コールナンバー ダブルJ

国際秘密警察スペシャル(S)メンバーと呼ばれる男達のお話です
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怒りの44マグナム 1

無題


「いいから行って来いよ、神宮寺」ジョーはチーフから渡された1枚の書類をアタッシュケースに入れながら言った。「フランスなんて飛行機で行けばすぐだし、ましてこんな紙っ切れの1枚や2枚届けるのなんかおれ1人でたくさんさ」
「ジョー、紙っ切れとはなんだ、紙っ切れとは。これにはJBの秘密事項が─」
「まあまあ」ジョーはペンを振り回して叫ぶチーフを宥めた。「なっ、行って来い。両親の結婚記念日なんだろ。たまには親孝行しろよな。放蕩息子がっ」
「・・・ん」神宮寺はまだ首を縦に振らない。「しかしなぁ・・・」
「うるせェ!おれがこーいう事言うなんてめったにねェんだぜ!行ってオフクロさんにでも甘えてこい、くそったれ!」
「まあまあ」今度はチ-フがジョーを宥めた。「彼もそう言ってる事だし・・・行ってきたまえ。いくらジョーでも書類の1枚や2枚運べるだろう」
「どーいうイミですか!」
 またも始まったジョーとチーフの言い合いに神宮寺は思わず苦笑した。

 梅雨に入ったというのにカラッとよく晴れた日曜日である。
 神宮寺はそんな天気を楽しむかのように愛車(ポルシェ)を飛ばしていた。
 車はまもなく内堀通りに入った。彼の実家のある麹町まであと少しだ。
(2ヶ月ぶりかなァ・・・)だんだん見慣れた道に入るにつれ神宮寺の顔を次第ににこやかになってきた。(ジョーじゃないがおれは本当に親不孝者だもんな)

 今日は彼の両親の結婚記念日である。
 この日は1日、今は1人になってしまった息子の力と3人で過ごす事になっている。 しかし去年は仕事でイギリスに飛んでいたので、この日は両親と過ごしていない。
 そして今年・・・パリ本部にJBの重要書類を届ける仕事がダブルJに回ってきた時、神宮寺は思わず唇を噛んだ。そして両親に今年も帰れないと連絡しようとした時、どこから聞きつけたのか ジョーがその手を止めた。
『帰ってやれよ。配達人はおれ1人で充分さ。ついでに2、3日ゆっくりしてくればいい』神宮寺は何か言おうとしたがジョーがそれを止めた。『おれだって親が生きていたらやっぱり帰ってやったぜ。たった1人の子どもだもんな・・・』
 これには神宮寺も何も言えなくなってしまい、結局彼は2日間の休暇を貰い麹町の家に帰る事にしたのだ。
 今回のようにコンビを組んでいる2人が別々に行動するのはさほど珍しくない。2人がダブルJとして事件に向かう時はその事件が大きなものの時であり、日常茶飯事的な事件には1人で行動する時が多い。
 今回は言わばその例だ。ジョーではないがいくら重要書類といえどSメンバーが2人で運ぶ必要はない。少々無鉄砲なところがあるにしろジョーも一応Sメンバーだ。パリへ行くぐらい子どもが近所のお菓子屋さんに行くようなものだからだ。
 そう思ったジョーは神宮寺を残してパリに向かったのである。

(ジョーの奴・・おれに甘えて来いなんて言っておいて自分も長官の家に寄ってくるんだろうな)神宮寺はかすかに口元を歪めた。(なんだかんだ言ってもおれ達はまだ─)
 神宮寺はふと前を見た。車はいつの間にか麹町に入っていた。彼は思わず舌なめずりをしいた。いつ左折したか覚えていないのだ。
(おれの愛車は大したもんだ。ひとりでに曲っちまった・・・)
 などと勝手な事を思い、彼は思わず苦笑した。が、その表情は長くは続かなかった。
 家まであと2、3分ほどである。だがその前に彼の目には家と家との間にある小さな空き地が映ったのだ。この空き地は彼がまだ小さい時近所の子ども達と遊びまわった所である。しかし今は周りに家も増え昔の半分の広さもない。
(・・・さとし)
 神宮寺はわずかにスピードを落とし目を細めてその狭い空間を見た。

 神宮寺智─神宮寺家の次男で兄、力とは反対にチョコマカとよく動きハツラツとした少年であった。力とは5才離れているが2人は大変仲が良く、力は智に色々な事を教えまた智も力を慕っていた。
 智が10才の夏休み、彼は家から少し行った空き地で兄達数人が野球をやっているのを見つけた。
 兄にねだりようやく仲間に入れてもらった智だが、中学生ばかりの中で彼は言わば〝みそっかす〝であり一番球の来ない外野にまわされた。それでも智は大ハリキリでグローブをはめた。
 案の定球はほとんど来なかったが一緒になって騒いでいるうちに智もすっかり中学生の兄達と一体になってしまったようだ。
 いよいよ兄、力の打つ番がやってきた。智はスコアボードを見た。9回裏同点だ。ここで力がホームランでも打てば勝負は決まる。
 智は兄と敵対する複雑さがあったものの、とにかく球が来たら拾わなければと思った。
 打った!大きい。ホームランに成りうるボールだ。
 打った力をはじめ一同が動きを止めボールの行く先を追った。と、ボールはまるで導かれたかのように智の方に向かってきた。
 彼は精一杯両手を伸ばした。が、ボールは彼の頭の上を通り抜けるとワンバウンドして道路の方に転がっていった。
 力はすでに3塁に向かっている。智はあわててボールを追いかけ道路に飛び出した。
 力がホームに向かった時、突然急激なブレーキの音と弟の叫び声が辺りに響いた。
 力は弟の名を呼び声のした方へ駆け出した。みんなも後から付いてくる。
 道路へ飛び出した力は思わず息を呑んだ。そこには車の姿はなく、血塗れの弟の姿があったのだ─。
 即死だった。おまけに弟を轢き殺した車もわからない─。
 後日、彼の家で告別式が行われた。15才であった力が受けたショックは大きかった。しかし両親はそれ以上だ。
 父も母も必死に涙を堪えていた。それがどうしてなのか力にはわからなかったが、彼もなぜか涙を堪えてる自分に気がついた。自分が泣けば母が父が泣き出すかもしれない・・・。彼は無意識にそれを恐れていたのだ。おそらく両親も同じ考えだったのだろう。力はふと目に浮かんだ涙をグイッと拭いた─。

 あれから8年・・・弟を轢いた車はもちろん犯人も捕まっていない。だが神宮寺は何年経っても犯人を捕まえる気でいた。

(おれも結局・・・親の仇を追うジョーと同じなのかもしれない・・・)
 神宮寺はふと思った。と、突然彼の目の前に小さな影が現れた。
「ああっ!」
 神宮寺はブレーキを強く踏むとハンドルを切った。幸いスピードを落としていたので車はすぐに止まった。
 彼はホッと息をつくとすぐさまドアを開け降りた。すると車の前には7、8才の男の子が倒れており、そのそばには12、3才ぐらいの少年の姿があった。
「だ、大丈夫か、君達!」
「ぼ・・ぼくはなんともないけど・・・浩一が・・・」
 少年はベソをかきながら、走り寄る神宮寺に言った。彼は倒れている男の子を抱き上げた。
「とにかく病院へ行こう。君も乗って」
 神宮寺は少年を急き立て車に乗せると病院へと急いだ。

「大丈夫、軽い脳震盪ですよ」
「・・のうしんとう」
「大方、転んだ時に地面で打ったのでしょう。明日にも退院できますよ」
「そうですか」神宮寺はホッと息をつくと医師に頭を下げた。医師は出て行き神宮寺はベッドのそばにいる少年に向かって言った。「大丈夫だよ。明日には退院できる」
「ホント?」
「ああ、本当さ」神宮寺は少年の頭に手をやり優しく言った。「ところで君の名前は?」
「信一・・・高井信一」
「高井・・・ああ、あの角の・・・」彼は頷いた。「君達、あの空き地で遊んでいたの?」
「うん・・・」
「・・そうか・・。でも飛び出しはいけない・・・危ないんだよ」神宮寺の言葉に信一は無言で頷いた。「よし─。ま、大した事なくて良かった。ぼくはこれから君の家に電話してクるからね。ここにいるんだよ」
「ねっ、おじちゃん」
「おじ・・・☆」ドアを開けた神宮寺はコケた。「あ、あのね・・・おじちゃんは・・いや、お兄ちゃんはまだ23なの。だからお兄ちゃんは・・・いやいや、おじちゃんはやめてくれよ」
「うん、おじちゃん」
「★」神宮寺はドアに寄り掛かり口をへの字に曲げた。「なンですか」
「あの銃、本物なの?」
「えっ!?」信一の言葉に神宮寺は思わず大声を上げた。「な、なんの!?」
「車のボックスに入っていたのだよ」
「あ、ああ・・・あれか・・。あれは、モ、モデルガンだよ」
「ふ~ん、かこいいの持ってるんだね」
「・・・ピストル・・好きかい?」
「うん!」
「よし、それなら明日お兄ちゃんが持ってきてあげよう。ただしもう道路へ飛び出さないって約束したらね」
「うん!約束するよ!─で・・でも・・・」
「どうしたの?」
「・・浩一も・・・」
「あ」神宮寺は思わず微笑んだ。「大丈夫、2つ持ってくるよ。同じものをね」
「わあ!ありがとう、お兄ちゃん!」
(弟思いの兄貴・・・。その兄に悲しい思いをさせなくてよかった・・。あんな思いをするのはおれ  1人でたくさんだ・・・)
 それにしてもいくら急いでいたとはいえ、いつも閉めておくはずのボックスを開けっ放しにしておいて信一に見られるような事をやらかすとは・・・。
 神宮寺は思わず頭を掻いた。

