コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳

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ワルサー・嘆(な)く 5

 先ほどまでの息苦しさが少しラクになった。胸はまだ痛いがゆっくりと呼吸すれば大丈夫だ。体の熱さはまだ続いている。左腕の点滴も鼻と口を覆うマスクもうっとおしいが、今は取る事もできない。
 時々体がベッドに押し付けられたように沈む感覚に襲われる。喉が渇いた。うっすらと瞼を開ける。室内には他に誰もいないようだ。
 水が欲しかったが起き上がる気力はない。と、ドアが開き誰かが入ってきた。神宮寺か、それともさっきまでいた石丸さんか・・・。
 「!」
 突然ジョーの意識が跳ねた。入ってきたのは神宮寺でも石丸でもなかった。
 ベッドの上に跳ね起き、防御から攻撃態勢に移ろうとした。が、
 「やめろ、ジョー!」神宮寺の声だ。「医療部の南医師だ」
 「──」
 ジョーは手刀を胸の前に置いたまま南を見た。そういえばどこかで見た顔だ。ふっと体が揺れベッドに片手をつく。南が支えてくれた。
 「す、すみません・・・おれ・・・神宮寺だと思っていたら・・・」
 「いや、こっちこそ─。驚かしてすまなかった」
 南が言った。が、彼はジョーを驚かしたわけではない。むしろ驚いたのは南の方だ。
 ジョーをベッドに戻しながら、たとえ相手が寝ていてもSメンバーに安易に近寄るものではないな、と思う。
 「石丸さんの代わりに来てくれたんだ。ちゃんと言う事を聞けよ」
 釘をさす神宮寺をジョーが不機嫌そうに睨んだ。ここ3日ほどロクに食事をしていないせいか頬の辺りがこけ、精悍というよりは鋭い刃物のような印象を受ける。ヘタに触るとスパッと切られそうだ。
 「い、いてて」
 見ると点滴の針が抜けて腕から血が流れていた。
 「腕を伸ばして」
 南が手当てをし、もう一度針を入れる。“つっ”とジョーが顔をしかめた。点滴中、多少動いても大丈夫な柔軟性のある針だがその分太く、さす時は普通の針よりちょっと痛い。
 「拡張剤がよく効いている。息苦しさは少しは収まったかい?」
 聴診器を使いながら訊く南にジョーが頷く。
 「もうマスクは外しても大丈夫だな」ジョーはホッと息をついた。だから、「でも点滴はまだ続けるから、そのままおとなしくしていてくれよ」
 という言葉にも辛うじて頷いた。
 「ま、あれだけ元気なら大丈夫だな」いつの間にか姿を消し、再び戻ってきた神宮寺がジョーにカップを押し付けた。「飲め」
 「─なんだよ、これ」
 「野菜スープだ。フランスからの荷物に入っていた」
 「いらねーよ、今─」
 「石丸さんから水分を摂る様言われているんだ。ツベコベ言うと口の中に流し込むぞ」
 「あーもう!お前こそ、人ン家(ち)来てガタガタうるさいぞ!」
 「だったら自分の体くらい自分で面倒みろ!」さらにカップを押し付ける。「どうせ看病してくれる女(ひと)もいないんだろ。だったらおとなしく飲め!」
 「
 よくわからない理論(?)だが一部は当たっている。それに喉も渇いていたのでとりあえずスープをすすった。暖かさにちょっとホッとする。
 (世界最強のSメンバーだという噂だけど、ひょっとして?最恐?の間違いでは・・・)
 2人を見ながら南は思った。
 彼は先月香港から転勤してきたばかりだ。日本人だが日本支部は初めてで、ダブルJと顔を合わせたのは1、2回しかない。ジョーが誰だかわからなかったのも無理はないのだ。
