コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

我が手の下(もと)に 9

 「お休みのところすみません、王子」再び病室を訪ね神宮寺、一平、巻が頭を下げた。「あのSDカードの中味はホテル内の写真でした。そこで王子に確認していただきたい事があります」
 「構いません。どうぞ」とルウクが3人にソファを勧め自分は向かい側に座る。渋い顔のアマドがその後ろに立った。「それからぼくの事はルウクと呼んでください。皆そう呼びます」
 「わかりました。あ、私はそば屋さんではなく神宮寺─ジンで結構です」“じんぐうじ”という発音は外国人には言いにくいらしい。ジョーも最初の頃は変な発音で呼んでいた。「この背の高い男がテロリストのリーダーですか?」
 モニタに映る写真を指差し訊くと、
 「そうです。そしてその隣の男が医者の─」と、ケータイの呼び出し音が鳴った。
 「失礼」神宮寺のだ。
 ジョーからの連絡に対応するため電源を入れっぱなしにしていた。急いで病室を出ようとしたが、画面を見て足を止める。名前はなく電話番号だけが表示されていた。それも日本の番号ではない。
 「─Hallo」
 『ジョーだ』低いがよく響く相棒の声─。神宮寺の様子に誰から掛かって来たのか皆わかった。『奴らルウクとの交渉を希望している。人質と交換にヘリを要求している』
 「ルウクと?」名前が出たのでルウクが神宮寺のそばに来た。が、神宮寺が手を上げ止める。「インド政府ではなく、ルウクとか」
 だが、テロリストの考えも想像がつく。と、
 『リーダーのラシッドだ。お前はジョーの仲間だな。ルウク王子はそこにいるのか?』
 「お前が交渉すべき相手はインド政府だろう。王子や我々には関係ない」
 『仲間や人質がどうなってもいいのか』
 「ジョーは解放してほしいが、他の人質とは契約していない」
 『インド政府は信用できない。だが生死を共にするお前達なら仲間を見捨てたりしないだろう』
 「・・・・・」
 神宮寺が間を取る。と、その手からルウクがケータイを取った。
 「ルウクです。ジョーと人質を解放してください。なんでもします」ルウクの言葉に、だが神宮寺は何も言わず彼を見守った。「大型ヘリですか?はい─ホテル前の広場に─はい─わかりました。ええ、もちろん手出しはさせません。ジョーと人質の安全を─はい、1時間後に」
 ケータイを耳から離し、ゆっくりとオフにした。神宮寺を見て、
 「─これで、いいですか?」
 「見事です、ルウク」ケータイを受け取り、心底感心して神宮寺が答えた。「後は任せてください」
 頼もしそうに国際警察の若い面々を見て、ルウクが頷いた。
 準備時間は1時間しかない。
 まず神宮寺はJBに連絡して、そちらからインド政府へと交渉してもらい大型ヘリを一機借り受けた。さらに治安部隊はもちろん、警察にも一切手出ししないよう釘を打つ。
 治安部隊の再突入を決定していた海軍はこの申し出を渋ったが、国際警察パリ本部からの要求に渋々と首を縦にした。

 「ヘリだ」
 窓から外を見ていたレドが言った。皆、窓側に寄り空を仰ぐ。
 「よし、ロビーに移動するぞ」
 ラシッドの言葉にレドやマーシー、ササンが負傷した仲間の体を支え立たせた。しかしロビーに移動するのは彼らだけではない。アメリカやイギリス人の人質となっている女性ばかり10名が一緒だ。
 ヘリがうまく降りたとしても、ホテルからそこへ行くまでが一番危険だ。狙撃の可能性がある。ラシッドは彼女らを人間の盾にしたのだ。
 「おれ達がヘリで飛び立つまで辛抱してくれ。一人でも逃げ出そうとしたら、上の階を爆破する」
 そこにはまだ10名ほどの人質が残っている。女性達が頷いた。
 「ジョー、これを」カルナタがジョーにNF・P90を渡した。「おれ達を撃つなよ」
