コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   1 comments   0 trackback

紺碧の海と風と 2

 もうすぐ、船長主催のウェルカムパーティが開かれる。
 鷲尾は広いロイヤルスイートで一人タキシードに着替えながら、あの2人に護衛役を頼んだ事をちょっと後悔していた。
 目立ちすぎるのだ。
 マルセイユのベルジュで2人が自分の後方に付いていた事は知っていた。その2人が車から降りたとたん、その場にいた女性達の目が彼らに向けられたのも見ていた。
 シーズンも終わり乗客が少なくましてや若者も少ない中、彼らが目立つのは仕方がないのだがシークレットの護衛には向かない。が、今さらしようがない。神宮寺はともかくジョーはこの船に乗ってもらわなくてはならない。
 鷲尾は重いため息をついた。
 ウェルカムパーティはメインラウンジで行われた。一人一人の乗客に船長が握手で迎える。
 タキシードやカクテルドレスを着た乗客達はやはり年配が多かった。若い人といえば全体の五分の一もいないだろう。立食形式でイスの用意もあるが、大方の乗客はカクテル片手に立ったままおしゃべりを楽しんでいる。
 「苦手なんだよな、こーいうの・・・」ジョーがしきりにボヤく。窮屈なスーツを着せられ酒も飲めず、目にできるのは6人の年配の男性だけなのだから無理もない。「あ、お前、なに持ってるんだよ。酒だろ、それ」
 「ジントニック。だがジュースみたいに薄いぜ」神宮寺が軽くグラスに口をつける。「だがお前はやめておいた方がいいな、ジョー。酔ってぶっ倒れたら余計に女の子にモテなくなるぜ」
 「チェッ」
 ジョ?はクサってボーイのトレイからジュースのおかわりを手に取った。
 そんな2人を少し離れた所で鷲尾ともう一人─黒髪の背の高い男が見ていた。イタリア・ローマ支部長のデルファールト・レッカだ。
 「あの、右側の青年がジョージ・アサクラですか」レッカの問いに鷲尾が頷く。「なるほど。雰囲気がロレンツォ・グランディーテに似ていますね」
 それからレッカは鷲尾に向き直り、
 「今回はこのような事になって申し訳ありません。しかし彼は─」
 「わかっている」鷲尾が呟く。「仕方のない事だ。素通りはできない。すべてはジョージが決めなければならない」
 辛そうにジョーに目をやった。
 この夜、鷲尾とイタリア、ドイツ、オーストリア、スイス、オランダの各チーフは長官の部屋に集まり会議が行われた。ロイヤルスイートへ至る廊下の手前ではイタリアの護衛メンバーが付いていた。
 6室あるロイヤルスイートは国際警察で借り切っているので、他の乗客が近寄る事はない。
 その手前のスイートルームにはジョーや神宮寺を始めとした護衛メンバーの部屋があるが、12室のうち6室は一般乗客が入っているはずだ。
 しかしその夜は何事もなく、12時前には各国の支部長達は自分の部屋に戻った。

 翌日の昼前、ラヴェンナ号はイタリア・トスカーナ州の小さな港町リボルノに入港した。
 ここから内陸に80キロ行った所に花の都フィレンツェがある。したがってフィレンツェからの乗客はここリボルノから乗り込んでくる。
 ジョーはバルコニーからその小さな港町を見ていた。遅い朝食を終えた鷲尾が部屋に引き取ったので、2人共しばしの自由時間だ。
 「そういえばお前、イタリア語話せるんだな」
 ジョーがバルコニーから室内に声を掛けた。さっきダイニングで、顔見知りになったイタリアのメンバーと話している神宮寺を目にしていた。神宮寺もバルコニーに出てくる。
 「あいさつ程度さ。イタリア語ならお前の方が得意じゃないのか?」
 「いや・・・、おれは話せない」
 「教わらなかったのか?」
 イタリアはジョーの母、カテリーナの故国だ。
 「教わった記憶がない。グラーツェくらいならわかるけどな」かすかに口元を歪める。「イタリア語どころか、おれは母親がイタリアのどこの生まれかも知らない」
 「おじいさんや親戚に会った事はないのか?」
 「そういえばないなあ。マ・・・母親はイタリアの話はしなかったし─。ま、日本で一人になっちまった孫に会いにも来なかった人達だ。こっちも会いたくないがね」
 当時、アサクラ氏の両親はとうにこの世を去っていた。カテリーナの両親は健在だったようだ。当然鷲尾は連絡を取っただろう。
 しかしジョーはカテリーナの身内に会った事はない。連絡が取れなかったのか、それとも日本に一人残された子どもに会う事を拒否したのか─。その後もジョーは鷲尾から何も聞かされていない。
 「で、午後からの長官のスケジュールは─」
 突然言葉が切れた。目を見開き、接岸しているリボルノの埠頭を見つめる。
 「どうしたんだ?」
 「いや・・・、なんだろう・・。誰かがおれを見ている・・・」ジョーの言葉に神宮寺は埠頭を見回す。別に怪しい動きはない。「殺気じゃないけど・・、それに近い感覚が・・・」
 言いながら口を押さえた。顔色が青くなっていくのがわかる。
 「少し休め。午後から長官はローマ支部長の部屋で話し合いだそうだ。おれ一人で充分だから」
 神宮寺はジョーの肩を軽く押し部屋に入ろうとした。
 だが冷たい風に乱された前髪の間から、彼は埠頭を見つめ続けた。

