コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

震える心の熱き思いを 7

 黒い森─という名で呼ばれるシュヴァルツヴァルト地方はドイツの南西部に位置し、ライン川を隔ててフランスと国境を接している。
 “森”とついているが実際には山に近い。
 南北に160キロ、東西に20?60キロの広がりを持ち、針葉樹が多いので遠くから見ると本当に黒っぽく見えるのだ。
 シュトゥットガルトはこの黒い森の北側に位置する人口59万人の大きな町である。黒い森への観光の起点となるのはもちろん、メルセデス・ベンツやポルシェの博物館がある事でも有名だ。またベルサイユ宮に似たルートヴィヒスブルク城も駅から近い。
 ジョーがフロッピーに記されていた地図を頼りに市街から離れたベルリン支部のベースキャンプに着いたのはもう夜の9時近かった。
 ハルツの時と同様、彼らは一般のホテルには泊まらずプレハブなどを建てそこで寝起きしていた。そうすれば自由に動けるし、いざという時ホテルの他の客を巻き込まなくて済む。
 (今度はシュヴァルツヴァルトの自然を研究している一行、か?)
 ジョーは正面の1番大きなプレバブの建物の前にプジョーをつけた。2人の男が建物から走り出て、怪訝そうにジョーを見る。
 (こいつらハルツにはいなかったな)
 この前とは別の捜査隊と言う事だろう。
 「そちらの要請でパリ本部から来た。指揮官に会わせろ」
 「え・・?しかし・・」2人は途惑う。
 確かに本部に応援を頼んだ。できればSメンバーを希望した。
 彼らはフランスのSメンバーであるジャンとレニールの顔を知っている。しかし目の前に立つこの男はジャンでもレニールでもない。もっと年若く、が、全身から醸し出す威圧感はとてもただ者には見えない。おまけに北ドイツ訛りのドイツ語を話す。2人が警戒するのも無理はない。
 ジョーはそんな彼らの様子に舌を打ち、正面のプレハブに足を向けた。
 「ま、まってくれ!」
 「いてっ!」
 掴まれた左肩がズキッと跳ねた。気がつくと男が1人地面に転がっていた。“いけね!”と思ったが、もう1人も殴り掛かってきたのでとっさに手刀を入れる。相手は地面に崩れ落ちた。
 「何事だ!」
 建物から10人くらいの男が走り出てきた。ライトを真正面からジョーに当てる。ジョーは体を少し後ろに引き、目を眇めた。と、
 「ゲッ!ジョージ・アサクラ!」
 「─カイザー」男達の中の1人がジョーを見て声を上げた。ハルツで会ったカイザーだ。「今回もあんたが指揮官か?」
 「そ、そうだが・・、どうして君がここに?」
 「ジャンもレニールも忙しいそうだ。だからおれが来た。文句なら長官に言ってくれ」
 「・・・・・」言えるわけがない。と、まわりにいる男達が自分を見ているのに気がついた。「あ、この人は日本のSメンバーダブルJのジョージ・アサクラだ。この前のハルツの時にディアブロで─」
 そこまで言った時、男達のあちこちで“ゲッ!彼があの─!”“ジョージ・アサクラって、例の─”という声が上がった。
 (おれって結構有名じゃん)ジョーは思った。(でも、?ゲッ!?っていうのは何だ?)
 カイザーはともかく、こいつらをいじめた覚えはないが・・・。
 「と、とにかくジョージ。よく来てくれた」変に動揺するカイザーに、ジョーは不審気な視線を送る。それがますますカイザーを動揺させているとも気がつかずに。「今、ミーティングの最中なんだ。君も加わってくれ」
 ようやく指揮官としての気を取り戻したのだろう。カイザーは大きな建物にジョーを案内した。