 その夜、神宮寺家では親子3人でささやかな祝いの会が行われた。
 今年は結婚26年目なのだ。しかしいつも仲の良い両親を神宮寺は何よりも自慢にしている。
 彼は父、たかしに座布団を、母、和美に名前入りのハンカチを贈った。それを手にし母は思わず微笑んだ。
「これ、あなたが刺繍したの?」
「えっ・・ええ・・」神宮寺は手にしていた杯を置いて答えた。「・・まあ」
「力、男は針なんぞ持つものではないぞ」高が言った。「・・しかし、うまいものだな・・・」
「父さんのにだってちゃんと入っているよ」
「そ、そうか。うむ、うまいものだぞ、力─さっ、飲め」
「お父様はいつもこの調子なんですからね」
 和美がまた微笑んだ。それにつられて後の2人も笑い出してしまった。
 やがて母は足りない料理を持ちに部屋を出て行った。いつもは手伝いの人がやってくれるのだが、一人息子の力が帰ってくると和美は誰にも手伝ってもらわず彼の世話をする。
 力も母の気持ちがよくわかっているので洗い物でも食事でも他の人に頼まず母に甘える。そのたびに母はニコニコしてやってくれる。彼女に掛かれば力はまだまだ子どもである。
「母さんはお前が帰ってくるのを毎日毎日数えて待っているんだ・・・」父がポツリと言った。「仕事が大変なのはよくわかるが、なるべく帰るようにしてやってくれ。本当はここから通ってくれればいいんだがな・・・」
「父さん・・それは・・・」神宮寺は困ったように言った。「・・それは・・・」
「いや、いいんだ。私も母さんもそれはよくわかっている。男が一度これだと選んだ道はどこまでも突き進まなければならない・・・。それを教えたのは私だ」
「・・父さん・・・すみません・・・」
「いいんだよ、力」高はグッと杯を開けた。「だが時々は顔を見せてやってくれ。私も一晩じっくり お前と飲み明かしてみたい・・・。本当は男3人で飲みたかったが・・・」
「とう・・さ・・・」呟くように言った父の言葉に神宮寺は思わず言葉を詰まらせた。体が小刻みに震え、拳(こぶし)に力が入る。「・・智は、ぼくが・・・」
「やめろ、力」高が止めた。「あれは事故だ。・・事故だったんだよ。お前のせいではない・・・」
 それから父は、まだ下を向いている息子の肩を叩いた。
「さっ、今夜は思いっきり飲もう。私に付き合え。─さっ」
 高は神宮寺にしきりに酒を勧めた。

 翌朝、昨夜少々飲みすぎまだ少し頭が痛み寝ていた神宮寺は枕元の時計を見てガバッと飛び起きた。
 針はすでに11時をまわっている。浩一が退院するのは確か12時だった。
 彼は急いで服を着替えると夕方には戻ると両親に告げ飛び出していった。
「あの子が中学の時は朝になるとこんな具合でしたね」
「うむ・・。勉強ならず深夜放送を聴いて寝るのがいつも2時頃らしかったからな」
 神宮寺にとってはあまり自慢できる事ではないが、親にしてみればそれもひとつの思い出らしい。
 和美はあわてて出て行く息子の後姿を見ながらもう一度あの頃に戻れたら、と思った。
 それから彼女はふと未だある智の部屋に目を向けた。



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毒を食らわば富士山で 完

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 男─ラドット博士はマイクのスイッチを切ると再び神宮寺と一平の方を向いた。
「さっき君達に手伝ってほしいと言ったが、なんの事だかわかるかね」
 博士は相変わらず笑みを浮かべ横柄な態度を続けている。自分の研究に満足しきっているのがよくわかる。
「今、実験室の助手と話したのだが、ここにあるこの薬よりもっと強力なのができたそうだ。そこで今度こそ人体実験を試みたいのだよ」
「えっ!」2人同時に声を上げた。「じ、人体実験!?」
「そうだ。2人共後ろを見たまえ」
 博士の言葉に2人はゆっくりと振り向いた。
「ジョー!」最初に2人の目に入ったのはドアの所に立っているジョーの姿だった。次に彼を両方から抱えるようにして支えている2人の男が目に入った。「ジョー!」
「動くな!ヘタに手を出すとこの男がどうなるか・・・。わかるだろ」
 神宮寺は足を止めジョーを見た。ジョーは目を瞑り荒く息をしている。額は汗でいっぱいだ。
(ど、どうしたんだ・・。いつのもジョーじゃない)
 2人の男はジョーを博士の横のイスに座らせた。と、そこへトニーズが入って来た。
「すみません、博士。これが新薬品です」
「ご苦労」
 ラドットはトニーズから小ビンを受け取るとジョーの顔を上げさせた。
「や、やめろ!」神宮寺が飛び出した。が、次の瞬間彼はまたも体にショックを感じ転倒してしまった。「い、一平・・」
 神宮寺は一平を見た。が、彼も神宮寺同様一歩も動けない状態でいる。
「ジョー!目を覚ませ!」
「あっ!」
 ジョーはハッとし目を開けた。と、そのとたん何かが口の中に流れ込んで来た。やがてそれは喉を通って体内に入って行った。
 ジョーはイスから転がるように床に倒れた。
「ジョー・・・」
「フフフ・・」ラドットがジョーの体を引き起こした。彼はさっきとは反対に顔面は赤くなり、体も火照っているのがわかる。「我が偉大なる研究のためだ。光栄に思ってくれたまえ。トニーズ、しっかりと記録しておくんだぞ。なんせ私も初めてなんでね」
「くそォ・・・勝手な事を・・・」と、ジョーが顔を上げた。そしてだるそうに顔を神宮寺に向け、かすかに目を開けた。「ジョー、しっかりしろ。おれがわかるか」
「ヒック!★」
「へっ!?」
 神宮寺は目をパチクリさせジョーを見た。と、ジョーはゆっくり体を起こした。
「ど、どうしたのかな、おれ・・・。なんかとてもいい気分・・・ヒック!」
「あ・・あいつ・・??」
 神宮寺は目を見開き一平を見た。一平もポカンとしている。
「な、なんだ、これは!いったいどうなっているんだ!」
 ラドットが大声を上げた。が、トニーズは答えられずオロオロとしている。その時だ。
「アハハハハ・・・!」
 ドアの方からけたたましい笑い声が響いて来た。
「洸!」
 2人は同時に声を上げた。その笑い声の主は洸であった。
「博士、あんたがジョーに飲ませたのはあの薬品じゃなくてぼくの持ってきた日本酒さ。彼がゴタゴタしているうちにすり替えたんだよ。残念でした!」
「に・・にほん・・ヒック!」
「やるぜ、洸!」
 一平が口笛を吹いた。
「し・・知らないぞ・・。ジョーに日本酒なんか飲ませて・・・」
「どーして?」
「彼に酒を飲ませるのと毒を呑ませるのと、どっちが恐ろしいか考えてみろ」
「・・・・・
「くそォ。よくもこのおれをモルモット代わりに使ってくれちゃちゃ・・ちゃらて・・ちゃらら・・・らら?─と、とにかく許さねえ!」
 ジョーはイスを持ち上げラドットに向かって投げた。が、博士が避けたのでイスは後ろのコンピュータに当たってしまった。と、今まで神宮寺と一平の体を包んでいたものがスッと消えた。
「しめた!」
 一平はさっそく飛び出し、男の1人にパンチを食らわした。
「こらあ、一平!手を出すな!おれがやるんだ!」ジョーがわめいた。「こうなりゃハデにぶっ壊してやる。Dieser Dummkopf!(このやろう) くそォ!」
「な、なるほど・・・。ミスターの言うとおりだ・・・」
 洸が小声で呟いた。
「トニーズ!薬品を!実験室の─!」ラドットが叫んだ。するとそれと同時にどこからか爆発音が聞こえて来た。黒い煙がこちらに流れてくる。「な、なに事だ」
「あ、そうだ」洸が振り向いた。「言うの忘れてたけど、さっき忍び込んだ時、薬をすり替えついでに小型爆弾をセットしておいたんだ。なんせ周り中機材だらけでしょ。腕が鳴って腕が鳴って─。そういうわけだからアシカラズ」
「う・・うう」ラドットの顔色が変わって来た。「お前達は・・いったい何者なんだ」
「さあね。ただこうした非道は許してはおけないタチでね」
「よっ!、一平!決まってるゥ!アイフル~!」
「ンナロウ!おれに言わせろっちゅーのにィ!」
「わめくな、ジョー。まったく酒が入るととたんに豹変するんだからな」
 神宮寺はおもわず洸を見た。洸はペロッと舌を出して誤魔化した。