 その日の午後、ジョーは一人船内を見回っていた。神宮寺は長官の護衛についている。おそらくローマ支部のメンバーも一緒だろう。人数は足りている判断し彼は他の乗客の様子を見ているのだ。
 船内のあちこちでは色々なイベントが行われている。ダンス教室や映画、コンサートなど、今回は年配向きのものが多い。
 スポーツデッキを覗くと、この寒い中元気にスカッシュをしている人がいた。
 「Guten Tag(こんにちは)」
 「お時間あります?一緒にテニスしません」
 「Prendiama un caffe(一緒にコーヒーはいかが?)」
 2日目ともなると乗客同士、特に数少ない若者達は互いに声を掛け合い遊びに誘う。
 各国の言葉が飛び交う中、やはり誘われたジョーだが丁重に断った。今まであまり若者らしい遊びをした事がない。仕事のない時は車をいじっている事が多い。
 しかし、もし今仕事中でなければ一緒に楽しみたいと思った。
 9階には大きなサンルームがある。
 天気は良いが風が冷たいのでデッキで日光浴、というわけにはいかない。が、ここならガラスに囲まれているので太陽の光を浴びる事ができる。
 さすがに衣服を脱いでいる者はいないが、デッキチェアに寝転び暖かい日を浴びてのんびりうたた寝を楽しむ─そんな光景にジョーはちょっと安心した。
 先ほど自分に向けられた刺すような視線─あれはなんだったのだろう。殺気とまではいかないが、それに近い感情がジョーを射った。緊張を強いられ気分が悪くなった。
 見回った限りでは、船内に彼の知っている顔はなかったが─。
 暖かいサンルームを出ようとしてギクッと足を止めた。あの視線だ!
 振り返る。と、そこに立っていたのは70才くらいの老紳士だった。
 暖かい室内なのにきちんとスーツを着ている。黒い髪は豊かで立派な口髭を蓄えている。が、その眼光は普通の老人のものではなかった。
 彼の目は真っ直ぐにジョーを見ている。最初は鋭く、しかし段々と柔らかくなっていった。
 それでも射竦められたようにジョーは動けない。老人の顔から視線を外す事ができない。息が詰まり呼吸をするにも努力を要する。いや息をするのも忘れそうだ。と 、
 「Fa lel tempo, mo?(いい天気ですね)」後ろからふいに声を掛けられた。振り向くとジョーと同年輩の男が立っていた。「Pesso parlarle?(話をしてもいいですか?)」
 「・・・・・」
 ジョーは男を見つめた。緊張の糸が切れない。
 男はそんなジョーを見て少し困ったように、が、再び話しかけてきた。
 「Non capite Iitaliano?─Can yor speak English・・or German?(イタリア語はわかりませんか?─英語か・・ドイツ語は話せますか?)」
 「あ・・・」やっと何を言われたのかわかった。「Either will do・・(どちらでもいいです)」
 「良かった。おれはイタリア語と英語しか話せないから」男はニッコリと笑い、右手を差し出した。「おれはトーニ、フィレンツェからだ」
 「おれはジョー、パリから来た」
 ジョーはちょっと躊躇ったものの自分も応じる。
 「そうか・・・。イタリア語は話せないんだ・・・」
 「え?」
 「あ、失礼。てっきり同郷だと思って─」
 エヘヘと笑うトーニを見てジョーも苦笑する。どうやらイタリア人からもジョーはイタリア人に見えるらしい。
 しかし考えてみるとジュゼッペはドイツと日本のハーフ・・・だと思うが・・・。実はジョーも詳しくは知らないのだ。が、?ジュゼッペ?という読み方から、もしかしたらイタリア人の血も入っているのかもしれない。そしてカテリーナはイタリア人。
 そうするとジョーはイタリアの血をもっとも多く引いているという事になる。イタリア人に見られても仕方がない。
