コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

紺碧の海と風と 1

 バルコニーに出ると目の前に紺碧の海が広がっていた。
 11月も下旬近いのでさすがに風は冷たいが、そのせいか海の藍さがさらに深く輝いて見える。
 後方を見ればマルセイユの町並みが見える。地中海クルーズ今年最後の便だ。
 「で、日本に帰ると言ったのに、なんでおれ達船に乗っているんだ?」
 グレイのジャケットを着たジョーが室内を振り向く。風で髪が踊った。
 「長官の護衛じゃ、仕方ないだろ」ソファに座る神宮寺が言った。
 「だから、なんでおれ達なんだよ」ジョーも部屋の中に戻った。「おれ達はパリ本部の所属じゃないんだ。長官の護衛なんて本部の捜査課がやればいいんだ。そんなに人手不足なのか?それならアルバイトでも雇えばいい」
 「アルバイトに護衛される長官も気の毒だと思うけど」
 腑に落ちないのは神宮寺も一緒だが、彼はもう現実を受け入れている。
 「くそォ、いっその事この船を乗っ取って日本まで行ってやろうか」
 ジョーは再びバルコニーに出た。
 マルセイユの町並みはもう小さい。風に乱された前髪を掻き上げ思わず舌を打った。

         ×        ×        ×        ×        ×

 ジョーがバーデンバーデンの病院で手術を受けた翌日、幸子は健を連れて一度パリに戻った。
 本当はジョーを置いていくのは気が進まなかったが、事件後の処理をキチンとするためには健の証言も必要だし、何より鷲尾が健の帰りを待っていた。健はジョーと一緒に帰りたがったが、ジョーが言い聞かせた。
 「パパが待ってる。早く元気な顔を見せてあげるんだ」そして幸子に、「神宮寺もいるし、大丈夫。おれはもうしばらくここでのんびりしていくよ」
 そう言われ、幸子も決心がついたようだ。
 「珍しいな。お前が素直に病院に残るなんて」幸子と健を捜査課のアンドレに託し、ジョーの病室に戻ってきた神宮寺が言った。「てっきり、“一緒にパリに帰りて?”って、ダダこねると思ったぜ」
 「ん・・・」ジョーは表情を翳らせ呟いた。「鷲尾さん、久々に健と会うし、3人だけの方がいいと思って・・・」
 「ジョー・・・」神宮寺はちょっと驚いてジョーを見た。さっきまで幸子に向けていたにこやかな表情はもうない。「気の回しすぎだぜ。彼らはお前の事を─」
 「・・わかってるよ」
 それだけ言うとジョーは窓に目を向けた。
 遥か遠くに気球が2機、浮かんでいるのが見えた。バーデンバーデンにある気球飛行会社の物だろう。大気の状態の良い早朝に大空の散歩をさせてくれるのだという。
 神宮寺はフランスでジョーと暮し始め、彼の変化に気がついていた。
 ジョーは他人に甘えたり頼ったりする事はしない。─いや、できないのかもしれない。
 9才で一人異国に残され、その後他人の中で生きなければならなかった彼は、もうその頃から自分はこれからずっと一人で生きていくんだ、と決心していたのだろう。
 幸い引き取って育ててくれた鷲尾家はジョーにとって最良の環境だった。甘えもわがままも言えただろう。しかし彼の考えは変わらなかった。
 それは17才で国際警察に入隊し鷲尾の家を出て一人暮らしを始めてからも同様で、いや前よりも鷲尾家との間に置く線が太く大きくなった。
 だからソーで幸子に言いたい事を言っているジョーを見た時、ちょっと驚いたのだが、と同時に“彼はここでは子どもでいられるんだ”と思った。
 それは同時に、相手の気持ちを察する事のできる?大人?になったという事かもしれない。幸子に甘えるという事は不器用なジョーの精一杯の愛情表現だ。だが─。
 鷲尾も幸子もジョーがこのままソーで暮らす事を望んだ。しかし彼は日本に戻る事を、一人で生きていく事を選んだ。
 ジョーは今、彼を支えてくれた鷲尾家を飛び立とうとしている。ジョージ・アサクラとして、これからも一人で生きていくために─。
 「神宮寺」呼ばれてハッとジョーを見た。「そろそろ日本に戻ろうぜ」
 「・・・そうだな」神宮寺も頷き窓の外に目をやった。
 その後ジョーは2日間病院でおとなしくしていたが、3日目には自ら退院の手続きを取り、とりあえず神宮寺の泊まっているホテルへ?帰った?。そしてその日の夕方には神宮寺の運転する車でソーへ戻ったのだ。
 突然帰ってきたジョーに幸子は驚いたが鷲尾は予想していたのだろう。彼は静かにジョーを抱きしめ、ここへ帰ってきてくれた事を喜んだ。ジョーは鷲尾の態度に不可解さを感じたが黙って彼を受け入れた。
 翌日2人はパリ本部まで出向き、長官に日本に戻る意志を伝えた。
 「2人共、体はもう大丈夫なのか?」
 「はい、もう1週間経ってますし」
 「貫通しなかったけど、そう深く入り込んだわけじゃないし─」
 「それは良かった」鷲尾がニッコリ笑う。「では、2人に指令だ」
 「は?」「指令?」
 「明日から各国の国際秘密警察支部長会議が開かれる。今回は地中海クルーズの船上で行われるが、君達には私の随行及び護衛を頼みたい。もちろん会議が終わったらそのまま日本に飛んでも構わないがね」
 「なんでおれ達が?そんな重要な会議ならシュベールの方が─」
 「彼はだめだ」
 「どうしてですか?」
