コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
Posted by  朝倉 淳   0 comments   0 trackback

ワルサー・嘆(な)く 9

 4階の表示ランプが点き、ドアがスライドした。すぐ前には小さなイスやテーブルのセットが置いてある。廊下の端にある喫煙コーナーだ。
 しかし2人はすぐエレベータから降りず様子を窺う。西館の4階は全フロア捜査課が入っている。それにしては静かだ。
 「待機要員は15人もいないはずだ」西崎が言った。「皆、食堂や管理課へ行っているのかもしれない」
 うん、と頷きジョーが慎重にフロアに踏み出す。一部ガラス張りになっている捜査課を西崎が覗いた。と、
 「滝川」
 「西崎さん」数ヶ月前に捜査課に配属になった若い滝川が1人でいた。「本当だ。チーフの言ったとおりだ。西崎さんが必ず裏街道を使ってくると─」
 「チーフがそう言ったのか」
 ジョーが言うと滝川はビクッと彼を見た。確か自分より1、2つ年下のジョーだが・・・しかし、頭ひとつ抜き出た長身から見下ろしてくる鋭い瞳に一瞬体が強張る。つい上目遣いになってしまう。
 そんな滝川の様子にジョーは眉を寄せ睨みつけた。滝川はますます体を縮める。
 「で、他の者は?」西崎が助け舟を出した。
 「や、山田課長を含む7人が管理課へ、眉村さんと残り4人が食堂へ」
 「いくぞ、西崎」
 ジョーが階段に向かう。食堂は東館の3階だ。
 「滝川はここに待機。連絡係をしてくれ」
 はい、という返事を背に西崎がジョーの後を追っていった。3階を突っ切って西館に入る。「おい」ムスッとジョーが呼ぶ。「捜査課じゃ、おれの事を化け物だとでも教えているのか」
 え?と西崎が振り向く。
 「なんだよ、あいつ。人を化け物みたいな目で─」
 「教えなくてもわかると思うけど・・・」
 「なに!?─あ」
 前方で人の気配がした。食堂の入り口に人影が見える。
 「ジョー、西崎」眉村だ。「やはり来たか。時間もぴったりだ」
 「状況は?」
 「調理師長の杉本さん以下5人が捕まっている。しかし何もしないところを見ると本命は管理課の方だな。あっちの仕事が終わるのを待っているのだろう」
 廊下から食堂内は一部ガラス張りになっている窓から見る事ができる。
 人質の5人は食堂の中央に集められ座らされている。しかし手足を拘束されてはいないようだ。だがその周りには、銃を手にした6人の男達が取り囲んでいる。
 「報告より実際の犯人の人数の方が多そうだ」
 「さっさとやっちまおうぜ」
 ジョーがホルスタからワルサーを取り出した。西崎には彼のコレクションの1つであるコルトを渡してある。
 「賛成だ」樋口が言った。「早く片付けて杉本さんの作ったサバのみそ煮が食いたい」
 「それじゃあ、夕飯はサバのみそ煮のフルコースだ!」ジョーが飛び込んだ。
 サバのみそ煮のフルコースってどんなのだ!?と思いながら樋口達も後に続く。指揮をする眉村だけが入り口に残った。
 突然飛び込んできた6人の男にサーバドの連中は驚いた。しかし6対6で、こちらには人質がいる。
 床に座っている人質に銃口を向け、入ってきた男達を牽制しようとしたその時、突然その銃が蹴り上げられた。杉本だ。そしてそれが合図のように、あとの4人の調理師も犯人に飛び掛った。
 食堂部のメンバーは実戦には出ないが行動部と同じ様な訓練を受けJBに入隊している。ただの調理師ではないのだ。だが武器を持っていない分、やはり不利だ。
 「杉本さん!引いてくれ!」テーブルを倒し、死角を作りながらジョーが走る。調理師の1人が腕を撃たれ床に転がった。「引け!こっちに任せろ!」
 叫んだとたん息が詰まった。激しい咳が戻ってくる。息を継ごうとすると胸が痛む。ジョーは床に体を倒し咳き込んだ。空気を求め喉が鳴る。
 「ジョー!」西崎が駆け寄りジョーをテーブルの陰に引っ張り込む。「無理するな。あの人数ならおれ達だけで充分対応できる」