 (え?じゃあなんでドイツ語なんて─?)
 トーニはジョーに“英語かドイツ語を話せるか?”と訊いた。ジョーのどこにドイツを見たのだろう。おまけに彼自身はドイツ語を話せないのに─。
 突然、さっきの老紳士の事を思い出し振り返った。そこにはもう誰もいない。自分を包んでいた威圧感が突然なくなったようだ。
 「どうしたんだい?」
 「いや・・・なんでもないんだ」
 ジョーは再びトーニに目をやる。
 自分より3つ4つ年上だろうか。黒髪の温和そうな、それでいて品のある顔つきをしている。人当たりの良いところなど典型的なイタリア人といったところか。
 それでも仕事上、ジョーは警戒を解いていない。今までの経験から、ジョーは自分に敵意や殺意を持つ人間を見抜く事ができる。
 悪意を隠しニコニコと笑って近づき、突然ナイフを繰り出される体験を多くしている。人を見る目には自信があった。
 しかし目の前のトーニからは何も感じられない。強いて言うならば、自分(ジョー)に対する興味だけが感じられる。
 この男はジョーの事を知りたいと思っている。なぜだ?
 しかしあまりいやな気はしない。それどころか・・・。
 「以前に会った事、あるか?」
 「え?ないと思うけど・・。ジョー、それは女の子を誘う時の言葉だぜ」
 おれがよく使う手だ、とトーニが笑った。ジョーもつられて笑顔を見せる。
 同じイタリアの血のせいかそれともトーニの人柄なのか、ジョーは彼に自分に近いものを感じていた。
 「ジョー、時間あるんだろ?遊ぼう」
 トーニはジョーをスポーツデッキに引っ張って行った。スカッシュのラケットを取りジョーに渡す。壁の一部を利用して打ち合う事ができる。
 「いくぞ!」
 まずトーニが打ち、壁に当たり帰ってきたボールをジョーが打ち返す。初めてだが元々運動神経はいいので少し打ち合えばコツを掴む事ができる。あまり力を入れるとドイツで背中に受けた銃創の跡がシクシク痛むが、それでも体を使って遊ぶのは楽しかった。
 ふと気がつくと、2人の後ろに人だかりができていた。ほとんどが若い女性で─と、いっても20人もいないが─2人が打ち合うたびにキャーキャー声を上げている。
 ジョーはちょっとまずいかなと思ったものの、やめる気にはなれなかった。
 自分の立場や任務はわかっている。しかし彼は若い。自分のやりたい事を止められない時もある。
 だが結局彼はやめざるおえなかった。腕時計がかすかに振動したのだ。
 洸がくれたシャルルホーゲルではなくパリ本部から借りたセイコーのクレドールだが、もちろん通信機などの機能を備えている。おそらく長官とローマ支部長との話し合いが終わったのだろう。
 「トーニ、悪いが約束があるんだ」
 ラケットを元の位置に戻しながら言った。
 「そうか、残念だな」
 トーニは本当に残念そうにジョーに目を向けた。
 その瞳の色にドキッとする。自分と同じ色・・・?
 「見かけたら声を掛けてくれ。また遊ぼうぜ」
 「ああ」
 ジョーは片手を挙げ答える。
 残念そうに声を上げる女の子達の間を抜けスポーツデッキから船内に入ろうとした時、また視線を感じた。デッキを振り返る。
 トーニは別の乗客とスカッシュを始めるところだった。目の合った何人かの女の子がキャッと声を上げた。だが視線の主はわからなかった。
 それにさっきの老紳士とは少し違うような気がする・・・。
 「まさか、なあ・・・」
 船という狭い空間の中で、そう何人もの人間がジョーに視線を向けてくるとは思えない。それも好意ではなく明らかに悪意を感じる視線だ。
 ジョーは後ろを気にしつつ、同じ10階にあるロイヤルスイートフロアに向かった。ちょうど鷲尾と神宮寺がローマ支部長の部屋から出てくるところだ。
 「ジョージ」鷲尾はジョーを見て眉をひそめた。「何かあったのか?」