 南も他の者が思うのと同様、ダブルJがこんなに若いコンビなのに驚いていた。それも無理はない。ブツクサ言いながらスープをすするジョーと、そのそばで、“あのフランスからのワイン飲んでいいか?”とねだる神宮寺を見れば、これがあの噂のダブルJとは思わないだろう。
 「南さんはまたJBに戻るんですか?」
 「あ─、うん」
 ふと我れに返った。見るとスープを飲み終えたジョーはクタとベッドに潜り込んでいる。南は点滴を調節しながら、
 「抗生物質に替えたから点下速度がさっきよりゆっくりになっている。時間は掛かるがこの1本が終わるまで抜いてはいけないよ」
 「はい」
 ジョーの代わりに神宮寺が返事をした。
 「後はロープでベッドに縛り付けて、口をこじ開け水分を流し込んで─」
 「は?」
 「おとなしくしていないようならそうしろと石丸さんが言っていた」
 南の言葉に眉を八の字に曲げ笑う神宮寺と、ムスッとしたジョーの顔をおかしそうに見た。まるで子どもだと思う。
 この後南はいくつかの薬を渡しJBに戻った。

 「なんだ、これは」関が声を上げた。「今日、ネット休みか?」
 「えー、またか?」同僚の達村がモニタを覗き込む。またって?と、問い顔の関に、「さっきもネットが繋げなくて、でもすぐ直ったんだがな。パソコンも回線もサーバも異常はなかったと聞いているが」
 しかしモニタは真っ白だ。
 「なんだよ。人がせっかくデスクワークしてやろうと思ったのに」
 「わかった」達村がニヤリと笑う。「原因はあんただ。慣れない事するからパソコンがびっくりして拒絶したのさ」
 ぬかしてろ!と、関が口を曲げる。
 「あー、こっちもだ」少し離れたデスクからも、「真っ白ですね。繋がらない」「関さんの拒絶反応ってすごいんですね」
 と、皆口々に言う。
 「ンなわけないだろ。─木村」部下を呼んだ。「サーバレベルで調べろ。万一ハッカーとかだったら面倒な事になる」
 はい、と木村が立ち上がった。

 「ええ、大丈夫です。南さんの言うとおり、おとなしくベッドにいますよ」
 神宮寺の電話の相手はJBにいる南だ。今夜は当直だという。
 「呼吸もラクになったようですし、今日の分の点滴は終わりました。─ええ、熱はまだ少しあるようですが─」
 彼は冷蔵庫に眠っていたシチューのルウでクリームシューを作りジョーと夕食を摂った。
 ジョーは小さなスープカップ一杯を時間を掛けて胃に収めた。3日の間ほとんど何も口にしていないせいで、胃に食べ物を入れるとキリキリ痛むらしい。それでも昨日と比べれば咳も少なくなったし、荒くついていた呼吸も少しはラクになったようだ。
 ただ気管支の炎症がまだ収まらないので熱は下がっていない。気管支拡張剤も抗生物質も内服薬に替わっている。後はとにかく安静にしているしかない。
 「わかりました。明日も午前中ですね。はい、では─あれ?」
 プツリと音がして電話が切れた。最後の挨拶はしたものの唐突な切れ方だ。が、
 「あいつ、薬飲んだかな」
 そっちの方が気になる。
 神宮寺はベッドルームのドアの前で呼びかけ、中に入った。
 彼は結局2日間、ジョーの部屋に泊まりこんだ。
 今日の午前中に一度中野の自宅に帰り、着替えと買い物を済ませ麻布に戻ってきた。
 ジョーはもう付いていなくても大丈夫だと言ったが、1人にしておいたら食事も薬も飲まないだろうと思い、もう1日いる事にした。幸い、ダブルJが出るような事件はなかった。
 「やっぱりだな」
 神宮寺はため息をついて夕食後に飲むはずの、しかし封も切っていない薬袋を見た。これでは?食後?ではなく?食間?になってしまう。石丸さんに頼んでまた点滴に戻してやろーかと思い、ジョーに目を向けた。