「く、くそ・・・。こうなったらせめて私の手元にあるこの薬品だけでも─」
「ミスター!」洸が大声を上げた。「博士が逃げるよ!」
「一平!JBに連絡してくれ!チーフがうまくやってくれるはずだ」
「OK!」
 一平の返事を聞くと神宮寺はジョーの後を追った。
 廊下を走り階段を昇る。前方にジョーの姿はなかったが、神宮寺は彼の残していった形なきトレーサーで導かれているようだった。
 建物にして3階くらい上がっただろうか。突然、前方から銃声がした。
「ジョー!」
 神宮寺はさらに速度を速めた。と、階段も終わり屋上へのドアが開いていた。キュンキュンという音が聞こえる。
 彼は用心深く屋上に出た。そこには2機のブイトールが置いてあった。そのうちの1機にラドットが乗っており、今しも飛び立とうとしているところであった。
 ジョーはもう1機のブイトールのそばにいた。
「怪我はないか、ジョー」
「そんな事よりこいつを動かしてくれ。奴の後を追うんだ」
「わかった!」
 神宮寺は素早く左側の座席に着いた。そしてピッチレバーを回しスターターボタンを押した。エンジンが掛かった。ローターが周りブイトールは静かに上昇していく。
「あそこだ、神宮寺!前方約200メートル!」
「任しとけっ!すぐ追いついてみせるさ」
 神宮寺は操縦桿を思いっきり前に倒した。
 彼の言うとおり2機の間はぐんぐんと縮まって来た。このままでは間もなく追いつくだろう。追いつかなくてもこの小型のブイトールではあまり遠くまで飛ぶ事はできない。
 それにラドットは日本のどこにも安全に身を置ける場所はないはずだ。なのに前方のブイトールはまるで目的地があるかのように一進に進んでいる。
「どうもおかしい。ジョー、横に地図が置いてあるだろ。このまま北西に真っ直ぐ行くと何がある?」
「何があるって・・・、富士吉田市に入って・・あと山中湖ぐらいかな・・・。ま、まさか!」
「そうか。奴は山中湖にあの薬品を・・・」
「冗談じゃねえ!そんな事をしたら─!」
「一時的にせよ山中湖は汚染され、その水が飲料水と混じったら・・」
「ちくしょう!死んでもそんな事はさせねえぞォ!」
 その時、今まで前方を飛んでいたブイトールがクルッと向きを変えこちらに向かってきた。そしてその機体の先端から2本の丸い物がキュッと飛び出した。
「あいつ・・・どうするつもりだ」そのとたんものすごい轟音が響いた。さっきの丸い棒はマシンガンの銃口だったのだ。「ヤロウ、危ないじゃねえか。当たったらどうするっ」
「向こうはそのつもりさ。ほら、また来た」
 神宮寺は迫りくるブイトールを左に躱した。が、ラドットはしつこいほどに向かってくる。小型だから小回りは利くが性能的にはあまりよい機体ではないらしく、操縦桿を左右するたびに激しいショックが走る。
「こ。このままではラチがあかない。撃ち落とされてしまうぞ」
「よおし、それならこっちも─。このMCボタンだな」
「だめだ。奴の機を撃ち落とせば住民に被害を与えるばかりか、あの薬品を空からばら撒く事になるんだぞ」
「おれの腕を信じろ。マシンガンだけ撃ち砕いてやる」ジョーは唇を舐めるとスイッチを押した。と、先端から銃口が出る。「近づけ、神宮寺。真正面からできるだけ近づいてくれ」
「ラジャー!」
 神宮寺は機を旋回させラドット機の正面に出た。向こうの先端のマシンガンもやはりこちらを狙っている。神宮寺はすぐにでも旋回できるようにと操縦桿をぐっと握った。
「今だ!」
 ジョーがレバーの上のスイッチを親指で押した。
 ガガガ・・・という音と共に先方のマシンガンがすっ飛び、神宮寺はすぐさま機を左に旋回させた。
「さすがだな」
「お前もな」
 2人は顔を見合わせ互いに口元を歪めた。するとその時、ジョーの右横に置かれている無線機が鳴り出した。ジョーはすぐにスイッチをONにした。
『私はドクター・ラドット。聞こえるかね』スピーカーからラドット博士の声が聞こえて来た。『これ以上私を追うのはやめろ。でないとこの薬をあの湖に投げ入れるぞ』
「くそォ・・・卑怯な・・」
 神宮寺が悔しそうに歯ぎしりした。
「かまわねえ、神宮寺。奴に近づけろ」
「し、しかし」
「いいからおれに任せろ。作戦があるんだ」
 ジョーの自信ありげな言葉に神宮寺は再び前を向き、ブイトールの速度を上げラドットを追い始めた。
『お前達、この薬品を投棄してもいいのか。湖を汚染してもいいのか」
「できるものならやってみろ!お前に水面スレスレにまで降りられる自信があったらな!」
『くそォ、見てるがいい!』
 突然ラドット機が降下し始めた。
「追え、神宮寺!機間は20メートル!後はお前の腕を信じるぜ!」
 ジョーはスイッチの上に親指を乗せ叫んだ。神宮寺がグッと頷く。彼はジョーがやろうとしている事を察していた。
 2人は言葉もなく互いの心を読み互いの腕を信じて一か八かの作戦に出たのだ。

 湖面まで200メートルという所まで来た。
「よし!」ジョーの親指に力が入り、ラドット機の後部が弾け跳んだ。「右だ!奴の右へまわれ!」
 ラドット機は後部から黒い煙を上げながら一直線に水面に向かっている。あと150メートルという所で2機のブイトールが平行に並んだ。そして双方はほぼ同時に機首を上げ、水面100メートルくらいの高さを並んで飛んだ。
 と、ラドットが風圧に耐えながらドアを開けた。その右手には例の小ビンが握られている。彼は右手を大きく振りかぶった。
「ジョー!奴はあのビンを水面にぶつけるつもりだぞ!」
「ああ!この時を待っていたんだ!」ジョーは両腕に力を込めドアを押し開けた。風圧を受け機体が傾く。「ラドットはお前に任せる!落ちるなよ!」
「ジョー!」
 神宮寺の声と共にジョーがくうを飛んだ。機体がさらに右に傾いた。が、その反動でドアが閉まり機体はすぐに元の体勢に戻った。
「あ、あのバカ・・・無茶な事を─」
 神宮寺は旋回してジョーの行方を追った。

 ジョーは見事なダイビングで一直線に落ちて行く。その少し先にはラドットの投げた小ビンが見える。このままビンが水面に落ちたらそのショックでビンは割れ中味が出てしまう。そうなれば山中湖は数十分のうちに毒の湖に変わってしまうのだ。ジョーとてどうなるかわからない。
 彼は手を思いっきり伸ばした。が、わずかの差でビンに届かない。水面はグングン迫ってくる。
「くそォ!」
 ジョーはとっさにGパンのベルトを外しビンの底を弾いた。ビンがわずかに跳ね上がった。ジョーはベルトを放り、上半身を伸ばし右手でビンを掴んだ。そして再び体を真っ直ぐに伸ばした。と、そのとたん彼は水の激しいショックを受けた。
「ジョー!」
 神宮寺はブイトールを乱暴に着水させ、ジョーが沈んだ辺りの水面に飛び込んだ。

「・・・ん」
「気がついたか、ジョー」
「神宮寺・・・」ゆっくり目を開けたジョーの前には神宮寺の笑顔があった。「ここは・・・」
「安心しろ。ブイトールの上だ。まったく無茶をやりおって。ひとつ間違えば水面に体を叩きつけられて骨がバラバラになるところだったんだぞ」
「・・・おれ・・何したのかな・・・」
「え?」
「確かいい気分になって、妙に頭に来てブイトールから飛び出して・・・」
「お、おい、ジョー。お前まだ酔っているのか」神宮寺はまじまじとジョーの顔を見た。彼は半分ポケッとしている。「な、なんて奴だ・・。正気で立てた作戦ではなかったのか・・・」
「よく覚えてねえや─。あれはラドットのブイトールか。無事着水したんだな」
「まいったな。いったいどこまでが正気でどこからがボケてたんだ」
「お前こそ何ブツブツ言ってるんだ。見ろ、JBの事故処理班がご到着だぞ。後は任せておれ達は引き上げようぜ。いつまでもいると面倒な事になる」
「・・それもそうだな」
 2人はそそくさとブイトールに乗り込んだ。

 一平の連絡を受け、チーフは富士山に事故処理班と科学実験室々長を急行させた。そして  チーフ自身もセスナで現場に向かった。
 事故処理班は神宮寺によって山中湖に導かれ、科学実験室々長、及びチーフは一平によって富士山の研究所に案内されそれぞれの処置が行われた事は言うまでもない。
 研究所は完全に破壊され、ラドット博士は墜落した機体内で遺体で発見された。
 こうして恐ろしい毒薬品製造は人知れず4人によって阻止され、富士のキャンプ場には再び静かな時が戻って来た。