 胸を押さえ肩で息をするジョーが西崎に目をやる。ブルーグレイの瞳が炎を映していた。
 「大丈夫。任せておけ」
 ポンッと肩を叩き、西崎がテーブルから飛び出した。
 「く、くそォ・・」
 右手のワルサーを抱え込みジョーが全身を震わせた。
 もしかしたらワルサーと共に現場に出られるのは今日が最後かもしれない。こんな惨めな形でこいつを送るわけにはいかない。
 ジョーは辛うじて体を起こした。と、そのすぐ横を誰かが走り抜けようとした。捜査課のメンバーではない。とっさに足を掛けて転倒させた。
 「こいつ!」
 転がった男はすぐさま起き直り、中腰のままのジョーに掴みかかってきた。が、ジョーが手を伸ばし、先に相手の胸倉を掴むと右足を下腹部に当てそのまま後ろに倒れる。両手の引きと右ひざの伸ばす力とで頭越しに相手を投げ飛ばした。ともえ投げだ。背中から落ちた男はゲエッと声を発し動かなくなった。
 「そいつで最後だ、ジョー」
 西崎が走ってきた。見ると他の男達は樋口や白鳥達に抑えられている。
 「・・・・・」ジョーはとっさに抛ったワルサーを拾い、その光景を見て唇を噛んだ。「すまない、西崎。手間掛けちまった」
 「そんな事はないさ」西崎が男の体を抑えた。「杉本さんがあんな行動に出たのは君がいたからさ。君なら必ず助けてくれる。事態を好転できる。そう考えて行動を起こしたんだ」
 「・・・・・」
 そう言われ、ジョーはますます気まずげに瞳を伏せた。
 「ただそこに居るだけで勇気を、力を与えてくれる人間が必ずいるものさ。今、ここでは君がその役割をしている」
 「西崎・・・」ジョーは西崎の心遣いを噛みしめ、ここでワルサーを使わなくて良かったのかもしれないと思う。が、「─管理課」
 「どこへ行くんだ!?」
 身を翻し走り出したジョーに西崎が声を上げた。
 「管理課だ!向こうはまだ決着がついていない!」
 もしすでに決着がついていたら神宮寺達はこちらに来るはずだ。だがその気配はない。
 ジョーは後に続く西崎の足音を感じながら階段を駆け下り、西館1階の管理課室に向かった。
 管理課は玄関ホールを挟み2部屋に分かれている。メインコンピュータやサーバなどは西側の室内に集まっている。
 ジョーと西崎が着いた時はまだ銃撃戦の真っ最中だった。
 「一平」
 「ジョー」入り口近くに一平がいた。「上は片付いたの?」
 「ああ。─神宮寺達は?」
 「中だ。奴らメインコンピュータを背にしているからやりにくいぜ」
 メインコンピュータは室内の一番奥にある。入り口からは見えないが、銃声と怒声は聞こえてくる。
 「よし、行こう」
 食堂の方がケリついたのならが新手を心配する必要はない。一平とジョー、西崎はPC室に足を踏み入れた。とたんに弾丸が飛んでくる。
 「神宮寺」
 ジョーが机の陰に身を潜めている神宮寺を見つけた。
 「体を低くしろ」言葉が終わらないうちに頭上を弾丸が飛び交う。「奴ら、メンコンの前に陣取っている。向こうは撃ち放題だがこっちは確実に当てていかなければならない。陽動作戦を取っている」
 だからこの広い室内でみな散らばっているのか。と、ジョーと西崎は納得した。1人、もしくは数人が動き敵の目を引き付けて残りのメンバーが撃ち取る。しかしやがてそれも見切られるだろう。
 「行こう、ジョー」
 神宮寺は洸と組んでいると見たのか、西崎がジョーに声を掛け慎重に進んでいく。
 ジョーは途惑った。さっきあんな無様な醜態を晒した自分と組もうという西崎を不可解に思った。が、1人で先へ行かせるわけにはいかない。
 メインコンピュータの前には5人のサーバドと名乗る連中がデスクを盾に陣取っていた。
 確かに正確に当てないとコンピュータを傷つけてしまう。特に経口が大きく強力なマグナム弾を使う神宮寺は確実に相手の手や足が狙え、貫通しても後方のコンピュータに当たらない角度を選ばなければならない。広さに限りのある室内ではほとんど不可能だ。と、いい角度を取った西崎がバッと立ち上がり、両手で握ったコルトを撃った。奴らの1人が腕を押さえる。