 ミーティングは10時前には終わった。今回の“反ユーロ”は何も要求などしていないそうだ。ただシュヴァルツヴァルトに奴らの本部があるという有力な情報によって、カイザー達15人が出向いてきた。今夜、ここにいない3人が先に黒い森へ行き、探りを入れているらしい。その知らせによって明日からの作戦が決まる。
 ジョーは珍しくも黙って聞いていた。本当は本部とやらが見つかったら、今夜のうちにでも潰してしまえ!と言いたかったが、とりあえず我慢した。
 カイザーはジョーが何も言わなかったので、自分の意見に賛同してくれたと思い機嫌が良かった。実際、どういう作戦が立てられようとジョーにはどうでもいい事だった。要は相手をぶっ潰して、早くパリに帰れればよいのだ。
 「ジョージ」ミーティング室を出ようとして、ジョーはカイザーに声を掛けられた。「夕食まだなんだろ?ハラへったって顔に書いてあるぜ」
 「・・・・・」
 自分がそんな顔をしているとは思えないが、カイザーに引っ張られジョーは彼と共に一室に入った。細長い机が2つとイスが並んでいた。
 「アレン!まだ何か残っているか?2人分くれ」
 「なんだ、あんたが食いたかったのか?」
 「ま、そーいう事だ。付きあってくれ」
 2人がイスに腰を下ろししばらくすると、アレンが大きな皿を2つ持ってきた。中はコールルーラーデ、いわゆるロールキャベツだ。ベーコンの旨みの入ったスープで煮込んであり柔らかく暖かい。
 「ヘェ・・。ここでこんな料理にありつけるとは思わなかったぜ」
 「ちゃんと食べなきゃ動けないからな。あ、アレン、後はやるからもういいぜ」
 カイザーはアレンを時間外の仕事から解放してやる。スプーンを取りジョーにも渡す。
 ジョーはスープを一口飲んだ。と、胃がキリッと痛む。スプーンがガシャンと音をたててスープの中に落ちた。
 「どうした。大丈夫か、ジョージ」
 「─ああ」ジョーがスープの中からスプーンを摘まみ出す。「ここ2日ほど、食べてなくて」
 「なんだ、そりゃあ?そんなに忙しかったのか?」
 「・・・・・」
 ジョーは無言でスープを口に入れた。今度は何ともない。空腹感はまったくなかったのに、入れればどんどん入っていくようだ。
 「そういえば神宮寺は?今回は来なかったのか?」
 カイザーの言葉に、スプーンを持ったジョーの手がピタッと止まる。そのまま置いてしまった。
 「フランスでの事件で・・、おれがヘマやって・・今、入院している」
 「例の小学校襲撃か。確か長官の息子が連れ去られている─」
 ふと、ジョーがカイザーに目をやった。時には人を射抜くようなブルーグレイの瞳がかすかに揺れていた。が、それも一瞬の事で、その瞳はすぐに背けられた。
 「ふうん・・・。そんな目もするんだ」
 「・・え」
 「いやあ、年相応で可愛いな、と─」
 今度は思いっきり射竦められた。やっぱ可愛くない、と思い直す。
 「カイザー、反ユーロの本部だが」まだほとんど残っている料理の皿を端に押しやる。「本当にそこが本部なら、一気に乗り込んで抑えた方が早いぜ」
 「もちろん我々もそうしたい。しかし情報の中に奴らがサリンを所有していると─」
 「サリンって・・あの有毒ガスの」
 何年か前、日本でもその名前を聞いた。
 「黒い森とはいえ、周りにはいくつもの町や村がある。どのくらいの量のサリンを所有しているかわからないが、もし流れ出たら大変だ」ロールキャベツの最後の一片を口に抛り込んだ。「先行している3人はそれを調べに行っている。悔しいが、ここは時間をかけて慎重に取り組んでいくしかない」
 「冗談じゃねえ!そんなのんびりしていたら、いつパリに帰れるかわからねえ!」ジョーがカイザーに詰め寄り、シャツの胸元を掴んだ。「あんた達がモタモタしているから、おれが呼ばれるはめになったんだ!早とこ片付けておれは健の─!」
 「ジョージ・・・」
 「!」ジョーはハッと手を離す。目を見開いて自分を見ているカイザーの視線から顔を背けた。「・・す、すまない」
 「・・・いや、我々がモタモタしていたのは事実だし・・・」
 「長官は、おれが健の行方を追いたいと思っているのを承知でこっちに回した。仕事の選り好みをするつもりはない。だから命令に従った」小さく首を振り、両手をバシッと合わせる。「あんたらに協力するのがおれの任務だ。だけどやはり健のことが気になって・・・」
 「自分の肉親や友人が危ない目に遭ってれば、気になるのは当然さ」
 「健に万一の事があったらおれはザーツの奴らを、いや世界中のテロリストを許さない。皆殺しにしてやる」仮にも警察に勤めている男が、やはり警察に勤めているカイザーの前で物騒な事を言っている、いや彼なら本当に・・・。「長官はそんなおれを知っている。奴らを目の前にしたら、おれは何をするかわからない。自分を抑える自信がない。だからザーツの捜査におれを使わない。わかっているんだ・・・。わかっているんだけど・・・」
 ふと力が抜け、机に打っ伏しそうになるのを肘をつき手で頭を支える。
 (ヘェ、無鉄砲に見えてけっこう自分の事わかってるんだな)
 「早く終わらせてフランスへ戻りたい」
 (そりゃあこちらとしても、早いとこ君をフランスへ帰したいが)カイザーは、前髪が垂れ口元しか見えないジョーの横顔に目をやる。(Sメンバーとかナントカ言ってるが、まだ24、5だろう。この仕事はきついかもな)
 「ところでジョージ、君、いくつなんだ?」
 「・・・?」なんで急に年齢なんか・・・。「─21だが」
 「21だって!?」カイザーが大声を上げ、ジョーも驚いて思わず顔を上げた。「おれより10も下なのか!21なんて、おれはまだ学校に行ってて女の子とデートしてたぜ!ジョージ、もう少し遊んで─そう女の子と遊んで人生楽しんだ方がいいぞ。そうすりゃ、もう少し考え方に余裕ができて、こう柔軟な考え方がなあ─」
 「・・・・・」
 肩に手を置き人生論(?)を語り始めたカイザーをジョーはキョトンとした目で見つめた。こういう表情は彼をひどく幼く見せる。
 「考えたってどーにもならない事はあるんだ。特に女なんて、こっちが思っている通りには動いてくれない。しかしそこは相手の気持ちに合わせてだな─」
 (な、なんだ、こいつ・・)ジョーは、自分の肩に掛かっているカイザーの手から逃れるように身を引いた。(おれはなんだってこんな奴にペラペラと─)
 「君といい神宮寺といい、考え方は真面目なくせに行動は無鉄砲だ。まったくどーいう性格しているのやら。あれ?神宮寺はいくつだ?」
 「もう寝る」立ち上がり、ジョーが言った。「さっきの部屋を使っていいのか」
 カイザーが頷く。
 「とにかく明日1日でけりをつけるつもりでいてくれ。先行隊から連絡が入り次第出発する」
 そう言うと足早に出て行った。
 「・・・可愛くないねえ」
 頬杖をついてジョーを見送るカイザーが呟いた。