 マクラに深く頭を沈め、彼は眠っていた。やはり暑いらしく寝苦しいのかたびたび寝返りをうつ。そのたびに枯葉色の髪がマクラに広がり、汗のためジョーの額に貼りつく。
 神宮寺はタオルで汗を拭いてやりベッドを直した。だが起こして薬を飲ませるのは諦め、部屋を出て行こうとした。─と、
 「日本に戻ってきてすぐ、違和感があったんだ」突然ジョーが口を開いた。神宮寺が振り向く。ジョーは上を向いたまま続けた。「戻ってきて初めてワルサーを握った時、ああ、やっぱりこいつだ、と思った。でも─」
 「ジョー、なにもこんな時でなくても」
 「聞けよ。もう話さないぜ」ジョーがチラッと神宮寺に目を向ける。が、すぐにまた上を向き、「ワルサーを手にしたのは2ヶ月ぶりだからそのせいかと思ったんだ。ソーでは銃を使う生活なんてしてなかったし、ドイツや小学校の事件の時だって普通に銃を使えた・・・。ただちょっと不安はあったけど・・・」
 パリ本部の射撃場でジョーは人型のターゲットが撃てなかった。人に銃を向けるのが怖いと言っていた。
 「だけどそんな事鷲尾さんに言えないし、このまま日本に戻ってJBに復帰してもお前に迷惑が掛かるんじゃないかと思って・・。でもおれは帰って来たかったから・・・」
 「ジョー」
 神宮寺がベッドの端に腰を下ろした。ジョーは一瞬顔を背けるが再び天を仰いだ。
 「日本に置いてきたワルサーは、でもピカピカに光っててグリップもフィットし弾丸の送りもスムーズだった。始めのうちはカンが狂ってあせったけど、撃ち込むうちにそれも無くなって以前と同じように使えるようになった。もう大丈夫だと思ったんだ。パリでのような事はないと。だけど」
 時々言葉が切れ、小さく息を整える。長く話すのはまだ辛いらしい。しかし今話してしまいたいというジョーの気持ちが強く伝わってくる。神宮寺は口を挟まず聞いていた。
 「なぜかわからないけど、現場に出るとだめなんだ。どうしてもトリガーが引けない。射撃場では撃てるのに実戦になると─」
 神宮寺はジョーが泣いているのかと思った。だが真っ直ぐに天を見つめた目に涙はない。
 「トリガーを引こうとすると、あのファイルの文字が浮かんでくる。パパやママやおれの─。なのにまたファイルを見るんだ。納得したのに、もう乗り越えたと思っていたのに・・・。いや、納得するために見ていたつもりだったんだけど・・・」
 少しアゴを上げ右手の甲で目を覆う。
 「結局お前の言うとおりになっちまったな」
 横須賀の貨物船の中で神宮寺が言った言葉─。
 ─今これ(ワルサー)を手に出来ないと、これから先─。
 あの時は、手にする事はできたが撃つ事はできなかった。そしてクロードは死に、おれは逃げた・・・。
 「一言、言ってくれればよかったのに・・・」
 「言ってどうなる?ワルサーを使うのはお前じゃない」
 「そうだけど・・」それでも言って欲しかったと思うのは神宮寺の勝手な想いか。「ワルサーじゃなくて、他の銃なら撃てるのか?」
 問われ、ジョーが途惑ったように、だが小さく頷く。
 「じゃあしばらくの間、ワルサーから離れてみてもいいんじゃないか?」
 「え・・・」
 「辛いなら無理にワルサーを使う事はないだろう。他の銃を使ってお前が本当に納得しワルサーと向かい合えるようになってからまた使えばいい」
 「だ、だけど・・」
 「おれ、ワルサーを分解整備した事があるんだが─。使い込まれよく手入れがされているけど、あれはもう耐久年数が過ぎている」ふとジョーを見て、「お前だってそれはわかっているだろ?」
 「・・・・・」