 「船に弱い。?Navire(船舶)?と聞いただけで青くなりぶっ倒れる」
 「・・・・・・」
 それでも副長官にはなれるようだ。
 「そのクルーズは今年最後の便でな。一般客もいる。もちろん君達の正体を明かしてはならない」鷲尾はデスクの引き出しからパンフや乗船券を取り出し並べた。「明日マルセイユ発15時だ。私とは別行動になる。君達は私のBMWを使いたまえ。以上だ」
 「・・・・・」
 今度から鷲尾がニッコリした時は、即逃げようと思った。
 翌朝早く2人はBMWでソーを出た。マルセイユまで600キロ弱。フランスにはアウトバーンはないので少し余裕を持たせたのだ。
 鷲尾は昨日あのままパリに泊まって直接マルセイユに向かうという。護衛なのに同行しなくていいのか?と思ったが、そうするよう言われては仕方がない。
 「なんか変だな・・。妙に引っかかる」ステアリングを繰りながらジョーが呟く。
 「変って、何がだ?」
 「・・・よくわかんねェけど・・・なんか違うんだよなあ・・」
 「・・・・・」
 それは神宮寺も感じていた。
 本部には護衛に適している人材はいくらでもいる。なのになぜ自分達が・・・いや、退院したばかりのジョーまでもが・・・。
 「長官の事だから、何か考えがあっての事だと思うが─」
 「反ユーロやザーツを叩いたご褒美だとでも?そンなもの貰う方が怖いぜ」
 それもそうだ、と神宮寺が頷く。
 やがて車はマルセイユへ到着した。
 マルセイユはフランス第1の貿易港だ。地中海全体の母港ともいえる港町で多くのクルーズ船の発着地でもある。が、今接岸されているのは2人の目の前のラヴェンナ号一隻だけだ。
 地中海クルーズのシーズンは4月から10月までが一番多く、11月に入ると月に2、3回になる。今年は今回のクルーズで最後だ。乗客もシーズン中の6割くらいだろう。
 しかしラヴェンナ号は総トン数2万トンのいわゆる豪華客船である。仕事でもなければ2人共乗る機会はないかもしれない。
 「4日もこの中にいなければならないのか」早くもジョーがクサる。「体が鈍っちまうぜ」
 「スポーツ施設はあるが、護衛ともなるとなかなか時間は取れないかもしれないな」
 話しながら、それでも2人の目は長官を捉えている。
 鷲尾は同年配の5人の男性と共に、チーフパーサーの案内で船内に入るところだ。
 「あの5人がユーロ5ヶ国の各チーフというわけか」
 周りを見回しても護衛らしい人物は見当たらない。
 チーフ達の身分は公開されていないのだから、?護衛してます!?とあからさまにわかるような護衛の仕方はしないだろう。神宮寺とジョーも同様だ。
 2人はBMWを船会社の駐車場に預け、長官達の姿を常に視界に入れながらタラップを上がっていった。
 「Buongiorno(こんにちは)。Benvenuto(ようこそ)」
 フロントパーサーが出迎えてくれ、2人からチケットを受け取る。スチュワードを呼び、部屋へ案内するよう言った。そして2人に、
 「Buon viaggio(良い旅を)」と、にこやかに言った。
 「Grazie(ありがとう)」神宮寺が答えた。「なるほど、イタリア船籍ってわけか」
 「なんだって?」
 「今回の会議の主宰は、イタリアのローマ支部だそうだ」
 「ふうん・・」
 この船がイタリア国籍だという事は、船内の案内板の文字を見ればわかる。イタリア語と英語で書かれているからだ。しかしいつも不思議に思うのだが、こいつはどこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。鷲尾からの指令は自分も一緒に聞いていたが、ローマ支部が主宰だなんて言ってなかった。
 「まあこのクルーズは地中海というよりティレニア海をグルッと一周するから、イタリアがメインというのもわかるな」
 2人はスチュワードの案内で10階のフロアに降りた。1012号室のスイートルームだ。 各国のチーフが使うロイヤルスイートルームは同じフロアの船首にある。この10階には6室のロイヤルスイートと12室のスイート、そしてスポーツデッキがある。
 「国際警察って金あるんだな?」
 室内を見回しジョーが言った。さすがは地中海クルーズの豪華客船だ。広さはそうでもないが、内装や設備はちょっとしたホテルより豪華だ。と、ふと神宮寺の荷物に目を止めた。
 「ノートパソコン、持って来たんだ」
 「ケータイごと本部から借りた。情報はネットの方が早いからな」
 「・・・・・」
 そういえば、こいつはいつもこうだったよな、と思う。
 現場に行けと言われたら銃一丁持って向かうジョーに対して、神宮寺は可能な限りの準備をしていく。離れてわずか1ヶ月しか経っていないが、それがとても新鮮に見えた。
 「なんだ?」
 「いや─なんでもない」怪訝そうに見られ、ジョーは目を逸らした。「おれちょっと船内の様子を見てくるよ」
 とっさにそう言い部屋を出た。
 廊下にはスチュワードに案内された乗客が歩いている。出航まであと1時間。今が一番忙しい時だ。
 部屋は廊下の左右に6部屋づつ並んでいる。スイートルームは今のところ静かだ。この12室のうち何室かは自分達の同類が泊まるのだろうが、改めて名乗りあう事はない。
 ジョーは船首─つまり長官達のいるロイヤルスイートルームの方へ歩き始めた。