「一平!」さっきから忙しそうに包丁を動かしている一平の後ろからジョーが大声を上げた。「このやろう。こんなにニンジン刻んで─。これ全部入れるつもりかよっ」
「だって今日は朝、昼と抜かしちゃって野菜がだいぶん残っているんだもん。捨てるのはもったいないし持って帰るには重いしさ」
「るせェ!いいかこれ以上ニンジン入れてみろ。東京へ帰ったらすぐさまワルサーのターゲットにしてやるからな!」
「フン!これ以上邪魔するとおれのS&Wマスターも黙っちゃいないぜ!」
「言ったな、馬ヅラ!」
「ぬかせ、ハゲタカ!」
 一平はニンジンを掴むとジョーに投げつけた。
「なんの!」ジョーはとっさにベルトを外すとニンジンを弾き跳ばした。「どんなもんだ!ムチだってお前には負けないぞ。なんせこのベルトで─」
「ジョー!ズボンが落ちるよ!」
「えっ!」
 ジョーはとっさに両手でGパンを押さえた。
「スキあり!」
 一平はニヤッとすると再びニンジンを投げ、ジョーはまともにそれを顔面に受けた。
「やれやれ・・またやってるよ」神宮寺が呆れて呟いた。「これじゃいつ夕食にありつける事やら・・・。ジョーも嫌いならそれだけ食わなきゃいいのに」
「まったくだよ。でもジョーにお酒呑ませると恐ろしい事になるんだね、ホント」
「洸!酒だ!」
「ま、またですか」神宮寺が振り向いた。「いいかげんにしてくださいよ、チーフ」
「そーですよ。急に加わって、酒、酒って─。いったい誰の─」
「私の酒だ!お前が居間からチョロマカしたのではないか」
 森チーフは火のそばにデンッと座り、ナポレオンのボトルを抱えたまま洸を睨みつけた。
「チョロマカしたなんて人聞きの悪い!ぼくはチーフがいいって言ったから─!」
「もうなんでもいい。こうなりゃヤケだ。呑もう、神宮寺君。洸!ウオッカを持ってこい。さっ、神宮寺君、座りたまえ」
 赤い顔をしたチーフは逆らう神宮寺の腕を掴んで座らせるとコップにナポレオンを注いだ。
 神宮寺はしばらくじと目・・・で見ていたが、やがてグラスに口をつけると一気にそれを呑みほした。
「ん!見事だ!さすがはJBきってのすご腕、神宮寺君だ。男はそうでなくちゃいかん。洸!何やってる。遅いぞ!」
「どーしてこ~なるンだよ~!
 洸は2人の周りを駆けずり大声でわめいた。
 早い山の夜はもうすぐ更け様としている。



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毒を食らわば富士山で 4

こびん 

 どこか遠くでゴオンという音がする─。
 いや、頭の中だ。頭の奥の方からなんともいえぬ振動が伝わってくる。
 神宮寺は目を開けると思わず頭を押さえた。振動は激しく、彼は漏れる唸り声を抑える事ができなかった。
 わずかに鎮まると彼はゆっくりと周りを見回した。するとここは10メートル四方くらいの小さな部屋で、自分はベッドの上にいる事がわかった。質素だが寝心地は悪くない。彼はベッドから出ようとした。
「ジョー」神宮寺はふと隣のベッドに寝ているジョーに気がついた。「ジョー、おい、ジョー」
「・・・ん」神宮寺に揺す振られジョーはゆっくり目を開けた。「じんぐ・・・いて!」
「大丈夫か、ジョー」
「あ・・ああ・・なんとかな・・・」
 ジョーは頭を押さえたままゆっくりと上半身を起こした。が、すぐにベッドヘッドにもたれ掛かってしまった。汗が額をぐっしょりと濡らし前髪が額に張り付いている。
「ちくしょう・・・まだクラクラしやがる・・」
「もう少し横になっていた方がいいぞ。ご老体は無理しちゃいかん」
「フン、そういうお前だって真っ青だぜ。ありゃいったいなんだ。それにここは・・・」
「さあな」神宮寺はもう一度部屋の中を見回した。ベッドが2つ、テーブルとイスが2脚・・・それしか置いていない殺風景な部屋だ。おまけに窓もない。「理由わけは知らんがこんな所におれ達を閉じ込めておくとは─」
「刑法第220条、逮捕及び監禁の罪ってやつだな」
「そーいう事。さっ、出ようぜ」
 言なげに神宮寺は呟き、バックルから針金を引き出すとピンッと伸ばした。そしてドアの前に踞みしばらくガチャガチャやっていた。
「開いたぜ」針金を出してから1分も経っていない。特別な細工をしていないドアであれば針金  1本あればなんの事はない。「歩けるか、ジョー」
「バカにするな。足を前後にすりゃいいんだろ」
「前後というより、片方づつ前に出さなきゃ進まないぜ」
「フン、なんとでも─」
 ジョーはそっぽを向いたとたん不意に自分の体が沈んで行くのを感じた。目の前が真っ暗だ。 さっき頭に受けた衝撃が再び戻って来た。
「ジョー!」神宮寺は驚いて駆け寄った。「どうした、大丈夫か」
「・・どうしたのかな・・頭が・・まだ・・・」
「無理するな。せっかくベッドを貸してくれたんだ。しばらく休んでろ」
「しかし・・・あっ!」
 ジョーは叫んで再び頭を押さえた。
「なにやってるんだ。おとなしくしてろ」
「一平は、一平はどうしたんだ!」
「そ、そうか」彼も気がつき大声を上げた。「いつもお前と2人だから忘れてたよ。一平、それに洸も、あそこにそのままだ。いや、もしかしたらおれ達のようにこの中に─」
 神宮寺は腕を組みしばらく歩き回っていたが、
「ジョー、おれは一平もこの中のどこかにいると思うんだ。だから─」
「わかってるよ、行ってこい。おれは1人で大丈夫だ」
「・・本当に?」
 神宮寺はジョーを見た。ジョーもしっかりと頷く。
「おれも行きたいが・・今は無理らしい。かえって足手まといになるだろう」
「そうか・・・。じゃあ一平とここがどこなのかを探ってくる。これは置いてくよ」
「Dank、じゃあな」
 ジョーは神宮寺の放った針金を受け取ると軽く手を振った。
「ああ」
 神宮寺も指を立て部屋を出た。
 正直のところ、ジョーからあんな事を言うのは初めてなので少々戸惑ってしまった。だが今は彼を信じるしかない。
 神宮寺はそんな事を思いながらまず右に曲がってみた。長く続いた廊下だった。
 彼は一歩一歩慎重に進んで行った。どこからも何の音も聞こえてこない。恐ろしい程静まりかえっている。
 時々何か強い薬品の臭いがしている。いや、この中全体がそんな臭いに包まれているようだ。
「一平はどこに行ったんだろう・・」
 神宮寺は時計のリューズの上にある小さなツマミを軽く押した。デジタルが消え四象限のトレーサーパネルに早変わりした。と、第一象限に赤い点が点滅している。
「一平のや奴、いい心掛けだ」
 神宮寺は思わず口元を歪めた。
 このトレーサーの色はSメンバー4人がそれぞれ持っている時計によって色が違う。
 神宮寺は明るいオレンジ、ジョーは青、一平は赤、洸は黄色である。
「これによるともう少し先だな・・というより・・・この壁の中??」
 神宮寺は立ち止って壁を見回した。と、小さなスイッチのような物がある。彼は思い切ってそれを押してみた。と、目の前の壁がズーと上に上がって行く。その中は空間だった。そして─、
「一平!」
「ミスター!」その空間の中に一平がいた。「ど、どうしてそんな所から・・」
「そんな所からって、お前こそどうして壁の中にいるんだ」
「カベ!?」一平は驚いてその空間から出た。「こ、ここはいったい・・・」
「何かの建物の中だ」
 そう答えると神宮寺は今までの事を簡単に説明した。
「それでジョーは?」
「向こうの部屋にいる。ちょっときつかったようだ。それよりお前は─」
「それが、穴に落ちたろ。そのうち上の方で何か騒がしくなり─つまりミスターの言うレーザー銃の音か─その後、急に頭が痛くなって気を失ってしまい気がついたら真っ暗になっていたんだ。周りの土の壁は変わらないのにまるで上にフタをされたように・・・。とにかくコールカラーを発信したら急に横の壁が開いて─。後はご存じのとおり」
「フウン・・・」神宮寺は白い廊下に面した落とし穴の底のステンレスに目をやった。「どうやらこの落とし穴を作ったのはここにいる人間らしいな」
「い、いったなんのために」
「それをこれから調べるのさ」
 神宮寺はさらに進み一平はあわててその後に続いた。

「ジョー!一平!どこ行っちゃったのかな、ほんとに・・・。ミスター!」
 洸は3人がいなくなった所よりさらに川上に進んでいた。
 乱れた草は相変わらず続いている。しかしこの時になって洸はこの草の乱れは最近のものではなく、すいぶん前からのものだという事に気がついたのだ。どのくらい前の物かはわからないが、それでいてつい2、30分前にも何かがここを通った形跡がある。
「これ以上登るのはちょっときついな。でも誰がこんな所まで・・・」
 洸はシャツの前ボタンを2、3個外した。体は汗でぐっしょりだ。
 彼は顔を洗おうと川のそばによった。川下では小川でもここまでくればけっこう大きな流れの早い川になっている。しかし水は相変わらず透き通っていて綺麗だ。
 洸は水の中に手を突っ込んだ。
「うひゃあ!つめてえ!」洸はシャツを脱いで水に浸しギュッと搾った。「ちょっと冷たいがそれがまた気持ちい─ん?」
 ふと川の向こう側を見ると小さな洞穴があった。しかしその穴の入口の周りは明らかに金属である。
「戦争時代の防空壕・・・にしてはおかしいな・・・。よし」
 洸は足をのばし川を渡り入口の所に立った。
「土や草でカモフラージュしてるけど、こりゃ確かに金属だ」洸は中を覗いた。真っ暗で何も見えない。「よおし、こうなったら」
 彼は思い切って足を踏み入れてみた。と、地面がグラグラする。壁に手をついたが土が崩れ落ちた。ふいに逆さまになった。
「うわー!」
 洸は強く背中を打ち、それっきり何もわからなくなってしまった。