 「西崎!」あの声は狙撃部の牧野か。
 「西崎!」野田の声もする。
 あちこちから上がる声と増えた人数にサーバドは一瞬途惑い乱射し始めた。中型のコンピュータが1台、黒煙を上げる。
 「ここにいろ」
 神宮寺は一言そう言うと、黒煙の中に突っ込んでいった。
 ジョーは今、気がついた。ワルサーを両手で握ったまま固まっている自分に。
 目は西崎を追っていた。サーバドにも気は向けていた。が、彼の体はデスクの陰に置かれたまま動かない。
 「く・・・」
 ワルサーを握る手を、強い意志を用いて動かし銃口を前方のサーバドに向ける。換気装置が停止しているのか、黒煙が室内に充満していく。
 「うわっ!」「洸!」
 声が響く。ジョーの意識がそちらを向いた。何も見えない。
 「神宮寺!」江川の声だ。「黒煙がひどくて─。これじゃあ─」
 「出ろ!」神宮寺が叫んだ。「奴らを閉じ込める!」
 一か八かの賭けだ。だがこのままでは煙の害でやられてしまう。
 「皆、後退しろ!ジョー、引くんだ!─西崎!」
 「うっ!」
 神宮寺が呼ぶと同時に西崎が声を上げて倒れた。黒煙に紛れてすぐ近くまでサーバドが近づいたのに気がつかなかったらしい。
 「西崎!」神宮寺が飛び出し、西崎に走り寄る。
 「!」
 サーバドが神宮寺に気がつき、銃口を向ける。
 ジョーの両手がスッと上がった。2人に近づく男に狙いを合わせる。トリガーに指が掛かる。が、引けない。
 神宮寺が男に気がついた。マグナムを向ける。だが男はメインコンピュータを背にしている。
 神宮寺が一瞬躊躇する。それを男が見逃さない。
 だめだ。2人を撃たせるわけにはいかない。おれの目の前で─。
 「くわァァ・・・!」
 ジョーの指がトリガーを引いた。男の銃が撃ち飛ばされた。続く2発目で男が後ろに倒れた。
 神宮寺と西崎が動きを止めジョーを見た。
 彼は今だ銃口を向け立っている。全身が震え歯がガチガチと鳴った。なぜか涙が浮かんできた。
 なぜこんな思いをして、おれはこいつを撃っているのか。なぜ─。
 「西崎、行くぞ」神宮寺が我れに返り西崎に肩を貸した。と、彼らの後ろから長髪の男が現れ2人に発砲した。「うっ!」
 神宮寺の腕を掠る。
 「伏せろ!」
 叫んでジョーが横に飛んだ。伏せた2人を狙う男に向かってワルサーを撃った。脇腹に弾丸を受けたらしく男は半回転して黒煙の中に倒れた。
 「─え」
 肩から床に落ちたジョーの手の中で、ワルサーがカシッと震えた。
 次の瞬間、両手で握られていたワルサーが甲高い金属音を響かせ四方に弾け、ジョーの手の中からすべり落ちていった。
 ジョーは瞳を見開きワルサーの行方を追う。
 銃身が、グリップが、銃倉が、それぞれ床に散らばり広がる。コロコロ・・・と弾丸が転がり、床についているジョーの肩に当たって止まった。
 ジョーは動けない。
 目は床に広がる?ワルサー?に吸い付けられたまま、ただ呆然とそれらを見ていた。自分の瞳が映している光景が信じられなかった。
 黒煙に邪魔されても、分解しパーツでしかなくなった自分の銃から目を背ける事ができない。
 「ジョー!」気がつくとジョーは立っていた。その腕を山田捜査課長が掴んでいる。「出るんだ。─神宮寺君!」
 大丈夫です、と神宮寺の声が聞こえた。西崎に手を貸しドアに向かう姿が見えた。
 山田に腕を取れらたままジョーも続く。ふと後ろを振り返ったが、黒い煙が視界を覆い、何も見えなくなっていた。

 もうそろそろ日付が変わる。新宿御苑を煌々たる月の光が照らしている。
 その御苑を背にして建つ巨大なJBもまた煌々たるライトの元、捜査課が管理課が通信課が─、みな忙しく働いている。
 ほとんどのパソコンが動かない中ゾンビファイルの特定は手間取り、やっと見つけ出したのはサーバドの奴らを公安3課に引き渡してから3時間も経っての事だった。
 「これだ。千葉県警から3課に送られ捜査課でダウンロードされている」
 見つけたのは洸だった。彼は足を撃たれたが手は動くからとファイル探しを手伝っていた。
