コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
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一緒に歩こう この道を 5


 トランザムは四谷を通り過ぎ新宿へ向かった。ゴチャゴチャしたこの街が、しかし居心地は良い。
 車を駐車場に預け、関の案内する店へと行く。ビルの2階の小さなスナックだ。 
 ジョーがちょっと躊躇する。関のお勧めの店ではいつもロクな事がない。が、今さら逃げるわけにもいかず、ジョーは関に引っ張られるように店に入った。
 入口は狭かったが中は思ったより広く明るい。スタッフも男女半々くらいだ。
 関は女の子が横に付いてくれる店は好きではないようだ。仲間内で気軽に飲める所がいいらしい。が、
「あ~ら、関さん、いらっしゃい」ママはやはり男だった。「まあ、今日はまた素敵な男(こ)を連れて! うちにもこんな男がほしいわ! で、この前の可愛い男達はどうしたの?」
「あれは部下だよ。手は出せない。本命はこっちだ」
 関の後頭部がパコン! と鳴った。“あ~ら、気が強い。関さん好みね~” ホホホ・・・と笑いながらママは行ってしまった。
「あんた安月給のくせに部下を連れてよくあちこち飲み歩くな」
「それがわかってておれにタカるのか」カチャカチャとマドラーを回し関が睨んだ。「ところで麹町で何かあったのか? 珍しくスーツなんか着て・・・。デートか?」
「相棒とデートしてどうすンだよ。神宮寺の所の茶会に行って来た」
茶会だァ? と首を傾げる関に、呼び出した手前ジョーが面倒くさそうに説明してやる。
「で、あいつキモノ着て半眼ですまして茶掻き回して、“どうぞ” とか言いやがるんだぜ。いつもおれには厳しい目を向けるくせに女の子には優しい目をしてさ。あいつ絶対詐欺師になれるぜ」
「神宮寺君はそーいう家の出なんだ」
 関が言うのをジョーが不思議そうに見た。
 ジョーの事はアサクラや鷲尾繋がりで知っている事も多いが、関と神宮寺の付き合いは仕事中心だ。一緒に飲みに行った事はあるが実家の話まではしない。
「なるほどな、確かに品がある。高貴な迫力って奴かな。武家の出ならそれもわかる」
「・・・・・」
 ジョーが水割りのグラスを手に取る。カラカラと氷の良い音がした。茶会の席で穏やかに微笑んでいた相棒の姿を思い出す。
 その笑顔はお客はもちろん母を、そして彼自身をも暖かく包み込む。きっと誰もがその頬笑みを愛するだろう。
 そして自分とは違い、彼には家も両親もいる。危ない今の仕事を続けていかなくてもいいのではないか・・・。
「あいつにはあーいう静かな暮らしの方が合っているのかもしれないな・・・」
 グラスを口元に持って行き、が、すぐにテーブルに置いた。
「全然飲んでいないな」
「神宮寺の所で茶を飲みすぎて腹いっぱいなんだ」何しに来たんだ? と呆れる関に、「あんた、この仕事20年やってるんだろ? いやになった事はないんか? やめようと思ったり─」
「な、なんだよ、急に」
「奴らいくら捕まえても後から後から出てくる。犯罪なんてなくなりゃしない。キリがないんだ。そんな奴らを捕まえても虚しいだけだ。明日にはまたどこかで奴らは復活する」
「なに女々しい事を言ってるんだ? 国際─」おっと、と声を落とし、「─ 警察の精鋭が」
「おれじゃない。神宮寺が言ったんだ」
「神宮寺君が? それは一大事だ」
「おれだと女々しくて、神宮寺だと一大事なのか」
「そう思ったからおれに話しているんだろ?」
「──」
 ジョーが黙り込んだ。
 体も態度も関よりでかいが、こうなるとモロに年齢差が出る。
「で、20年であんたは何人の容疑者を捕まえたんだ?」
「さあね。もっとも最初は2課の調査室にいたから犯人確保には関わっていないが」
「・・・堂本がいた部署か」
 ああ、と関が答える。
 彼に対しての取り調べはまだ続いているだろう。それがどんな内容でどのような処分が下されるのかジョーは知らない。知りたくもない。
「くそォ。堂本の件も一枚噛んでやがる。奴のせいで神宮寺が・・・」が、関が辛そうな顔をしているので口を閉じた。だが、「堂本に怒りを感じないか? おれやあんたが一生懸命悪い奴らを追っているのに・・・危険を冒して捕まえているのに、よりによって仲間内でそんな奴がいて─ 憤りや虚しさを感じないのか?」
「ジョー」
「神宮寺が言っていた。そんな奴に銃を向けておれは撃ち続けるのかって。後からいくらでも出てくる奴らを・・・。恐ろしいって、あいつが言うんだ」
「落ち着け、ジョー」
「あんたは恐ろしくないのか? 虚しいなんて思わないのか?」
「思わないわけないだろ。毎日思ってるよ。もちろんおれだけじゃない。神宮寺君も森さんも君の仲間もおれの部下も・・・そして君も」
「・・・・・」ジョーが関の目をじっと見つめる。が、「・・・おれは・・思っていない・・・。そんな事を考えていたら動けなくなる・・・」
 ジョーの手がグラスを握る。
 この手はいつでも銃に触れる事ができる手だ。触れなければならない手だ。思わずグラスから手を離す。
「そうだ、動けなくなる。だから現場ではそんな事は考えないようにしている。だがな、ジョー。そう思ってしまうのは仕方がない。おれ達は人間なんだからな。数学のようにスパッとした答えなんて出せないさ」
 関の手が、ギュッと握られているジョーの左手を覆う。
「だがもし、現場でその想いに捉われたら・・・恐ろしさと虚しさで動けなくなったとしたら・・・。一線は退いた方がいい。自分はもちろん仲間も危機に落とす」
「・・・・・」
 ジョーが関から目を逸らした。
 彼の、あの圧倒的な存在感が失われていくようで関は辛かった。
「神宮寺がやめるなんて・・・ありえない・・・」
 本当にそうだろうか。ジョーは現場で動けなかった神宮寺を見ている。もしそれが続いたとしたら・・・。
「君達がこの仕事に就いてまだ4年だ。これからも続けようと思うならもっと強くならなければ─。神宮寺も─ 君もだ」
「・・・これ以上強くなれと言われても・・・」
 つい口にしジョーがハッと関を見た。
 青い双瞳が小さく揺れていた。小刻みに震えるジョーの手を覆う関の手にグッと力が入る。
 今、気がついたのかジョーがバッとその手を引いた。と、スピードマスターが振動した。盤面に文字が流れる。
「チッ、2日前の残りか」今まで迷っていた21才の青年の貌がSメンバーのそれになる。「関、車貸してくれ」
「トランザムをか? おれはどうなるんだ」
「酒が入っているから運転できないだろ。おれは飲んでねえ」
「ここに1人置いてきぼりか?」
「悪い、緊急なんだ。じゃあ借りるぜ!」
「─ って・・・あっ! いつの間にキーを!」
 キラリと光るトランザムのキーを手にジョーが店から飛び出していく。
「・・・おい」
 ヘタッとイスに腰を降ろす関に、“あ~ら、関さん。逃げられたの?” ホホホ・・・とママが笑った。

 隅田川に架かる勝鬨橋を渡り、続いて黎明橋に差し掛かる。左手にトリトンスクエアのビル群が見えた。オフィスやショッピング、住居を備えた総合施設だ。
 が、トランザムはその前を右に曲がる。場所は晴海の朝潮埠頭だ。
 セリカに乗っていればPCナビで現場に行くまでに情報が取れる。しかし今回はそれもできず、ジョーはスピードマスターから伝えられる森からの情報に耳を傾けた。
 それによると、例のフランスからの密輸船が今度はこの朝潮埠頭に着くという情報が入ったそうだ。
 2日前にチーム1やダブルJが密輸品の押収や乗組員の確保を行ったが、その情報が伝わっていないのだろう。飛んで火に入るナントヤラ、である。
 チーム1は密輸品の陸揚げを待って確保に入るという。

 やがて朝潮運河からは死角になる場所に何台かのJB車両が見えた。トランザムもライトを落として車外に出た。
「ジョー?」男が1人、降りて来た。「見慣れない車だから誰かと思ったよ」
「伊藤じゃないか。火傷は大丈夫なのか?」
「立花と白鳥はまだ入院してるけど、ぼくは軽傷だったから」伊藤は一度車内に戻りジョーのウッズマンを持ってきた。「でも留守役にさせられたけど」
 ジョーはウッズマンを受け取りワイシャツの上からホルスタをはめた。上着とネクタイは車内に置いて来た。
「珍しい格好だね。デートだったの?」
「だったら、こねえよ」ホルスタをギュッと締めた。「で、他の連中は?」
「裏口に2人、西崎達は正面入り口から倉庫内に突入した。2分前だ」
「神宮寺も一緒か?」
「ああ、正面組だけど・・・」ジョーを見てちょっと口籠る。「なんだかいつもの神宮寺じゃないみたいだ。気力がないというか・・・ぼんやり見えて・・・」
「──」
 ウッズマンの調節をしていたジョーの手がピタリと止まった。あいつまだ引き摺ってやがるのか。だが、
「麹町からの呼び出しだからな。ママに甘えている最中だったんじゃないのか」
 まさか・・・と伊藤が笑った。
「じゃあ」
 ウッズマンをホルスタに収めジョーが走り出した。