「何かの研究所のような雰囲気だな」一平が呟いた。「中心部はどこだろう」
「─あそこのようだ」神宮寺は立ち止り、突き当たりのドアを指差した。「あの部屋から強い磁気反応がある。おそらくコンピュータ室かあるいは─」
「よし」
 一平が進んだ。と、横の壁の上が四角く開いた。
「避けろ、一平!」
 神宮寺の言葉に一平は横に跳んだ。その後にガガガ・・・という音が響く。
「マ、マシンガン・・」
 一平はとっさにその正体を知った。
「気をつけろ!マシンガンは一機だけだがかなり飛ぶぞ!」
「任せておけって!」そう叫ぶと一平はベルトの後ろに挟んであるナイフを手にした。「こいつがあればたとえミサイルでも─」
 一平は呟くとナイフをマシンガンに向かって思いっきり投げつけた。鋭い刃先がキラリと光る。
「伏せろ、ミスター!」ザッと鈍い音がしたかと思うと、小さな爆発音が2人の耳を突いた。「・・・ふう」
 一平は立ち上がると少し向こうに落ちている自分のナイフを拾った。
「すごいものだな。ナイフ一丁でマシンガンを倒すとは」
「ドーエルナイフ─ナイフだって時には銃以上の働きをするんだ。特にこいつは素晴らしいナイフさ」一平は右手でナイフをクルクルと回転させベルトの後ろに収めた。「それにしても、建物の中にまであんな物が設置されてるとは驚いたなァ」
「つまり、あの部屋に入られちゃ困るというわけさ」
「しかしおれ達は入らなきゃ困る─。行こうぜ、ミスター」
 2人はマシンガンの破片を避けながらドアに近づいた。

 中から音は聞こえない。たぶん防音になっているのだろう。
「たとえ今の音が中に聞こえなくても、中に人がいれば我々の事に気がついているはずだ。油断するな」
 神宮寺の言葉に一平は頷いた。神宮寺も軽く頷きゆっくりとノブに手を掛け、一気にバッとドアを開けた。
「あっ!」
 2人は思わず声を上げた。予想はしていたものの室内はわけのわからない機械だらけだった。
 そしてその中で1番大きなコンピュータの前に1人の男が立っていた。金髪の、科学者らしい男だ。
「あの部屋を抜け出しここまで来るとは思わなかった」なまりのある英語だ。一平の眉がピクッと動いた。「お前達はただ者ではないな。日本の警察の者か」
「警察?」神宮寺が言った。「我々はただキャンプに来ただけだ」
「・・・まあ、いい。どうせお前達はここから出られない。私の研究を手伝ってもらう」
 2人は思わず顔を見合わせた。男は肩を動かし声を立てず笑っている。
「ミスター!」ふいに一平が声を上げた。「あれは!」
「あっ!」
 一平の指差す方を見た神宮寺も思わず大声を上げた。
 目の前のコンピュータの向こうに水をいっぱいに入れた透明のタンクがある。その中の水がだんだん黄色く変わって行くではないか。それはあの小川を染めた色を同じだった。
「こ、これは・・」
「これが私の研究だ。2年掛かりのな」
「研究?いったいなんの研究です」男は神宮寺に目を向けた。だが答えようともせず、ただ彼の顔を見て声もなく笑っている。「こんな山奥で、それもレーザーやマシンガンを使って人を寄せ付けないところを見るとあまりいい研究とは思えませんが」
 男の目がキラリと光った。そして右手ですぐ後ろのコンピュータのボタンを押した。と、天井から細長くパイプの先を丸く窄めるような物が出て来た。そのとたん神宮寺は体に軽いショックを感じよろけて膝をついた。
「ミ、ミスター!」
 一平が彼を支えた。
「フフ・・。科学者を相手にする時は口に気をつけるんだな、ボウヤ」男はスイッチを切った。すると神宮寺の体を包んでいたショックがうそのようになくなった。「私の研究をバカにするのはよしたまえ。ある組織から極秘で頼まれた偉大な研究だ。フフ・・なんだと思うかね」
 男はコンピュータの横の棚から不透明な液体が入っている小さなビンを取り出した。それは神宮寺が小川から拾ったビンと同じ物だった。
「この中に入っている液体こそ私の偉大なる研究の成果なのだよ。BPH+S・・・バリウムや水銀、その他の化学薬品とあるウィルスを加えシミュレーションしたものだ。これを水の中に落とせばその水は恐ろしい毒物となる。呑めば人間とてイチコロだ」
「なんだって」
「なんのためにそんな物を─」
「わからんかね」
 男は相変わらず口元に笑みを浮かべている。それが一種の狂人のような印象を2人に与えている。
「もしもだ。もしも・・この液体を日本のどこか大きな川に入れたとする。と、どうなると思うかね。その川の水を飲料水としている地区の人間は残らず全滅だ。おまけにこの液体はある時間経つとその効果はなくなり、水も元の姿に帰る。つまり原因はもちろん証拠も何も残らん。言わば完全犯罪というわけだ。これさえ完成すればミサイルなどいらなくなる。敵国の川にちょっと流せばいい。それだけだ。誰がどのような方法を用いたのかもわからない。どうだ、すごい発明だろう。ハハハ・・・」
 男は始め低く、だがそのうち室内全体に響き渡るような大声で笑い出した。金髪と青い瞳が異様な光を湛えている。その光景を見て2人はゾッとせずにはいられなかった。
(奴はおれ達をここから出さないつもりで話したんだろうが、それが運の尽きだったな。そうと知ればどんなことをしてもその液体製造を阻止してやる)
 神宮寺は無言で一平に合図した。一平は頷いて再び男を見た。

 何かが爆発したような音で洸は目を覚ました。と、そこは何かの建物の中だった。
「確かぼくは洞穴を見つけ入ろうとして・・・。そうか、足元が崩れて落っこちたんだ」
 洸は腰を摩りながら立ち上がり辺りを見回した。周り中白い壁の廊下である。時々何か薬品の臭いが鼻を突く。洸は思わず鼻を擦った。
 と、向こうから光が漏れているのが見えた。行ってみるとドアが少し開かれた実験室のような部屋だった。中に2、3人の白衣を着た男がいて何やら忙しそうに動いている。
 洸は知らないが3人の男の内の1人はトニーズだった。
「勝手に入って見つかったら怒られるだろうな・・」
 と、1人の男がカゴから1匹のハツカネズミを取り出し不透明な液体をそのネズミに注射した。ネズミはもがき暴れていたが、やがてぐったりとなった。
「動物実験はこれでOKだ」トニーズが言った。「あとは人間に対してどのくらいまで効果があるかという事だが─」
「博士はあの捕まえた日本人を実験に使うつもりらしいですよ」
「・・・これが完成すれば我々は祖国に帰れる。もう世界中を放浪しなくて済むんだ」その時卓上のスピーカーが音を立てた。「はい、トニーズです。あ、博士。はい・・・部屋に残っている男ですか。ええ、マウスでの実験は成功です。今までで1番強力なものができました。え、この薬を・・・はい・・わかりました。すぐ行きます」
 彼はスイッチを切るとあとの2人に顔を向けた。
「君達、あの男をつれてコンピュータ室へ行ってくれ。私はここを片付けてから行くと博士に伝えておいてくれ」
「わかりました」
 男達は足早にドアに向かった。洸はあわててドアから離れ角に隠れた。男達は洸に気づかず反対の方へ行ってしまった。
(あの液体・・・どうやら毒物のようだ。人体実験をやるつもりなのかな・・・。ま、まさか、あの男って一平達の事では!)洸は声を出しそうになった自分の口をあわてて押さえた。(もしそうだとしたら・・・そりゃ大変だァ!)
 洸はソッと室内に入り込んだ。