 それができたらどんなにいいだろう、とジョーは思ったが、仮にも警察の立場ではそういうわけにはいかない。
 女性達に囲まれたテロリストがゆっくりとホテルから出てくる。立ち入り禁止区域になっているために人の姿はない。ホテル前の芝生の上にヘリは降りていた。
 「急げ」
 全員が小走りでヘリへと向う。まず若いマーシーが飛び乗り、仲間を引っ張り上げていく。
 ジョーはラシッドの左手に握られている起爆スイッチを叩き落すチャンスを窺っていた。そのラシッドが機内に入る。と、突然、ガガガ・・・と銃声が響いた。何人かが芝生の上に転がる。
 「騙したのか!」
 ラシッドが左手を高く上げた。その腕にジョーが飛びついた。二人重なって機内に倒れ込む。スイッチは飛び、機外に転がり落ちた。
 「こいつ!」
 ラシッドがジョーに銃口を向けた。バッと枯葉色の髪が弾け飛ぶ。
 「機内で銃を撃つな!」
 ヘリのパイロットが叫んだ。その声にジョーが振り向く。とたんに頬を撲(は)られ、床に転がった。フワリと機体が上昇していくのを感じた。
 「だ、誰が残った!」
 ラシッドが男達を見回した。機内にいるのはカルナタとマーシー、ササン─あとの5人は地上に残ってしまった。
 ラシッドがジョーの胸倉を掴み引っ張り上げた。
 「お前の仲間はおれ達を騙した。お前ごとおれ達を撃ち殺そうとしたんだ」
 「──」
 そんなはずはない。だが口元を引き締め、ジョーは何も言わなかった。
 ラシッドはジョーの銃を取り上げ、銃底で彼の胸を思いっきり打ちつけた。体が飛び、機壁に当たってズーと床に落ちる。一瞬息が詰まった。
 「機内で暴れないでくれ。落ちるぞ」
 「お前、おれと電話で話した奴だな」ラシッドがパイロットに銃を向けた。「どういう事だ」
 「我々は海軍にも警察にも手を出すなと頼んだ。これは想定外の出来事だ」
 パイロット─神宮寺が振り向き、ラシッドを見上げた。その目を素早くジョーに向ける。胸を押さえ荒い息をついていたジョーだが、神宮寺の目にニッと口元を歪めてみせた。神宮寺の口元も一瞬和む。が、
 「それでどうするんだ?仲間の所に戻るのか?」
 「・・・・・」そうしたいが、それは隊の全滅を意味する。「このまま北へ向え。また指示する」
 (北・・・。国境まで600キロ・・。パキスタンに逃げ込まれるとやっかいだな)
 このテロ騒動はパキスタンの組織がバックにいるという情報もある。どっちみちザーツとは無関係のようだ。
 神宮寺は機首を北に向けた。眼下は青く輝くアラビア海だ。だが今はその美しさも目に入らない。
 「静かに飛ばせ」
 操縦席の後ろに立ったカルナタが言った。このヘリは輸送用なので、シートなど人が乗るようにはできていない。その床にジョーとササンが体を横たえていた。ササンは足から血を流し、ジョーは胸を押さえている。様子を見に行きたいが・・・神宮寺は我慢した。
 「2人はおれが診ているから大丈夫だ。君は安全に飛ばしてくれ」
 この男がルウクの言っていた“医者か”。確かにラシッドのような威圧感は感じないが・・・。
 「そうだ。医療品を持ってきた。ヘリの後部に積んである」
 「それはありがたい」と、カルナタが踵を返そうとした時、ドンッ!と衝撃が機体を襲った。「なんだ!?」
 カルナタがシートを掴む。その叫びにラシッド達の声が重なった。
 「操縦が─できない」
 機体後部から黒い煙が吹き出している。操縦桿が言う事を聞かない。機体が傾き右に大きく滑る。キュンキュン・・とブレードの動きもおかしい。
 「まずいな」このままでは失速する。
 ヘリコプターは条件が揃えば安全に不時着できる乗り物だ。しかし今回は条件が良くても眼下は海だ。着水と同時に沈む可能性が大きい。一番近い陸地で30キロほど。なんとか持たせなければ─。と、カルナタがコ・パイ席に飛び込んだ。計器を読み上げパイロットの補佐をする。
 「ドクタ・・」