 倉庫内は所々に電気が点いているだけで薄暗かった。
 スピードマスターのトレーサーで神宮寺の位置を確かめようとしたが、彼のリンクのトレーサーはオフになっていた。その事自体はよくある事だが、なぜかジョーは気になった。
“ぼんやり見えて・・・” と伊藤が言っていた。おそらくそうなのだろう。いつのも彼に戻ったようにジョーには見えたが、そんなに簡単な事ではなかったのか。
 と、前方から銃声がした。人々のざわめきも聞こえる。
「いけねっ」ジョーがホルスタからウッズマンを抜いた。「ぼんやりしているのはおれの方だぜ」
 その様子を相手が見ていたのか、絶妙なタイミングでジョーの前に男が飛び出して来た。
 味方かどうか見極める0、1秒の差で男が発砲してきた。体を沈ませ避ける。尻が床に着かないうちに男に向かってウッズマンのトリガーを引いた。
 床に延びた男を飛び越えジョーが奥へと向かう。
 伊藤は倉庫と言ったが、長い廊下の片方に大きな部屋が並んでいる。1つ1つが学校の教室くらいの広さだ。荷物が積まれていて見通しが悪い。
 ジョーは無意識に左足を庇うように歩いている。痛み止めが切れたようだ。と、前方から足音がした。ウッズマンを向ける。が、
「─ 神宮寺」
「ジョーか」
 神宮寺と高浜だ。
「遅かったな。なんでワイシャツなんか着ているんだ?」
「デートだったんだよ。いい所で呼び出しやがって」
 ジョーの言葉に、ヘェェ・・・と高浜が声を挙げた。ジョーは相棒に目を向けた。ボケてはいないようだが、
「で、状況は?」
「8名程確保したが後3、4人がこの建物の中を逃走中だ。奴ら爆発物を持っていて、この中のどこかに仕掛けてあるかもしれない」
「あっちに1人転がしといたぜ。でも爆発物は持っていなかったな」
 ジョーの言葉に神宮寺がその位置を訊き、男達を確保している樋口達に知らせた。大丈夫、いつのも神宮寺だ。ジョーが息をつく。
「─ え?」
「聞いてないのか? なにをぼんやりしている」相棒が言った。「足、大丈夫か?」
「─ ああ・・大丈夫だ」
 お前に言われたくないぜ、とジョーは思った。
 神宮寺と高浜が歩き出す。後に続こうとして─、
「伏せろ!」
 ジョーが2人を押し倒した。
 バーン! とドアが飛んできて、2人の上になっているジョーの体に当たった。
「うっ!」
「ジョー!」神宮寺がジョーの体に手を掛け、高浜はドアが無くなった部屋内にブローニングの銃口を向けた。
「大丈夫か、ジョー」
「もちろんだ」
 顔を上げ神宮寺を見るジョーの目は言葉とは裏腹に戸惑いと不可解さを湛えていた。
 この危険を感知する能力─ Sメンバーには不可欠なものだ。神宮寺のそれはジョーより鋭い。なのに─。
「室内には誰もいない」チャッと銃口を上げ高浜が言った。「逃げる途中に仕掛けて行ったんだな。これは面倒だぜ」
「この倉庫の窓はすべて鉄格子がはまっている。外へ出るには正面と裏口しかない」先程の事をなんの疑問に思わないのか、〝いつもの〝神宮寺が言った。「ジョーと高浜は正面へ。おれは裏口へ行く」
「だけど─」
「だけど─ なんだ?」   
 神宮寺がジョーを睨む。
 いつもの厳しい目つきだが、その根底にあるものはいつもと違う。言葉では説明できない感覚的なもの─。だからジョーは黙ってしまった。
「─ 行くぞ」
 神宮寺に続き高浜が走り出す。仕方なくジョーも後につく。途中2手に分かれジョーは高浜と共に正面に向かった。

「裏口には誰が行っているんだ?」
「中根と市原だ。樋口と黒田が奴らを確保している。西崎と兵道は上階に行った」
 と、少し前を行く高浜が止まった。廊下の先の曲がり角を見つめる。男が1人、飛び出して来た。彼らとは反対方向─ つまり正面の出入り口に向かって走る。
「待て!」
 ふくよかなわりに高浜は足が早い。あっという間に追いつき、男の後ろから飛び付いた。デーン! と男共々前乗りに倒れる。男が向き直ろうとしたがゴン! と殴られのびた。
「やるじゃないの、高浜さん。おれ、出番ねえじゃん」
「おれ、射撃があまり得意じゃないから、体を使う方がいいんだ」ポンッと腹を叩く。「それに君、足辛そうだから─。銃を使う以外はおれに任せてくれ」
「・・・・・」
 そんなに辛いという自覚はないのだが。しかし高浜に見抜かれるという事は当然神宮寺にも・・・。だから高浜を付けてくれたのだ。
「チッ、人の事より自分をなんとかしろよ」
 小さな呟きに高浜が、え? と振り向いた。が、
『各メンバーへ!』スピードマスターと高浜の腕時計が鳴った。車内で待機中の伊藤だ。『今、水上警察からJBに情報が入った。それによると、朝潮運河を上流に向かって進む不審な貨物船があるそうだ。入港の届けはないのでもしかしたら─』
「この倉庫の裏が運河に面している。仲間か?」
「おれは裏口に向かう。お前は正面へ行ってくれ。伊藤! 高浜と正面を固めろ!」
 口早に言いジョーは踵を返した。一瞬、裏口はどこだ? と思ったが、時を置かずに銃声が聞こえて来た。
 長い廊下をひたすら走る。足の傷の痛みなど忘れた。
 と、広いホールに出た。裏の搬入出場だ。その外に通じるドアのそばに中根、市原、そして神宮寺の姿が見えた。が、外から銃撃を受けている。
 さらに倉庫内を逃走した奴らだろう。ホールに置かれた木箱の陰から2人の男が神宮寺達を狙っていた。挟み撃ちだ。3人はドアのそばの小さな鉄製のコンテナの陰から応戦しているが、かなり分が悪い。
 ジョーは手前にいる2人の男の銃に向かってトリガーを引いた。
 パンッ! と銃が弾き飛ぶ。
 ふいに後ろから襲われ驚いた2人はジョーの方へと向き直った。もう1人の銃も撃ち落とそうと両手でウッズマンを構えた。と、黒い物が飛んできた。とっさに転がり、少し前にある木箱の影に入った。
 今までジョーがいた場所がバンッ! と跳ねた。
「仕方ねえやっ」
 ジョーは飛び出し、男達にその姿を晒した。が、奴らが攻撃に出る前にウッズマンが火を吹いた。2人は肩を撃ち抜かれ倒れた。
「神宮寺!」外から広い裏口へと撃ち込まれる弾丸を避け、ジョーは3人の元へと辿り着いた。「無事かっ」
「2人は腕をやられた。西崎達はこっちに向かっている」
 裏口に銃口を向けたまま神宮寺が言った。見ると中根は軽傷だが市原はかなり出血していた。
 と、相手の攻撃が弱くなった。怪訝に思い窓から外を見ると、
「巡視船・・・水上警察だ」
 JBから協力依頼が行ったのだろうか。貨物船は小型の巡視船に取り囲まれていた。
「ヤロウ!」
 ジョーが叫び飛び出した。彼が倒した2人の男が、銃撃の弱くなった裏口から外へ走り出ようとしていた。その1人にジョーが飛び付く。共に床に転がった。が、男に顔を蹴られジョーの手が離れた。黒い物を持った男の手が振り上がる。
「ジョー!」
 神宮寺が飛び出しオートマグを向けた。
 一瞬の沈黙が生じた。神宮寺の指は動かない。男の手が振り下ろされた。、と同時にジョーが床を転がる。
 バンッ! と音が弾け、床の破片が飛び上がった。一瞬、煙で視界が遮られた。
「ジョー!」
 煙の合間から見えたジョーは床に転がったまま動かなかった。