                3 へ       ⇔       完 へ
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毒を食らわば富士山で 3

saiko_00.jpg 

 テントの窓から漏れる一筋の光に一平は目を覚ました。上半身を起こし思いっきり口を開けて寝袋から出た。おそらく6時頃だろう。
 昨夜あれから寝たのが4時頃だから正味2時間程しか寝ていない事になる。しかし不思議とそんな気がしないのだ。
 目はパッチリ気分爽やか─おそらく山の澄みきった空気と最高の眺めのせいだろう。
 一平は首にタオルと引っ掛けてテントの外に出た。と、先客がいた。神宮寺だ。
「やあ、一平。おはよう」
「おはよう、ミスター。早いね」
「なぜか早く目が覚めちゃってね。とうとう起きちゃったよ。で、ジョーと洸は?」
「テントの中、よく寝てるよ。ひゃあ、冷てェ!」
 川の中に手を突っ込み一平は飛び上がった。
「あそこに湯があるからそれ使えよ。さっき沸かしたばかりでまだ熱いはずだ」
「ありがたいっ」一平は早速ヤカンに飛び付いた。顔を洗い彼はふと神宮寺を見た。神宮寺はなにやら1人で暴れている。「それ、空手?」
「合気道だよ。これは四方投げといって基本技の1つなんだ」そう言うと彼は架空の相手の手を取り投げ飛ばした。「どうだ、一平。いっちょう揉んでやろーか」
「えっ!い、いいよ。まだ死にたくないし・・・。それにおれにはこいつがある」
 一平は構え、神宮寺の前に拳を突き出した。
 一平のボクシングの腕はかなり有名である。それらしいものはジョーも得意であるが、正式にやった一平には敵わないであろう。
「そういえばずい分やってなかたっけ。やりたいなァ。ミスター、付き合ってくれる?」
「えっ!い、いいよ、まだ死にたくないし・・・。それより、ほら、もっといい相手が来た」
「ジョー!」
 あくびをしながらテントから出てくるジョーの姿を見つけ一平は思わず大声を上げ、ついでに彼の胸にストレートを食らわした。ジョーは再びテントの中にすっ飛んだ。
「な、なにしやがるんだ、このやろう!」
 ジョーが真っ赤になって飛び出して来た。
「油断大敵!これがハジキの弾じゃなかった事に感謝しな!」そのとたん一平がすっ飛んだ。ジョーのストレートが決まったのだ。「やるなァ。相変わらずいいパンチ」
「売られたケンカは買うのがおれの主義でね。さあ、こい!」
「ケンカを売って相手に買わせ、それを受けるのがおれの趣味でね」
 2人はさっそくボクシングごっこを始めた。もちろん本気ではない事は言うまでもない。2人共このキャンプが終わるまでは少なくとも死にたくはないはずだ。
「な・・なあに・・・。何かあったの・・」
「洸」神宮寺が振り向くと、そこには頭を叩きながらまだ眠そうな洸が立っていた。「別に何も─。それより頭どうかしたのか?」
「こっちが訊きたいよ。ジョーも起きたからそろそろ起きようかな~って思っていたら急にジョーが飛んできてぼくの上に落ち、なんにも言わないでまた飛び出していくんだもん。痛かったよォ。ジョーの巨体!」
「そりゃ災難だったな。あっ、洸。顔を洗うならお湯があるぜ」
「いーのいーの。ぼくはこの綺麗な小川さんの水で─。こーいう所に来た時ぐらい文化的生活はやめてだな、もう少し自然を─あれ?」
「どーした。やっぱり冷たくてやだろう」
「そうじゃないよ。この川の水・・変だな・・・。綺麗だったのに・・・」
「え?」
 洸の言葉に神宮寺も小川を覗き込んだ。と、どうだろう。昨日まで、いや、先程まで澄みきっていた川の水が今は黄色に変色している。おまけに泳いでいる小魚まで口をパクパクさせ、やがて水面にその腹を見せてしまう。昨日とは打って変わって恐ろしい光景である。
「ジョー、一平、ちょっと来てみろ」
「なにさ。もう少しで勝負が─」
「いいから行こう、一平」神宮寺の声色に気づいたジョーは一平を引っ張って2人の踞んでいる所まで来ると小川を覗いた。「こ、こりゃいったい・・」
「なんでこんな色をしているんだ。さっきまで綺麗だったのに・・」
「よせ、一平!」ジョーが、小川に手を入れようとする一平に向かって怒鳴った。「何が原因かわからないんだ。無闇に手を出すんじゃねえぜ」
「ここら辺は工場なんてないし、山岳造成計画も聞いた事がない。いやできないはずだ。ここは国立公園なんだからな」
「じゃあ、自然現象か?」
「まっさかあ!川の水が急に黄色くなったり綺麗になったりするなんて聞いた事ないよ。もしそうだとしたら、ずうっと前にわかっているはずだぜ」
「洸にしちゃいい答えだ。しかし・・とするとこれはいったい・・・」
「あっ!」
 ジョーの言葉に脹れていた洸が突然大声を上げて水面を指差した。3人はあわてて水面に目を向け思わず声を上げた。
 なんとあんなに黄色かった小川の水がだんだんと薄くなり、5分も経たないうちに元の綺麗な水に戻ってしまったのだ。
「・・・・・」
 4人はしばらくの間無言で水面を見つめていた。
「さ、錯覚だったのかな・・」しばらくして一平が呟いた。「今、見たのは・・・」
「いや、錯覚じゃねえ。見ろ」ジョーが低く言う。「魚は死んだままだ。錯覚なんかじゃねえ。綺麗な水が黄色くなりまた元に戻ったのもすべて本当だ」
「確かに・・・自然の現象ではなさそうだ。─ん?」
「なんだ」
「こんな物が・・ほら、川の中に」神宮寺は思い切って水の中に手を入れ川底の石に挟まっているものを拾い上げた。それは小さなビンだった。「割れて中味がない」
「別に普通のビンじゃない」
「いや、何か書いてある」一平が神宮寺の手からビンを受け取った。「え・・と・・、ビーピーエイチ、プラスエス・・なんだ、こりゃ」
「BPH+S・・・。なんか化学式みたいだね」
「高校で習ったやつか?」
 ジョーが訊いた。
「ううん、ぼく科学好きだったけど・・こんなの知らないなァ」
「おれも科学部にいたけど、こんな式は見た事ない」
「ね、もしかしたらさっきの現象はこの中の何かのためなのでは・・」
「今日は冴えてるじゃねえか、洸。珍しく」
 ジョーの言葉に洸は再び脹れた。
「なるほど・・」
 神宮寺は頷き他の3人の顔を代わる代わる見回した。皆、Sメンバーとしてのカンが心の中で騒いでいるのがよくわかる。
 せっかく遊びに来たのに面倒な事に巻き込まれたくないと思う彼らだが、こればかりは抑えきれない。
「宿命だな・・こりゃ・・」
 ジョーが呟いた。
「そういう事だ」神宮寺が立ち上がった。「もしこのビンの中に入っていた何かが原因だとしたら、こいつの流れて来た方・・・川上に行ってみれば何かわかるかもしれない」
「よおし、行ってみよう」続いて一平が立った。「このままじゃ気になって遊べないもんな」
「一平にしてはいい事言うなぁ、珍しく」
「それはもうアキたの!行くぜ」
 ジョーの言葉に洸はまたまた脹れた。
 こうして4人は朝食も忘れ、小川の異変の原因を突き止めるためキャンプ場から離れた川上へと足を進めて行った。

 小川の川上の方はまだ人があまり入った事がないらしく、緩やかなキャンプ場周辺とは打って変わって険しく、細い道の上にまで木々が覆い被さって数メートル先も見えない有様だった。
 だが4人はこれが本当の富士山─山というものではないだろうかと思った。と、キャンプ場で騒いでいた自分達がちょっぴり恥ずかしくなってきた。
 いくらめったに遊べない自分達であろうが、ただ作られた環境の中だけで満足してしまうのはやはり都会っ子の哀しさであろう。
 そんな事を思いながら4人は前進を続けた。と、小川の幅が少し広くなりちょっとした平地に出た。4人はホッと良くをつくと立ち止った。
「ふう、助かった。きついコースだぜ」珍しくもジョーがぼやいている。「テントを出たのが6時半頃だから、かれこれ40分は登っている事になるな」
「その割にはあまり進んでないよ。ほら、おれ達のテントがまだ見える」一平が指差す方を見ると、なるほど眼下の木々の間から黄色い物がチラチラ見える。「川上も別になんともないようだな、ミスター。水は綺麗だし」
「ああ・・」神宮寺は水の中に手を入れると小さく頷いた。「思いすごしかなァ・・。確かに何かあるような気がしたんだが」
「それじゃ、あるんだろうさ」ジョーがあっさり言った。「おれはコンビを信じるよ」
「いや、信じる信じないじゃなくて、つまり─」
「ねえ!ちょっと来て!」洸のけたたましい声が響く。3人は大きな木の下に立っている洸に走り寄った。「この葉っぱ見て」
 見るとそれは木の根元に落ちていたモミジの葉であった。そしてその葉は妙な黄色をしているのだ。
「紅葉かな」
「まさか、もう春だよ。それにこんな変な色・・・」
「神宮寺、こいつもあの小川の変色に関係あるのかな」
「さあ・・。しかし調べてみるだけの値打ちはありそうだな」
 神宮寺の言葉に3人は頷き、その木や他の木、草を調べ始めた。
 が、黄色い葉はその木1本だけで他の木は別になんともない。となるとあの木だけに何かが作用したとしか考えられない。
 それはもしかしたら小川の底から拾ったあのビンの中味なのかもしれない。
(もしかしたらおれ達はなんでもない事に夢中になっているのでは・・)綺麗な水に再び目をやり神宮寺は思った。(ひとつ何か異変があるとすぐ事件と結び付けてしまう・・。Sメンバーの悲しい宿命かな)