 翌朝、ジョーは狭い簡易ベッドの上で目を覚ました。
 隊員の中には、たとえばカイザーのようにジョーより体の大きな者が多いのに、よくこのベッドで寝られるなあ、と感心する。
 Sメンバーであるジョーは神宮寺と2人だけで事件に向かう事がほとんどで、捜査隊のようの大所帯を組む事はあまりない。
 ジョーはシャツを脱ぎ強張った体を解きほぐそうとして、ふと右手で握っているリンクに気づく。健からの連絡は入っていない。ジョーはパンツのポケットにリンクを入れた。
 「ジョージ、カイザーが呼んでいる」誰かがヒョイと顔を出した。部屋はいくつかの個室と大部屋に分かれているがドアはない。「食堂まで来てくれ」
 「わかった」
 ジョーは急いで顔を洗った。プレハブ内は適温に保たれているが水はやはり冷たい。おかげではっきり目が覚めた。
 「やあ、ジョージ」食堂にはカイザーと5人の男達が朝食を摂っていた。「寝られたか?」
 ああ、とジョーが頷く。
 「悪いが食事をしながら聞いてくれ。先行している3人から連絡が来た」
 「食事はいらない。アレン、すまないがミルクを少し入れたコーヒーを貰えるか?」 ジョーは普段はコーヒーに何も入れないが、今朝はそれでは胃が受け付けてくれそうにない。アレンは“Ja!”と返事をした。
 「君、夕べも食べなかったじゃないか。食事はちゃんと摂らないと─」
 「で、なんて言って来たんだ?」カイザーの言葉を無視してジョーが問う。カイザーはわざとため息をついてジョーに通信紙を渡した。が、「─なんでフランス語なんだよ」
 「先行組のビエリはフランス人だ。フランスのSメンバーが来ると思ったからだろ」
 「・・・・・」ジョーはしばらく文字を睨んでいたが、やがてカイザーに突っ返した。「読んでくれ」
 「へえ、君にも苦手な物があるとはね」
 カイザーは気分良く言い、もう少しいじめてやろうと思ったが、ジョーに睨まれた周りの男達が顔色を変えているのを見て諦めた。
 「要約すると、テュービンゲンの近くに指名手配されている反ユーロのメンバーが出入りしている建物を見つけ、でもとても本部とは思えない小規模のもので、もしかしたらサリンの製造工場かと思い調べたが核心は掴めていない。ただ爆薬や銃器などかなりの量がストックされているようだ。そこにここ1、2日、人の出入りが激しい」カイザーは文字から目を離しジョーを見た。「どう思う?」
 「・・・・・」
 ジョーは下唇を人差し指で撫でながら読めない文面を見ている。
 「仲間の情報を信じないとおれ達は動けない」カイザーに目をやる。「あんただって彼らを信じて先行させたんだろ。だったらそこは本部でもサリン工場でもない。ただの武器貯蔵庫だろう」
 「おれもそう思う。しかし─」
 「ああ。だからといって見逃すわけにもいかないな。それに万一本当にサリンが貯蔵されていたら面倒だし─。やはり叩くしかない」
 「カイザー!」男が食堂に駆け込んできた。「ビエリから連絡だ。奴らストックされてる殆どの爆薬や銃器をトラックに積んで出たらしい。今、ローランと2人で追っている。テュービンゲンにはパンサが残っているそうだ」
 「わかった!」カイザーが立ち上がる。「ビエリに行き先の情報をこちらに送るよう伝えろ。私とデュランの班はトラックを追う。キーンの班はテュービンゲンのパンサと合流してその建物を調べろ」
 男は頷き食堂を飛び出して行った。と同時にそこにいた男達も準備のため出て行く。
 「ジョージ、私達と来てくれ」
 「ふ?ん、女の子と付きあうと指揮も素早くできるのか?」
 「そりゃそうさ。相手の状況を見て先手必勝でなければ女は手に入らないぜ」
 そしてジョーの前に顔を突き出す。
 「ま、子どもには無理かな」と、ジョーの手が飛んでくる前にサッと身を引き、「行くぞ!」
 「チェ、それなら国際警察の上層部は皆女好きじゃないと務まらないって事になっちまうぜ」
 おれ達の中では一平かな?とチラッと思い、カイザーの後に続いた。



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