                  
                                  6へつづく



                  
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一緒に歩こう この道を 4


 動かなくなったセリカを沢口に預け、JBに報告に戻るというチーム3のサブリーダー水野の車に同乗しジョーはJBに戻って来た。
 が、7階に上がる水野とは別れ、東館4階の医療部に向かう。無茶をしたつもりはないが左足の傷が痛みだした。
 怒鳴られるのを覚悟で痛み止めを貰いに行ったのだが、幸いな事にこの時間の担当医は南医師1人だった。
 南は包帯を替え、二言三言お説教をして痛み止めを処方し、だがそのまま解放してくれた。
 ジョーは早々に6階のダブルJ室に上がる。室内には誰もいなかった。
 ジョーはソファの足をゴンッと蹴り、自分のデスクを見た。
 パソコンと書類の山が乗っている。管理課に提出するはずの始末書が1番上にあった。 
 そしてその少し向こうの、大きな窓を背にしている神宮寺のデスクに目を向けた。
 パソコンと書類ケースがひとつ─ それ以外は何も置いていない。仕事中の、机上に溢れるあの書類群はどこに収まっているのだろう。
「おれも窓のそばがいいんだよな」
 すぐソファに逃げられるようにと自分のデスクをソファセットのそばに置いた事も忘れ、ジョーは神宮寺のデスクを少しずらした。自分のデスクを窓のそばに押していく。
 が、あまりくっつくのもマズイので相棒のデスクをさらに横に押した。そして再び自分のデスクをズーとずらすが─、
「おわっ!
「─ 何してるんだ」
 ジョーの叫び声とドアを開けたもう1人の部屋の主の声が重なる。
「いや、ちょっと模様替えを、と思って─」
「で、なんで床が書類だらけになってるんだ」
 ジョーのデスクから滑り落ちた物だ。
「始末書まだ出してないのか」神宮寺の足元にそれはあった。「早く出さないとマズイぞ」
「余計なお世話だ。人の事にかまってないで自分をなんとかしろ」
「・・・・・」
 珍しく神宮寺が黙り込んだ。ジョーも気まずげに床に踞む。が、
「つっ!」左足が痛み尻もちをついた。「わ、忘れてた・・・」
「侵入者相手にカーチェイスをやったそうだな」いつものように神宮寺が手を貸してくれた。「あまり無茶するとまた強制収容にすると南さんが言ってたぞ」
「チェッ、南さんはおれの味方だと思っていたのになァ」
「でもその足じゃ明日の招待は無理かな」
 え? とジョーが顔を向ける。
「麹町でちょっとしたパーティがあるんだ。今日はその準備に帰っていたんだけど。明日はオフだと言ったら母さんがぜひお前にも来てもらいたいと・・・ごちそうするからって」
「ごちそう? おばさんの手料理か?」もちろん、と神宮寺が頷いた。「おばさん、料理うまいもんな~。食いに行くだけならいいぜ」
「食事というよりは飲む方なんだけど─」
 は? とジョーがまた顔を向けて来た。
「ま、いいか。午後2時からだ」そう言いながら床に散らばっている書類を拾いジョーに手渡した。そして、「昨日はすまなかった。お前に言う言葉ではなかった」
「いいさ。おれだって・・・」と、後は言葉を濁し、「それより手伝え。デスクをこっちへ動かす」
「ここはおれのデスクがあった所だ」
「いいじゃねえかよ。おれの横に置けば」
「小学生じゃあるまいし、お前と机を並べるなんていやだ」
「・・・・・」
 やっといつもの神宮寺になった。
 ジョーは自分のデスクに腰掛けふと口元を歪めると神宮寺にその眼を向けた。

「そうか。六本木も小平も侵入者は取り逃がしたか」デスクの前に立つ佐々木を見上げ森が言った。「小平に残したゴルフは盗難車だったそうだね」
 はい、と返事をする佐々木が、しかし何か言いたそうにしている。
「わかっているよ」その佐々木の眼を森がやはり浮かない顔で見返す。「何者かはわからないがやり方があまりにも雑すぎる。これで成功する方が不思議だ。作戦も何もなく、ただ突っ込んで来たって感じだ」
「私も、結城さんに付いていた加藤君や沢口さんに付いていた水野君から直接話を聞いたのですが、やはりチーフと同じ印象を受けました」
「奴らの狙いが他に、たとえばスカイライン自体だとしても政府の研究機関にあるので大丈夫だとは思うが・・・。内閣府に今日の件を伝え、もう一度警備体制を見直す様に話をしてくれ」
 はい、と佐々木が出て行く。森は報告書を手に取った。

「あ~、疲れた!」行儀悪く畳の上に両足を放り出し、ジョーが大きく息をついた。「なにがパーティだ。茶会じゃねえか」
 くそっ、と畳を殴りつけ、思ったより硬いので眉をしかめた。

 麹町の古い屋敷町にある神宮寺の家は、先祖から受け継いだ広大な敷地と純日本家屋の荘厳な空間が広がる。
 その長屋門をくぐった時、いやな予感がした。
 広い、純日本庭園のあちこちに赤い毛氈が敷かれ、和服を着た女性が何人も見えた。
 そういえばおばさんはお茶のセンセイだったな、と思い出し、回れ右をしようとしたがその当の和美に見つかってしまった。
 ジョーの来訪に喜ぶ和美に、“帰ります”とは言えなくなり、ジョーはそのまま緋毛氈の上に座らされた。
 目の前には上品に和服を着こなした神宮寺が茶碗の中で何かを掻き回していた。
 ジョーは思い切り睨みつけてやったが、端整な笑顔を乗せてジョーの前に大振りの茶碗を置いた。
 緑色の液体が入っている。確か以前に一度だけ飲んだ事がある。
 すごい味だった・・・。
 このような席なので女性のお客が多く、スーツを着た外国人のジョーは目立つ。何人もの目がジョーに集中していた。
 作法はわからないのでとりあえず両手で茶碗を持ち上げゆっくりと口にする。が、外国人という事で作法に関しては大目に見てもらえた。
 後で神宮寺が、“日本に12年もいて日本人と変わらないのにな”と言っていたが知った事ではない。
 ジョーは口元を大きくへの字に曲げ、茶碗を神宮寺の前に置いた。
「Es ist schrecklicher Geschmack(ひどい味だぜ)」
 ひと言呟くと神宮寺が苦笑した。
 ジョーは早々にその場から逃げ出し、少し離れた縁台に座り相棒の様子を見ていた。 

 母親が日舞や茶道の師匠という事もあり、神宮寺自身幼い頃から母親の手解きを受けたという。
 しかしジョーは彼が舞っている姿も花を活けている姿も見た事はない。茶碗の中を掻き回しているのも今日初めて見た。
 和服姿の神宮寺はとても穏やかな優しい好青年に見えた。大型銃片手に弾丸が降り注ぐ中を走り、その銃口を相手に向ける─ とてもそうは見えない。
 端整な顔に柔らかい頬笑みで女性達と如才なく話す相棒に、やっぱ詐欺師役専門の役者になれるな、と思った。そして─

「お茶持って来たぞ」
 障子が開きお盆を持った神宮寺が顔を出した。
「お前、どんだけおれに茶(チャー)飲ませれば気が済むんだ?」
「おれが勧めたのは最初に一服だけだ。後は和服の女の子にデレデレして付いて行ったお前が悪い」
 テーブルに湯呑みを置きながら神宮寺が言った。

 そう、一人縁台に座っていたジョーを気の毒に思ったのか何人もの女の子が声を掛けてくれた。
 なんとなく断りずらくて黙っていると、彼女達はジョーの腕を取り緋毛氈へと招いてくれた─。
 ジョーはいくつかの席で一生分の抹茶を飲んだ。

「これは普通の緑茶だぜ」
「でも、緑だ・・・」
 ジョーが顔をしかめ添えられている菓子を1つ口に入れた。
「お茶会の片付けも終わったし、少し早いが座敷に夕食の用意をしている。行こう」が、少し躊躇っているジョーを見ると、「大丈夫。母さんとおれだけだ」
 そう言い先に立ってジョーを案内した。
 この家の部屋は和室がほとんどで、洋室は後で増築した神宮寺の部屋だけだ。したがって食事をする部屋も畳である。ジョーはペコッと和美の頭を下げた。
「足、崩してね、ジョーさん」和美が目を細め微笑み─が、「足、どうかしたの?」
「あ、階段から転がっちまって・・・」
 そんな嘘はすぐばれる。が、和美はそう、と言っただけだった。
 食事は和食だがジョーの食べ慣れた料理ばかりだ。
「ところで親父さんは?」
「大学の教授会で名古屋に行っている。お前に会えないのを残念がっていたよ」
「おれも残念だな。またひとつ合気道の技を教えてもらいたかったのに」
「おれが教えてやるよ」
「お前は乱暴だからいやだ」
「・・・お前にだけは言われたくない」
「これなんだ?」
 と、小鉢を覗き込むジョーに、
「人の話をちゃんと聞け!だいたいお前は─」
「話といえば力さん」それまでニコニコと2人の会話を聞いていた和美だったが、「さっきお話したお嬢さんどうかしら? ほら、牡丹の振り袖を着ていらした細身の─」
「か、母さん、今その話は─
「お友達の石井さんがおっしゃるにはね─」
「母さんってば  」
 あわてる神宮寺とにこやかに、幸せそうな頬笑みを浮かべ話す和美にジョーは小鉢を置き目を向けた。
 ふと、自分の母も生きていたら和美のように息子の交際相手を気にするのだろうか、と思った。カテリーナの中にいる9才のジョーではなく、21才になったジョーの・・・。
「どうしたんだ、ジョー?」
 目を上げると神宮寺と和美が自分を見ていた。
「いや・・・、もてていいなァ、神宮寺!」
「あら、ジョーさんを紹介してほしい、という方もいたのよ」えっ!! と後の2人が声を挙げた。「私のお弟子さんなんだけど、21才と22才と25才と─」
「何人いるんですか・・・」神宮寺が呆れる。「絶対紹介しないでください。相手の迷惑になる」
「悪かったな」
 ジョーは和美の差し出した湯呑みを手に取り・・・しかし中味の緑色を見て、ウッと手を止めた。
 その横で神宮寺が静かにお茶を啜った。

