け出そうとしているのだろう。
 自分は足手まといになる。ジョーの言うとおり、脱出した方が彼も動きやすくなるだろう。そうわかってはいるものの。
 「ぼくが出るのなら、あなたも一緒に出るべきだ。あなたにはぼくを守る義務がある。契約期間はまだ過ぎていない」
 「それなら、ここでおれをクビにしてくれ。銃口の前に立ったら解任するって言ってたよな」
 銃口を上げているラシッドの前に立つ。そしてゆっくりと、その大きな体をルウクに向けた。
 「それに緊急時にはおれの指示に従う契約になっていたはずだ」
 「解任したら、もうあなたの指示に従う必要はない」今までにない頑固なルウクにジョーは言葉に詰まった。「それに人質ならぼくの方が価値がある。ぼくは─」
 パシッ!とルウクの頬が鳴った。言葉を呑み込み、鋭く、しかし必死な瞳を自分に向けているジョーを見上げた。
 彼に出会って6日。ホテルに閉じ込められて3日。ジョーは体を張ってルウクを守ってきた。今のルウクの言葉は、そんなジョーの思いを無駄にするものだ。
 赤く染まっていく頬を押さえたまま、ルウクはジョーから視線を外した。
 「もう10分経つぜ」促すラシッドに、ジョーはルウクを連れて行こうとするが、「お前は残れ。カルナタ、ぼうやをロビーに連れて行け」
 一瞬躊躇うするジョーに、カルナタが頷いてみせた。
 「・・・頼みます」
 テロリストに言う言葉ではないが・・・ジョーは心底そう思い、ルウクを託した。と、両腕を広げ、ルウクがジョーの首にしがみつく。その頬に口づけて、
 「無事で─。また会いましょう」
 クシャとルウクの髪を掻き回しジョーが頷いた。
 カルナタと部屋を出て行くルウクを目で追い、ふと気がついて窓辺に寄った。が、こちら側からでは迎えに来ているはずの神宮寺達の姿は見えなかった。
 ジョーはコツンと窓に頭を預け大きく息をついた。ルウクを警護する任務がなくなり緊張感と気力が失せた。奴らが何をしようがどうでもよくなってしまう。いや、それよりも─。
 「部屋に戻ってもいいか。持ってきたい物があるんだ」
 「だめだ。皆がいる部屋へ戻れ」ラシッドが銃口でドアを差した。と、
 「あのアキラというガキはどこだ!」
 ザビが飛び込んできた。と、ジョーに目を向け銃底で左肩を思いっきり殴りつけた。キズ口から血が飛び、倒れるジョーの足を蹴り上げる。
 「何が日本人だ!あのガキはナントカいう国の王子じゃねえか!ニュースで言っていたぞ!」
 「!」ジョーが驚いて顔を上げた。
 「レアメタルで大金が転がり込むんだと!人質としては最高じゃねえか!」
 わめくだけわめいて、ザビは部屋を飛び出して行った。走る音が遠ざかって行く。
 「ザビ!」「待て!」
 ラシッドとジョーの声が重なった。奴の行き先はルウクの元か。ジョーは後を追って走り出した。階段を途中から飛び降りる。銃創が痛んだが止まる事はできない。
 ロビーに出た。正面に2つの人影が見える。ザビはその遥か手前だ。だがカルナタを呼んで2人の歩みを止めようとしている。
 「ルウク!早く外へ!」
 ジョーが叫んだ。

 「もうすぐ時間だ」
 リンクを見て神宮寺が言った。
 ここはタージ・マハル・ホテルの正面玄関から20mほど離れた地点だ。そこに神宮寺、一平、水野と柏木が立っている。相手に警戒心を与えないように彼ら4人だけで来た。
 インドの警察も治安部隊も決して手出しはしないように、と話をつけている。
 テロやホテル占拠はインドの問題だが、ルウクに関しては国際警察の責任だ。インド政府といえど手出しはさせない。
「ジョー・・、大丈夫かな」ポツリと柏木が言った。
 神宮寺はチラッと彼に目をやり、だがすぐにまた正面に戻した。
 ケータイが切れる直前に聞こえたのは間違いなく銃声だ。ケータイが壊されたのか、それ以後は繋がらない。
 テロリストがなんの目的でジョーを残したかわからないが、このタイミングで彼を撃ってもなんの意味もない。ジョーは無事だ。全員がそう思う。と、ホテルの正面に2つの人影が現れた。油断なく銃を構える男と─。
 「・・・洸」「本当にそっくりだな」「実は王子と入れ代わったんだ、と言われても信じるかも」
 彼らは写真でルウクを見ている。それでも今、目の前にいる人物を“洸”と呼んでも不思議ではないように思う。と、男に促されルウクがゆっくりとこちらに歩き出した。その歩調に合わせ、神宮寺と一平がやはりゆっくりと歩み寄る。近づいてくるルウクは思ったよりしっかりした足取りだった。
 一瞬、神宮寺はこのままホテルに走り込んでやろうかと思った。
 その時、何かに呼ばれたかのようにルウクと男が後ろを振り返った。
 リンクが鳴った。
 『ルウクの正体がバレた!早く保護してくれ!』
 全部聞かぬうちに神宮寺と一平が走り出した。
 正面にはもう1人、銃を持った男─ザビが現れ発砲した。一平がルウクを覆い、その2人の前に神宮寺が立ち塞がった。
 「ジョー!」
 44オートマグをザビに向けた神宮寺の目に、その男に組み付いているジョーの姿が映った。NF・P90を掴み銃口を上に向けている。その間に一平がルウクを安全な場所へと移した。
 「ジョー!」
 神宮寺がジョーの下に走ろうとした時、男の腕が大きく動き銃底でジョーを打ち飛ばした。自由になったザビがルウクを追って走る。神宮寺が再び銃口を向けた。その時、ガガガ・・・と銃声が響きザビの体がすっ飛んだ。
 「な、なに─」途惑う神宮寺の眼に治安部隊が映った。彼らがザビを撃ったのだ。「チッ」
 舌を打ちジョーに目を戻すと、まだ立てないでいたジョーを後から来たテロリスト達がホテルの中へと引きずり込んでいた。


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