 ヘリの操縦ができるのか?それならなぜ、わざわざパイロット付のヘリを要求したのだろう。
 だがそれを考えている余裕はない。神宮寺は騙し騙し少しでも陸地に近い所へとヘリを持っていった。やがて陸地が見えてきた。しかしそこは森林地帯だ。せめてもう少し開けた所へ─。が、コーションランプがアンバーからレッドに変わった。
 「だめだ─。何かに掴まれ!不時着するぞ!」
 機がオートローテーション状態になる。が、エンジンは動いたままだ。急速に高度が下がり森林へと落下していく。バキッ!と枝が折れ、メインローターが壊れて飛んだ。機体が木肌をズーと滑り落ちた。

 「発信機が消えた!」
 モニタを見ていた水野の言葉に、一平がクロノグラフをオンにした。しかし電波状態が悪く、リンクやスピードマスターとは繋がらない。
 「どの辺りで消えましたか?」ダリ中佐が訊いた。が、誰も答えないので自らモニタを覗く。「ディーラの北ですね。こちらから行くより、近くの警察に当たらせましょう」
 当然の処置だが一平達の不信な表情は変わらない。
 手出しをしないよう要請したのに、あの時治安部隊がヘリに向けて発砲した。人質の女性達は無事でテロリストの何人かも捕まえる事ができたが、リーダーと2、3人─そしてジョーは救出できなかった。
 だが今はダリの手を借りなければならない。一平はダリの言葉に頷くしかなかった。

 「つっ!」
 ドサッと草の上に下ろされてジョーは気がついた。胸がズキンと痛んだ。
 「ジョー」
 「響いたか。すまんな」
 目を開けると神宮寺とカルナタの顔が見えた。思わず体を起こす。が、胸に響き身を屈めた。
 「大丈夫か。できるだけ安全に下ろしたんだが」
 「大丈夫だ。そうか、ヘリが・・」
 見回すと少し離れた大樹の下にヘリが落ちていた。だが左側が少し傾いているだけで原型は留めている。彼の横には足にケガを負ったササンが寝かされていた。動ける神宮寺とカルナタで2人をここまで運んだのだ。
 「ここがどこだかわかるか?」
 バサバサと地図を出しラシッドが神宮寺に差し出した。ヘリは北に向っていた。あとは速度と時間から位置は割り出せる。
 「おそらくこのササーン・ギル国立公園の中だろうな」神宮寺が答えたのへ、
 「ササーン・ギルだと」
 ラシッドとカルナタが顔を見合わせた。
 この国立公園はライオン保護区でもあり、アジアで唯一野生のアジアライオンが生息し観察できる場所だ。現在300頭近くいるはずで─もちろん他にもヒョウやイノシシ、シカ等がいる。園内を車で見てまわるサファリツアーが人気だが、
 「確か今は閉鎖期だと思ったが・・」
 だがライオンは休みではない。人間を見慣れているだろうが、気軽に遭いたい相手ではない。
 カルナタがケータイのGPSで自らからの位置を確かめ地図と照らし合わせてみた。するとここはサファリキャンプのロッジがある公園の出入り口から100キロほど奥に入った所だとわかった。
 あと1時間もすれば日が暮れる。野生動物の宝庫のこの園内を夜歩くのは自殺行為だ。
 「確か観察用の小屋があったが・・・」
 以前来た事があるとマーシーが言った。とにかくいつまでもここにいるわけにはいかないので、森林の中に作れらた道を行く事にした。
 「その前にそっちの─ジンといったか、ケータイを渡せ」ラシッドの言葉に神宮寺は眉を寄せ躊躇った。「勝手に連絡を取られても困るからな」
 ほら、と銃口を向けた。仕方なくケータイを渡すとラシッドはそれをポケットに仕舞った。
 「先に行け」
 先頭に神宮寺とジョーを歩かせ、次にササンを支えるカルナタとマーシー、ラシッドは最後についた。
 「ケータイ壊されなくて良かった」神宮寺が言った。「胸、大丈夫か。折れているのか?」
 「違うんだ。打ち身で大した事はない・・」肺の手術を受けてから、ジョーは胸部に衝撃を受けるのを恐れていた。あの時の恐怖が甦るのだ。「大丈夫だ。うまくやっている」