 夕食後、ゆっくりしていけと言う申し出を断ってジョーは早めに神宮寺邸を出た。
 この後の予定などないが、〝あそこ〝は居心地が良い。ジョーが育ったハンブルクの家や鷲尾邸とはまったく違う雰囲気なのに、まるで自分の家のように優しく暖かくジョーを包んでくれる。抹茶さえ出なければすっと居てもいいくらいだ。
 だがその暖かさにジョーは慣れていない。
 彼はブラブラと地下鉄の駅に向かって歩き出した。が、駅の前で足を止める。携帯電話を取り出しアドレス帳を開けた。
 しばらく眺めていたが、やがて親指が動いた。

「ん~、こんなに早く庁舎を出られるなんて久しぶりだなあ」
 階段を降りながら関は思いっきり伸びをした。早いと言ってももう日は暮れている。終電までまだ時間があるという事だ。
 関は愛車トランザムの運転席に体を滑り込ませた。そのとたん携帯電話が鳴った。
「おい、戻れとか言うんじゃないだろうな」このまま発進してやろうかと思ったが、とりあえず相手を確かめた。と、「ジョー?」
 一瞬、画面に映し出された名前に首を傾げたが、
「関だ。何かあったのか?」
『今、麹町にいる』確かにジョーの声だ。緊急事態というわけではなさそうだ。『暇だったら飲みに行くのに付き合って欲しいんだけど』
「おれとか? おい、本当に何かあったのか?」
 お誘いは嬉しいがいつものジョーの言い方ではない。だが電話の向こうの相手からの返事はない。
「まあいい。今日はもう上がりなんだ。麹町にいるって? 車じゃないのか? だったら新宿通りに出て─」
と、待ち合わせの場所をテキパキと指示する。
「待ってろ。5分で行ってやる」
 携帯を切りトランザムのエンジンを掛けた。

 霞が関から麹町までは2キロくらいだ。トランザムがぶっ飛べば5分で行ける。 
 車は半蔵門の前で左折して新宿通りに入った。と、関が指定した場所にジョーの姿が見えた。
 日が落ち、車はもちろん人通りも多い新宿通りだが関にはジョーの立っている姿が浮き上がって見えた。
 スラリとした長身にライトの光で金色に輝く髪、ただ立っているだけなのに1枚の絵を見るようだ。
 だがジョーは1人ではなかった。40代くらいの男が2人、彼に何か言っている。しかしトランザムがジョーの横に停まった時、2人はあわてて離れて行った。
 歩道の柵をヒラリと越え、ジョーが助手席に体を滑り込ませた。ムスッとした貌をしているので、
「どうしたんだ? 知り合いと一緒じゃないのか?」
「知り合いじゃねえ。ただの酔っ払いだ」顔をしかめジョーが言う。「あそこに立っていたら、“いくらだ” と訊いてきやがった。あんたらの命全部だと言ったらビビッて行っちまったが」
 それは逃げたくもなるだろう。一般人相手に何してんだか。
 しかしこの男を手に入れるには本当に命がけで向かって行かなくてはならないな、とも思う。
「案外、寂しそうな顔をしていたんじゃないのか? だから親切なおじさんが声を─」
「そんな顔はしていない。あそこに立たせたあんたが悪いんだ。今夜はあんたの奢りだぜ」
「なんでだよ!」
 相変わらず自分勝手なジョーに、関はちょっとホッとした。が、ふざけた口調で言った、“寂しそう” というのは本心だ。関にはライトに照らされて立つジョーがそう見えた。
「いい車だな、これ」
 ジョーは本当に羨ましげに言う。
 アメリカの人気番組、〝ナイトライダー〝 仕様のトランザムだ。いい車はいい男を釣れる。
「日本の道路にもあんたにももったいないぜ。おれによこさない?」
 まったく口数の減らない奴だ。
 こんな奴は座席ごと外へ放っぽり出して─ いや、この車にはその仕掛けはなかったな。
 だが黙り込まれるよりはマシだ。
 関は大人の顔をしてジョーの悪舌を聞いていた。



                                        5へつづく


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一緒に歩こう この道を 3


 JBの駐車場にハリアを停めエレベータで6階に着いたとたん、にっこりと笑って並ぶ石丸を始め医療部のメンバーに2人の脱走犯は確保された。
 ジョーは医療部の病室に強制収容され、共犯者の神宮寺もじっくりお説教をくった。

「それは災難だったな」
 クックッと笑いながら西崎が言った。
「笑い事じゃない。あいつの言う事を聞くとロクな事がない」
 休憩室のコーヒーの自販機のボタンを押しながら神宮寺が言った。今日はブラックの気分なのかそのままカップを取り出し口を付けた。苦さに顔をしかめる。
「ところで伊藤達の具合は?」
「3人共全治5日というところだ。ジョーじゃないが早く脱走したくてウズウズしている」
「そうか、よかった」
 中味の減っていないカップをテーブルに置く。
 夕方から降り始めた雨を窓から眺めながら、ジョーは今日はJBに泊りだろう。おれはいなくてもいいかな・・・。
「ジョーが心配していたぞ」
 西崎の言葉に神宮寺が振り向いた。一瞬眇めた目が、しかしすぐにいつもの穏やかな瞳に戻る。
「いつものお前じゃないって・・・。戸惑っていた」
「・・・帰りの車内でも言われたよ」ちょっと息をついて、〝いつもの〝神宮寺が薄っすらと微笑んだ。「そんなつもりないんだけど・・・。いや、違うな・・・。自分でもよくわからないんだ」
 西崎の向かい側に腰を降ろした。ふと、たばこを探す仕種をしたがすぐにやめた。西崎が差し出すのを1本抜く。火を貰ったが、
「あれ?やめたんじゃかなったっけ?」
「お守り代わりさ。時々効果をみているが」気まり悪そうに、だが自分は吸わなかった。「この前の仕事の後も同じことを言ってたぜ。“あいつが変だ。このまま消えてしまいそうだ”って」
「消えちまおうかな、本当に」たばこを灰皿にギュッと押し付けた。「そうすれば、奴が黙ってフランスに行っちまった時のおれ達の気持が少しはわかるだろう」
 神宮寺の心の中にはその時の傷が小さくなりつつもまだ残っているのだろう。彼がこんな言い方をするのを、捜査課の同僚だった時から西崎は聞いた事がない。
「なにかあったのか? 公安2課の堂本さんの事か?」
「いや・・・彼の事だけじゃなくて・・・。この頃、時々だが虚しさを感じるんだ。容疑者を捕まえても密輸品を押収しても奴ら後から後から出てくる。同じ事をする奴はいくらでもいるんだ。おれ達がいくら捕まえてもキリがない」
 それは神宮寺だけの思いではないだろう。西崎も立花や伊藤や森チーフも・・・皆思っている事だ。
「4年もこの仕事をしているのに今さら何を─ と思うんだけど・・・。気持ちがうまく切り替えられない」
「まあ、な・・」西崎が頷く。「4年間でおれ達が捕まえた奴らなんて全体のほんの一部だもんな。でもそれはきっとジョーも思っているぜ。話したのか?」
「あいつに言ったら首根っこ掴まれて、“なに女々しい事言ってンだ!”って怒鳴られそうだ」
 ありうるかもー と西崎が苦笑いした。と、

「だから銃を使わなかったのか!」バンッとドアが開いた。「そんな事を考えて現場に!」
「ジョー」
 神宮寺は、左足を少し引き摺りながら入ってくる相棒に目を向けた。
「お前が何を思おうと自由だが、現場で迷ってたら自分が危ないんだぜ!」
「・・・〝今〝こいつを撃ってもまた次の奴が出てくる。そんな奴らをおれは一生撃ち続けるのかと思ってしまって・・・」
 呟くように言う神宮寺にジョーの勢いが止まる。信じられない相棒の姿に戸惑うようにその顔を見つめた。
「お前だってそう思うだろ? 武器を押収しても死の商人はいなくならない。ヘロインもテロリストも世の中には何万といる。世界中を埋めてグルグル回っているんだ。おれ達がいくら追っても追いつかない・・・」
「だからって放っとくわけにはいかないだろ。誰かがやらなければ」
「わかってるさ。だけど虚しさと憤りを感じるのは仕方がない。銃を人に向けて撃つ事に慣れてしまうのもいやだ。あんなちっぽけな物が人の命を奪う。恐ろしい物だという事を現場に出るたびに思い知らされる。それはお前が1番よくわかっているはずだ」
「──」
 ジョーの体がピクンとかすかに震える。ゆっくりと2人に近づき、その前のテーブルにバンッと両手を付いた。
「おれは・・・少くなくとも現場に出たらそうは思わない。思いたくない」
「お前が思わないわけないだろう。現に─」
「おれは親を死なせた銃が憎いと言いながら、結局は銃を使う仕事を選んだ。虚しいだの恐ろしいだのと考えていたらおれは・・・」
 ジョーの顔が伏せられ、長めの前髪が彼の貌を隠す。小刻みの震えが全身に広がって行く。
「だけどおれは許せない・・・。銃で・・・一方的な力で他人を征しようとする奴らを・・・。そいつらを捕まえるためなら虚しさも恐ろしさも丸めて東京湾にでも捨ててやる」
「ジョー・・・」
 そう、彼が思わないわけはないのだ。
 神宮寺より長い月日を経て考え、そしてその想いを押し込めてきた。
 時折溢れるその想いに、どうしようもなく苦しむジョーを神宮寺は見て来たはずだ。なのに─。
「すまん・・・」
 神宮寺がジョーの腕に触れようとした。が、スッと身を躱し部屋を出て行こうとした。と、
「やっぱりここだったか」
「げっ! 石丸さん!」ドアのすぐ向こうに石丸の大きな体が立っていた。「どうしてここが」
「君の行きそうな所などすぐわかる。ウロチョロと何をしているんだ」
「リ、リハビリですよ。同じ4階だし、ちょうどいい」
「手術をした当日にリハビリする奴がいるか。それにしてもよく出られたな。電子ロックなのに」
「ああ、これけっこう使えますよ」
「あー、ロック外しの試作品じゃないか! いつの間に」
「返してください!処理班に貰ったんだ!」
「うるさい! さっさと病室に戻れ! あ、立花君と高浜君、手伝ってくれ。このバカを医療部へ─」
「おれは退屈なんだ!」
「君を追う私は忙しいんだ!」
 ジョーは抵抗したが、さすがに仲間を蹴り倒すわけにもいかず連行されていった。
「ジョーの奴、君の事が気になって脱走してきたんだな」
 そう言う西崎を、いつもの穏やかな表情でちょっと首を傾げたものの神宮寺は何も言わなかった。