 「これにくっついて送られてきている。千葉県警のパソコンから元ファイルを取り出せば修正プログラムが作れる。問題はそれをどうやってJBのメインコンピュータに入れるかだ」
 始めは修正プログラムを直接打ち込もうかと思っていた。しかしサーバドとの銃撃戦でメインコンピュータの一部が破損してしまった。打ち込んでもそれをうまく取り込めるかどうかわからない。
 「と言って、修正しないとメンコンは動かないし・・・」
 堂々巡りというやつだ。
 「3課のサーバからファイルを送ってもらえば取り込めるんじゃないか?」
 隣のベッドの西崎が言った。彼らは医療部のベッドの上にパソコンを持ち込んでいるのだ。
 「だってネットが繋がらないんだよ。なのにどうやって─。あれ?」
 そう言えば関が何か言っていた。?時々思い出したように繋がる?だって?そして一平と連絡が取れた時の神宮寺の言葉─。
 「も、もしかして─!」
 「洸」ノックされ神宮寺が入ってきた。「修正プログラムだが─」
 「ミスター!いい所に!」洸がベッドから飛び降りた。「千葉県警のパソコンで修正プログラムを作って、3課を経由してメインコンピュータに送るんだ」
 「─やはりそうか」
 「うん、ミスターの考えたとおりだよ」床に着いた足が痛みちょっと顔を歪めたが、「関さんは時々ネットが繋がると言っていた。サーバドの狙いは元々3課だった。3課のパソコンを混乱させるつもりがJBまで流れてしまったんだ。だとすれば県警─3課─JBと、ネットの道ができている。その道を使って修正プログラムをメインコンピュータに送れば」
 「もう閉じられてるんじゃないか?」西崎が言った。
 「ううん、今も時々3課からJBにアクセスがある。まだ道はあるよ」洸がパソコンのモニタで確かめた。「これはつまり、まだサーバドの連中がどこかにいるって事だ。おそらくそこから県警のコンピュータに侵入してゾンビファイルを広げている─。とにかくぼくは通信課のメンバーと県警まで行って修正プログラムを作ってみるよ」
 そう言うと洸はノートパソコンをパタンと閉め、“石丸さ?ん、お世話になりました?”と声を上げ医療部を出て行った。
 “あっ!こら!”と、石丸の声がした。が─
 「あっちは洸に任せた方がよさそうだな」神宮寺が空いたベッドに腰を下ろした。「おれ達はそのサーバドの生き残りを探し出さなくてはならない」
 「うん・・」西崎が小さく頷く。「ところで・・・ジョーはどうしてる?」
 「・・・さっき南さんに抗生物質を点滴してもらって調子が良くなったのか、今は管理課の後片付けを手伝っているよ」
 「そう・・・」
 西崎が撃たれた腕をそっと押さえた。
 2人は目の前でワルサーが弾け散る様を見ていた。もちろん何もできなかった。
 神宮寺にできた事といえば、山田を呼び自失状態のジョーを託し西崎を連れて部屋を出る事だけだった。
 煙に巻かれ銃創を負ったサーバドを確保するのにそう苦労はしなかった。関の要望で奴らは公安に送られる事になり、捜査課が警察庁まで護送した。
 残った洸や一平を中心に通信課がゾンビファイルの所在を調べ、後の者は銃撃戦の舞台となった食堂や管理課の片付けに入った。が、その前にワルサーの事を聞いた狙撃部がPC室に入り、床に散らばっているワルサーのパーツを丹念に探し拾い集めた。
 ジョーも手伝おうとしたがドクターストップが掛かり、先ほどまで治療室で抗生物質の点滴を受けていた。
 「思ったより元気だ。今は体を動かしていた方がいい」ちょっと辛そうに神宮寺が言う。「あいつはもう・・・声を上げる事もできないでいる・・・」
 「・・・・・」西崎も眉をしかめ神宮寺に目を向けた。そして、「可愛そうに・・・。こういう時は泣いた方がラクだろうに・・・」
 「それは・・・」
 無理だ。
 泣く事ができる刻(とき)は、もうとうに過ぎている。


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