 「1日目はマルセイユ、2日目はリボルノ、3日目はローマ、4日目はシチリアのパレルモ。なるほど、ジョーの言うとおりティレニア海一周だな」
 神宮寺はソファにゆったりと座り、室内に置いてあるパンフレットを見ていた。
 Sメンバーの仕事の中で要人の護衛というのはあまりない。2人も本格的なものは今回が初めてだ。まあ船で海に出てしまえば襲われる危険は陸上より低いかもしれない。
 「が、もしこの船に乗っていたとしたら─」かえって危ない。「なんでこんな所で会議をしようなんて考えたのかなあ」
 珍しくグチる。と、ジョーが戻ってきた。
 「早かったな」
 「神宮寺。おれ、船員に見えるか?」
 「─え?」
 「ロイヤルスイートの前廊下は誰もいなくてよ、そこにいるとかえって怪しまれそうだから3階下に下りてみたらショップとかあって、そこにいる乗客がやたらとおれに訊いてくるんだ。ホールはどことかラウンジはどっちって。それも女の子ばかりだぜ」
 「・・・・・」
 それって、もしかしたら女の子からのお誘いではないのか・・・?
 「日本人のツアー客がいたぜ。おれが日本語で答えたら驚いていたよ」
 (やれやれ・・・)ハハハ・・・と声を上げて笑うジョーを見て、神宮寺はため息をついた。(相変わらず鈍い奴だなァ)
 女の子達が声を掛けてきたのはジョーを船のスタッフと間違えたからではない。ジョーと話がしたかったからだ。
 (ま、それでこいつがデレデレしたら気持ち悪いけどな)
 苦笑して再び相棒を見る。
 枯葉色の髪に灰色がかった青い瞳、そして均整のとれた長身の体つきのジョーは女性の目には魅力的に映るらしい。
 おまけに今日はいつものワンパターンの服ではない。空色のシャツにグレイのブレザ─そのウエスト部分を少し絞ってあるので、長身の彼をさらにスタイル良く見せている。皆、幸子の見立てだ。
 だがそう思っている神宮寺も決してジョーに見劣りしない。
 彼のようにガッチリした体つきではなくどちらかというと細身だが、スラッとしたその体はとてもしなやかだ。黒い髪も瞳もヨーロッパでは少ない。だからバーデンバーデンでもモテた。
 (あ・・、いやな事思い出した・・・)思わず顔をしかめる。
 「顔の筋肉の訓練か?」目を開けるとすぐにジョーの顔があった。「日本人は表情があまり変化しないって言うけど、お前はそうでもないんだな」
 「バカな事言ってないで荷物の整理をしてしまおう。いつ長官から呼び出しがあるかわからないし」
 その時、シャーンとドラの鳴る音がかすかに聞こえた。
 船がマルセイユのベルジュ埠頭を出港したのだ。


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Comment

淳 says... "覚書き"
2人が日本に帰る前にもうひと仕事と思い、(2人には迷惑だろうなぁ)地中海のクルーズに駆り出した。
「ご褒美」ではないが、のんびりと(一応護衛だが)クルーズを楽しませてあげようと思ったのだ。

もっともこの時は冬なので、実際(現実)にはクルーズが行われていないかもしれないが。

ラヴェンナ号のモデルは「ぱしふぃっく びいなす」という日本船籍のクルーズ船。
あとは淳が昔に体験したエーゲ海クルーズ(3泊4日)を参考にしている。 
2011.04.26 16:10 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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