 1人、病室に戻されたジョーはベッドに腰掛け神宮寺に言った言葉を思い出していた。 現場に出て容疑者を逮捕してもそれは何万人分の一だ。神宮寺が虚しさや憤りを感じるのもわかる。
 いや、偉そうな事を言ったジョーでさえ想いは神宮寺と一緒だ。
 だが2人はこの仕事を選んでしまった。泣きごとを言っているひまはない。ジョーは相棒のそんな気弱な姿をみるのがいやだった。
「く・・・」よくわからないが目元が熱い。視界がぼやける。「くそォ、おれ自身を東京湾に捨てちまいたいぜ」
 ふと浮かんできたそれをジョーはグッと拭き払った。

 1人、地下駐車場に降りた神宮寺はエレベータのすぐそばに停めてあるポルシェに乗り込んだ。隣にはジョーのセリカが見える。セリカも今日はJB泊まりだな、と思う。
 神宮寺はジョーを傷つけてしまった事を謝りたいと思った。が、今は彼のいる病室へ行く事ができない。
 本当の想いを押し隠し、強気に見せているジョーの姿を見るのはいやだ。だから今日は林の所に行く予定ではないが早めにJBを出た。
「虚しさも恐ろしさも東京湾に捨ててやる、か・・・」ポツリと呟く。「東京湾が溢れてしまいそうだ」
 バロロ・・・とエンジンを吹き上げ地上へと向かう。

「ジョーか」セリカのエンジン音に沢口が顔を出した。が、「足、どうしたんだ?」
「仕事でドジっちゃって」
 バタンとドアを閉め、まだ少し左足を引き摺りジョーが言った。
「その足でここまで運転してきたのか。無茶をする」
「折れた脚で高速を飛ばした事もある。大丈夫ですよ」
 そーかな、と沢口は首を傾げた。 が、2日前に走ったテストコースに目を向けるジョーに、この男だったらそうかもしれないな、と思う。
 そう、ジョーは小平市郊外の結城自動車工業のテストコースに来ていた。
 午前中は榊原も石丸もいなかったので抜け出すのは簡単だった。
 ジョーはガレージに目を向けた。
 作業服を着たチーム3のメンバーの姿が何人か見えた。沢口に付いているのだろう。残りのメンバーは六本木本社の結城に付いているはずだ。
 コースの整備はまだ行われていないが、ガレージは解体を始めている。
「あのスカイラインならここにはないよ」何かを探すようにガレージを見ているジョーに、口元を綻ばせ沢口が言った。「MOXの力の三分の二しかエンジンに伝わっていないとデータに出てね。今は政府の研究機関の研究所に行っている」
「なんだ・・・」
 ちょっとガッカリしたようにジョーが呟く。あのエンジンの吹き上がりをもう一度味わってみたかったのだが。
「じゃあ、代わりにセリカで走っていいですか」
 何が代わりなのかよくわからないが、沢口が許してくれたのでジョーはセリカに乗り込んだ。
「あ、ジョー! 足は大丈夫なのか!」
「折れてないし、他に車がいないから大丈夫!」
 ジョーはギアを思いっきりひっ叩きコースに飛び出した。

 ジョーの愛車セリカSS-Ⅱは1800CCの小型車なのだが、彼が走らせるとカウンタック並みのスーパーカーの走りに見える。
 このテストコースはほとんどがノーマルコースだが、一部にS字カーブと15°のバンクがある。
 レース用のコースではないのでワンメイクタイヤのレーシングマシンを走らせるには専用の整備が必要だが、市販車のセリカを走れせるのに支障はない。
「麻布からちょっと距離があるけど、今度カウンタックも」
 2日前に走ったのでコースはわかっている。
 ジョーはセリカのスピードをさらに上げバンクを回った。
 彼がJBから出て来た時、神宮寺のポルシェは地下駐車場になかった。彼らは今事件を抱えていないのでJBに出勤する必要はない。林の所に行っているのだろう、と思った。 本当は自宅に帰るつもりだったが小平に来てしまった。
 こんなイラついた気分を鎮めるためにこのコースを使わせてもらうのは悪いと思ったが、今はどうしようもなく車を飛ばしたかった。
 そのイラつきが走りに出る。
 スピードにのってはいるがその走りは荒々しく、見ていた沢口が眉をしかめたぐらいセリカの状態は不安定だった。
 沢口がピットボードに〝IN〝 と書いて出したがジョーは無視した。
 だが走れば走る程、気持ちは落ち着くどころか反対にイラつきが積もっていく。
「うっ!?」
 車体がボコッと沈んだ。S字カーブのインにあった小さな穴にタイヤが落ちた。
 普通なら通らない場所だ。だから穴があった事は知っていたが気にしていなかった。
 が、セリカは停まる事なくS字を抜ける。
 左足がズキンと痛み、ジョーは仕方なくスピードを落としガレージ前に戻って来た。

「どうしたんだ、ジョー。いくら他に車がいないからってあの走りは─」
 セリカを降りて来たジョーに声を掛けた沢口だが、先程までとは打って変わった暗い表情のジョーに口を閉じた。
 と、まだ解体していないもうひとつのガレージからピーという音が響いた。
 ジョーがハッと顔を向ける。チーム3のリーダー柏木が持っている通信機の呼び出し音だ。
『20分程前に六本木の本社に何者かが侵入し、結城社長を拉致しようとした事件が発生した』佐々木だ。『幸い結城社長は無事だ。そちらも気を付けてくれ』
「で、犯人は!」通信機に向かってジョーが言った。「逃げられたんですか!」
『ジョーか!? そこで何をしているっ』しまった、と思ったがお互いそれどころではない。『侵入者は逃走中だ。今チーム3が追って─』
 “リーダー!”と誰かの声が上がった。見ると入口からものすごいスピードで車が走り込んで来た。フォルクスワーゲンのゴルフだ。
「沢口さん」
 ジョーが素早く沢口に寄った。工事車両の出入りのために開けておいた門が敵の侵入を許してしまった。
 ゴルフは真っ直ぐに、ガレージの前に固まっているジョーや沢口達の元へ向かってくる。狙いはもちろん沢口だ。
「中へ入れ!」
 ジョーは沢口を柏木に押しやり、自分はゴルフの前に立ちはだかった。胸元からウッズマンを抜きゴルフに向けた。
 と、ゴルフはジョーギリギリに右に曲がり、停めてあったセリカのリアにガツン! とぶつかりその勢いでテストコースに飛び出した。
「あのヤロウ~」
 ジョーがセリカに飛び乗った。
 ガガ・・・と変な音がしたが、かまわずコースへ飛び出す。
 ドアミラーでJBの捜査車両のレガシィがコースを反対周りに走って行くのが見えた。
 
 最初のコーナーで前を行くゴルフを捕まえた。このくらいの差なら追いつける。ジョーは思ったが・・・。
「くそォ、なんでスピードが上がらねえんだよ!」
 お互いの車体がへこむほど強くぶち当たっている。どこか潰れたのかセリカのスピードがいつも通り上がらない。ゴルフとの差が開く。
 と、遥か前方からレガシィがこちらに向かってくるのが見えた。挟み撃ちにできる。
 が、何を思ったのかゴルフがレガシィの真正面へと突っ込んで行った。
 踏ん張っていたレガシィだが、衝突ギリギリでハンドルを切った。キーとタイヤを鳴らし、ゴルフの後方に付いていたセリカに向かって滑ってくる。
「どけ!」
 叫んだもののレガシィの動きは止まらない。
 ジョーはステアリングを左に切りレガシィを避ける。フェンスに当たりそうになり、あわてて元の位置にセリカを戻す。
 ゴルフはジョーの50メートル先を走って行く。
 だがここは一般道ではない。コースから出ない限りどこにも逃げられない。正面の出入り口はチーム3の車両で閉ざされている。そこを強引に突破するしかなのだが─。
「あっ!」
 ジョーが声を挙げた。
 なんとゴルフは15°バンクを大きく高く回ると、そのままバンクの向こうへと飛び出したのだ。
 確かこの向こうは斜面になっているはずだ。車が下れない事はないが。
「よおし」
 ジョーもスピードをつけてバンクに入ろうとした。が、セリカのスピードが上がらない。
 この勢いではバンクを飛び出すどころか、タイヤがコース面を離れたとたんに落下するだろう。
「ちくしょう」ジョーがセリカを停めた。「柏木、聞こえるか! ゴルフがバンクの向こうに逃げた。外から回ってくれ!」
 ガシャーンと大きな音が聞こえたので、ゴルフはかなりのダメージを受けているはずだ。侵入者を確保できるかもしれない。
 ジョーは再び発車しようとしたが、ガタンと音がしてセリカが止まってしまう。
「くそォ!」
 バン! とジョーはコンソールをぶっ叩いた。