 「もちろんまだ使えるけど、いい機会だと思って少し休ませてやったらどうだ?」ジョーが神宮寺から顔を背けた。目を瞑り唇を噛む。「そう、お前だってわかっている。だから一平に銃のカタログを頼んだんだろ?」
 ジョーが再び神宮寺の目を向けた。アメジストに見える瞳が映すのは迷いか後悔か、それとも恐れか─。
 「智・・・おれの弟が車に撥ねられて死んだ後、おれ無性に車が怖くなってな。しばらく乗る事もできなかったんだ」
?智(さとし)?というのは5才年下の神宮寺の弟だ。小学生の時、ひき逃げに遭い亡くなった。
 突然の話にジョーはキョトンと彼を見た。
 「当時、おれはバスで中学に通っていた。でも乗れなくなって・・・。それどころか父さんの運転する車でさえ怖くて乗れなくて・・・。でも学校へは行かなくちゃいけないし・・。だから歩いて行ったんだ。バスで30分くらいだったからおれの足で1時間以上掛かったけど」
 ふと天を仰ぐように目を空(くう)に向けた。
 「新宿通りをずーっと1人でモクモクと歩いて・・、疲れるとすぐ横を走り抜ける車を睨んで、また歩き始めて・・。何に対抗しているつもりだったのかな」
 目を細め微笑む。いたずらっ子のような笑みだ。
 「クラブのある日なんて家に帰った時にはもう真っ暗になっていて、学校から親に注意が行ったらしいけど、おれには何も言わず学校を説得してくれたらしい。そのうち友人が何人か途中まで付き合ってくれたりして」
 「・・・ずっと?」
 「いや、1ヶ月ちょっとだったよ。遠足でバスに乗らなきゃいけなくなって、その時友人の1人が言ってくれたんだ。“神宮寺君はバスに乗れないから、ぼく達のクラスは歩いて行こう”って。伊豆半島だぜ。無理だよな」
 ちょっとテレたように声を上げて笑う。
 「正直言って、おれ一人の問題だし、放っておいてほしいと思ってた。でも・・・なんだろ・・、嬉しかったのも本当だな」
 「・・・・・」
 「お前の例とはちょっと違うけど、でも少し離れて物を見る事が解決の切っ掛けになる事もあると思う」再びジョーに目をやる。「お前に休まれると困るから、ワルサーだけで勘弁してほしいけど」
 穏やかに微笑む。この笑みに何回救われた事か。今回もきっと─。
 「そうだな・・・」ジョーも口元を歪める。「考えてみるよ。どうせヒマだし」
 ブルーグレイの瞳を神宮寺に向け一瞬綻ばせる。が、すぐに天に向け、じっと見つめた。
 まるでそこにある何かを掴むように─。

 「だめだ。PCナビもだけど、JBのサーバにも繋がらない」目の前のナビのキーを押し西崎が言った。「奴らの車は立花が追っているはずだけど」
 「立花!応答しろ。伊藤!」運転席の高浜がマイクに向かって怒鳴る。「だめだな。通信機も使えない」
 前方の信号が青になったので発進させた。
 「こっちのナビがイカれてるのかな。とにかくこれでは奴らの車がどこを走っているのかわからない。追いようがないぜ」
 JBの捜査課は今、容疑者の乗った車を追っている。3台に分かれ追跡を繰り返しアジトを突き止める作戦だ。
 ところが今まで絶えず連絡を取っていた立花達がもう20分も応答がない。 立花は容疑者の車に1番近い所を走り、もうすぐ西崎達と交替するはずなのだが─。それどころかもう1台─中根達が乗っている車とも連絡が取れなくなっている。
 ナビがJBからの情報を、仲間の通信をまったく受信しないのだ。いやこれでは送信しているのかさえわからない。
 「え?」西崎は呟く。「ケータイもJBに繋がらない・・・」
 「えっ!?」
 高浜が振り向き、西崎を見た。


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