 「えっ」ジョーは驚いて鷲尾を見た。「・・別に何もありませんが」
 「そうか?ならなぜそんなに緊張している?」
 「・・・・・」
 ジョーは鷲尾の目をやったまま、答えられなかった。と
 「君がジョージ・アサクラか」部屋から出て来たベルリン支部長バラックがジョーに気がついた。「先日はありがとう。カイザー達が世話になったね」
 「いえ、こっちこそカイザーに助けてもらって─」
 答えるジョーに、ベルリン支部長についている護衛の2人が、“ゲッ、ジョージ・アサクラ!?”“あのアサクラか!”と小さく声を上げた。前にも聞いたなァ、とジョーは思った。
 「これから彼と船長の所に行く」鷲尾が言った。「お茶に招待されているんだ」
 「神宮寺。今度はおれが付くよ。お前は休んでくれ」
 「そうか?じゃあ船内でも回ってこようかな」
 「女の子が集まっているのはスポーツデッキだったぜ。お前の得意なスカッシュでも披露すればこれからの船旅はバラ色になる。おじさん達ばかり見ていなくてもよくなるぜ」
 神宮寺をからかい、ジョーはそのおじさん達の後を追った。
 「─あいつ、スカッシュしてきたんだな」
 しっかりバレていた。
 鷲尾とバラック支部長が並んで歩く。後ろを3mほど空けてベルリン支部の2人、さらに2m後をジョーが歩いている。
 エレベータで7階に下りメインラウンジへ向かう。と、廊下の曲がり角の所で鷲尾が足を止めた。曲がってくる人と鉢合わせしたらしい。
 その相手を見てジョーはとっさに走り出していた。鷲尾とバラックの前に出て2人を庇うように立ち塞がる。シークレットな護衛など頭から飛んでいった。
 相手はサンルームにいたあの老紳士だった。ジョーは目を眇め紳士を見つめた。紳士も何も言わずジョーを見つめ返している。鋭いジョーの瞳にたじろぐ様子はない。
 (・・・え)
 やがてジョーは気がついた。老紳士の瞳の色はジョーとよく似ていた。あまり見ない灰色がかった青い瞳─。光の当たり方によってはアクアマリンにもアメジスト色にも見えるという・・・。
 ジョーは途惑いわずかに体を引いた。
 「ジョージ」
 鷲尾が後ろからジョーの肩に手をかけ先を促す。老紳士の前を軽く会釈して通り過ぎる。
 ジョーは振り払おうとしたが鷲尾の手がガツッと肩を掴んだ。そのまま押されるようにしてラウンジに入っていく。
 「Come sta?Signor washio(ご機嫌いかがですか?)」
 メインラウンジ横の個室で船長が2人を出迎えた。
 ベルリンのメンバーの1人が個室に入りもう1人は個室の入り口近くに、ジョーはもう少し離れた所に陣取る。ふと廊下に目を向けたがもちろんあの紳士の姿はない。だが─
 (鷲尾さんはあの男を知っている・・・?)
 狭い空間だが顔見知りが乗っていてもおかしくはない。しかしそれとは違うような気がする。鷲尾のあの紳士を見る目は、とても友人だとは思えない。それは紳士の方も同様なのだが─。
 ジョーは立ち上がって窓辺に寄った。ラヴェンナ号はイタリア沖合いをゆっくり進み、夕方にはローマに到着する予定だ。
 遠くに見えるイタリアの地。
 まだ降り立った事のないこの地が、景色が、なぜかジョーを不安にさせていた。


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Comment

淳 says... "覚書き"
船なので服装とかちょっとおしゃれにしようかなと思い(結局そんなシーンは書けなかったが)参考に本か何かで見てみようと思ったが・・・うちにあるのはサッカー雑誌ばかり。
ジャージとユニフォームしか載ってないよ~。
2011.04.30 16:35 | URL | #vDtZmC8A [edit]

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