 
                                4へつづく
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一緒に歩こう この道を 2


「ふ~ん、で、結局怪しい奴はいなかったんだ」
 クルクルとよく動く大きな目を向け、洸が言った。
「ああ、おれと神宮寺で駆け付けたんだが、もう誰もいなかった」シャワーを浴びたばかりなのかジョーの髪が濡れていた。「だけど新しいタイヤ痕があったから誰かいたのは確かだ」
「でも機密は燃料なんだから、車体を撮っても仕方ないんじゃないか?」
「ん・・・」ジョーがちょっと口籠り西崎を見た。「もし写真を撮っていた奴がいたとしたら、車じゃなくて植田や結城さん達を撮っていたのかもしれない」
「なるほどね。〝彼らに訊く〝方が早いってわけだ」眉をひそめ立花が頷く。「それでチーム3(スリー)が出たんだね」
 万一を考えチーム3が結城自動車工業に張り付いている。おそらく植田にもSPがついている事だろう。
「で、その車の走りはどうだった?」
「普通の車と変わりないぜ。ただエンジンの吹き上がりは良かったな。150は軽く出るな」
「それもやっぱりMOX燃料だからいいの?」
「おれに訊くな」
 それはそうだ。と、
「ジョー」ドアが開き神宮寺が入って来た。「他言しないよう言われたじゃないか」
「なあに、ここだけの話さ」ここは捜査課の休憩室だが、こういう台詞はあまりアテにはならない。「それより遅いご出勤だな。重役出勤ってやつか?」
「お前に言われたくないね」ちょっと疲れた顔を隠すように窓に顔を向けた。「なんかポルシェに乗ってきていいのかな、って思っちまって・・・」
 え? と男達が怪訝な目を向ける。
「温暖化とか大気汚染とか聞いたら、排気量の大きい車は乗り難い。ガソリンも値上がりしているし・・・。いっそ自転車で来ようかと思った」
「・・・・・」
 男達の脳裏に、キコキコと一生懸命自転車を漕いでいる神宮寺の姿が浮かんだ。 と、その後ろにはジョー、なんとか追いつこうとしている。その横を負けじと漕ぐ洸。見るとJBのメンバー全員が自転車通勤をしている。それはそれで迷惑だ。
「通勤はまだしも、犯人追跡は自転車じゃきついな」
「高速乗れないじゃん」
「PCナビはどうするんだ? 担ぐのか?」
「自転車にジェットエンジンつけて─」
 それでは車より悪い。と、
『チーム1、第2会議室へ集合』
 のアナウンスが入った。
 今までヘラヘラ笑っていた西崎と立花の貌が引き締まる。じゃあ、と手を上げ2人は行ってしまった。
「いいなァ・・・外に行けて・・・」ポツリと洸が呟く。が、「あー! 昨日の講義の宿題忘れてたー! 一平に写させてもらお!」
 じゃあねー、と洸も飛び出していく。
「とうとう宿題まで出始めたか」呆れたように神宮寺が言った。「そこまで学生気分にさせてくれなくてもいいのに・・・」
 と、自分をじっと見ているジョーに気がついた。
「・・・なんだ?」
「お前さ、最近出てくるの遅いし夕方には帰っちまうし。で、そんな疲れたツラ引きずって・・・」ジョー、と神宮寺が眉を寄せる。「何かあるのか? お前この前の─」
「なんだ、そんな事か」ジョーの言葉を遮るように神宮寺が笑う。「言わなかったのは悪かったよ。実は林さんの所でメカニックの勉強をさせてもらっているんだ」
「林・・・航空サービス?」
 ああ、と神宮寺が頷く。
 東京郊外に小さな飛行場を持つ林航空サービスは、JB所有のセスナやヘリコプターのメンテナンスを担当している。また、一般から受けるテスト飛行を神宮寺に依頼する事もある。
「もしパイロットとして飛べなくなっても、ずーっと飛行機に関わっていきたいからな。お前だって結城さんの所で車いじらせてもらってるだろ? それと同じさ」
「・・・本当にそれだけか」
 え? と神宮寺が目を向ける。
「飛べなくなるなんてもっと先の、何十年も先の話だろ。それを今からやっているのか? 本当に先の話なのか?」
「・・・・・」
 ちょっと上目づかいに自分を見るジョーの目には、今まで見た事のないような戸惑いと不安が浮かんでいる。
 この男にここまで不安な顔をさせる原因を神宮寺はわかっていた。だが、
「もちろんさ。何を言っているんだ。さあ、今日は講義に出ないとマズいぜ」
 やれやれ、というように休憩所を出て行く相棒をジョーが無言で見送る。
 この前の堂本の事件の後からなんか変だ、と─ ジョーは言う事ができないでいた。

「あの右側の大きな工場だ」
 自分の横に身を滑り込ませた神宮寺とジョーに西崎が前方を指差す。
「奴らは爆発物を持っている。伊藤ら3人が負傷した」西崎の口元がギリッと結ばれる。「君達の手を煩わせてすまない」
「お互い様だ。おれ達だって助けてもらっている」
「午後の講義に出なくて済んでありがたいくらいだぜ」
 ウッズマンのマガジンをシャキン!と入れジョーが言った。が、神宮寺はオートマグを胸に収めたままだ。
 怪訝そうにジョーが目を向けるが、“行くぞ”と西崎の合図にその思いを振り払った。

 ここ辰巳の倉庫街にダブルJとチーム1(ワン)の捜査課6人がいた。
 チーム1に下された指令はパリ本部からの協力依頼だった。
 フランス西部の港町ラロシェルで、密輸容疑で逮捕された男が密輸先のひとつとして日本の東京の名を挙げた。国際警察が追っている武器買人─ いわゆる死の商人の一組織だ。
 その日本での拠点である辰巳に向かったチーム1は、積荷を降ろすために待機していた密輸団の男達を確保し─だが7、8人が近くの工場に逃げ込んだ。
 幸いこの日は工場は休みで従業員は事務の5、6人しかいなく、彼らは全員外に逃げ出している。
 しかし男達は爆発物で応戦してくるので迂闊には手が出せない。工場内には火気厳禁の場所が多くある。
 チーム1の3人が負傷し、ダブルJの応援となった。
 
 彼らは2人づつ組み、工場の4ヶ所の入り口からそれぞれ中に入った。
 神宮寺とジョーが入った東側のドアは、そのまま製造ラインが2列並ぶ広い場所へと出た。
 休みなので機械は動いていない。ジョーが少し高くなっているラインにヒョイッと飛び乗った。と、ガタン! とラインが動き出した。
「うわっ!」
 バランスを崩しベルトコンベアの上に尻もちをついた。目の前に次の行程に入る小さな入口が見えた。鋭い刃がコンベアに乗ってくる物を挟もうと動く。
 ジョーは転がるように飛び降りた。
「気をつけろ、神宮寺! 奴ら機械の動かし方を知ってるぜ!」
 その言葉が終わらないうちに、先端に小さなドリルのついたアームがジョーに向かってきた。バク転で避ける。
「だから、科学忍者隊じゃねえって!」
「ここを出よう」ジョーが合流するのを待って神宮寺が出口へと走る。が、その目の前に黒い物が飛んできた。「伏せろ!」
 2人は固まって床に伏せた。
 ドーン! と轟音が上がる。バラバラと2人の頭上に破片が降り注ぐ。
「くそォ、奴らどこに─」
 ふと見上げると、ビルの3階くらいの高さの所にコントロールルームが見えた。チラッと動く影が見えるが、ここからでは死角になっていて銃を使うのは無理だ。
「援護してくれ」
「神宮寺!」
 止めるジョーを無視し神宮寺は壁に取り付けられているコントロールルームに続くハシゴを昇り始めた。と、上にいる男が銃を取り出すのが見えた。神宮寺に銃口を向ける。
「チェッ! いつもと反対だぜ!」
 ジョーは両手で握るウッズマンで男の銃を弾き飛ばした。
 と、その時ジョーの後方から別の男が現われた。銃声が響く。ジョーは転がり避けた。機械の陰に入ったが黒い物が、飛んでくるのが目に入った。飛び出し頭を抱え伏せた。
 ドーン! と大きな音と共に機械の破片と煙がジョーを襲う。
 その合間から、コントロールルームにいる男がハシゴに取りついている神宮寺目掛けて黒い物体を投げるのが見えた。神宮寺の動くが止まる。
「くそォ!」 
 立ち上がりジョーがウッズマンのサイトを黒い物体に合わせた。迷わずトリガーを引く。 
 ウッズマンから撃ち出された弾丸は、物体の側面を掠りその軌道を変えた。神宮寺から離れた壁に当たり爆発した。神宮寺の体が爆風を浴びる。だがその様子を見てはいられなかった。
「うっ!」
 左足に激痛を受け思わず膝をついた。が、すぐさま振り向き、続けて撃とうとしていた男の銃を撃ち落とした。身を翻して男が逃げる。ウッズマンでその足を止めた。
「ジョー!」西崎と中根が走ってくるのが見えた。「大丈夫かっ」
「おれは大丈夫だ。神宮寺を─」
 ジョーの指差す方へ中根が走る。ジョーに足を撃たれ転がる男を西崎が押さえた。
 血の溢れる傷口を押さえジョーが立ち上がる。中根の後を追いハシゴを昇り始めた。
「やめろ、ジョー! 中根に任せろ!」
 西崎がジョーの体に手を掛けた。
「あいつ・・・変だ・・・」ジョーが震える声で呟く。「・・いつものあいつじゃない・・・」
「──」
 西崎の、ジョーを掴む手が一瞬緩んだ。ジョーがハシゴを上がろうとした。が、
「2名確保!」
 頭上から中根の声が響いた。