「わっ!」
 突然、くうに消えるような声がし神宮寺は振り向いた。
「一平!おーい、一平!」洸が地面に向かって怒鳴っている。とうとうおかしくなったのかとよく見ると、そこには穴が開いていた。「大丈夫か、一平!」
「お~、いてえ」神宮寺もジョーも穴の中を覗き込んだ。深さ20メートルはあるようだ。「おれは大丈夫だよ。それより・・」
「こりゃとても登れそうにないな」
「蔦か何かあればいいんだが─」ジョーは辺りを見回した。が、それらしくものは見当たらない。彼は息をついた。「テントまで行けばロープがあるが」
「よし、ぼく行ってくる!」
 そう言うと洸は来た道を勢いよく戻り始めた。
「洸の足でも30分は優に掛かるな」
「ああ、ドジなコンビを持って可愛そうに─。一平!あと30分はそこにいろってよ!」
「ジョー!」穴の中の一平が叫んだ。「おかしいんだ!」
「おれがか!!」
「ち、違うよ、この穴の底さ!土の下が金属なんだよ!」
「ええっ?」神宮寺とジョーが同時に声を上げた。「金属だって!」
「ああ。ステンレスみたいなんだ!」
「穴の底がステンレス・・・だとしたら人工の・・」
「・・・神宮寺・・・」低く呟くようなジョーの声に神宮寺は振り向いた。「気がつかねえか・・。どうも誰かに見られているような・・」
 神宮寺は辺りを見回した。だが人影はない。ここにいるのは彼ら2人だけだ。
「・・・いやな予感がする」
「・・・・・」
 神宮寺は立ち上がり再び辺りを見回した。と、2人から10メートル程離れた大木の幹の中央がかすかに光った。
「危ない!」神宮寺がジョーを突き飛ばした。と、今まで2人がいた所に小さな穴が開いた。「レ、レーザー光線・・・」
「後ろだ、神宮寺!」
 ジョーが叫んだ。見ると大木の何本かから銃口のような物が突き出ている。もちろんさっきの木からもだ。
 銃口のひとつがジョーに向かって光を飛ばした。が、間一髪ジョーはそれを避け転がった。
「こりゃ大変な所に飛び込んじまったようだな!」
「まさか富士山の山奥にこんな物があるなんて─うっ!」
「神宮寺!」
「大丈夫、掠っただけだ。よし、ジョー、同士射ちさせよう。右から行くぞ!」
「おう!」
 ジョーは左、神宮寺は右に分かれ、2人は向かい合って銃口を向けている木の下に立った。
 銃口が相手を狙う。
「今だ!」
 2人は同時にその場から飛び退いた。
 レーザーが走る。その光は向かい合っている相手の根元を貫き、2本の大木は音を立てて倒れた。
「あと2機か」
「今度はバラバラだ。今の作戦は使えない。それより銃口を見ろ。あれは─」
「とと!」2人の間を赤い光が裂いた。「危ねえじゃねぇか、くそっ!」
「銃口のレンズだ。突起している。小石ひとつで突き破れそうだぞ」
「よし!任せたぜ、神宮寺!」
 ジョーが走り出した。銃口が彼を追う。
 神宮寺は足元から適当な小石を2、3個拾った。銃口が止まった。狙いが定まったのだ。
「それ!」オーバースローの神宮寺の手から小石が離れ、突起を突き破り内部に飛び込んだ。「もういっちょう!」
 もう1機も同じだ。
 やがて銃口から煙が出て2機共爆発してしまった。破片が地面にバラバラ落ちて行く。
「やったぜ!」
 ジョーが声を上げた。
 さすがは中学時代ピッチャーだった神宮寺だ。弟を亡くしてから野球はキッパリとやめてしまったがその腕はまだ衰えてはいない。
「JBやめて野球の選手になったらどうだ。阪神か、はたまたヤクルトか─」
「よせやい。それよりなんでこんな所にレーザー光線なんか・・・」
「さあね。宝物でも埋まってるんじゃねえのか」
「真面目に考えろ。ステンレスの落とし穴といい木に見せかけたレーザー銃といい─」
「ただ事じゃないって言いたいんだろ。わかってるよ。ああ、頭が痛いや」
「ほんとに痛い・・・」
 2人はまるで申し合わせたように口を閉ざし、しばらくその場に突っ立っていた。が、やがて今の言葉は単なる受け渡し・・・・ではない事に気がついた。
 始めはかすかに感じていたそのものが次第に2人の頭いっぱいに響き渡ってきたのだ。
「あ・・あたま・・」ジョーが頭に手をやり膝をついた。「いったい・・どうしたんだ・・」
「な・・なにかがあたまのなかで・・」続いて神宮寺が蹲る。「なにか・・ちょうおんぱのような・・・どこからか・・・」
「くそォ・・やっぱりなにかある・・このへんは・・・う、ううっ!」
「うわっ!」
 頭の中で何かが破裂した。2人はスーと気が遠くなっていった。

「ミスター!どこー!ジョー!一平!皆どこだよお!」
 さっきから何十回となく声を張り上げているのだが、3人の姿はどこにも見当たらない。
「おかしいな。せっかくロープ持ってきたのに。おまけに景気づけのお酒も─。ミスターにジョー、それに穴の中の一平もいなくなっちゃうなんて・・・。ひょっとしてぼくはかくれんぼの鬼にされたのでは・・・」
 洸はふと前を見た。何か機械の部品もような物があちこちに落ちている。おまけに普通では折れないような大木が根元から倒れている。
 洸はその部品のひとつを摘まみ上げた。
「人工ルビーだ。ここで何かあったのか」
 洸は立ち上がり再び辺りを見回した。と、草が妙に乱れている。洸のカンが騒ぎ出した。
 彼はルビーを握りしめ、躊躇う事なく乱れた草が続く細い道を進み始めた。



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毒を食らわば富士山で 2

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「オナカすいたな・・・」
 洸がポツリと言った。そういえばと、後の3人も顔を見合す。
「それじゃ2人づつに分かれよう。おれと一平で溝掘り。ジョーと洸は夕食の用意だ」
「・・おれ、溝掘りの方がいいな・・」
「みんな1回はやるんだぜ。ほら、飯盒は緑のリョックの中だ」
 神宮寺にあしらわれジョーは渋々とリュックのヒモを解き始めた。洸はとうに観念したらしく水を汲みに行った。
「なあ、ミスター」
「ん?」
 呟くような一平の声に神宮寺は溝掘りの手を休め彼を見た。
「みんな一回はやらなきゃならない事はよくわかるさ。しかしあのコンビじゃ・・・」
「わかってるさ。だからこそ早いうちにやらせちゃった方がいいんだよ」
「な~るっ!」
 さすが神宮寺だと一平は感心した。
「なんだよ、洸!」ジョーだ。「こんな石の積み方ってあるか!賽の河原じゃあるまいし」
「ジョーこそ、こんなに水入れて!おかゆでも作る気!」
 洸は飯盒の水を減らそうと片向けた。と、水と一緒にお米まで流れ出てしまう。彼はあわてて元に戻した。
「洸、マッチはどうした。入ってないぜ」
「え?そんなはずないよ。ちゃんと入れたよ」洸はジョーの横からリョックの中を引っ掻き回した。だがマッチのマの字もない。「お、おかしいな・・確かにこの中へ・・」
「あ~あ、知らねえぜ。マッチがなくちゃ火が点けられないじゃないか」
「よーし、こうなったら─」
 何かを決心したらしく洸が木の板と棒をどこからか取って来た。
「そんなもん、どうするんだよ」
「まあ見てなって!洸様の古代応用編」
「・・・?」変な顔をしているジョーを尻目に、洸は板を下に置きその上を棒で強く擦り始めた。「な、なン─!」
 これにはさすがのジョーも驚いた。驚きついでに石を蹴っ飛ばしたからたまらない。炉は音を立てて崩れてしまった。
「た・・助けてくれ、神宮寺・・・」
 とうとうジョーは呆れて頭を抱えてしまった。
「ヘェ、お前の口から、“助けて”なんて言葉を聞くのは初めてだぜ」
「所変われば言葉も変わる。おれもうついて行けん」
「貸してみろ、洸」
 一平が洸の手から棒を受け取った。そして抉るようにして擦っていく。洸は大きな眼をますます大きくして見入っている。
 15、6回も擦ったろうか。棒先からかすかに煙が上がった。
「よし、洸。枯葉や草を取って来てくれ」
 洸は急いで集めて来た葉や草を煙の上がった所に重ねた。と、少しも経たぬうちにパチパチという良い音が聞こえて来て、やがて小さいが炎が見えて来た。そしてそれがさらに重ねられた葉に移り大きな火となった。
「ほら、これでOKだ」
「やったあ!古代文明の勝利だ!」
「・・・古代文明ねえ・・・」
「それじゃ一気に室町時代に飛んで米を炊く事にしようぜ」
 炉を直していた神宮寺は火を貰い受けると飯盒の下に置いた。
「あ~あ、これで夕飯にありつけるぜ」
「ところで、ミスター。室町以前ってお米炊かなかったの?」
「さあ、弥生時代は蒸していたらしいがその頃おれいなかったから知らん」
「3つ(3才)前の時代の人間でも知らないのか」
「そんな事よりコンビーフの缶開けてくれ。それからツナ缶もだ」
 ナンだカンだと言って、結局4人で夕食の支度に取りかかる事になってしまったようだ。
 が、口で言う程フライパンやナベと付き合うのは難しい。日頃めったに料理などやらない4人だからなおさらだ。なのに缶詰やインスタントは少なく、そのほとんどがなんらかの形で調理しなければならない物なので事ややっこしくなる。
「油ってこれくらいでいいのかな」
「それじゃプールだぜ、神宮寺」
「せめて池と言ってくれ。─うわっち!」
「あたりまえだ。フライパンの上の油が冷たいか」
「だからぼく言ったんだよ。インスタントのにしようって」
「その後ですぐ、“やっぱりちゃんと作った物の方がいい”とも言ったっけな」
「~~~~~
 洸は赤くなって下を向きいじけた。その横で一平が包丁を握っている。
「ニンジンの大きさ、このくらいでいいかな」
「や、やめろ、一平!」
「へ?」
 突然のジョーの大声に一平は振り向いた。
「ニンジンなんか入れたら、おれ食わねェからな!」
「だってニンジン抜きのカレーなんて・・・。あー!もしかしたら、ジョー、ニンジン苦手!?」
「・・・好きじゃねぇ・・・」
「ヘェ」洸がわざと驚いたように3人のそばに来た。「無敵のダブルJともあろう者がニンジンが嫌いとは・・・まるで子どもだね」
「関係ねェやい!おれは親父似でね。ゆえにニンジンはダメなのっ!」
「それこそカンケーないと思うけど・・・」
「そーと知ったらばかすか・・・・入れてやる!洸、ありったけのニンジン持ってこい!」
「リョーカイ、リョーカイ
「てめえら!ワルサーのターゲットになりたいのか!」
「その前に飢え死ににしてやるよ。─わっ!」
 洸がすっ飛んだ。ジョーが手元に落ちていた木切れを彼の足もとに投げたのだ。
「それじゃおれが!」
 包丁を放り出し一平がニンジン目掛けて突進した。
「なにやってんだか、あいつら・・」
 自分のすぐ横に落ちた包丁を拾い、神宮寺は板の上のニンジンを切り素早くナベの中に入れ、また飯盒の所に戻った。