 「うん─。だけどひどい恰好だな」
 改めて相棒を見てクスッと笑う。気に入っていたフランスのブランドのシャツもジャケットもあっちこっち黒く焦げている。“っるせーや”と、ジョーがそっぽを向いた。
 1時間ほど歩き、一行はやっと観察所らしい建物を見つけた。マーシーは小屋だと言ったが、2階建てのログハウスのようなしっかりした建物だ。ラシッドは1階の居間のソファに神宮寺とジョーを座らせ、ササンは2階の小部屋に運ばせた。
 「規模が小さくなっただけで状況は変わらないな」苦笑まじりにジョーが呟く。「おれ達、ここまで付き合わなくてもよかったんじゃねーの」
 悪舌を吐くが、そのうち目を瞑りウトウトし始めた。3日間緊張を強いられ、だが今はルウクも人質もいない安堵感からか─。
 「おー、こっちのぼうやもネンネか」
 2階から下りて来たカルナタが言った。そういえば奴らだって条件は同じだ。なのにカルナタもラシッドも疲れているようには見えない。
 「ササンのケガはどうだ?」
 「足に3、4発食らっている。今すぐどうこうするほどではないが、ここでは治療はできない」
 神宮寺が持ってきた医療品も運び込んだが、手術ができるほどの機器や薬はない。と、2人はヘンディー語で話し始めた。さすがの神宮寺もわからない。
 その時、動物の吠える声が聞こえてきた。驚き窓に目を向ける神宮寺の横でジョーが飛び起きた。
 「大丈夫だ。人間がいる所にわざわざ襲って来たりはしない」
 慣れているのかカルナタもラシッドも平然としている。
 ダブルJとして世界各国に行ったが、間近で野生のライオンの声を聞く事はなかった。驚きあわてた事を恥じるように2人はソファに座り直した。と、マーシーがコーヒーを持ってきた。神宮寺とジョーの前にもカップを置く。つい見上げると、
 「ヘンなものは入っていない」
 と、ぶっきらぼうに言い、ラシッドとカルナタにもカップを渡し自分も2人の後ろの木のイスに腰を下ろした。
 こうして国際警察とテロリストが一室に集いお茶するヘンな光景が出来上がった。が、もしラシッドが、神宮寺とジョーがボディガードではなく国際警察だとわかっていたら、こう和やかにはいかなかっただろうが。
 「ところで、ラシッド」コーヒーを一口飲みジョーが言った。「あんた達の目的は達成したのか?」
 「声明文は出された。世界各国で報道されているはずだ。これで少しはこの国の状態がわかってもらえる」ホテルに籠っていた時よりは態度が柔らかい。しかし何も答えずじっと自分を見るジョーに対して、「ドイツや日本は自分の意志で人生を決める事ができる、しかしこの国では違う。一部の人間を除いてはな」
 「だがこんなやり方はやはり許されない。警察もすぐにここをつき止める。投降してくれ」
 「朝になったらおれ達はここから北のパリタナへ向かう。お前達は好きにしろ」
 「ライオンの真っ只中で解放か?エサになりに来たようなものだ」
 肩をすくめ、ソファにもたれた。さっきの続きか、またウトウトし始め─やがてかすかな寝息が聞こえてきた。
 「その真っ只中で寝られるなら、放って行っても大丈夫だな」
 カルナタが笑う。そして神宮寺に目を向け何か言いたそうにしていたが─結局何も言わずコーヒーに口をつけた。
 神宮寺は神宮寺で、ルウクにSDカードを渡した真相をカルナタに確かめたいのだが─。
 「ササンの様子を見てくる」
 それを察したのかカルナタが立ち上がる。が、ソファに掛けてあるジョーのジャケットのポケットから白い小さなケースを取り出した。神宮寺が咎めようとしたが、
 「おれが渡しておいた薬だ。もういらないだろう」と、自分のポケットに入れ、階段を上がって行った。
 そして、それは夜明けと同時に始まった。


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