「すまない、ジョー。ミスッちまって・・・」
「ミスッたのはおれだぜ」弾丸の摘出手術を終えた左足を庇いながらジョーがベッドの上に上半身を起こした。「銃を持った相手に背中を向ければどうなるか・・・、わかりきった事だ」
 そのまま床に右足を付け立とうとする。
「どうするつもりだ」
「・・JBに戻る。手を貸せ」
「退院の許可は出ていない。榊原さんに見つかったら─」
「榊原さんなら別の病棟を回診中だ。今なら抜け出せる」だが・・・と神宮寺が言いかけると、「だったらいい。1人で行く」
 ジョーは神宮寺の体をトンと突いて、そばのイスに手を掛けた。ロッカーに辿り着き着替え始める。ズボンを穿くのはさすがに辛いのか低いうなり声を上げる。
 彼の後ろで神宮寺がため息をつき、腕を抱えてバランスをとってやる。そのまま2人は312号室を出た。
 回診中という事もあり医師や患者が病室にいる時間の方が長い。素早くエレベータに乗り、裏庭の駐車場に向かった。そこには2人が現場に乗り付け、またジョーを榊原病院に運んだハリアが停められている。
 神宮寺が助手席のドアを開け、ゆっくりとジョーの体を入れてやる。
「手術当日にこんな事をするなんてどういうつもりだ」
 自分は運転席に着き今さら、と思ったが神宮寺が訊いた。
 ジョーの病院嫌いは知っているがここまで無茶をするのは珍しい。だがジョーは答えない。ボソッと唇を動かす。
「─ なに?」
「・・・なぜ撃たなかったんだ・・・」
 え? と神宮寺がジョーを見る。
「あの男がお前に爆発物を投げつけようとした時、どうしてマグナムを抜かなかったんだ」低いジョーの声が車内に響く。神宮寺が一瞬顔をしかめた。「あの距離ならお前は難なく男の手を狙えたはずだ。なのになぜ」
 スッとジョーが神宮寺に顔を向けた。だがそれを避けるように神宮寺がフロントに顔を向けた。
「まさか、銃を撃つのが怖いとか言うんじゃねえだろうな」
 それはいつかジョー自身が言った言葉だ。
「まさか」案の定、一笑された。「お前が援護しているんだ。おれが銃を抜く必要はない」
「だがあの時おれは援護が出来る状態ではなかった。お前だってわかっていたはずだ。なのに─」急にハリアが発進した。ジョーがシートに当たる。「神宮寺!」
「いつまでもあそこにいたら捕まるぜ」グルリと回って病院から出た。「おれはお前の援護を信じていた。お前が援護できなかったのはお前のミスじゃない。おれのミスだ」
「・・・・・」
 ジョーには神宮寺の言っている事がわからなかった。だがこれ以上訊いても彼は答えてはくれない事はわかった。
 すぐ隣に座る相棒がとても遠くに感じ、だがジョーは神宮寺から目を逸せた。
 いつの間にか外は雨になっていた。


                               3へつづく
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一緒に歩こう この道を 1


「やっぱり変だ。何かあったんだよ」食堂のいつもの窓側の席を遠巻きにして男達がヒソヒソ話す。「あの4人がバテてるんだ。よほど大きな事件(ヤマ)だな」
「いや、彼らは今事件を担当していないはずだが」チームリーダーの西崎が言った。「それともおれ達に話せない極秘任務なのか・・・」
 窓側の4人に目を向けた。そこはいつもの彼らのお気に入りの場所だった。4人のSメンバーと彼らのバックアップを担当する事の多いチーム1(ワン)が集まり、雑談する場所だ。
 彼らは年令も近く仕事はもちろん遊びもいたずら(?)も一緒にする。独特な雰囲気が漂う場所で他のメンバーはあまり近寄らない。
 しかし今日ばかりは、そのチーム1の面々もなんとなく近寄りがたい空気が窓側を占めている。
 見るとそこにはJBのSメンバーの神宮寺、ジョー、一平、洸とこれまた独特な雰囲気を持つ奴らが、しかし固まってグッタリしている。
 目の前にあるコーヒーに手をつけているのは神宮寺ぐらいで、後の3人はただただテーブルに懐いていた。
「ヘタばってるSメンバーというのも・・・いやだな」
 西崎の言葉に周りの男達がウンウンと頷いた。

 昼時という事もありJBの食堂は混んでいた。
 JBには決まった昼休みの時間はなく個人に任されているが、やはり12時や夜は8時前後が1番利用者が多い。
 ここで食事を摂るのは事件を抱えていない者がほとんどだが、今日はいつもより多いようだ。
 が、混んでいる室内にポカンと空いている空間がある。例のSメンバー4人が占めている、新宿御苑が眼下に見える窓側の一角である。
 そこだけどんよりとした空気が流れ、西崎達でさえ近寄れないのだから他のメンバーがその近くで食事を摂ろうとは思わないだろう。と、
「食事、どうする?」神宮寺が訊いた。「何か持ってくるか?」
「パス」
「おれも」
「me too」
 3人が口々に言う。
「頭の中で中性子とプルトニウムがケンカしてる。メシ食ったらウランも仲間入りしそうだ」
「情けない事言うなよ、一平。それじゃあ核爆発しちまうぞ」
「そりゃお前は物理だの化学だの得意だからいいさ」目の下にクマを作っているジョーが言った。「おれ中学しか出てないんだぜ。そんなの知るかよ」
「自慢するな。それに今日のは中学生でもわかる内容だったぞ」
「悪かったなっ!」
 ドンッ! とジョーがテーブルを叩く。食堂にいた全員がビクンと跳ねた。気のせいか皆の食事スピードが上がる。ガタガタバタバタ・・・とあわてて出て行く者もいる。
「ま・・・、鉛のミクロサターンやニュートリノ爆弾の話はおもしろかったけど・・・」
「・・・・・」
 そんな話しただろうか、と神宮寺は思った。
「あ~あ、まさかこの年になって、また物理や化学で苦労するとは思わなかったよ!」
 わめく洸に他のメンバー3人もため息を吐き出した。

 Sメンバー4人に森から指令が下ったのは3日前だった。2階の小会議室に呼ばれ、そのまま物理学の講義を受けるはめになった。
 森いわく、“将来は今まで以上に科学の進歩に伴った事件が多くなるだろう。その基礎知識を持つ事は、これから世界を背負って立つ君達のような優秀な国際警察のメンバーには必要な事で─”
 要するに文句を言わず講義を受けろ、という事だ。
 チーフの命令である以上彼らに逆らう術はなく、それでも中・高校と科学部にいた神宮寺以外の3人には、銃撃戦よりきつい! と3日間文句が途切れる事はなかった。
 が、さすがに4日目ともなると文句を言う気力もなくなり、仲の良いチーム1の面々さえ近寄れないどんよりとした空気が4人を支配し始めた。

「風邪ひかないかな、おれ・・・」ポツリと一平が言う。「丈夫なおれってイヤ・・・」
「バイクで首都高からぶっ飛んで全治1ヶ月って言おうかな、ぼく・・・」
「せめて女性の講師にしてくれねえかな。男の声じゃ寝られねえ」
「お、お前ら・・・」
 眉を八の時にして神宮寺が苦笑する。と、
「ヘタばっているSメンバーというのも、なかなか見ものだね」
「佐々木さん」
 無謀にもその空間に入って来たのはサブチーフの佐々木だ。
「今、事件が起きても、ぼく達出動できませんからね~」
 そりゃ大変だ、と笑われた。
「昼食ですか?」トレイにはカレーセットが乗っている。「いつもより遅いですね」
「うん。会議が長引いてね。山田さんや富山さんももう来るだろう」
「えっ」
 と、ジョーがテーブルから体を起こし立ち上がった。妙にソワソワしている。
「何かやったのか?」ジロリと神宮寺が睨む。「〝警察〝が来ると聞いてビクつくとは」
「いや、別に」再び腰を下ろす。「それよりおれ達いつまであの講義受けるんですか?」
「さあね・・・。チーフがのってるからね。当分続くんじゃないかな」
「おれ達は国際警察で科学忍者隊じゃないんですよ」誰かにDVDでも借りたのか?「それともどこかの国がV2計画を実行しようとして─」
「とにかくマイナスになる事はないし、もう少し学生気分を味わうのもいいだろう」
「やだ! マグマの中でニュートリノを爆発させてやる!」
「ジョー!」
 ふいに呼ばれジョーが立ち上がる。小声でやばっと呟いた。声の主は管理課々長の富山だ。
「この前の始末書にチーフのサインが抜けていたぞ。見せていないのだろう」
「始末書?」
「なにやったんですか?」
「捜査車両を3台解体した」
 富山の言葉に、え~!? と声が上がった。
「だって講義ばかりでムシャクシャしてよ。だからちょっとエンジンでも診てやろうかな~って」
「好意はありがたいが、だったらちゃんと元に戻せるように解体してくれ」
「子どもか、お前は」
「ホントにレーサー?」
「戻せないなら解体じゃなくて─」
「あ~、もう、わかったよ! ちゃんと戻せるようにぶっ壊せばいいんだろ!」
 なんか・・・いや、絶対違う。が、ジョーはその気で食堂から出て行った。
「車両が全部解体されないうちに講義を終わらせた方がいいと思いますが」
 神宮寺の言葉に、う~んと佐々木が唸った。