 山の日暮れは早い。悪戦苦闘の末彼らが食事を済ませたのはもう21時を回っていた。
 もちろん周りは真っ暗で、たき火をしているここらだけがその闇の中に浮いている。
 4人は食事の後片付けを終えると今度はウイスキーやお菓子類を並べ始めた。
 夕食を済ませたから後は歯を磨いておやすみ~、という彼らではない。本当の楽しみはこれからだ。
 4人は30分も経たないうちにもう皿を叩き始めた。
「山の中で呑むウイスキーのまた美味な事美味な事!」
 ウイスキー好きの一平はもうボトル半分を空けている。
「ほんとだな」
 3本目のワンカップ大関を開け、神宮寺が答えた。
「しかし酒はいいとしても・・・つまみがピーナッツ、ポテトチップ、チョコレート、キャラメル・・・。なんだ、こりゃ・・ストロベリーキャンディ?ビスケットにクッキー、アップルパイ」
「だって・・・
「洸に買い物に行かせたのが間違いだったな」
 一平に睨まれ洸はますます小さくなった。
「まったくだ。女の子の買い物じゃあるまいしよ」
「洸も女の子も大して変わらないんじゃないか?」
「そりゃそ~だ!」
 神宮寺の言葉に後の2人は大声で笑い出した。
「いーよ、いーよ!そんなにバカにするならこれ分けてあげないから!」
「え?」
 頭から湯気を出し怒鳴る洸に3人は顔を向けた。なんと洸が手にしているのは特大のナポレオンのボトルだった。
「ど、どうしたんだい、これ!」
「ん!ちょっとね」
「すげえ・・・」ジョーが手に取った。「こいつ1本5、6千円するんだろ」
「いや、これはカミュ・ナポレオン・エクストラ・・・1本5万円だ」
「えー!そ、そんなにするのお!」
 一平の言葉に洸は思わず大声を上げた。
「するのォ・・って、洸、こいつどうしたんだい」
「・・・ん、実はチーフの居間のラックから・・・」
「あ、あそこから持ち出したのか!」
 一平も洸に負けないぐらい大声を出した。
 JBの支部長室の隣の居間には大きなバーラックがあって、その中には150本もの多種多様なボトルが置いてある。
 ここはVIP来部の時に使う所で普段はめったに使わない。神宮寺とジョーでさえ、まだ数える程しか入った事がない。
「も、持ち出したなんて人聞きの悪い。ぼくはチーフにちゃんと断ったんだよ。キャンプにお酒持って行きたいから、2、3本貰っていいかって─」
「・・2、3本って・・・。じゃあまだ他にも・・」
「・・・ん」
 洸は小さく答えるとアイスボックスの中からボトルを出して並べた。
「シャトー・オー・ブリヨン、ジョニー・ウォッカ、シャトー・イカン。最高級品ばかりをまあ・・・」
「洸にこんな才能があるなんて・・知らなかったなァ」
「だってチーフが持って行っていいって!」
「チーフったら食堂の酒蔵の酒と勘違いしたんだよ、きっと」
「ドジなチーフ!食堂の酒蔵を荒らすのに、おれ達がいちいち断るかい!」
「どうしょうか・・これ・・・」
 洸がポツリと言った。
「どうしようって・・・、まずいなァ・・」
 神宮寺が困ったように頭を掻いた。が、目は並んでいる高級酒から離れない。あとの3人も同様である。
「そーだよ!まずい事ないよ!飲んじまおうぜ!」
「え、でも・・」
 洸はジョーに顔を向けた。
「大丈夫だよ。お前はちゃんと断ったんだろ。チーフが勝手に間違えたんじゃないか。言い訳になるぜ」
「そう言われれば・・・」ジョーの自信満々の言葉に洸もその気になってきたようだ。「そうだよね、ぼくは別に酒蔵のお酒、とは言わなかったもん。ただお酒と─」
「そーだろ!だったら構わねえぜ、飲んじまおう」ジョーは言いながら、もうナポレオンを抱えている。洸も一平も1本抱き込んだ。「う~ん、いい香り。やっぱり高級品は違うぜェ」
「どれどれ、おれにも─」
 一平が腰をずらして来た。
「どうした、神宮寺。お前も味見してみろよ。〝さっいこ~〝だぜ」
「ん・・・しかしな・・・」
「ミスターはマジメだから飲まないよね~」
「よけーな事言うな!」言ってしまってから神宮寺は口を押さえ赤くなった。「今、おれのコンピュータがものすごいスピードで計算しているんだ。静かにしててくれ」
「コンピュータ?」一平が訊いた。「なんの計算?」
「・・・このまま、おれがチーフへの忠義心故に酒に手を出さないとしても、結局この3人の裏切り者に全部飲まれちまう事になる。いや、たとえ無事飲まれなかったとしても、持って帰る途中割れておじゃん・・・・になってしまうかもしれない。それはとてつもなく無駄な事だ。とすると・・そうしたら1番いい方法はと言うと・・・」
「結論!飲んじまった方が得という事だ!」jジョーは神宮寺にグラスを放った。彼はそれを受けるとジョニーウォッカに手を伸ばした。「素直じゃねえんだからな、まったく」
「慎重派と言ってほしいね。う~、うまい!」
「ホントだよ、最高さ。あ、ミスター、チョコレートどうぞ」
「・・・・・★」
 洸に勧められ神宮寺は申し訳程度に一粒取った。
「こうしているとまた歌でも歌いたくなるよ」
「ブッ!」一平が吹いた。「う、歌うって・・歌を・・・」
「あたりまえじゃん。お経を歌うかい」
「そうだな。おれも歌いたい気分になってきたよ」
「えっ?」神宮寺が振り向いた。「ジョー、お前がか?」
「悪いか?」
「いーや!ぜひ聞きたいね。始めてだもの」
「ジョー、歌ってよ!─洸よりましだろう・・・」
「それでは皆様のセーダイ・・・・なリクエストにより私、ジョージ・アサクラその喉をお聞かせいたしましょう」
 ジョーが調子づいている。酔ってるな、と神宮寺は思った。一平と洸はヤンヤヤンヤと囃し立てている 。
Summ, summ, summ! Bienchen summ herum─
「あ、これって」一平と洸が同時に声を上げた。「〝蜂が飛ぶ〝の曲だね。でもなに言ってるのか、まるでわからん」
「おれにもわからん」
 ケロリとジョーが言った。
「な~んだ。歌ってる本人がわからないんじゃ、こっちにわかるわけないよォ」
「忘れちまってるんだな・・・ドイツの歌を・・・。不思議なくらい・・・」ジョーは小声で呟くとグラスを仰いだ。「アハ、悪かったな。さあ次は誰だ」
「ぼくぼく!なんと言ってもこの洸様!」
「あちゃ~☆」
 一平が頭を抱えた。
 洸は決してオンチなわけではない。ただ人間とは思えないほどのスタミナで大声を出し、高音部などは10才の少年さながらの声なのだ。それも急にピーと上がるのだからたまらない。
か~ぜよ、ひかりよ~。せいぎのいのり~。かわれししまる~ライオンまるに~
「なんとまあ・・・古い歌を」神宮寺がため息をついた。「いくら作者がこのシーン書く時にちょうど〝ライオン丸〝の歌を聞いているからとはいえ・・・」
「なんの歌なの?」
 一平が訊いた。
にほんのへいわをまもるため~
「え、ああ。洸のテーマソングだよ」
ゆくぞかいけつライオンまる~~
「なるほど」
 一平は納得したように洸を見た。

「は、博士。研究所の周りはくまなく捜しましたがどこにも─」
「もっとよく捜すんだ。もしあれが他の者の手に渡ったら大変な事になる」
「は、はい」
 トニーズは再び真っ暗な外に飛び出した。
「も、もしあの薬が科学者の手に渡れば・・・いやそれより瓶が割れて流れ出てしまったら、我々の長年の極秘研究がすべて水の泡になってしまう。そうなれば─」
 博士は思わず身震いした。


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