「へえ~、ここが結城さんが手に入れたテストコースか」
 目の前に広がる緑の木々に映える白いテストコースを見て、ジョーがう~んと伸びをした。空には雲ひとつなく青い空が広がっている。
「小平市の市外にこんな所があるなんて知らなかったな」
「元は大手自動車メーカーのテストコースだ」JB車両のメンテナンスを担当している結城自動車工業の社長が言った。「これからまだ整備しなければレーシングカーは走れないがね」
「一周5キロもあれば立派にレースができますね」久々の外での任務に神宮寺の表情も明るい。「いいなァ。日本でエアレースをしている所はないしな」
 と、ジョーのレース時のピットクルーを務めてくれる結城の部下達が、まだカバーに包まれた車体をゴロゴロと押して来た。
 ジョーの眼が吸い寄せられる。神宮寺と佐々木も目を向けた。
「これがテスト走行をお願いする車両です」
 結城の部下ではないベージュの作業服を着た男がカバーを取る。真っ黒な車体が現われた。
「スカイライン?」
 ジョーが呟く。
 確かにフォルムはスカイライン250GTに似ている。しかしメーカーのマークもエンブレムもない。車内も運転席は確保されているが、その他の空間は機械でいっぱいだ。まるでGTマシンである。
 ジョーは癖で重量の計算をしていたが、
「問題は車体ではありません。燃料ですから」
 作業着の男がにこやかに言う。

 午後からの講義に出なければ、とうんざりしていたダブルJに森からの指令が下った。洸や一平の不満の声を背に、2人はすぐさま7階へと駆け付けた。
 森から2人への指令は、テスト走行をする車の警備とジョーにはその車のドライバーを務める事だった。
 ドライバーは嬉しいがなんで警備を? と訊くと、その車は実は結城自動車工業が政府からの要請を受け密かに開発していたもので、燃料にはMOXを使用するという。
 2人は驚いた。講義を受けていなくてもMOX燃料の事は知っている。

 ウランには核分裂しやすいウラン235と、しにくい238があり、ウラン燃料は235の割合を3~5パーセントに高めたものだが、この235の代わりに再処理工場で使用済みの燃料から取り出したプルトニウムを使うのがウラン・プルトニウム混合酸化物燃料─つまりMOXだ。
 これを通常の原子力発電所で利用する事をプルサーマルという。言わばプルトニウムのリサイクルだ。
 地球温暖化や大気汚染が大きな問題になっている現在、無公害エネルギーの開発は各国の最重要事項であり急務を要する。原子力はもちろん、電気そして水素と車の燃料の新規開発も行われている。
 しかしMOXは核物質だ。それを車の燃料にするというのか─。

 が、2人の感想はともかく政府の研究機関が開発、実験を行っているのは確かだ。もちろん最重要秘密事項である。
 この事は何年か前から森と佐々木にだけは話が行っていた。いざという時の協力を日本の警察ではない彼らに頼むためだ。
 そして彼らと繋がりのある結城自動車工業にも協力を依頼した。知っているのは結城と沢口、そしてメカニックに携わる一部の社員だけだ。そして今日その試作車1号のテスト走行となる。

「実はドライバーをどうしようかと思いましてね。結城さんに相談したのです」作業服の─政府の研究機関の植田といったが─相変わらずにこやかな顔で結城を見る。「そうしたら警備を頼む国際警察の中にぴったりの人物がいると言われましてね。よろしくお願します」
 植田が目の前のジョーに握手を求めた。
「おれはただ、ここを走るだけでいいんですね?」
 はい、と植田が頷く。
 このテストコースは結城の夢─将来、自前のサーキット場を作りレース部門をそこへ移す─その第一歩だ。と、同時に結城にブルーコンドルを預けているジョーの夢でもある。
「それにしてもすごい事を考えましたね」沢口と打ち合わせを始めたジョーを見送り神宮寺が呆れと感心を半々に言った。「ひとつ間違えたら・・・」
「詳しくは言えないが、MOXが収納されている容器は核廃棄物輸送用の物と同等の強度を要し、決められた11の試験にも合格している。もちろん危険が皆無ではないが」
 ふと結城がコースに目を向けた。
「このまま温暖化が進み、その原因のひとつとしてカーレースが無くなるような事になったら・・・。私の我儘だがね」
「・・・・・」危険性は高い。だが結城の気持ちもわかる。「これがうまくいったらジェット機やロケットにも転用できますね。今回は飛行機の実験はないんですか?」
「この車両だけです」植田が言った。「地上の方がデータが取りやすいので」
「やっぱ地上を走る方が安全なのさ」
 愛用のレーサーグラブをキュッと鳴らしジョーが神宮寺に目を向け、が、すぐにスカイラインに向かう。
 MOX燃料の臨界力を利用してエンジンを動かす車に乗るなんて怖くないのかと神宮寺は思った。が、ジョーにそんな考えはないようだ。
 ある意味ジョーの方がMOXより怖い。乗れと言われ、それが地上を走る物ならジョーは躊躇わず乗り込むだろう。
 エンジンを掛けステアリングを握り、精悍な顔に強気の笑みを浮かべただ前へと─。

 突然、ブロロ・・・と上がるエンジン音に神宮寺がハッと顔を上げた。スカイラインの運転席に満面笑みのジョーが見えた。
「へっ、いい吹き上がりだぜ」
 左手がステアリングをギュッと掴む。いつものジョーのスタイルだ。
 近づいた植田が何か言っている。が、ジョーは飛び出したくてウズウズしている。
 植田が離れたとたんスカイラインがバッと飛び出した。
 レースの時によく見る走り出しだが、植田は驚いたようだ。インカムに向かって、
「もう少しスピードを落として」
 と言っている。
 気の毒に・・・と〝両方〝を思い、神宮寺は佐々木と並んでジョーの走りを見ていた。
 彼らのいる位置からわずかの間ジョーの車が見えなくなった。が、その走りはエンジン音を聞けばわかる。
 テスト車両もジョーも快調だ。植田とメカニックは送られてくるデータの集計に追われている。
 少し離れた所には、環境モニタリング・カーが万一に備え監視の目を光らせている。
 一周5キロのコースをジョーは3分も掛からず戻って来た。もちろん止まらず、彼らの目の前を走り抜ける。見ためは普通の車とまったく変わらない。
「ジョー、スピードを20キロ落とせ」インカムで沢口が伝える。「80キロを保ってくれ」
『えー、そんなスピードじゃMOXが泣くぜ!』スピーカーからジョーの声が響く。『解体のご褒美なんだから、もっと走らせてよ!』
 解体って? と首を傾げる沢口に、さあ、と神宮寺が恍けた。
 コース周りは木々や高い塀に囲まれているが吹き抜ける風は心地よく、やはりおれ達は外で仕事をするのが1番だと思った。
 目の前を喜んで走り抜けるスカイラインを見て、この分ではあの車からジョーを降ろすのは苦労するなと思った瞬間、神宮寺の体がビクンと跳ねた。
 全身をチリチリと痛いような感覚が押し包む。すぐさま走り出し、沢口のインカムをバッと取った。そして、
「戻れ、ジョー!ピットに入れ!」
 叫ぶ神宮寺に、いえ、まだと植田は戸惑っていたが佐々木や結城達の反応は早かった。
 すぐに機材をピット代わりにしているガレージに移しシャッターを降ろす。隣のガレージにスカイラインが入れるスペースを作った。
『ラジャ』
 神宮寺の言葉をジョーも疑わない。80キロに抑えていたスピードを上げてピットの戻って来た。そのままガレージに飛び込む。シャッターが降ろされた。
「結城さん」
 神宮寺に呼ばれ結城が彼の指差す方を見ると、何かがキラリと光っていた。
「カメラか?」
 おそらく、と神宮寺が頷く。彼らも建物の中に入った。
「なんだよ、産業スパイか?」
 フルフェイスのヘルメットを取りジョーが訊いた。
 枯葉色の髪がバサッと跳ね、楽しく走っていたのに、と不機嫌を顔面に貼り付けている。
「今日のテストの事は一部の人間しか知りません」植田も困惑を隠せない。「上の指示を仰ぎますので少しお待ちください」
 が、神宮寺が裏口から出て行くのを見ると、ポンと結城にヘルメットを放りジョーも後を追った。



                                 2へつづく